~王都グランセル 東街区休憩所~
「はぁ~……」
第60回女王生誕祭で賑わいを見せる王都グランセル……その休憩所のベンチに座り、ため息を吐いた人物がいた。普段はあまり着ることの無い私服に身を包んだ空色のサイドテールの女性―――『鉄血の子供達』の現No.2、“氷の乙女(アイスメイデン)”クレア・リーヴェルトの姿であった。
エレボニアでは重鎮中の重鎮、とりわけエレボニア帝国の最精鋭部隊とも謳われる『鉄道憲兵隊(TMP/Train Military Police)』を率いるリーダー格の女性がこのような場所にいる理由……それは、ある男の言葉が切っ掛けであった。
『そういや、クレアに男とかいねぇのか?ま、いるわけねぇよなァ。そんな仕事一筋じゃ、妹に先こされちまうぞ?』
その言動と言葉遣いから予測はつくと思うが、同じ『鉄血の子供達』の“かかし男(スケアクロウ)”であるレクター・アランドールの言葉であった。その言葉にクレアは反論するも、同時にクレアは妹であるリノアの事を思い出し、青ざめた。彼女はクレアと違って社交的であり、交友関係は広い。それに、彼女はラグナと恋仲であるらしく、ラグナも照れながらその事を認めていた。そのことまで思い出したクレアは泣きそうになり、気が付けば自室に戻って私服に着替え、必要最低限の荷物を持って部屋を飛び出し……気が付くと、リベールに来ていた。
仮にも『百日戦役』で刃を交えた相手……未だにその全容すら見せない『眠れる白隼』。その国に来たのは、知り合いがいるという理由も一つなのだが、彼女にはもう一つ理由があった。
「………」
クレアが見つめるのは、彼女の掌に乗っているもの―――ペンダントであった。そのロケット部分に填められているのは蒼曜石(サフィール)。彼女がこれを感慨深そうに見つめる理由……それは、今から二年前に遡る。
~七耀歴1200年 ノルティア本線 沿線~
当時、20歳であったクレアはその若さで中尉という階級を担い、近々昇進も間近というほどの実績を打ち立てていた。だが、ある時……いつものように沿線住民の要請で魔獣退治に来た時。
「くっ………!」
クレアですら予想だにしていなかったこと……それは、大型の魔獣であった。話に聞いていた魔獣は難なく退治できたのだが、それすらも軽く捻ってしまうほどの膂力を持つ魔獣との遭遇に、彼女の部下はなす術もなく打ち倒され、彼女も打ち身の影響で動けずにいた。そして、魔獣はクレアの姿を見つけると、一目散に駆けだしてきた。
―――駄目、やられる……!
彼女の思考はそう判断した……
―――その時、風が吹き荒れた。
「――――――風神烈破」
吹き荒れた風は魔獣を難なく吹き飛ばした。そして、未だに動けない彼女の前に立っていたのは、見たところ十代半ばの少年の後姿であった。その姿を疑問に思うクレアには目もくれず、その少年は魔獣に向かって駆け出し、
「二の型“疾風”が弐式―――『風塵怒濤』」
目にも止まらぬ無数の剣閃が魔獣に刻み込まれ、それを受けた魔獣はなす術もなく崩れ落ち、次の瞬間には名も知らぬ肉塊へと姿を変えていた。その少年は持っていた太刀についた血を掃うと、鞘に納めてこちらに向かってきた。クレアは思わず身構えるが、少年は手を翳すと回復アーツをクレアにかけた。
「あ、貴方は……」
「……遊撃士ですよ。尤も、この国には偶然立ち寄っただけです……そうでした。これを要請があった住民に渡してください。おそらくは、その方が言っていた『落し物』だと思いますので。それでは……」
そう言って踵を返すと、部下にも回復アーツをかけ、少年は静かにその場を去った。
一方、クレアは茫然としていた。彼の肩に付けられていたエンブレムは確かに『支える籠手』―――遊撃士協会の物であることには違いなかった。だが、彼女が関わったことのある遊撃士の物とは異なり、白金のエンブレムであったことに疑問を浮かべた。
「……っと、いけない。戻らないと……」
我に返り、部下たちを起こすと……要請した住民のもとを訪れ、経緯の説明と彼から渡されたペンダントを返そうとした。すると、その人はそのペンダントは感謝の気持ちとして受け取ってほしいと言われてしまったのだ。これにはクレアも頭を抱えたが、やむを得ず彼女が持つこととなったのだ。
―――“氷の乙女(アイスメイデン)”……私の事がそう呼ばれるようになった切っ掛け。
その一件以降、クレアは努力に努力を重ねた。だが、それが誰の為であったのかは……クレア自身にも解らなかった。自分の上司であるオズボーン宰相閣下の為なのか、鉄道憲兵隊という部隊を率いる立場としての自分自身の為なのか、レクターやミリアムのような他の『鉄血の子供達』に負けないという意地なのか……その理由が見いだせずにいた時、零れ落ちたかのように出てきた一冊の資料。
