あったかいな……とても……
目覚めた僕が最初に感じたのは、暖かさだった。
春の陽気のような、陽だまりの中で昼寝をしているような、そんな暖かさ…次に、顔。さっきから、何かがペチペチ当たっている。
雨魚?いや、それにしては小さすぎる。
まるで、波打ち際の飛沫のような…そこまで考えたところで、僕は目を開けた。
目の前には白色の柵があり、そこにもたれかかっていた。
「う、ううーんん。あれ、俺、どうしたんだっけ……
凝り固まった体を伸ばすように、僕は伸びをする。
伸ばした手の先には、塗りたくったような灰色の空、そこにぽっかりと空いた穴から顔を出した太陽があった。
日差しはまさに僕たちだけを照らしているかのようで、僕らの周りだけに光の水溜りのようで、優しい陽だまりが僕らを包んでいた…それはまるで、
「ここだけ、晴れてるみたいだ………晴れ…てる……は!?
その瞬間に、僕は、あの雲の草原でのできのとを、陽菜さんとの再会、僕の告白、別れ、その全てを思い出した。
「そうか!俺、陽菜さんに会えたんだ!!
想いを伝えたいんだ!だから、天気も落ち着いたんだ!陽菜さんが、また晴れをくれんだ!!俺も陽菜さんの思いを受け取ったし!
というか、は、は、初告白しちゃったしされちゃったし、それで、それで!!
「んー。ほ、たかぁ〜、うるせー、ぞー?
色々思い出してともかく興奮している僕に、水を差すように山田の声が耳に入る。
顔を横に向けると、僕と同じように柵に寄りかかっている三人がいた。
山田が半目を開いて僕に文句を言っている。いや、まだこいつ、寝ぼけてるな…ともかく、三人を起こさないと。
「こんな時に何いってんだよ山田!早く起きてよ!あとの二人も!!
「んー、なーに焦ってんだよ、そんなに焦ってもカフェは逃げな………は!!帆高ぁ!?お、おい!みんな無事か!?というか、あれ!?風とか、波とか、どうなったんだ!?なんでこんなに落ち着いてんだ!?
山田ははね起きて僕に詰め寄る。その勢いに負けないように僕も答える。
「陽菜さんが俺たちに晴れをくれたんだよ!!
「は、晴れを、くれた…?
ポカンとした山田の肩を掴み、僕は正気に戻すように語りかける。
「いいから聞いて!二人は寝てるだけで、天気も今は落ち着いてる!でも、急がないとまた荒れ始める!だから、早く起こして、戻らないと!!
「あ、ああ!そうだな!おい!起きろ井上!高橋も!!
「んー、あとちょっと…ふ、流石ゴッグだ、なんともないぜ。
「キャ、キャキャ、キャバクラ………キャバ嬢……
「二人して何のんきな寝言いってんだ!はよ起きない!!
「そうだよ!起きろって!!
僕と山田で二人の体をゆする。陽奈さんが天気を持ち直してくれたとはいえ、こんなにも柵のそばにいるのは危険だ。それに、さっきより日差しが弱くなってきた気がする。急がないと!すると、漸く高橋が目を覚ました。
「は!状況は!?
「漸くお目覚めかよ…
「いいから答えろ!どうなっているのだ!?
珍しく苛立っている高橋が、山田の肩を掴んで叫んでいる。山田はそんな高橋に動じもせずに落ち着いて答える。
「おいおい、落ち着けよ高橋!とりあえず、自分の目で見てみろよ、周りをな。
山田はそんな高橋に周りを見るよう目で促す。高橋は少し落ち着いたらしく、言われた通りに周りを見渡した。
「なんだと!?風も波も、常時と変わらぬ程に落ち着いている…しかも、私の視認情報が正しければ…まだ落雷から2分と経っていないではないか!!くそ!どうなっているのだ!これは!
