「えっ!!!!!
僕は、思わず立ち上がってしまった。ガタっ!という椅子の音が、少し騒めき立っていた教室に響き、静けさがやってくる。否が応でも四方から視線を感じる。当然だ、今は休み時間でなく、HRの時間だ。いきなり立てば、目立ちはする。ばっちし目があった先生が話し出す。
「どうしたんだ森嶋?そんなに東京が嫌か?
「え、いや、そんなこと、
「そりゃそうでしょ先生、なんたって、去年帆高クンは東京でサツとどんぱちやらかしたばっかなんだからさ!いくら修学旅行だからって、わざわざ捕まえられに行くようなもんよ。ねぇ!保護観察処分中の、ほ、た、か、クン!!
「……
「こら、やめなさい
「はーいwww
一部の女子生徒の、キャハキャハという、薄汚い笑いに全くもって反応することなく、僕は席に着いた。なんとなく手持ち無沙汰な感じがして、有刺鉄線で切ってしまったところの絆創膏をかく。笑い声はどのみちしばらく収まらないだろう。先生の注意など、まさに馬の耳に念仏だ。でも、僕にはそんなことどうでもよかった。僕は、震えていた。勿論、あいつらが言ったこととか、恥ずかしさとかじゃない。まさか、こんな展開が、チャンスがやってくるなんて…
「よし、みんな落ち着いたな。じゃあ改めて説明するぞ。今年の修学旅行の行き先は東京だ。例年なら沖縄だったが、今年から校長先生の判断で東京となった。みんなどうせ将来は東京にいくんだろ?だからきちんと、東京を学生目線で見て来なさいということらしい。まぁ一応、名目は修学旅行だ。学を修める旅だ。だから、しっかりと遊んで、学んでくるんだ。さて、堅苦しいのはこれくらいにして、今から早速旅のしおりを…
先生の話や教室のざわめきは、全て僕の耳を右から左へと通り抜ける。周りから見えないように拳を握りしめ、涙を留める。ただ、ひたすらに嬉しかった。なんだか、陽菜さんが僕に、早く迎えに来いって、催促してくれたみたいで。僕を、必要としてくれたみたいで。僕を、頼ってくれたみたいで。
嬉しかったんだ!!
その時の僕は、ひたすらにそう、喜んでいた。でも、事態は、僕の想像とは全く別の方向へと、進んでいたんだ…
「…眩しい、な。
思わず、そう口に出してしまうほど、空は輝いていた。輝き、人々に希望を与える筈の光は、僕にはただ、埋もれていた筈の喪失感とか、悲壮感とかを照らし出すものでしかない。暖かい陽だまりに包まれながらも、正直言って不快だった。でも、なんとなく、僕は足を止めてそれを眺めていた。放課後の廊下は、部活とかで人は居なくなり静かだった。それが今の僕にはなんとも有り難かった。なんというか、喧騒から離れるからこそ、陽菜さんが残したものを自分だけが独占できるような、そんな感じだ。よく、僕はこうしている。あの、夏の日から。
「もう、あと少しで一年になるんだな……早いね、陽菜さん…
そう、あれからもうすぐ一年だ。島に戻って来た僕を、家族も学校も、ぎこちなくだが受け入れてくれた。僕もそれに素直に従った。よく笑い、丁寧に受け答えもするようになった。でも、それは全くの虚無で、外側だけの偽装で、全くもって、僕じゃなかった。本当の居場所に戻った筈なのに、僕は僕ではなかった。他人は気づいていない。僕だけが、常にそれを実感していた。でも構わなかった。それくらい僕にとっては背負うべき罪で、我慢できるものだった。でも、全部が全部外見だけなわけじゃない。上の空過ぎたら逆に警察に目をつけらるのもわかっていた。それに、陽菜さんにも申し訳なかった。…だけど…だけど、どうしても、堪え難い焦燥に、常に焦がれていた。あと一年半、我慢できる自信も、正直なくなり始めていたんだ。そんな時に、チャンスが、逃しようのない、希望が、僕に舞い込んできたんだ!!!
「陽菜さん……待ってて…必ず、必ず!迎えに行くから!!
耐えられなくて、思わず声に出してしまう。ちょっと、恥ずかしい。でも、届いたと思う。ともかく僕は、六月にしては晴れ渡りすぎる空に、そう、誓ったんだ。
「おう、森嶋。まぁ座れよ。そんな真剣な話じゃねえからさ。
「あ、はい、失礼します。
「はっはっは。そんな堅苦しくしなくていいさ!気楽にいこうぜ。もうほとんど、夏休みなんだからさ!
