私がヒトの体を得た後の事。それは学習の繰り返しだった。
ヒトの子供は成長が早い。ヒトの摂理から逸脱せぬよう時とともにあるがままに体を成長させ、心を学習し続ければ今では感情の起伏が少ない性格と認識される程度には人間社会に馴染んだ頃。
私の『個性』が
私は人の世の常識や知識、思考を際限なく吸収し、それを人間式のテストで成果を出せば、今や稀代の天才とまでもてはやされるばかりだ。
人間が定める模範的なレールを歩むため、私は高等学校に通うこととなった。それも、ヒーローになるという目的を最短距離で果たすため、最難関クラスのヒーロー科を保有する学校、すなわち雄英に進学する。
「いやあ、まさかウチの村から雄英に進学する子が出るたあ、村一番の偉業だ! なんて素晴らしい! おお、そうだ、雄英てこたあ有名なヒーローになるってえのはもう決定みたいなモンだろ? じゃあサイン! 俺んち用と学校用で2枚描いてくれないか!? ってまずはサイン色紙か! 買ってくっからちょいと待ってろ!」
当時の担任に合格を伝えたとき、満面の笑顔で興奮気味にそう褒め称えられた。そしてそれは先生のみで済むわけでもなかった。狭いコミュニティでは情報は瞬く間に伝播し、上京当日にはいつの間にやら村総出で祝われ、送り出された。
「行ってくるよ、母さん、みんな」
「頑張ってね! 立派なヒーローになって帰ってくるのを母さん、待ってるから! だから行ってらっしゃい瑞樹!」
私は笑みを浮かべて皆に手を振った。過激な人とは抱擁や握手も交わした。満面の笑みを浮かべている人もいれば、涙を流している人もいた。その光景を見てヒトというものは同じ事象だというのに、反応が千差万別あって、やはり理解できないと感じてしまう。
私にとっては母以外は有象無象ではあるが、私はヒトだ。ゆえに向けられた感情に対してそれ相応の対応を返す必要がある。この場においてふさわしい”心”を選択しよう。喜び、寂しさ、期待、不安。それぞれを使い分けながら言葉を返していく。そうして盛大に見送られながら私は列車に乗り込んだ。
***
そう、私は倍率300と謳われる雄英高校に受験、無事合格を果たしたのである。
先日、やけに厚みのある割には小さな封筒が届き、いざ開けてみればかのNo.1ヒーローであるオールマイトが投影されたときは珍しく驚いた。と言っても、開封に立ち会った母は目をむいてひっくり返っていたので、一瞬にしてかすかな”心”らしさは霧散した。
『HAHAHA! 突然私が投影されて驚いたかい!? 実は今年度から教師として雄英に赴任することになってね、これはその一環なのさ!
さて、本題に入ろうか。筆記はほぼ満点、トップの成績だ、おめでとう! そして気になる実技試験の結果だが、
しかし、おめでとう蛇川少女! 敵Pだけでも十分に合格圏内だ! なに、人助けの方法はこれから学んでいけばいいさ! 来たまえよ、蛇川少女。ここが君のヒーローアカデミアだ!』
これに私の両親は狂喜乱舞、それを誰かに話せばあっという間に話は広まり、その結果が件の村総出の祝福である。
しかし、そんなことはどうでもよかった。私の思考の大半を占めるのは実技の採点についてだった。
まさか、受験生に提示された以外の採点方法があるとは完全に想定外であった。『敵を倒せ』、そう指定されたからこそ私はヒーローになる最短の方法として、指定されたポイント持ちのロボットだけを倒していったのである。0Pの大型ロボットが現れたときも、他の受験者たちが逃げ惑う中で私は前進し敵を狩り続けた。
だが結果はどうだ。オールマイトは私の正確な順位は述べなかったが、おそらく救助Pの割合は大きいとみていいだろう。殲滅力が優れているとしても、試験に落ちていた可能性が存在するということだ。
ヒーロー。母が憧れた、私に望まれた。
