異世界はスマートフォンとともに 改   作:Sayuki9284

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皆さんこんにちは(。ᵕᴗᵕ。)

春になりましたね。普段ならもうすぐ春休みですし、卒業を控えている方は遊びまくってる時期でもあるのでしょう。ですが、今はコロナで大変な時期です。私のところも最近感染者がそう遠くないところで出たということで、より緊張が高まっています。皆さん、どうかお気をつけて。


はい!ということで小説の話をしましょうか!

今回はなんと約1万近い文字数でお届けしますよ!時間のある時、またはスキマ時間に少しづつでもお読みいただければ幸いです。

それでは、どうぞ!



第32話 絶望から希望へ

『暗い……』

 

 

いつの間にか閉じていた目を開いた優輝翔が真っ先に呟いたのがその三文字だった。何もない。何も見えない。何も聞こえない。何も臭わない。何も感じない。人の持つ五感の全てを封じられたような暗闇。優輝翔がいたのは、そんな空間だった。

 

 

(ここは……俺は……どうしたんだっけ…?何か懐かしい夢を見てたような気もするけど……)

 

 

優輝翔は心の中で自問自答を繰り返す。あの後どうなったのか?なぜ自分はこんな所にいるのか?ここはどこなのか?そんな答えの見えない問いを繰り返していくうちに、いつしか優輝翔はそんなことを考えることすらめんどくさくなってしまった。

 

 

『もう、どうだっていいか。どうせ俺にはもう…、生きていく意味なんてないんだから。』

 

 

誰に言ったわけでもない。ただの独り言だった。でも紛れもない本心だった。そしてそんな優輝翔の言葉に、どこからともなく反応してくる者が一人。

 

 

 

『どうして、そう思うのよ?』

 

 

 

誰かは分からない。一瞬周りを見渡してみても、やはり先程と変わらず誰もいないし、何も聞こえない。なのにまるで心に直接響くように届けられたその声に優輝翔は初め少し驚いていたが、すぐにどうでもよくなって適当に応答し始めた。

 

 

『俺はあの男からは逃れられない。』

 

『…………』

 

『……俺は、逃れられない。だから、利用しようと思った。それが本来の俺の姿だろうから。でも……』

 

『でも?』

 

『……俺は、自分がこの世界を支配した後のことを考えても、その過程や、結果を見つめても、何も満たされねぇんだ。』

 

『……それで、それだけなのよ?』

 

『それだけ?』

 

 

優輝翔はそう聞かれて戸惑いながらも考える。他の人に言われたのなら跳ね返していたところだが、何故かこの妙に母性の滲み出る、優しくて、少し懐かしい声色の主に言われると、反論する口が塞がってしまったのだ。

 

 

『俺は、あの男が嫌いだ。母さんと、あかりを奪ったあの男が、大嫌いだ。……そして、そんな男の血が流れている俺が、嫌いなんだ…。』

 

『うん。それで?』

 

『っ……だから、利用することすら出来ないなら、いっそ俺は、俺のために俺を殺す。あの憎くて仕方がない男の血を絶やすために。』

 

『うん。……それだけ?』

 

『っ…………それだけだ。』

 

 

優輝翔はそう言って固く口を閉ざした。声の主はその後暫く何も言ってこなかったが、5分ほど経ってまた声をかけてきた。

 

 

『もう死んだのよ?』

 

『……見ればわかるだろ?』

 

『なんで死なないのよ。』

 

『どうだっていいだろ、そんなこと。あんたには関係ないはずだ。』

 

『ふーん。私はてっきりほんとは死にたくないのかなって思ったのよ?』

 

『は?』

 

『それかたぶん迷ってるのよ。迷ってて答えがわからないから、優輝翔くんが勝手に自分が死ぬべきだと思い込んでるだけだと思うのよ。』

 

『……うるさい。』

 

『そりゃ確かにあの男の人の血が入っている自分が憎いというのも嘘じゃないと思うし、利用しても満たされないのもほんとだと思うのよ。でも、なんで満たされないかってことが何より重要だと思うのよ。』

 

『……あんたに何がわかる。俺のことなんてなんも知らないあんたなんかに。』

 

『確かに優輝翔くんのことは知らないけど、分かるものは分かるのよ。優輝翔くん、あなた、本当はまだ死にたくないのよ。だって、あなたが支配した後満たされないのは、そこに “大切な人(リンゼちゃん)が生きていないから” なのよ。』

 

 

