旧き超常、ヒーローになる   作:エルデスト

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導入上仕方ないのですが、成り代わり要素と狂気的要素があります。
必要であれば自衛をお願いします。


かくして、「私」は生まれた

  穏やかな風が水面を撫でる。微かな鳥の歌が鈍く響く。日差しは踊るかのように水底を照らし、様々な魚は私の内外を透過していく。

 

  いつも通りの日常、いつも通りの平穏。

 

 

「龍神さま、龍神さま。本日もまた我らの村に平穏をもたらして下さり、まことに感謝致します。こちら貢ぎ物になります、どうぞお納めくださいませ」

 

  何処からか声がする。ああ、いつもの女の声だ。また私に食べ物を持ってきたらしい。なんとも律儀で物好きな女だ。とくとく……と酒を注ぐ音がする。

 

「今日はですね、遂に我が子の断乳が成功しまして……」

 

  いつものように誰もいない私の祠に近況を語りかけている。私は一度たりとも女に私の実在を匂わせたことはないと言うのに、飽きもせずにだ。

  今日はどうやらその話題の子供と来ているらしい。不安げに目を揺らす小さな娘が女の服の裾を握っていた。女は微笑みながら娘の頭をなで、いつもよりも饒舌に話している。その表情は幸せと慈愛に満ちていた。

  毎日ここに訪れては語りかけているのだ、女は些細な出来事を報告すればそれで満足したのか、やがて娘と共に一礼をして去っていった。

 

  毎度の光景、毎度の貢ぎ物。私もすっかり慣れてしまった。

 

  私は川のなかに横たえていた躯を起こす。ザパァ、と水飛沫をあげながら顔だけをもたげれば、あの女が手入れをしようとも、拭いきれないほど朽ちた石造りの祠の中に供えられた貢ぎ物が目にはいる。

  ふむ、今日はどら焼きとかいう菓子か。私は顔を祠に突き刺せば、菓子と酒は我が躯と溶け合いやがてかたちを失う。私に味覚はないため味はわからないが、それは有形の信仰として私の存在の糧になる。

  私は決して神などという高尚な存在ではない、ただの()()()()だ。それでも存在を認められるというのは自己肯定をもたらす。私がたとえ虚構であろうともあの女の胸のうちでは私は実在する。それはすなわち、逆説的に()()()()()()()()、そう確かに言えるのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  ここはどこか辺鄙な場所にある小さな村。そのまた外れた場所にある朽ちた祠だ。

  かといって私はその祠に奉られている守り神というわけでもなく、ただの余所者である。人間の進出により、かつての住処だった池を追われ流れ着いた先がここだっただけの話だ。偶々さ迷っていた川のそばに祠があり、それを拠点の目印にしよう、ただそう思っただけのことだった。

 

  今の時代にあやかしなど大したちからを持つはずもなく、我々人非ざるものは日々姿を隠して過ごしている。かつてのように悪事を働く輩はめっきり見かけなくなった。私は若輩者故太古の時代を知らないが、それでもさも存在せぬように生きるというのは余りにも不毛であった。

 

  さて、我らあやかしは弱体化し、存在さえ忘れ去られた。このようなもの、生きているというのだろうか? そもそもとしてこのまま存在し続けることに意義はあるのだろうか? 実際長きに渡って眠っていた個体は、そのまま目覚めることもなく自然に溶けて消えていった。

  故に、私も自然に還るつもりでいた。しかし死に場所として定めた池は人によって荒らされてしまった。そして穏やかに世界に還る場所を求め、ここに辿り着いたのであった。

 

  それから何年経ったかなど私にはわからない。

  しかし微睡みながなら存在の輪郭が滲んで、水の流れに紛れていくのだけはわかった。

 

  それでいい。私はもうこの世に不必要な存在である。静かに、世界と一体になってその糧になれれば本望である。我らあやかしとは世界に産み出され、そして還り行く。そういう存在であるがゆえに。

 

 

  しかし、その思惑は容易く潰えた。

  私は私の存在を認められてしまったのである。

 

