その後迷子の捜索を再開したエステル達だったが、一向に見つからずレイモンドがいる談話室に一端戻った。
~エルベ離宮 談話室~
「どうだい、見つかったかい?」
部屋に入って来たエステル達に気付いたレイモンドは尋ねた。
「ううん、残念ながら。怪しそうな場所は一通り調べてみたんだけど。」
「も、もしかして……エルベ離宮の外に出ちゃった可能性は……」
エステルの答えを聞いたレイモンドは身を震わせたが、その問いかけにエステルがその考えを否定した。
「ううん……それはないと思うかな。」
「ほえ?どうしてですか?」
「『かくれんぼ』というのは、見つかることも前提の上…レイモンドさんが見つけられることも前提の上で、隠れているんじゃないかな、と思うの。」
迷子の子にしても、退屈まぎれとして遊びを提案した以上、レイモンドが頑張って探せば見つかることを織り込んでいる。半分以上推測のようなものだが、エステルの中には確信的な思いもあった。
「言われてみれば……」
「ああ、確かにそれは言えてるが……でも、部屋は全て探したような……」
「……ううん、全部じゃないわ。きっと……やっぱり。見つけたわよ。」
「ふみゃ~ん……あーあ、レンの負けね。」
シェラザードとリィンの言葉を聞き、答えを返しつつエステルはこの部屋のカウンターの下を覗き込むと……白いフリフリのドレスを着て、黒いリボンを付けた迷子の少女――レンがカウンターから出て来た。
「ええっ!?レンちゃん!?」
「カウンターの下に隠れていたなんて……(やっぱり……レンさんでしたか)」
「こんな所に隠れていたとはね………確かに、エステルの言うとおり『全て』探したわけではなかったわね。(ティータとクローゼが知っている子、みたいのようね……)」
(何だ……この言い知れない感じの『影』は……)
レンを見たティータは驚き、クローゼはレンの隠れていた場所に驚きつつもレイモンドから聞いていた人物像が自分の知る人物だったことに納得した表情を浮かべ、シェラザードは感心しつつも呆れるばかりであった。一方、リィンは笑みを浮かべるレンの中に潜む『何か』を察し、内心驚きを隠せずにいた。
「いや~、見つかってよかった。えっと君……名前はレンちゃんでいいのかな?」
「ええ、そうよ。レンはレンっていうの。ごめんなさい、秘密にしてて。」
迷子として保護していたレンが見つかったことに安堵の表情を浮かべているレイモンドの質問にレンは素直に謝って答えた。
「はは、気にしていないよ。でもどうして突然、かくれんぼなんか始めたんだい?」
「だって、遊撃士さんが来てくれるって聞いたから……一緒に遊ぼうと思って、がんばって隠れていたのよ。」
「でも、悪戯はほどほどにしなさいね?でないとお姉さんも怒っちゃうからね?」
「はーい。ごめんなさい、お姉さん達。」
レイモンドの疑問にレンは笑みを浮かべて答え、それを聞いたエステルの注意に返事をしたレンはエステル達に謝った。
「ところで、レン。君の家族はどこにいるのかな?見たところ近くにいるようには見えないが……」
「それは……レンにもよくわからないの。」
「わからない?」
リィンの質問に答えるように言ったレンの話を聞いたエステルは首を傾げた。親であれば少なからず子供に行先を告げるものだと思っていた。まぁ、エステルにしてみればそういう親の片割れがいるので、それが普通に思えた部分も否定できないが……
「レン、パパとママといっしょにここに遊びに来てたんだけど。お昼を食べたあと、パパたちがまじめな顔でレンにこう言ったの。『パパたちは大事な用があってレンとお別れしなくちゃならない。でも大丈夫、用が済んだら必ずレンのことを迎えに行くからね。パパたちが帰ってくるまで良い子にして待っていられるかい?』」
「ええっ!?」
「そ、それって……」
内容からするに、かなり長い時間……両親が戻ってこないというレンの話を聞いたティータは驚き、クローゼは嫌な予感がした。
「ふふっ、レンはもう11歳だから『もちろんできるわ』って答えたわ。そうしたら、パパとママはそのままどこかに行っちゃったの。」
「えーと……そんな事情とは思わなかった。どうしよう?保護者を捜すっていう話じゃなくなってきた気がするんだが。」
「うーん……シェラ姉、いいかな?」
本来の依頼からすれば近くにいると思った保護者……だが、この状況からすると、どこに行ったかすら解らない『両親の捜索』も兼ねる形での依頼になりうる……レイモンドの質問にエステルは唸った後、シェラザードに目配せをした。
「いいも何も、これも遊撃士の立派な仕事よ。受けた依頼も依頼だし、そうする他ないわね。」
「うん、解ったわ。執事さん、心配しないで。この子はあたしたちが責任をもって預かるから。」
「えっ……?」
民間人の保護……その意義を持って行動する遊撃士として当たり前であるとシェラザードは答え、エステルはそれに頷きつつレイモンドに説明をし、それを聞いた彼は目を丸くした。そしてエステルはレンの方に向いた。
「ね、レンちゃん。お姉さんたちと一緒に王都のギルドに行かない?すぐに、パパとママを見つけてあげられると思うわ。」
「そうなの?でもパパたち、大事な用があるって言ってたのよ?」
