英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第118話 天の鎖、水の鏡

~アイゼンロード~

 

各地で人形兵器や猟兵の対応に追われる王国軍……だが、その戦況は……“白面”からすれば『想定外』もしくは『計算外』の戦況を呈していた。

 

「………」

「少佐、この辺りの鎮圧は完了しました。」

「ご苦労です。だが、油断はしないでください。引き続き、二交代で警戒に当たるよう指示を。」

「ハッ!!」

軍服に身を包んだ一人の青年……『少佐』と呼ばれた青年は報告をしに来た兵の説明を聞いた後、的確な指示を出してその場を去った兵を見送ると……その光景を改めて確認する。

 

気絶する猟兵たち………最早原型を留めているのが少ないぐらいの軍用獣………そして、人形兵器を覆う装甲がまるで紙の如く切り裂かれたり、変形したり……中には最早バラバラになっている人形兵器の残骸が散乱していたり、という光景。言うなれば『地獄絵図』を見ているような光景であろう。

 

「『結社』には聡明な方がいないのかな……いや……首謀者はどうやら、人の“練度”を推し量れない御仁のようだな。」

そう呟いた黒髪の男性の名は、リベール王国軍国境師団少佐、クロノ・アマルティア。名字で解るとは思うが、カノーネの実弟に当たる。先日の『クーデター事件』と『再決起事件』にて彼女の身内ということであらぬ容疑をかけられ、『内部からクーデターを煽っているのでは?』という噂も流れた。だが、直接の上司であるモルガンの鶴の一声で噂も容疑も消滅した。そのことを聞いた女王から直々に昇進のお声がかかり、現在では実姉よりも位の高い少佐としてモルガンの副官を務めている。

 

 

―――閑話休題

 

クロノがここにいる理由は単純にモルガンの留守中、アイゼンロードに出現した兵器や猟兵を鎮圧したり殲滅したり……それができるようになった王国軍を末恐ろしく思った。それに加えて女王をはじめとした王家への忠誠は半端ではない。

 

彼等の実力を言われてもピンと来ないので説明すると……まず白兵戦だけで言うと、最低でもLv.40程度。練度が高い隊長クラスならLv.65前後はある。中には、戦車の装甲まで貫通できるとかできないとか。

 

白兵が苦手な兵は銃を用いるが、最新式の火薬・導力切替式銃を内密に採用しているのだ。しかも、その火薬は改良されており…1.5mの鉄板よりも固い特殊合金板を難なく貫通させられる程の威力を持つ。その監修を手掛けたのはレイアであり、猟兵団さながらの威力を誇る銃弾を発射することができる。

 

加えて、二人一組による戦術リンクを用いた連携戦術……尤も、練度が高い者同士となると、アイコンタクトだけで動きを把握して連携できるらしい。

 

そもそも、体術に関してはあの訓練設備での特訓を受けた人間曰く

 

『あそこに行くぐらいなら、魔獣と戦ったほうがマシ』

 

だそうだ。あの場所の訓練は『止まったら命に関わる状況』を地で行っているため、本気で対処しないと生き残れないのだ。かく言うクロノもその訓練を受けており、何とか生き残れたが……同期の中でやや反抗的だった士官候補生が、その訓練を終えた後……真人間へと変貌していたことに驚きを隠せなかったのは言うまでもない。

そう思い返していたクロノのもとに、部下の一人が近づいて報告をした。

 

「失礼します、少佐。北側の斥候からの連絡です………」

「……そうですか。例のプラン通りに、門の守りを固めるよう指示を。こちらが片付き次第、僕も戻ります。」

「了解しました!」

報告を聞いたクロノはすぐさま指示を飛ばし、未だに残骸などが残る場所へと踵を返した。

 

(……レイア・オルランド……元『赤い星座』の遊撃士。シオンはともかく、女性に託すのは忍びないが、僕は僕の役目を果たそう。ハーケン門の留守を預かる者として。)

男として……女性に迫りくる状況を打破してもらうことにはやや抵抗はあるものの、自分は一軍人である以上勝手なことはできない。ましてや、自分の上司が王城にいる以上、門の守りを指揮できるのは自分だけしかいないのだと……それを噛み締めるように小さな声で呟き、アイゼンロードの残骸撤去作業(後片付け)を急ぐよう指示を飛ばしつつ、その手伝いをこなしていった。

 

~同時刻 レイストン要塞 指令室~

 

「―――以上をもちまして各方面からの報告は終わりです。再編成が功を奏したようで、戦闘が想定していたよりも速く終わり、『アルセイユ』の遊撃士も含め、予想以上に順調と言っていいかと。」

