「はぁぁ!そんな反応はないだろ!!
僕の怒りの声が、教室にこだまする。僕らは今、喧嘩という名のじゃれあいの最中、しれっと抜け出した高橋が買ってきたジュースを飲みながら、僕が去年、東京で何があったのかを話していた。なんとなく机の上に座って話している。行儀悪いけれど、なんか、真面目に座る気分でも無かったんだ。もちろん、きちんと自分の席を使っている。そういうところは、きちんとしておかないとね、人として。さて、どうして僕が怒っているかというと、それは僕が極力懇切丁寧に説明した東京物語を、陽菜さんの晴れ女のことも、消えてしまったことも、所々井上が聞いてくる陽菜さんのことについての質問も、大体は話し終えたところで、ああやっぱりなと言い切ったのだ。ここまで一生懸命に話して、所々からかわれまでしてでも、そして信用したからこそ話したっていうのに、やっぱりな、だと言われたら腹も立ちはする。井上はさっきからずっと何か絵を描いている。まぁ、何も言っていないから、井上は許すとしよう。でも、二人はちょっと許せない。僕の怒りに、山田がめんどくさそうな表情で答える。
「おいおい、いきなり大きい声だすなよ。耳が痛えよ。
「あ、ごめん。て、ごまかすなよ!俺、お前らを信頼してるからこそ、からかわれるのを承知でここまで喋ったのに、それなのに…
「待て待て待て。落ち着け。別にお前を蔑ろにした訳じゃねえよ。あんまりにも俺たちの予想通りだったからな。な、高橋。
「然り。晴れ女のことは流石に想定外だったが、惚れた女の為に奮闘するという推論は、まぁベタではあったが当たっていたからな。だから先程の反応になってしまったのだ。勘違いさせてしまってすまない。
「ああ、そうだったのか……そんなに、この話って、ベタ?
「うん。ベタっべタのべた。
「pixivでこの手のものは数多とあるだろうな。
「……まじか……
僕は頭をがっくしと下げてしまう。別に、そんな他人の評価とかは気にしないけれど、僕としては壮大な物語だった東京での日々は、他人から見たらこんなものなんだなと、すこしショックだった。べ、別にこれを小説にしようとかは思ったことなんか……ちょっとだけしかなかった。いや、だって須賀さんに少しは文才あるとか言われてたし、陽菜さんを助けて余裕ができたら書いてみたいなーって、思いはしてた。でも、こうも言われたらなぁ…
「帆高、何を勘違いしている?私達は、惚れた女の為にという下りが、世にありふれていると言ったのだぞ。別にお前の物語が平凡と言った訳ではない。むしろ、斬新で素晴らしく、とても純粋なものではないか。
「そうそう、これ小説にしたらウケるぜ!!まじで!
「え、そ、そうかなぁ…へへ。
なんだか、褒められた気がして、僕は自然と笑顔になる。顔を上げて目に入ってきた二人の表情から、ふっ、単純な奴だな、と思われているのを読み取ったけれど、気にしない。
「だが、まだ執筆してはいけないな。
「ああ、ほんとだぜ。
「え、なんで?ああ、家出の下りが社会的に良くないってことか?
高橋のこぼした言葉に、僕は分からない表情で聞く。高橋はそんなこともわからないのかと、不敵に笑い、肩を上げてから答える。…腹立つけれど、我慢だ…
「違うさ。まだ物語の幕引きが終わっていない。未完のままでは作品とは言えないだろう?それとも未完で出品するつもりか?
「そんな訳ないだろ!!俺は、絶対にそんなことにはしない!!だから、俺は陽菜さんを助けに、迎えに行くんだ!なんとしてでも、何があっても!!
拳を握りしめて、体を震わせながら答える、いや、叫ぶ。届いて欲しいから、絶対に迎えに行くから、色々な思いが、熱意が、僕の体を瞬時に駆け巡る。まるでマグマ溜まりのようだ。いつでも、どこでも、体を突き抜けていきそうだ。ギリギリで抑えてはいるけれど、常にこんな感じだ。二人は、さも満足げに笑う。なんだ?
