第110話 迫りくる脅威のために
~グランセル国際空港~
不戦条約の調印式が無事終わり、翌日の朝……レミフェリア公国およびクロスベル自治州の関係者は一番艦『アルセイユ』、カルバード共和国の関係者は二番艦『シャルトルイゼ』、そしてエレボニア帝国の関係者は三番艦『サンテミリオン』にて見送られる形となった。
その中で、昨晩の出来事のせいでぎこちないことになっている二人がいた。
「えと、その、昨日はごめんなさい。酔っぱらっていたせいとはいえ、迷惑をかけてしまって……」
「いや、エリィが謝ることじゃないよ。元はと言えば、俺がきちんと拒否しなかったのも悪いわけだし。」
ロイド・バニングスとエリィ・マクダエルの二名であった。昨晩の『キス騒動』に関して互いに弁解するという状態に陥っていた。ロイドの方は事故とはいえキスを奪ってしまったことに謝り、エリィの方は酔っぱらっていたとはいえ迫ることをした事実に対しての謝罪を述べていた。
「………(困ったな……このままじゃ平行線だな。どう責任を取ればいいか……)」
「………(こんなはずじゃなかったのに……確かに、気になってはいたし、ルヴィアさんがロイドに迫っていた時は嫉妬していたのだし……)」
「ろーっくんにゃ!?」
互いに解決策が見いだせずにいた時、そこに割り込もうとしたルヴィアゼリッタ………だが、
「少しは自重しろ。」
「に”ゃあ!?リン、放してよ~!!」
問答無用でリンがルヴィアゼリッタを引き止め、首根っこ掴んでその場を離れた。だが、ルヴィアゼリッタの引き起こした被害は既に出ており………
「マキアス……実は、私の本体は眼鏡だったんだ………」
「父さん!?何を言っているんだ、しっかりしてくれ!!」
「流石は私の愛娘……いい蹴りだ………ぐふっ」
「大統領閣下ーーー!?」
ルヴィアゼリッタの進路上にいたカールとロックスミス大統領は彼女によって壁に吹き飛ばされ、マキアスやジンが彼等の手当てに奔走していた。
「申し訳ありません……」
「いえ、命は取り留めておりますから……むしろ、そちらの身内の方が大きなダメージを負っているみたいですし、今回の件はお互い見なかったことにしましょう。」
「皇女殿下のご配慮、感謝します。」
その横でエルザ大使がアルフィンに謝罪し、この時ばかりは流石のアルフィンも冗談めいたことは言えず、真摯な態度で応対していた。
そんな騒ぎの中……エリィは一つ問いかけた。
「そういえば、ロイドはクロスベルの出身なの?」
「え?ああ……そっちに戻ってきたら警察に入るつもりさ。」
「そうなの…もし手伝えることがあれば、遠慮なく頼って。」
「ああ、そうさせてもらうよ。とはいえ、エリィのように綺麗な子を頼るというのも、男としてのプライドが……」
「……もう、回りくどい言い方だと駄目なのね。」
「え、それって……」
互いにクロスベルで再会する……彼女の言葉と申し出にロイドは頷くも、女に頼るというのに抵抗感を感じていた。一方、エリィは自分の言葉の意味を理解していない彼に対してムッとした表情を浮かべた後、ロイドに近付き……
「んっ………」
「ん!?」
触れる唇。それが数秒の後、離れると……互いの頬は赤く染まっていた。
「フフ、さっきの言葉はあなたの『パートナー』になりたいって意味よ。それと、ルヴィアさんには負けないという意味での『宣戦布告』。流石に貴方にしてみればファーストキスじゃないかもしれないけれど。」
「……いや、昨晩エリィに迫られたときのキス、あれが俺のファーストキスなんだけれど。」
「………と、ともかく、覚悟してよね?私をときめさせた責任、取ってもらうんだから。」
「そ、それって、つまり……(パートナーと言うか…こ、恋人ってことだよな……)」
エリィの言葉に流石の鈍感なロイドも薄々勘付いていた。エリィがパートナーになること自体は吝かではないが、自分の気持ちがよく解っていなかったロイドであった。それを見たニコルは二人……エリィの方に近付き、
「エリィさん、これを。ロイドの住んでいる場所です。」
「あら、ありがとうニコル君。」
「ニコル!?」
「いいじゃないですか。ロイドはきちんと責任を取るべきですよ」
反論しようとしたロイドを一喝する様な口調で言い切ったニコル。その表情は満面の笑みであった。