「は、はぁぁ。
クーラーのよく効いた職員室の応接室で、僕は担任の山田先生と対面して座る。山田先生はこの学校では珍しい若い男の先生だ。大学でもたしかラグビーをしていたそうで、日の焼けた肌と筋肉と短髪のよく似合う、いかにもな体育系の先生だ。でも、僕たちのことをよく考え、そして親しみやすいので、みんなからはかなり人気だ。僕自身もそう思っている。あの一件後、多くの先生は僕を見る目を変えたけれど、この人は全くもって変えはしなかった。そして今、僕はさっきのHRの後に呼び出され、ここにいる。一体何の話をされるのだろうか、僕は検討もつかなかった。部屋に容赦なく注ぎ込む光に少し目を細めながら、先生は話しだした。
「さて、なんでお前を呼び出したかというとだな、帆高、お前も修学旅行に行けるってことを伝えるためだ!よかったな!!
「え、ええ、は、はぁ。
「ん?なんだ?嬉しくねぇのか?せっかく俺が警察に頼み込んでやったていうのによぉ。
「い、いえ、そ、そんなことありません!!その、あの、嬉しいです!
「はははは!!嬉しすぎて反応できなかったか!お前もやっぱ不安だったもんな!行けるかどうか。そうかそうか!はははは!!!!
「は、はい、ほんとに、嬉しいです。は、ほは、はははは。
大きく口を開けて笑う先生に、僕は何も言えず、少し申し訳無さげに笑っていた。…やばい、気まずい…正直言うと、僕は自分が修学旅行に行けないなんて、これっぽっちも考えていなかった。自分も当然の如く行けるのだと、疑いすらしなかった。いや、そりゃあ、保護観察処分中の自覚はある。けど、その、何というか、修学旅行とか、そういうのは関係ないとばっかしに思っていたのだ。頭の中に、雨を抱えた陽菜さんが出てきて、はぁ、とため息をつき、可愛そうなものを見る目で僕を見つめる。そ、そんな目をしなくたっていいじゃないか!!と、心の中で突っ込んでおく。先生は漸く笑いをおさめ、ペットボトルのお茶を飲んで、僕に向き直る。
「いやぁな、実を言うと、俺が頼んだわけじゃないんだ。
「はぁ。
「いや、頼み込もうとしてたのは本当だぜ。島の警察は頑なに認めなかったからな。全く、頭の固い連中だぜ。知り合いも多いから、殴り込みに行けばまぁ友好的に解決できるだろうと思って先週学校から向かおうとしてた時に、ちょうど東京の警察から電話がかかってきてな。お前の最近の様子はどうだこうだ聞かれたから、修学旅行の件を伝えたら、こちらに任せてくれって言われてな。そしたらその日の内にお前の参加を認める旨の文書が学校に届いたわけよ。いやぁ、帆高、お前、本当に愛されてるなぁ。
「え、愛されてる?
僕は、先生の言っていることの意味がわからなかった。友好的とかの部分も、かなり気になったけれど、それよりもだ。
「そうだぜ!普通、東京でやらかした子はな、こっちがどんだけ頼んだって来るなの一点張りよ。だから地警も対応が面倒だから頑なに認めねえんだ。ところがよ、今回はまさかのあっちが説得してくれるんだから、こりゃあ前代未聞だぜ!だから、お前は愛されてるんだよ、帆高。そうでなきゃ、こんなことはありえない。
「ど、どんな人でした!!その、刑事さんは!
「えーと、たしか、安井って名前だったな。物腰の柔らかい、落ち着いた親父さんみたいな人だったな。知ってる人か?
「は、はい。多分、知ってます。とても、お世話になった人です。
間違いない。あの年配の刑事さんだ。名前はあんまり自信なかったけれど、僕にそこまでしてくれそうな刑事さんは、その人以外知らない。そうか、本当にあの人は、僕のことを…
「何か、お礼の電話でもした方がいいですかね?
「あ、そーゆーのはいいってさ。今回の旅行で、何にも起こさず、真っ当な修学旅行生をやってくれることが、1番のお礼だとよ!はははは!まさか、今回も何かやらかすつもりだったか?さっき立ち上がったのは、そういうことか?
