インフィニット・ストラトス ファントム   作:OLAP

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第98話

「今頃アリサはフランスか、帰ってくるまであと数日。長えなあ」

 

アリサ達IS学園一年生が修学旅行に行ってから一週間と数日、ゼロは屋上で背もたれに寄りかかりながら、時の残酷さを嘆いた。

 

「でもまあティファもフランスに行くって言ってたし、今頃は二人で仲良くフランス観光でもしてるのかねえ…………はあ」

 

溜息を一つ吐いた後、ゼロは自分の左手にハンドガンを呼び出して、物陰に向けて構えた。

 

「誰だ?五秒以内に出てこないと全力で殺すぞ」

 

やる気のない声でゼロはこの学園にいる人間のモノではない気配を放つ侵入者に銃口を向ける。

 

ゼロの殺気を受けて、侵入者は物陰からユックリと姿を表し、その人物が誰なのかわかるとゼロは銃を元に戻した。

 

「……クロエ・クロニクルか、久しぶりだな。何のようだ」

 

侵入者の名前はクロエ・クロニクル、篠ノ之束の下で生活している少女だ。彼女とゼロがこうして二人で会話するのは初めてだ。いつもは束が一緒にいる。

 

今日はゴスロリ服を着ている。

 

「束様から伝言を賜りました。例の計画には賛成だ、との事です」

 

「伝言ぐらいなら通信で言えば良いと思うのだがな」

 

「束様は現在手が離せない状況にあるのと、私があなたに直接聞きたい事があったので」

 

「聞きたい事?」

 

「ええ」

 

クロエは瞳を閉じたままユックリと頷いた。

 

彼女は瞳を閉じたままだ。ずっとずっと、この場に来た時から、そして束のラボであった時から瞳を閉じている。

 

だが彼女は瞳を閉じていても問題はない。彼女と一体化してあるISが彼女の五感の代わりになるのだから。

 

「貴方は何のために生きているのですか?」

 

「…………哲学か?聞く相手間違えてるぞ」

 

「いえ、ただの質問です」

 

何の為に生きているのか、難しい質問だ。

 

顎に手を添えて考える。何の為に生きているのかということではない、何でこんなことを聞いて来たのかということを。

 

彼女の問いかけを答えることは簡単だ。心にも思ってもいないことを言えば簡単に終わる。

 

だがそれはやってはいけない気がする。

 

何故かと問われたのならば、わからないと答えるしかない。

 

「……難しいな。そういうお前は何の為に生きている?」

 

「わかりません、私は何故私が生きているのか全くわからないのです」

 

クロエの眼がユックリと開けられる。

 

「……へえ」

 

開かれた彼女の眼は普通ではなかった。

 

白目は白ではなく闇を孕んだ漆黒、金色の瞳。それが普通の人間の眼でないことはゼロの眼から見ても明らかにわかることであった。

 

「……試験管ベイビー、か?」

 

試験管ベイビー、ゼロの同僚であるアドルフもそれになる。

 

人間によって人工的に作り上げられた人間。

 

「なぜわかったのですか?」

 

「何となくだ。ただお前から感じられるモノの中にあいつと似たようなのがあるからな」

 

「そうですか……」

 

そう言うと彼女はまた瞳を閉じた。あまり眼を見せるのが好きではないのかもしれない。

 

「母胎の暖かみを感じる事もなくこの世に生まれ、愛も欲望もなく生まれた。生命を自覚した頃から常に実験が私につきまとっていた。この体に埋め込まれたISコアもそうだ…………ねえ、私は何の為に生きている」

 

瞼の奥にある瞳がゼロを捉える。

 

「憧れるんです、普通に生きる女の子に。普通に、普通に、普通に生きてみたかった。けれど、それは叶いません」

 

「……お前は、何がしたい?」

 

「私は、自分が生まれた意味を知りたいのです」

 

「……そうか」

 

何とも言えない気分である。

 

「それでは、私は失礼します」

 

「おう」

 