しかし、私はヒトとは感性が異なる。己をないがしろにしてまでも他者を救う、いくら学べどもそれは理解できなかった。私が思うヒトとはどこまでも利己的な生き物だから。だがヒトは個体ごとにあり方が異なるのは実際にこの目で見た。
すなわち逆説的にヒーローを志す者は、少なくとも自己犠牲の精神を持つものということ。それがヒーロー足りえるヒトとしての在り方であるというのならば、もしもあり方に資格というものがあるのなら、私はその条件を満たさない。しかし、それでも、私はヒーローにならねばならない。であれば、私はそれを理性でもって実行するだけの話だ。結果としてヒーロー足る行動を示せばよいのだから。
行動ルーティンを書き換える。二度目はない。インプットした情報は忘れることはない。複雑怪奇なるヒトとしてあるということは、常にヒトというものを学習し続けねばならない。
深き思考の海から浮上して、ゆっくりと瞼を持ち上げた。壁にかけてある時計を見ればそろそろ入学式に向かうには丁度いい時間であった。
私には睡眠に食事は必要ない。正しくは人間には本能として備わっている生存欲求を持たなかった。ただ、己の身を満たすのは受けた恩を返すという義務。あえていうのであればこれが私の欲であり、唯一の存在価値であろう。ゆえに私はヒーローを目指し、ヒーローとしてある間のみ生きている、そう言ってもいいだろう。
遠方の田舎村から通うにはいささか都心は遠く、私は学校近郊のアパートで一人暮らしを始めていた。一人というものはいい。誰の目もないのであれば、わざわざ人間の生態を模倣する理由もなかった。しかし、当然のことながら真新しい雄英ヒーロー科の制服を身にまとい、この家から一歩出れば私は
さあ行こう、望まれるがままに。
さて、心機一転、入学式に参加するために数駅電車を乗ればそこは入試日以来の雄英高校。地元の村では見ることのないバリアフリー目的の巨大な扉を潜り抜けて、事前に通達されていた自身が所属することになる1-Aの教室に入る。そこにはこれから同級生となる学生が数名すでに座っていた。
一人は私が入室したのを目ざとく発見しおはよう! とやたら過剰に元気よく、角ばった動作で挨拶をよこした少年。もう一方は金髪の日本人らしくない一々動きが仰々しい少年。どうやら今は二人で会話しているようだ。
そして自分の一番近くにはどういう個性なのか、女子制服だけが宙に浮いていた。どうやらその制服も今しがた登校したばかりのようで、袖口付近にはかばんも浮いている。
「あ! 女の子だ! おはよー!」
目の前の制服から女のかわいらしい溌剌とした声が発された。やはり制服通り女子生徒のようだ。
「おはよう。しかし突然ぶしつけではあるが、特徴的な姿だな。それは個性か?」
「そうだよ! 見ての通り私の個性は『透明化』! 名前は葉隠透、よろしくね!」
「なるほど、そういうことか。私は蛇川、蛇川瑞樹という。よろしく葉隠」
「おっけー、ミズキね! あ、急に下の名前で呼んじゃったけど、よかった? なんか呼んでほしい仇名とかない?」
表情は見えないのに満面の笑みなのが分かる。そしてしまったとでも言わんばかりの、焦ったような表情をしているのも手を取るようにわかる。
「いや、好きに呼ぶといい。名は特別拘ってはいない。逆に葉隠に希望はないのか?」
「私もだいじょーぶ! じゃ、これから一緒に頑張ってこうね!」
本当に元気な少女だ。感情の起伏も激しく、顔は見えないが声音には顕著に感情がにじみ出ている。なるほど、いままで私の近くにはこんなタイプの人間はいなかった。心、そして感情表現においてこれ以上ない教材だ。これは今後のために優先観察対象としよう。
「ああ、これから3年間共に学んでいくんだ。切磋琢磨していこうじゃないか」
親愛は、笑顔。声音は少し高めに柔らかく。友好の証はやはり握手だろうか、手を差し出せば嬉しそうに握り返してくれた。これで掴みは上々だろう。
葉隠がまた話し始めようとすると、背後から足音がする。彼女を手で制し、後ろを振り向けば特徴的なポニーテールをした女が立っていた。
