「目標まで数百メートル、二人とも準備はいいか?」
「大丈夫だ」
「問題ないよ」
太平洋上空、エネルギーの繭に包まれ、覚醒の時を待つ『銀の福音』よりも更に高度の高い位置でゼロ達三人は作戦の開始時刻まで待機していた。
集中力を極限まであげる。作戦が開始するのは『銀の福音』な覚醒が完了するその瞬間、それよりも早く攻撃を開始してしまったのであれば、彼女たちに何の後遺症が残るのかわかったものではない。
ゼロは理解している。これから闘うのは今まで戦ってきたどの相手よりも強いのであろう。可笑しくなった昂ぶる心を落ち着けていく。
ユラユラと長い長い銀の機械の髪が海風に揺れる。
「ん?」
センサーにもなっている銀の髪先が此方に迫ってくる敵を感知する。正確にいうならば、ゼロ達ではなく銀の福音に迫っているのだが。
「四機、コアの反応からするとIS学園の奴らか。邪魔をされるのも面倒だ…………オータム、マドカ、お前たちは待機していろ。俺はウォーミングアップをしてくる。補給の用意を頼む」
「わかった、けれど一人でいいのか?」
「無論、問題はないだろ。疼く心をなだめてあげたいんだ。わかるだろ?」
「いや、わかんねえよ」
「わかれ」
黒零を纏ったゼロが落下していく。狙いを定め、瞬時加速を行い急加速。
雲を突き破り一瞬でIS学園の四人の前に現れた。
「止まれ」
いきなり目の前に現れた黒零にやってきた四人は驚きながらも身構えた。
今にも開戦してしまいそうな雰囲気なのだが、ゼロはその雰囲気を強引に潰す。
「引く気はないか?」
「黙れ、貴様と話す言葉を私は持たん」
紅椿に乗った篠ノ之箒が太刀の切っ先を突きつける。
「そうかならば、そこから少しでも前に動いてみろ。その時は、本気で闘ってやる。前とは違う本気だ。死んでも知らんぞ」
ゼロは抑揚のない声でやってきた四人に告げる。
ゼロは任務の前にスコールから一つ言われたことがある。
邪魔をする人間がいるならば殺しても構わないと。
ゼロの纏う雰囲気が前回とは異なうことに四人は気づいている。言葉は本気なのだろう、目の前の人間であれば殺すのに躊躇いを持たない。
それでも愛する物の敵討ちのためにはこの壁を越えなければならない。
「やあ!」
紅椿を身に包んだ篠ノ之箒が両手に刀を持ってしかけてくる。
他の三人もゼロを取り囲むように展開する。
「さあ!」
空裂で顔面を狙った一突き、ゼロはそれを首だけ動かしてこれを躱す。
「道場剣術がぁ……」
箒にはゼロの体が沈んだように見えた。
そして次の瞬間には強烈な蹴り上げが顎に直撃していた。スラスターの加速を生かしたムーンサルトキックによる攻撃。
ぐらつく箒、絶対防御が発動したため死には至らなかったがかなりのダメージを食らってしまった。
「次」
箒の背後に回り込み、ポニーテールを掴むと背中に膝蹴りを叩き込んだ。
胃液を撒き散らす箒、一刻も速くゼロとの距離置きたいがポニーテールを掴まれているためすることができない。
「……」
背後からの敵意。
ゼロはそれが放たれる向きに箒を蹴り飛ばすと、紅椿にBT兵器から放たれたレーザーが直撃した。
「信じられませんわ……」
BT兵器を展開させた張本人、セシリア・オルコットは信じられないと言った様子でいる。
ゼロは両手にビームガン零砲を呼び出した。
ゼロの周囲を囲み銃撃を続けるBT兵器達。それら全ては首を動かしたり体を上下反転させることだけでかわしていく。
位置と起動を確認、相手がどの程度の軌道を描くことができるのかを見極めていく。
(なんだ、マドカの方が上じゃねえか)
判断は付いた。
もう考える意味もない。
軌道を予測、そしてBT兵器目掛けて零砲を連続で発砲した。
瞬く間に砕け散っていくBT兵器。
「え?」
オルコットは理解が追いつかなかった。今まで戦った相手でここまでできる人間はいなかった。相手は本当に人間なのかと疑いたくなった。