そう言われた瞬間、優輝翔は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。完全に自分の本心を言い当てられたようなそんな感覚、だが優輝翔はそれを必死に首を振って否定する。それは自分の本心ではないと…。

 

 

『違う。確かに俺はリンゼが好きなのかもしれない。でも、そこまでじゃない。たかが数ヶ月一緒に過ごした程度の一人の女なんかに、俺は……』

 

『そう?でもあなたが満ちない理由は、間違いなくそれなのよ。』

 

『……そんなもの、真実だというなら馬鹿げてる。』

 

『なんで馬鹿げてるのよ?』

 

『なんでって、そりゃつまり死んだ人間を生き返らせようってことだろ?んなもんバカのすることだ?ファンタジーのこの世界でも、蘇生魔法もあの状態じゃどうにも出来ねぇよ。』

 

『確かに普通の方法ならそうなのよ。でも、あなたにはあるはずなのよ?あの子をたった1度だけ蘇生させられる、たったひとつの方法が。』

 

『たった……ひとつの……。そんなのあるわけ……』

 

 

そこまで言って優輝翔の口は止まった。

 

確かに存在していたのだ。リンゼを生き返らせる、自分だけに与えられた方法が。自分が以前、保険として用意していた方法。それを使えば………

 

 

でも、

 

 

 

『俺にはもう、必要ない……』

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

『俺にはもう、必要ない……』

 

『……どうして、そう思うのよ?』

 

『……俺は、リンゼを愛していなかった。あれだけ『好きだ』の『愛している』だのと言っておきながら、本心じゃ全くそう思ってなかったんだ。俺はただ女子の身体を知りたいがために、自分の欲望を満たしたいがためにリンゼを……』

 

『そっか……でも、それって悪いことなのよ?』

 

『は?』

 

 

何を今更?といった顔を優輝翔はどこにいるのかも分からない声の主に向ける。

 

 

『当たり前だろうが。相手の気持ちを利用して犯すなんて、最悪だよ。』

 

 

どの口が言うのだろう。他人を支配して気に入らなければ殺すことも十分最悪である。

 

 

『うーん……確かにそれだけなら最悪だと思うのよ。でもそれはお互いがお互いを好きでなかった場合 なのよ。あなたのことはひとまず置いといて、リンゼちゃんはあなたを好きじゃなかったのよ?』

 

『それは……』

 

『リンゼちゃんは、あの子はあなたの事が大好きだったのよ。だから例えあなたがそういう気持ちだったとしても、あの子はあなたを受け入れたと思うのよ。』

 

『…………』

 

 

優輝翔は声の主の言葉に何も言い返せなかった。優輝翔とて、まだ数ヶ月だが一緒に過ごしたリンゼの性格は理解している。

 

リンゼは人に尽くすタイプだ。優しくて真面目で努力家で、何よりも他人を優先する。その中でも特に好意を寄せていた優輝翔に対しては献身的だった。

 

だからこそ、もし自分がそういう気持ちだったとしてもリンゼが自分を受け入れてくれたであろうことは、優輝翔には容易に想像出来た。

 

 

『…っ………』

 

『それで、どうするのよ?もしあなたがどうしても過去のその自分を許せないなら、謝るのも手なのよ。そうすれば、あの子は絶対許してくれるのよ。』

 

『だろうな。でも、たとえ謝っても、どっちにしろ俺はもうリンゼとはいられない。』

 

『どうしてそう思うのよ?』

 

『言っただろ?俺はリンゼを愛してなかったんだ…。』

 

『そんなことはないのよ。むしろ、そんなはずがないのよ。』

 

『何であんたにそんな事が分かる?さっきからグチグチ言ってくるけど、あんたは俺の何を知ってるんだ?俺は俺しか、……いや、俺ですら、俺を知らない。』

 

『何急に難しい事言ってるのよ。確かに私はあなたのことは知らない。けど、あなたの過去は全部知ってるのよ。ちゃんとこの目で見たのよ?』

 

『……だからなんだ?』

 

『だから分かるのよ。あなたがちゃんとリンゼちゃんを好きでいたことが。』

 

『だから、そんなことはないとっ……』

 

『最後まで聞くのよ。確かにあなたはリンゼちゃんを利用していたのかもしれない。でも、それの何が悪いのよ?』

 

『何がって、だから……』

 

『人の愛し方に、人と人との恋愛に、正解なんてないのよ。』

 

『っ……』

 

 