高橋は腕時計を見て、さらに叫んでいる。そんな高橋を諌めるように、山田は優しく声をかける。
「なぁ高橋よ、そろそろ手を退けてはくれないか?今の俺ら、周りから見たらなかなかハテナな状態なんだけど…
「は!す、すまない。興奮していた…
高橋は手を退けて、申し訳なさそうな表情をしている。そんな高橋を、山田は優しく笑ってかえす。
「ああ、かまわねぇよ。いつものことだからな。それより今は
「ああ、収まっている内に船内へ戻ろう。
「そうだよ、ぐっ、早く、しないと、うりゃ!
「さっきから云々と、帆高は何をやっているのだ?
二人して同時に僕を見る。僕が何をしているかというと、
「いや、井上さ…ぐっ、全然起きないから…運ぼうとしてんだよ…ぐぅ!
僕は今、井上を両脇から抱えて動かそうとしていた、というか、持ち上げては落とすを繰り返していた。
それでも井上は一向に起きる気配がない。
気持ちの良さそうな顔で眠ったままだ。僕はとうの昔に井上を起こすのを諦めた。
いや、ほんとに何しても起きないし、というか寝過ぎだろこいつ!!だから、寝たまま運ぼうと頑張っているんだけど、井上は華奢だけど185もある身長のせいで、なかなか運べなかった。
…決して僕が非力だからって訳じゃない。
不可抗力だ。というか、実はもう何度も手が滑って落としたりしてるんだけど、それでも起きないんだから、仕方がない。
二人は納得顔でため息をついている。
「はぁ、相変わらずのーてんきっつうか、マイペースっつうか、まぁ、井上らしいけどな。ある種の長所ってやつだな。こりゃ。
「その通りだが、今は起きて貰わないと困る。この穏やかさがいつまで続くか、検討も付かんからな。
「だろ!だからさ、はぁ、二人も手伝ってよ!
「お前ほんと力ねぇな。
「い、今は関係ないだろ!!それより早く
手伝えと言おうとした僕を遮るように、山田が話し出す。早くしないとと焦る僕を嗜めるような表情で。
「まぁまてよ、何だかんだでここは船の上で、いつまた揺れるかもわからないんだ。
そんな最中、こいつを抱えて戻るなんてことをすりゃ井上はもちろん俺たちも危うい。
「だったらどうすんだよ!!早くしないと、せっかくの陽奈さんの晴れが終わってしまう!無駄になってしまう!だから早く!
「なるほど、彼女のおかげということか。だがそれなら…
「考えるのは後にしてくんねぇか高橋。それより井上を頼む。
「ああ…何度もすまないな。よし、なら私に任せてくれ。
山田に言われて思案顔から戻った高橋は、意を決したような顔で井上に近づく。
しかも、叩き起こすならまだしも、口を耳元に近づけてた。声で起こそうということだろう。でもそれはさっき僕だってやった。
「高橋、悪いけどこいつ何言ったってさっぱり起きなかった!だから運ぶしか
そう言って近付こうとした僕を山田が止めた。
「まー黙って見てなって。こいつほど井上起こしのプロはいないしな。ん、忘れたか?高橋、小学校の頃毎朝井上を起こしに行ってただろ?
「あ!そ、そうか!忘れてた!
ようやく思い出した僕の顔をみてニヤッと笑った山田は、高橋の方に向き直る。
「じゃ高橋、頼むわ。
「ああ、だが、最近起こしに行ってないから、もう効かないかもしれんがな。
「まーそん時は運ぶしかねぇけど、こいつならアレでいけるだろ。
「ま、そうだろうな。よし、では始めるぞ。
何をするつもりなんだろう…だが、高橋なら何か秘策があるに違いない。僕は期待の眼差しで高橋を見つめる。高橋は深く息を吸い込み、そして
「あーー!!!あんなところに桃色ツインテールのセーラーメイド服姿のツンデレ美少女が
「え!!どこ!!どこにいんの!?ツインテ!?セーラー服!?ツンデレ!?