「ち、違いますよ!僕は、そんなつもりは…
「ははは!!冗談だよ!冗談!まぁ、あの刑事さんも、お前のそういうところを見て、信用してくれたんだろうな、大事にしろよ!これも、立派な縁だ。
「縁、ですか…
「そうよ!まぎれもない、立派な、な!どんなことでも、人と出会い、なにかをなしたら、それは立派な縁だ。まぁ、経験したことあるだろ?
「はい、あります。
「そうか。ならよかったよ。安心した。
僕の脳裏に、須賀さんや夏美さん、あと、凪先輩が浮かんだ。とてもお世話にもなり、働いたり、味方してくれたりと、僕はとても助けられていたんだ。そういえば、みんな、どうしてるんだろう。連絡を取ることはまだ禁じられているから、僕にはさっぱりわからない。特に、凪先輩は、大丈夫だろうか…考えても、仕方ない。僕は、今の僕に出来ることをするだけだ。僕の眼差しに決意が混ざると同時に、先生は立ち上がった。
「さて、伝える事はこれだけだ。あと一月ちょい、楽しみに待ってな!それまでにやらかすんじゃねえぞ!!
「はい!肝に銘じておきます!
「はは!面白い言い方だな、気に入ったぜ!じゃあな!
「はい、失礼しました。
先生に一礼して、僕はドアを開けると、途端にムッとした生暖かい風が入ってきた。当然ながら廊下に空調はないので、暑さはダイレクトに伝わってくる。その暑さと、気怠げに、思わず目をひそめてしまう。
「全くあっちーなー。去年ならもうとっくに梅雨入りだってのに、今年はいったいどーなってんだかなー。もーほとんど夏と変わらんし、というか、もうずっと雨降ってないしー。地球さんよ、俺たちに干からびろってか?
「……ほんとですね。どうなっているんでしょうね。
「全くだ。晴れ女さんも働き過ぎだっつーの。いや、狂ってんのかねー、地球が。
「ですか、ね……
晴れ女という言葉に、少しだけ体を震わせてしまった。晴れ女……もし、そんなものにならなければ、陽菜さんは、あんなことにならなかったのに。もし、僕が商売なんかにしなかったら、酷使することがなかったら、陽菜さんは消える前に、なんとかなったかもしれないのに…もし、もし…後悔は、尽きない。けれど、今こそ思う。晴れ女とは、天気の気を治めるために人柱にされるという。でも、天気を治めるって、なんなのだろう…狂った天気を元に戻す、でも、元って、一体何に戻すことなのだろうか…
窓の外を眺めながら、僕は下駄箱へと向かう。何と無く、もう痛くもなんともない頬の絆創膏をかく。外しても良さそうだけど、まだ少し深いから取らずにいる。雨は、僕が去年留置所で見たのを最後に降らなくなった。そして、とうとう六月に入ったが、それでも降らなかった。なので今年は、梅雨入り発表のないまま六月の中旬となってしまった。東京周辺だけ、だけれど。そう、他の地方は例年と変わらないらしい。何故か東京の周りだけが、長く乾いている。いや、この何故かは、僕だけが知っている。僕だけが、知っているんだ…周りの人は揃って天気が狂い始めただとか、地球温暖化だとか、松岡修造だとか、色んなことを好き勝手に言っている。
去年はずっと降ってて、今年はずっと晴れてる。ただそれだけのことだと、僕は思う。一面に広がるカラッとした青空に、寂しさと懐かしさ、そして、愛おしさを感じる。もしかしたら、僕が陽菜さんを連れ戻したら、天気はもっとおかしくなるのかもしれない。地球を巻き込むような、大惨事になるかもしれない。でも、それでも僕は、構わないよ。そんなことはもう、全部関係ないんだ!あの向こうに、陽菜さんがいるんだ。待ってるんだ。なら、迎えに行かなくちゃ!!あともう少しだから、待っていてよ、陽菜さん…決意の表情で空を見上げる僕を、優しい風が包みこんだ…
そして日々は、時間は、退屈は、あっという間に過ぎていった。
七月、とうとう修学旅行まであと一週間となった。ようやくだ。心の奥底から、高まってくるものを感じる。僕の体を奪い取って勝手に動き出すような力を感じる。世界が、色褪せていた日常が、だんだんと色づいて行く。それはまるで、陽菜さんがよびこんだ陽の光で、東京の街並みが色鮮やかな服に着替えていくような感じだった。そんな風に感じるほど、今まで全てが色褪せてみえた。授業とか食事とか、家族とか友達とか。勿論、全部をなあなあで過ごしていた訳じゃない。ただ、飽きていたというか、味の抜けた料理というか。ともかくもの足りなかった。僕を満たしてはくれなかった。でも、そんな日々ももう終わる。僕も陽菜さんも、前に、明日に進めるんだ。だから、僕は
「おい帆高、きいてんのか?