  それは年端のいかない小さなおなごであった。どうやら探検と称して村の周りを探索していたのだろう。少女は今にも崩れ落ちそうな祠を見て目を輝かせた。

  その日は日が落ちかけていたのもあり、ひとしきりぺたぺたと触った後は、名残惜しそうに後ろ髪を引かれつつも少女は帰っていった。

 

  しかし明朝、日が出て間もない時間に少女は再びやって来た。それも小さな手に雑巾を持って。恐らくこの祠を綺麗にしようというのだろう。一体いつからあるのかもわからない、なにも奉られていない祠を。

  そんなことは私には関係ないと、再び微睡みに揺蕩う。しかし、これが私にとって大きな転換期であった。

 

  それからというもの、少女は毎日のようにここに訪れた。流石に雨や雪の日は止められているのか来ないが、それ以外は毎日だった。小さな子供の力ではとれなかったのだろう、時には大人を連れてきて、へばりついて蔓延る蔦を刈らせてもいた。いつしか祠は見違えるほど整えられていた。

 

  おおよそ村に残る文献でも読んだのだろうか、来る度に祠に向かって龍神さま、龍神さまといつも語りかける。

  この祠には神など棲んではいない。しかし、これだけ熱心に語りかけてくるのだ。誰もいないでは虚しいにも程がある。

  故に私は思ったのだ。どうせ消え行く我が存在、最後に守り神の真似事をしてから消えても良いのではないかと。

 

  水底に沈んでいた意識が浮上する。少女の信仰を受け入れた私は徐々に輪郭を取り戻した。

  私は神ではない。加護を与えることも出来なければ、危機を察知することも出来ない。

  それでも私は少女の守り神であろうと思ったのだ。少女がこの信仰を忘れるまでの間、私はここにあり続けると。

 

 

  少女は語る。毎日のごとく飽きもせずに。

 

  少女は語る。ヒーローになりたいと。

  今の人間は『個性』なる特殊能力を保有しているのは知っている。少女はその『個性』を使って悪を懲らしめるのがヒーローだと言った。

 

「どんな個性が出るのかなあ、カッコいいヒーロー向きの個性だと良いなあ! 個性出たら一番に龍神さまに見せに来るね!」

 

  少女は朗らかに言った。夢を語る様は楽しそうで、未来に希望を膨らます姿は大層美しいと感じた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

  少女との邂逅から20年近く経った。少女は大人になり、今や母となった。

 

『この子の名前、龍神さまにあやかりまして瑞樹と付けることに致しました。図々しいことかも知れませんが、この子にも龍神さまの加護がありますように……』

 

  そう報告を受けたのを昨日のように覚えている。その時初めて女の夫となる人が祠にも来たのだ。

  幸せな家族、その姿が目の前にあった。私が特に何かをしたわけでもない。それでも必要とされているのが心地よかったのだ。

 

 

 

 

  今日も足音がする。何時もよりも慌ただしいが、女のものだ。それにいつもは宵闇が這い出るような夕暮れの時間に来るというのに、今日はまだ太陽が中天を過ぎたばかりだ。珍しいこともあるものだと、意識を起こす。

 

「龍神さま! どうかっ、どうかお助けくださいませ! 娘が、瑞樹がッ!」

 

  様子がおかしい。涙を浮かべ、鬼気迫る表情は初めて見るものだ。

 

「み、瑞樹が迷子になって! 一緒に山の中を散歩していて、私が目を離したばかりに、ああ、私が悪いんです! それで、どこを探しても見つからなくって、どうかお願いです、瑞樹を、瑞樹が無事でありますようにお守りください……!」

 

  女は焦ったようにどもりつつも早口でそう捲し立てると、直ぐに去っていった。

 

  信仰とは心の支えだ。なにか見返りを求めるわけではない。あえて言うのであれば、不安の解消と安寧が見返りだ。私が何か成すことを求められているわけではない。

  しかし、それでも私は恩返しがしたかった。加護もない、神でもないこの私がようやく何かを求められた。ただの消えるべきあやかしが存在を望まれたのだ。であれば、私は女の望みを叶えたかった。

 

  ザァ、と静かに躯を起こす。私の本質は水であり、長きにわたってこの川と一体化していた為、川の中の事であれば手に取るようにわかる。しかし、どうやら川の側に居るわけではないようだ。であれば、聴覚を研ぎ澄ます……しかし複数の人間が探し回っているのか識別は不可能。

