私は光ちゃんも好きだけど、対立ちゃんの方が大好きです
哀しみの対立ちゃんの周りに飛んでる2羽の烏も好きです

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天蓋の光は相も変わらず

 

ここまでとにかく歩き続けてきた二人は、生命の1つもない建物にて初めて人を見た。

 

 

黒い少女は白い少女をただ観察し始めた。

人が全身で興味を向ける時、傍から見れば子供の様に見える。

この少女からふとこぼれ出た笑みは、可愛らしくも寂れた、背後に聳える廃虚のような美しさがあった。

もう一つの黒いパラソルを呆けた様な表情をしている白い少女に差し出す。

白い空を照らし、白い光が反射する目を焼く様な光――それもまた白だが――ここまで散々見慣れた変わらぬ光を反射する白い少女の白は、それまでとは比べ物にならなかった。だから光を遮る事で抑えようとした。

 

白い少女はわざわざ暗がりでパラソルを広げる彼女に興味を示した。

立ったままパラソルを広げ、そのまま寝ていたのだから尚更だろう。

寝ていた彼女はあらゆる彫刻に匹敵する美術品と言えた。

そして意識を取り戻してからの全てが自分を感嘆させる画となる。

しかし、美術品は他人が思慮した所で真なる答えは出せず、本人が理解している範疇を越えられないのだ。

そのある種の感覚が白い少女が黒い少女に話しかける事が出来ない理由だろう。

 

白い少女は黒い少女のパラソルを穏やかに――片手で鷲掴みだが――受け取り、自らも日陰の中で開いた。

白い少女は共通の物を持った事により、世界で初めて会った仲間として、人として柔和に微笑む。

 

黒い少女は急な微笑みに訝しんだ。

彼女は疑い、同時に初めての人に会えた喜びを感じながら微笑み返した。

目に映る彼女はまだ太陽の様に白い。

 

「……」

「……」

 

互いに観察し、見慣れる事は友好へのアプローチとなった。

初めて会った人、それも異性やかなり年の離れた人では――何故かこの言葉の指し示す形は見た事が無くても理解出来る――なければ、当然なのかもしれない。

今まで歩いて来た場所を考えれば、異形である可能性も高かったのだから。

 

白い少女が好奇心と喜びのまま口を開く。

 

「おはようございます。」

「……おはよう、ございます。」

 

互いに声の掠れた挨拶を行う。

それは互いが似たような環境にあった事を意味すると理解したからだ。

二人は笑う。片方は奇妙を。片方は苦労を。

静かに笑い続け、しかし同時に微笑みに戻る。

 

「……何処か行く所が?」

「この世界にあると思うかしら?」

 

白い少女は目的を。

黒い少女は結論を。

そしてその簡単なやり取りを白い少女は悲しく、黒い少女は楽しく飲み込んだ。

あぁ、何故この世界は辛い現実を押し付けてくるのか、と。

 

無情にもこの世界をキラキラと輝き舞う"かつての世界のかけら"『アーケア』は答えてはくれない。かけらの影も答えは出してくれない。

誰も自分の問いには答えない。いや、答える訳が無い。

いままでは。

 

「貴女様こそ何処かに行く予定で?」

「人が住んでいそうな場所や、新聞屋さんら辺のアーケアから情報を得られないかな、と思っています。」

 

反対に黒い少女が質問し、白い少女が答える。

これが決定的な違いだと黒い少女は理解した。

その上で既に己を変え、歩調を合わせる時期は恒久的に訪れないだろうと。

 

「この世界を調べるのですか?」

 

だが、それでも驚く事は出来る。自分のパラソルを握る手に力が入る。

既に白い彼女は周囲のアーケアに興味をなくし、しかし鬱陶しいとは思っていないのだ。

 

未だ、白い少女はとても白い。

 

 

音も出さず、世界に人が居ないのにどう動いているのかも分からない時計台の秒針が、分針が、時針が動く。

時を告げる鐘は鳴らず、しかしある虫が二つ鳴いた。

 

 

「お腹、すきましたね。」

 

