偉大なる旅路 作:お下品さむらい
タイムパトロールとして働く、幼い身体の孫悟空とトランクス・パンの一行は、とある次元に不可解な乱れがあるとの辞令をうけて時空の流れを移動していた。
「そろそろ目的の座標につきますよ」
移動用に使用している宇宙船の操舵をしているトランクスが、おとなしくしないふたりに声をかける。
「十八万二千三百八っ……十八万二千三百九っ……、お、案外早かったな」
「もうお爺ちゃん! いい加減暑苦しいからやめてよっ。あっ、こらギル! 私のスマホ食べようとしないで!」
「あははは……、!?」
いつも賑やかな悟空一家の空気に苦笑をこぼしていると、モニターの赤いランプが灯をともす。
「WARNING」の文字とともに機械音声ががなりたて、広い空間にこだました。
「な、なんだトランクス! 問題か!?」
「ギルルルー、パン・キケン、パン・キケン」
「時空壁に高エネルギー反応が複数確認されました! うわっと!」
船が大きく揺れ、機器がショートし手に負えない。舵から手を離したトランクスがシートベルトを外そうとしている間、パンが天窓を開き外に出る。乱流にギルが飛ばされないよう胸に抱えながら、長い横髪をかきあげて前をみやると、そこにはいくつもの歪みと間欠が世界を乱していた。
「ね、ねえトランクス! あれってかなりヤバイんじゃない!?」
「! とんでもない重力だ……! それがいくつも連なって、まるでブラックホールのように全てを潰そうとしている……!」
「おいトランクス! 気を探ってみろ!」
悟空に言われ、トランクスとパンも気を読む。大きな力の乱れによって少しばかりわかりづらいが、それでもほんの少しだけ流れてきたパワーに驚く。
「こ、これは……、どれだけの人数が戦っているんだ!? ああっ、また!」
「キャーーッ!!」
「パン! ギル!」
戦闘の余波で大きく時空壁が波打つ。歪みがより大きくなり、そしてついに空間がひび割れ始めた。突風に弾き飛ばされるふたりを悟空がつかみとる。
「宇宙船の早さ、空間を歪ませる重力……まずい! これは原始的なタイムトリップの理論と同じ状況です!」
「なんだって! つまりオラたち、このままだとどうなんだ!?」
「時空に現れる落とし穴、ワーム・ホールに吸い込まれます! 出先は次元も時間も座標不明! いちど入れば戻れる保証はありません!」
「それってどんな穴なんだ!」
「七色の光をはなつ黒い真円がそれです! とても不安定なので消えたり閉じたりしていて……」
「それって今くぐったこの穴か!?」
「そうです、ちょうどこんな風に……って、えーっ!!」
時既に遅し。悟空一行は大きな力に流され、ワーム・ホールに吸い込まれてしまった。
はてさて三人に待ち受ける試練とは……!?
「ふふふ、計画通り成功したね……。さて、どんなキセキを見せてくれるかな?」
暗い部屋の中、モニターのあかりだが怪しい影を照らしだす。暗黒魔界の科学者、フュー。こんどはどんな計画を立てているのか……。それは彼にしかわからない。
「クァー、クァー……」
海鳥が朗らかな青空を飛び渡り、鳴き声が波音飛沫に掻き消える。波紋が広がるような揺蕩いに、パンの意識が覚醒した。
「う、ううん……、ここは……」
「ん? おう、起きたかパン!」
「お爺ちゃん……?」
まぶしさに目をしばたかせ、かぶりをふってあたりを見回す。
見渡す限りの大海、磯風にあおられながら、海面を滑るようにホバーするバギーの上で眠っていたようだ。
「これって……」
「C社自慢の水陸空兼用ウォーター・エア・バギーさ」
またしても舵を握るトランクスが、淡い紫の髪をなびかせながらゆっくり走らせる。
大きく揺れないように安全運転を心がけた結果か、パンの身体は疲れを感じなかった。
「……って、なんであたしたち海にいるの?」
「どうやら未発見の世界へと落ちてしまったようでね。天界とも連絡がとれていないんだ」
「ははは、ほら見ろよパン、変なやつがいっぱいだぞー!」
レジャー用の車だけあって、底に空いた丸窓から下がよく見える。悟空に言われてパンも覗きこむと、象のような長い鼻先をもつ魚が泳いでいる。かと思えば水玉模様が奇妙な馬頭の巨魚が群れで泳いでいるのが見え、水面を破って顔を出す。並走する群頭に気をよくした悟空が手をふれば、これまたぶさいくな鳴き声を嘶かせる。おかしく思って三人が顔をつきあわせると、みんな笑顔を浮かべていた。