「ふー。良かったよ。お前、まだ全然生きてんな。なら大丈夫だ。
「え、どういう
「去年からずっと、お前はまるで生気の無い、幽霊、いや死人のようであった。それが今、まったくもってそんなことのない、情熱と未来のある、生き人としか言えない姿をお前は見せた。だから、私達は安心したのだ。今のお前なら、絶対に彼女を救える、とな。
「そうそう!ふー、もー俺たちずっと心配してたんだぜ!!それがよーやく安心できるから、あーーーー疲れたーーーでもうれしーー
「同感だな。お前が元気でないと、私達も調子がでん。
「そ、そうだったのか……悪い、俺、でも、もう大丈夫だから!だから、その、あの…
「はは!もーわかってるって!!だからさ、今度は陽菜ちゃん捕まえて、離すんじゃねえぞ!!
「うん!離さないよ、絶対に!!
僕は、自分では気づかないうちに、色々な人に心配されていた。いや、愛されていたんだ…なら僕は、もう大丈夫だ!あとは前に、未来に進むしかない!!
「よーし、なら、俺たちは全力でお前に協力するだけだ!!先生への誤魔化しとかは任せておけ!!
「ああ!ありがとう!!
山田が僕の肩に組みつきながら、笑顔で宣言する。
「なら、私はネットと文献の両方で、晴れ女について調べておこう。参考になるかどうか分からないが、何か分かればすぐにお前に教えよう。
「うん!頼むよ!!いや、俺も手伝う!!
「面白そーじゃん!なら俺も!
高橋は眼鏡を押さえながら約束してくれた。というか、早速スマホで何やら検索し始めた。高橋はいろんなことを知っているから、何か分かるかもしれない。
「よーし!!絶対に陽菜ちゃんを取り戻すぞぉーー!!!
「ああ!!
「無論だ。
よし、なんだか希望が見えてきた!!いや、諦めていた訳じゃない。ただ本当に頼もしくて、ありがたくて、嬉しかった!!言葉にできない、いい感じ、雰囲気だ。
「描けたー!!!!
そんな雰囲気は、井上の能天気な声によってぶち壊された。まぁ、いつものことだけど…
「……井上、お前なぁ…
「…ああ、今回ばかりは、流石にな……
「え、なになに!?どーしたの、みんな!?
「……もう、いいよ。
満面の笑みで聞いてくる井上に、僕は諦めた。
「それよりこれ見てよ!うまく描けたからさ!
僕の顔に貼り付けるように紙を見せてきた。近すぎて見えないから、井上の手を押して遠ざける。
「え………
「ね、どう?そっくりじゃないかな!
絵を眺めた僕は、言葉を失った。そこにいたのは、まぎれもない陽菜さんその人だった。ふわっとした髪、首元のチョーカー、少しはにかんだ表情、まさに、まさに陽菜さんそのものだった…
あげる、内緒ね。
君、3日連続でそれが夕食じゃん。
ねぇ、今から晴れるよ。
私、好きだな、この仕事。
自分の役割みたいなものが、やっとわかった。だから、ありがとう、帆高。
帆高。
心が、ぐちゃぐちゃになる。わかってる。今泣いても、仕方ない。でも、どうしようもなく、流れる。目から、心から、溢れてしまう…陽菜さん……耐えられず、俯く僕を他所に、三人は絵をみて何やら話し出す。
「はー、相変わらずすげーなおめーは。まぁあんだけの雰囲気を壊す程だから、これくらい描けていて当然か。
「全くだ。だが、本当によく描けている。あれだけの情報と時間で描けたとは到底思えん。流石は絵の変態だ。賞賛 に値するな、これは。
「いやーそれほどで、て、ちょっと!!ぜんっぜん俺のこと褒めてないじゃん!あと天才っぽく変態って言うのは流石に酷すぎでしょ!!
「おい、帆高。さっきからずっと固まってるけど、大丈夫か?まぁ、いきなり思い出すのは、ちょっときついもんな。
「さっきまで話していた分、尚更だろう。そっとしておいてやれ。
「もーまた俺のこと無視してるーー!!!てゆか、俺こーゆー雰囲気大嫌い!!
帆高!!!
「うわ!
いきなり、井上が僕の肩を掴んだ。涙が引っ込み、顔を上げる。
「来週の今日になったらさ!会えるんでしょ!陽菜ちゃんに!だったらさ、帆高、そんな顔しない!!そんな顔で会ったら、陽菜ちゃん絶対嬉しくないと思うよ?だから、そんな顔しないの!!
