英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第85話 悪戯な厄介事

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「ただいま、エルナンさん……あ!」

「やあ、エステル君。先日顔を合わせて以来だな。」

「あれれ……リアン中佐じゃない!?」

「成程、軍の担当者ってのは貴方の事ね。レイストン要塞から来たのかしら?」

「ああ、その通りだ。つい先ほど、警備艇で王都に到着したばかりでね。」

エステル達がギルドに着くと、受付の前にいた人物――カシウスの部下にして“後継者”と目されるリアン中佐に気付いた。軽く言葉を交わした後、軍の相談の担当者なのか?というシェラザードの疑問にリアンは頷きながら答えた。

 

「おや……?そちらのお嬢さんはひょっとして例の……」

「ええ。事情があって連れてきたんだけど……」

「えっと、レンちゃん。お姉さんたち、少し話があるから2階で待っててくれないかな?」

「あら……。ひょっとしてお仕事の話?」

リアンの問いかけにシェラザードが答え、エステルは“部外者”であるレンには聞かせられない話だということは隠しつつ言い、言われた側のレンは首を傾げて尋ねた。

 

「う、うん……ごめんね。」

「別にいいけど……お仕事、お仕事ってまるでパパみたいな感じ。レン、そういうのあんまりスキじゃないわ。」

「うっ……………」

頬を膨らませて怒っているレンを見て、エステルは言葉に詰まった。

 

「あ、あの……レンちゃんって言ったかな?わたしと一緒におしゃべりでもしない?この前の時はあんまり喋れなかったし……わたし、レンちゃんのこと色々と知りたいな。」

「あなたと?うーん、そうね。おしゃべりしてもいいわよ。」

「えへへ、ありがとう。それじゃあお姉ちゃん。わたしたち、2階で待ってるね。」

事情を察したティータがレンに話しかけ、レンは少し考えた後ティータの提案に頷き、二人は2階に行った。その姿を見届けたエステルはティータの存在に感謝した。

 

「はあ……助かっちゃったわ。」

「ふむ、どういう事情かは後ほど聞くとしましょうか。まずは、リアン中佐の話を先に聞いていただけますか?」

「あ、うん、いいわよ。」

「ええ、早速聞かせてもらおうかしら。」

そしてエルナンの提案にエステルとシェラザードは頷いた。

 

「すまない。こちらも急ぎなものでね。まず、この話は王国軍からの正式な依頼と考えてもらいたい。君たちに、ある件の調査と情報収集をお願いしたいんだ。」

「ある件の調査……?」

「『不戦条約』は知っているね?実は、その条約締結を妨害しようとする脅迫状が各方面に届けられたんだ。」

リアンの説明を聞いた一同は驚いた。無理もない。来週末に調印される不戦条約絡みでの案件……それをギルドが受け持つことにも驚きだが………

 

「きょ、脅迫状!?」

「それは……穏やかではありませんね。一体どんな内容なんですか?」

「……これをご覧ください。」

リアンは一通の手紙をエステル達に差し出した。手紙を渡されたエステル達は一通の手紙を読み始めた。

 

 

「『不戦条約』締結に与する者よ。直ちに、この欺瞞と妥協に満ちた取決めから手を引くがよい。万が一、手を引かぬ者には大いなる災いが降りかかるだろう。」

 

 

「……何これ?リアリティーが全く感じられないわね。」

「エステルの言い分も尤もだけれど……これは確かに脅迫状ね。内容はこれだけなの?」

手紙の内容を読み終えたエステルは呆れ、サラは頷いた後、尋ねた。確かに脅迫状なのは、誰の目から見ても明らかだろう。だが、信用性が全くと言っていいほど感じられないのが正直な感想だ。

 

「ああ、これだけだ。そしてお気づきのように差出人の名前も書かれていない。正直、悪戯の可能性が一番高いと思われるんだが……」

「不戦条約の破棄以外に目立った要求すらしていない……だが、単なる悪戯とは思えない気がかりな要素がある―――そういうわけだね?」

言葉を濁しているリアンの代わりに答えるかのように、オリビエはリアンに確認した。このような悪戯とも思えて仕方がない脅迫状……それが嘘とも思えぬ理由をリアンは述べた。

 