「「………はぁぁ。
「ふむ、やはりもう桃髪には反応しないか。時が経ったものだな。いや、成長したというべきか…
突如井上は体をバっと起こし、周囲を見渡している。僕らは溜め息をついた。あんな目を向けた自分が恥ずかしい。
高橋は然程気にしない様子で、仕切りに頷いている。…僕には、ついて行けない世界だ…そんな僕らを他所に、井上はまだはしゃいでいる…もう一度溜め息をつこうとした時、さっきまでなかった風が吹いてきているのに気がついた。まずい…安寧が、晴れが、終わる……僕の焦り顔を見て、山田と高橋も遊んでいる場合じゃないってわかったようだ。
「ねぇ!!どこなの!?俺の好み百パーセントなメイド!!どこ!?
「いい加減落ち着けよ井上、俺たちは今、とこにいるんだ?
「どこって、そりゃメイドカ……………あああ!!!!!そ、そそそ、そうだ!!おれ、おれ死んじゃうーー!!!!
途端に正気に戻ったと思ったら、井上は顔面蒼白になり、暴れ始めた。すかさず僕ら三人で押さえつける。
「落ち着け!!周りをよく見てみろ!もう先程のように狂っていないだろう!?
「陽菜さんが、俺たちに晴れをくれたんだ!だから!
「そうだぜ、な、だから落ち着きな。もう大丈夫だ。
「ほ、ほんとだ…ふ、ふぅ、…ご、ごめん、俺、怖くて…怖くて…
井上は漸く落ち着いたようで、息を整えはじめた。僕らもホッと息を吐く。
珍しく落ち込み気味というか、暗い顔の井上を元気づけるように、僕は話しかける。
「謝ることなんかないよ。俺も、凄く怖かったし。みんなもそうだろ?
「同感だ。…私もあそこまで肝が冷えたのは初めてだった。
「ああ、冗談抜きで死ぬかと思ったぜ。あれほどビビったのは初めてだよまったく。
「そ、そうだよね!お、俺だけじゃなかったよね!!よ、よかったぁぁ〜
やっと安心できたようで、井上は表情を崩した。いつもの朗らかな笑顔に、僕らも安心させられる。やっぱり、井上はこうでなくっちゃね。
「俺あとちょっとでちびりそうなくらいだったんだけど、そっか、みんなもそうだったんだ!!よかったぁぁ〜
「…いや、それはなかったわ。
「…うん。悪いけど。
「…同じく。
「え、ええ!!なんでそこは同意してくれないの!?!?ちょっと酷くない!?
「うん酷くない。
「ああ。
「然り。
「ちょ!そんなあっさりとした対応ないでしょ!!もー俺マジで告白したのにーーヒドイ!ひどすぎる!!もー…ブツブツ
すっかり元に戻った井上は、いつもの如く喋りまくっている。これはもう、しばらく放っておくしかない。なんとなく、僕は空を見上げた。雲に覆われそうになりながらも、小さな太陽はめいいっぱい僕らに暖かさと平穏を注いでいた。……陽菜さん……
「…ほんとに、陽菜ちゃんパワーのおかげだね、俺たち…
「ああ、そうとしか言いようがないな。
「まぁ、偶然にしちゃああまりにもタイミングが良すぎるしな。
「……偶然なんかじゃない……
「帆高?
僕は震える拳を、こみ上げる感情を、
「この晴れは神様の気まぐれとか、そんなものじゃない!!俺が陽菜さんと会えて、想いを伝えたから、ちゃんと受け取ったから、これは陽菜さんの晴れなんだ!!
僕は言い切った。はっきりと。これが事実で、誰にも、何にも変えられようのない事だって、自分自身にも言い聞かせるように、宣言した。周りに誰かいるのかも気にせずに…
「え、帆高、陽菜ちゃんに会えたの?つか、告ったの?ねぇ!どうなの!?
