あの戦いから数日が経ったある日の午後の事だ。織斑百春を除いたあの日あの場所にいた一年生の専用機持ち達はIS学園の食堂の円卓を囲んでいた。
「それで、あの織斑一夏とは何者ですの?」
席に着くなり早々、セシリアは事情を知っていそうな箒と鈴音に質問をぶつけた。
箒と鈴音を除けばこの場で一夏について知っているものはいない。
全員があの日からこの時を待っていた。
「言ったでしょ、百春の双子の兄だって」
「ですが、百春さんから兄がいるなんて一度も聞いたことありませんわ」
「言わなかったんでしょ、あいつなりに思う事があったのよ」
百春が話さなかった真意はわからない。だから鈴音は予想するしかない。
「そう言えば一度、誘宵の奴が何か言ってたな。あれ程迄にあいつが気を荒げていたのは他に見た事ないな」
ラウラは転入して来た初日の事を思い出していた。今思えばラウラもあの日初めて一夏の存在を知ったのだ。
「そう言えば、私も誘宵さんと初めて話した時もその名前が出たような」
セシリアも思い出していた。
「ああ、誘宵ね。百春と違って一夏はあまり誰かと仲良くするタイプじゃなくてね、そんな中唯一仲良くしていたのが誘宵よ。私が知る限りだと殆ど一緒にいたわよ、あの二人。昔からそうだったの?箒」
「いや、あの二人が仲良くなったのは多分クラスが一緒になった四年からだ。それまでは一夏は一人でいる事が多かった。それに、あいつはよく喧嘩を売られていた」
箒は自分の記憶を掘り返していく。彼女の記憶の中にいる一夏は殆ど一人でいる事が多かった。
しかしいつからだろうか、彼の隣にアリサと言う存在がいたのは。
「そう言えば一夏は喧嘩を売られる事が多かったわね。それも一対多数が殆ど、しかも全部勝ってる。考えたらあいつは昔からおかしかったのよ」
両腕を組んで背凭れに寄りかかる鈴音。
「あのさ、その一夏って言う人と百春って似てたの?双子だったんでしょ?」
話に加わって来たのはシャルロット・デュノア。
「全く似てないな」
「全く似てないわね」
「口を揃えて言うほど?」
「あたしはあの兄弟が仲良くしてるところなんて見た事ないわ。それくらい性格が違い過ぎるのよ、真反対と言っていいわね」
「私もだ。あいつらが最後に一緒に何かしているのを見たのは、一夏の奴が剣道をやめた直後くらいだな。それ以降一夏の奴は何をしてるのかよくわからなかった。あのまま剣道を続けていたならば、今頃は数多の大会で勝ち続けていたかもな」
「そんなに強かったのか?」
ボーデヴィッヒが箒に尋ねた。
箒自身が本人の才能もあるかもしれないが努力によって剣道においてその世代の頂点に立った人間だ。
だからこそその彼女がそこ迄言うほどなのかと気になったのだ。
「強かった。あいつは余りにも才能がありすぎた。私は長年剣道をやってきたが、あれ程の才能を持っている人間は見た事がないな」
箒は一夏と出会った時のことを思い出していた。
「あいつと最初にあったのは千冬さんが道場に二人を連れてきたのが始まりだ。その頃から二人には性格に差があったな。百春は回りのみんなと溶け込もうとしていたが、一夏は自分で黙々と試合をしていた父を観察して動きを見ていた。それで暫く練習した後、試しに試合をした。勿論その時は私が勝ったさ。だがな」
箒の表情が僅かに険しくなった。
「面の奥であいつは笑っていたんだ。楽しいと言うよりか……戦闘本能が湧き出ていたのだろう。それからが問題だ。彼奴は何回も私に挑んで、何回も負けて……その度に加速度的に強くなっていった。そして一月が経った頃には私は彼奴に勝てなくなってしまった」
箒は瞳を瞑った、
「そして、それから数ヶ月後には彼奴は剣道場に来る回数は減っていき、とうとう辞めてしまった。何故辞めたのか私は聞いたよ、余りにも才能が大きすぎたからな。すると彼奴はこう言ったんだ、『飽きた』と一言だけ…………私は絶望しかけたよ。それから何度も復帰しろと声をかけたが、全部断られた。それ以降、彼奴は様々な武道を学んで同じような事をしていた」