「ふむ……そうか。」

士官の報告を聞いたカシウスは頷いた。王国軍の練度は想定したものよりも上のレベル……少なくとも、特務兵らと遜色ないほどの仕上がりにはカシウスも感心した。これには、カシウスのみならず“その道における経験者”によるお蔭であることもこの短期間で練度を高められた要因である。

 

「しかし、『結社』と言っても所詮は犯罪者の集まりですな。王国軍の敵ではなさそうです。」

「油断はするな。各地で撃退したとはいえ、『結社』には例の“方舟”が残っている。警備艇には引き続き王国各地の哨戒に当たらせろ。なお、『緊急指令』は全部隊に徹底させるように。」

「了解しました!」

カシウスの指示に敬礼をして答えた士官は部屋を出て行った。士官が部屋を出て行った後、カシウスは一息ついた。そして、一束の計画書を手に取った。

 

「『福音計画』の『対抗策(カウンタープラン)』……『天の鎖計画』『水の鏡計画』……そして、『焔の矢計画』。前者の二つはともかく、後者の一つは俺ですら躊躇いそうな内容だな……」

そうカシウスが表現するのには理由がある。前者の二つはあくまでも『欺く』もの。だが、後者の『焔の矢計画』は、明らかに『殲滅』や『破壊』を前提としたプランなのだ。

 

「天の鎖によって“古”を縛り、水の鏡によって“白”を欺き、焔の矢によって“鉄”を焼き払う……確か、そう言っていたな。その意味は未だに解らないが。」

そうカシウスが呟いた言葉は、先日計画書を渡しに来たアスベルの言っていた言葉。その言葉の意味をカシウスは図りかねていた。だが、彼は同時に次の言葉も残していた。

 

『彼等が『導力停止現象』の引き金(トリガー)を引くとき……それが、計画開始の合図(トリガー)です。』

 

(……待てよ。単純に導力停止を防ぐためならばそこまで大仰な仕掛けは必要ない。)

カシウスは考え込んだ。以前博士から聞いた『導力停止現象』への対策案の依頼をアスベルがしていたこと。だが、アスベルから渡された計画書はそれだけに止まらず、『結社』という存在を考慮した上での三重の策として立案された。確かに、『執行者』の事を考えれば、その為の対策は必要であろう。それならば『天の鎖』と『水の鏡』には納得できた。『結社』や猟兵団、マフィアなどといった存在の対処に関しては『天の鎖』の計画の中に組み込まれている。

 

では、『焔の矢』は一体何を想定した計画なのか。その内容を見通したカシウス……やがて、一つの結論にたどり着く。

 

「まさか………この計画―――『焔の矢計画』は、前者の二つと連動しつつも連動しない……そういうことなのか?」

なぜならば……『焔の矢計画』のことは、その概要しか書かれていない。それ以外に関しては、細かい概要が記載されていない。だが、計画書を渡したアスベルは同時にこうも言っていた。

 

『一つ言っておきます。『焔の矢』は、『この異変』ではまだ放たれません……それは、『来るべき時』のための“矢”なのですから。』

 

そのアスベルの言葉の意味を本当の意味で知ることになるのは……そう遠くない未来になることをカシウスですら知り得なかった。

 

 

一方、エステル達は琥珀の塔でレンを見つけ……レンを『結社』から抜けさせたいというエステルとヨシュアの言葉にレンは自らの“闇”を明かし……その覚悟があるかどうかということでレンと彼女の操る<パテル=マテル>と対峙したが、レイア直伝の膂力を発揮したエステルは何と<パテル=マテル>を

 

「おりゃあっ!!」

「<パテル=マテル>を、一本背負い!?」

棒による梃子の原理と螺旋の型を応用し、投げ飛ばしたのだ。これには主人であるレンも驚きを隠せなかった。

 

「エ、エステル……どんどん人間じゃなくなっていくわね。」

「シェラ姉、どんなに頑張ってもあたしは人間でいたいの!」

「いや、説得力がねえんだが……」

「…………(ポカーン)」

「レ、レンちゃんが固まってる……」

「そ……その、ごめん。」

シェラザードはため息を吐き、エステルはジト目で反論し、アガットは冷静にツッコミを入れ、口が開いたまま唖然とするレンにティータは慌て、ヨシュアは冷や汗をかきつつレンに謝った。

 

「フフ―――いいわ、エステル。最高に気に入っちゃった♪」

「あれ?気にしてないのかな?」

「いや、あれは多分逆に吹っ切れたんだと思うよ。」

笑顔なのだが、ある意味エステルに恐怖を覚えた様子のレンにエステルは首を傾げるが、ヨシュアは苦笑しつつも言葉を呟いた。そして、エステルは少し考えた後……レンに一つの提案をした。