「ああ……脅迫文が届けられた場所だ。まずはレイストン要塞の司令部。続いて飛行船公社、グランセル大聖堂、ホテル・ローエンバウム、リベール通信社。そして帝国大使館、共和国大使館、公国大使館、グランセル城、エルベ離宮。全部で11箇所だ。」

「そ、そんなになるんですか!?………ってあれ?11箇所??一つ、足りないような気が………」

送り付けられた脅迫状の送付場所……リアンの説明を聞いたアネラスは驚いたが……『送り付けられた場所と脅迫状の数が一致しない』事に気付き、尋ねた。

 

「ああ、言い忘れた。済まない。正確には『ある一箇所』に同じ手紙が2通届いたんだ………それは、グランセル城だ。」

「あ、あんですって~!?」

「どうして2通も届いたんでしょうか………?」

「それなんですが………一枚はリベール王家宛に届いて、もう一枚は………マクダエル市長宛に届いたんです。」

「えっ!?何故、マクダエル市長宛がグランセル城に………?」

リアンの説明を聞いたクロ―ゼは驚いて尋ねた。リベールはクロスベルと都市単位での協定は結んでいるものの、リベールはクロスベルの宗主国ではない。経済的・文化的に繋がりはあっても、政治的な繋がりはほぼない……その疑問に答えるかのようにエルナンが説明した。

 

「そのことと関わってくるのですが、エステルさんらがエルベ離宮に向かったのと同時位に、ヘンリー・マクダエル市長、孫娘のエリィさん、それと護衛の遊撃士らと共にグランセルに到着しました。」

「あ、あんですって~!?」

「えっ………!?もう、来られたのですか!?確かまだ、来訪の詳しい日は知らされていないはずですが………」

リアンの話を聞いたエステルは驚き、クロ―ゼは信じられない表情で尋ねた。

 

「話によると、下手に日程を決めれば『標的』にされかねない……市長自身の安全の配慮もあって、今日の来訪と相成ったそうです………その影響で城は今、マクダエル市長の歓迎の準備に追われている所です。」

「そう……なんですか。にしても、市長宛の脅迫状はいつ、届いたのですか?」

「それが………市長達が城に入城して、少ししてから届いたのです。」

クロ―ゼの質問にリアンは少しの間言葉を濁した後、答えた。

 

「なるほど……ただの悪戯にしちゃ狙ってやっている上、大規模だな。軍が気にするのも無理はないってわけだな。

「しかし、飛行船公社に七耀教会、ホテルにリベール通信か。一見、条約締結には関係なさそうな所に見える場所だが。」

リアンの話を聞き終えたアガットは真剣な表情で頷き、スコールは王家や大使館以外の場所に脅迫状が送りつけられたことが気にかかり、リアンに尋ねた。

 

「ところが厳密に言うと全く関係がないわけじゃない。まず飛行船公社は帝国・共和国・公国関係者を送迎するチャーター便を出す予定でね。同じくホテルもすでに関係者の宿泊予約が入っている状況だ。さらに大聖堂のカラント大司教は女王陛下から条約締結の見届け役を依頼されているそうだし……リベール通信は不戦条約に関する特集記事を数号前から連載している。」

「うーん、どこも何らかの形で条約に関わっているってことね。いったい何者の仕業なのかしら。」

「フム……これは一筋縄ではいかないね。国際条約……しかも、西ゼムリア四か国で結ばれる初の『包括的な国際条約』である以上、妨害しようとする容疑者は色々と考えられるだろう。」

「そうだな。カルバードかエレボニアの主戦派……もしくは四か国の協力を歓迎しないまったく別の国家の仕業か……」

リアンの話を聞き、エステルの言葉に頷いたオリビエとジンは考え始めた。今回の条約は今までになかった西ゼムリア地方全体に関わる『国際条約』。それに異を唱える人間がいたとしても何ら不思議ではない。

 

「……もちろん、王国内にも容疑者は存在すると思います。」

「そして……最悪の可能性が『結社』ね。」

クロ―ゼも真剣な表情で王国内にも犯人がいる可能性がある事を言い、エステルは『結社』の可能性がある事も指摘した。特に、『結社』の実験は自治州を除けば残すはこの王都を含むグランセル地方のみ。今回の脅迫状に彼らが関与していないという保障などない……幽霊騒ぎ、地震や温泉の異変、竜を用いた実験、霧……そのどれもが人々を混乱に貶めているだけに、彼らの可能性は捨てきれない。

