偉大なる旅路 作:お下品さむらい
拙者早漏でござ候
然らば投稿スピードは遅漏どころかED並
銀海に重ねるような雲天のまにまに差し入れる陽の光が、入り組んだ町の白壁を燃やすように染めている。
連雀の羽毛がみずみずしくあかりを反射し、飛び立つ群れの静けさたるや、地上の喧騒を引き立てるようだ。
とりわけ大真魚をひけらかし、その骨までしゃぶりつくさんと貪る、野猿のような子供が目立つ。
なぜか全裸で、この魚をもんどり打たせるように町の大通りに叩きつけた少年は、名を孫悟空と言った。
海賊どもを戦いもせずに退かせ、ままに食事を止めぬ悟空を前に周囲の言葉尻はあがり、やがてはドックや町の家々から多くのひとびとが表へと顔を出した。
とりなしにひとりの男が歩み出て悟空と言葉を交わし始めた。
「それで、聞きたいことってのはなんだ、ボウズ」
男の名はパウリーといった。この町で一番大きな造船業社の幹部で、中でもいちばん信頼が厚い大丈夫である。
「それがよ、オラたちなんとか乱流っていうのに巻き込まれて知らねえとこに来ちまったらしくってな? お、この軟骨焼き干ししたらうまくなるぞ……バリバリ」
「乱流……? ココらへんは年に一時期高潮がくるくらいで、目立った潮流なんざなかったと思うが」
「んぁー、海じゃねえんだけどよ。なんとかっちゅう穴に入ったら、気がついたら海の上だったんだ。いやーまいったまいった!」
「海じゃないだと……? 聞かねえ話だが、まあここは『偉大なる航路』も後半だ。なにが起こっても不思議じゃねえか。それで、ボウズひとりで旅してたのか?」
「いや、パンとトランクスと一緒だ! ちょうどあいつらも着いたみたいだな」
振り返る悟空につられパウリーが見やると、勲章だらけの一隻のキャラベル船が空席の港に錨を下ろすところだった。
「うわっ、なんだでっけェ魚だな」
「海王類じゃないか?」
ルフィが好奇心に駆られ、横たわる中腹をつついている。ゾロが泰然と言った。
これでも身体の半分も陸に揚がっていない。ウソップとチョッパーは甲板からそっと顔だけ覗かして震えている。
「この島はいつもこうなのかしら」
「いや、違うと思います……」
「なにか知ってるの?」
ニコ・ロビンが無表情を崩さず独り言つと、トランクスが返した。その表情はひきつり、事実関係を訝しませるには十分だった。
ナミとロビンの視線を浴びて、トランクスが無言でいると、パンがひとつ大きく鼻を鳴らしてから船を飛び降りる。
「そ、その、さっき言いましたよね。僕達より先に行ってしまった仲間がいるって」
逃げ道がないトランクスは遠慮がちに言った。
「これがその『仲間』の仕業だって言うわけ? どんなやつよ!」
「ま、まあ、信頼できる人ですから、そんな警戒しなくてもいいですよ」
「なにやってんの! 行くわよトランクス!」
「あ、うん。では、悟空さんを迎えに行ってきます。この魚をたどった先にいますから、そこで合流しましょう」
パンに急かされてトランクスも下船した。ルフィといくつか言葉を交わすと、面白そうだからとゾロを連れてトランクス達に着いて行ってしまう。ナミはウソップ、チョッパーら男手に黄金を持たせて換金所へと先に向かった。
「悟空さん!」
「お、来た来た! 遅かったなトランクス!」
悟空とトランクスが合流した頃には、魚の見えている部分の半分までが食い潰され、太い背骨と肋骨だけが晒されていた。
「遅かったじゃないわよ! なあにこれはっ! というかなんで服着てないの!?」
「そう怒んなって。お前らも腹すかせてるだろうと思って残しといたんだ! 飯にしようぜ」
「飯! なあこれ食っていいのか!?」
「おういいぞ」
飯の言葉に反応したルフィに一瞬眼をやって、トランクスに顔を向ける。トランクスは無言で頷首した。
「いただひまうっ! ハグッハグッ」
