はぐれ勇者の進む道   作:ゴズ

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―雪山、砂漠、進む未来(さき)―

 雪吹き荒れる冬の山岳地帯。

 過剰な程に寒さ対策をしてきて正解だったと思う今日この頃。

 すっかりラブラブとなった百合ップルは元気に雪合戦だ。

 ただし相手はオレ。

 つまり1対2…………めっさ速い2人が相手だと、まともに投げても一向に当たらない。

 対してこっちはバンバン食らってる。

 いや、ホント良かったよ寒さ対策してきて。

 すずなとこうして遊んだ時も、向こうは全力で投げてきてたからな……鼻に直撃した時はマジで折れたかと冷や冷やした。

 ゴスッ、とか言ってたし。

 ま、今となっては良い思い出だ。

「……そろそろ行くぞ~」

「は~い」

「は~い」

 ご丁寧なことに、最後は2人同時にでかい雪玉をぶつけてきやがった。

 ――あれから半年。

 相変わらずあての無い旅を続けるオレ達を、突然襲撃してくる奴等が現れ始めた。

 つい昨日も、十数人程の黒装束が襲ってきた所だ。

 練習台にしてやった。

 属性魔法の威力を手っ取り早く上げるには、同じ属性を持つ地域で行使するのが一番良い、らしい。

 ハルから聞いたことだが、確かにこの1週間で氷魔法の威力は段違いに上がった。

 聞くまではそんなこと構わず遣ってたからな……いや、別に後悔してるって訳でもないけど。

 まあ、とにかくだ。

 その襲ってきた奴等は、オレを喚んだ王国の手先だった。

 フードの内側に刺繍があって、それは王国の物だとスズナ達が知っていた。

 精神感応系の魔法で記憶を覗くと、オレは使い物にならないと判断した王が暗殺する様に命じたみたいだ。 殺さなければならないのは、1度召喚した者がこの世界に存在している間、新たに誰かを召喚することは出来ないと言う制約が、召喚魔法にはあるかららしい。

 とりあえず分かったのは、馬鹿でも王は務まると言うことだけだ。

 その内どっかに定住する様になったら、そん時王を殴り飛ばしに行こうと決めた。

 のはさておき。

 現在もその暗殺者達と交戦中。

 スズナとハルに指示を飛ばしながら、成長中の氷魔法で吹っ飛ばしていく。

 漸くここでの戦闘に慣れてきた2人にとって、対人戦は今一番キツイ闘いだ。

 唯でさえ悪い視界の中、曲りなりにも暗殺を任されている敵さん達は軽く動いている。

 互いをフォローし合い、なんとか張り合っている状態。

 それでも十分、この2人の成長速度は半端じゃないが。

 ハルの死角から斬り掛かる黒装束に、アイスボールを叩き込む。

「ボサッとすんな!」

「は、はい!」

「スズナ! 嫁なんだろ! こんな訳分からん奴等に、ハルの体を傷付けさせて良いのか!」

「っ! 良くない!」

「なら守り通せ!」

「分かってる!」

 雄叫びと共に長刀を振り抜き、目の前の4人を一斉に吹き飛ばすスズナ。

 持ち前の素早さを活かし、殺られる前に殺るハル。

 氷魔法と体術で吹っ飛ばしていくオレ。

 雪山には――甲高い音と轟音、時々鈍い音が響いていた。

 

 それから更に1週間掛け、やっと雪山を抜けた先に広がっていたのは

「…………あっつ」

 何故か砂漠だった。

 辛うじて向こう側に山が見える位で、後はひたすら砂地だ。

 防寒具を脱いでいる途中、突然聞こえた轟音にそろって目を向けると、鯨みたいな馬鹿デカイ生物が宙を舞っていた。

 心なし活き活きしているのは、気の所為じゃないんだろうな。

 相当な距離はある筈なのに、また砂に潜った時の衝撃か何なのか、暴風が吹き付けてきた。

 背を向け、2人の目に砂が入らない様にマントを広げる。

 収まった後確認すると、ハルの目に少し砂が入っただけで済み、水で流すとすぐに取ることが出来た。

「……とりあえず、行くしかないか」

 後ろで溜息が2つ聞こえたのは、まあ仕方無い。

 こんな所、誰も自ら進んで行こうとは思わないしな……好きなら別だが。

 結晶化させた氷魔法を周囲に3つ設置し、風魔法で冷気が回る様にすると、ほんの少しだけ涼しくなった気はした。

 とりあえず、魔力を注いでいる間溶けることは無いから、さっきの鯨と戦うことにならない限りは保つと思う……戦うことになったら全力で逃げるのは勿論だが。

 後ろの2人にマントを渡し、陽避けにする様に言って前を見る。

 こういう時、空を飛べたらと本気で思う。

 前に試しては見た物の、気流やら何やら様々な要因があるお陰で、そういう知識が無いオレは全く飛べなかったからな…………先は長いが、抜けたらちゃんと練習した方が良いか。