 

「で、軍としては俺たちに何を調べさせたいんだ?」

「君たちにお願いしたいのは他でもない……。脅迫状が届けられた各所で聞き込み調査をして欲しいんだ。具体的には―――エルベ離宮とレイストン要塞を除いた9箇所だ。」

つまり、飛行船公社、グランセル大聖堂、ホテル・ローエンバウム、リベール通信社、帝国大使館、共和国大使館、公国大使館、そしてグランセル城を遊撃士が受け持つ形となったのだ。

 

「フッ、どこも制服軍人が立ち寄ると目立ちそうな場所だね。情報部を失った今、聞き込みをギルドに頼るのも無理はないかな。」

「恥ずかしながらご指摘の通りだ。そして新しい司令官殿の方針でギルドに回せそうな仕事は片っ端から回せとのことでね。それを実践させてもらったよ。」

オリビエの指摘にリアンは苦笑しながら答えた。確かに、不戦条約でピリピリしている以上、下手に刺激するのはかえって逆効果……適材適所ということではないが、フットワーク力のある遊撃士ならば諸外国の方々相手でも『国際的な民間組織』という身分が保証されている以上問題はない。

 

「まったくもう……条約の関係者絡みの件の事といい、父さんも調子いいわねぇ。」

「いかにもオッサンの言い出しそうな台詞だぜ……」

だが、その依頼を言い出したのが自分の父親だということに、エステルは厄介ごとを押し付けられたような気分であった。まあ、この時期でのこの依頼自体厄介事なだけに肯定するしかできないのだが。

 

「ふふ、君たちに依頼したのはあくまで私の一存さ。この度、条約調印式までの王都周辺の警備を一任されてね。警備体制を整えるためにはなるべく多くの情報が欲しいんだ。どうか引き受けてもらえないかな?」

「う、うーん……引き受けたいのは山々なんだけど。もう一つ、片付けなくちゃいけない事件が起きちゃって……」

「先ほどのお嬢さんの件ですね。かいつまんで説明していただけませんか?」

エステル達はエルナン達にレンの事情を説明した。

 

「なるほど……それは放っておけないな。しかし、あんな年端もいかない子供を置き去りにするとは……」

「うん………なんとか見つけてあげたいんだけど………」

「ふむ、そうですね。何かの事件と関わって娘さんを巻き込まないようにしたのかもしれない可能性があるかもしれません。しかし、それでしたら一石二鳥かもしれませんよ?」

「へっ?」

「話からするとどうやらレンさんのご両親は外国人でいらっしゃるようですね?なら、大使館やホテルなどに問い合わせた方がいいでしょうね。」

「あ、なるほど!」

エルナンの提案にエステルは明るい表情をした。確かに、聞き込みのついでに尋ねれば、どこかしらで反応はあるはず……淡い期待だが、やらないよりはましだ。

 

「どちらも脅迫状が届けられた場所ってわけか。あと、飛行船公社にも乗船記録があるはずだぜ。」

「王国軍も、各地に通達を回して親御さんの捜索に協力しよう。関所を通ったのなら分かるはずだ。」

「ありがとう、リアン中佐!」

「ふふ、どうやらこのまま話を進めても良さそうですね。具体的な調査方法と分担はこちらに任せて頂くとして……。やはり、調査結果の報告は文書と口頭がよろしいですか?」

話が上手く進んでいる事に明るい表情をしたエルナンはリアンに確認した。

 

「ああ、盗聴を避けるためにも導力通信は使わないでほしい。実は本日から、エルベ離宮に警備本部が置かれる予定でね。ご足労かとは思うが、そちらにお願いできるかな?」

「うん、わかった。それじゃあ、調査結果の報告はエルベ離宮に直接届けるわね。」

「よろしく頼むよ。」

そしてエステル達はリアンを見送った後、エステル、シェラザード、ジン、オリビエ、クローゼ、シオン、リィンが三国の大使館とグランセル城、リベール通信社を回り、アガットとアネラス、スコールがそれ以外の場所を調査するという分担になり、サラはエステル達が留守にしている間に一般の依頼が来た際、そちらの対応をする為にギルドに待機となった。

