アリーナは静寂に包まれた。
ゼロに対して不意打ちではなく、まともな一撃を与えた。
アリーナにいたIS学園の人間は希望が生まれた。
織斑千冬ならば勝てると。
「一太刀、先ずは一太刀だ」
この生まれた希望の火を消すわけにはいかない。千冬は直様ゼロに対して追い打ちを仕掛ける。
(モニターが壊れた。視界がない)
黒零のヘルメットのモニターは零落白夜によって斬られ、その機能を失ってしまった。
視界が失われた中でゼロは千冬に立ち向かう。
自分でモニターの切り口に指を突っ込んでヘルメットを破壊して視界を広げる。
ゼロの目と千冬の目が交錯する。
千冬が振り上げた雪片を紙一重で躱し、腹に蹴りを入れて遠くに飛ばした。
「唖々、せっかくのヘルメットが使い物にならなくなってしまった。デザインは気に入っていたのだがな」
そう言ってゼロは自らの手でヘルメットを破壊して素顔を露出させた。
「…………え?」
その言葉はゼロ以外の誰かからの自然と漏れたものであった。
「…………一夏?」
千冬の口から一人の人間の名前が零れ落ちた。
それは自分が救えなかった名前。
それは自分が大切だといった者の名前。
それは自分が理解することのできなかった者の名前。
千冬の手から雪片が落ちた。
圧倒的な虚無感が千冬を襲った。
──織斑一夏の時にも俺はあの場所にいた。
……当たり前ではないか、何せ誘拐された本人なのだから。
加速度的に今までのゼロの言動が繋がっていく。
何故篠ノ之束と繋がっている。
……当たり前ではないか、私を除いて束と一番仲が良かったのは一夏だった。
どうすれば良い、私は次に何をしたら良い。
頭の中は思考の網が張り巡らされているが、次に自分がどんな行動を取れば良いのか千冬は何一つわからない。
「──さあ」
ゼロから声が出る。
千冬はその声に体が震える。
──織斑一夏を殺したんだ。
──理解していなかった。
──織斑一夏を掴まなかった。
先ほどゼロに言われて突き刺さった言葉が、今度は織斑一夏の言葉になって千冬の心に深く突き刺さった。
「ケリをつけよう。今日はその為に来たのだろ?」
ゼロが大剣を両手で構える。
「やめてくれ」
千冬は一歩後ずさった。もう戦えない、心は折れてしまった。
目を逸らしたい。
…………悪夢だ。これは悪夢なのだ。目が覚めればまた、また、また、また………また?
何がまたなんだ?
「どうした、殺したいほど憎いのだろ?来るといい」
「ヤメテクレ!!」
目の前の現実から逃げるような悲痛な千冬の叫び声がアリーナに無情に響いた。
「百春さんの……クローン?」
一夏の事を何も知らないオルコットは素顔を晒したゼロを見て、真っ先に彼の事を百春のクローンだと思った。
彼女の機体は半壊状態にあり、碌に移動する事が出来ない。
「違うわ」
すぐ近くにいた凰がオルコットの意見を真っ先に否定した。
彼女は一夏を見た事があるからだ。
「あれは……一夏よ」
「……一夏?誰なのそれは」
デュノアが尋ねた。
「百春の双子の兄よ」
「双子の兄……ですか?」
「ええ、そうよ。でも、彼奴は何年も前に死んだはずよ」
「でも、彼は生きてる見たいだよ」
「だから、わからないのよ。何で生きているのか。何でISに乗っているのか。何で何年も姿を現さなかったのか」
「ほら、構えろよ」
大剣が千冬の喉に突きつけられる。
だが千冬は動こうとしない、いや動く事が出来ない。目の前で起こっている現実を直視できずに、現実を拒んでいる。
「お前は、お前は私を恨んでいるのか?」
漸く千冬の口から言葉が零れ落ちた。
その言葉を聞いたゼロは喉に突きつけていた大剣を引っ込めた。
「そうだなあ、確かに僕は貴方の事を恨んでいた。あの日誘拐された僕は貴方を恨んだ。何で助けに来てくれない。大切だと言ったのは嘘かと」
自らの頭を掻きながら、ゼロは忌々しそうに答えた。
「どれだけ泣いたか、どれだけ叫んだか、どれだけ恨んだか、どれだけ怒ったか、どれだけ絶望したか、どれだけ呪ったか、どれだけどれだけどれだけどれだけ!!」