 

「ねぇ、レン。あたしたちと鬼ごっこしよっか。レンが逃げる役で、あたしとヨシュアが捕まえる鬼ってことかな。あたしらが諦めるか、捕まるか……勝負しない?」

「―――その提案、乗ったわ。尤も、かくれんぼはエステルの勝ちだけれど、今度はレンが勝って見せるんだから!」

「ふふん、後で弱音を吐いても責任は取らないからね?」

ただ捕まえるのではなく、『お茶会事件』のかくれんぼと同じように……今度は大陸全土の鬼ごっこ。どちらも自信満々の様子を見て……

 

「やれやれ、そういった大胆さはオッサン譲りだな。」

「エ、エステルお姉ちゃん………」

「ヨシュア。頑張りなさいね。」

「ええ、解っています。」

カシウス譲りの性格にアガットは疲れた表情を浮かべ、ティータは引き攣った笑みを浮かべ、シェラザードはヨシュアにねぎらいの言葉をかけ、ヨシュアは素直にその言葉を受け取った。

そして、レンは体勢を立て直した<パテル=マテル>の掌に乗り、飛び立とうとしたとき……エステル達に言葉を残した。

 

「あ、そうそう……一杯驚かせてくれたエステルに餞別の言葉をあげるわね。さっきまで塔を包んでいた結界は<環>の“手”だったってことらしいわ。レンにもよく解らないけれどね………また会えるといいわね、エステル。あと……(じー)」

「いや、レン……確かに『結社』を抜けた僕を恨むのは解らなくもないけれど……」

「エステル、ヨシュアは鈍感だから気をつけなさいね♪」

「え、いや、何を言って……」

ヨシュアの言葉を聞くまでもなく、レンを乗せた<パテル=マテル>は塔の屋上から飛び立っていった。

 

「………」

「あはは……とりあえず、戻ろっか。」

「そうね。」

「え、えと、ですね。」

「だな……」

納得いかない表情を浮かべるヨシュアに苦笑を浮かべつつも、エステルらは一度『アルセイユ』に戻ることとした。

 

 

~アルセイユ ブリッジ~

 

艦に戻ったエステル達のもとに来た博士が、塔の中で回収したデータクリスタルの“カペル”による解析が終わり……『四輪の塔』の役目が『デバイスタワー』であり、『第二結界』を発生させるものであること。そして、『ゴスペル』は<輝く環>の『端末』であることを明かした。すると、通信を知らせるアラームが鳴り、通信士のリオンが繋ぐと、モニターが起動して、ワイスマンが映し出されたのだ。

 

『フフ、初めましての方もいるので改めて自己紹介しよう。『身喰らう蛇』の『蛇の使徒』、ゲオルグ・ワイスマンという。以後お見知りおきを。』

「!!!」

「きょ、教授!?」

「なにッ!?」

「彼が……」

「こ、この人が……」

「「………」」

モニターに映っているワイスマンを見たヨシュアは目を見開き、エステルは信じられない表情で呟き、エステルの呟きを聞いたアガットとリィン、クローゼは驚き、サラとケビンは真剣な表情でワイスマンを睨んでいた。

 

「フフ……初めまして、ラッセル博士。それだけのシステムを自力で実現されたとは驚きです。さすが、かのエプスタイン博士の直弟子の1人だけはある。おかげで、普通に通信する羽目になりましたよ。」

「ふん、イヤミか。言っておくが、航行制御・通信管制・火器管制のいずれもが独立しておる。そちらからこの艦を操ろうとしてもムダじゃぞ。逆にお前さんらが痛い目を見ることになるぞい。」

ワイスマンに感心された博士は鼻を鳴らした後、ワイスマンを睨んで答えた。

 

「いえいえ。そんな事はしませんよ。皆さんには、せっかくの決定的な瞬間を見逃して欲しくなかったのでね。こちらからわざわざ連絡しただけなのです。」

「なに……?」

「決定的な瞬間……まさか!」

「フフ、その位置だと前方甲板に出るといいだろう。それでは皆さん、よい夜を。」

エステル達に意味ありげな事を言い残したワイスマンの映像は切れ、モニターが戻った。

 

「ヨシュア……!」

「ああ……甲板に出よう!」

そしてエステル達は甲板に急いで向かった。

 

~アルセイユ・甲板~

 

「ど、どこ……!?」

「前方甲板から一番よく見える方向……」

甲板に出たエステルは何かを探し、ヨシュアはワイスマンが言った事を思い出して呟いたその時

 

「……あれや!」

何かを見つけたケビンが指さした方向――ヴァレリア湖上空を見ると、一閃の光が走った後空間が割れ、巨大な輝く浮島――浮遊都市のような物が現れた!