白い少女はその純真な目を丸くして驚愕しながら言った。同時に自分の愚かさにも驚く。

いくら常軌を逸した美しさであろうと呼吸し、生きるならば腹が減るのは変わらない。

自らの無意識にそこまで非生物の認識をしていた事に驚いた。

生理現象は、例え時計台が無かろうと作動しただろう。だが、因果を感じるには十分だった。

 

「ええ、お食事に致しましょう。」

 

黒い少女は目を細め、口元を隠した。同時に自分が死んでいるのだと思い返す。

この世界には飲みも食いもせずに生きる事が出来たと分かった瞬間、彼女は食事をやめていたのだ。

その頃はアーケアをただ数え、頭いっぱいになる毎日。

満たすのは一箇所で足りるのだ。

 

二人は並んで歩きだし、ビルに囲まれた大きな広場に入り、アーケアが煌めいている小山のベンチに座り込む。

黒い少女はベンチの脇を睨み、足で強く地を踏む。

すると周囲のアーケアが動き出し、大きなパラソルを作り出す。

白い少女が驚くなか、黒い少女はにこやかな笑みを浮かべ、ベンチに座り手招きをする。

 

白い少女はこの大きなパラソルにゆっくりと入り、腰を降ろす。

ガラスで出来たそれは様々な方向に光を反射し、所によっては虹色が見えている。そして木漏れ日の様に光が降り注ぎ、二人とベンチを照らし出す。

 

二人はアーケアを見て、強い記憶を探し始めた。

白い少女は先に強固な母体を見つけ、次にマカロニの情報のある記憶を手に入れた。

アーケアを重ね、手をかざし、イメージを送る。

手元が熱くなった事を感じてから少女は手を戻した。

 

アーケアはグラタンとスプーンに代わり、美味しそうな匂いが漂い始める。

その行動を黒い少女に見られたままで少し恥ずかしい白い少女はスプーンでグラタンを掬い、冷ましもせずにそのまま口に放り込んだ。

口の中を熱気が満たし危険を感じた所で、舌の上に置く行動を止めるのには間に合わなかった。

 

「っ!!あふっ!あふい!」

「ふっ……何を急いでいるの……」

 

白い少女は口が焼けるような感覚に襲われ、背を曲げる。しかし、美しい彼女の手前、吐き出す事に抵抗を感じていた。

黒い少女はそれを見てから拳を固め、纏めてアーケアを破壊した。破片と共に舞う記憶を掴み、曲げる。

 

「口を開けて。」

「――――っ!!」

 

白い少女が半ば泣きながら口を開くと、黒い少女の手が勢いよく塞いだ。

記憶の残骸から水が流れ、焼けた口を冷やす。

 

咳き込んでいる様子を見ながら、手を洗って黒い少女は笑う。

人はこんなにも可愛いのか、この白い少女が可愛いのか。それを判断する材料を持たない黒い少女は再びアーケアを叩き割り、肉の塊を手に持った。

 

涙を拭いながら白い少女は、生肉を野性的な食べ方をする様子が黒い少女に似合ってない様に見えた。

 

 

 

 

黙々と食事を堪能した二人は相手に気づかれないように口臭を確かめ、しばらく静かに座っていた。

 

「この世界は――」

 

白い少女が口を開く。

既にその声のザラつきはとれ、耳障りがよくなっている。

 

「なんなのでしょう?」

 

純粋な疑問。無垢な彼女はその言葉を発した。

アーケアの動きが止まり、辺りは静寂に包まれる。

陽の光を浴びて煌々と建物は白く輝き続ける。

 

「……さて、行きましょう。貴女の行きたい場所に。」

「そう……ですね。」

 

一層黒い少女の名状し難い空気が濃くなり、白い少女は思考が停止する。

かけらで出来たパラソルを前触れなく爆散させた事に驚いたのもあったが。

 

だが、アーケアの浮かばない交番を見つけた時に、彼女の逆鱗に触れかけていたのだと分かった。

そして、それが勘違いだと気づくのは相応の時間が必要だった。

 

 

進行方向を変え、歩き出し、交番から離れる。

価値の無い記憶の輝きを流し見て、或いは闇を見て。

 