「あの、お話し中失礼ですが、ここはドア前なので通してはいただけませんか?」
少し申し訳なさそうに、しかし毅然としたはっきりとした口調だった。
「ああ、申し訳ない。しかしどうやら座席は現時点で決まっていないようだ。折角だ、どこか固まって座って親交でも深めないか」
「おお、イイコトいうねえ! ね、そうしようよ!」
「え、ええ。私でよろしければご一緒しますわ」
どうにも彼女は葉隠の勢いに押され気味のようだ。先ほどの態度を見るにコミュニケーションに強い方だと思っていたが、どうやら現時点での印象から鑑みるに想定外の出来事に弱いタイプか。なるほど系統で言えば私と近しい理論派、こちらも参考になる。
私はほぼ空席状態の席を適当に見繕い着席を促した。そうして再び自己紹介を行い、話題はあだ名へと移ろう。
「私、今まであだ名というものが付けて貰ったことがありませんで……」
「よーっし! じゃあこのあだ名マスタートオルが付けちゃうぞー! でも、折角つけるのにモモじゃつまんないし……ヤオヨロズって名前で呼ぶには言いにくいし……なにがいいかなミズキ!」
「あだ名マスターと名乗りながら私に聞くのか? しかし私に聞かれてもそういうセンスはないからな……定番なら名字を略すか、フルネームを略すか。もしくは脈絡のないものをつけるか。そのぐらいだろう」
「やっぱりそのあたりだよねー。 んじゃあ……ヤオヨロズだからローズとか! お嬢様っぽい雰囲気的に!」
「えっと、それはちょっと、何と言いますでしょうか……」
眉を困ったように下げながら、八百万はしどろもどろに答えた。
「どうにも本人にはウケがよくないようだ。ほかの案を出そう」
「んーじゃあヤオヨロズの頭とってヤオ? なんかビミョーじゃない?」
「ならば名前のモモをつければいいだろう。ヤオモモ、別に悪くはないと思うが」
「ヤオモモ! チョーイイじゃん! ね、ヤオモモ! ヤオモモでいい!?」
「あ、はい! それなら私も文句はありません。あっ、私ったらあだ名を付けて貰ったのに偉そうなことを……!」
「もーそんなこと気にしなくていいよー。じゃ、ヤオモモ! これからよろしくぅー!」
途端に申し訳なさそうにする姿は、第一印象の凛々しい様子とはかけ離れていた。その凛々しい姿こそが後付けで身に着けた性格で、おそらくこれが素なのだろう。ある意味、私とは真逆だ。感情を手に入れようとする私と、冷静でありたい彼女。
いつものことであるが、人間と関われば関わるほど新しい発見ばかりで目指す道が分からなくなる。目的地は明確だというのにそれに至る過程が多岐に渡りすぎて、何を取捨選択すればいいのかが分からない。この二人の性格だけを見てもその在り方は全く異なる。それでも彼女たちはヒーローになる資格があると認められてこの場にいる。
そもそもとして『ヒーロー』という存在自体が形のないあやふやなものなのだ。極論、自称でも他称でも誰でもそう呼ぶのなら『ヒーロー』と言えてしまう。しかし、そうではないのだ。私がなりたいのは、女の望むヒーロー。だが女は無個性の告白以来一切ヒーローについて話題にしなかったため、私は女の理想とするヒーロー像を知らない。一体、どうすればいい? 本人に聞くべきではないことぐらいわかっている。しかしわからないままでは何を目指せばいいのかも選択ができない。
ヒーローは人間らしさをさらに強調したかのような多種多様な在り方をしている。実際昨今のヒーローは人気商売染みていて
なんだ……これは、感情? 名前を付けるならば焦りと……恐怖か? 消滅さえ恐れなかった私がこの程度の事に恐怖? 元々存在意義などなかったではないか、今更なにを、
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここは……ヒーロー科だぞ」
突然廊下から声が聞こえた。周囲の把握は行っていたが、人が増えてざわついていたのと、自己解析に没頭し気付かなかったようだ。