「………何故でしょう。私が将来苦労する光景が目に浮かびます。」
その光景を遠くから見ていたティオはその様子を見て、将来あの二人のせいで苦労することになりそうな気がした。
一方、その頃……サンテミリオンの停泊する乗り場の近くで話している二人の姿があった。
「その、今回はいろいろありがとう。」
「気にすることは無いかな……ま、こっちの仕事が一段落したらルーレの方にも顔を出しておくよ。」
「ええ、楽しみにしているわ。」
そう言葉を交わしていたのは、先日に仲睦まじい関係となったアスベルとアリサの二人。
二人が話していると、其処に割り込む形で聞こえてきた声。現れたのは一人の女性。そして、その恰好は紛れもなくメイドの格好そのものであった。
「あらあら……お二方とも、とても仲がよろしいですわね。」
「え?」
「シャ、シャロン!?」
「はい♪シャロンでございますよ。」
メイドの格好をした女性―――ラインフォルト家のメイドであるシャロン・クルーガーの登場にアスベルも少し驚きを隠せず、アリサに至っては慌てふためいていた。それもそうだろう……アスベルはルドガーからその辺の話を聞いてはいたが、ここまでの行動力には脱帽ものだろう。
「シャロン!貴女、母様の出張についてったんじゃなかったの!?」
「そちらは予定よりも早く終わりまして、会長と副会長の言い付けでこちらに来たのですよ。それはともかく……初めまして。ラインフォルト社のメイドをしております、シャロン・クルーガーと申します。」
アリサの追及をのらりくらりとかわし、シャロンはアスベルの方を向いて挨拶を交わした。
「これはご丁寧に……遊撃士協会ロレント支部所属、アスベル・フォストレイトと言います。貴女の事はマリクから聞いています。」
「成程。マリク様からお話を聞いていたのですか……あまり驚かれなかったのはそのためですね。そういえば、お二方は婚約者のようなものでしょうか?」
「シャ、シャロン!いい加減にしてよね!!」
シャロンのことはマリクのみならず、クルルやスコールからも聞いているのだが……『執行者』No.Ⅸ“死線”の肩書を持つ人間。『執行者』ということからすれば、並ならぬ実力者だというのは手に取るように解る。
それよりも、シャロンは二人の雰囲気からそれとなく問いかけ、アリサは顔を赤くしてシャロンを睨んだ。
「アリサ……気持ちは解らなくもないが、そうやって反論するだけ墓穴を掘るのと同じだぞ?」
「う”っ……」
その様子を見たアスベルはため息を吐きつつアリサを諌め、アリサもその言葉を聞いて押し黙った。この手の人間には、下手に反論するだけ墓穴を掘ってしまうのが明白である。尤も、恋人以上の関係とはいっても数日前にそうなったのであるし、婚約者という括りに入るかどうかは正直解らない……まぁ、護衛と言う形でデートっぽいことは幾らかしていたのであるが。
「お嬢様が15歳で将来を捧げるお方と巡り合えるとは……このシャロン、嬉しさのあまり涙が止まりませんわ。」
「シャロンの言ってることは事実なんだけれど、ツッコミ入れていいかしら?」
「………やめとけ。余計酷くなるのがオチだ。」
「そうね……」
とりあえず、シャロンに言いたいだけ言わせておくことにしたアスベルとアリサは二人そろってため息を吐いた。
「一人で盛り上がっているシャロンは放っておいて……これを貴方に。」
「これは、指ぬきグローブ…うん、サイズもぴったりだ。ありがとう、アリサ。大事にするよ。」
「ううん、どういたしまして。」
そして、アリサはシャロンを無視してアスベルに指ぬきグローブを渡し、アスベルはそれを左手にはめた。感触としては悪くないと思いつつ、アリサに礼を述べた。その言葉にアリサも笑顔を浮かべて彼の言葉を率直に受け止めた。
「……あれ?そういえばシャロンは?」
「……エステル、彼女は?」
「さっきのメイドさん?あたしにギルドの場所を聞いて、空港を出て行ったけど?」
「…………アスベル」
「ははは……もうどうにでもなれ、だな。」
彼女―――シャロンの行動からするに予想がつく展開にアスベルとアリサは顔を見合わせ、最早苦笑いしか出てこなかった。恐らくは彼女の雇主であるアリサの両親―――イリーナ・ラインフォルトとバッツ・ラインフォルトにそのことを報告する光景が目に浮かんだ。