「え、それは、その…
「ま、マジかよ!!あの、帆高が!!万年奥手むっつりの、帆高がぁぁ!
「お、奥手はともかく万年とむっつりは余計だろ!!
「ふ、奥手な自覚はあるのだな。成長したな、帆高も。
「お前は俺の母さんかよ!!
「ねーねー無視しないでよ!!告白したの?オーケーもらえたの?フラれたの?
「ふ、フラれてなんかねぇよ!ちゃんと、うわぁ!
怒って反論する僕に、なんの前触れもなく一陣の風が吹く。その冷たさに、僕達は現状を思い出さされた。そうだ、時間がない…覆い隠す雲が増える度、光は、暖かさは、徐々に力を失っていった…
「うわ!つ、冷た!!てか、また風吹いてきた…
「…もう、陽菜さんの晴れが…終わるんだ…だから、行かなくちゃ!!
「え、どゆこと!?
「チャンスは今だけってことだ!走って戻るぞ!!
「え、あうん!!
「おい帆高!何ボケっとしてるんだ!戻るぞ!!
「あ、ああ!!悪い!!
僕は山田に小突かれれるまで、空を眺めていた。陽菜さんの、晴れを…どんどん雲に隠れて行き、消えゆく暖かさを、眺めずにはいられなかった…だけど、僕はすぐにみんなと走り出した。もう、僕は大丈夫だ。すぐさま三人の後を追って、走る。
「おーい!お前ら!無事か!ともかく飛び込んでこい!!!
山田先生がドアを開けて待機してくれていた。僕らは文字通り飛び込むようにして船内に戻る。山田先生は僕ら一人一人をしっかりと掴み、中へと引き入れてくれた。
先生に礼を言った僕らは、這々の体でテーブルへと戻った。どうやら船内も激しく揺れたようで、ジュースが溢れたりだとか、荷物が落ちたりだとかで、船内はかなり騒がしかったけど、疲れ果てた僕らには関係なかった…僕たちがさっきまで座っていた椅子は何処かへ転がったようで、テーブルしかない。
だけど構わず、どっかりと床に座り込む。四人同時に安心のため息をつく…
「あー俺生きてる!!今スッゲー焼肉食べたい!!
「全くだぜ。まーじで死ぬかと思ったわー。ふ、ふふ、笑えねぇけどな。ふふ、ふふふ。
「そう言いながら、笑っているではないか。まぁ、気持ちは分からんでもない。しかし、本当に肝が冷えた…もうこれっきりにしておきたいものだ。
「そうだね…
僕は間髪入れずに頷いた。これは、僕の17年の人生において一番といってもいい程の、恐怖体験だった。今思い出しても、体が震えてくる。だけど、心と体は安心に満ちていた。ずっと握りめっぱなしだった両手を漸く緩める。……ん?右手の中に妙な感触がある。とても暖かい…なんだろ……あ、これって…
「しかし、これで分かったこともある。帆高の話、信用するほかないということが、な。
「だな、これだけタイミングが良けりゃあな。
「あとさっきあれだけ死にかけたし!!
「ああ、ほんと、そうだ………な…………
「ん?帆高、どした?
「あれ、帆高の手の上のそれって…
手の上には、陽菜さんのチョーカーがあった。握りすぎたからか、少しくしゃっとなってはいるけど、雨の雫のような水晶は変わらずに淡く輝いていた。
「…よかった……俺、ちゃんと…受け止めたんだ…受け止めたよ…陽菜さん…
ただ、嬉しさに、体が震えていた。ちゃんと、ちゃんと受け止めたんだ。掴み取ったんだ!陽菜さんの想いを、陽菜さんを!!なら、絶対大丈夫だ。僕は、絶対に陽菜さんを救える。だって、こんなにも僕達は繋がってるんだ。だから今度は必ず、連れ戻すんだ。俺が!!陽菜さんを!!…やばい、また、泣きそうだ…
「え、それ、彼女のものか…
「マジ!?え、ほんとに陽菜ちゃんに会ってきたの!?しかも、精神態とかじゃなくて、物理的に会ったってこと!?