寝袋から出てきた謎の男はあきれたように合理性について小言をぼやく。そして名を名乗った。
「担任の相澤消太だ、よろしくね。早速だが体操服着てグラウンドに出ろ」
担任を名乗る相澤が体操服を提示しながら簡潔にそう言えば、用が済んだとばかりにすぐさま退出する。皆はあまりに突然な出来事で呆けていたが、私含め一部の冷静な人たちの動きに慌てて行動を開始した。
ところ変わってグラウンド。先生曰く独断で入学式やガイダンスに出席せず、代わりに個性把握テストを行うようだ。デモンストレーションとして実技トップの爆豪と呼ばれたいろいろとトガっている少年が個性使用ありのソフトボール投げを行う。
「んじゃまぁ……死ねえ!!」
BOOM! と派手な爆音と光をまき散らしながら、更には暴言も添えて中々の高記録を叩き出していた。
そういえば彼は朝にあった妙に角ばった動きをする威勢の良い少年と口論していなかったか。そのときでも彼はかなりの罵詈雑言を吐いていた。常々ヒーローの資格について考察しているが、彼ほどその結論と逸脱したものはない。なにより彼に自己犠牲の精神があるとは思えないのだ。入試のレスキューポイントは私と同様0か、それに近いと仮定すると、ヴィランポイントのみで入試トップになったと考えられる。つまり、彼は戦闘力だけでヒーロー足りえるとそう認められたも同然なのだ。
しかも彼だけではない。担任の相澤消太もそうだ。彼は少なくとも人気で商売をする今どきのヒーローと異なるのはわかる。そのあまりよろしいとは言えない格好も、仕事上必要である何かしらの理由があるのかもしれない。しかしだ、だからと言って”合理”を追い求めるのは間違っている。人間は無駄の塊だ。感情がその最たる例だろう。合理は突き詰めればそれは利己主義同然であり、事実を述べるのであれば私の思考回路こそ合理の極致といえるだろう。私は人間独自の無駄を獲得しようと必死になっているが、それはすなわちヒーローになるためにすべて集約する。つまり、合理とヒーローは二律背反の関係にあり決して相いれないのだ。
ゆえに私からすれば無駄に対して合理を求める矛盾した人物だ。なぜ彼がヒーローをしているのか理解ができない。
「705.2m。まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
爆豪による派手な掴みに、今まで規制されてきた個性の使用許可。中学生気分の抜けきらないクラスメイト達はすげえやら、おもしろそうやら思い思いに好き勝手騒いでいた。まさに合理に欠ける言動、この先生は好まないのはわかりきっているだろうに。
「おもしろそう、か。いまだにそんな浮かれた心持ちでいるつもりなら……そうだな、成績最下位のものは除籍処分としよう。理不尽だと思うか? だが世の中理不尽だらけで、そしてそれを覆していくのがヒーローだ。俺たちはずっと試練を与え続けるぞ。”Plus Ultra"さ、さあ全力で乗り越えて見せろ」
先生は凄惨な笑みを浮かべてそう言い放った。除籍宣告直後はクラスメイト達は騒いでいたが、今では水を打ったかのように静かだ。隣の葉隠も今までの元気さが嘘のように黙っている。確かに葉隠の個性では高記録を出すのは難しい、不安に思うのも当然だろう。
「……先生は合理に重きを置いている。ならば成績が振るわずともヒーローの素質を持つものを除籍にする不合理は行わないだろう。ただし、その逆も然りだろうが。ならば成績の順位よりも、このテストにおいて不利な個性をどう活かすか、発想に重点を置くべきだと私は考える」
「ありがとミズキ、うん、そう言ってくれてちょっと安心した! よーしあたし頑張っちゃう! ミズキもがんばろーね!」
葉隠は両頬を景気づけにかぺちぺち叩けば、こちらを見て笑った。
さて、第一種目は50m走。出席番号は”17”だから最後の方の走順になる。初めの方ではエンジンの個性持ちが3秒強、先ほどの爆破の少年は4秒台を出していた。
