『暮桜』が動く。狙いはゼロ。
織斑百春へ向けていた怒りを忘れて、肉体から溢れ出てくる全ての怒りをゼロにぶつける。
模造した暮桜で、贋作の雪片を手に取り、模倣した千冬の構え。
そのどれもが『一夏』と『百春』の両者にとっては逆鱗を逆立たせるには十分すぎるものであった。
「何がVTシステムだ」
「千冬姉の真似だと?」
両者は同じ姿を見た。しかし、見て得たものは違いすぎた。
百春が表を見たとすれば、一夏は裏。
「ムカつきやがる」
「違う!」
互いに得物を強く握りしめ、『暮桜』に対して突撃した。
奇しくも無意識の内の共闘となってしまった。
同じ屋根で暮らしていた時でさえ一緒に何かをするということは、両親が死んでしまった時から殆どなかった。
それが、一夏がいなくなってから数年後の事だ。
零雪と雪片二型の刃が泥によって作られた肉体を侵す。相手に対して攻撃を一切とらせない。
百春一人だけではここまで順調にはいかないだろう。一夏という強力なパートナーがいるために圧倒を可能にする。
無意識の内に一夏は百春に息を合わせる。完璧な連携攻撃で暮桜を仕留めにかかる。
三人分の刃の軌跡を頭の中に思い浮かべる。
一夏は二人の戦い方を知っているがゆえにできる芸当だ。
(誰だ……)
声が聞こえた。それも空気を伝播して伝わってくるような普通の声ではなく、まるで脳内に直接響いてくるような声であった。
(…………ゼロの仕業か)
一夏は声が聞こえる原因を断定した。
頭の中に声が響くなどという異常事態を周りに悟られないように限りなく冷静に振る舞う。
(誰だ……お前は)
(……知るか)
百春に迫っていた刃を、一夏はカウンターで切り飛ばしたが直ぐに剣は再生した。
暮桜が左腕を大きく振るおうとするが、その直前に一夏が大きく足を開脚させながら蹴り上げて弾いた。
「はあ!」
更に反対側から、百春がすれ違いざまに暮桜の胴体に一閃。グラリと屈強な暮桜が揺れた。
(何だ、この感覚は?)
百春は戸惑っている、自分の真の実力以上の力が無意識の内に引き出させているという事実に対して。
それはまるで糸を使い、操られるようなマリオネットのようだ。
速度が上がり、威力が高まり、キレが増す。
一瞬の先が、理解できる。
これが闘いなのか。
これが強いという事なのか。
圧倒するという事は。
強者の持つ力とはこんなにも恐ろしいものなのか。
違う。
違うべきであれ!
百春は願う。姉の、己が憧れていた、守るための力がこんなものであってたまるか。
しかし、このままいけば飲み込まれてしまう。只の滅ぼす力に、陰の力に。
故に、逆らう。
「うおおおおお!!」
目に見えぬ、心を操る糸を切り裂き、マリオネットは雛鳥に姿を変え、未熟で小さな翼を広げて飛び立つ。
(……変わった、か)
百春の攻撃に変化が現れた事に一夏は一瞬で気づいた。その事に対して苛立ちを覚えるかと思われたが、寧ろその事を一夏は喜んでいたのかもしれない。
自分とは違う道を進む事のできた弟を見る事ができて。
安堵したのは刹那のみ。直様次の行動に移り始める。
(私は……私は何のために生きている。人のエゴで勝手に、愛もなく冷たい管の中で生み出された私たちに生きる意味はあるのか?教えてくれ)
暮桜の左肩に踵落としが叩き込まれて、大きく体制が崩れた。一夏は追撃で顎を蹴り上げて、元に戻す。
更に一度後方に跳躍して距離をとった。そして直様スラスターで加速をつけた右ストレートがトブ!
(自分で考えてみろ!俺たちにいちいち聞いてくるんじゃあない!俺も知らない!わからない!そんなのが当たり前だろうが!)
問答無用の一撃であった。
大きく吹き飛ばされる暮桜の肉体、空中で一回転を行って着地を行う。
「…………」
暮桜が睨みを効かせる。その姿には覇気は無く、目に見えて疲れていた。限りある力を振り絞って、雪片の模造品を泥で作り上げ、手にとった。
「いくぞ、終わらせよう」
一夏は零雪の柄を両手で掴むと、刃を下に向けながら低く構えた。
「指図をするな!」
百春は雪片弐型を一夏と鏡移しになるように構える。
「零落極夜」
「零落白夜」
相対する至高の刃が、白と黒の必殺の一撃が醜悪な贋作に向けられる。
駆け出す。己の持つ全てを刃に乗せて、同じ胎より生まれた二人は目の前を否定するために刃を振るう。
対極の刃が美しい軌道を描く。
振り降ろされた暮桜の刃。
二つの斬撃が容易くその刃を切り落とした。
暮桜の胴体をクロスするように白と黒のラインが迸る。
崩れ落ちていく泥の肉体、その中から少女ラウラ・ボーデヴィッヒが落ちてきた。
一夏は彼女を優しく受け止めた。
「朽ち果ててろ、過去の栄光よ」
醜悪な残骸を見ながら、一夏は呟いた。
「はあ……はあ」
戦いが終わり、百春は天を仰ぐように地に倒れた。
そんな事をしている場合ではないという事は理解しているが、もはや体力が全く残っていない。敵がすぐ近くにいる事はわかっている。
どうにかして、気絶している篠ノ之とデュノアの救助に行きたいが、そうするだけの体力がない。
理由はわからないが、いつもの操縦以上に体力を使ってしまっている。あえて言うのであれば、呼吸を行う事さえも苦痛に感じてしまう。
「VTシステム…………破壊確認。任務完了。これより撤退する」
一夏は近くにラウラを置くと、壁に寄りかかって休んでいたティファの元に歩み寄った。
『終わった?』
『ああ、終わったよ。済まないな、俺の我儘に付き合ってもらって』
秘匿回線越しの会話を行いながら
、二人は飛び立つための準備を行う。
その時であった。
『させないよ』
二人に向けて通信が飛ばされた。
二人はいきなり通信が飛んできた事に焦ったが、その次の瞬間には声の主の正体がわかり、より一層焦った。
開かれるピットとアリーナを繋ぐシャッター。
そこから飛び出してきたのは……
『楽しそうにしてるね、一夏くん、ティファちゃん』
誘宵アリサであった。