「ふ、ふふ、物的証拠まで出てくるとは……これを信じないでなんとなるか……
「ほ、帆高、ま、マジで陽菜ちゃんに会ってきたのか?もともと持ってて、俺らからかってるとかじゃない、よな?
「そんなこと…するかよ…
「そうだ、何を言っている。第1、私たちで出発前に帆高の荷物を確認したとき、そんなものなかっただろう?
「うん、なかった!なかったよ!俺も見たもん!
「そうだったな…悪いな、信じてるとか言っといて、いや、まさか彼女の私物取ってくるとは、思わなくてよ…疑ってすまん。
「いや、構わないよ…じゃなくて!!何さらっと人の荷物チェック無断でしてるんだよ!!
井上の申し訳なさげな表情に僕は流されかけたけど、これだけは聞かないと!いやだって、これ個人情報流出じゃん!人権侵害じゃん!
怒る僕を、三人はさも悪気なさげな目線を僕によこした。
「お前、今まで遠足や旅行関連でどれだけ忘れ物してきたか、忘れたのか?レジャーシート、毎回俺たちのとこに乗ってきたじゃねえか。
「うっ…
「小学校の林間では、バスタオルを忘れたから、ムキになって濡れたまま着替えようとするお前を私たちの小タオルで拭いてやったな。あれはなかなか手間だった。
「う、うう…
「そーそー、中学の修学旅行の時なんか、水着忘れたのバレるの恥ずかしいから、お前のトランクスなら水着っぽいから貸してって言って、それで海入ったもんね。なつかしー
「え!あれお前のトランクスかよ!どーりで水着にしちゃおかしいと思ったんだわ。
「しきりに腰の辺りを抑えていたしな。成る程、そういう事だったのか。
「お、おい!!それは言わないって約束だろ!!
「あ、ごめん!忘れてた!
「忘れてたじゃないだろ!
「おいおい、井上に当たるなよ。ともかく、そういう事だ。な。
「そう、そういう事だ。
「そういう事だぁ!!へへ。
「う、うううう、うう、わ、悪かったな!いや、どうもありがとうございました!わざわざ忘れ物チェックをしてくださって!!
顔を真っ赤にして、僕は精一杯言い返した。いや、これってもはや、負け犬の遠吠えじゃん…
「おいおい、拗ねんなよ。もう高校生なんだからよ。
「拗ねてねぇよ!!
「ふふ、悪い悪い。だけど、お前の話を信用してんのは確かだぜ。
「そ、そうなのか?
「ああ、それにさっきの晴れを見て、去年の兄ちゃんの話を思い出したしな。
山田はそういうと、外を見るよう僕らに促した。…なんか、誤魔化された気がするけど…ま、いいか。目に映った外は既に暗くなっていた。海が荒だっているが、あの時ほどではないけれど。さっきまで晴れていたとは、誰も信じないだろうね。そんな天気を、僕らは暫く見つめた。
「前にも言ったけど、俺のにいちゃん気象庁で働いててさ。去年の短時間かつゲリラ的な晴れの原因を、なんとか究明しようとしてたんだけど、全く分からなかったんだってさ。めちゃくちゃ賢い教授や学者を集めて討論しても、異常気象だとか神の気まぐれだとかしか言いようがなかったらしい。
俺は現代化学ってこんなもんなのかって思ってた。けど、今ならわかる。
こんな感じだったら、そりゃ科学がいくら頑張っても解明は無理だろ。
帆高のお願いで、あんだけ荒れてたのがすぐ元に戻っちまうなんてよ。まぁ、もうまた荒れてやがるが…
「確かにな…
「…だね。
山田の独白というか、なんというかに、高橋は納得した声音で続けた。
確かに、陽菜さんの力は科学とか論理とかを超えたものだと思う。
シーンとした空気に慌てたように、山田は照れ臭そうに笑い、頭をかきながら話始めた。
「あーらしくないこと言っちまったな。ま!要するに、だ。俺たちは陽菜ちゃんに助けられた。それだけは間違いねぇ。だから、陽菜ちゃん救出作戦に全力で協力するしかねぇって事だ。拗ねっぽいダチのためでもあるがな!