エステルの提案を聞いたレンは可愛らしそうに首を傾げて尋ねた。だが、その疑問すら吹き飛ばすかのごとくエステルが強い口調で言い切った。
「大丈夫。絶対に見つけてあげるから、お姉さんを信じなさいって!」
「うーん……それじゃあレン、エステルお姉さんといっしょに行くわ。よろしくお願いするわね。」
「うん!こちらこそよろしくね。」
「本当にすまない。その子のこと、よろしく頼んだよ。」
「ええ。それじゃ、ギルドに戻りましょうか。」
~キルシェ通り~
レンを連れて周遊道を抜けたエステル達は街道で意外な人物―――デュナンの執事を務めているフィリップと出会った。
「おや、貴方がたは……」
「あれ……?」
「フィリップさん。お久しぶりですね。」
エステルらの姿にフィリップが気付き、エステルとクローゼが挨拶を交わす。
「お久しぶりです。クローディア殿下、エステル様。エルベ離宮に行ってらしたのですか?」
「うん、そうだけど……」
「フィリップさんは王都に御用があったのですか?」
「ええ。」
公爵の申し付けで買い物などをしていた……とのことらしい。執事とはいえ、その献身ぶりは鑑たるものと言ってもいいだろう。尤も、当の本人がどこまで改善されるのかは……こればかりは本人の努力次第であろう。
「そういえば……皆様は離宮で公爵閣下とお会いになられましたか?」
「う、うーん、まあね。」
「久しぶりに挨拶をさせて頂きました。」
「……その様子では、やはり公爵閣下が心ないことを言われたようですな。誠に申しわけありません。臣下としてお詫び申し上げます。」
苦笑しているエステルとクロ―ゼを見て、フィリップは頭を下げて謝罪した。何と言うか、エステルらからすると、事ある度に謝っている姿を見かけることの多いフィリップ………その姿を見たクローゼはフォローしつつ言葉を呟いた。
「ふふ、とんでもないです。謹慎されていると聞いたので少し心配だったのですが……お元気そうで安心しました。それに、私の決意もお伝えすることができましたので……私にとっては良い機会の巡り会わせでした。ですので、フィリップさんが謝られる必要などありませんよ。」
「姫殿下……いえ、王太女殿下にそう言って頂けると助かります。それでは私はこれで……皆様、失礼いたします。」
クローゼの言葉を聞いて救われたような気持ちを滲ませつつ、フィリップはエステル達に頭を下げた後、エルベ離宮に向かった。
「は~、あの人、顔を合わせるたびに謝ってる感じだけれど……相変わらず苦労をしょい込んでるわね。あの公爵が小さい時から世話をしているらしいけど……」
「世話役としての経歴は20年以上だそうです。何でも、その前には親衛隊に勤めていたとか。」
「え、そうなの!?うーん、まさに人は見かけによらないわね………」
あの執事が元親衛隊……自分の親友兼師匠といい、本当に人間というものは外見で判断できないとつくづく感じたエステルだった。自分の父親の事に関しては未だに認めたくない気持ちでいっぱいだが。
「レン………今のオジサン……タダ者じゃないと見たわ。」
すると、レンは唐突に口を開いた。
「へっ……どうしたのよ、いきなり?」
「だって、あんな風に目をつぶって歩けるんですもの。レンにはゼッタイにできないわ。」
「あれは目をつぶっているんじゃなくて細目なだけだと思うけど……ちなみに驚いていた時はちゃんと目を見開いてたわよ?」
「あら、そうなの?うふふ、驚いたお顔も見てみたくなっちゃったわ。」
エステルの答えを聞いたレンは無邪気に笑って答えた。
「………(レンさん……そして、私が以前お会いになった彼女の『本当の両親』……)」
「クローゼさん?」
「え?ああ、すみません。少し考え事をしていました。置いて行かれてしまいますし、行きましょうか。(……とりあえず、シオンあたりに相談しないと……)」
「?ああ、わかった。」
一方、少し考え事をしていたクローゼだったが、リィンの声かけに我を取り戻しつつ平静を取り繕って、エステルらの後を追い、リィンも彼らの後を追う形でギルドに戻ることとなった。
~グランセル国際空港~
その頃、見るからに軽装の姿と鞄を持った一人の少女――端正な顔立ちと誰から見てもはっきりと解る立派なスタイルを有した容姿……藍色の髪と瞳を持つ少女は発着場に降り立ち、感慨深そうな感情と罪悪感を絵に描いたような感情が入り混じった表情……他の人には解らない程度ではあるが、ほんの少しその表情をした後、笑みを浮かべつつ一緒に付いてきてくれた『小さな助っ人』の方を向く。
「すみません、わざわざついてきてもらって…私自身、この国は初めてなので…それに、道案内までしてもらえるなんて。」
「いえ、お気づかいなく。私自身、この国はよく知っていますので。それじゃ、案内しますね、リーシャさん。」
「ええ、お願いしますティオさん。」
―――後にアルカンシェルのアーティスト、『月の姫』と呼ばれることになる旅行者……リーシャ・マオ。
―――『教団』の事件後、人生が大きく変わった一人……レミフェリア総合技術局長、ティオ・プラトー。
異なる目的を持った二人もまた、白隼の国に降り立った。
てなわけで……一人追加しました。彼女というか『彼』にはいろいろ出張ってもらいます……いろいろ不憫な目には遭うかもしれませんが、その後できっちり救済します(確定事項)