僕は驚いた表情のまま、井上を見つめる。井上はいつにない真剣な表情を浮かべていた。そしたら、すぐに笑顔を浮かべた。
「陽菜ちゃん、帆高の笑顔が一番楽しみにしてる筈だよ、いや、絶対そう!!だから、笑おうよ。ね。
「…ああ。そうだよな。よし!!
井上に負けない程の、満面の笑みを浮かべる。涙とか感情は、飲み込んだ。もう、進むだけだから、迎えに行くだけだから!
「はは!そうそう!帆高は、絶対笑ってる方がいいって!!
「ふ、井上も超超たまにはいいこと言うじゃねーかよ。
「同意する。このような雰囲気なら、いつでもこんな感じで破壊すれば良い。
「もーなーんで俺に対してそうトゲのある返しをするかなーま、いいや!ともかく、俺ら四人で、陽菜ちゃんを助けに行くぞー!!!!
「「「おう!ああ!乗った。
四人で肩を組み、縁を作って宣言する。そうだ、僕達なら、出来る!!!そう、確信できたんだ。可能性とかの問題じゃない!僕達四人なら、なんだって出来るんだ!!陽菜さん、必ず行くから!!!
「んで、本物の陽菜ちゃんをみて、もっと細部まで細かく絵を描きなおすぞー!!
「「「……
とりあえず井上は殴っておいた。
帰り道、すっかり遅くなり、赤く染まった夕焼けが僕達を迎える中、ゆっくりと帰っていた。
「あのさ、井上。
「何ー帆高?
「この絵、貰っていい?
「いいよー本物の陽菜ちゃん見て、もっと上手く描きたいしねー。
「そ、そうか、なら遠慮なく。
「ん?なんだ、わざわざ貰わなくても、写真を眺めりゃいい話だろ。
「い、いやぁ、その、あの、
「…まさか、彼女の写真、撮ってないのか?
「そ、そんな訳ねぇよ!ただ、いい写真が、無くてだな、その、よ、よく描けているから、ちょっと眺めようかなって
「撮ってないんだな。
「ち、ちげえよ!!
「流石むっつりスケベいや、むっつり奥手童貞だな。
「へ、変な名前付けんな!!!
「よーし家に帰って、もっと描ーこおっと!
四人を包む夕暮れは、とても優しいものだった……
そして、一週間が経ち、出発の日となった。
ブォォォーーーーーン
フェリーの汽笛が、僕の体を震わせる。晴れ渡る空の下、僕はフェリーの淵に体を寄せて、前方を、東京を見ていた。もちろん、まだ見えないけれど、一刻も早く、陽菜さんのいる空を見たかった。こんな風にしているのは僕だけで、他の生徒はみんな、フェリー後部にいる。見送ってくれる家族や後輩と別れを告げているのだ。…僕の両親は、当然ながら来ていない。例の一件のあと、別段喧嘩も言い合いもしていないが、家族といる筈なのにどこかずっとよそよそしくて仕方なかった。今思えば、まともに話すらしていない気がする。そういえば、修学旅行のお小遣いとかもくれなかったな。僅かなお年玉を詰め込んだ財布は軽いけれど、もうどうでもいいことだ。ただ、何も言わずに僕を行かせてくれたことだけに、感謝を。それが何より、嬉しかった……
「陽菜さん……漸くだ……あと少しなんだ……だから、待っててよ……
手の中で転がしていた指輪を見つめ、ひゅうひゅうとふく風の中に、溢れるような、飲み込まれるような声音を僕は奏でる。もう、他の事は考えない。ただ、前を見よう。未来を見よう。空を見よう。僕に出来るのは、それだけだから…
しばらく、僕は空を眺めていた。この前いつまでも、東京が見えるまで、眺めていようかなとさへ思っていたら、よく知る声が聞こえてきた。
「帆高ー!!!!まだまだ東京は見えないからよーともかく中にー入って置こうぜー!体力は温存しておくべきだろーしさーー!
「わかったーーー!!今行くーーー
山田の呼びかけに、僕は答えることにする。たしかに、山田の言う通りだ。まだ、早すぎる。慎重に指輪をしまい、僕は船内へと戻る。船内は風の音はないが、人の声で騒がしかった。
「おーい帆高!!こっちこっちーー!!