  ならばと、姿を鹿に変化させる。かつて私の同類が化けた姿と同じだ。50mを越える長大な躯はこういうときは不便だが、大概のあやかしであれば変化の術は習得しており、私とてその例外ではなかった。

  人間たちが探しても見つからないのであれば、余程見つかりにくい場所にいる可能性がある。変化によって獲得した動物特有のしなやかな脚で、軽やかに大地を跳ね回る。いかに衰えたといえ、知覚能力は人よりも勝り、また移動性能は一般の鹿よりも速い。私は長き生の中で初めて大地を蹴った。

 

 軽快に獣道を駆け回りながら微かな痕跡を探す。しかし一向に手掛かりはなく、やがて夕闇が大地を覆い始める。こうなっては探索法を変えるしかあるまい。夜目の利くフクロウにでも変化して、更に広範囲を探索しようと足を止めた瞬間、ふわりと嗅ぎなれた匂いが香った。

 私は決して嗅覚が強いほうではない。様々な感覚が弱いヒト種よりも劣ってさえいるだろう。そんな私にも感知できるというのだから、それはかなり近い。

 そしてこの匂いは……命の匂いだ。すべての命ある生命体が持つ源。すなわち、血だ。すぐさまその匂いの元をたどれば、そこには小さな幼子が頭から血を流して倒れていた。

 

 

 

 しかしソレからは命の気配がしない。

 

 

 

 私はゆっくりとした足取りでその骸の前に立つ。顔を首筋に近づければ、案の定体は固く冷え切っていて死後にそれなりの時間が過ぎていることは察せる。

 上を見やれば2mを超える壁に鬱蒼と茂る草木。おそらくこの幼子は茂みに隠れた崖に気づかず足を踏み外してそのまま死んでしまった。そう考えるのが妥当だろう。

 

 私は骸を見下ろしつつ考えた。こうなってしまった以上、この幼子は生き返ることはない。例え私が神であろうとも不可能だ。しかし、この場所をあの女に伝える、それで終わっていいのだろうか。

 私は真似事ではあるが、あの女の守り神である。そして私はこの幼子に加護を求められた。私にその力がなかろうと、貢物を受け取ってしまった以上私はこの幼子を守る義務がある。否、私は存在理由がそう定義されている。

 

 

 

 では女が望む”守る”とはなんだ。

 それはすなわち何事もなくあの女の元に帰還することではないのか。

 

 脳裏に、幼子を連れて我が元を訪れた幸せな家族の姿が過った。

 

 

 

 私は変化を解き、元の姿……水のみで構成された50mもを超える蛇のあやかし……蛟となった。

 そして徐にその幼子の亡骸を血の一滴も残さず水の体内に収め、それを喰らう。

 貢物の菓子や酒のように、その骸も私の体内でほろほろと形を崩していく。あの女の愛した小さないとし子がこの現世より跡形もなく消えていく。やがて最後の小さなあぶくさえ私の体に溶け込み、幼子がここで命を取りこぼした形跡は消失した。

 そう、これでいいのだ。これであの女の娘は()()()()()()()

 

 私は再び変化を行った。変化対象は、先程喰らった幼子。

 既に失ってしまったものは取り戻せない。であれば、失っていないことにすればいい。私が幼子の代わりにあの女を安心させればよいのだ。私が、幸せな家族を生かし続ける。

 それが女の望みを、望むように叶える唯一の方法であり。そして、たとえ虚実であろうと、”守る”ことが私の存在理由だ。私は女の”守護神”でいる以外に存在する術を持たぬがゆえに。

 

 私は軽く動作の確認をすると、ゆっくりと村の方向へと歩き出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それからというもの、私の成り変わりは頭を打ったことによる記憶喪失ということで片が付き、『母』にしこたま叱られれば、家族そろって誰もいない祠へと感謝を述べに行った。

 しかしすべて丸く収まったとはいえ、順風満帆に過ごせたというわけでもなかった。人非ざる私に、人の幼子の感情の機微が分かるはずもなく、どのようなときにどのような感情が出力されるべきか理解できなかったのだ。