そして私の番が来た。共に走るのは先ほどからずっと青い顔をしている緑髪の少年。恐らく葉隠同様に戦闘向きの個性ではないのだろう。それを如何に工夫し、そして先生の眼鏡に適うか。
私も準備のために靴を脱ぎ横に揃える。あらためて述べるが、私は純粋な肉の体を持っていない。変化の皮を一枚むけばそこにあるのは水のみだ。ゆえに私に筋力という概念はない。
『ヨーイ……START!』
測定用のロボットがそういった瞬間に、クラウチングの姿勢のまま体制を限りなく水平を保ちつつ、足裏と指の腹から高水圧の水流を出し四足歩行のスタイルで飛び出した。
『3秒42!』
爆破の少年よりは早く、エンジンの少年には及ばない記録。まあ妥当といったところか。隣の少年は私の倍の時間をかけて完走していた。なるほど、確かにこれでは不安になるのもうなずける。
私は水という特性柄仕方なのかもしれないが、どうしても痕跡が残る。今回では走路が水浸しになっていた。私は巨大な水たまりに手を付けるとそれは命を得たかのようにうねり、掌の上で水球となった。ほかに掬い残しがないかを確認し、使用していない隅の方に水球を捨てる。流石に砂利を含んだ水を再度取り込む気は起きない。
「失礼しました、どうぞ続行してください」
先生に一礼して先を促せば、感心したように頷き次の準備を始めていた。
「ミズキちょー速いじゃん! 個性ってなに? 水を出すの? でも持ち上げてたし、操るとか!?」
生徒が待機する列に戻れば葉隠が興奮気味に話しかけてきた。案の定個性の話題が出たが、こういう時のために既に『個性の設定』は入念に練りこんでいる。
「私の個性は『流体』。自身の体を水に作り替えることができる。幾らかは体内に水をストックできるから、50m走ではそれを放出した。最後の水の操作は、外部の水でも自身の体の一部と定義できれば操作は可能だ」
「カッコイー! めっちゃヒーロー向きじゃん!」
私の場合、プロセスが真逆でヒーローになるために個性を設定したのだが。しかし、私の選択が間違ってないようで満更でもない。お礼を言いつつ素直に称賛を受け取った。
さて、その後も順次計測は行われた。純粋な筋力を計測するものでは、すべて平均を上回るが上位集団よりは下回る、というような結果となった。グラウンドへの被害を考慮しないのであればトップに食い込めるほど結果出せるのは分かっていたが、周囲に被害を出すのはヒーローとして厳禁ということは知っている。よって自身で修繕できるギリギリのラインで力を使えば、おのずと微妙な成績となる。
「次、蛇川投げろ」
先生がボールを二つ寄越しながら端的に言った。第5種目は、ボール投げ。私は受け取りつつ円の中に入る。
さて、残りの競技の内容を考え使用できる水量の上限を設定する。次に手に持ったボールを体内に取り込み、耐圧性能を慎重に測定する。……なるほど、爆豪の全力の爆破に耐えたほどだ、中々に高性能である。しかし私の全力には耐えられない。誤差も考慮し、多少の余裕をもって出力の設定完了。
私は先生に目配せをすると、右腕を上げる。もっとも飛距離が出るのは地面から45°で発射されたとき。一人2投あるが、私が貯蓄できる水には上限がある。だからこの一投に上限いっぱいの水を使おう。
私の体内にあるボールを右肩にまで移動、設定した水圧で発射台と化した右腕を一気に飛び出す。そしてボールに追従するように水流も飛び出ていき、ボールをどんどん空高く持ち上げる。遠くなるほど水の勢いが落ちることを考慮し、常に一定の水圧がボールにかかるよう出力を上げていく。やがて上限分使い切って放出をやめても、ボールは未だ上昇し続け、やがて視認できなくなった。常に水を当て続けた、つまり水流の影響を受けなくなった場所から投げたも同義なのだ、崖の上から投げたように地に落ちるまでかなりの飛距離が期待できるだろう。
pipi!