声のする方を見ると、あの三人が四人用のテーブルに腰掛けていた。井上の元気な声に導かれ、僕もそこへと向かう。
「なー帆高!もう東京見えた?あと晴れてた?雨降ってた?
「まだ全然かな。それと、天気は今のところ良さそうだけど、分からないかな。
「そうかーあー早く見たいなー東京!あと、陽菜ちゃん!!あー待ちきれないよー!!!
ジタバタと両手両足を動かす井上に、僕は少し笑ってしまう。なんだか、僕の心を表しているような気がして、おかしかった。山田がたしなめるような目つきで話しだす。
「おいおい、少しは落ち着けよ。まだ出発してすぐなんだぜ。大体、小学生じゃあるめえし、そんな風にジタバタすんな。みっともねえし、他の乗客にも迷惑だ。やめておけ。
「えーーだってさー暇だもんーー暇だから高校生でもこーやってジタバタしちゃうもんだよー
「どーこにそんな高校生がいるんだよ。
「ここ!!ねーねーたかはしーーあと何分で着くーー?
「ふ、まるで家族旅行で出発して五分で聞いてくる、後部座席に座ってる小学生のような質問だな。
「そんな感想いいからさ!で、何分?
「大体だが、東京まではあと約231分だ。
「えーと、それって、大体何時間?
「3時間と51分、いや、今ちょうど3時間と50分になったな。例えるなら、大体CM込みのハリーポッター一本分というところだ。
「ええーまだそんなにかかるのー。もー退屈で死にそうーー
「はは、そう言ってる間に着いちゃうさ。逆にもう着くのって、思ってしまうくらいにね。
「そうそう、意外とあっという間に着くもんな。
「だとしても我慢出来ないーあ、そうだ!陽菜ちゃん描こ!!
そう言って井上はリュックからスケッチブックとペンを取り出して描き始めた。少し揺れる船内などもろともしていない。
「相変わらず、マイペースだなぁ。井上は。
「全くだ。ま、それがこいつの良さでもあるんだがな。
「ううむ。
「どうしたんだ高橋?さっきからずっと唸っててよ。
「いや、取るに足らない事なんだが。少し気になる事があってな。考えていただけだ、すまない。
「いや、話してよ。どうせ俺らも暇なんだからさ。
「そうか、なら話そう。
高橋は眼鏡を少し上げ、腕を組んで話し始める。これが様になるんだから、正直羨ましい。僕がやったって、須賀さん辺りに、帆高、お前大丈夫か?と、半笑いでからかわれるだけだろう。当然ながら、井上は聞く耳持たずだけれど、今に始まった事じゃないから気にしない。
「距離とは、不思議なものだなと、思ってな。
「胡瓜?
「違う、道のり、㎞の、距離だ。私たちの住む神津島から東京までは約200キロ程、それに比べて大阪からは約500キロ程だ。明らかに、私たちの方が近いはずだ。だが実際は、大阪の方が私達より1時間も早く東京に着く。まぁ、地上のジェット機たる新幹線と愚鈍な遊覧船を比べる事自体おかしいのだがな。
「まーそりゃそーだな。でも、それがどうして不思議になるんだ?
「似てると思わないか?今の私たちの状況に。届かない筈の空に、届こうとしている私達に。
「え、どういう…
「すまない。少し変な表現だったな、ざっくりと説明しよう。
高橋はそう言うと、少し表情を崩し、窓から空を眺めながら話し始めた。
「彼女は今、空にいる。だが、それはこの空ではない。東京の空だ。しかし、妙ではないか?
「何が妙なんだ?そりゃ陽菜ちゃんは東京住まいなんだから、こんな田舎島の空の上なんかにゃいねぇだろ。
「その通りだ。だが、こうも考えられはしないだろうか。空は、全て繋がっていると、な。
「空が、繋がってる……
「確かに東京から見上げる空と、私達が見上げる空は、地理的には別だ。だが、空にはそのような境界も区別もない。しかし、彼女は私達の空にはいない。そう考えると不思議ではないか。同じ、繋がっている空であるはずなのに、違っているという、な。どうだ、二人もそう思わないか?