 

「それじゃあ、あたしたちはちょっと出かけてくるわ。ティータ、レンちゃん。悪いけどお留守番頼むわね?」

「それなんだけど……レンはティータと一緒にお買い物に行くことにしたわ。」

「へっ!?」

「ご、ごめんね、お姉ちゃん。レンちゃんがどうしても百貨店に行きたいらしくて……」

驚いているエステルにティータは申し訳なさそうな表情で答えた。

 

「あら、心外ね。ティータも、ぬいぐるみとか見てみたいって言ってたじゃない。」

「あう……。レンちゃんったらあ。」

口元に笑みを浮かべて答えるレンにティータは無邪気に笑って答えた。

 

「う、うーん……。いつレンちゃんのパパたちの情報が入るか分からないから待ってて欲しいんだけど……」

「ジー……」

「じー……」

エステルの言葉を聞いたレンとティータは恨めしそうな目線でエステルを見た。

 

「うっ……二人してその目はズルイわよ。」

「いいんじゃねえのか?ティータが付いてりゃ買い物くらい大丈夫だろ。」

二人に見られたエステルは弱めの抵抗をしたが、アガットやエルナンは賛成の様子だった。

 

「うーん……それもそっか。ティータ、レンちゃん。あたしたちも夕方には戻るからそれまでには戻ってきなさいよ?それに王都は広いから、迷子にならないよう気を付けるように。」

「うん、まかせて♪それじゃあレンちゃん。さっそく出かけようか?」

「ええ、もちろんよ。お姉さんたち、またね♪」

そして二人はギルドを出た。

 

「ふふ、すぐに仲良くなっちゃったみたいですね。」

「うん、さすがに年齢が近いだけはあるわね。でも、レンちゃんとティータの組み合わせかぁ。微妙に不安なコンビね。」

「あら、どうしてですか?」

「いや、だって……。ティータって押しに弱そうだし。レンちゃんに色々と振り回されそうな気がしない?」

「確かに……」

エステルの話を聞いたクロ―ゼは苦笑しながら頷いた。

 

「そういえばエルナン。あの子の両親の名前はちゃんと聞き出せたの?」

「ええ、何とか。クロスベル自治州に住む貿易商のご夫妻のようですね。名前は、ハロルド・ヘイワースとソフィア・ヘイワースだそうです。」

「クロスベルの貿易商、ハロルド&ソフィア夫妻っと……うん、手帳にメモしたわ。」

シェラザードに尋ねられて答えたエルナンの話を聞いたエステルは手帳にメモをした。

 

「こちらもオーケーだ。脅迫状の調査と合わせて聞き込みを始めるとするか。」

「打ち合わせ通り、エステルさんはエレボニア・カルバード・レミフェリア大使館とグランセル城、リベール通信社を当たってください。」

エレボニア大使館にはオリビエ、カルバード大使館にはジンという各々の出身者があたる形となり、グランセル城には王家の人間であるクローゼと親衛隊の人間であるシオン、そしてリベール通信にはナイアルやドロシーと付き合いが多いエステルが受け持つ形となった。

 

「ところで、レミフェリア大使館に関してはどうしたらいいの?」

「それでしたら、殿下と彼女……あ、戻ってきましたね。」

「ただいま、エルナンさん……って、エステルたちじゃない。」

「レイアじゃない!久しぶりね。ひょっとして、レイアに?」

「ええ。彼女はレミフェリアでの実績がありますので、無下にはされないでしょう。それと、大使は殿下の縁の方ですので問題はないかと。」

「そうですね。」

レミフェリア大使の事を考えると、大使と顔見知りのクローゼとレミフェリアに実績を持つレイアにお願いするのが筋だと考えた、というエルナンの説明にクローゼは頷いた。

 

「残りの大聖堂、飛行船公社、ホテル・ローエンバウムですが……アガットさんとアネラスさん、それとスコールさんにまとめて調査をお願いします。」

「ああ。その方が効率がいいだろう。」

「ええ、解りました。」

「了解した。」

 

そして、エステル達は調査を開始した。

 


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