「えっ、あ、ごめん!
「大丈夫か?最近よくそのように茫然自失となっていることが増えているぞ?如何様な病にでもかかっているのか?
「いや、ちょっと…
「違うって!楽しみなんだよ、帆高はさ!でも、幾ら東京が楽しみだからって、ちゃんと聞いとけよな!
「わ、悪い、昨日あんまし寝れてなくてさ。
「はは!警察のこと気にし過ぎだろ〜
だーいじょぶだって!俺の兄ちゃんも昔やらかしたことあるらしーけど、今ふつーな顔して東京生活楽しんでるからさ!気にすんなよ!
「そ、そうだな。そうするよ。
いけない、ついぼんやりとしていた。今、修学旅行でどこを回るかを決めるHR中だった。
そして、教室にいるのは僕ら男子班だけ、まだ決まっていなくて残っていた。まぁ、班といっても四人しかいないんだけどね…僕らの学校は全生徒30人。つまり、必然的に各学年にだいたい10人ずつくらいになるわけで、僕ら二年生は11人だった。男子は4人しかいないから、班分けのしようもなく必然的に一緒になった。 僕は正直、焦がれていた。待ちに待った時がもうすぐやってくる。陽菜さんに、あえる。それだけで、それだけで僕は、救われていた!いや、 ぶっちゃけ浮かれてたんだ…それで、その、ちょっと、授業中とか食事中とか、かなりぼうっとすることは多かった…い、いや!仕方ないだろ!だって、まだまだ先と思ってたら意外とあっという間にやってきたんだ。もう、我慢できないというか、漸く解放されるというか。そのせいか、最近フェリーを見るのも辛くて、帰り道はわざわざ遠回りしている。見るたびにどうやったら忍び込めるかとか考えていた自分を流石にやばいと思ったのもあるけどね…ともかく!漸く毎日が終わるんだ。そして、新しい明日が始まる、それだけで僕は元気になれる、明日をいきていけるんだ!………まぁ、まずは行き先を決めないとね。たしかに陽菜さんを助けに行くことは最優先事項だけど、この旅行は僕の高校の思い出としても重要だ特にこの3人は小中高と一緒だし、それを蔑ろにしたくは……あまりない。いや、そりゃ正直言ってしまえば、やっぱりすぐにでも陽菜さんを迎えに行きたい。でも、それじゃダメなんだと思う。これも、疎かにしちゃいけない大切な縁だと思うんだ。だから、きちっとみんなの話に参加しよう。
「で、なんの話だっけ?
「おーそうそう、やっぱさ、ここのカフェは外せないと思うんだけど、この天井の木組みやばくね?!行くしかねーだろ!だから!
こう言ってるのはよく日に焼けた肌に坊主頭をした山田、小中高合同野球部に所属している。兄が居て、既に東京で働いているらしく、その兄から教えてもらっているからか、カフェとかに詳しい。僕らの中では一番に運動神経がよく、わりかしモテているんじゃないかなぁと僕は思っている。そんなことを言ったら、お前には言われたくない!と、いつも言われるんだけど、僕なんか告白を受けたことすらないから、よくわからない。でも、とても優しく、面倒見のいい奴で、ぼくを含めみんなも気に入っている。それに、島に戻ってきたぼくを何も言わずに遊びに誘ってくれたことは今でも覚えている。
「いや、野郎が四人揃ってカフェ、想像してほしい。まるで盆栽の上に咲く無駄に可憐なカーネーションのよう。そんなもの、誰も求めてはいない。ここはやはり、少し前まで居たという噂がある、超美人定員のレストランこそ行くほかないだろう。
山田を遮って話し出したのは高橋。長身長髪眼鏡で、如何にもな委員長って感じなやつ。両親が弁護士らしく、話し方はとても丁寧で難しい。でもその話し方では全く合わないことばかり話すギャップに、ぼくたちはいつも笑わされている。本人は真面目みたいだけどね…こいつもルックスは良く、結構告られているが、同年代に興味がないらしい。それで最近異性との出会い、特に年上の人の出会いを求め、日々美人がいる噂のある店を探しているらしいから、今回のそれもそういうことだろう。詳しく知らないけどね。でも、中々他人を気にかけてくれる奴だ。処分中の僕に前科のある著名人やそこからの逆転話を沢山教えてくれたのは記憶に新しい。
「お前そこばっかりじゃん!第一それずっと前から言ってんじゃん、もー居ないってその人もさ。だからここは!!崇高かつ合法的な天国である、メイド喫茶が安定だろ!!