「あーまーなんとなく、分かるわ。
「うん、俺も、分かる。
僕はしみじみと頷く。島にいる時、僕は何度も空に祈ったり、手を伸ばして掴もうとした。だけど、なんとなく、そんなことに意味はないってわかった。直感的というか、感覚的というか、ともかく、なんとなくそう思った。この空に、陽菜さんはいないって……だったら、飛び込むだけだ。どうなるかはわからない。だけど、これしかない。僕にできるのは、これしか…
「さて、私の独白はこれくらいにして、少し耳を貸してくれないか?帆高の話を元に、色々と調べてたことを報告したい。
「え、まじ!?
「なんだ、私が忘れていたとでも思っていたのか?
「いや、そんなことないって!早く聞かせてくれ!!いや、聞かせて下さい!!お願いします!!
僕は思わず身を乗り出して叫び、頭を下げた。正直、頼んでおいてなんだが、忘れた…申し訳なさも込めて、頭を下げる。高橋は機嫌良さげに笑う。
「ふふ、そこまで頼まなくともよい。私にとってもなかなか興味深い事柄だったからな。楽しませてもらったよ。さて、報告を始めるから、座って貰えるかな?井上のようにからかわれたいのならそうするが…
「あ、ああ!わかった!
「ふっ、相変わらず単純だな、帆高は。
「う、うっせえよ!!仕方ないだろ!!だって
「はいはい、わかったから、高橋の話を聞こうぜ。話を聞く側は静かにしてないと、な。
「ぐぬぬぬぬぬ。わ、わかった。聞くよ、ちゃんと。
僕は肩を震わせながら座る。山田のニヤニヤ顔はムカつくが、今はそれどころじゃない。高橋は僕達が静まるのを見計らって、話し始める。
「さて、報告を始めよう。いや、まずは現時点においてわかっていることをまとめておこう。帆高と共に、私達は分担して島の民族資料館の資料調査と、島のお年寄りに話を聞いた。が、はっきり言って有力な情報は得られなかった。
「だったな。八百屋の爺ちゃんなんか、戦争の話になってそのまま帰ってこなかったもんなー。まーあれはあれでなかなか面白い話だったけどな。爺ちゃん達も喜んでたし。それに、共同自由研究にもなったしな。
「そうだったね。でも、肝心なことはわからなかった…
「だな。まぁ、無駄足感はあるよな。
そう、僕達は出発2日前まで、放課後すぐに集まって色々と調べていた。資料館やお年寄りの聞き取り、体裁としては夏休みの共同自由研究だったけれど、得られたものはなかった。見つかる文献はこの島についてのものばかりで、お年寄りの話は山田の話の通りだった。まぁ、僕もぶっちゃけ諦めていたんだけどね。
「まぁ、あれで夏休みの雑務の一つが片付いたのだ。それでよしとしよう。次に、私達はネットでの検索を始めた。だが、
「見つかるのは与太話やホラ話ばっかりで、それらしいものはぜーんぜんなかった。
「…だね。それに、あったとしてもそういう文化があったとしか、書いてなかったしね。
「その通りだ。特に、去年の晴れ女の一件でそういった世間の波に乗るためのサイトが増えすぎている。あれでは何も分かるまい。海から零したファンタを掬い上げるようなものだ。
「まじ、それだわ……目、超疲れただけだった…
「…だったね。
そう、調べても調べてもキリがなかった。例えば、晴れ女で調べても、晴れ女のなり方、だとか、自称晴れ女にあってみただとか、まともなサイトはほとんど見つからなかった。というかまず、陽菜さんに値するものがよくわからなかった。祈祷師?シャーマン?召喚士?なんだか、どれもこれも陽菜さんに当てはまらない気がしてならなかった。
「そこで次に、私達は各大学の民俗学部に質問を試みたが…
「何処の大学も試験前とかなんとか、教授が忙しいたらなんたらで、受付止まりだったな。
「まぁ、話してくれそうな人も居たけどね。でも、忙しそうで申し訳なかったし…
全部が受付止まりだった訳じゃない、いくつかの大学は、わざわざ教授が電話を代わって話を聴いてくれた。だけど、
「直接来てくれたら時間が作れるかも、って言われてもなぁ。まぁ、有り難いことこの上ないんだけど、俺らまず、島から出れねぇしなぁ。何というか、どうしようもなかったもんな。
「そうだ。超えられない壁が、お互いにあった。それは仕方がないとしか言い様がないだろう。
「仕方がない、か…
そう、またしても、僕は、僕達は、理不尽に阻まれた。まぁ、仕方がないと思うしかない。それに、別に分からなくても僕は構わなかった。どのみち僕には進む事しか、分からないから、いや、できないから…
「二人とも、落ち込むのはまだ早い。せめて私の報告を聞いてからにしてくれないか。どうやら、天はまだ私達に味方してくれたようだ。
「え、まじか!!
