英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第123話 “銀”の刃

~エリーズ街道~

 

レイアが『赤い星座』、アスベルが『北の猟兵』と戦っている頃、ワインレッドの髪を持つ少女―――『紅曜石』の義妹にして、『守護騎士』第七位“銀隼の射手”シルフィア・セルナートも南側から来る襲撃者を相手にしていた。

その襲撃者は『結社』の猟兵とは異なり、『痩せ狼』や『不動』のように格闘術を駆使してシルフィアに襲い掛かっていたが……元々武術には長けていたことに加え、星杯騎士として体術を磨いた結果……武器なしでも相手を制圧するぐらいは出来るようになっていた。

 

「ば、馬鹿な……」

「相手はたった一人…なんだぞ…」

だが、それ以上に彼女を相手にしている『黒月』の面々は驚きを隠せずにいた。彼女の周囲に転がるのは彼等と同じ『黒月』の構成員。彼らはいずれも既に絶命している状態……それも、的確に心臓を貫く形で。焦燥の表情を浮かべる仲間に対し、いつもの様子とはかけ離れた冷酷な表情でシルフィアは静かに“警告”した。

 

「これが最後です……これ以上刃を交えるというのなら、彼等のようになりますよ?貴方達とて、無駄な犠牲は払いたくないでしょう?」

いわば“最後通告”……自らの命と『黒月』としてのプライドを天秤にかけられた形の言葉に構成員は動揺を隠せない。そこに、彼らを率いる“指揮官”―――ライガ・ローウェンが姿を見せた。

 

「へぇ~……コイツはまた麗しいお嬢さんだ。だが……油断しているとその棘に命を奪われそうだな。」

「成程。貴方がこの部隊の指揮官とお見受けしますが。」

飄々とした物言いでありながらも、その佇まいに一切の隙が見当たらない……シルフィアは目を細め、ライガの方を見やる。

 

「ご明察、だな。オレはライガ、ライガ・ローウェン。『貿易会社のしがない社員』だ。」

「よく言いますね……リベール王国軍『天上の隼』次席、シルフィア・セルナート“准将”です。」

自己紹介したライガとシルフィア。

 

ちなみに、シルフィアの階級は間違いではない。ついでに言うと、アスベルの階級もだ。クーデター事件後、女王の計らいにより、昇進する形となった。アスベルは少将から中将へ、シルフィアは大佐から准将へ、レイアは中佐から大佐へと昇進していた。

 

ついでの話になるが、リアン中佐はその実力から『天上の隼』の四席預かりとなり、トップ三人が動かない時は預かり上の隊長代理として働くことが多く、大佐への昇進も近い。カシウスに関しても軍の立て直しという功績を勘案して、飛び級昇進となる中将への昇進も近い。あと、現在大隊長を務める准佐のシオンも近々中佐への昇進を控えている状況だ。

 

ここまで立て続けに昇進が重なっていいのかと疑問なのであるが……それには“クーデター事件”や今の“異変”も大きく関係している以上、『結社』のせいでこうなっている状況に流石のカシウスも頭を抱えたくなったらしい。

 

話を戻すが……武器を構えるシルフィア、拳を握りしめるライガ……その相対する光景に彼らの周囲に立つものは最早冷や汗を感じずにはいられなかった。

 

「てめえがあの『紅曜石(カーネリア)』の妹か……おもしれえ!こんな国と高を括っていたが、どうやらいい戦いができそうだなぁ!!……なっ!?」

そう言い放ったライガの闘気が膨れ上がり、挨拶代わりと言わんばかりにシルフィアに向けて拳を振りかぶった。だが、それは見えない『何か』に阻まれた。その状況にライガも目を丸くするが、シルフィアの振りかぶった法剣を察し、ライガはすぐさま距離を取った。

 

「あぶねえ……人の域を超えたとも噂される『紅曜石』……その妹だけあって、人智を外れた能力を持ってるみてえだな?」

「………それはどうも。正直嬉しくありませんが。」

「そりゃそうだ。人間が“化物”扱いされるようなもんだしな……けど、今のは“化物”と言われても仕方ねえんだがな!!」

ライガが繰り出すのは無為無策……本能のままに体術を駆使する『我流』。それを計らずも食い止めたシルフィアはまさしく“人外”と呼ぶそれなのだと断言しつつ、ライガは変幻自在の拳や蹴りをあるがままに繰り出す。

