魔法少女にはなりたくない!   作:のの

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2話

 閉じていたはずの窓ガラスをすり抜けて、球体は室内へと入り込んでいた。

 目の前にいきなり正体不明のものが現れて、素直に首を縦に振るほど気が狂ってるわけでもなかった。

 ふわふわと浮かんでいる球体から目を離さず、ジリジリと扉に近づく。

 

「……予定とは少々形が違うな」

 

 黒い球体はそう独りごちた、けれどもその場に漂うばかりで何もしようとしない。

 逃げれる、そう思った。もう扉の目の前にたどり着いて、余裕ができたから。

 そこに至ってようやく欲望が鎌首を持たげた。

 

 本当に逃げてしまっていいのか? 

 

 逃げるべきだ、こんな怪しいものを信用するべきではない。そうは分かっているけれど、それが尋常ならざるものであることもまた確かな事実である。

 

 この機会を逃したら、もう2度と同じことは起きないのでは? 

 魔法少女になるなんて勧誘、そうそうあるものではない。

 

 こちらの心を見透かすように、その瞬間を言葉が撃ち抜いた。

 

「君は魔法少女になりたいのだろう?」

 

 なぜそれを知ってるのか、いやバーナム効果か。

 女子高生なら、今は忘れていたとしても幼少期の夢として抱きがちなものだろうから。

 

「ふむ、君はもしかして耳が聞こえていないのか?」

「……聞こえてるよ、当然」

 

 答えるべきではなかったのかもしれないけれど、俺はそう言ってしまった。すっと細まった眼を見ながら、自分はどうしたいのだろうと自問自答する。

 ──話をするだけなら、無料だから。そんな答えにため息をつく。

 けれども、そう決めたのならば。

 腹を据えろ、話をすると決めたんだから。

 

「お前は、なんだ?」

「私は魔法少女のスカウト役、兼、サポート役だ」

 

 そう言って奴は球の真下から触手を一本にょろにょろと伸ばした。

 

「死ななければ私が怪我を治す、君もまた私のおかげで助けられたと言うわけだ」

「俺を、助けた?」

「そう、死にかけの君をね」

 

 感謝してほしいものだね。そう言いながら握手でもしようとしてるのか、こちらに漂ってきた触手を払い除ける。本当だろうか? 右手のギプスをちらりと見やる、ならば右手の骨折はなんで放置されていたのだろうか。

 

「証拠はあるのか?」

「治した証拠はない。だが、治せるという証拠は見せることができる」

 

 今度は払い除けないでくれ、そう言いながら再び触手が漂ってくる。

 光沢もなく、ただ光を飲み込むだけの真っ暗闇、近くで見るとなんとも不思議な色合いだった。

 何で出来ているのだろう。流体の金属か、ゴムか、はたまた未知の物体か。

 

 そんな自分をさておいて、右腕に蛇のようにぐるぐると巻きついたかと思えば、すぐに離れていった。

 

「それで一応治っている」

「……へえ」

 

 そんな短時間で治るのか、何をやったのか全くわからなかったが。念のために軽くこんこんと叩いてみるが痛みはない。

 

「どうやって治したんだ?」

「当然、魔法に決まっているだろう?」

 

 もっとわかりやすい光とか、効果音が出るものではないのか。途轍もなく地味で、それに反して効果が大きすぎるように思えた。

 

「信用してもらえたかな?」

「半分ぐらいはな、でも分からないことだらけだ」

「それでいいさ、それで君は魔法少女になるか?」

 

 どうにもこの球体は話を急かしすぎる、もしかしたら魔法少女になるか? とは自分の知らない他の意味を持ってるのだろうかと思うぐらいに尋ねてくる。おはようございます、的な。

 

「なんでまた唐突に自分が勧誘されることになったんだ?」

「君には資格があったからだよ」

 

 魔法少女になる資格が、奴はそういった。けれども素質があるならばなんで今ごろになってやって来たのだろう、あまりに都合が良すぎるのではないか? 

 自分が死の瀬戸際になって、前の記憶を思い出した時になってようやく。

 

「資格ってなんなんだ、誰にでもなれるものじゃないのか?」

「そう、魔法少女は誰にでもなれるものじゃない。願いが必要なんだよ、人一倍魔法少女になりたいっていう願いが」

 

 その言葉を聞いて、ストンと腑に落ちた。

 前世の最後に俺は強く願っていた。魔法少女のいる世界に行きたいと、即ちそれは魔法少女になりたいという願望とイコールではなかったか? 

