偉大なる旅路   作:お下品さむらい

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あけましておめでとうござい


第三話 「盗まれたお金」

 

「なめてんのか! おいどうせ賞金もかかっちゃいねえ下っ端だ! 囲んでたたんじまえっ!」

「おうっ!」

 

 悪漢どもの安物の鋸刃や角材がサンジの痩躯に襲いかかる。凶刃がサンジに触れるその直前、メリー号が大きく弾んで宙に浮いた。

 

「うおっ、なんだ!? なにが起こった!?」

「こりゃーずいぶん高く飛んだなァ……ん? お前ら誰だ?」

 

 バランスを崩された狼藉者がたたらを踏んでもつれ込む。サンジは素朴な感想を述べ、初めてメリー号に侵入者が訪れたことに気がついた。

 

「いぃや今気づいたんかいっ!」

「おい兄弟、そんなことより、あああ、あれ見ろっ!」

 

 大飛沫が雨のように降り注ぎ虹を作る、その真下。メリー号の小さな身体がすっぽりそこだけ空くように次々海面へと飛び出してくる船影。どれも傷だらけではあるが、そこそこ大きなガレオン船など含む数十隻の大船子船の素首がずらりと鎌首をもたげた。

 

「なんだってんだ一体……! 沈没船が揚がってきやがったぞ!」

「あー、お前ら侵入者か?」

「今それどころじゃねえだろっ!」

「誰が下っ端だって!? あァン!?」

「聞こえてたのかよっ!」

 

 ――テーブルマナーキックコース!!――

 

 メリー号の小柄な身体が宙を漂う中、不安定な甲板に逆立ちしたサンジの横回転蹴りが男達を蹴散らした。一撃で気絶したのか、無抵抗のまま水に落ちて死体のようにぷかぷかと浮かんでいる。

 

「喧嘩売るのが千年早ェぜ、下っ端どもが……!」

 

 不満げな表情で見下ろすサンジが、お気に入りのタバコに火をつける。メリー号が再び着水する寸前、新たに小さな影が飛び出した。ちょうどメリー号の直下、影の中から弾丸のような勢いで出てきたそれは、メリー号の船腹にぶつかって大きい罅を作りながら停止した。

 

「なんでえ、せっかく避けたのに船が振ってきやがったぞ?」

「え? 子供?」

 

 舞空術で逆さまに浮かぶ悟空が、頭頂部を掻いて頭にクエスチョンマークをいくつもつけている。サンジに気づいた悟空は

 

「ん? 誰か乗ってるのか? オッス!」

 

 朗らかな笑みを浮かべて陽気に挨拶するのだった。

 

 

 

 

 ところ変わってナミ一行、換金を終えて造船所に足を運んだところだった。裏に表に顔がきくガレーラカンパニー、さすが気性の荒い海賊が現れるもの。何某という海賊団一味が騒いでいる。

 

「いやなあ? オレたちゃ金を払わないことにしたんだ……! たたでお仕事、ありがとうよォ!」

 

 だが、さりとて気にした素振りは見せない。日常茶飯事なのである。

 

「……お客さん、あんまり職人をからかっちゃいけねえや……!」

「ぶべらっ!?」

 

 海賊は名乗る暇もなく、大きな丸太で殴られダウンする。粗大ごみのように投げ飛ばされた船長の身体が、興味本位で近づいてきたパンの近くに転がり込んだ。……転がりこんでしまった。

 

「……へへへ、こりゃあいい!」

「ん?」

「しまった、パンちゃんが!」

 

 パンを見た船長が、その汚れた手でパンの小さい身体を抱き、銃口を突き付ける。ナミが慌て声を荒げた。

 

「おらおらァ、このガキがどうなってもいいってのか!? おとなしく船を直しやがれェ! 勿論タダでなァ!」

 

 つばを飛ばして当たり散らす男のなんと小者臭いものだろうか。トランクスはうつむくパンの様子にただただ困り顔を浮かべるだけだった。

 

「あちゃあ、パンちゃん怒ってるなあ……」

「どうしましょ、トランクス! パンちゃんが危ないわ!」

「うーん……」

 

 曖昧な空返事をするトランクスにナミやウソップが一言文句でもつけようかと肩を強ばらせると、その前にトランクスが遮った。

 

「あ、いえ。……大丈夫ですよ。だって……」

「ぐへへ、おっと手は出せねえよなァ? 鉛弾一発でどうなるか、わかってんだろ? お前たちはおとなしく言うことを聞いて……」

「…………さい」

「へ?」

 

 

 

「くさいいいいいいいい!!!!」

 

 轟。七色の風がパンを中心に巻き起こる。地面が裂け、大きな地響きが鳴り止まない。瓦礫が重力に逆らい空へと舞い上がり、文字通り粉砕する。空を流れる雲のスピードが心なしか早まった。