振り向いて、歩き出すクロエ。ゼロは歩く彼女の背中を見ながら、軽く声をかけた。

 

「あ、そうだ」

 

ゼロの言葉に反応して、クロエの足が止まった。ゼロは殺気を放ちながら声をかけたわけではない。それなのにクロエは背後から感じる重圧のせいで体が僅かに震えていた。

 

「……何でしょうか」

 

振り向く事ができない。

 

「お前のISに伝えておいてくれ。イタズラは止めなってな」

 

「気づいていたのですか?」

 

「当たり前だろ、甘くみるなよ。今回は許すが、次は許さないかもな。夢は寝てみたいんだ、起きたまま見るのは現実逃避だからな……良いぞ、帰って」

 

その言葉の直後にクロエは消えるように飛び去った。

 

「……さて、仕事に戻るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でてめえがいるんでしょうか?ああん!?」

 

「定例報告にきたんだろうが。ああ!?」

 

夜、晩御飯を食べる前にゼロは用務員室でとある人物にあっていた。

 

「てめえに会うのは正直だるいんだぜ、レイン。お前面倒なんだよ。名前とかさ」

 

レイン・ミューゼル、この学園での名前はダリル・ケイシーと名乗っている。

 

この二人の関係は良くもないが、それと同時に悪くもない。

 

ゼロとイーリスの関係は、アリサやティファ、オータム達などとの関係とは異なる。二人ともあったら基本的に互いに罵り合う。

 

何でそうなったのかと言われたら、それはダリルがゼロに対して嫉妬したからだ。

 

ダリルはスコールに憧れていたが、ゼロがモノクローム・アバターに入隊してからはスコールはダリルと話す機会が減っていった。

 

無論、ダリルもモノクローム・アバターに入隊しようとしたのだが、様々な問題が重なり入隊できなかった。

 

それからのダリルはゼロに対する嫉妬でよく喧嘩を売るようなり、ゼロもゼロで珍しくムキになって喧嘩を毎回買っていた。

 

亡国機業の本部ではその光景がある種の名物のようなモノになっている時期もあった。ダリルが本部に帰って最初にする事は上官への挨拶、次にスコールへの挨拶、そしてゼロに喧嘩を売る事なのだ。

 

もはや仲が悪いのか良いのか本人達ですらわからなくなっている。挨拶が罵倒、それをしないと違和感すら感じてしまう。

 

二人をよく知るスコールは「間違えても、その勢いのままに過ちは起こさないでね」と言ったが、その言葉を聞いた二人はもっと早く言えと涙目になり、頭を抱えながら返した。

 

「喧嘩売るのは良いがてめえは俺に何連敗してるのかわかっているのかなあ?」

 

「それはてめえが黒零使ってるからだろうが、アレがなければアタシが連勝してる」

 

「黒零に乗る前からてめえは俺に連敗、惨敗、大敗、完敗してるだろうが!」

 

「ああん!?」

 

「ああっ!?」

 

顔をよせてメンチを切る二人、だがソレに疲れたのか息を吐いてから背もたれに体を預けた。

 

「それで、何か変わった事はあるか?今は修学旅行中だから教員の数が減っている。問題が起きる前にこっちでなんとかする必要があるからな」

 

「そうだな、変わった事は特にこれと言ってないな」

 

「ならば良い」

 

報告を完結に済ませると二人は黙った。室内にはテレビのバラエティ番組の音が静かに聞こえる。

 

「……そういや、テメエは総帥にあった事あるか?」

 

「…………ねえよ……何だその眼は」

 

「イヤァ、見た事ないんだと思ってな。俺はあった事あるぜ、なにせ総帥直属になりましたからねえ」

 

勝ち誇った、珍しく、ムキになって、宣言した。

 

「…………給料どれだけ変わった?」

 

ちょっと入ったゲスな話。

 

「文字通り桁が違った」

 

「どれくらいだ」

 

「──」

 

「…………マジ?アタシの倍以上あるぞ。嘘じゃねえよな?嘘だと言ってくれよ」

 