 

「な、な、な……」

「まさかあれが…………あの巨大な都市が……」

「うん……間違いない……」

「“輝く環”……オーリオールっちゅう事か!」

巨大な浮遊都市の登場にエステルは口をパクパクさせ、信じらない表情で呟いたクローゼの言葉にヨシュアは頷き、ケビンは真剣な表情で叫んだ。

 

「―――いかん。ユリア大尉!急いで艦を降ろすんじゃ!」

一方我に返った博士は血相を変えて、ユリアに言った。

 

「……え……」

「カシウスが伝えた緊急指令があったじゃろ!急がんと手遅れになるぞ!」

「!!!」

博士の言葉にユリアはすぐさまその意味を察し、急いでブリッジに戻ると“一度”艦を降ろした。

 

その次の瞬間、黒い光の波動が発生し……導力によって動いていた機器―――光が次々と奪われ、次第に王国全土から光が消えた。

 

~グロリアス 甲板~

 

「おお……!」

「これは……」

「クハハ……マジかよ!」

「ウフフ………ステキね。」

「あはは!確かにこれはスゴイや!教授が勿体ぶってたのも納得だ!」

一方その頃、浮遊都市の登場をグロリアスの甲板で見ていた執行者達は、視線が完全に釘付けだった。

 

「フフ……お気に召したようで何よりだ。“輝く環”は永きに渡って異次元に封印されていた……。だが端末たる“福音”があればこちらの次元にも干渉できる。問題はレプリカの精度をどこまで上げられるかだったのだ。」

「そして幾度もの実験を経て真なる“福音”は完成した。“環”はそれらを通じて己を繋ぐ“杭”を引き抜き……そして今、昏き深淵より甦った。―――それが第3段階の真相か。」

ワイスマンの説明を唯一人、冷静な様子で浮遊都市を見続けているレーヴェが答えた。

 

「ククク……その通り。」

レーヴェの話を聞いたワイスマンは凶悪な笑みを浮かべて頷いた後、高々と叫んだ。

 

 

「諸君の働きのおかげで第3段階は無事完了した!これより『福音計画』は最終段階へと移行する!」

 

 

~グランセル城 空中庭園~

 

「―――ありがとう、ゲオルグ・ワイスマン。おかげで『デバイスタワー』を起動させることができる。」

笑みを浮かべたアスベル。そして、彼は『ゴスペル』に似た白いオーブメントを手に掲げ、<聖痕>を顕現させて計画の始動キーを発動させる。

 

 

―――我が深淵にて煌く紫碧の刻印よ。我が求めに応え、七耀の鍵となれ。女神より齎されし『時の至宝』……今こそ、『天の鎖』…そして、『水の鏡』となりて、『空』を欺け。

 

 

その言葉に白きオーブメントは眩い光を放つ。それに連動するかのように……王城地下の『封印区画』に光が灯り、同時に『四輪の塔』の屋上にある装置も再び光が灯された。

 

 

すると、四つの塔から見えない光が黒い光を弾き飛ばし、その黒い光を“輝く環”の周囲に押し止めた。さらに、塔から薄い光の膜が王国全土を覆うように展開され、展開し終えたころには………都市や街道の導力の光が再び灯り始めた。

 

 

~グロリアス 甲板~

 

「ん?…………」

「どうかしたのかね、“剣帝”?」

「いや……“漆黒の牙”がどう立ち向かってくるのか気になっただけだ。(今、何か光が……気のせいか。この状況下で導力は動かせないのだからな)」

甲板で“輝く環”を見ていたレーヴェは薄い光を見たような気がし、ワイスマンが尋ねたが、レーヴェは見当違いのことを言って誤魔化しつつ、今のは自分の目の錯覚なのだと考え、これ以上の詮索を止めた。

 

「フフフ、“漆黒の牙”は動けないよ。何せ、彼には彼の母親を“猟兵団”から救う役を担ってもらうのだからね。」

 

レーヴェの言葉に答えるようにそう言ったワイスマン。

 

 

だが、彼の計画は既に崩壊し始めたことを知るのは、その対抗策を知る者だけだということを……彼はまだ知らない。

 

 




事の詳細は次回以降にて。

それと、次回以降は……一方的な虐殺シーンがあるかもしれません(予定)

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