英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

102 / 200
第73話 今できることを

エイフェリア島での訓練……ううん、アレを訓練と言っていいのかすごく理解に苦しむ……何せ……

 

『な、何よこれ~!?』

『何って、トラップ?』

『呑気に言わないでよ!』

遺跡探索では、そこら中に仕掛けられたトラップを解除するだけでもかなり神経をすり減らし、宝箱にもトラップがある場合は上手くやらないと連鎖的にトラップが発動する鬼畜仕様。

 

『………ナニコレ?』

レンジャー・サバイバル技術では、常識外れた訓練……本場の猟兵団さながらの訓練を行った。下手すれば命に関わるレベルの訓練……

 

『ほらほら、テロリストを頑張って排除してよ。』

『無茶言わないでよ!銃で弾を叩き落としかねない相手にどうしろって言うのよ!』

『えと、気合?』

『根性論!?』

対テロ技術……テロリスト役に扮したレイアには散々追い掛け回され

 

『それじゃ、私が相手ね。頑張って勝って。』

『……いや、クルツさんたち四人を一人で倒したシルフィ相手って……』

それ以外にも、軍の基礎鍛錬や組手を行ったが……アスベルとシルフィ相手は本気で分が悪すぎた。

この三週間がおおよそ一年ぐらいの長い期間訓練したかのごとく感じられた。正直、動いていない時間なんて食事や睡眠位のものだろう。

 

 

~グランセル国際空港~

 

「―――って、気が付いたら三週間だものね。」

「正直叩きのめされた記憶位しかないんだけれど……」

エステルとアネラスは揃ってため息をついた。

 

だが、三週間という期間は二人を確実に強くした。

 

エステルは棒術の技のキレや新たな技の習得、そして剣術――『八葉一刀流』の技巧を棒術に取り入れることで、更なる高みへと己の技巧を高めた。アネラスは『八葉一刀流』を指導教官であったアスベルから叩き込まれ……結果、二の型“疾風”の皆伝、六の型“蛟竜”の中伝、七の型“夢幻”の中伝を得るに至った。

 

「それにしても、さすがに疲れちゃったね。早速、訓練終了と帰還の報告をギルドにしに行こっか?」

「………」

「エステルちゃん?」

「う、うん……そうよね。エルナンさんに挨拶しなきゃ。」

定期船から降りたアネラスはエステルに提案したが、放心状態になっているエステルを見てアネラスは首を傾げて尋ね、アネラスに声をかけられたエステルは我に返って答えた。

 

「えっと……もしかして。エステルちゃん、緊張してる?」

「う、うん、何でかな。訓練に行く前はそんなこと感じなかったのに……これから本格的に正遊撃士として動くと思うと何だか落ち着かなくって……」

今まで準遊撃士として各地を転々としていた時には感じられなかった気分……正遊撃士になった時も、こういった気持ちはなかった。

 

「そっか。多分それは……武者震いなんじゃないかな。」

「む、武者震い?」

アネラスの言葉――『武者震い』という言葉にエステルは首を傾げた。

 

「エステルちゃんはこの三週間の訓練で強くなった。それは、単純に力だけじゃなくて……知識とか慎重さとか判断力とか、そういうものも含めてだと思う。謎の組織――『結社』の陰謀を暴いてヨシュア君を連れ戻す……多分、そのことの大変さが前より見えてるんじゃないかな?」

「言われてみればそうかも……あたしったらマヌケだわ。登ろうとする山の高さが見えてなかった登山者みたい。」

アネラスの説明を聞きエステルは溜息を吐いた。けれど、そういったところをはっきりと解るぐらいまで成長した、ということも言えるのは間違いない。今までのエステルならばただ直感で行動する場面が多かった。だが、それはヨシュアというフォロー役がいてくれたからこそ、そういった行動をしても危険な目に遭うのは少なかった。だが、今はそのフォロー役であったヨシュアはいない……それを嘆くのではなく、それを踏まえて自分自身がどうあるべきか……その意味では、三週間の特訓はエステルにとって『成長』となったことだろう。

