ISの生みの親、篠ノ之束と連絡を取れる組織は二つ存在している。
一つは誘宵グループ、ISが世間に出るよりも前にISの存在を知っており、そのシェアも世界の上位五位には入っている。しかし、篠ノ之束と連絡を取れるという事実を知っているのは数名のだけだ。
もう一つは亡国機業、こちらは連絡を取れるようになったのはつい最近のことである。
この二つのどちらにも言えることではあるが、連絡を可能としているのは特定の個人によるものだということだ。
誘宵グループは会長である誘宵皇とその家族、亡国機業は一夏と技術部部長のリリス。
その一人である一夏は任務として、篠ノ之束のラボに向かった。
海底にある篠ノ之束のラボの場所は誰にも知られないように様々なジャミングが施されているが、束本人から案内された一夏にとってはそんなことは関係ないものであった。
ラボのハッチが開かれ、一夏は中に案内された。黒零の操縦を慎重に行いながらハッチに入ると、放水作業が行われた。
放水作業が終わってしまえば、そこは水圧地獄ではなく、優雅な天国のような…………とは言えないが少しはマシな空間に移る。
黒零から降りて、ラボの通路を歩いていく。数秒もすれば一つの扉の前があり、その扉は一人で開いた。
「やあやあいっくん、ご苦労様。ささ、座って」
扉の先はごく普通の一般家庭のリビングルームであった。もしここが地上にあったとしたら違和感を感じないのだが、深海に存在するとなれば違和感しか感じない。
一夏は束に催促されて、テーブルを挟んで対面に置かれてあるソファーに座った。反対側には篠ノ之束がおり、彼女の目の前にはクッキーのような茶菓子が置かれてある。
「これ、この前の戦闘でとったデータです」
一夏は上着の内ポケットからUSBを取り出すと、テーブルに滑らせながら束に渡した。
「どうだったの?無人機の外部操縦は?」
USBをポケットにしまいながら束が一夏に尋ねた。
「その件に関してはそのUSBに入ってますが…………そうですね、実際に戦ったやつの話だと、動きは悪くなかったそうです。ただ、ISのコアと意思疎通が上手くできないために絶対防御が発動しなかったりと不安な点があるそうです。ですが、意思疎通できるようにすれば問題はなくなります」
「そうなの、ISとの意思疎通なんてできるのはそれこそ私やいっくんを入れて十人にも満たないんだけどなあ。まあ、方法はあるかもしれないけど、私は嫌だなあ」
何が、とは聞かなかった。篠ノ之束が話したがらないのを一夏は様子で察したからだ。
「貴方は…………今のISは好きですか??」
「どうなんだろうね、最近だとISも様々な使われ方してるからね。前みたいな軍事一辺倒じゃなくて、建設なんかにも使われてるからね。ほら世界全体の協力の元進んでいる宇宙コロニー計画とかにさ。たからさ、そういう使われ方をしてるのは生み出した親としては嬉しいかな」
いつものハイテンションの極地のような態度とは打って変わって、篠ノ之束は今にも散ってしまいそうな花のような淑やかさを見せた。
「そうですか…………すみません」
「いっくんが謝る必要はないよ、私もISが戦闘に使われる可能性は考えてたし、彼らの中には戦うのが好きな子だっているし」
「そういって貰えると…………はい」
二人の間に沈黙が流れる。
篠ノ之束は元来コミュニケーションを上手く取れるような人物ではない。極度の人見知りであり、よく知らない人に対しては邪険に扱ってしまうことがほとんどである。
そんなことは一夏が一番よく知っているようなものなのだが、一夏も一夏で何を話せば良いのか考えてしまい、言葉が出なかった。
そんな中。
「束様、紅茶をお持ちしました」
備え付けてある厨房の奥から一人の少女が姿を現した。
一夏は彼女の存在には気づいてはいたが、何も言わずに無視していた。どうせ篠ノ之束からの説明があると思っていたからだ。
「誰?」
「くーちゃん」
「…………」
曖昧な表情だった。
少女は手に持っていたティーセットの入っているお盆をテーブルに置くと、一夏に正面を向けた。
「初めまして一夏様、私はクロエ・クロニクルと申します。束様に拾っていただき、現在は共に行動しております。以後お見知り置きを」
瞳を閉じたまま、流れるような銀髪を揺らし、誰の趣味なのかはすぐにわかるが何故か着ているメイド服のスカートの端をちょこんと両手で摘みながら、クロエ・クロニクルは一夏に一礼をした。