「やはり、人が居ないわね。」

「逆に何故私達二人がここにいるのか、っていうことですが。」

 

未だに一切の手がかりが得られず、少しの虚脱感を感じながら彼女達は歩く。

ただただ無機質な道を次の建物を目指して白い光の中、歩いていく。

 

 

 

彼女達は大きく開けた場所に佇む、大きな建物に歩いていった。

大量のアーケアを伴う風が建物の上で回り続け、反射光が煩わしい。

少しの階段を登り、アーケアではないガラス張りの扉が行く手を塞ぐ。

 

白い少女は自らの姿がくっきり映る、鏡面のようなガラスを見ながら黒い少女に話しかける。

 

「鍵がかかってますが――」

「どきなさい。」

「えっ、あっ――」

 

黒い少女は白い少女を押し退け、傘の柄を扉にむける。

直情的に振り下ろされた柄は強烈な音と共に扉にヒビを入れる。

白く見える断裂が扇情に広がり、ピシリと弾き出された破片が跳ぶ。

 

黒い少女はもう一度振りかぶり、振り抜いた。

耐えられなくなったガラスは大きな音と、複雑な光の反射をしながら崩れ落ちる。

 

「あ、あ、危ないですよ……!?」

「無駄な躊躇は必要かしら。」

 

パラソルを構え、ガラスの濁流を凌いだ黒い少女が歩みを進める。

高所の窓から射し込む僅かな光がぼんやりと照らす光景に白い少女は唾を飲み込んだ。

 

上空で舞っていた記憶の残骸が蛇のように連なりながら、下降して黒い少女を追い越す様に入っていく。

 

闇の中、アーケアは塊となり虫の甲殻のように色とりどりに輝き始める。

塊は薄く伸び、黒い枠に収まり扉の様な形となった。

 

白い少女が小走りで立ち止まっていた黒い少女に追いつく。

しかし、今の光景を口にすることは出来なかった。

黒い少女が目を細め、扉を睨みつけていたから。

 

「……」

 

白い少女が気まずさに目を逸らした時、黒い少女は白い少女を睨みつける。

彼女の頭の中では、恐怖と嫉妬が渦巻いていた。

己の意志とは関係無く、暗い記憶の欠片が追ってくる事はあるが、様々な感情のソレが勝手に動く事は無い。

未だに白く、輝いている彼女が要因、新たなる絶望の象徴ではないか―――

 

「……」

「……あっ、光がつきましたよ!」

 

それを証明するかの様に建物が白い光で照らされる。

しかし、そこは今までの陳腐な美しい白色を基軸にした建物とは違った。

 

灰色の壁から剥がれたクリーム色の壁紙。

茶色い棚に、様々な色のついた本の表紙。

ボロボロになっている緑色の絨毯。

 

「これは……!?」

「……色だ……明確な、色だ。」

「……図書館。そう、ここは図書館です!」

 

こんな所があったのか、という驚きと好奇心や期待を膨らませる少女。

こんな所があったのか、という驚きと憎悪や焦燥、虚無を感じる少女。

 

白い少女はパラソルを巻きながら駆けて近づき本を確かめると、本はアーケアで出来ているようだった。

落胆している彼女の隣に黒い少女がパラソルを閉じながら立つ。

パラソルを爆散し、アーケアとして飛び散らせてから本を手に取り、何も無いであろうページをめくって読もうと意識を集中する。

すると―――

 

 

『餃子を並べるタイミングは、フライパンを火にかけてから30秒後――』

 

 

「――っ!」

「うっ!?どうしました!?」

 

謎の声、そして異質な感情が自らの意識に接続された感覚に本を手放してよろめき、座り込む。

地に落ちた本は欠けることなく、紙のように横たわった。

白い少女は黒い少女に声をかけ、落とした本を手に取り記憶を読む。

 

「これは……料理の手順を記した本。」

「……声が聞こえたわ。」

「……本当だわ……っ、ですね。」

 

白い少女は黒い少女の手を取り、立ち上がらせる。

そして、その細く白い指を背表紙に当てて、歩き出す。

一歩踏み出す事にアーケアが小さく舞い、指先に触れたアーケアから様々な色が波紋のように棚の全体に広がっていく。

 