 踏み出し、後ろの2人も付いて来る。

 上からくる陽射しはマントで幾らか凌げるとは言え、下からの熱気は耐えるしか無い。

「……暑い……」

 そう呟き、袖を捲くろうとするスズナを止める。

 ガキの頃親父から聞いたが、こういう場所の住人が長袖の服を着ているのは、地肌が焼けない様にしているかららしい。

 日本の夏でさえ、日焼けすれば少し引っ掻かれたりしただけでもかなりの痛みがある。

 こんな場所でそうなってしまえば、万一戦闘が起こった時に受けた痛みは半端な物じゃない筈だ。

 それなら、汗をかく方がまだマシと言えるだろう。

「辛いだろうが、我慢してくれ」

「……わかった」

 素直に頷く2人の頭をマント越しに軽く叩き、また歩を進める。

 休憩を挟みながら2時間程歩いた所で、ハルが膝を付いた。

 瞬間、背後から鮫の様な魔物が3体飛び出してくる。

 扇状にアイス・ランスを7本飛ばし撃退。

 断末魔の悲鳴を上げ、屍となった鮫は、何かに引き摺られる様にして砂の中へ姿を消した。

「スズナも座ってろ」

 滝の様な汗を流している2人。

 やっぱ、現物の厳しさは尋常じゃない……こんな環境で生きている奴らなんて、尊敬するよ全く。

 2人の頭上にもう1つ氷を設置。

 上から風を送る。

 1時間後、何とか大丈夫だと、立ち上がったハル。

 無理をしているのは明らかだが、今のペースだと一体抜けるまでどれだけ時間が掛かるか分からない。

 無理を承知で進むしか無いだろう。

 辺りを警戒しながら進むこと約4時間。

 見上げた空は、オレンジ色に染まりつつあった。

 更に2時間進み、陽が沈んだ砂漠でオレ達を襲ったのは、途轍もない寒気。

 氷と風を解き、防寒具を着込む。

「少し寝よう。今の所、危険な気配は感じないから、安心して良い」

 言うと、2人は互いの体を抱き締めながら眠りに付いた。

 すぐに熟睡したのは、やっと慣れた環境から突然別の環境に触れたからだろう。

 2人をフレア・シールドで包み、立ったまま目を閉じる。

 意識を集中し、砂の中に潜んでいる気配を数えれば、かなりの数がいた。

 いつもの2人なら、これ位すぐに気付けたが、今回は仕方ないとしか言えないか。

 とりあえず、スズナとハルは何があっても生きてここを抜けさせよう。

「根性……で、何とかするしか無いな」

 やけに綺麗な輝きを放つ月を見ながら、静かに気合を入れ直した。

 太陽が顔を出し始めた所で2人を起こし、簡単な朝飯を終えて歩き出す。

 氷と風の簡易冷房も忘れない。

 それからは、進んで寝て、また進んで寝ての繰り返しだった。

 何度か魔物が襲って来たりはしたが、殆どが最初に襲ってきた奴と同じで、後は蠍みたいな奴が偶に出てきただけだ。

 この日の夜までは。

「大人しく砂中遊泳でもしていて欲しかったな……」

 2人が寝静まった後姿を現したのは、あの馬鹿デカイ鯨。

 顔だけ砂から出した状態で、オレを見ている。

 こんなの、どう戦えってんだか……2人を抱えて逃げるにしても、まず追いつかれるに決まってるってのに。

 逃げる算段を立てていると、突如声が聞こえた。

 低く威厳のある声が。

 その声は、目の前にいる鯨から聞こえるモノだった。

 暑さと寒さで耳がイカれたかと思ったが、どうもそうじゃないらしい。

 にしても、驚きだ……言葉を話す魔物がいるなんて。

 いや、そうでも無いか。

 最も劣っている種族の人間が、ソレ以外で意思疎通が出来ないから言語を使っているだけな訳だし。

 頭を落ち着かせ、取り合えず警戒を解く。

 殺気の類は全く感じ取れないから、少なくともこの鯨にオレ達をどうこうしようって気は無いんだろう。

「小僧。そろそろ限界では無いのか?」

「なんだ、オレ達を尾行(つ)けてたのか?」

 こんなデカイ気配、少し探ればすぐに分かった筈だが、何故か姿を現すまでオレは掴むことが出来なかった。

 ま、気付いてたらいつ襲ってくるか分からない緊張でとっくに倒れてたとは思うが。

 鯨は続ける。

「些か興味が沸いたのでな。してどうなのだ? この砂漠に足を踏み入れ、既に1ヶ月。3人無事である事実は大した物だが、お前はまともに休息を取っておらん。並みの人間でなくとも、とっくに倒れている筈なのだがな」