 

「というか、あの訓練だとこれから登ろうとする山すらも『通過点』に見えちゃうのがね……」

「それは、否定できないけれど……登る気、無くしちゃった?」

「ううん……やる気だけは前以上かも。どんな山だって、結局は一歩一歩登るしかないんだし。たとえ這いつくばってでも、頂上を目指してやるんだから!」

『結社』の陰謀の解明とヨシュアを連れ戻す……カシウスですら手こずる者と対峙することに今は躊躇ってなどいられないし、躊躇いなどしない。その決意は、今まで以上に固いものだった。

 

「ふふっ、その意気だよ。それじゃあ、ギルドに報告に行こうか?」

「うん、了解!」

一通り話を終えると、二人はギルドに向かった。

 

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「そうですか、二人ともご苦労さまでした。では、訓練の評価と合わせて報酬をお渡ししましょう。」

「え?訓練なのに報酬なんてもらっていいの?」

「ええ、これも仕事の一環ですからね。もちろん、その分の活躍は期待させてもらいますよ。」

「あはは……頑張ります。」

遊撃士の訓練で報酬を受けれることには流石に疑問だったが、仕事の一環……ひいてはこれからの活躍を期待されてるという意味でもその責務は大きい。そして二人は査定を受け、報酬を受け取った。

 

「どうやら、向こうでの訓練は、充実した訓練期間だったようですね。」

「うん!本当に勉強になっちゃった………ただ、下手するとトラウマになりかねなかったけれど……『牢獄』の意味を改めて知ったわ……」

「また機会があったら、ぜひとも利用したいですね……尤も、今以上のスパルタになりそうですが。」

エルナンの言葉に、エステル達はそれぞれ自分自身が成長した事を実感している事を嬉しそうに話した。それに付け加えるような形で、あの場所が『牢獄』たる所以は誇張ではないと呟いた。

 

「ふふ、それは何よりです。そういえば、クルツさんたちは訓練を終えて依頼をこなしているそうですね?」

「うん、カルナさんやグラッツさんと上級者向けの訓練をしながら、って聞いたわ。」

クルツ、カルナ、グラッツも同時期に訓練は終えたものの、これから迫りくる『結社』の脅威を考え、更なる訓練を積みつつ依頼をこなしているようで、現在はアルトハイム自治州パルム支部の方で仕事をこなしている、と説明に付け加えながらエステルがエルナンに話した。

 

「とはいえ、これから猛烈に忙しくなりそう。カシウスさんも本格的に王国軍で働いているんだったよね?」

「あ、うん。確か、レイストン要塞勤務になるって聞いたけど……」

「カシウスさんは、准将待遇で軍作戦本部長に就任されました。実質上、現在の王国軍のトップとも言えるでしょうね。」

「ぐ、軍のトップ!?それって今だとモルガン将軍じゃないの!?」

エルナンの話を聞いたエステルは軍でのカシウスの待遇に驚いた。

十年というブランクからすれば元の役職に戻ることすら難しいはず……それどころか、更に昇進する形……更にはその軍のトップとなったことには流石に驚きを隠せない。

 

「当初はその予定だったそうですが将軍ご自身の意向で、カシウスさんに権限が集中する体制になったそうです。将軍としては、若いカシウスさんに王国軍の未来を託したいんでしょうね。」

王国軍は大幅に再編され、『天上の隼』はトップ三人の意向でカシウスが全権を握る形とした。これは、百日戦役時の反省を生かしつつ、今後の即自的対応を迅速に行うための『布石』……一応、トップ三人の『地位』は残っているが、余程のことがない限り関与はしないつもりらしい。

 

「うーん……あんまり実感湧かないわねぇ。」

エルナンの話を聞き、普段のカシウスの姿を知っているエステルはカシウスが軍のトップである姿が思い浮かべず唸った。

 