白い少女は今までになくニコニコしながら振り返った。

 

「ここは様々な人の生活が記憶されてる様です!」

「……そう。良かったわね。」

「はい!」

 

黒い少女は、彼女の笑みに目眩がしそうだった。

心臓を圧迫される様な感覚に目を鋭くしながら周囲を見て、白い少女についていく。

目が合った。

 

「――!」

「……?」

 

黒い少女は白い少女の驚いた顔に首を傾げる。

黒い少女のその姿は、緩んだ顔と相まって可憐ながらも愛嬌がとてもあった。

白い少女は今までとは根本的な何かが違う表情に胸を打たれる。

 

「……どうかしたの?」

「い、いえ……さ、さぁ、あの大きな扉の記憶を調べましょう!」

「えぇ、そうね。」

 

 

 

2つの影が、扉の前に立つ。

 

僅かな風を流し、記憶の欠片であるにも関わらず強大な威圧感を放つ扉。

鏡面に映る光景、それはこの図書館と、その本に関連する記憶だった。しかし、一つではない。

見た事がない沢山の顔、顔、顔……中には城や、奇妙な形をした建物が映り、そして周囲の記憶に沈んでいく。

 

華美な光景。

白い少女はとても興味深げに近づく。

扉に近づくほど風は強くなり、服と髪が浮き上がる。

今までのアーケアとは違い、劇的な喜びでも、極上の快楽でもない、何気ないシーンを切り取った様な記憶に歓喜を感じた。

 

黒い少女は破壊衝動を抑え込む。

優しく、しかし鮮烈に。

楽しさ、哀しさ、喜び、怒り。

様々な記憶の物語の存在を、否が応でも認識せざるを得ない。

破壊する前に、その煩わしく消し去りたい物の正体を確かめようと近づく。

 

 

白い少女と、黒い少女は扉に手を触れた。

 

 

 

 

様々な記憶が結びつき、対立し、消滅し、誕生し―――

 

 

 

 

爆散。

 

ガラスが割れる音が図書館を、街を、世界を、二人の少女を揺らす。

アーケアは小さな破片となって飛び散り、鉄砲水の様に流れ出した。

 

 

 

 

衝撃とアーケアにより吹き飛ばされた二人の少女は、ゆっくりと上体を起こす。

黒い少女はアーケアを操作し、パラソルを作った。

アーケアを払い落としながら二人は立ち上がった。

 

建物の光は消え、窓から射し込む光が先程まで無かったであろう豪華なテーブルと、大きな背もたれを持つ椅子を照らす。

再び飛んで外に向かっていくアーケアを横目に、何を思う事もなく机に近づく。

 

白い少女が机を撫でながら口を開く。

 

「机ですね。」

 

何故?

勿論その疑問が頭を過ぎるが、自分も彼女も答えられない。

そう思い、言葉を飲み込んだ。

 

「……そうだ、この図書館の本を読んでみてもいいですか?」

「……私も読むわ。」

 

既に黒い少女は踵を返し、棚に向かっていた。

白い少女は机がアーケアで作られ、これにも沢山の記憶が入っている事を確認する。

 

 

風の有無に関わらず、常に大きく美しく感じる黒い少女の後ろ姿を見て考える。

少女は蜃気楼の様な黒い彼女の心情を、半ば理解し始めていた。

扉に触った時、微かに彼女の記憶を感じ取ったから。

深淵よりぬかるんで、引きずり込まれる様な闇を。

 

生半可な光は、闇を引き立たせる材料にしかならない。

しかし、黒い少女の闇の中には光がある様に思えた。

まるで沈んだ太陽の存在を感じ取るような証明の方法がない事を。

だが、彼女にはそれを確かに感じたのだ。

 

白い少女は小走りで黒い少女を追いかける。

 

 

 

 

少女達は机に本を積み、読んでいた。

一人は手本の様な見事な体勢で。

もう一人はパラソルを開きながら。

 

静かに没頭する彼女らを、静かに光が照らしていた。


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