『遊撃士協会帝国支部連続襲撃事件』……先日の事件の資料だった。その中にあったカシウス・ブライトの資料。そして、その中にあった一枚の写真。それは、カシウスの付けていたエンブレムがかつて出会ったことのある少年の持つエンブレムと同一であったことに目を丸くした。確か、カシウス・ブライトは遊撃士協会でも非公式のランクとされるS級正遊撃士……となると、その少年はカシウスと同クラスの実力者。それと、カシウスをはじめとしてS級正遊撃士が多く在籍しているリベール王国。
~王都グランセル 東街区休憩所~
「………」
可能性としては0に近いだろう。だが、藁にも縋る思いでクレアはリベールに向かった。その裏で、レクターがオズボーンに説教を食らった後、ミリアムのアガートラムによる『遊戯』に付き合わされたことは知る由もないのであるが……
そう思い返していた時、一人の青年が声をかけた。
「……まさか、このような場所にいるとはな、エレボニア帝国鉄道憲兵隊大尉、『
「!……貴方は。」
クレアの視界に映ったのは栗色の髪に水色の瞳を持つ男性にして、肩に付けられた白金の『支える籠手』のエンブレム。そして、その成り立ちはクレアにとって一番馴染みのあった……自分を助けた遊撃士と瓜二つの容姿。“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイトその人であった。
「ま、見るからに仕事じゃなさそうだから気にはしないが……変な動きを見せたら、容赦なく淘汰させてもらう。“遊撃士”としてではなく、“軍人”としてな。」
「………そのようなことはしません。私も個人的な用があってこの国に来ただけですから。」
リベール王国軍少将アスベル・フォストレイト……准将であるカシウス・ブライトよりも上の位でありながらも、軍のトップとしての役割をカシウスに任せている人物。そして、遊撃士協会においてもトップクラスの実力者。そのエンブレムからしてカシウスと同じS級正遊撃士。先日の事件では、彼が秘密裏に動いていたという噂が流れていたが、確証に至る証拠が一切出てこなかったため、その噂は噂でしかないと結論付けた。
「ですが、一つだけ。何故、あの時私を助けたのですか?」
「……俺の近くで、不慮の事故による死人が出るのは御免被りたかった。それだと理由にはならないか?」
「流石に、ですね。先日の事件以前にも私達は貴方方遊撃士に対して妨害をしていた。あのまま見逃せば貴方方の障害となりうる要素を排除できたのでは?」
……確かに、鉄道憲兵隊が遊撃士の行動を妨害するような行動をとっていたことは事実であろう。現に、サラやトヴァルのような帝国出身者の遊撃士にしてみれば、あまりよくない感情を持っていることは事実だし、その親玉であるオズボーンに対しても良くない感情を向けているのは言い逃れのできないことだった。だが……
「その部分は否定しない。でも、この広大な帝国を遊撃士だけでカバーできるかと言われたら正直難しい。元々、帝国にいた遊撃士の連中は是々非々でアンタらとやっていくつもりだったが、それを断ったのはお前らであり、お前らの上司であるあの“鉄血宰相”なのだからな。」
互いに協力できるところは協力する……そのスタンスを破壊したのは鉄道憲兵隊自身であり、その上司であるオズボーン宰相。あの御仁も鉄道憲兵隊のみであの広大な帝国をカバーリング出来るのかと言うと……本気でそう思っているのならば、施政者として二流の烙印を押されることとなるだろう。それを敢えてやっているのであれば、施政者と言うよりも国の破壊者としての悪名を貰うことに気付いているのであろうか。
それを解っていてやっているのであれば、性質が悪いことこの上ないのであるが。
「だが、元はといえば『アンタら自身……あの“鉄血宰相”の失態』だということも忘れるなよ。尤も、その意味を知った時には既に遅いだろうがな。」
「どういう意味ですか?」
「言葉通りだよ。」
彼女は知らない。帝国がひた隠しにしている『ハーメルの悲劇』、帝国政府と情報局・鉄道憲兵隊ぐるみによる『王国皇太子夫妻および王子殿下の暗殺』、『王子殿下の生存』…それと、先日の『遊撃士協会支部襲撃事件』…この三つを国内外に発表した際、“鉄血宰相”はおろか、<五大名門>の内の“四大名門”……革新派・貴族派共に大ダメージを負うことが確実視されることは想像に難くない。ただ、その事案も三つだけですめばまだいいのであろうが……それ以上のダメージを“因果応報”という形で負うことに“鉄血宰相”は気付いていない。
「言っておくが、この場で俺を殺そうとしても無駄だぞ。たとえ、この国にいるアンタらの仲間が近くにいたとしてもな。」
「!?」