ルフィは挨拶も途中に身をむしり取って口に入れる。まだ飲み込みんでもいないのに次々と手が伸び、水を入れた風船のようにぶくぶくと頬が膨らんでいく。
「お前な……」
ゾロが呆れて情けない声をあげている間に、目の前にあったはずの魚影が消えている。悟空が肉にかじりついて、吸うような勢いで飲み込んでいるのだ。
「も? もむぇはぷなあ!」
「ぼべべばこ!」
既に何を言っているのかわからない二人が視線を交わすと、バチリと火花が散る。それを切欠に、二人の食欲は急加速した。
周囲をドン引かせて食事……否、戦いを繰り広げる二人。それは観るものに時を忘れさせ、ナミ達が合流する前に全てを食い尽くすまで続いた。
「いやー食った食った、ひさびさに腹いっぱいだぞ!」
「おでもう食えねえ……うぷっ」
「食い過ぎだバカ。この島に来た目的を忘れてんじゃねえだろうな?」
「ちょっと、さっそくこんな騒ぎになるようなことしてっ! あんまり目立っちゃダメなんだからね! 聞いてるの!? 早く服着なさーーいっ!」
満腹で膨張した腹をさするルフィに呆れ、ゾロが大きくため息をつく。
いっぽうで相変わらず全裸のまま朗らかに笑う悟空をパンがなじっている。
トランクスの思考に『類は友を呼ぶ』という言葉が浮かんだのは言うまでもない。
「それで、こいつがトランクスの言う仲間なのか?」
「はい」
どう見ても子供にしか見えない悟空を訝しげに見るゾロに、トランクスは大きく頷いた。
しぶしぶ道着を着直した悟空が、今更ながら疑問に思ったのか問うた。
「そういやこいつら誰だ? トランクスの友達か?」
「ここにくる途中でたまたま……。ルフィさんとゾロさんです」
「オッス、オラ悟空! よろしく!」
「おう! 俺ルフィ! おめぇ小せェのにやるなあ!」
「お前こそ、ただの痩せっぽちじゃねえな?」
バカな猿二人の挨拶もほどほどに、トランクスが向き直る。
「それより悟空さん、なにかわかりましたか?」
「いやーオラにはさっぱりだ! ここがどこなのかもわかんねえ! 相変わらずみんなの気も感じねえしよ」
「気ですか……、そういえば、『ココ』には戦闘力の高い人間が多いようですね」
「ああ、それはオラも思ってたとこだ。地球よりもかなり平均レベルが高いみてえだな」
「……あ、ああーーっ!!」
天上は低いけどな、と但し書きのごとく言葉尻に添えた。
トランクスと悟空の会話内容に及ばないゾロとルフィが不思議そうな顔をしているのをパンが気付き、とっさに興味をそらすため大きな声をあげる。
「ほ、ほらルフィ? ここが造船場なんじゃない!? みんな船を直しにきたのよね?」
「ん? ああ、ちょうどいいじゃねえか。ルフィひとりじゃ迷子になってただろうしな」
「お前に言われたかねえよっゾロ!」
「……今日はいつにもまして騒がしい日だな。お前ら、ガレーラカンパニーに入り用か?」
成り行きを見守っていたパウリーが、葉巻きのけむりをくゆらせながら言った。
「彼は?」
「おう、この島のニイチャンだ! こいつに教えて貰おうと思ってっとこにお前らがきたんだ」
「俺はパウリー。この島一の造船業社・ガレーラカンパニーで働いてる。船大工ってやつだ」
「船大工!? お前、仲間になれよっ! 船直して欲しいんだ!」
「いきなり勧誘!? 自由かよ誰が海賊になるか! 仕事の依頼なら事務所を通してからにしてくれ。こちとら順番待ちで忙しいんだ」
「事務所どこだァ! 金ならあるぞ10億ベリー!」
「まだねェぞ。そんなにするとも思えねェし」
「そうだまだなかった!」
「ははは、賑やかなやつだなトランクス」
「そうですね……。悟空さんが言えた義理じゃないと思いますが……」
「ねえ、それより海の騒ぎは何!? どう見たってこの大きな魚が原因じゃないわよねっ!?」
