先にセントアーク方面行きの飛行船に乗るアガットとアネラスを見送ることになった。
その際、アガットからは『男ってのは不器用な生き物だから、お前が無理に合わせる必要なんてない』というアドバイスが出て、周りの女性陣から優しくなったとからかわれたアガットであった。そして、アネラスの誤解を招きそうなライバル認定発言に三人は一時慌てふためいたが、エステルもアネラスをライバル認定することで話はまとまった。
そして、二人の乗った飛行船が飛び立つのを見送った後、エステルとシェラザードはロレント行きのチケットを買うために待合所へと向かった。
~飛行船会社 待合所~
待合所に入ると、エステルは待合所にいる客達がある一点を集中している事に気付いた。
「あれっ……?」
エステル達が客達の視線の先を見ると……カウンターの前で言い争いが起こっていた。右側の男性の横にはミュラーもいた。
「まったく、これだから尊大なエレボニア貴族というのは……鼻持ちならないにも程がありましてよ。」
言い争いをしている一人である眼鏡をかけた女性――カルバード大使、エルザ・コクランが鼻をならした。
「フン、鼻持ちならないのはそちらの方ではないのかね。第一、エンジン供給についてどうして共和国が口を出す?それこそ、内政干渉ではないか。」
同じく言い争いをしている中年男性――エレボニア大使、ダヴィル・クライナッハが言い返した。
「安全保障上の問題ですから。貴国がリベールを侵略してからまだ10年しか経っていないでしょう。そんな『侵略国家』がぬけぬけと最新技術に手にするなど言語道断。友好国のメンツにかけても見過ごすことなどできませんわ。」
「な、なにが友好国だ!10年前も実際に兵を出したわけでもなかろうに!ただの『傍観者風情』が偉そうな口を利くのはやめたまえ!」
エルザの言葉に頭に来たダヴィルは怒鳴り返した。
「な、なんですって……」
ダヴィルの言葉を聞いたエルザは頭に来て、二人の状態は今にも掴みかかりそうな雰囲気だった。
「ダヴィル大使……そのあたりになさっては。他の客の迷惑になりますよ。」
「し、しかしミュラー君。」
察したのかそれを諌めるミュラーに、ダヴィルは反論をしようとした。
「ミュラーさんの言われることも尤もです。既に客の注目の的にされています。エルザ大使もここはお引き取り下さい。この話は、いずれ別の機会に双方の大使館ですればよいかと。」
「……そうですわね。ルーシー大使はいいとしても、エレボニア軍人に指図されるのはあまり愉快ではありませんけど。尊大で性根の腐ったエレボニア貴族よりは遥かにマシですわ。」
「な、なんだと!?」
エルザの隣にいた『ルーシー大使』と呼ばれた女性に諌められ、冷静になったエルザの言葉を聞いたダヴィルはまた怒鳴った。
「それでは御機嫌よう。皆さん、失礼いたしますわ。」
そしてエルザは待合室を出て行った。
「な、なんという失礼な女だ。これだから歴史も伝統もない成り上がりの庶民どもは……」
「大使……」
「……フン、判っている。私は先に大使館に戻る。例の件については君に任せたぞ。」
「了解しました。」
そしてダヴィルも待合室を出て行き、ダヴィルとすれ違ったエステル達はミュラーとその女性に話しかけた。
「どうも、こんにちはミュラーさん。」
「君は、確かエステル君だったか。久しぶりだ。晩餐会の時以来になるか。」
「よかった。覚えていてくれてたんだ。それにしても……すごい言い争いだったわねぇ。今の人たち、どちらさまなの?」
「男性の方はエレボニア帝国のダウィル大使。女性の方はカルバード共和国のエルザ大使。どちらも王都にある大使館の責任者にあたる立場ですよ。」
「そ、そうだったんだ……えと、ところで貴女は?」
ミュラーとあいさつを交わした後、言い争っていた人物の事をミュラーの隣に移動していた女性から聞いたエステルは驚いたが、先程までエルザの隣にいた女性の存在が目に入って尋ねた。