「複数の機体を相手するよりも楽だ。簡単で、単純すぎる」
零砲を収縮、瞬時加速で距離詰める。
「くっ!」
オルコットは慌てて腰の部分にあるミサイルポッドを起動、ゼロ目掛けて至近距離で撃とうとした。
しかし。
黒零の右手の指先から放たれたエネルギーの弾丸がミサイルを爆発させた。
撃たれる前に撃たれた。
下半身に諸に爆風が直撃した。威力が高いものではなかったことが不幸中の幸いなのかもしれない。
「くっ!」
落下していくオルコット、爆発でスラスターがいかれてしまった。
「沈め、鋼鉄の戦艦よ」
落下していくオルコットの背後にゼロが回り込んだ。
両肩をオルコットの背中付近に合わせ、背負いこむようにへその位置に後ろ手でオルコットを掴む。
スラスターを最大まで噴かして、落下速度をあげていく。オルコットはこの拘束から逃れようとはしているが、腕の交差が硬すぎてほどくことができない。
「栄華は沈む、零落の果てに」
瞬時加速による再度加速、肉体にかかる重力は通常よりもはるかに重い。
「バトル・シップシンク!!」
海面に勢いよく叩きつけられるオルコット、彼女は自分の機体が砕けていく音が確かに聞こえた。
腕の拘束がほどかれ、海中に投げ入れられる。
ゼロはオルコットを海面ギリギリで投げ捨て、その勢いを利用して一回転。再び上昇する。
(反応が近づいている、強烈なコアの反応が。来い、来てみろ、弟)
ゼロは此方に高速で迫ってくるISの気配を相手が遥か遠くにいるのに感じ取っていた。
気持ちが昂ぶる、それを押さえ込もうとして理性が抑えにかかると本能が理性の鎖を引きちぎろうと暴れ狂う。
降り注がれる弾丸の雨霰、碌な殺意のこもっていないソレらはゼロにとっては邪魔で邪魔で仕方がなかった。
体も温まって来た。
「時間がないんだ、任務の邪魔になる奴らは……てめえらは敵だ」
ゼロの動きが変化する。軌道も速度も何もかもが先ほどまでとは違う。
目視とセンサーを活用しながら必死にゼロを追いかける三人、銃撃を当てたいが攻撃をしかける前にその場所にゼロはいない。
「当たらない、当たれ!」
両手に持ったサブマシンガンを乱射するデュノア、しかし銃口はゼロに追いつけず明後日の方向に飛んでいく。
「当た──ッ!?」
ゼロが目の前で消え去り、そして強烈な殺気を背後から感じ取った。
死神に生きたまま首を刃こぼれのしたノコギリでじわじわと斬られ殺されるように、死という感覚を振り返るまでデュノアは感じ続けた。
振り向く時間がこれほどまで長く感じたことはなかった。
振り向けばそこにはバケモノがいた。
一瞬でラファール・リヴァイブの両肩に付けられてあるシールド代わりのバインダーの根元が手刀によって切断される。
「離れ──」
「温い」
接近戦は不利だと理解していたのでデュノアは距離を取ろうと少し後ろに下がった瞬間、ゼロの連打が肉体に叩き込まれる。
重い打撃はデュノアの意識を僅かに失わせた。
デュノアの腹にゼロの右掌が添えられる。
「さあ、弾けろ」
ゼロの右手が光り、その光をデュノアの肉体に叩き込んだ。
デュノアの肉体を衝撃が駆け巡っていく。装備を砕き、意識を細切れにしていく。
黒零の装備の中で純粋な破壊力であれば一二を争うこの『多機能式攻撃腕』は黒零の持つ武装であり、圧倒的なエネルギーの量を直撃させるモノだ。
最もこの技を使うには時間がかかってしまうため、高軌道性能で相手を翻弄する戦いを好むゼロは極力使いたいとは思っていない。
落ちていくデュノア、そんなものに目もくれずゼロは次の敵に向かっていく。
「マズイ、箒マズイ」
「わかっている、わかってる!」
残った二人が震え上がる。
見誤っていた。
血が登りすぎていた。
相手の本気がこれほどまで高いなどとは思ってもいなかった。あの時の、タッグマッチの時はどれほど手を抜いて戦われていたのか、箒は理解した。
この恐怖心は何なのだろうか、なぜここまで恐怖しているのか、凰は湧き上がってくる走馬灯を目の裏で見ながら、一度感じたことのあるこの感情を探す。