(盲目か?それにしてはやけに足取りが普通すぎる)
瞳を閉じ閉じたままスムーズに行動するクロエを一夏は不思議に思ったが、もしかしたらただの極度の細目なだけなのかもしれない。
けれどもその可能性はないと一夏の感が告げた。
「くーちゃんはね、生体同期型ISの実験台だったんだよ」
「生体同期型IS?」
一夏にはその言葉を聞いたことが無かった。新たに聞いたその単語は如何にも物騒なものであると一夏は思った。
「簡単に説明すると、ISのコアを体内に埋め込んで肉体と同化させるの。成功率は低いけど、成功すればISを己の肉体のように操ることができる……らしい」
「らしい?こいつは何処で拾ってきたんですか?キャベツ畑?それともコウノトリさんが運んできたんですか?」
「どっちも違うよ、この前襲撃してきた施設で拾ってきたの。くーちゃんの他にも数人いるけど、今は意識がなくて眠ってるよ」
「束様には感謝しています。ただ暗い暗い牢獄の中で過ごす運命にあった私に、光を見せてくださったのですから」
クロエはニッコリと微笑んだ。
一夏はその様子を見ながら、クロエによって注がれた紅茶を口に含んだ。
「それでさ、いっくんに見せたいものがあるんだけど」
「見せたいもの?さっきから話しかけてくるアレですか?」
「そう、これ」
篠ノ之博士がフィンガースナップを一度行う。
すると何も物がかかっていない壁紙とつぜんせりあがり、奥にラボが出現した。
「あれは?」
一夏がラボの中に存在する一機のISを指差して言った。
それは紅い機体。
一夏の黒零の全身装甲型とはことなる部分装甲型のIS。それを見た一夏の感想は素直に好みでないというものであった。
「紅椿、今度の臨海学校で箒ちゃんに渡す機体だよ。はい」
束は一夏の前にタブレット型端末を置くと、一夏はそれを手にとって紅椿のデータを見る。
「基本性能が高いですね……というか現行の機体の中で最高性能だ。黒零より高い。それにこの展開装甲…………しかし、一番気になるのは。なんなんですか?第四世代って」
「そのままの意味だよ。この機体は私が腕によりをかけて作ったからね。他の機体と同じ尺度で測るのはいただけないよ。それで、いっくんはこの機体に乗った箒ちゃんに勝てる?」
箒とは篠ノ之束の妹の篠ノ之箒のことだ。箒は一夏ではなくその弟の百春とよく遊んでいた。一夏自身も箒とは数度の交流があるのだが、剣道をすぐ辞めてしまったことや、アリサと一緒に遊んだ思い出の方が強いため半分近く忘れてしまっている。
「勝てますよ。いくら性能が高い機体でもパイロットが三流以下じゃ二流の実力も発揮できない。というか、その機体に乗った俺が相手だとしても俺たちは負けない」
自信に満ちた表情で一夏は宣言して見せた。それは推測でも予想でもなく、確信なのだろう。
「ふふ、いっくんならそう言うと思ったよ。君はその子のことを一番信頼してるからね。良かったよ」
束は優しく笑った。それはまるで子供の巣立ちを喜ぶ親のような暖かさと寂しさが混じった顔であった。
「それで…………これだけですか束さん。俺に隠してることがあるでしょ」
その一言に反応した。束は一夏の顔を空虚な瞳で捉えた。先程までの感情に溢れた顔は消え去って、能面のような無がそこには存在している。
「何故?」
「何故って、俺が聞いたのはそいつじゃなくてもうひとつ別の…………なんて言えばいいのか、強烈な反応のやつからなんですよ。それも始まりの五つと同じくらい強烈な自己主張をしてくるやつですよ」
「…………」
束が一夏に近づいて今にも瞳と瞳がぶつかりそうな距離で見つめる。一夏はそれに驚きはしたもののすぐに平常心をとりもどした。
「良いよ」
束は一夏から離れてスカートを翻しながら話し出す。
「いっくんには特別に見せてあげる。私が作り上げたものの中でもっとも禍々しいものを」
「禍々しいもの?」
「私が怒りや絶望を込めて作り上げてしまった傑作にして愚作」
周囲を取り囲んでいた一般家庭のリビングのような壁が取り払われてラボに姿を変える。
「ラストナンバーにして
「アナザー…………ゼロ?」
もうひとつのNo.000、それが表すものなのかは一夏でも理解が追いつかなかった。
「その名もNo.1000!」
ラボの奥からそれは声を放った。
次回からは臨海学校変に入ります。多分前作と同じで銀の福音戦からスタートだと思います。