感情の爆発、素顔を晒したゼロは己の心に従うままに感情を暴露し続ける。
その一言一言が千冬の心に突き刺さり、抉ってていく。
死んでいたと思っていたものが生きていたとわかったのであれば本来は嬉しいはずなのに、ここまで残酷になるとは。
「ああ、ああ」
千冬の右目から涙が零れ落ちた。
「私は、私は」
「でもなあ──」
ゼロが両腕を大きく広げた。表情は何かを悟ったようであった。
「もうそんな事は俺にとっては関係ない。俺にとってはもう過ぎてしまった事なんだよ」
その顔は笑っていた。
「だから今は──」
「一夏あああああ!!」
復活した箒が両手に刀を持って突撃して来た。
「邪魔するなよ」
太刀筋を見きって、ゼロは大剣で太刀を受け止めた。
箒を見る目は明らかに興味がなく、やる気がなさそうであった。
必死に刃を押し込んでくる箒をゼロは簡単そうに大剣で受け止めている。
「お前は!お前は!」
「なんだ、まだ動けるんだ。厄介だな、無限にエネルギーを生み出せるというのは」
「千冬さんがどれだけ泣いていたと思っている、百春がどれだけ悲しんでいたと思っている」
「さあ?」
興味なさそうにゼロは言った。
「貴様はあああああ!!」
ゼロが箒に押され始める。
「本当に面倒だ…………耐久実験でも行ってやるか。新しい装備を使ってやるよ、天を仰ぎながら盛大に感謝しろ」
黒零の右足が右手と同じようにエネルギーに包まれる。
ゼロは箒を押し返すと直様持っていた大剣を上空に放り投げた。箒の目線が投げられた大剣に移った。
ほんの僅かな隙ではあったが、その僅かな隙でもゼロにとっては十分なものである。
一打目は持ち上げるような鋭い左アッパーが箒の体を浮かせた。
二打目を警戒して箒は後ろに下がろうとするが、それよりも速くゼロが箒の両肩を掴み、今度は左の飛び膝蹴りを胸に叩き込んだ。
宙に浮かぶ箒、ゼロは流体のように動いて背後に回り込むとエネルギーを纏った右足でスラスターを蹴り、破壊する。
舞い上がった箒に今度は腹に右の浴びせ蹴りを叩き込んで意識を刈り取った。
「さあ、続けようか。話を、何が言いたい?聞いてやるよ。ゆっくりとお話をしよう。戯言でも妄言だろうと虚言でも真実でも、好きにすると良い」
一歩一歩近寄る。
千冬は尻餅をついたまま、下がっていく。
ゼロは一瞬で千冬との距離を詰めると、ISを解除して彼女の両肩を強く握りしめた。
……目を逸らしたい。
……目を逸らさないと。
……私は一夏を
「僕を見ろ」
落ち着いた声音であったが、千冬にとってそれは一夏の心からの叫び声のように聞こえた。
「逸らすな、逃るな、退くな。獣の様な荒々しき力を持っていたその瞳で捉えて、逃がすな。今度は捕まえられるか、試してみろ」
「違う、違う違う違う違う違う!!お前は、一夏はあの時死んだはずだ!お前じゃない!」
そんなことを言ってはいるが千冬自身はよく理解している。今目の前にいる一夏が偽物でもクローンでもなく、本物なのだということを。
「死んだって、死んだって聞いたんだ!」
千冬の目から涙が溢れ出して、薄い化粧を剥ぐ。
その言葉を聞いて一夏は千冬の肩から手を離し、右手にナイフを呼び出した。
「じゃあ、確かめるか」
一夏はなんのためらいもなく自分の左腕にナイフで傷をつけた。
血がこぼれ落ちて、アリーナの大地に赤い斑点を作り、それは海になって広がって行く。
まるで見せびらかす様に左腕を高く上げる。
「ほら、生きてる」
ゼロは続けて自分の右手に血を塗りつけ、右手を真っ赤に染め上げた。
そして千冬の涙の跡に自分の血を塗りつけた。
「熱いだろ?熱いだろ。熱いだろ!」
ゼロは笑っていた。
「生きている熱さを感じ取れ、亡霊の冷たさを感じ取れ」
逃げれるならばどれほど楽なのだろう。
狂ってしまったならば今目の前で起こる惨劇を理解せずに済むはずだ。
もう終えてしまってもいいのか。
「貴方が僕を捨てたのならば、今俺は貴様を捨ててみせよう!」
ゼロが千冬を突き飛ばし、彼女は力が一切入らずに尻餅をついた。
「感動的で劇的!」
変わってしまった。
変わってしまった?