「拗ねっぽいは余計だろ!!…でも、ありがとな。
山田はどういたしましてと、不敵に笑った。くっ、お前のその坊主頭じゃ、似合わないよと、言いたいけど、なぜかその時はとても似合っていた。
「ふっ、そうだな。私も天気の安定のためだけに囚われている彼女が気の毒で仕方がない。何としてでも助けよう。あと、拗ねっぽいダチのためにもな。
「だから拗ねっぽいは余計だろ!!まぁ、ありがと!
高橋は眼鏡のフレームを上げて応える。くぅ、様になってるけど、もうその下りはいいだろ!
「俺も!本物の陽菜ちゃんに早く会って絵、描きたいし!あ、俺のトランクス返さなかったままのダチのために!!
「だから拗ねっぽい……え…
井上はニコニコ笑いながら言い切った。え、まてよ、今なかなか聞き逃しちゃならないことを…
「…おい、今のは聞き捨てならねぇぞ。
「…ああ、流石にな。
「え、まま、待ってよ!俺、確か、返したはず…多分…な、なぁ!井上、冗談だろ!!
「ううん。マジ。さっき思い出したんだ。だから陽菜ちゃん助けだしたら今度でいいから返してね。
「…はい。
僕はしょぼんとするほかなかった。二人のため息が聞こえてくるが、もう無視だ…
ポーーーーン
僕らの微妙な雰囲気を裂くように、電子音が響いた。船のアナウンスのようだ。僕らは耳をすませる。
「まもなく、東京湾に入ります。ご乗船中のお客様は、手荷物をまとめて、係員の指示があるまで、座ったままで、お待ち下さい。なお、お車での下船の方は、次の指示に……
女性のアナウンスの声に、船内は慌ただしくなる。僕らも、用意しないと。チョーカーを握り締める。決意を、覚悟を固める。いよいよだ。顔を上げると、他の三人の表情にも決意の念が見えた。
「もうすぐだな。あとは帆高、お前次第だ。
「俺たちがついてるんだから、しっかりやれよ!
「俺も応援してるから!!
みんなの励ましに応えるように、顔を引き締める。
「うん、わかってる。俺、精一杯頑張るよ。ありがとう、みんな。
僕らはニカッと笑い合い、それぞれ行動に移した。
「さーてと、ちっとは荷物の整理を始めときますか。
「賛成だな。あと、ゴミは任せておけ。
「じゃ俺!椅子探してくる!!
みんなが忙しなく動くなか、少しだけ僕は窓から外を眺めていた。小さく見えていた東京はどんどん大きくなり、迫力を増している。相変わらずどんよりとした天気だけれど、何故かそれが、懐かしく感じてしまう。
「陽菜さん……まってて、あとちょっとだから、もう少しだから、だから、それまで……
ふと、口からこぼれてしまった。ただの音、ほんの僅かな囁きだけど、僕の心にしっかりと響き、溶け込んだ。握りしめた拳を見ると、水晶体が淡く輝いていた。もう、迷いなんかない。再びみんなと一緒に荷物の整理を黙々と始めた。あとは待つだけだ、向かうだけなんだ。焦がれるものはある。だけど、いや、だからこそ僕はしっかりと準備をした。今から始まるんだ。僕の、僕らの、反撃が…