今となってはいい思い出だと言いたのか、少しだけ懐かしそうに笑っていた。
「四年の最後の時だ。私は彼奴に勝負を挑んで、彼奴はそれを受け取って、ボコボコに完膚なきまでにやられてしまった。結局、私には最後まで彼奴の事は何一つわからなかったよ」
「へえ、あたしが転入する前にそんな事があったんだ。百春から何も聞かされてないな」
「最後の事は百春も知らない事だ。言われてないのも無理はない」
あの日の事を箒は鮮明に覚えている。
引越しをする数日前、一夏に勝負を挑み、誰もいない剣道場で一方的に倒された。
何故こんな事をしたのかと聞かれれば、強くなるためだと箒は答えるだろう。
箒にとって一夏は余りにも大きな壁でありすぎた。
「あたしが転入した時には既に誘宵がいて、ずっと一緒にいた記憶があるわ。それこそ二人とも他を寄せ付けてなかったわ。ていうか、あたしは一夏と殆ど会話した事ないわね。仲良くなかったし」
鈴音は自分の頭の中の記憶を掘り起こしてはいるが、どんなに頑張っても一夏と楽しく何かをしたと言う記憶は蘇らない。
寧ろ蘇ってくるのは一夏に対して恐怖した記憶しかない。
「あたしね、人生で本当に怖いと思った人間は二人いるの。一人は今の中国の国家代表で、もう一人が一夏よ」
鈴音は思わず身震いした。
「六組に鹿狩瀬っているでしょ?クラス代表の。彼奴の歯ってさ、何本か入れ歯になってんのよ、なんでだと思う?」
急な鈴音からの問いかけ、他の奴らは何故今そのような事を聞いているのかよくわからない。
「……わからないな」
ボーデヴィッヒは答えたが心の何処かでは既に答えに気づいている。
「一夏の奴が殴ってへし折ったのよ」
その答えにその場にいた鈴音を除いた面々は身震いした。
「鹿狩瀬の奴が数人で誘宵を虐めてね、それを見つけた一夏がその場にいた虐めてた奴を全員、血塗れになるまでボコボコにしたのよ。私が見たのは先生がきた後だったわ。辺り一面に散らばってる血まみれの机や椅子、彼奴の目を一瞬見たけど本当に怖かった…………今思うと臨海学校で感じた恐怖心に覚えがあったけど、アレは一夏のものだったのね」
鈴音にとっては一夏の記憶は思い出したくないのだろう。話し終わるとすぐに自分で話題を変え始めた。
「……百春と千冬さん、今どうしてるの?」
あの日から数日、百春と千冬が今何をしているのか皆よく知らない。百春は百春で余り彼女たちに関わろうとしない。千冬は教室にも顔を見せていない。
「教官は未だに自室に閉じこもっている……自分が殺そうと思っていた人間が死んだと思っていた弟となれば、ショックで仕方ないだろう」
ボーデヴィッヒは何度か千冬の元に赴いたが、その度に帰らされていた。
「百春くんはお姉ちゃんとずっと特訓してる。しかも前よりも何倍も過酷なものをね」
チビチビとジュースを飲んでいた
簪が口を開いた。
「これから……どうすれば良いんだ。私は彼奴に勝てるイメージができない。私が強くなっても奴はそれ以上に強くなる。そんな気がする」
箒が珍しく弱気な発言をした。
「そうねえ、次あいつと戦う時は彼奴をこっち側に引き戻す時ね………………あれ?」
鈴音が食堂に入ってくるある人物を確認した。藍色のロングヘアーの女性、話題の中心である織斑一夏と一番仲の良かった人間、誘宵アリサである。
事件のあった日、彼女は所属している企業に呼ばれたため学校を休んでいた。
そのため彼女は一夏が生きている事を知らない。
と、彼女たちは思っている。
「待て、誘宵」
箒が通り過ぎようとする誘宵に声をかけた。箒と誘宵の仲は余り良くない。誘宵と箒の姉である束の仲は良好なのだが。
「何かしら、そんなところで集まって」
誘宵は立ち止まって、円卓に集まっている専用機持ちたちを見た。
柔和な笑み、完璧に計算された笑顔を箒たちに向ける。流石、本心を隠すのがうまい。
「……一夏が生きてた」
意を決して箒が喋った。
「知ってるわよ」
誘宵の口から予想とは反した答えが帰ってきた。
彼女たちの予想では、誘宵は一夏が生きている事を知らないはずだ。事件の事は、あの後緘口令が敷かれた為にあの場所にいた人間以外は知らないはずだ。