「とりあえず、リィンを送り届ける時に顔を出すことにする。」
「ごめんなさい……ウチのメイドが迷惑をかけて。」
「あははは……」
「大変だね、アスベルも。」
どちらにせよ、こちらの『異変』が一段落した後にエレボニアに行くことは確定事項となってしまった……そのことにとりあえず覚悟だけは決めておこうと思ったアスベルだった。
その後、ヴィクター、アリシア、ラウラの三人はトヴァルが護衛という形でレグラムに戻り、ルドガーもエステルらと別れた。そして、アスベル、シルフィア、レイア、シオンの四人も別件があるということで、既にグランセルを離れていた。
~遊撃士協会 グランセル支部~
「皆さんお疲れ様です……リィンさんはやけにお疲れのようですが、何かあったのですか?」
「……そっとしておいてあげて。」
「え、ええ……解りました。」
エルナンは入ってきた一同……その中で疲労の顔が見えたリィンの事に付いて尋ねるが、シェラザードの言葉に大方の想像がついたようで、頷いて答えた。
「ひとまず『結社』の妨害はなかったけれど……これで自治州の都市全てで『実験』が行われたことになるわ。次に“結社”がどう動くか、すぐに見極めないといけないわね。」
サラは真剣な表情で現在の事情を言った。今まで立て続けのような形で行われてきた『結社』の『実験』。この一週間、動きがなかったことには驚きを隠せずにいた。これをどう捉えるかにもよるが、散々混乱させてきておいていきなり姿を顰める……これを脅威が去ったと読むには、些か腑に落ちないのが現状での見解だろう。
「それなのですが……この辺で一度休息されてはいかがでしょうか?」
「へ……」
「休息って……どういうことだ?」
この状況下において出たエルナンの提案にエステルは驚き、アガットは尋ねた。
「聞けば、各々状況は違えどもここ一カ月ほど働き尽くめだと聞いています。この先の事を考えると、一度休息をしていただいて身も心もリフレッシュするのがよいかと。」
「あ……で、でも……『結社』がまだいるし……」
「だな。また連中が何か起こしたら、俺たちが出向く必要がある。オチオチ休んでられねぇと思うんだがな……」
エルナンの提案も尤もであるのだが、エステルとアガットはその提案に難色を示した。確かに、『結社』がいつ動くか読めない以上、下手に休むのは危険だというのも解らなくはない。その言葉にも説得力はあるとエルナンは言った上で言葉をつづけた。
「エステルさんの懸念やアガットさんの仰ることも解りますが……この提案をしたのには、もう一つ理由があります。ボース支部から連絡がありまして、クルツさんらが目星をつけたらしいのです。」
「ええっ!?」
「目星というと……もしかして、“身喰らう蛇”の拠点!?」
エルナンの話を聞いたエステルは驚き、シェラザードは尋ねた。
「ええ、数日中に確かな情報が入りそうです。もし、連中のアジトが判明すれば一気に忙しくなるでしょう。ですから、休めるうちに休んでおいて欲しいというわけです。」
「そっか……」
「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうべきだろう。コンディションの調整も遊撃士の仕事と言えるからな。」
「確かに……」
「ここいらで軽く一休みも悪くねえか。」
エルナンの話を聞いたエステルは頷き、スコールは納得した表情で言い、シェラザードとアガットはスコールの言葉に同意した。考えて見れば、エステル、シェラザード、リィンはロレント、ボース、グランセルと立て続けに『結社』に関わっており、その上で『不戦条約』の護衛……ここらでコンディションを整えておくのは、今後を考えるとこの時をおいて他にはないであろう。
「フッ、いい感じに話がまとまってきたじゃないか。しかし、骨休みを勧めるということは何か心当たりがあるのかな?」
「ご明察です。実は、メイベル市長から竜退治の報酬とは別に、皆さんへの感謝の気持ちとして『いい物』を頂きました。」
オリビエの言葉にエルナンは頷きつつ、エステルに何かのチケットを渡した。
「南の湖畔にある“川蝉亭”の特別チケットです。皆さん全員が三日ほどタダで泊まれるものです。」
「ほ、ほんと!?」
「おお……さすがは名高きボース市長だ。」