……こんな事言ってるのは井上。色んなアニメとかコスプレとかが好きで、まぁいわゆるオタクって奴だ。でも、僕たちのなかでは1番にルックスがいいと思う。すらっとした背丈に整った顔、さらっとしたツーブロックショートにキリッとした目。ざっくり言うと、進撃の巨人のリヴァイ兵長の背の高い版みたいな奴だ。当然ながらめちゃくちゃモテるんだけど、趣味が合う子としか仲良くない。でも僕は話してて楽しい奴で、全然悪くない奴だから全く気にしてない。島に戻ってきた僕に1番に話しかけてきたのはこいつだ。フェリーから降りてきた僕に、両隣にいる警官なんか見向きもしないでここ最近のアニメについて話し掛け、そのままパトカーまで乗ろうとして警官に怒られていた。マイペースな奴だなと思ったけど、あいつなりの気にしてないっていうアピールだったんだと思う。まぁ、そんな深い意味はないかも知らないけどね。
「何でメイド喫茶に落ち着かせようとするんだ!何処が崇高だよ、こっちが色々言われて持ち上げられてるだけだろ、神輿みたいなだけじゃねえか!
「はぁ!?あの天国の居心地を知らない奴に、そこまで言われたくはない!つか、てめえの坊主頭にカフェなんざにあわねぇよ!恥を知れ、俗物!!
「んだと!てめえのチャラ男的な格好の方がメイド喫茶なんかにゃ場違いもいいとこだぜ!
「これはあれだ!オタク的な格好よりも、受けがいいと思ってだな、その、あの、ともかくいいと思ったんだよ!
「は!そんなの虚しい妄想に過ぎねぇだろが!
「んだと!
「なんだよ!
「まぁまぁ落ち着いて。そんな醜態を晒していては、どんなお洒落なカフェでもどんなに可憐な女子のいるメイド喫茶でも良くは思われないだろう。品とは、常に当人の行動や態度で決まるもの。それを怠るものはそれ相応の人物印を押されるものだ。互いにそれは嫌なのだろう?
「くっ、確かにな。熱くなりすぎたぜ。
「全くだ、高橋の言う通りだぜ。
「少しは落ち着いたかい?なら、折衷案を出そう。
「折衷案?
「ああ、二人とも納得してくれるはずだ。
「ほうほう、で、何処に行くわけ?
「ここはやはり、チキチキ!渋谷ハプニングダイニングポロリコスプレストランバーに行くしかないだろう!君たちの要望も当てはまっている、バッチリだ!如何なものかな?
「なーにが如何なものかな、だ!!そんな店ほんとにあんのか?胡散臭すぎるだろ!
「つーかごっちゃになりすぎて何の店かわかんねぇわ!え、なにバーなの?!ダイニングなの?!レストランなの?!訳ワカンねぇだろ!いやまて!完全にキャバクラだろ!それ!
「失礼な!断じてキャバクラなどという下賎な店ではない!ほら、見てみろ!キャバログでは星4.6なのだぞ!安心と信頼の証だ!とくと見るがいい!
「なに食べログみてえに言ってんだ!キャバクラ自体がアウトだろ!つーか修学旅行でキャバクラとか頭おかしいだろ!タピルならまだしもキャバルなんざ聞いたことねぇよ!世間体をちっとは考えろ!
「先駆者とは常に血を流すさだめ、それくらいは当然の犠牲だ!覚悟を決めろ!!
「決めるか!つか流さなくていい犠牲だろ!!
「そうだぜ!それによ、仮に俺たちがいっても相手にすらしてくるねえよ!だったらよ、安定のお帰りなさいませ、ご主人様、を提供してくれるメイド喫茶が
「おい!さらっと自分の願望混ぜてくるんじゃねえよ!
「願望じゃねえ!これはメイド喫茶の定型文だ!絶対的なサービスだ!俺たちが受けるべき恩恵なんだ!
「は!なんとも愛のねぇこった。やっぱカフェだよ、カフェにこそ愛がある。定員さんとの会話や、あわよくば隣にいる美女との交流、そして出会い。そう、全てはカフェにおいて始まる…まさに始まりの地、出発点!
