異世界はスマートフォンとともに 改   作:Sayuki9284

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今話もどうぞお楽しみくださいませ(。ᵕᴗᵕ。)


第36話 水晶の怪物

 

「なに?これ。」

 

 

エルゼが目の前の直径2m程のコオロギのような物体に手を触れながらそう呟いた。優輝翔たちも手分けして物体の砂埃を落としながらよく見てみるも、その物体がガラスのようなもので出来ており、中に赤い球状のものが入っていることぐらいしか認識ができなかった。

 

 

「というか暗いな…。まだライトの持続時間はあるだろ……」

 

 

優輝翔がそうボヤきながら頭上に輝く自らのライトを見上げる。その光は確かに少しずつ力をなくしているようだった。まるで何かに吸い取られれもするかのように……

 

 

「っ!」

 

 

その瞬間、優輝翔はふと嫌な予感がして物体を振り返った。それと同時に、物体の中にあった赤い球が突如光を放ち始める。

 

 

「ちっ……みんな、一旦外に出るぞ。『ゲート』」

 

「はっ、はい!」

 

「ええっ!?ちょっ、待って……」

 

「拙者を置いていかないでほしいでござる〜!!」

 

 

八重がそう叫びながら最後に「ゲート」に飛び込む。優輝翔は全員が「ゲート」から飛び出してきたのを確認すると、即座に「ゲート」を閉じた。

 

 

「優輝翔さん、あれはいったい……」

 

「分からない。だが……すごく嫌な予感がしたんだ……」

 

「嫌な予感…………っ、優輝翔さんっ!」

 

「っ……ああ…。」

 

 

リンゼの叫びに優輝翔は首を縦に振る。ふと見ると横にいるエルゼと八重も戦闘態勢を取っていた。この地下から這い上がってくる甲高い音と地震のような揺れに警戒して……

 

 

ドカァンッ!!

 

 

突如優輝翔たちより僅か十数メートル先の地面が突き上がり、先程のコオロギが姿を現した。もう砂埃は綺麗に取れており、身体は半透明な水晶のような物質でできているようだ。

 

そしてそのコオロギが6本の足の1本を不意に優輝翔たちへ突き伸ばす。優輝翔たちがそれを避けると、その空いたスペースをコオロギが通過し、また振り返って足を突き伸ばしてきた。

 

 

「くっ!『光よ穿て、輝く聖槍、シャイニングジャベリン』!」

 

「『炎よ来たれ、赤き連弾、ファイアアロー』!」

 

 

優輝翔とリンゼがアイコンタクトで同時に魔法を発動させる。しかしコオロギはそれを避けようともせず、むしろ吸収するかのように全て受けきってしまった。

 

 

「そんなっ!」

 

「効かないのかっ……」

 

「ならば!」

 

 

八重がそう言って刀を抜きコオロギに斬りかかる。しかし、その刀で作れた傷はほんの1mm程の深さの切り傷だけだった。

 

 

「なっ、なんて硬さでござるか!」

 

「それなら!『ブースト』!!」

 

 

パリンッ!

 

 

「やった!」

 

 

エルゼの拳がコオロギの足の半分を砕き、エルゼがガッツポーズを見せる。しかし次の瞬間、突如赤い球が光り出したと思ったら、瞬く間に砕かれた足と八重の刀でつけられた傷が回復してしまったのだ。

 

 

「なっ、うそでしょっ!」

 

「回復持ちかよ……なら、『スリップ』!」

 

 

優輝翔は直接魔法ならぬ間接魔法の『スリップ』をコオロギの足元に展開する。するとコオロギはきちんと摩擦係数0の地面に滑り転げていた。

 

 

「よしっ!リンゼ!」

 

「任せてください!『氷よ来たれ、大いなる氷塊、アイスロック』!」

 

 

リンゼが魔法で大きな氷塊を作り出し、優輝翔が『スリップ』によって運んできたコオロギの上に叩き込む。

 

 

「よしっ!」

 

「やりましたっ//」

 

 

パンっ!

 

 

優輝翔とリンゼが確かな手応えに手を合わせる。その後潰れかけていたコオロギの足をエルゼが一気に砕き尽くし、場は一気に優輝翔たちの優勢ムードとなった。

が……

 

 

「っ!まさかまたっ!」

 

「ちっ!やっぱあの赤い球を破壊しなきゃダメか……」

 

 

コオロギの中の赤い球が強く光り、ほぼ全ての傷が癒される。そして……

 

 

キィィィィィン!!