「なんだか楽しそうな世界ね!」
「喫緊のキケンはなさそうだ。ひとまず人と会って情報を聞き出しましょう。ちょうどこの先に大きな街があるみたいですし」
三人が気を探れば、見知らぬ者であっても人がいることぐらいはわかる。中でも悟空が興奮をおさえられないようで、むくりと立ち上がった。
「おら、先に行ってくる!」
「あ、悟空さん! 一応言っておきますが飛んじゃダメですからね! あくまで目立たないように!」
「おう! わかってるって!」
「てちょっと! レディーの前で脱がないでってば!」
やおら服を脱ぎだした悟空にパンが憤るも、既に聞いてない。小さな身体にしては大きな音をたてて潜水した悟空は、バギーよりも早いスピードで一直線に目的地へと泳いで行った。
「いや……、十分あれも目立つだろうなあ……」
「ふん、知らない! こんどお爺ちゃんが困ってても助けてあげないんだからっ!」
怒るパンをなだめるのに苦労しそうだ、と考えながらトランクスはため息をついたのだった。
「いやー、懐かしいなー。ずっと前にもこんな風に泳いだっけか!」
如意棒にくくりつけた衣服が濡れないように気をつけながら、まるでスクリューみたく音をたてて泳ぐ悟空。かつて天下一武道会に間に合いそうになかった時、修行ついでに地球半周分ほど泳いだことを思い出していた。
「そういやあん時はめちゃくちゃ腹すかしちまって、爺ちゃん達を慌てさせたっけ……思い出したら腹減ってきたぞ」
連綿と続く海原の地平線、めし処までは遠いし、そもそもこの世界のお金がない。しばし考えて、海の中を見て快哉を叫んだ。
「ゴボば! ばバぱぉボププゎぐヴぉぼぼ!(そうだ! 魚を取りゃいいや!)」
悟空にとってみれば天然の食い放題だろう。中でも大猿よりも大きそうなあの巨大魚。見るからに肉付きが良さそうだし、食いがいがありそうだ。よだれを垂らす悟空はそんなことを思って、水面に顔をつきだし大きく息を吸うと、また海に顔をつけて一息に大声をあげた。
「ワッ――――――――ッ!!!」
海全体を揺らす音。爆弾でも落としたように大きな水飛沫を作り、空に虹を作る。海に縦穴があき、悟空の数千倍はあるだろう大きな『魚』が浮かび上がった。
「へへへ、いい手土産になんだろ。あいつら驚くぞー」
如意棒に新しく『魚』をくくりつけて、先程よりも早いスピードで悟空は泳ぎだした。
ここは水の都・ウォーターセブン。花も実もある造船の町だ。毎年ある高潮にも負けず、表では世界政府御用達、裏には海賊相手でも商売を続けるたくましくも勇ましいこの町の港は、今日も賑やかだった。
「おい聞いたか、ヨコヅナのやつまた海列車に撥ねられたらしいぜ!」
「かぁーっ、あいつも変わんねえな! お、お前んとこにゃ昨日海賊が来てたな。大口かい?」
「とんでもないぜ、ありゃ小粒も小粒だ。フランキー一家のがまだマシだろうさ! おかげで赤字だよ」
「ははは、町のゴミより劣るなんて。どうやってここまで来たんだろうなあ!」
くだらない四方山話にうつつを抜かしつつ、タバコをくゆらして木槌をうつ。船大工達の喧騒がさざなみを打ち消すほどだ。
口を動かせば手も動く、超一流の船大工である彼らにとっては造作も無い。港につぎつぎ現れる船首は多種多様。だがひとつ共通する点をあげれば、そのどれもがドクロの旗を掲げている。ここは裏の商売を取り扱う、荒くれの集り場。大工もまた気性が荒い頑固者ばかりががん首をそろえていた。
「にして今日はやけに静かじゃねえか?」
「どこかの大物でもやってきたのかね」
大小様々、船が壁をつくるように並ぶ中、いつもならば海賊同士の順番争いでもありそうなものだが、今日はそれがおとなしい。
珍しいこともあるものだ、と思っていると、突如太陽が翳った。
「なんだなんだ、巨人族でも来たのかよ!?」
「ばか言え太陽がかくれる程だぞ! それより見ろ、港の、いや海の方を!」
「なんだってんだいったい!」
さしもの大工達の手も止まり、野次馬のように鎌首をもたげきょろきょろと様子を見る有り様だ。
視線が集まる矢先では、いかりを卸していなかった二十、三十隻もの船が一つ残らず転覆し、波に消える姿と、それは大きく長い影が、港から造船場までの一本道に倒れこまんとする姿だった。