ゼロは右手にエネルギーブレード『無零』、左手には実体剣『零雪』を持つ。ゼロは元々左利きではあったが、両親に子供の頃から矯正されていたので今では両利きになった。
左手で篠ノ之と戦い、右手で凰の相手をする。それぞれの腕が個別で意識を持っているかのように別々の動きをする。
「ここで!」
凰の愛機、甲龍の両肩に付けられてある龍砲が起動する。
見えない空気の圧縮弾丸を放つ龍砲、凰は躱せるはずがないと思い、放った。
しかし。
顔を目掛けて撃たれた空気の弾丸は容易くゼロに躱される。その動きはまるでその位置に弾丸が来るのがわかっていたかのようだった。
「なんで?」
戸惑う凰。
「どうした、狙っているのがバレバレだったぞ」
ゾクリと凰の肉体が震える。
ゼロが箒の肉体にキッチンシンクを叩き込んで遠くに蹴り飛ばす。
一対一の形になる二人。
凰の双牙天月の握る手が震える。
ゼロの武器を握る両手がより一層強く得物を握りしめる。
「零落……極夜」
右手に持つ『無零』の刃が翠から黒に染め上げられる。
吹き荒れる暴力の嵐が甲龍を襲う。
装甲を剥ぐように無零で切り裂き、零雪でシールドエネルギーを減らしていく。
凰は何もすることができない。圧倒的な実力差の前に蹂躙されるだけである。
(ああ、そうか。そうか、この感覚は……)
エネルギーが尽きて落下していく。
後少しだ、後少しで思い出せるのに、凰は悔いの念を胸に抱きながら、落ちて行った。
「さて、残されたのは君だが」
零落極夜を解除したゼロはただ一人残った篠ノ之箒を見た。
「どうする、帰るか?」
ゼロ本人としては闘う前から結末の見えている戦いに興味はない。
「ふざけるな、私は百春の仇を取るんだ!その為に私にはこの機体がある!」
「成る程な、ならば君に朗報だ。織斑百春が此方に向かっている。あと数分もすれば此方に着くはずだ。だからそれまで生き残ってみろ」
ゼロは此方に迫って来るISの気配を感じ取っている。そのISのコアはゼロ──一夏にとってとても馴染みの深いモノなのだから。
「なに?」
僅かな希望が生まれた。
「希望が生まれたか?それは気の狂いかもしれんぞ。それに、数分持つのか?」
手始めに、回転を加えながらの接近と流れるような踵落とし。
箒はそれを両手の太刀で受け止める。
「なんだ、やるんだ。この性能、いい機体だ」
「当たり前だ。姉さんが作ったこの紅椿は最強の機体だ。負けるはずがない!」
紅椿が蹴りを押し返す。
「でもなあ」
次は逆回転からの右足の浴びせ蹴り。
もう一度刀で防ごうとする。右手に持つ刀、『空裂』が受け止めた衝撃でへしおれる。
「なに!?」
「乗っている人間がド三流じゃあ、泣き叫んでるんだろうなあ」
空中ということもあってか、体制も位置も無視した蹴りの連続攻撃、一撃一撃が鈍器で殴られたような衝撃を箒に与える。
「一流の機体と三流のパイロットなら」
ゼロは箒の手首を掴んで刀の動きを制限し、その状態で何度も何度も執拗に膝蹴りを叩き込む。
「意味がねえ」
箒も必死に離れようと抵抗はしていたが、とうとう力がなくなり手から刀がこぼれ落ちてしまった。
手首から手を離して今度は首を締める。
苛立っていた。
なぜ自分でもここまで饒舌になっているのか理解できないほどに、ゼロは目の前の人間に苛立っていた。
感情は隠せと何度も自分に言い聞かせていたのに、それを自分から破ってしまっている。
「どうだ、どうした。威勢だけなのか、もっと来てみろよ。大切なモノを犠牲にしたくせに。光を見せろ、輝いてみ────何でだ?」
ゼロはそれを見た。
水平線の向こう側から来るソレはゼロの予想の何倍も速く此方に迫って来ている。
「そうか、そうなのか」
掴んでいた箒を投げ捨てて、迫り来る気配に正面を向ける。
「進化したのか、ならば迎え撃とう」
仮面の奥底で、ゼロは久しぶりに笑った。