……私が何を知っていた?
「さようならだよ、僕」
ゼロは再び黒零を身に纏い、自分の顔にスコールから貰った冷たい仮面を被せた。
呼び寄せた大剣『零』が地面に突き刺さる。
「訣別は済ませた」
大剣を手に取り、己の魂を震わせる。
千冬は尻餅をついたまま体を小刻みに震わせている。最早戦える力は残ってない。立ち上がる心さえ消え去った。
「覚悟を示せ、世界は止まらぬ。戦うならば生きろ。止まるならば死ね。俺は戦い続けてみせる、俺の因縁を消すために!」
背中が熱を帯びる。
一歩ゼロが前に出ようとすると、彼のこめかみ目掛けて槍が飛んできて、ゼロはそれを一瞥することもなく手の甲で払い飛ばした。
少し遅れてゼロは飛んできた方向をみると、そこには妹の更織簪に肩を貸して貰って立ち上がった更織楯無がいた。
「お姉ちゃん、本当に大丈夫なの?」
簪は姉の容体を心配していた。楯無は何機ものISの自爆に巻き込まれてしまい、その身は酷く傷ついている。
ISのエネルギーも無人機の攻撃によって空になっていたが、簪のISのエネルギーを半分分けてもらった事で起動させた。
「大丈夫よ、心配いらないわ」
楯無は簪から離れ、右手に蛇腹剣を持った。膝に入っている力は今にも抜けそうで、左肩はダラリと無気力に垂れ下がっている。
勝てる気配がない。
「無理はしないでね」
「無理してでも止めるしかないのよ」
動き出す楯無、目指すはゼロ。余計な動きをする程の体力は残されておらず、最短の道で行くしかない。
振り下ろされる蛇腹剣、ソレをゼロは容易く徒手で止めて見せた。
まるで自分自身の力をこの場にいる全ての人間に対して見せつけるようなパフォーマンスのように。
「鈍いな、こんなのでは豆腐も切れんぞ。それにな、我々は君たちの敵ではないのだが?」
「そういいながら、コレは何!」
コレとは周囲に広がる惨状の事なのだろう。
敵ではないのなら、こんな惨状を作り出さない筈だと楯無は言いたいようだ。
「降りかかる火の粉ぐらい払わせろ。まあ、払うのが激しすぎたか?」
その言葉の直後、楯無の持っていた蛇腹剣が容易くへし折られた。
追撃の回し蹴りが楯無の横腹を抉る。傷を追った楯無に取ってはとてつもなく重たすぎる一撃、耐えきれる訳もなく無力にも吹き飛ばされる。
「ゆっくりと眠るがいい。悪い夢が見れる筈だ」
倒れた楯無に言葉をかけると、ゼロは少しだけ笑った。
上空に熱源反応、上を見れば雨のように降り注ぐミサイルの嵐、ミサイルの発射元は更織簪。彼女のIS打鉄弐式に搭載されてある『山嵐』による合計48発のミサイル。
「よくもお姉ちゃんを!」
ゼロはこれを直様迎撃するわけではなく、右手に持つ大剣により一層力を込める。
広がっていたミサイルがゼロに向かって集まり始める。
一瞬であった。
右の肘に取り付けられてあるスラスターを利用した超高速の抜刀、刃を纏うエネルギーが飛び出し、引き裂くように空間に広がった。
簪の誇りを打ち砕くような一撃であった。
簪は膝から崩れ落ちそうになる。あんな簡単にも自慢の武装が打ち砕かれた、簪は目の前の存在に恐怖を感じる。