優輝翔はその言葉を聞いて初めて顔をあげた。そこはもう暗い闇夜の底なんかじゃない、元いた森の中。まだ鼻にはきつい死臭が漂う中で、優輝翔の驚きに満ちた目線の先にいたのは、ピンク色の髪をウェーブにした可愛くも美人な絶世の美女であった。

 

 

「やっと私を見てくれたのよ。初めまして、優輝翔くん。私は恋愛神。神様なのよ。」

 

 

~〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「神様…。あんたも、あの神様の仲間なのか…?」

 

「神様とわかってその口調。でも優輝翔くんの過去を知ってしまったらもうどうでもいいのよ。それと質問の答えはYESなのよ。」

 

「そうか……」

 

「そうなのよ。ちなみにあのおじいちゃんは世界神様で、神様の中でも一番偉い存在なのよ?本来なら私がここに来るのにも世界神様の許可が必要なのだけれど、今回は少しだけだし、黙ってきちゃったのよ。」

 

「そうか……」

 

 

そう言って舌を可愛らしく出しながらてへぺろしている恋愛神に、優輝翔はいつの間にかまた虚空に戻った目を向け乾いた返事を返した。しかしふと何を思ったのか、目の色は変えず口だけ笑みを浮かべて目の前の恋愛神にこう吐き捨てる。

 

 

「その世界神様がただの女の子一人を殺しかけて、挙句俺をこの世界にやったんだ。神様ってのもたかが知れてるんだな。」

 

 

特に理由はない。強いていえば八つ当たりだろうか。リンゼを失った怒り。リンゼを殺してしまった怒り。そして、本当にリンゼを愛していたのかわからず、自分自身が見えなくなってしまったことへの怒り。

 

そのやり場のなく自分の中で燻っていた怒りを、いきなり目の前に現れて先程から遠慮の欠片もなく自分に話しかけてきていた神様にぶつけただけ。あわよくば逆ギレして自分がさっきまで望んでいたことを叶え、自分もリンゼと同じ場所に行けることを願って。

 

 

「心配しなくてもそうなったらあなたは地獄行きだから、どっちにしろリンゼちゃんとは会えないのよ。」

 

 

が、その考えを目の前の女神はあっさりと切り捨てる。そしてその言葉を聞いて「そりゃそうか」と自虐的に笑う優輝翔にため息をつくと、一つ一つ言い聞かせるように言葉を繋げた。

 

 

「確かにあなたは今までリンゼちゃんを愛してないにも関わらず利用してきただけ。でも、だからってそれが諦める理由になっていいはずもないのよ。」

 

「何言ってんだよ。あんたこそ難しい事言ってんじゃねーよ。」

 

「だから最後まで聞くのよし。あなたはリンゼちゃんを諦めちゃダメ。だって、リンゼちゃんまで居なくなったら、いったい誰があなたを真に理解してくれるのよ?」

 

「っ……うるせ……」

 

「お母さんを亡くして、初恋の子を亡くして、初めて恋人になって自分を受け入れてくれたリンゼちゃんまで諦めてしまったら、あなたはこの先どうするつもりなのよっ。」

 

「うるさい……うるさいなっ!」

 

「うるさくないのよ。それでどうするつもりなのよ?まぁ確かにリンゼちゃんを見捨てたところであなたにはまだあなたを好いてくれる子がいるし、エルゼちゃんはリンゼちゃんの事でどうなるか分からないけど、アルマちゃんならまたあなたの恋人になってくれる可能性は十二分にあるのよ。だからまぁ別にリンゼちゃんを諦めるなら諦めるでさっさとこの遺体を燃やすなりなんなりしちゃえば……」

 

 

ピキッ

 

 

「うるさいっつってんだろうがぁァアぁぁァァォ!!!!!!!!!!」

 

 

その瞬間、大気は揺れ、空気はヒビが入ったかのように歪み、森の木々がざわめいた。空の荒れ模様も一気に加速し、雷まで鳴り響く。そしてその現象の中心にいた優輝翔は何かを纏っているように全身から暗黒の何かを垂れ流しながら立ち上がると、そのまま失礼もへったくれもなく女神の胸ぐらを掴みあげて至近距離で睨みつけた。

 

 

「んなことな、言われなくても分かってんだよこっちはっ!別に死んだりしなくてもっ、リンゼがいなくたってエルゼを使えばいいしっ!アルマだってもうちょっとで手に入るしっ!八重だってっ、あいつチョロいから落とすのだって簡単なのは分かってんだよッ!こっちもッ!!!」

 

「……じゃあ、なんでさっさとリンゼちゃんを諦めないのよ?」

 

