この世界に喚び出され、既に1年が経過した。
寝床なんかはその日その日で適当に見つけ、魔物が多い場所では寝ずに過ごすことなんて何度もあった。
その度に痛感させられる。
ここは、オレの生まれ育った場所じゃないと。
これは、夢なんかじゃないと。
死に掛けたことだって……けど、家族や友達の顔が浮かんで、大人しく死んでやる気なんか吹っ飛んだ。
還ることができないなら、自力で還る方法を見つけてやる。
そう思った。
還った所で、オレの存在は抹消されている為、家族すらオレが誰なのかなんて分からないだろうが、それでも良い。
オレは、妹も、親父も、お袋も、友達も、みんな覚えてる。
この記憶だけは、誰にも消させやしない。
樹の上から降り、オレを狙っていた狼の様な奴等を捻じ伏せる。
10体いた中から1体だけ息の根を止めその場を離脱、十分に距離を取った所で火を興し丸焼きにする。
この世界には、魔法が存在する。
オレが喚び出されたのは召喚魔法によるモノで、対象を無差別に選ぶモノだったらしい。
そして運悪く、オレはそれに選ばれ、この世界に来てしまった。
どうにもオレは、この世界に来て可笑しくなったらしく、身体能力が異常に高くなった。
おまけに魔法もある程度は遣える。
しかもどういう訳か、本来詠唱と呼ばれる儀式の様な物を通して発動する筈の魔法を、オレはイメージするだけで遣うことができた。
ま、大抵は今みたく丸焼きにする時くらいしか遣わない。
戦闘なんて専ら肉弾戦だ。
遣い過ぎると、その内自分が人間じゃなくなってしまいそうで怖い。
「……」
そろそろ焼けた狼の肉を取り、心の中で合掌する。
オレが来なければ、この狼だっていつか森の魔物に殺されるまでは生きることが出来た。
食わなきゃ死ぬ。
いくら変な力が使える様になったからって、それは変わらない。
オレは狼の肉に齧り付いた。
1週間後辿り着いた村は、生気が無かった。
村人の殆どが、死んだ様な目をしている。
子供でさえも……とりあえず宿に向かい、女将さんに何かあったのか聞いてみた。
どうにもこの村は、数年前から裏の洞窟を根城にしている魔物から食物等を捧げる様に強要されているらしく、酷い時は生まれたばかりの赤ん坊まで差し出せと言われたみたいで、つい昨日も1人連れて行かれた様だ。
断れば問答無用で殺され、禄に戦う力を持たない村人達に残された選択は従うことだけ。
言葉を話す魔物と言うのは、それなりの数が確認されているが、その殆どが聖獣と呼ばれる神聖な生き物だったり、魔王の配下だったりする。
それなら、小さな村を追い込む様な、それこそ器の小さいことはしない筈だ。
夜になり、1度確かめてみようと洞窟へ向かった。
火の魔法を灯りにしながら進み、やがて聞こえてきたのはギャーギャーと騒ぐ声。
その中に、1つだけ日本語で聞こえる声があった。
灯りを消し近付いて、そっと様子を見てみれば、小鬼とでも言えば良いのか、そんな感じの魔物が十数匹騒いでおり、親玉であろうでかい鬼が女の子の細腕を摘み上げていた。
大鬼が背を向けているお陰で、女の子の顔が見えた瞬間、考えるより先に体が動いた。
驚きの声を上げる小鬼は無視し、大鬼の背中に拳を入れる。
衝撃によって手を離し、落下する女の子を抱きとめ方向転換。
全力で走る。
聞こえたのは、大鬼の怒りが篭った声だった。
洞窟を出た所で、脇の林に入る。
寝かせた女の子の体には、幾つもの傷があった。
脈は弱弱しいが、まだ助かる。
胸の上に重ねた両手を翳し、傷を癒す魔法をイメージする。
白い光が迸り収まると、女の子の傷は全て治っていた。
「……すずな」
肩で切り揃えられた黒い髪。
纏う雰囲気。
それが、妹のすずなを思い起こさせる。
他人の空似であることなんて、分かってる。
この1年で、似ている奴を見かけることはあった。
けど、この女の子は、まるで生き写しじゃないかと思う程に似ている。
自他共に認めるブラコンだったすずなは、オレが消えた後どうしてんだろう? 中学生になっても一緒に寝ようとか、お風呂入ろうとか言ってきたあいつは……マザコンかファザコンにでもなってんのかな?
「ちくしょうっ……!」
会いたい。
すずなに、親父に、お袋に、じいちゃん、ばあちゃん、雄二、玲奈、健吾、美加……みんなに会いたい。
溢れる涙は、頬を伝い女の子を濡らしてしまった。
宿に戻り、ひとまず泊まっている部屋のベッドに寝かせ、また洞窟へ向かう。
このままにしておけば、ここの村人達は間違いなく皆殺しにされる……オレの所為で。
だったら、その前に倒そう。
時間から考えて、オレを追ってきているのならそろそろ洞窟から出てくる筈だ。
そこででかい魔法を叩き込めば、すぐに終わる。
再度到着した洞窟の入り口には、思った通り鬼の集団がいた。
オレを視界に納めた大鬼の顔が怒りに歪んだその瞬間、落雷をイメージし手を翳す。
鬼達へ向けて一直線に落ちた紅い雷は、その全てを塵へと還した。
翌日。
村では盛大な宴が開催された。
理由は勿論、鬼達がいなくなったからだ。
女の子は宴に姿を見せず、探してみると喧騒から離れた小高い場所に1人座っていた。
断りも無しに隣を陣取ったオレに、怪訝な表情を向けてくる女の子。
その瞳までもがすずなに似ていて、思わず頭を撫でてしまった。
しまったと思った時にはもう遅い。
平手か何か飛んでくるかと身構えたが、しかしそんなことは無く、
「ありがとう、助けてくれて」
思わぬ言葉を掛けられた。
呆気に取られながら女の子を見れば、ついさっきとは正反対の穏やかな笑顔を浮かべている。
なんてこった……声まで。
覚えているのか聞くと、誰かに運ばれていることだけは、なんとなく覚えているみたいだった。
オレだと分かったのは、同じ温かさだかららしい。
首を傾げると、くすりと女の子は笑い、眼下で開催されている宴を見下ろす。
と、不意に顔をオレに向けてきた。
「わたしはスズナ。あなたは?」
名前も、顔も、声も……何もかも、同じと言っても過言じゃない程、すずなに似ている、スズナと言う名の女の子。
抱き締めたくなる衝動を抑え、オレはスズナに名を告げた。
「行こう、お兄さん」
「ああ」
1週間後、村を発つオレの隣には1人の女の子がいる。
名はスズナ。
後に、神速の剣と呼ばれる女剣士へと成長する女の子だ。