「ん? 騒ぎ…………あっ、そうだったすっかり忘れてた! オラ沈めた船直しに行かなきゃいけないんだった! 行ってくるーっ!」
「もうっ、自由なんだからっ!! おじいちゃんのバカぁぁぁぁぁ!!」
しっちゃかめっちゃか、騒ぎは続く。とりとめもない日常が壊されていく日々の中、この町にも一浪の潮騒が訪れようとしていた。
一方その頃、ナミ・チョッパー・ウソップ組みは金塊を曳いて、換金所を探していた。海上の都とはよく言ったもので、途中借りたレンタルヤガラを乗り回し、迷路のような水路を巡る一行。賑わいけたたましく、多くの行商、水運業者、美術家、そして物見遊山か見物か、万客の声が小気味よく響いている。
堂々道すがら、チョッパー、ウソップも時折船上から店の品物を晒し見てはナミにねだった。
「ダメよ。今はお金が最優先! 考えれ見れば空島に行く前から金欠だったのよ! どっかのバカが無駄にごはんを食べるからっ!」
「ルフィに言えよー、俺なんてお前の"天候棒"を改良するか武器や船の素材くらいしか買ってねェだろ?」
「オ、オレだって医療関係の本くらいしか……お菓子も買ってるけど……!」
「時間が惜しいの! それに先に換金した方が良い物だって買えるでしょ! わたしが居る限り無駄金は使わせない!」
「ぶーぶー」
二人のブーイングも意に介さず、ナミの使役通りヤガラは駆け抜ける。
「ココロさんの地図じゃぜんぜんわかんないけど、話に聞く限りじゃ中心街に行けばアイスバーグって人と会えるって……」
「おっ、マドマーゼル! アイスバーグさんに用事かい?」
「えっ? ええそうなの。船を直してもらいたくって……」
「そうかいそれなら遠回りをしたねぇ。なんでもさっき島の裏から一直線に中心街まで道が拓けたって話だよ!」
「そうなの? そんな道あったかしら……」
「いや、道と言っても舗装された水路や歩道じゃないんだ。よくわからないけど、でっかい魚が打ち上がって道になってるんだとさ!」
「(あれかァ……!)おじさんありがと! 遠回りしちゃったみたい! ルフィ達の方が先に着いちゃってる、急ぐわよ!」
美と水の都ウォーターセブンでは美人と見たら声をかけるのが男のならわしだ。ナミが尋ねずとも、耳ざとく悩ましげな態度を悟った老若男が案内役を買って出る。それはヤガラも変わらない。ナミを気に入ったらしいシーホースが、大きくいなないて街中を駆けまわった。
サンジはと言えば、ロビンから番を頼まれて喜んでメリー号に居残った。どうせ数日は滞在する予定の島で、食料調達くらいならいつでも機会があるだろう。それよりも女に弱いサンジのことだ。ロビンの趣味と夢の為の購買欲を妨げる理由などなかった。
銀波がいくつもの模様を作りは消えていく。波間に見える魚群が弾けるように逃げ出した。くゆらせたタバコの煙が潮風に運ばれ、かもめが鬱陶しげに離れて行った。
「ロビンちゅわん今頃目当ての本は見つかったかなァン? ナミすゎんの新しい服が楽しみだなァー!」
「なんだボロっちい船だな! おい兄ちゃんお前ひとりか?」
でれでれと鼻の下を伸ばすサンジを載せたメリー号。甲板が軋み、大きく揺さぶられる。
「水の都だもんなァ、きっとエロエロでキワキワなんだろうなァ、でへへへ。えっ、オレの為にそんな服を……? サンジ困っちゃーう!」
「話聞いてんのかコイツ!? おらおら無視してんじゃねえよっ!」
一層揺れが大きくなる中、不変の妄想にあてられ目をハートにさせるどうしようもない男の元に、ブサイクな怒轟が転がった。
見れば筋骨隆々、重装に身を包んだ荒くれ者が数十人。船に脚かけ銃口斬鋒突きつけて、えんやこらと見得を切る。
「オレたちゃ泣く子も黙るフランキー一家よ! 悪いこと言わねえから、死んでくんな!」
「うわっ、そんなきわどい格好、オレが服の代わりに纏わりついてあげるよーン!」
「「「聞いてねえっ!?」」」