「「「「ええええええええーーーっ!!!」」」」
目をひん剥き、心臓でも飛び出そうな程驚く住民達。地響きと土煙をあげて横伏すその巨影の正体は、超特大サイズの『海王類』だった。
まさか海王類の襲撃? そう一瞬疑った者達の前に、素っ頓狂な闖入者が現れる。ぴくりともしない白眼を向いた海王類の首の下、ちょうどエラの部分から小さな子どもが姿を見せると、
「あり? 思ったよりでかかったかな?」
そんなことを言いながら、海王類の大きな鱗がついたままの魚肉をばりぼりと噛み砕く。
「……お、おいボウズ、その、こいつはいったいどうしたんだ……?」
「ガリッ、ゴリッ……んぁ? おー、美味そうだったから漁ってきたんだ! おっちゃん達も食うか?」
「「「「食べるかァッ!!」」」」
「ほーかほーか。んじゃオラだけで食うかな。ボキッ、モニュ……」
いきなり現れた悟空にどぎもを抜かれた大工達。置いてけぼりとなった周囲を無視して魚を頬張る姿は、まるで野性の猿そのものである。
そんな悟空のもとに、多くの足音が近づいてくる。ひどい目にあった海賊達だ。怒り心頭に発し、目を血走らせる連中がぞろぞろと悟空をかこみ啖呵を切った。
「ゴルァ! テメェかうちの船を転覆させたのは!」
「間違いねえぜアニキ! このガキがやりやがったんでさ!」
「お、なんだお前らも食いたいんか?」
「誰が食うか! どうやって海王類を仕留めたかしらんが、このオレサマに手を出してただですむと思うなよ!」
勇ましく胸を貼る海賊の話をききながら、リスのように頬を膨らますほど魚を頬張る悟空の様子はとてもじゃないが常人ではない。怯えや警戒、あるいは余裕だとか、そういった類いのものではない何かを、造船場にたまたま居たパウリーという大工は悟っていた。
「あのガキ……、どんな育ち方すりゃああなるんだ」
「ああ、パウリーさん。どうしましょう、助けますかい?」
「とんでもねえ。要らねえよ、あいつにゃ――」
「勝負にもならねえ……だと……」
百人は越える船員が、矢弾を使い、剣刃を駆使して攻撃しても、悟空は避けることさえしなかった。
鉛弾は肌にあたたった瞬間に弾かれ、剣はねじまがり刃が欠けてしまう。
『大人と子供の戦い』。そう形容する言葉さえ矮小に思うほどの圧倒。構えることなく、悟空は海賊達の心を折ってしまった。
「おめえら悪いことは言わねえから、そんなもん使うのはやめろ。船はオラがあとで全部ひっぱりあげとくからよ。な?」
「は、はい……」
「すんませんした……」
すごすごと引き下がる海賊を尻目に、海王類の頭部は既に骨しかなかった。
「あっ、そうだおっちゃん達! 聞きたいことがあんだけどよ――」
悟空の全てに驚きが勝り、警戒心をどこかへ忘れてしまった大工達は、素直に質問へ答えていった。
いっぽうその頃、トランクス達はというと……。
「ねえトランクスー、この潮風どうにかなんないの? これじゃあ髪がぼさぼさになっちゃうじゃない」
「一応バリアー機能はあるけど、技術的にこの世界でそれが認められるかわからないから使わないよ」
「えーっ、誰も見てないしいいじゃない!」
「だーめ、僕達がこの世界に大きな影響を与えないようにしなきゃ、僕達もトワやミラと変わらないだろ?」
「……ケチ」
ますます拗ねるパンに頭を掻いて愛想笑いして、前方を見る。青空と海面しか見つからない海であったが、先程からその先に数人の気配を感じていた。
「誰かいるみたいだ。話のわかる人だといいけどな……」
変わらない景色の中でかすかな可能性に目をそらしつつ、パンの不機嫌から逃げているだけだが。
「あ、いた」
二十分ほど走っていると、やっとその影を掴む。
現れたのは、麦わら帽子をかぶったドクロと、可愛らしいヤギの船首が目立つ、海賊船だった。
「あれって……」
「どう見ても海賊船よね……?」
「いや、そこもそうなんだけど……、あの穴って……」
海賊船は海にぽつんとあいた不思議な穴に囚われ、落ちるかどうかの瀬戸際でゆらゆらと傾いていた。
聞けば悲鳴と罵声が聞こえる。とくに大きな、笑い声とも歓声ともわからない明るい声に、悪い人でもないかもしれない、と楽観的な憶測を二人に覚えさせた。
「ていうかあの穴に残った気って……」