 医者からは頭を打った時に記憶とともに、感情が麻痺してしまったのではないかと診断された。私の両親の立場にある男女は命あるだけで十分だと泣いていた。

 

 

 

 私の在り方に変化が訪れることもなく、そのまま時は流れていく。いつの間にかこの幼子が生誕してから4年の月日が流れようとしていた。

 

「ね、ねえ、瑞樹。もうすぐ4歳になるけどまだ……個性、出ない?」

 

 母が私に問う。確か『個性』はどんなに遅くとも4歳になるまでに発現するのであったか。そして発現する『個性』は遺伝する。

 しかし私はあやかし。少なくとも超常黎明期以前に生まれた存在。そもそもとして『個性』が発現するのか。すなわち私に『個性』などがあるはずもなく、あるのはあやかしとしての能力だけである。

 この幼子を喰らった時にその遺伝子を解析し、反映できれば話は早かったが、生憎獲得できるのは姿かたちだけだ。こうなれば少しでも親たちに似通った私の能力を『個性』としてみせるのが得策だろうか。であればこの二人の個性は……。

 

「……もしかして、お母さんの『無個性』が遺伝しちゃった!? そんな、駄目よ。あなたはヒーローに、いえ、ううん、大丈夫よ! 個性なんかなくたって」

 

「いいや、そんなことない。報告が遅くなった、これを見てほしい」

 

 母の言葉を断ち切るように口を開いた。予定変更だ。私の目的はこの女の望みをかなえること。私はこの女の夢を知っている。覚えている。

 

 

 

『りゅ、龍神さまぁ~!! うぇ~ん!! あ、あの、あのね、あたし、『こせい』、ないのお~!! あたし、ひ、ひーろーになれないよお!!』

 

 そう泣き叫んで、泣いて、泣いて、最後には眠りこけて、目覚めれば再び泣き喚いた。

 

女がまだ幼子だったころ。在りし日の思い出。ヒーローに夢見た少女は現実に裏切られた。

それからというもの、私はこの女から『ヒーロー』という言葉も、『個性』という言葉も聞いたことがなかった。無個性に絶望し、ヒーローという夢から目を背け、虚しさに口を閉ざす。ヒトらしい、弱くて哀れな、されど理解できないヒト固有の在り方。私はそれをこの女に見出したのだった。

 

 

 

 私は、現代において『個性』として相応しい己の力を瞬時に選択、腕を母の前に見せつけ、手の部分だけ変化を解いた。

 

「最近、そう、入浴中に手先が水になったことがある。恐らく私の『個性』は水になること」

 

 手首からは水がしたたり落ち、床を濡らす。私はしゃがんでその水たまりに手首を近づけて再び変化を行えば、水たまりは私の手に姿を元に戻した。しかし、何の反応もしない母を不審に思い見上げると、そこには手で口を押えて瞳から涙をこぼす姿があった。

 目が合うと突然崩れ落ちるように私の前に座り、力強く抱きしめられた。

 

「よかっ、よかった……! わ、私のせいで個性がなかったらと思うと心配で心配でぇ! でも、こんな、こんな素晴らしい個性が宿るだなんて、ああ! きっと龍神さまに私の願いが届いたのね! 本当に、よかった……!」

 

 顔をあげた母の瞳には安堵と喜びが見える。しかし、おそらく深層心理から無意識に表れたのだろう、かすかに嫉妬、羨望、そして仄暗い願望が滲んでいた。

 ゆえに、ならば。これからの私の行く末は定まった。

 幸せな家族は既に成った。しかし人間の欲望は唯一ではない。人間は誰であろうと聖人君子ではなく、俗人である。しかし、そんなこと私にとっては知ったことではない。私にとって、女の望みが美しかろうが醜かろうが心底どうでもいいのだ。

 

 

 

 私は女の望みを須らく叶えると誓ったのだ。それが例え濁りきった、己で叶えることができなかった夢の投影、過去の妄執だとしても。望まれた以上、私は私の全てを以て叶えるまでのこと。

 

 

 

 

「母さん、私ヒーローになりたい。どうやったらヒーローになれる?」

 

 母は涙に濡れた顔で心底嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

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