出された数字にダリルは引いてしまった。それほどゼロの給料はスゴかった。

 

ダリルは聞かなければ良かったと思い、落ち込んだ。

 

「ったく、落ち込むなよ……あ?」

 

ズボンの中にいれてある携帯電話が震える。誰かからの通信だと思い、ゼロはポケットから取り出して耳に当てる。

 

『任務です』

 

声の主は先ほど話題になっていた総帥──轡木十蔵だ。ゼロは彼の声がいつもよりも重い事に気づいて、体に緊張が走る。

 

『直ぐにフランスに向かいなさい。学園にいるレイン君は待機させていなさい。万が一の事もあります』

 

「フランス……フランス?」

 

轡木から出た目的地にゼロは戸惑った。

 

何故フランスにいかなくてはならないのか、そして何故こんなにも重いのか、よくわからない。

 

「……おい、ゼロ。テレビ」

 

「少し黙ってろ」

 

「いいからテレビ!!」

 

ダリルの声に従って仕方なくテレビを見ると、彼は言葉を失ってしまった。

 

テレビの画面は先ほどまでのバラエティ番組ではなく、狂騒に塗れる一つの都市の映像が写っていた。

 

緊急ニュースなのだろうか、レポーターが必死の形相でカメラに向けて話している。

 

 

フランスで大規模テロが発生。

 

 

ニュースの内容を纏めるとそのようになる。

 

『ネオが動き出しました。まさか表舞台でここまで大胆に行動するとは、我々も予想外でしたよ』

 

そんなことを言っているが、十蔵の声は非常に落ち着いていた。

 

「原因は?」

 

『ネオとデュノアが裏で繋がっているとは聞いていましたが、新たにデュノア社が発表した第三世代機が原因でしょうね。恐らくソレを作るのにネオからの情報提供があった』

 

「成る程……他には誰が行けますか?」

 

『既に現地でモノクローム・アバターのティファニア君が戦っています。急いで向かってください』

 

「わかりました」

 

『それでは、健闘を』

 

通信が切られ、それと同時にゼロはソファーから立ち上がった。既に心は用務員から戦闘員に切り替わっている。今からでも何の問題もなく戦うことができる。

 

「任務だ。レイン、お前はここで待機していろ。総帥からの命令だ」

 

その一言でゼロについて行こうとしていたダリルの動きが止まった。まさか、自分が総帥から命令されるとは思ってもいなかったから。

 

「だがゼロ、こっからフランスまで何時間かかると思っている。アンタの黒零でも一時間はかかるだろ。その頃には状況はもっとヤバくなっている。それに長距離移動したらシールドエネルギーもなくなるだろ」

 

「大丈夫、アテはある。時間がないからもう出る。後は任せた」

 

用意を終わらせて、ゼロは部屋を飛び出した。

 

時間を無駄にすることはできない。

 

「待って!」

 

部屋を出てすぐ声をかけられる。声の主は更識楯無、ニュースを見て直ぐこの場所に来たのだろうか、息が少し上がっている。

 

「言いたいことはわかる、時間がない。来い」

 

右手人差し指でジェスチャーを行い、楯無は無言で頷いた。

 

走り出すゼロ、そしてそれについて行く楯無。二人ともISを展開して夜空に向けて飛び立つ。

 

「更識、修学旅行に行ってる奴らの現在の状況はわかるか?」

 

「今はフランスのIS部隊と協力して専用機持ち達はテロリストと戦ってるみたい。それ以外の生徒は避難してるわ…………それよりもこのまま行くつもり?ついた頃にはエネルギーなくなってるわよ」

 

ダリルと同じことを心配する楯無。既に飛行している場所は海上、この周辺にはエネルギーを補給できる場所はない。

 

「心配ない、問題ない。ちゃんと手段はある…………来い!黒鷹!」

 

ゼロが海面に向けて叫ぶ。

 

漆黒の海面を内側から何か巨大なモノが突き破った。

 