「うん、間違いなく悟空さんだ……」
なんにせよ、悟空のはた迷惑でかけてしまったのであれば助けなければならない。レジャー用ともあって緊急用の牽引吸着ロープを船首に飛ばし、船を先回りして引っ張りあげた。
「大丈夫ですかー!」
「おう! 助かった! にししし」
「どこの誰だか知らねえが、恩に着るぜ」
「あたしパン! あなた達は?」
ドクロマークそっくりの麦わら帽を被った少年が、太陽のような笑顔を見せてパン達に手を振る。
ひとっ飛びで甲板にあがったパンを見て、トランクスは呆れまじりに苦笑しつつロープを回収した。
「オレはルフィ。海賊だ!」
「あたしはナミ。助けてくれてありがとうね。こっちの緑がゾロで、あっちの子がチョッパー」
「よろしく! トランクスーっ! 悪い人たちじゃなさそうよー! 海賊だけどー!」
「うん! すぐそっちに行くよ」
バギーを海賊船と縄つけ、甲板に飛んだ。
トランクスは改めて挨拶を交わし、さり気なく情報を探ろうと会話をふる。
「どうも、トランクスです。実は僕達、旅の途中で嵐にあい迷っている最中だったのですが、皆さんに会えて良かったですよ」
「へー、でもま、偉大なる航路だしよくあることよね。私達はこれからウォーターセブンっていう島に向かう途中だったんだけど、よかったら一緒に行かない?」
「助かります。連れがひとり先に行ってしまったので、合流するまではご一緒させてください」
「あたし達強いから、まあテキトーに任せといて! ね?」
「なー、それよりトランクス! あの船オレも乗せてくれよ!」
「あ、ずるいぞルフィ! オレウソップ! 海の男さ!」
押しが強いのはある意味慣れている。トランクスは快諾し、麦わら一味を歓迎した。
「なあトランクス、このボタンなんだ?」
「ああ、それはキッチン用のでね……」
「おっ、なんだこのモニター。サーチャーか?」
「うん。魚や船とか、あとは海底のお宝とかを探査できるんだ」
「お宝! それってどれくらいの制度なのかしら!」
「ナミの目がお金になってる……、トランクス、こうなったナミは止まらないぞ」
『ドノリョウリニシマスカ』
「おわっ、キッチン用ってこれ自動で料理が出て来んのか!」
「あ、勝手に押さないでください! キケンですからっ!」
「オレ肉がいいな! にーくー!!」
『リョウカイシマシタ……チーン、パオズサウルスのテールステーキ、赤ワインソース・ノカンセイデス』
「おい今こいつどこから肉出したんだ?」
「こまけえことはいいじゃねえかゾロ。酒もあんぞ!」
「ずるいぞルフィ、オレもスイッチ押したい! お、これなんだ?」
「あっ、それはっ……!」
チョッパーがスイッチを押した途端、ボンッ、と小さな爆発音が聞こえ、船が消える。
いきなり海に投げ出されたうち、ルフィ、チョッパーのふたりは溺れていた。
「え!? 船は!? お宝は!!?」
「おいナミ、いまはそれどころじゃねえ。ルフィとチョッパーが溺れるぞ!」
「え、泳げないんですか?」
「ふたりは『能力者』だ! 悪魔の実のせいで泳げねえんだよ!」
どうにかこうにかふたりを助け、全員を船に揚げる。パンの冷ややかな目がトランクスを刺した。
「トランクスぅ? 技術がなんだっけぇ?」
「めんぼくない……」
「どういうことかしら?」
ナミの頭をタオルで乾かす黒髪の女性、ニコ・ロビンが尋ねる。
隠せるところはごまかしつつ、トランクスは言い訳を重ねた。
「い、いや、実はこの技術はまだ非公開のものでして、ボクが作ったんですが……、その、ホイポイカプセルと言ってですね」
「カプセル……? その手に持ったカプセルがさっきの船だと言うの?」
「ええ、そうです……。ほら」
かちりとスイッチを押してぽいっ、と投げたカプセルが、先程の同じ爆発で船に様変わる。
高度技術にひそかなキケンを感じたナミとウソップが恐怖して、いっぽうルフィは他のカプセルに興味が出たようだ。
「なーなー他のは何が入ってるだ?」
「企業秘密です!」
「そんなこと言わずにぃー、なあなあ!」
「ダメです! ほら、こんなこと言ってる間に島が見えて来ましたよ!」
「うおおおおおーーっ、島だぁーー!!」
「飯が食いてえ!」
「まずは酒だろ」
思い思いの願いを胸に、船は港へ波を切る。なぜか少ない船影の数に疑問も抱かずに……。