「あはは、カシウスさんならそれもアリって感じがしますけど。ただ、これでますますギルドの戦力が低下しますねぇ。」

「まあ、以前よりもさらに軍の協力は得られそうですが……ただ、今の我々には新たに警戒すべき事があります。」

「え……」

「それって、やっぱり『結社』のことよね。もしかして、何か動きがあったの?」

気になる情報が出て来て、エステルは真剣な表情で尋ねた。

 

「いいえ、今のところは。ただ、ここ1ヶ月の間、奇妙なことが起こっていましてね。たとえば……各地に棲息する魔獣の変化です。」

「魔獣の変化……」

「具体的にはどういう事ですか?」

エルナンの話を聞いたエステルは驚き、アネラスは尋ねた。

 

「まず、今まで見たことのないタイプの魔獣が各地で現れました。さらに、既存の魔獣も今までよりはるかに手強くなっているそうです。今のところ、原因は判明していません。」

「そ、そんな事があったなんて……『結社』っていうのが何かしたって事なんですかっ!?」

「いや、結論するのは現時点では早計でしょうね。ただ、クーデター事件を境にして何かが起こり始めている……それは確実に言えると思います。」

「そんな……」

これからが本番である事にエステル達は暗い表情をした。

 

「実は、その件について対応策を立てることになりまして。エステルさんとアネラスさんにも是非、協力をお願いしたいんです。」

「へっ……?」

「なんだ、もう到着してたのね。」

エルナンの提案にエステルが首を傾げたその時、二人がよく知る二人の『先輩』―――シェラザードとアガットが入って来た。

 

「あ、シェラ先輩!?」

「シェラ姉!?それにアガットも!」

シェラザード達を見たアネラスとエステルは驚きを隠せなかった。

 

「お帰り、エステルとアネラス。」

「ヘッ、思ったよりも早く帰ってきやがったな。」

「シェラ姉、ただいま!アガットも、お久しぶりだね?」

「ああ、生誕祭の時以来だな……ヨシュアのことはオッサンから聞かせてもらった。ヘコんでたみてぇだが……どうやら気合い、取り戻せたみてえじゃねえか。」

エステルの様子を見て、アガットは口元に笑みを浮かべた。シェラザードの目から見てもエステルの様子はヨシュアがいなくなった時と比べてすっかり落ち着きを取り戻しているようで、更に力を磨いて帰ってきたと肌で感じ取った。

 

「えへへ、まあね。それよりも……どうして二人が一緒にいるの?」

「うーん、確かに。珍しいツーショットですよね。」

「あら、そうかしらね?」

「ま、確かに一緒に仕事をすることは少ないかもしれんな。」

エステル達の言葉を聞いたシェラザードは意外そうな表情をし、アガットは逆に頷いていた。そもそも、トップクラスの遊撃士が複数で同じ任務をこなすこと自体あまりないのが実情だ……アスベルらの例外を除けば、という話になってしまうが。

 

「実は、シェラザードさんとアガットさんには、特別な任務に就いてもらうことになりましてね。そのために来てもらったんですよ。」

「特別な任務?」

「ええ……『身喰らう蛇』の調査です。」

「『結社』の調査!?」

「そ、それってどういう……!?」

エルナンからシェラザード達の任務――『身喰らう蛇』の調査だと知ったエステルは声をあげて驚き、アネラスは驚きながら尋ねた。

 

「調査と言っても、具体的に何かをするってわけじゃないわ。なにせ、実在そのものがはっきりしない組織だしね。」

「各地を回って仕事をしながら、『結社』の動向に目を光らせる……ま、地味で面倒な任務ってわけだ。」

驚いているエステル達にシェラザードとアガットはそれぞれ詳細な内容を説明した。

 

どう動くか全く読めない『結社』……その兆候を探るべく、遊撃士の依頼をこなしつつ調査する。いつも行き慣れている場所に何らかの兆候がないかどうか……自らの足で歩くことが多い遊撃士の観察眼を生かした任務である。

 