「はじめまして。ルーシー・セイランドと言います。若輩者ではありますが、レミフェリア公国の大使を務めております。」
「レミフェリア公国って……でも、大使なんて聞いたことがないんだけれど……」
「それもそうでしょう。私もこの春に着任したばかりですから。」
レミフェリア公国の大使……それの設置が決まったのは三年前の話だった。ただ、人選に関しては物怖じしないという観点から選ばれることとなりかなりの難航を極め……結果として、アルバート大公と親交の深いセイランド家の人間――ルーシーが抜擢されたのだ。大使館はグランアリーナと共和国大使館の間に建設され、大使の役職は今年の春から本格的に開始したばかり、とのことだ。
「けれども、こうしてお会いするのは初めてですね、エステル・ブライトさん。」
「へ?あたしを知ってるの?」
「クローゼやジル、ハンス君から貴女の事を聞いていたし、学園祭は私もいましたから。ジェニス王立学園のOGで、元生徒会メンバーでしたし。」
「あ、そうだったんだ。よろしくね、ルーシーさん。」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。聞けば遊撃士だそうで……機会がありましたら、依頼するかもしれませんね。」
「あはは……よろしくお願いします。」
ルーシーの言葉にエステルは引き攣った笑みを浮かべつつ、言葉を返した。
「にしても、ルーシーさんはともかくとして、あれで大使サマか。あんな喧嘩腰で外交なんて務まるのかしら?」
「シェ、シェラ姉ってば……」
冷たい笑顔を浮かべて無礼な事を言うシェラザードにエステルはミュラーを気にしながら慌てた。
「いや、面目ない。元々、エレボニアとカルバードは友好的な関係とは言えなくてね。」
「さらにあの二人は、性格的にも徹底的にウマが合わないらしいです。まあ、顔を合わせるたびに口論ばかりしているというのは逆に気が合う証拠かもしれないってことかもしれませんが。」
一方ミュラーは目を伏せてダヴィル達の言い争いの件を謝り、ルーシーがその言葉に付け加える形で事情を説明した。
「あはは、そうかもしれないわね。それにしても……気になること言ってなかった?エンジン供給とか内政干渉とか。」
「………」
「あ、聞いたらマズかった?」
エステルが口にした言葉を聞くとミュラーとルーシーは真剣な表情で黙り、その様子を見たエステルは尋ねた。
「……ルーシー大使。」
「問題ないでしょう。エンジンとはツァイス中央工房が現在開発している最新鋭のものです。完成の暁には、飛行船公社を通じてエレボニアとカルバード、そしてレミフェリアにサンプルが提供される話があるのですが……ダヴィル大使とその打ち合わせに来たところでエルザ大使と鉢合わせたわけですよ。」
「ふーん、そうなんだ。でも、新型エンジンくらいでどうして口論になるのかしら。」
「オーバルエンジンの性能はそのまま飛行船の性能を左右するわ。軍艦に搭載されることを考えたら色々と揉めそうな話ではあるわね。」
ミュラーとルーシーの説明を聞き首を傾げているエステルにシェラザードが理由を話した……ただ、実際に提供されるのは国際的現行水準よりやや上乗せ程度……その水準から見た『最新型』のもの。現在のアルセイユに搭載されているのはその二世代先の水準のオーバルエンジンを搭載している。
「なるほど……確かに、それでエレボニア軍がパワーアップしちゃったらちょっとシャレにならないかも。……あ、ゴメンなさい。」
シェラザードの言葉に納得した後、エレボニア軍人であるミュラーの目の前でうっかり口を滑らした事にすぐに気付いたエステルはミュラーに謝った。
「いや、確かにその通りだ。普通なら、他国に最新技術を提供するなど考えられないが……」
「女王陛下のご意向でして……技術的優位を独占するのではなく、多くの国に提供することで諸国間の平和を確立したい……そう思ってらっしゃるそうです。」