そこに行かないでいて何が東京観光か!
「ふふ、まるで中学生の妄想日記のような内容だね。まぁ座布団三枚ってところと評価しておこう。
「んだとゴラァ!!
「さて、早速茶道部から座布団を借りてくるとするよ。そのついでに男子は熟女キャバクラミセスJ 歌舞伎町に行くことになりましたと先生に伝えておこう。
「おい!まじで行こうとすんな!
「つか、店の名前変わってんじゃねえか!あとなんで熟女!?
「ええい放せ!私の夢が、野望が、未来が掛かっているのだ!放したまえ!公務執行妨害だ、訴えるぞ!!
「「これのどこが公務じゃあああ!!!!
「………はぁぁ。
ドアから出ようとする高橋を山田と井上が羽交い締めにする。そんな3人を尻目に、僕はため息をつく。僕らの住む神津島は東京までフェリーで約4時間程。だから東京へ行くこと自体はそこまで不便じゃない。でも、どうしてここまで必死になっているかというと、それは自分達だけで東京へ行けるということだからだ。この島のフェリーは高校生だけは乗れない。でも、修学旅行の時は別だ。だから、みんな親抜きの東京をとても心待ちにしている。それが例え不純な動機だとしても、そうなってしまうのは仕方ない……気がしないでもない。そのせいだろう。ここまで決まらないことは今までなかった。なんて言ったって、僕ら四人はずっと仲良しだ。何をするでも殆ど一緒だった。だけど、趣味嗜好があまりにも違いすぎた。なんとかしなきゃいけないな。僕の目的のためにも…
「あのさぁ。提案があるんだけど…
「「「なんだ!!!
3人同時に顔だけ振り向いて僕を見る。思わず後ずさってしまうほどの迫力だ。…こんなことに必要ないと思うけどね…
「初日は自由なんだろ?だったらさ、全部回ればいいんじゃないかな?多分、うまく回れば全部行けるかもしれないし
「「「それだ!!
「……近いんだけど……
僕は輝かしい笑顔を浮かべる3人に同時に肩を掴まれる。痛い……僕らの修学旅行の日程は3日間、その初日は自由行動で、残り2日はクラスとして東京観光することとなっていた。だから、僕はそう提案した。というか、これくらいすぐ考えつけよ……3人とも俺より頭いいくせにさ……そんな僕を他所に、3人はまたも大はしゃぎし始めた。
「そうだ!その手があったな!
「ふふ、認めたくないものだな、自分自身の、若さゆえの過ちというものは……
「いやはや、僥倖の極みに至り。しからば、我が野望も果たされよう。
「いや、キャバクラはどのみち却下だろ。
「なんと!!我が野望、ここで果てずとしてなんと為す!されば直談判のほか
「それよりさー!帆高はどこ行きたいの?
「えっ…
僕は言い淀んでしまう。どうしよう。ぶっちゃけ3人に付き合うふりして、適当なタイミングで抜け出そうとばかりに考えていた。でも、なんだかそれはダメな気がする。裏切ってしまうというか、呆れられそうというか。
いや、ここまで僕を見てくれているんだ。僕もちゃんと話さなければいけないと思う。でも、どうしよう。というか、これは僕だけで行かなくちゃいけないものだし、かといってついてくるなとは言い難いし…考え込む僕を尻目に、高橋が話し出す。
「待て!私の崇高な演説を何故遮るのだ!しかと聴け、私のキャバクラ道の真髄を
「キャバクラのどこが崇高なんだよ!!それにだな。崇高という言葉は、通える天国であるメイド喫茶にこそふさわ
「黙れ厨二病日記がァァァ!!!
「ほざくなァァァキャバクラメガネ風情がァァァ!!
ドタバタパキポキ………お互い加減はしているが、取っ組み合いの喧嘩を始める二人……まぁ、いつも通りの展開だから、僕と山田は静観に徹する。でもなぁ…
「はぁぁ。これじゃあ決まんないだろ…
「はは!大丈夫さ。あいつらもわかってやってるのさ。
「そうかなぁ。
「それより、さ!帆高、お前は行きたいとこ、ないのか?
「あ、いや、あるけど…その…あの…
「遠慮すんな!早く言えよ!どーせあいつらよりゃマシだってこたぁわかってるからさ!
「「お前が、貴様が、言うな!!カフェ野郎が!!
「んだとゴラァァ!!!