それなのに何故誘宵は知っている。
円卓を囲む彼女たちに緊張が走る。
「……あんた」
だがそれよりも重要な事に鈴音が気づいた。
「いつから知ってたの?」
そう、問題は誘宵がいつから一夏の生存を知っていたのかということだ。
他が鈴音を見て、その直後に誘宵を見た。
全員の視線が誘宵一点に集まる。
「んん、私がISに乗る前だから四年近く前かしら」
皆絶句した。
つまり誘宵はこの事件が起こる前どころか、この学園に入学する前から一夏が生きている事を知っていた事になる。
「貴様は……貴様は……」
箒の目には怒りが宿っている。誘宵の襟を掴み、詰め寄る。
それに対して誘宵の目は非常に冷淡なものであった。
「何故言わなかった、百春も千冬さんも一夏の事を心配していたんだぞ!それなのに貴様は!」
「どうして私が知っていることを全て話さなきゃいけないのかしら?そんな必要ないはずよね」
「貴様!」
箒が誘宵を殴ろうとして拳を振るう。
だがその拳は簡単に誘宵によって防がれ、箒は関節技を極められた状態で円卓に叩きつけられ抑え込まれる。
他の皆が誘宵を止めようとするが、誘宵は目で彼女たちに牽制を仕掛ける。
箒は必死に暴れて脱出しようとするが、誘宵の力は非常に効率的で少しの力で抑え込まれている。
「落ち着きなさい。私はね、貴女たちと事を起こす気なんてサラサラないの。私が一夏くんが生きている事を知っていたのを隠していたなんていってたけど、それは束さんも同じなのよ」
「何……だと?」
誘宵の言葉に動揺した箒は動きが止まった。
それを見た誘宵は箒から手を離し、反撃を警戒して三歩後ろに下がった。
「……あんたは誰の味方なの?」
鈴音が聞いてきた。これは確認だ。もしなんらかの事が起きてしまい、一夏と学園が対立することになってしまった場合、彼女が何方に味方するのか、それは大切な事だ。その為の確認である。
「私が誰の味方?そんなの決まってるでしょ……私は一夏くんの味方なの」
IS学園内にある寮の一室、この部屋は教員用のモノであり、部屋の主は織斑千冬。彼女はこの数日、部屋から禄に出ずに荒れに荒れていた。
部屋の中は非常にモノが散乱しているが、別にこの数日の荒れが原因ではなく、普段からの怠慢が原因なのだ。
電灯を一切つけず、時間の感覚を忘れたまま、過去の思い出を虚空に見ている。
携帯を使い、通話する。
電話の相手は古くからの友人であり、この混沌の世の中を作り上げた天才で天災な発明家、篠ノ之束。
この数日間何度も電話をかけているが電話は一度もつながることはない。
「はーい、何々?ちーちゃん」
ようやくつながった。
「……知ってたな」
久しぶりに出た言葉は千冬自身が信じられない程に重たく響く声であった。
「なにがー?」
それに対して束の声は非常に軽かった。
「一夏が生きていることだ!」
「うん、知ってたよ。当たり前じゃん、いっくんにコアを渡したのは私だし、あの機体を作ったのも私」
「何故教えなかった!私が一夏の事をどれ程心配していたのか、お前なら知っていたはずだ!」
事実、千冬は束にあの誘拐事件の時、何度も何度も捜索させた。しかし、結果は見つからなかった。束の技術力を持ってしても無理だった、その為千冬は諦め掛けた。
それが今になってだ。今になって。
「だって、いっくんがそれを望んでなかったから。いっくんはちーちゃんから離れたんだよ。それをちーちゃんは理解すべきなんだよ」
束から放たれた冷たい事実に千冬の心は締め付けられる。
「束、今どこにいる」
「何処って、いっくんのいる場所。いっくんに呼ばれてね、黒零の修理して、ついでに一緒に食事をしたの」
「場所はどこだ!教えろ!」
「それはちーちゃんでも駄目、だって場所は教えないって、いっくんとの約束だから」
「お前は誰の味方だ、私か?一夏か?」
「面白いこと言うね、ちーちゃん。私は誰の味方でもないよ、私は私の味方だよ」
そう言うと束は勝手に通話を切った。
残された千冬の眼には執念と弱さが宿っていた。
「私は……どうすれば良いのだ」