「っ……うっせぇよ…。だから、お前に何が分かる……」

 

「分からないのよ。だから理由を聞いてるのよ。」

 

「っ……このやろ……」

 

「ちゃんと答えるのよ。そうしてくれたら殴るなり何なりしてくれても、何もバツは与えないし、与えさせないのよ。」

 

「っっっ………」

 

 

一般人……いや、下手をすれば赤ランクの冒険者でさえ当てられただけで気絶してしまうであろうほどの殺気をぶつけてくる優輝翔に対し、女神は一歩も引くことなく正面からその怒りに荒れ狂ったように赤く染まった目を、その濁りのない純粋な金色の泉の様な目でしっかり見つめ返しながら告げた。

 

その言葉には嘘の欠片も見当たらず、恐らく優輝翔がちゃんと理由を話せば、本当に殴らせてくれるであろうことさえ容易に想像が出来るほどだった。

 

優輝翔はその目と雰囲気に飲まれそうになりながらも、今更引くことも出来ず歯を食いしばりながら、必死に言葉を絞り出す。

 

 

「俺は……俺は……っ…」

 

「………………」

 

 

女神は何も言わない。何も口にすることなく、ただじっと優輝翔の答えを待ち続ける。それが優輝翔を救う唯一の方法だと信じているから。

 

なぜ “分かる” じゃなく、 “信じる” のか。神様だって万能じゃないからだ。万能なら優輝翔が何を答えるかなんて、聞かずにでも分かってしまう。そりゃ多少は心読めるかもしれないが、それはなんの障壁もない丸出しの感情レベルのものだけ。本当に本人すら分からない、もしくはモヤモヤして簡単には答えを出せない感情、気持ちなんて、神様ですら読み解けるはずがない。

 

だから待ち続けた。ずっと。じっと。じっくりと。

 

 

 

 

 

……雨が小雨になってきた頃、ようやく優輝翔の口が開いた。心の中で整理がついたのだろう。そこにはもう先程までの優輝翔の姿はなく、胸ぐらを掴んだままであること以外は、いつもの優輝翔に戻っていた。

 

 

「俺は……俺には…、分からないんだよ…。分からないけど……全然理由とか分かんねぇけど…… “俺は……リンゼが好きなんだ” !」

 

 

……言った。言ってしまったと、優輝翔は少しだけ感じた。

 

言っちゃいけない。もうしてはいけなかったはずのもの。禁忌。それをおかしてしまった。

 

 

 

なのに、何故だろう…。この妙にスッキリした気持ちは。

 

 

……初めてだ。自分に正直になれたのは……

 

 

「俺は、リンゼと一緒にいて、最初はほんとに本気で好きになるつもりなんてなくて、利用しようという気持ちの方が強かった。だって、俺はこの世界に来る時に決めてたから。もう二度と、大切なものを作らないって。もう、あんな辛いことは嫌だって…。……もう、大切な誰かを失いたくないって……」

 

「うん、それで?」

 

「……だから、俺は、最初にリンゼの気持ちに気づいた時、ただ利用しようとした。自分が大切に思わなければ、失っても、別に平気だと思ったから。だから利用して、犯し尽くした。ほんとに、ただ利用してた。……ほんと、今思えば、俺は気づかないうちにあの男と同じことをしてたんだな……」

 

「……でも、今は?」

 

「……今?」

 

「優輝翔くんは、ちゃんとリンゼちゃんが好きなのよ?」

 

「…ああ。ほんと、なんでだろうな…。こんなはずじゃなかったのに。なんで俺は、いつの間に……こんなにも、……こんなにも、リンゼを好きになってんだよ…。」

 

 

 

 

 

 

“ 相手のことを想って

 

 

 

相手のために費やした時間が

 

 

 

その相手を特別な人にする ”

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

優輝翔は突然心の中に響いてきたその声に、そっと俯いていた顔を上げて目の前にいる女神の顔を見た。女神はぽかんとした顔で自分を見つめる優輝翔に軽く微笑みながら、ゆっくりと言葉を届け始める。

 

 

「最初に言った通り、私には正解なんて分からないのよ。でも、恋愛神だから、恋愛のことに関しては誰よりも分かっているつもりなのよ。だからきっと、優輝翔くんがいま心の中で聞いた言葉に何か感じ取ったのなら、それが答えだと思うのよ。」

 

「……今のは、あんたが……」

 

「そうなのよっ。私の一番お気に入りの言葉なのよ。」

 

 