「このことはカシウスさんも知っている。だが、敢えて生かしておいている。ここまで言えば、その意味は聡明な頭脳を持つ貴女なら解るでしょう……その『意味』を。」
『人質』……言うならば、そういうことだ。その気になれば、今すぐにでもその者たちの殺害を行使できる。リベールの動きを把握するために送り込んだはずが、それが仇となっているこの状況を察し、アスベルを睨んだ。だが、それを意にも介さず、彼女だけに向けて殺気を放った。
「!?!?(こ、この感じは……駄目、彼には……勝てないっ………!)」
その殺気に当てられたクレアは身体の震えが止まらなかった。そして、本能的に彼の実力を察してしまった。目の前にいる彼を敵にしてしまった時、間違いなく殺される……そう直感したクレアを見て、アスベルは殺気をしまいこんだ。
「………ま、折角の祭りだ。ただ来ただけじゃつまらないし、見物ぐらいしていけよ。」
そう言って踵を返すと、その場を後にしようとしたアスベル。その時、アスベルの後ろから聞こえた声……クレアは息を整えながらも呼び止めた。
「……待って、ください。」
「驚いたな……(あれほどの殺気を受けて、正気を保っていられるとは……)で、何だ?」
「貴方は、それだけの力がありながら何故、頂点に君臨しようとしないのですか?」
クレアの疑問も尤もであろう……だが、いや、だからこそであると思いつつ、アスベルはその質問に答えた。
「力を以て頂点に君臨したら、それは『王』ではなく『独裁者』だ。俺は別に『王』になる気などないし、『王』の資格足り得るものがいる以上、そいつに任せるのが筋だ。『理想』と『現実』……そのバランスを見極められる人間が施政者に必要なんだよ。尤も、“鉄血宰相”に忠誠を誓うお前らに言っても、無駄な説法だろうがな。」
只でさえ強大な力を持っている上に、これ以上の地位となると……それは、未来に大きな禍根となって争いの火種となる。力はただ力……だが、簡単に揮える力こそ厄介なことこの上ない。なればこそ、その力の重大さはそれを扱う者にとって大きな責任だ。その責任を負えるだけの強靭な精神力や信念が必要なのだ。
「そうですか………お礼と言っては何ですが……」
それを聞いたクレアは自分の中で何か納得したような表情を浮かべて、懐から取り出したのは一個の指輪。見るからに白金の指輪であり、小さな蒼曜石が填め込まれていた。
「これを、貴方に渡します。」
「いやいや、何でそうなるんだ?俺としては単純に警告しに来ただけなんだが?」
仮にも敵……しかも、“鉄血宰相”の側近とも言える彼女からものを貰う訳にはいかない。だが、クレアのほうは笑みを浮かべて有無を言わせない感じを漂わせていた。
「ここにいるのは、帝国から来た一人の旅行者であるクレア・リーヴェルトです。私の相談に乗ってくれた依頼の報酬という形ならば、文句はありませんよね?」
「……流石、一筋縄じゃ行かないところは“氷の乙女(アイスメイデン)”たるところだな。」
その物言いならば、無碍に断ることは出来ない。アスベルは渋々受け取ることとした。
「それでは、失礼します。」
「ああ。」
クレアは軽く会釈をして、その場を後にした。
(………何故でしょうね。私が『クレア・リーヴェルト』でいられる証……あの指輪を彼に渡したのは。)
彼に対して弱みを作るわけではない。単純な動機……個人的に気になった人物だった。彼の前では、“氷の乙女”と言う異名も形無しのように感じてしまった。この身命は敬愛する宰相閣下に捧げた……いや、今にしてみれば捧げた『はず』であった。
宰相閣下以上の『器』……殺気に当てられたとき、それを感じ取ってしまった。それに対して、私は今までの忠誠の意味を改めて見つめなおすこととなってしまった。この思考が自分の中で一つとなった時、今までのように宰相閣下を敬愛して忠実に彼を支える『鉄血の子供達』となりえるのか……それは、私自身にも解らなかった。
「『眠れる白隼』……確かに、この国は恐ろしいですね。本当に……」
そう呟いたクレアの表情は悔しさというよりも、何故だか喜びという感じであった。
“氷の乙女”……彼女がその答えを出すのは、そう遠くない未来であった。
番外編……というか、アスベルにフラグ立ちました。
リィンとロイド→褒める的な殺し文句
アスベル →文字通りの殺し文句
なのですが、どうしてこうなった……そこ、『お前が言うな』って言わないでくださいよw
そういえば、閃の公式HPを見ていて思ったのですが……帝国軍の中に戦艦の記述があったんですよね。でも、Ⅰの段階で出てきていないような……あっ(察し)
少なくとも、Ⅱでは新たに星杯騎士は出てきそうですがね。ケビンの例もありますし、ガイウスが世話になったという神父もはっきり出てきてませんし。
あとは、碧EvoのHPも見てきたのですが……イメージイラスト追加とはいい仕事するなぁ(感激)