「な、なるほど……でも、現時点ではそれくらいしか手はないのかも。それじゃあ、あたしたちに協力して欲しい事って……」

「ええ、二人のお手伝いです。現時点で確認済みのルーアン地方とツァイス地方、そして王都のグランセル地方……それ以外の四地方で情報収集するためにアガットさんとシェラザードさんには別々に行動してもらうのですが……得体の知れない『結社』相手に単独行動は危険ですからね。」

「じゃあ、私たちの誰かがシェラ先輩とアガット先輩……それぞれのお手伝いをするってわけですね?」

「ええ。さて………どうでしょう。協力していただけませんか?」

エルナンはエステルとアネラスを見た。無理強いする気はないが、実力者であるシェラザードとアガットをみすみす失うのは避けたい。そんな思惑も入ってはいるが……

 

「あたしはもちろん!元々、『結社』の動きについては調べるつもりだったから渡りに舟だわ。」

「私も協力させてください。そんな怪しげな連中の暗躍を許しておくわけにはいきませんよ!」

「ありがとう、助かります。」

そんな思惑を知ってか知らずか……二人の力強い返事を聞いたエルナンはお礼を言った。

 

「さて、そうなるとチームの組み合わせが問題ね。あたしとしてはどちらがパートナーでもいいわ。」

「互いに面識はあるわけだしな。自分たちの適性を考えて二人で相談して決めてみろや。」

「うっ、なかなか難しいこと言うわねぇ。アネラスさん、どうしよう?」

「うーん、そうだね。無責任かもしれないけど……ここはエステルちゃんが決めちゃうのが一番いいと思う。」

「ええっ!?」

エステルは驚いて声を上げた。この中では正遊撃士になりたての新人……その自分がパートナーを決めていいのか……その疑問に対してアネラスが答えるように説明した。

 

「エステルちゃんは正遊撃士になったばかりだもの。準遊撃士として色々こなしてきたと思うけれど、遊撃士としての自分のスタイルがまだまだ見えてないと思うんだ。だから、これを機会に自分がどういう風になりたいのか考えてみるといいんじゃないかな?」

「アネラスさん……」

「ふふ、アネラス。いつの間にか、いっちょまえな口を利くようになったじゃない?」

「ああ。先輩面って感じの台詞だな。」

アネラスの言葉を聞いたエステルはアネラスを尊敬の眼差しで見て、シェラザードとアガットは口元に笑みを浮かべた。

 

「ふふん、任せてくださいよ♪」

「ま、言うことはもっともだ。」

例えば、アガットとシェラザードは遊撃士のランクは同じくらいだが、戦闘スタイルのクセはかなり違う。

アガットの場合、アーツは補助程度で重剣を使った攻撃がメインだが……対してシェラザードは機動力と鞭の射程、そしてアーツも活用するタイプである。

相手とのスタイルの相性をよく考えておくのは基本であり、これから『結社』と事を構えるということにおいて、それが命に直結しかねないためだ。

 

「確かに、そのあたりはどちらを選ぶかの基準にはなるわ。ただ、遊撃士の仕事っていうのは何も戦闘だけじゃないからね。自分なりに考えて選ぶのが一番よ。」

「う、うーん。えっと、それじゃあ……シェラ姉、協力してくれる?」

アガットとシェラザードの助言を聞いたエステルは少しの間考えた後、シェラザードを指名した。

 

「ふふ、了解よ。あの場所で鍛えた成果、見せてもらうわよ。それと、正遊撃士としての頑張りに期待させてもらうわ。」

「う、うん……ひょっとして、シェラ姉もあそこに行ったことがあるの?」

「私だけじゃなくてアガットもだけれどね。尤も、期間は一週間程度だったけれど……自分の非力さをまざまざと見せつけられたわ。」

シェラザードは笑みを浮かべて、自分の妹のような存在であるエステルが成長した姿……その実力を期待していた。そして、エステルの問いに引き攣った表情であの時の事を思い出しながら呟いた。

 