女神の口から放たれる、ひとつ、ひとつの単語が、言葉が、優輝翔に届けられていく。まるで真っ暗で寒い深海の底からゆっくりと引き上げられるように、女神の言葉は優輝翔を宇宙(そら)へ誘う。

 

 

「優輝翔くん。人ってみんな同じなのよ?赤ちゃんも、おじいちゃんも、男の人も、女の人も。みんな一人の人間。優輝翔くんの世界じゃそんな人間が70億人もいるのよ。他の世界じゃ100億人いるところだってあるのよ。そんな中からたった一人だけの運命の人と出会うなんて、本当にできると思ってるのよ?」

 

「それは……でも、……わからない……」

 

「でしょ?だからこそ、私はあの言葉が好きなのよ。出会う時はなんでもない。運命かなんて当然分かるはずもないのよ。でも、相手のために費やす時間が積み重なっていくうちに、いつの間にかその人が特別になっているもんなのよ。」

 

「相手のことを想って、相手のために費やした時間が、その相手を特別な人にする…」

 

 

優輝翔がそう言葉を繰り返すと、女神は笑いながら頷いて、優輝翔に尋ねた。

 

 

「優輝翔くん。あなたはリンゼちゃんに何をして何をされてきたのよ?」

 

「俺は……」

 

 

優輝翔は過去を思い返す。リンゼと過ごした日々を……

 

初めて出会ったのはもう数ヶ月も前。ガラの悪い男達に絡まれていたのを見て助けたあの日。魔法を銀月の中庭で教えてもらったあの日。銀月の自室でリンゼに横についてもらいながら文字を教えてもらったあの日。その時に自分の書いた日本語が気になって聞いてきたリンゼに、母国語だと言って軽く日本語を教え返したあの日。一緒にたわいもない話をしながら笑いあったあの日。アイスクリームが売れたからとまた新作のお菓子を作って、真っ先に味見させたリンゼが美味しいと笑ってくれたあの日。その翌日、今度は初めて二人でお菓子を作って、それがまたパレットで売れて二人で喜んだあの日。初めて二人で討伐に出かけ背中を預けたあの日。そこで勝利してハイタッチし、得たお金で二人で乾杯したあの日。一緒に隣で本を読んでいる時に思わず寝てしまい、気づけばリンゼに膝枕してもらっていたあの日。逆にリンゼが寝てしまい俺が肩を貸し続けたあの日。一緒に様々なボードゲームで遊び、リンゼに色々教え込んだあの日。ハンデ戦とはいえ初めてリンゼに負けたあの日々。そして女の子の大切な初めてをもらったあの日……

 

その想い出の泉は、まだまだ底を見せることは無かった。

 

 

(こうして思えば、リンゼって、恋人になる前から俺と一番近い距離にいたんだな…。)

 

 

優輝翔はそっと目を閉じて力を抜く。外界との接触を封じ、外からの音を遮断する。そこは言わば暗闇の底。何も見えず、強いていえば暗闇しか見えず、何も聞こえず、何も感じず、何も臭わない。先程までと同じはずの空間。

 

でも、今は違った。集中すれば聞こえてくる。自分を優しく呼ぶ声が。集中すればかすかに匂う。既に慣れ親しんでしまった、自分がこの世界で一番心安らぐ匂いが。集中すれば感じる。自分がいつも触れていたあの温もりが。

 

 

……集中すれば、見えてくる。自分を本当の意味で暗闇から救ってくれる、一人の女の子の姿が。

 

 

「……リンゼ……」

 

 

優輝翔は暗闇に浮かんだ一人の少女の名をポツリと呟く。そしてこちらに向かって懸命に伸ばしてくるリンゼの手へと、自分も手を伸ばし、掴んだ。その瞬間……

 

 

 

「!!」

 

 

 

暗闇の中を風が吹き抜けた。

 

 

 

空間が割れ、外から光が差し込んでいく。

 

 

 

割れ目が増え、大きくなり、やがて……

 

 

 

暗闇は【完全】に崩壊した。

 

 

 

「もう、大丈夫みたいなのよ。」

 

 

優輝翔の吹っ切れた表情を見て、女神は今までで最高の笑顔を見せながら呟いた。その声に優輝翔は改めて女神の方を向き、こちらも女神に対し初めて向ける爽やかな曇のない笑顔で答える。

 

 

「……ああ。やっと、やっと分かった。俺はリンゼが好きだ。まだ愛してるなんて言えねぇし、言う資格もないけど、俺は、リンゼが好きだ。」

 