 

「パンちゃん怒るとすっごく怖いですから……」

「う、うおおおおおおお!?」

「嘘でしょ!?」

「なんかよくわかんねえけど、すっっっっげーーーーーー!」

 

 パンの怒りに触れた海賊の命運は決まった。

 

「このっ!!!!!!」

 

 船長の腕をがしりと掴んで抱え、思いっきりぶん回す。コマのように回転して、残影さえ垣間見るほど勢いをつけ……

 

「ロリコンっがぁぁぁあああああ!!!!!」

 

 手放した。

 

 

 

「もうサイッテー!! なんでトランクスは庇ってくれないの!」

「い、いやあ……ハハハ」

 

 堰を切ったようにトランクスを詰問し胸ぐらをつかむパン。

 

「どう見ても守る必要ないだろ?」

「あんですって!?」

 

 ルフィがつっこみ、ゾロ以外の聴衆全員がこっくりと深くうなずいた。が、パンの怒りに触れたくはない。そっと視線を逸し、下手な口笛を吹いている。

 

「お爺ちゃんもお爺ちゃんよ! 大事な孫が危うい目にあったってのに、どうして近くにいないのよ!」

「機嫌を直してよ。ほら、こういう時こそギルの出番だろ? ……って、あれ? ギルは?」

「……そうだわギル! ギルがいない! 遭難してから一度も姿を見てない!」

 

 パンにとって相棒とも言えるロボ。いつもは小うるさい存在がいないことに気が付かなかったのは、果たして異世界に来てしまったことに少しは気が動転しているからだろうか。

 

「最初から逸れていたのかも……だがギルには戦闘力のサーチ機能がついていたはずだ。どこかで壊れてるのかもしれないな……」

 

 最悪の場合は時空の狭間を漂っているのかもしれない。宇宙より広い時の海に一度投げ出されれば、いかにタイムパトロールでも見つけることは難しくなる。トランクスの憂慮に居ても立ってもいられないパンが地団駄を踏んで叫んだ。

 

「もうっ! お爺ちゃんがいなきゃ探しにも行けないじゃないの! どうしていっつも"そう"なのよーっ!」

「ねえ、さっきから言ってる"お爺ちゃん"って誰のこと?」

「お爺ちゃんはお爺ちゃんよ! 悟空お爺ちゃんに決まってるでしょ! ……って、あ」

 

 

 

 

「…………んんんん?」

「えええーーーーっ!! パンが悟空の孫ーーっ!?」

「じゃ、じゃあ待って。悟空って今何歳なの!?」

「悟空さんは確か七十……いくつだったかな?」

「七十!? すんげー爺ちゃんじゃんか!?」

「おいおい嘘つくにももっとマシな嘘をだな……」

「ンマー……んんっ」

「嘘じゃないわよ。私のパパのパパだもん。お婆ちゃんだっているのよ?」

「嫁がいるのか!? あ、いやそりゃいるよな。孫がいるんだし……医者としてどう思う、チョッパー?」

「人体の神秘だな……」

「ンマー、ここまで無視されたのは初めてだな……麦わらの一味」

 

 一味が驚天動地に阿鼻叫喚する間、ひとりの闖入者が口を挟む。

 このウォーターセブンに入る前、ナミがココロという駅長に聞いたアイスバーグその人であった。胸ポケットの子ねずみを撫でながら、わざとらしく喉を鳴らしている。

 

「オレはアイスバーグ。この町の市長をやってる」

「あなたがアイスバーグさん? ココロさんから紹介状を貰ったの! 船を直して欲しいんだけど……」

「それなら……カク、お前に査察を頼もうか。船はどこにある?」

「裏の港の岩場に……」

「了解じゃ! 行ってきます、社長!」

 

 アイスバーグに言われ、ひとりの男がかけ出した。屋根を飛び、崖を降り、空を滑るように町を巡る。まさに縦横無尽という言葉が相応しい。ガレーラカンパニーの職人は、ただの職人では担えない仕事も簡単にこなす実力が必要なのだ。

 

「ウソップ!? いつの間にあんな動きを!」

「いやオレはここにいるし!!」

「確かに、鼻が四角だったぞ。四角ウソップか」

「オレに四角も三角もねえよっ!」

「まあ、仕事の話はひとまず後回しだ。造船所内を案内しようか。金の話はどうせ最後だ」

「面白そーっ。あ、そうだナミ、金はどうなったんだ?」

「ちゃんと換金してきたわよ。三億ベリーがほら……って、あれ? ウソップ、お金の入ったかばんは?」

「おう、オレがしっかり手に……って、ねえぞっ!?」

「お前パンが怒った時めちゃくちゃ驚いてたよな……」

「はっ、そういえばあの時手放したような!」

「おバカ! さっさと探して来なさい!」

「お、おうっ!!」

 