「ってことは、俺はアネラスとだな。あそこで鍛えたんならいくらかマシになってるとは思うが、足を引っ張るんじゃねえぞ?」

「はい、宜しくお願いします、先輩。」

「さてと……具体的にどういう風に各地を回るかってのが問題でだな。」

「エルナンさん。そのあたりはどうかしら?」

メンバーが決まり、エステル達はエルナンに今後の方針を尋ねた。

 

「そうですね……当面は、忙しい地方支部の手伝いに行くのが良いでしょう。実は、ロレント支部とセントアーク支部から応援要請が来ているんですが……」

「あちゃあ、さすがにロレントを留守にしすぎたか。ここは、アイナを助けるためにもあたしが行った方がいいのかな。」

「そうね。あたしも時間があったらお母さんに顔ぐらいは見せておかないと。」

エルナンの話を聞いたシェラザードは気不味そうな表情で溜息を吐いた。また、エステルは時間が取れればレナに会っておこうと考えていた。

 

「だったら俺たちはセントアーク支部に行くとしよう。アネラス、確かアルトハイムには詳しいな?」

「はい、仕事で結構足を運んでいますし。セントアークかぁ……あの人たちと会えるといいな。」

「それに、ちょいと寄り道にはなるが野暮用もあるしな。」

「あ、アガットの故郷に里帰りって感じ?」

「ま、そんなところだ。」

アガットに尋ねられたアネラスはセントアークにいる人たちの事を思い出していた。そして、セントアークへの航路上、途中にあるボース……エステルがラヴェンヌ村の事を思い出して尋ねると、アガットは目を瞑って答えた。

 

「各支部への連絡は私の方からやっておきます。それでは皆さん。気を付けて行ってきてください。」

そしてエステル達はそれぞれの地方に向かうために空港に向かった……………

 

 

~同時刻 ラッセル家~

 

「博士、お邪魔しますよ。」

その頃、ラッセル博士の家を訪ねたのは軍服姿の男性――カシウス・ブライトだった。

 

「おお、カシウス。三週間ぶりくらいじゃの。レイストン要塞から来たのか?」

「ええ、ようやく仕事が一区切りついてくれたので、陣中見舞いにお邪魔しました。」

博士に尋ねられたカシウスは頷いて答えた。軍の指揮系統の整理……アスベル達から託された『天上の隼』を用い、従来よりも早く整理を終え、現在は白兵戦中心に訓練を課している状態だ。

 

「丁度よかったかの。実は『ゴスペル』の大方の推測はできた。思考実験と『カペル』を使ったシミュレーションは千回以上行った。聞くか?」

「是非とも。」

「うむ、それでは―――」

カシウスの答えを聞いた博士は『カペル』に設置していた『ゴスペル』――封印区画から回収した代物を手に取った。

 

「この『ゴスペル』が起こす『導力停止現象』じゃが……お前さん、あの現象がどのようなものだと理解しておる?」

「『ゴスペル』の周囲にあるオーブメントに連鎖して起こる機能停止現象……そのように捉えていますが。」

「半分正しくて半分間違っておる。お前さんが言った現象はどちらかというと導力魔法の『アンチセプト』に近い。内部の結晶回路をショートさせ一時的にオーブメントを働かせなくしておるわけじゃ。じゃが、『ゴスペル』が起こす現象はそれとは根本的に異なっていてな……オーブメントひいては七耀石内で生成される導力を根こそぎ奪い取るのじゃ。」

「つまり、『導力停止』ではなく『導力吸収』ということですか……」

博士の説明を聞いたカシウスは考え込んだ。今までの概念からすれば『そういった類』のものは今までになかった。内燃機関でいえばガソリンを抜き取る類のもの……だが、周囲から奪われたはずの導力は『ゴスペル』内部に存在しなかった。それこそ1EPたりとも。それも、きれいさっぱりと消失していたのだ。

 

「そして、エステルたちが出くわした『新型ゴスペル』じゃが……最新の導力技術では説明できない『あり得ない』現象を引き起こした。そのような現象をどうやって引き起こすのかは不明じゃが……一つ、確実に言えることがある。」