「その言葉が聞けて、私は満足なのよ。恋愛なんて、時間がかかって当たり前なのよ。だから焦らずに、ゆっくりとその好きを育てて、いつか自信を持って愛してると言えるようにすればいいと思うのよ。 」

 

「ああ。……でも、俺は……

 

「大丈夫。優輝翔くんは強い子なのよ。私が保証するのよ。」

 

 

そう言って自分に微笑んでくれる女神の笑顔は、優輝翔には今まで見た事ないほど綺麗なものに思えた。

 

 

「……ありがとな。えっと……」

 

 

優輝翔はお礼を言おうとして初めて自分が相手が女神だということ以外何も知らないのだと思い出した。

 

 

「なあ。あんた、名前はなんていうんだ?」

 

「名前?恋愛神なのよ。」

 

「違うって。あんたの名前だよ。役職じゃない。」

 

 

優輝翔がそう言うと、女神は困った顔で目を背ける。

 

 

「……名前なんて、神様にはないのよ。」

 

「そうなのか……」

 

 

優輝翔ととて流石に神界の知識まではないので知らなかったといえば当たり前なのだが、それでも流石にずっと恋愛神と呼び続けるのもどこか違和感がある。だってそれはどこまで行っても役職でしかないのだから。

 

ならあんたと呼べばいいのかもしれないが、それでは優輝翔自身が納得しない。なぜならこの女神は自分を救ってくれた恩人だから。この人のことは、ちゃんと名前で呼びたい。優輝翔の心はそう叫んでいた。

 

 

「なら、名前つけていいか?」

 

「優輝翔くんが、私に?」

 

「ダメか?流石に一般人が神様に名付けるってのも、あれか……」

 

 

そう言って自笑する優輝翔に最初こそ困惑した顔を浮かべた恋愛神だが、やがて柔らかな笑みを浮かべると、優輝翔の手を握って口を開いた。

 

 

「そんなことないのよ。名前、つけて欲しいのよ。神様とかじゃなくて、一人の女としての名前を。」

 

「一人の女、か…。なら……… “ステラ(STELLA)” だな。」

 

「ステラ……なのよ?」

 

「ああ。いやか?」

 

「ううん。とっても嬉しいのよ。でも、いいのよ?それってあの子の……」

 

「ははっ、よく分かったな。……いいんだよ。最初にあんたを見た時、一瞬だがあいつと重ねてしまうほど、あんたとあいつは似てたから。……それに、」

 

「それに?」

 

 

そう言って首を傾げる恋愛神、いや、ステラに優輝翔は初めて見せる最高の笑顔でこう言った。

 

 

「それに、あんたは俺に光をくれた。あんたが……ステラが、俺を照らしてくれたんだ。暗い……暗い底の闇夜から、負けじと光る星(あかり)の如く……」

 

「優輝翔くん……」

 

ステラは嬉しそうに頷くと、握っていた優輝翔の手を胸元に持ってきて呟いた。

 

 

「優輝翔君からもらった名前、大切にするのよ。」

 

「ああ。一生使ってくれ。」

 

「ふふっ。あっ、そうだっ!それなら私もゆきくんって呼びたいけど……いいのよ?」

 

「……ああ。ステラなら大歓迎だ。」

 

「ふふっ//じゃあこれは2人だけ//2人だけの秘密なのよ//呼んでいいのも今のところは優輝翔くんだけなのよ?というかもう一生そうなのよ。」

 

「……それっていつ決めたんだ?」

 

「今なのよっ!」

 

 

ステラは胸を張ってそう言い張った後、優輝翔と顔を見合わせて笑った。その顔にはもう一切の陰りはなく、空もまた、雲の隙間から月の “あかり” がこれでもかと二人を明るく照らし始めていた。

 

 

「じゃあ、そろそろ私は戻るのよ。バレたら怒られるのよ。」

 

「そうか。……また、会えるよな?」

 

「もちろんなのよ。また、絶対会うのよ。というか、もはや会いに行くのよ。」

 

「ははっ、そうか。……待ってる。」

 

 

優輝翔のその言葉を最後に、恋愛神は消えた。優輝翔は恋愛神がいなくなった後もしばらくその場で名残惜しげに空を見上げたあと、改めて好きな人と認識したリンゼを生き返らせるために、リンゼの遺体を「ストレージ」に入れ、とある神の元へと向かったのだった……

 

 

 




何故か同じ話が2話同時に投稿されていたみたいです。

困惑された方は申し訳ございませんでした┏●

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