 

 

『っ!』

 

 

耳障りな甲高い音を放ちながら、今度は一気に6本の足を突き刺してきた。それもエルゼ1人目掛けて…。

 

 

「っ!エルゼェ!!」

 

「っ…ちょっ、むr…カハッ!」

 

『!!』

 

 

6本の足全てを躱しきれるはずもなく、逃げよう背を向けたエルゼの身体から3本の水晶の足が生えた。2本はおへその辺りから、もう1本は心臓とは逆の肩口から。

 

そしてコオロギはエルゼをそのまま持ち上げると、容赦なく地面にその華奢な身体を叩きつけた。

 

 

「カ…ハッ……」

 

 

エルゼの口から血溜りが飛び出す。それを見て優輝翔は慌ててエルゼの元に向かった。

 

 

「リンゼ!!」

 

 

優輝翔はこの場を一人でも少しは持たせられる少女の名を叫ぶと、すぐさまエルゼを回収してコオロギの死角に連れていく。そして急いで光の上位魔法「メガヒール」を発動した。

 

 

「……...ぅ……ぁ……」

 

「エルゼっ…エルゼっ!!…」

 

「…ぁ……き…と……わたし……」

 

 

掠れるような声だが、しっかりと口を動かすエルゼに優輝翔は安心したように息を吐き出す。

 

 

「ああ。もう大丈夫だ。とりあえず、エルゼはしばらく休んでろ。絶対動くなよ。」

 

「でも……」

 

「動くなっ!!……絶対だ。」

 

「は、はい…。」

 

 

優輝翔の有無を言わせぬ圧力にエルゼは少し脅えながら首を縦に振る。優輝翔もそれを見て頷くと、ゆっくりと戦場に戻っていった……

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「今でござる!リンゼ殿!」

 

「『氷よ来たれ、大いなる氷塊、アイスロック』!」

 

 

刀をほぼ封じられたといってよい八重がコオロギを誘導し、リンゼがその上に氷塊を落とす。先程から戦場ではこれが何度も繰り返されていた。

 

 

「やったでござるな。でも……」

 

「はい……」

 

 

ふたりが表情を苦くして見つめる先には氷塊のしたから漏れ出す赤の光。コオロギが回復する合図だ。そう、この二人にはコオロギにダメージを与える力はあっても、致命傷を与える力はない。

 

 

「厄介でござるな……」

 

「そうですね……あっ!」

 

 

コオロギが氷の下から飛び出してきたのを見て、リンゼが声を上げる。そしてまた6本の足を2人に突き刺してきた。

 

 

「っ!」

 

「っ……ダメっ!」

 

 

 

八重は持ち前の身体能力で全て躱したものの、リンゼは避けきれずに正面から迫ってくる足の1本に目を瞑る。

 

 

(優輝翔さん……っ……)

 

 

リンゼが悲痛の思いでそう叫ぶ。そしてそれは予想外の行動で返された。

 

 

「ここにいる//安心しろ//」

 

「えっ…///」

 

 

突如自分の頭に乗って撫でてきた手とその言葉に、リンゼが驚いて目を開ける。そこには自身に迫ってきた足を片手で受け止め、空いているもう片方の手で優しい笑顔を浮かべながら自分を撫でている、最愛の人の姿があった。

 

 

「優輝翔さん…///」

 

「ああ//もう大丈夫だ//あとは任せろ//」

 

「……はいっ///」

 

 

リンゼは目に涙を溜めて頷く。不安などない。最愛の彼が「任せろ」と言ってくれたから。

 

 

「さて……」

 

 

優輝翔はリンゼに背を向け、コオロギの方に歩き出しながらそう呟く。その瞬間、優輝翔の表情は一変した。先程までリンゼに向けていた優しい笑みから、怒りの表情へと…。

 

 

キィィィン!!

 

 

流石のコオロギも危険を感じたのだろう。さきほど同様甲高い声で泣きながら6本の足の突き伸ばしてきた。

 

 

「優輝翔殿!」

 

 

後ろから八重の叫び声が聞こえてくる。しかしそんな八重の心配とは裏腹に、6本の足はふと立ち止まった優輝翔の目の前で全て粉々に砕け散ってしまった。

 

 

「えっ?な、何が起こったんでござるか…?」

 

 

八重は目の前で起こったことが理解出来ず呆然として声を漏らす。攻撃をしたコオロギさえも、何が起こったか分からない様子でいた。

 

しかしそれも当然であろう。優輝翔は確かに6本の足を全て破壊したのだ。じゃなきゃ自然に砕けるわけがない。問題はそれにかかった時間がとてつもなく短いということだ。その時間、僅か0.02秒。なんとあの狼を認識した時の20倍以上の速さである。これが、本気になった優輝翔、否、本気を思い出した優輝翔だ。

 

 

「ブースト」

 

「パワーライズ」

 

 

優輝翔が連続で2つの魔法を唱える。そして次の瞬間、優輝翔はコオロギの正面に本気の拳をぶち込んでいた。

 

 

バーンッ!!!

 

 

……ピキッ……ピキピキピキッ!!

 

 

コオロギの全身に徐々に徐々にヒビが広がっていく。

 

そして……

 

 

パリンッ!!!…………

 

 

コオロギは、中にあった赤い球体を残して粉々に砕け散ってしまった。

 

 

「………………」

 

 

優輝翔はじっと残った赤い球を見つめる。先程の拳の威力故に所々ヒビが入っているそれは、もう2度と光り始めることはなかった。

 

 

 


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