案の定というか、山田も参戦してごちゃごちゃになる。周りの机とかも巻き込んで、ごちゃごちゃに。でも、
「…ふふ。
思わず笑ってしまった。なんだか深く考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。そうだ、僕にはこんなにもぼくを気にかけてくれる、支えてくれる、それがこの3人なんだ、友達なんだ。なら、分かってくれると、ぼくが信じよう。よし、はっきりと言おう。大きく息を吸い込む。3人の喧嘩の音に負けない声を作り上げる。
「あのさぁ!!
「「「なんだ?
「俺、どうしても、どうしても逢いたい人が、迎えに行かなきゃいけない人がいるんだ!だから、その、俺、途中で抜け出すかもしれない……いや、抜け出してでも行くと思う!!行かなきゃいけないんだ!だから、その、ごめん……俺を、行かせて欲しい…頼む!
3人の目をしっかりと見て、話し終える。最後には自然と頭を下げていた。みんな最後まで黙って聞いてくれていた。どう思っているのかわからない。でも、僕の思いは、覚悟は伝わったと思う。そう信じたい。
「帆高、顔上げろ。
「え……
顔上げると目の前に山田がいた。いつになく、真剣な表情だ。他の二人も離れてはいるが、同様の表情をしている。僕は少しだけ動揺した。でも、何を言われても変えるつもりはない。僕は、いなくちゃならないんだ。そう決意を込めて見つめ返した。
「一つだけ聞かせてくれ。
「あ、ああ…
唾をごくりと飲みこむ。その音が明確に聞こえるほど、教室は静まり返っていた。山田は、その静けさを崩さないような声音で話し出す。
「その逢いたいって人は……………女か?
「……へ?
僕は訳が分からず、変な声を出してしまう。え、いやだって、質問の意味が
「逢う相手は女なのかと聞いている!!
「あ、ああ!そうだよ!
山田の圧に負けないようにして、僕ははっきりと答えた。山田は徐々に徐々に笑みを深めていった。そして
「ふ、アーハッハッハッハ!!!どうだ二人とも!やっぱこいつはノーマルだったろ!はっはっは!!まず一戦目はもらったぜ!!
「くそ!外したか、やっぱ大穴すぎたな…
「同感だ。だが、たかが一戦目、捨てても問題はないだろう。それより次の勝利だ。
「え…え、ど、どういうことだよ!意味わかんねぇ
訳の分からない僕の前に、今度は井上がやってくる。
「帆高!次は俺だ!その逢いたいって人は、年上か?それとも年下か?
「は、はぁ?一体なんの
「いいから答えろ!!!
「うぉ、え、と、年下、だけど…
「いーよっしゃぁぁ!!!へへ!俺、この勝負もらっちゃったもんね!!
「ふ、甘いな。勝負とは常に大局的、まだまだ分からんよ。だが、年下とは、想定外にも程があるな…
「ほんとだぜ。こいつ絶対歳上のお姉さんに甘やかされる系だと思ってたのに…人生分からねえもんだなぁ。
「まー確かに帆高はおねショタ感めっちゃあるけどねー。現に漫画部の子ら、帆高のおねショタ本描いてるくらいだしねー。でも、こいつ恋愛面ではそれはないと、俺は見抜いていたわけよ!どう?凄いでしょ!!
「賞賛はくれてやるが、勝負とはこれからというものだ。
3人は俺に理解できないことを云々と話している。…ぜんっぜん意味がわからない!!
「おい!さっきから何言ってんだよ!俺にもわかるように
「その前に帆高、次は私だ。何度も何度もすまないが、質問に答えてくれ。ああ、あとでちゃんと説明はする。私が保証しよう。いいだろう?
「え、あ、ああ。
「帆高、よく聞いてくれ。……お前は、その逢いたい人に、告白はしたのか?
「え、えええええ!?こここ、こ、告白ぅぅぅ!?
「どうなのだ答えろ!!
「え、えええ、ええ、いや、でも、
僕の脳裏には、3人で泊まったあのホテルでの情景が思い浮かぶ。あの時、確かに俺は、俺が働くから、みんなで暮らそう!とは言ったけれど、あれは…告白じゃない気がする…そもそも、そんな雰囲気じゃなかったし…よし、今度会った時、指輪を渡して、ちゃんと告白しよう!
「まだ…してない。でも、今度会ったら絶対
「おぉぉし!!ふははは!!やはり私の読みは正しかったな!!こいつはやはりむっつりスケベだが、所詮はやはり只のむっつりスケベ止まりだったということだ!!