「なるほど……確かにそんな風に言ってたかも。うーん、それを考えるとやっぱり女王様って立派よね。ただの理想というよりずっと先のことまで考えた外交政策っていう気がするわ。」
パワーバランス……技術面では優位に立っているとはいえ、それをみすみす失うのは避けたい。ましてや、ある意味『火種』を抱えている帝国と共和国……そこに最新技術が投入されれば、その先の光景は想像に難くない。そうなれば女王の目指している平和など夢のまた夢だろう……『結社』という無視できない存在がこの世界の裏にいる以上は。
「ああ、リベール国民はあの方を大いに誇るべきだろう……すまない。つい話し込んでしまったな。乗船券を買うのだろう?俺はこれで失礼させてもらおう。」
「あ、うん。そういえばミュラーさん。オリビエのことなんだけど……彼、もうエレボニアに帰っちゃたのかしら?」
「なんだ、知らないのか?」
エステルからオリビエの事を尋ねられたミュラーは意外そうな表情をして尋ねた。親交の深そうな人間には色々連絡しているものとてっきり思っていたと言いたげな表情だった。
「事件の後の晩餐会以来、機会がなくて挨拶してないまま会ってなくて。申しわけないって思ってたの。」
「心配せずとも、あのお調子者ならまだリベール国内に滞在しているぞ。しばらく、エルモ温泉という場所で優雅に逗留するとか抜かしていたな。」
「あ、そうなんだ。」
「ふふ……オリビエらしいわね。」
ミュラーからオリビエの行動を聞くと、自由気ままに優雅に行動する……良くも悪くも彼らしい行動にエステルは苦笑し、シェラザードは口元に笑みを浮かべた。
「ヤツが大使館に戻ってきたら君たちのことを伝えておこう。少なくとも、帰国前にはギルドに連絡するように言っておく。」
「ありがとう、ミュラーさん。」
「よろしくお願いするわね。」
「こちらこそ、あの変人に付き合ってくれて感謝する。それでは、またな。」
そしてミュラーは出て行った。
「そしたら、私も失礼しますね。クローゼに会えたら、よろしく言っておいてください。」
「うん。伝えておくね。」
「それでは。」
ルーシーも深々と礼をすると、その場を去った。
「ミュラーさんにルーシーさんか……今度一緒に呑んでみたいわね。」
「もう、リベールの評判を落とすような真似しないでよね……そういえば、シェラ姉はあれからオリビエに会ったの?」
ミュラーとルーシーの姿を見送ったシェラザードは興味深そうな笑顔を浮かべて呟き、エステルは疲れたような表情を浮かべてシェラザードに釘を刺すような言葉を投げかけた後、オリビエの事を尋ねた。
「ええ、王都で何度かね。実は温泉にも誘われてたんだけれど、丁重にお断りさせてもらったわ。」
「ええっ!?それって、その……そういう意味で?」
シェラザードから聞いたオリビエからの温泉への誘いに、かつての『ハプニング』を思い出しつつ頬を赤く染めながら問いかけた。
「ふふ、どうだろ。まあここ1ヶ月は忙しかったし、そんな余裕もなかったからね。普段だったら宿代を全部奢らせてとことん呑みに付き合わせたんだけど。」
「はあ……オリビエもある意味不幸よね。まあいいや、とりあえずカウンターで乗船券を買っちゃいましょ。」
その問いにシェラザードは意味深な笑みを浮かべて答え、エステルは苦笑を浮かべてオリビエのこれからに少し同情したが……本来の目的を思い出し、乗船券を買うことにした。
そしてエステル達は乗船券を買おうとしたが、エルナンの手配によって乗船券のお金を払う必要もなく受け取り、そしてしばらくの間飛行船を待った後、飛行船に乗ってロレントに向かった。
はい、てなわけで3rd(クローゼの回想)と碧(名前のみ)にしか登場していないルーシーの登場です。学園を卒業したばかりでそんな大役が務まるのか?という疑問に対しては、これも理由があります。
詳しくは本編にて語ります。
あと、原作(空)ではあまり関わりのないレミフェリア絡みで結構登場人物が出てくることになります。『不憫』とか『相方』とか『召喚』とか……これで解ったら原作をやりこんでいる証拠ですがw