 ナミが怒り、ウソップが慌てて一人探しに出る。戦力的に不安だとゾロが追加を申し出たが、ただ迷子になるだけと却下された。そこでトランクスが声を上げる。

 

「それじゃあ、僕が探してきましょうか」

「いいの? お願いね」

 

 と言ってもただの親切心ではない。一人きりになってこっそりとやりたいことがあったのだ。人目をはばかり舞空術は使えないとは言えさすがのトランクス、水上の迷路を高速移動で飛び跳ねて一瞬の内に一味達から見えない位置まで移動してしまった。

 

「……ここまでくれば大丈夫かな」

 

 懐から取り出したカプセルを投げ、中から飛び出したバギーのモニターをちょっとばかり操作する。海の上でバギーに一味を乗せた時、自動で承認システムが作動していたのだ。個人のステータスが一覧でき、戦闘エネルギーを各個分別し、高性能サーチャーによって居場所を特定することができる。ウソップの欄もあるが、トランクスは先に逸失したギルを探すことにした。

 

「……いた。かなり距離があるな……」

 

 型式番号DB4649T2006RSとともに明滅する点が指し示す場所。それはここより遠く、また奇怪な地形に挟まれている。トランクスが行くかどうか考えあぐねていると、エマージェンシーコールとレッドランプサインが画面を占領した。ウソップの周りを囲うように点在する危険色のエネミーサイン。

 

「こ、これは……ウソップさんが危ない!」

 

 危機を察知したトランクスの動きは早かった。あまりの速度に、バギーをカプセルに戻した時の煙が収まる頃にはトランクスの青い影も形もなく、いきなりできた真空に空気が入り込む独特な音が残る。二秒と経たず、ウソップが袋叩きにあう寸前に到着した。

 

「ウソップさん無事ですか!」

 

 分厚い鋼鉄に身を包んだ大男を愛剣でもって"一刀両断"し、目も合わさず訊ねる。

 

「トト、トランクス!! 俺は無事だっ、けど一億ベリーが!」

「遅かったか……、どこの世にもくだらない奴はいるものだな……クズどもが」

 

 下半身が前に倒れ、上半身がずるりと落ちる。無情にも斬られた仲間を見て、いきなりの惨事に様々反応を見せる。怒り、悲しみ、恐れ、呆然。だがその誰しもが、一様に身じろぎ一つできなかった。

 

「言え、お金をどこにやった。お前達もこうなりたいか?」

 

 バラけた身体を足蹴にして、光る刃を男達に差し向ける。その行いに激昂したらしく、全てを忘れがむしゃらに武器を上げ……全員砕け散った。

 

「仲間をやられて怒るくらいなら、初めから奪うことなど考えないことだな」

「お、おい、なにも殺すことないだろ……」

 

 チン、と音を立てて剣が鞘に収まる。一瞬でスプラッタな景色に生まれ変わらせたトランクスに、ウソップがおっかなびっくり話しかける。

 

「ふふっ、殺したと思うでしょう? ですが少し違う。見ててください」

 

 言って、トランクスがひとつの足を拾う。そしてそれの持ち主の胴体を立たせ肩にそっと合わせると、カプセルを投げ工具箱を取り出し、まさぐって極彩色の銃を向けて引き金を引いた。まるでおもちゃのような見た目のそれから放たれるサイケな光線が当たると、逆再生するように元通りになってしまった。

 

「ほらこの通り、元に戻るんですよ」

「どういう仕組みだよ! ていうか生き返るのか?」

「初めから死んでないですよ。この剣は悪人を懲らしめる時、下手なマネをさせないために身体をバラバラにしてしまう安全剣になってるんです」

 

 痛みはそのままですがね。そう付け加えて、剣の柄を三回回すとカプセルに戻る。これもまたホイポイカプセルのひとつであった。トランクスがタイムパトロールに入隊してから作り出した便利ツールだ。

 

「そう言われてみれば、誰も血を流してないな」

「断面を見ればわかりやすいですが、傷ひとつないですからね。ああでも、心が弱いとショック死する可能性もあるので手加減が必要ですが」

「手加減、してたのかこれで……?」

「さて、これでみんな元通りだ。ウソップさんから盗んだお金がどこに行くのか、さっさと聞き出しちゃいましょう」

「お、おう……(おれこいつ怖ぇ)」

 

 ウソップの慄きに気づきもせず、トランクスはひとりの悪漢の髪の毛を鷲掴んでその顔面を水路に入れて無理やり起こすのだった。

 




そこはおめでとうじゃないよね


ごめん、だね

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