「おいなんだよそりゃ!早く言えよ!
「まぁ待て。昨日、三人揃って撃沈した後、家に帰る道のりのコンビニに何となく立ち寄ったのだ。そしたら、そこでこんなものを見つけたのだ。
高橋はそう言うと、リュックから雑誌を取り出した。全体的に怪しげな色合いと、ピラミッドのような三角のロゴ。間違いない。須賀さんから、一度くらいしか見せてもらわなかったけど、覚えてる。僕はすかさず反応した。
「あ、これ!ムーだ!!
「むー?ムーミンの略か?
「違うって。これは、その、あの、なんか、オカルトみたいな、えーと、高橋よろしく!!
「ふう、まあいい。改めて説明しよう。これはオカルト専門雑誌、ムーだ。断じてムーミンではない。まぁ、私も昨日初めて読んでみたのだがな。
「オカルト専門雑誌?
「ああ、人々の噂や不可思議現象を、いろんな専門家の話を交えて紹介したり、解き明かす雑誌だ。まぁムーの認識はそのくらいで十分だ。それより、これを見て欲しい。
高橋はそう言って、表紙の一部を指差した。大きなフォントでタイトルが書かれている。恐らくその記事がこの雑誌の一面を飾っているのだろう。え…僕はそのタイトルを見て、固まった。
「なになに、えー、去年の晴れ女の謎に迫る…え、マジかよ!タイミングばっちしじゃん!!
「だろう?まさに天からの賜物としか言い様がなくてな、すぐさま買ったのだが
「ちょ悪い!読ませてくれ!!
「ああ、構わんさ。
僕は高橋から奪い取るようにして雑誌を広げる。見出しには、晴れ女は800年前から存在?とあり、神社の写真や巫女のイラストが所狭しと載っていた。でも、僕はそこにはあまり目が行かなかず、文字ばかりを追っていた。そこまできちんと読んでいるわけじゃない。ただ、文字の並びとか、言葉の使い方とかに、とても見覚えというか、懐かしいものを感じた。どうしてだろう。よくわからない。ともかくひたすらに、文字を追いかける。
「うわ、文字ぎっしり。おれ無理だー。高橋様、要約お願い申し上げまする。
「そこまで長い文ではないだろう…まぁいい。ざっくり説明すると、昔、天気の巫女、いわゆる晴れ女というのは全国どこの村にもいたもので、天の気を治める、治療するために存在していたらしい。
「天の気?
「恐らく、天気の神さまの機嫌のようなものだろう。昔から日本にはアニミズム、ざっくりいうと、全てのものに魂が存在するという考え方が、広く理解されていた、その影響もあって、空や雲、晴れや雨も、全てが神のみわざとされていたそうだ。そして、日照りや洪水が続くことを神の怒りや気まぐれと捉えそれを治める為として、村から天気の巫女を、生贄を選んだ。
「生贄って、それってまさか…
「そうだ。天気の巫女を神に差し出す、つまり、人柱としたということだ。その後というのはわからないが、恐らく、天に捧げられたのだから、昇ってゆくのだろうな。
「はっ!!…
僕の脳裏に、あの神社から空へと昇ってゆく陽奈さんが浮かぶ。
「まじかよ……じゃあ、陽奈ちゃんも、もう…
「そんなことねぇよ!!
雑誌をテーブルに押し付けて、耐えきれずに叫ぶ。周りが少し静かになるけど、構わない。構わずに続ける。
「陽奈さんは、陽奈さんは俺が、俺が必ず、迎えに行くんだ!助けに行くんだ!それに、陽奈さんだって待ってくれてるんだ!だから、
「ほ、帆高、わ、悪い!俺が悪かった!!だから、落ち着いてくれ!