 1ヶ月。

 もうそんなに経ったのか。

 まだそれだけしか経ってないのか。

 矛盾した2つの感想を抱く。

「倒れる訳にはいかないね」

「それは小娘2人の為か? だが、お前に万一のことがあれば、その時はどうするのだ?」

「ここを抜けるまでは、万一にも何も無い様にするさ。その後は成るように成れだ」

「死ねば、未来は無くなるのだぞ?」

「未来……未来ね」

 その言葉を、鼻で笑い飛ばす。

 どうも鯨は、そんなオレの態度が気に障ったらしく、何が可笑しいのかと聞いてきた。

「オレの未来は――こっちに来た時点で失くなったよ」

 あの光に包まれ、あの城で目を覚ましたその時点で。

 下らないあいつらの自己満足で、オレの未来は真っ暗だ。

 けど、だからこそ、今こうして好きに生きているのも確かなんだろう。

「別に未来なんかどうでも良い。現在(いま)をこうして生きていられるなら…………スズナとハルを守っていけるなら」

 村の中で、一部の住人を除き忌み嫌われていたスズナ。

 下らない男のモノとして生きることを、余儀なくされていたハル。

 そんな2人は、今互いに大切な存在となって並んでいる。

 守る、なんてのも、結局オレの自己満足でしか無い。

 けど、今も互いを胸に抱いて眠っている妹の様な存在が……スズナとハルが、オレを兄と慕ってくれている間は、何があっても守り通す。

「……成る程。小僧、お前の覚悟、しかと見せて貰った。その覚悟を果たす為にも、今は休むが良い」

「……? っ!」

 訳の分からないことを言う鯨に、どういうことが問い返す前に、強烈な睡魔が襲い、僅かな抵抗も許されず、意識は闇に落ちた。

 

 ――――お前の未来(さき)、楽しみにしている。

 

 

 

「ぃ……さん……! お兄さん!」

「おにいさん! 起きて!」

「ぅ……すず、な? はる……? …………っ!! 2人共、どこも怪我してないか!?」

 急激に覚醒した意識と共に体を起こし2人の体を診るが、何処にも怪我の様な痕跡は無かった。

 安堵の息を吐きながら体を倒し、そこで疑問が生じた。

 どうして、オレはベッドで寝ている?

「お兄さん、1週間も寝てたんだよ? お医者さんは、極度の疲労だって」

 1週間? 

 疲労?

 駄目だ……まるで状況が分からない。

「1週間前、朝目を覚ましたら砂漠を抜けてたの。でもおにいさん、幾ら呼びかけても、まるで目を覚まさなくて」

「近くにあったこの村まで来て、お医者さんと女将さんに診て貰ったけど、あと2日、遅かったから、絶望、的だったって…………お願い、だか、ら……そんな、無茶、しないでよ……ぅっ」

「このまま、目を覚まさ、なかったら、どうしよ、うって……こわ、かった……! ほんとに、こわかった、んだよ?」

 スズナも、ハルも、泣いていた。

 鯨が言っていたのは、こういうことだったのかも知れないと、今更ながらに思う。

 オレに万一のことがあったら、誰が2人を守るんだってことじゃない。

 オレに万一のことがあった時、2人が涙を流すことは分かってるのかってことだったんだ。

 何が2人を守っていけるならそれで良いだよ。

 オレ自身が、2人を今泣かせてるじゃねぇか。

 くそ……!

 己に向けて小さく放った言葉は、泣き声のお陰で少女達には聞こえなかった。

 もう一度体を起こし、ボロボロと涙を流すスズナとハルを抱き締める。

 こんなこと、今日が初めてだからだろう。

 2人共面食らったのは、顔を見なくても分かった。

「ごめんな? 怖い思い、させて……ホントに、ごめんな……?」

「お兄、さんも、泣くこと、あるんだね……」

「謝らな、いで……」

 込み上げてきた熱いモノを拭うこともせず、オレは唯々、スズナとハルを抱き締めた。

 背に回された2人の細い腕。

 触れ合っている所から、広がっていく体温。

 それが、どうしようも無く愛おしい。

 

「――ありがとう」

 

 気付けば、零れ出た言葉は、ちゃんと届いてくれた様だ。

 より一層強く、2人はオレを抱き締めてくれた。

 

「わたしも守るから。ハルだけじゃない。お兄さんも、何があっても守るから」

「この短い間でも沢山守ってくれたから。もう、こんな思いはしたくないから」

 

 

 ――――絶対に、守るから。

 

 

 2人の言葉はまっすぐ、どこまでもまっすぐ……心に響いた。

 

 

 3日後。

 十分に休息を取ったオレ達は、女将に挨拶をして旅を再会した。

 目的地なんて無い。

 ただ当ても無く、気の向くままに進んでいくだけだ。

 相変わらずラブラブなスズナとハル。

 そんな2人の未来(さき)を楽しみにしているオレ。

 さて、今日は何かが起こるんだろうか?

 ま、起ころうが起こるまいが、楽しいことは確実だろう。

 その証拠に、振り返れば笑顔の女の子が、2人並んでいるのだから。

「行くぞ? スズナ、ハル」

「は~い!」

「は~い!」

 

 

 

 

 お前達の進む道に、幸多からんことを――。

 

 

 

 


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