「だ、誰がむっつりスケベだ!!!
「ちぇー、まさかそこまでのむっつり度だったとはな。呆れるぜ。
「ああ全くだ。俺の儚い期待と夢と希望を返してくれ。
「むっつり度ってなんだよ!つか、そんなことに夢なんかかけんな!
「ともかく、これでやっと私も勝ち星1だな。ますます私の勝利が近いた。まぁ、計算通りだがな。
「なーに戯けた事言ってんだ。勝負はこっからだろが。
「そうそう、じゃあ、最後の質問をするとしますか!
「おう!いいぜ!
「望むところだ。
「って、話を聞けよ!
三人は僕の前に一列に並び、意気揚々と僕に話しかける、同時に。
「「「帆高!お前、どこまで行ったんだ!!
「はぁ?何がどこまで…は!ま、まさか、そういう事!?!?
「「「そう、そういう事。
3人はにっこりと笑っている。うっ、否定したいけど、今、僕の顔は真っ赤になっているに違いない。というか頬っぺたとか身体中熱いし、もう、間違いない…はじめ、意味わかんなかったけど、多分、いや絶対そういうことだろ!考えちゃダメだとわかっていても、僕は陽菜さんのバスローブ姿を思い出してしまう。お風呂から出てきて、僕の前を横切った瞬間にかいだ、なんというか、甘酸っぱい、女の子の香り……それだけじゃなく、普通にバスローブ姿もやばかったし!!
陽菜さんの体じゃ風俗は無理だとかなんとか言ってた自分をぶん殴りたかった…ほんとに…3人は早く言えと、目線で催促する。こ、こいつら…ん、待てよ、どうして僕は答えなきゃいけないんだ?いや、こいつらどうしてさっきから質問ばっかりなんだ?というか今こんなことしてる時間じゃないだろ!だんだんと腹が立ってきた。
「おーい、どうしたー帆高ー。早く答えろよー。ちなみに俺は、キスはしたけどそれまでで終わっちゃいましただって僕まだ高校生だもん帆高くん説を予想しまーす。
「いや、俺は逆にキスはまだだけど、あっちの方だけ済ませちゃって、僕との関係は遊びだったのか帆高くんルートかっこ泣きかっこ閉じを予想するぜ。
「いや、むしろそれこそありえんだろう。私は、そんな!き、キスだなんて!嫁入り前の娘がそんな事言ってはいけません!せめて大人になってからです!の、オカン帆高くんルートかっこ童貞かっこ閉じこそ!もっともあり得る説だろう。
「うわーしまった!!その方面は考えてたけど、やば!今思えばそっちの可能性大じゃんか!くっそ〜どじった!
「いや、井上の案もなかなか良いところをついているではないか。それより私は、全て済ましちゃいました僕もう大人の階段一段ずつ登るどころか三段跳びで飛び越えました帆高くんかっこリア充かっこ閉じルート、が誰も提案しなかったからこそダークホースとなるのではないかと危惧している。
「いやーそれこそ無いわ!いや、あり得ねぇよ!そんな事あった日にゃあ、空からメイドさんが降ってくるぜ!ははは!!やば!それってマジ天国じゃね!わたてんじゃん!そらのおとしものじゃん!ふ、ふへ、ふへへへ!
「そうだぜ!もしそんな事あったら、今頃天変地異のフルコースがやってきちまってるぜ!考えたくもねぇ!あ、そういえば渋谷のあのカフェ、まだ限定フルコースやってるかな、調べとこ。
「まぁ真実を知るは当人のみだ。さて、そろそろ答え合わせといこうか。どうなんだ、帆高?ん、どうした?
「…ふ、ふふ、…どうしただって?
…もう、我慢の限界だ。俯いていた顔を、あげる。あまり怒りたくは無い、だけど、ここで怒らないと僕の沽券に関わる。というか、僕の悪口言い過ぎだろ。というか!やり返さないと気が済まない!!!
「お前ら、良い加減にシロォォォォ!!!
振り上げた拳の先に、血がつかないことを祈る。ああ、なんかこんなしょうもないことしてて、ごめん、陽菜さん。でも、俺、楽しいんだ。なんだか、久しぶりに綺麗に笑えている、しっかり笑っている気がする。外側だけでなく、内側から。めちゃくちゃな笑顔で拳を振るう僕に、3人はドン引きしていたけどね…でも、あと少しだから。もうちょっとだから。待っていて、陽菜さん…