「……1452m」
記録は爆豪の倍以上。流石に無重力には勝てないが、十分な好成績だろう。ボールが想像以上に耐久性があったのが功を奏した。先生に2投目はいらないことを告げ、下がろうと後ろを向くと、絶望に顔を染めた緑髪の少年がとぼとぼと向かってきている。そういえば、未だに彼の個性は見ていない。よほど体力テストに向いていない個性なのだろうか。おそらく合理の塊である先生は容赦はしない。各生徒の記録の推移から鑑みるに、彼の除籍は確定だろう。そのまま彼とは目が合うこともなくすれ違い、定位置へと戻る。葉隠が、今のところイチバンの記録だよー! と賞賛と共に教えてくれるが、私としては彼がいる限り少なくとも葉隠が最下位になることがないことに安堵した。
悲壮な決意を固めたかのような顔をした彼の一投目は、ごくごく普通の成績だった。しかし、愕然とした表情から何かを、おそらくは個性を使おうとしたが失敗したというところか。よほど『非合理』だったのだろう、先生に個性の使用を阻止された挙句、指導が入った。これでは2投目も絶望的だろう。彼はボールと見つめつつ、打開策を思案している。だが、一度個性を止められてしまった以上、彼に出来ることは何もないだろう。そう思いつつ目を閉じれば、髪を巻き上げるほどの突然の突風に襲われた。予想外の事態に発生源をよく見れば、彼が投げたボールは高く、遠くまで飛んで行った。
「まだ、動けます……!」
彼は先生にそう宣言する。どうやら彼の個性はリスクが大きいものなのだろう、そして土壇場でその打開策を編み出したというのか。私が同じ立場であれば、諦めるだろう。少なくとも実用に足るまで個性を訓練してからもう一度、この場に立とうとするだろう。しかし彼は諦めなかったのだ。自分はヒーローになる資格を持つのだと示した、今、この場で! 圧倒的な絶望を前にしても、それでも蜘蛛の糸のような希望を自力で掴み取ったのだ。これほど非合理的で、執念深いとは思ってもいなかった! 思わず笑みがこぼれる。諦めと逃げに弱い人間の中においての異端、しかし、だからこそ彼にヒーローの素質を見た。
私は、ヒーローに心が必要な理由の本質を垣間見た気がした。ヒーローは己の心に打ち勝つからこそ、強いのだ。
「どーいうことだこら、ワケを言えデクてめぇ!」
私が彼の姿にヒーローを見ていた時、どうやら爆豪は別の感想を彼に抱いたらしい。爆破を起こしながら彼に詰め寄るが、しかしそれは先生に阻まれる。個性だけではなく、物理的にも。先生の捕縛武器に捕まった爆豪は少年にたどり着くことはなく注意と共に解放され、次の人の計測が始まる。
しかし、一体彼の何が不満なのか。彼にだけこれほどの嫌悪を滲ませるのだ、旧知の仲とみてもいいだろう。だが、なぜ怒った? いくら嫌っているとはいえ、罵倒されるような要素はなかった。考えられるのは土壇場の個性コントロールが気に食わなかったか、それとも少しの成功さえ許せないか。もしくは……爆豪が彼の個性をハズレと思っていたのに、想定以上に強個性だったからか。しかし、部外者である私がいくら考えたところで詮無いことだ、人間の思考回路はいくら考えたところで答えなどないのだから。私は小さな弧を描くブドウ頭の少年のボールの行方を見つめた。
そうして、残った種目が次々と行われた。相変わらず上の下、というような成績ばかりではあったが しかしその中でも一番成績が振るったのは長座体前屈で、腕を液化し伸ばし続ければぶっちぎりの一位であった。しかし、限界まで測ったわけではなく、100mを超えたあたりで先生のストップが入った。緑髪の少年──名を聞けば緑谷と言っていた──ボール投げ以降も成績も振るわず、それどころか指を気にして不調のようだった。このままでは彼が最下位だろう。やっとヒーローが何たるかが分かってきたというのに、彼がいないと再び素質を持つもの探しから始まってしまう。できれば避けたいが、しかし私がどうこう出来るものでもない。先生も私と同様な思考をしていることを願うばかりだ。
「……んじゃ、パパっと結果発表」
全ての種目が終了し、先生が皆を集めてそう言えば一気に場に緊張が走った。少なくとも私は安全圏、それどころかおおよその順位表は私の中で出来ている。問題は……最下位確定の緑谷。彼の処遇は、どうなるのか。
「ちなみに除籍はウソな。君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
先生が何とも言い難いイイ笑顔でそう言い放った。ということは、つまり。
「「「はーーーーーー!!!!!????」」」
愕然としたような悲鳴がグランドに響き渡る。先生が開示した順位表は私の予想通り、私が6位で、彼が20位。先生は明らかに本気で除籍にするつもりだった、なのにそれを反故にした。つまり先生は少なくとも辞めさせるには惜しいと思ったということだ。やはり、私が感じた彼の印象は正しかった。
ひそかに彼を見やると彼を案じていた友人たちと盛大に騒いでいて。入学して早々に、人に好かれていることに気づいた。やはり最高峰、ヒーローになるための教材が周囲にあふれていて、それだけでも雄英に来た甲斐があると思った。
そうだ、私にはまだまだ足りないものが多くある。それをこの3年で、すべて手に入れる。だから、君にも立派に成長してもらって、常に私の理想で会ってくれ。
先に進む葉隠の後を追いかけながら静かに未来を願った。