 その記憶を思い出して、その願望を追想したことが黒球を呼び出すトリガーとなった。

 

「君は珍しい、その年齢で魔法少女になりたいなんて願うなんて殆どいない。魔法少女になりたいなんて願うのは小学生、中学生がほとんどだからね」

「……そりゃどーも」

 

 褒められてるのか、貶されてるのか、球体から感情は全く読み取れない。

 

「けれども、ありえないことじゃない。ごく稀に君みたいな存在がいることもまた確かだ、そもそもかなり変わってなければ魔法少女になれない」

 

 変わっていることが良いことかは分からないけれども。ほかの魔法少女がどんな風に変わっているのかだけ、少しだけ気になった。

 

「で、魔法少女になったとして俺は何をすることになるんだ? まさか魔法で好き勝手して良いわけじゃないんだろう?」

「ああ、平和を守るために敵と戦ってもらう」

「敵?」

「魔物だ。人々の平和を脅かす存在、人がいる限り滅びな存在でもある。君は魔法少女になる気はあるか?」

 

 そこですぐに頷かなかったのは、たまたまだった。こちらに伸ばされた触手を掴もうとして、右腕を見た瞬間に嫌な予感がした。

 まっさらに綺麗になった右腕、それはいい。けれども骨折をわずか数秒で治してしまうその力は、ごっこ遊びにしてはその治療はあまりに完璧すぎた。

 いや、そもそも自分がそう思ってただけでこれは遊びじゃないのか。

 

「お前、役目はスカウト役兼サポート役って言ったよな?」

「ああ」

「……魔法少女はどれぐらい危険な仕事なんだ。どれだけ怪我をして、どれだけなかったことになるんだ?」

「質問の意味がわからないが」

「いや、違うな。その魔法少女は魔物に負けたら死ぬのか?」

 

 わかってる、これはゲームではなく現実だって。それに先に気づけたことがどれだけ幸運だったか。

 気づけば目の前に深淵がぽっかりと口を開けていた。

 

「当然、死ぬ」

 

 それを当然のように無感情で良い放てる黒球は、やっぱり人の心を持ち合わせていないのだ。

 それを聞いて、自分の答えも決まった。

 

「……悪いが、俺は魔法少女にならないよ」

「そこまでの願望を持ちながら魔法少女になろうとしないのは、やっぱり君は特別だ」

 

 平坦な声、けれどもほんの少しだけ言葉に喜色が見えた気がした。黒球は眼を閉じて、けれども去ろうとせず、そのままその場に漂い続けている。

 

「魔法少女に会ってみたくはないか?」

「まだ諦めてないのか」

「私は君はまだ魔法少女になりたいという気持ちを持ってることを知っているからね」

 

 そういうセンサーでも備わっているのだろうか、けれども実物の魔法少女に会えると聞いて興味が唆られるのもまた事実。

 

「会えるなら、会ってみたい。けれどもそれを条件に魔法少女なることを強制しないで欲しい」

「分かってる。強制はしない、それがポリシーだからね。なりない奴がなるべきだ。では君が退院後に会う機会を設ける」

 

 それだけ言って窓の外へと再び去っていった、やっぱり窓ガラスないのかのごとくすり抜けていく。

 

「君が魔法少女になる日を楽しみに待っているよ」

「そんな日は訪れないから安心してろ」

 

 フフッと声がして、それがあいつの笑い声だと気づいたのは次の日になってからだった。

 

 ●

 

 確かに魔法少女会いたいと言ったのは自分だったが、そう退院してようやく戻ってきた家の前で思い返す。

 魔法少女は変わっている奴が多いとも言った、けれども彼女と自分が同列に置かれるのは異議ありだ。

 

 自宅の表札がかけられた塀に寄りかかって、いかにも魔法少女っぽい服装の少女がスヤスヤと寝息を立てていた。

 髪は黒、長い髪をシュシュで一つのポニーテールに纏めている。ぱっと見中学生ぐらいの年に見えるが──。

 

 こんな場所で寝る奴が果たして中学生なのか? 

 なんでこの場所で寝れるのか、その神経がわからない。

 

 けれどもあいつが言ってたのはこれなのだろう、これだろうな、多分。

 会う機会を設けると言っていたけれど、こんなにすぐとは思わなかったし、事前に連絡を入れて欲しい。

 こんなの近所で噂になること間違いなしである。

 ついでに言えば彼女以外にして欲しいけれど、いまからチェンジとかできないのだろうか? 

 

 念のために周りを見渡すも黒い球体の姿はどこにも見つからなかった。役立たず、そう呟く。

 

 さては取り置き、とりあえず彼女を起こすべきだろう、そうして場所を移動するべきだろう、自宅には上げたくないな、そんなことを考えながら肩を揺する。

 

「こんなとこで寝るなー、起きろー」

「……ふぇ?」

 

 薄く開けられた眼を見て、思わず息を飲んだ。鮮やかな空色の瞳、それに吸い込まれて。

 互いに見つめ会ったまま、先に正気に戻ったのは彼女だった。

 

「あ、悪の魔法少女たる私を眠らせるなんて貴女は何者なんですか!?」

 

 呆気にとられてるあいだに彼女は数メートル距離を飛びのいて、どこからともなく取り出した杖をこちらに向けた。

 

「手を上げてください!」

 

 どこから突っ込めばいいのだろう。悪の魔法少女とは何か尋ねるべきか、勝手に寝ていたのはお前だというべきか、その杖はなんなんだとか。

 全てを置いといて、とりあえず両手を挙げた。

 

 絶対に酷い目に合わせてやる、内心そう思いながら。

 

 

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