それは巨大な鳥、機械で作り上げられた漆黒の鷹。大翼が空を切り裂き、勇ましく空を舞う。

 

それを見た楯無は言葉を失ってしまった。巨大、あまりにも巨大、ISの追加パーツにしてはあまりにも規格外な大きさ、全長およそ三十メートル以上。

 

「……アレは?」

 

「黒鷹、篠ノ之束博士が開発した超長距離移動用超高速移動装甲。アレを使えば三十分でフランスに到着する。本当なら使いたくないんだが……まあ緊急事態だし仕方が無い」

 

黒零の直ぐ隣を黒鷹が飛行する。黒鷹は自動で動くことができるが、今はNo.000(ゼロ)が操縦を行っている。

 

「合体する。頼んだぜ、ゼロ」

 

その言葉に答えるかのように黒鷹の機首に存在する赤い瞳が強く輝いた。

 

鷹の足と翼が折りたたまれて無駄な空気抵抗をなくす。

 

鷹の頭を模した機首が胴体から離れ、その間に黒零が入り込む。そして黒零の背中と黒鷹がドッキングされる。機首は黒零を挟みながら再び胴体と合体。

 

重たい衝撃がゼロの体に走る。

 

コックピットが完成、黒零の周囲360度全体にモニターが広がる。

 

密閉され、コックピットの中に液体が流れ始める。これは別に問題ではない。寧ろこれをしないと命の危機に関わる。

 

足を所定の場所に置き、両方のマニュピレーターでレバーを掴む。本当はこんなモノ掴まなくても黒零から直接操縦すれば良い。

 

そもそもこの機体はこんなに巨大になる予定はなかった。

 

ある時何気なくゼロが言った長距離移動できるパーツが欲しいという一言、この言葉に反応した束がノリと勢いで設計図を完成させて、今では良い研究者仲間であるリリスに渡される。

 

そしてリリスも悪ノリをしてしまい予算度外視でこれを作ってしまった。

 

本来ならばもう少し小型になる予定だったのだが、本来のモノは現在開発中である。

 

それにこの機体は操縦があまりにも難しすぎる。少なくとも束の作った正規のISコアと国家代表級の技量がなければマトモに扱うことができずに、機体に振り回されてしまう。

 

だから今はゼロに渡されてある。渡された本人は乗り気ではないのだが。

 

「更識、下につけ。格納庫を開く」

 

「わかったわ」

 

楯無はゼロの言葉に従って黒鷹の真下に移動する。黒鷹の胴体が開かれて中に入れるようになる。楯無は速度を合わせながら中に入ると格納庫の扉が閉じられた。

 

楯無はそのまま背中を格納庫の天井につけると、天井から生えている固定具に機体を拘束させる。

 

「固定させたか?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「本当なら運搬用のコンテナがあるんだが、急だからつけらてないんだよ。だからそこで我慢してくれ」

 

「わかったわ………一つ聞いて良い?」

 

「なんだ」

 

「さっきからこの狭い場所を満たそうとしている謎の液体は何?」

 

楯無の目の前には見たこともない液体がある。それらは狭い格納庫の中をあと数十秒で埋め尽くす勢いで流れ込んでいる。

 

「ああ、ただの緩衝材だ。安心しろ、その液体の中でも普通に呼吸する事はできる。俺の場所もそれで満たしている。心配せずに呼吸しろ。落ち着いて」

 

「そうは言われてゴボボボボボボ!?」

 

どうやら格納庫は緩衝材で満たされたようだ。安心安心。

 

「それじゃあ、行くぜ」

 

その言葉の直後、圧倒的な加速で空に向けて飛んでいく。目指すは空気の薄い遥か上空、そうする事で空気抵抗を抑え込む事ができる。

 

あっという間に成層圏を飛び越える。

 

無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)が成層圏を超えた。

 

「今日日我らは進化を続ける。さあ、祝福と呪いを我らに」

 

何者よりも早く鷹は飛んでいく。

 

戦場を目指して。

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