「ふふ……先輩らしい心遣いですね」
「えとえと、それって……。みんなでどこかに出かけてお泊まりするってことですか?」
エルナンの話を聞いたエステルは明るい表情で驚き、オリビエとクローゼは感心し、ティータは嬉しそうな表情で尋ねた。
「ふふ、そうよ。ヴァレリア湖畔にある眺めのいい宿屋さんでね。お酒も料理も美味しいし、舟遊びとかも出来ちゃうわよ?」
「わぁ……!」
「ふむ……そいつは中々良さそうだ。」
「ヘッ、確かにあそこならいい気分転換にはなるかもな。」
「フフ………楽しみですね。」
「疲れを癒すには最適でしょう。」
「うんうん!どうせだったら思いっきり羽根を伸ばしちゃおう!」
シェラザードの言葉にティータは目を輝かせ、他の面々も休息することに異存はなく、楽しみであることを窺わせる台詞が飛び交っていた。
~ツァイス市 ラッセル家~
一方その頃、アスベルらは定期飛行船でツァイスに到着し、ラッセル家に入ると……博士と一人の女性がいた。
「おお、アスベルたちか。」
「お久しぶりです、アスベルさん、シルフィアさん、レイアさん。それに、はじめましてシオンさん。」
博士とその女性……女性の方は特殊な法服に身を包み、チェーンで括り付けられた星杯のメダルを持つ女性。彼女の名はカリン・アストレイ。エレボニア最南部にあった村『ハーメル』の生き残りであり、現在は七耀教会星杯騎士団所属『守護騎士』第六位“山吹の神淵”の肩書で各地を飛び回っており、今回はアスベルの要請を受けてリベールに来ていた。
「お久しぶりです……博士、例の話は?」
「既にしておる。にしても、まさか帝国がのう……その後の不審さにも納得はいくが。それと、ヨシュア君がその一人だとは……」
「それは私もです。姿を消したと聞いたときは驚きましたが……」
互いに知っている事情……『ハーメル』のことは無論であるが、ヨシュアのことは身内であるカリンにとっても他人事ではなかった。とりわけ、その事情に関わっている人間が自分の所属する組織の元関係者なだけに怒りを禁じ得ずにはいられなかった。
「ま、ヨシュア絡みの辺りは俺らがやる仕事じゃねえんだけれどな……」
「それはともかく、カリンさん。周囲の状況はどうなってますか?」
「ええ……『北の猟兵』、『赤い星座』の一部、『黒月』……いずれも、見たことの無い赤い兵装を纏った兵士が接触したようです。それと、東の方角の方から赤い戦艦とも言うべき謎の飛行物体を確認できました。」
彼女の言葉からするに、『結社』は巨大空母である『方舟』をこの異変に持ち出してきたようだ。それと、猟兵団やマフィアの存在……これらの調査ができるのは、国という柵を持たない星杯騎士だからこそであり、『メルカバ』あっての結果とも言える。
「猟兵団に『黒月』といえば共和国方面のマフィアじゃったか……ひょっとして『結社』絡みかのう?」
「ええ。奴らは本格的にこの王国を戦場にするつもりでしょう…最悪の場合は、『方舟』を用いて王国を焦土にするつもりでしょうが……」
「そこまで、ですか……」
だが、奴らは自分で自分の墓穴を掘っていることに気付いていない。『結社』のしでかす結果次第では、自らの置かれる立場そのものを一層危うくすることにも……まぁ、解っているのであれば『実力行使』などせずに『直接対決』してくるのであろうが。
「ただ、今回の件で解ったことは……不幸中の幸いにも、向こうの首謀者は王国軍の練度を舐めきっているな。」
導力さえ封じてしまえば、圧倒できる……その考えで動いていることは明白であり、それを確実に行うための白兵要員として猟兵団や武闘派のマフィアを雇ったのであろう。そして、導力停止下でも導力技術を用いることができる『結社』の兵士や人形兵器………正直『温い』と評価せざるを得ない。
「博士、準備の方は?」
「既に整っておる。お前さんの言っておったもの全てのな。で、お主らはどうするつもりじゃ?」
「行くところがありまして……カリンさんも同行願えますか?」
「ええ……して、どこに?」
アスベルは博士に確認した後、カリンに同行を願い、カリンはそれに頷いた。
そして、彼女の問いかけに答えたのはシオンであった。
―――ジェニス王立学園。そこに眠る『力』を目覚めさせる。
次回、オリ展開です。