「私も少し言い過ぎた。すまない。だが、どうか落ち着いてくれ。……今悪目立ちすると、あとが厄介になる。頼む……
「あ、ああ……
僕は二人に抑えられる形で、椅子に座り込む。情け無い。いくら焦っていたとはいえ、せっかくのチャンスを危うく台無しにするところだった。ふぅ、ともかく深呼吸だ、深呼吸。心と体が落ち着いたところで、二人に向き直る。
「わ、悪い、つい、熱くなっちまった……
「いや、こればっかりは私の言い過ぎのせいだ。すまん。
「俺もだ。わりーな、まじで。無神経すぎた。
「いや、俺もちょっと不安定すぎたよ。反省する。ふぅ、よし!!もう大丈夫だ。心配かけてごめん。はは、情けないな。俺がしっかりしなきゃいけないのにさ。
「そりゃしゃあねえよ。彼女が心配な彼氏って、そんなもんだぜ。気にすんなよ。それに、俺たちがついてるんだ。安心して、吐き出せばいい。
「山田の言う通りだ。一人で抱え込む必要はない。何も考えずに、私たちにも背負わせろ。親友なら、尚更だ。
「うん、ありがとう、高橋、山田……
本当に、本当に、二人が友達で、親友でよかった。今までも沢山あったけれど、この瞬間が、一番強くそれを感じたんだ。泣きそうになってしまう。でも、無理やり笑いに、笑顔にかえる。だって、陽奈さんは、僕の笑顔を望んでいると、思うから!!でも、やはり泣きそうで、俯いた顔はあげられそうにない…
「はは、泣きそうになってんじゃねえよ。先週井上に言われたろ?笑ってる方がいいって。
「な、泣きそうになってなんかねえよ!これは、その、目にゴミが入りかけてるだけだよ!もう、上げるから。前を、しっかりと見るから!!
「そうそう。その勢いさ。お前はそれで、十分お前なんだからよ。
僕の胸に、心に、優しさが入り込んでくる。なら、流すことで応えるのでは無く、きちんと前を向くことで応えよう。僕は、顔を勢いよく上げた!!
「ほら、泣いてなんかないだ…ろ……
僕の目の前にいたのは山田ではなく、隅田川花火大会の時の、華やかな色の浴衣を着た、頭のサイドに髪をまとめたポニーテールの、陽奈さんだった…
「陽奈さん、陽奈さん、陽奈さん…う、うう、ううううう、ううう……
それは全くの不意打ちで、堪え切れない衝動で、僕は、号泣してしまった…
「ねー帆高!!これこそもっと似てるでしょ!?ね、どう?あれ?なんで泣いてるの?あ、もしかしてそんなにソックリだった?やったぁ!!頑張って描いたかいあったー!!ほら、ここのさ、髪の毛を束ねるシュシュの感じとか、笑ってる頰の形とか、ちょー頑張ったんだからね!!ね、超陽奈ちゃんでしょ!
「うう、うううう、陽菜さん、陽奈さんだぁ、俺、俺、ううう、ううううう…
「そうかそうか、泣くほど嬉しいんだね!よかったよかった!でも、まだ鼻の形とか、輪郭が少し不鮮明なんだよね。やっぱりそこは会ってみないとわからないや。あー俺も早く会いたいなー
「うううう、陽奈さん、陽奈さん、俺、早く、早く会いたいよぉ、ほんとに、早く、早く、ううううう、あううううう…
「そーだよねー早く会いたいなー。え、あれ?帆高、なんでそこまで泣いてるの?つか、あんまし俺の絵、見てなくない?あれ、どゆこと?
「井上……お前って奴は、本当によぉお…
「ああ、今回ばかりは、私も救済の余地などないと思っている。
二人は手をポキポキ鳴らしながら、ゆっくりと井上を船内の端へと追い詰めてゆく。そんな最中においても、井上は一向に自分が何をしてしまったのか、理解できていなかった…
「え、なに?!二人とも、なんでそんな怖い顔してるわけ?え、え、俺、わかんないんだけど!!もしかして、また、俺空気読まなかった?!あ、それとも、俺の絵、上手すぎたかなぁ、えへへ!えへへへへ!
「「両方じゃボケェェ!!!
「グヘェーーーー!!!
吹っ飛んで行く井上を見向きともせずに、二人は同時につぶやく。
「「成敗、これにて終了。
阿保は吹っ飛び、二人の親友は、もう一人の未だに泣きじゃくる親友を慰めに行く。そんな三人を、優しい夕陽が包む……なんてことはなかった。