「それは……?」

「『小さすぎる』のじゃ。これまで起きた大規模な異常現象を発生させる機構を、掌大に収めるのは物理的に不可能だと断言できる。たとえ『結社』とやらが我々より遥かに進んだ技術を持っていてもな。」

一つの地方全体をカバーするには、あまりにも小さすぎる……現行の水準からしても、それだけの影響を及ぶとするならばそれに見合うだけの質量が必要となる。だが、現実に『ゴスペル』はそれを引き起こしたのは明白……となれば、至る結論は一つしか考えられない。

 

「なるほど……何となく掴めてきましたよ。つまり、この『ゴスペル』は『本体』ではなく『端末』に過ぎないわけですね?」

「うむ……その通りじゃ。『ゴスペル』そのものには異常な導力場の歪みのようなものを発生させる機能がある。その歪みは共鳴するように広がり、周囲のオーブメントから導力を奪う。そして奪われた導力は、歪みの中に吸い込まれて消滅する。いや、正確には『消えた』のではなく、『別の空間に送られた』というわけじゃ。」

「そして、その別の空間には我々の常識すら及びもしない……『あり得ない異常』を引き起こせる『何か』が存在している……つまり、そういうことですか。」

「うむ、間違いあるまい。『結社』は『ゴスペル』を通じてその『何か』が持っている力を引き出すことができるのじゃろう。まったく『福音』とは良く言ったものじゃよ。」

カシウスの言葉に真剣な表情で頷いた博士は説明をした後、ため息を吐いた。神が起こす奇蹟のようなことを実現するための『福音』……それで混乱を齎しているのは皮肉としか言いようがないが。

 

「だとしたら、『何か』の正体が気になりますね。遥かに進んだ技術で作られたオーブメントか、それとも……」

「それに関してはお手上げじゃ。色々な可能性が考えられるが、現状ではこれ以上確かめられん。さてカシウス―――十年前と同じことを聞くぞ。この現状を踏まえてわしに今後、何をして欲しい?」

「はは、警備飛行艇や『アルセイユ』級の完成をお願いした時と同じ言葉ですか。ふむ、そうですね………」

博士に尋ねられたカシウスは苦笑した後、考え込み、そして答えを言った。

 

「『ゴスペル』が発生させるという異常な導力場の歪み―――その共鳴現象を防ぐ手段を開発して頂けないでしょうか?」

「ふふ、そう言うと思ったぞ。というか、既にその仕込みすら終わっておるがの。」

「なっ……!?」

カシウスの提案を『待っていた』と言わんばかりに答えたラッセル博士の言葉に、提案した側のカシウスが驚いていた。

 

「……その様子だと、アスベル達から何も聞かされていない様じゃの。」

「アスベル達が……ですか?」

「うむ。十年前……百日戦役が始まる前ぐらいだったかの。わしの友人伝手ではあるが、『導力停止状態』を克服するための依頼を受けたんじゃ。」

「………」

アスベルの先見の明にカシウスは唖然としていた。十年前だとアスベルは八歳……その時点で導力が停止する事態を想定したということに、大佐時代のカシウスですらそこまでの考えに至っていなかった。その状態のカシウスを見つつ、ラッセル博士は説明をつづけた。

 

「『三重の策』……そう彼は呼んでおったかの。」

「……えらく大層な策に聞こえますが……」

「無理もないじゃろう。『結社』の首謀者を騙すための、壮大な計画……そう評していたからの。」

 

 

―――『福音計画』に対しての対抗措置。『因果応報』を体現したその計画……『天の鎖計画』。その計画はすでに動き始めていた。

 

 




てなわけで……訓練編バッサリカットしました。
イメージ的には、SC序章の敵役がアスベル、シルフィア、レイア、シオンの四人だと思ってください。

そして……エステルはもとい、アネラスも地味にチートの仲間入りを果たしましたw

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。