降り注ぐミサイルの残骸を身に受けながらゼロは簪に接近した。冷たい無機質なマニピュレーターが簪の頬を優しく挟み込んだ。
「唖々、その目だ。昔の俺が持っていた目だ。今にも変わろうとしていたが、まだ変わりきれていない」
仮面の翠の瞳が簪の白うさぎのような赤い目を捉えた。
「貴様は姉に対してコンプレックスを抱いているな。分かる、理解できる、共感できる。俺も昔はそうだった」
「違う、私は貴方とは違う。貴方みたいな人とは違う!私はお姉ちゃんと向き合うと決めたの!」
力強い宣言、逃げる事はしない
自分の力で目の前を歩く強大な姉と並び、そして超えると決めたのだ。
「成る程、俺と君とでは違うようだな。君は姉に見られ、見ながら越えるようだ。だが私は見られずに越えた。それが違いだ」
ゆっくりと彼女の頬から両手を離した。
「だからこそ、俺は君に敬意を払って全力で潰してあげよう」
ゼロの両手がそれぞれ別々の光を放つ。簪は警戒を行う。どのような手を打ってくるのか全く想像がつかない。
圧倒的な迄の存在感、そして雑念を一切感じさせない、刀匠によって極限まで鍛え抜かれたかのような美しさまで感じさせる程の純粋な殺意。
手始めに左の掌から不可視の『力』による衝撃波が簪の臓器を貫いた。
一瞬で崩れ落ちそうになるが、意識が途切れてしまう寸前の所でなんとか簪は踏ん張り、得物である超振動薙刀『夢現』を振り回す。
だがそれは容易く躱される。
そして振り上げに合わせてゼロは薙刀の刃の付け根目掛けて右の手刀を振り下ろした。
両断される薙刀、ゼロは追撃として手刀を作っていた右手を握り拳に変えた。
「零落極夜……」
湖の水面に静かに波紋が生じるような、落ち着いた声音であった。
右手が黒に染まる。第二形態になる事によって手に入れた零落極夜を手に纏わせる能力、必殺の一撃が簪の胸に抉りこまれる。
「君も姉と同じように悪い夢を見なさい。そして起きる事に快さを感じろ」
何も言わずに簪は崩れ落ち、うつ伏せに倒れようとするのをゼロが受け止め、優しく仰向けに寝かせた。
「さて、最後まで立ち上がってるのは……やはりお前だよなあ、弟」
」
振り返る事なく、ゼロは後方に立っているであろう百春に声をかける。
「兄さんは……兄さんは何がしたいんだ!千冬姉を倒したり、僕に助言をしたり、皆を倒したりして!僕にはわからない!」
百春は千冬のようにゼロが一夏である事を否定しない。そんな事をする意味はない、細胞レベルの感覚で理解しているのだから。
「それが知りたいのか?ならば答えさせてみろ。お前の武を以って、俺に示して見せろ」
ゼロは振り返り、大剣を構える。
「ならば武を以って答えさせてみせる。兄さんの心を!」
近くに突き刺さっていた雪片を拾い、構える。
「向かって来い、弟よ」
「貴方を倒す、越える。兄さん!」
衝突し合う二人、これは互いの意志がぶつかり合った、唯のちっぽけな兄弟喧嘩。
はい、長らくお待たせして申し訳有りません。
次はできる限り早く投稿したいと思います。