 

拳法使いにとって一番の天敵は『型』がない人間。本来の武術を嗜んでいる人間は多かれ少なかれその型を維持している。あの『痩せ狼』ですらも、根本にあるのは泰斗の武術……だが、ライガはその型すらもない希有な存在とも言える。それでいて『黒月』において部隊長的ポジションを任せられるほどの逸材……それ相応の実力を有していることであろう。

 

だが、奇しくもシルフィアの周りには“そういった人間”がいることもあって、特に驚くこともなくライガの体術を裁きつつ、周囲にいる構成員の命を確実に刈り取っていく。

 

そして数刻後……そこにいたのは肩で息をするライガと、辛うじて致命傷を避けられたラウ、その周囲には既に絶命した構成員が転がっていた。それとは対照的にシルフィアは息を整え、隙を見せることなく法剣を構えた。

 

「(このままだと分が悪いな……)ラウ、撤退しろ。」

「し、しかし……」

「ごちゃごちゃ言うな!」

「ラ、ライガ様!?………御武運を、お祈りしますっ!……」

ライガは乱暴にラウを突き飛ばした。それに対してライガの真意を悟り……ラウは悔しそうにその場を後にした。その光景を見たシルフィアは意に介することなくライガを見つめた。

 

「俺に取っちゃここで捨石かもしれねえ……けどな、せめて一撃は食らわせてやる!!」

「………いいでしょう。」

ライガはそう言い放って『構えた』。その様子を見届けたシルフィアも法剣を構えた。互いに走る緊張……そして、互いに踏み込み、駆け出した。

 

「そおらっ!!!」

「っ!!!」

速い突き……それは確実にシルフィアの見えない壁を越え、彼女の腹を捉え……彼女は法剣を落とした。だが……

 

(何だ、この妙な手ごたえは………)

ライガが感じたのは、あるはずの内蔵の感触が感じられなかったこと……既にその油断が命取りとなった。シルフィアは両手をライガの両脇腹に打撃を打ち込み……そして、シルフィアは屈んで彼の腹部に寸勁を打ち込んだ。

 

「………がはっ!!」

その威力にライガは血を吐き、膝から崩れ落ちた。シルフィアは息を整え、法剣を拾う。

 

彼女がやった技は打撃の内部浸透ラインをライガの体内で結ぶことにより爆発的な威力を発揮させる『凶叉』という技。そして、ライガが感じた違和感の正体は……特殊な呼吸法で内臓をあばらの中に押し上げる『内蔵上げ』によるもの。彼にはその理由を知ることなどできない。寸勁は東方の拳法の中に取り入れられているが、『内蔵上げ』は空手……この世界にあるかどうかは不明だが、彼女が転生前に習っていた武術の技巧の一つを発揮できたことに他ならない。

 

「フ、フフ……俺の負けだ。さあ、遠慮なく殺せ。どうせ“始末役”に殺されるぐらいなら……お前のような女性に殺された方がマシだな。」

「……解りました。」

その言葉を辞世の句として受け取り、シルフィアの法剣は彼の首と胴体を分かつかのごとく振るわれ、ライガ・ローウェンはその場に息絶えた。

 

シルフィアは血を掃う……すると、妙な気配を感じ取り、法剣を構え……

 

「………アークフェンサー!」

シルフィアの法剣が近くの木を真っ二つにした。すると、そこから飛び出す影。その影は真っ直ぐシルフィアを捉えていた。そこでシルフィアが取った行動は、強引ながらも伸ばした法剣をそのまま横薙ぎするように軌道を変えて振るった。その行動にその影は距離を取り、シルフィアと相対した。

 

「フ……流石は“銀隼の射手”。あの“紅曜石”の妹ということも伊達ではないようだな。」

「仮面にフード……さしずめ、貴方が東方の凶手“銀”ってところか。貴方も襲撃をするというのかな?」

口元に笑みを浮かべる人物―――銀はシルフィアを見つめ、シルフィアはある意味“銀”という言葉に縁のある相手と相対することに内心笑みを浮かべつつ、真剣な表情で剣を構えた。

 

「元よりそのつもりはない。今回はあくまでも『監視役』……偶然とはいえ、銀という字に縁がある人間と会えるとは……今宵はこの場で失礼「させると思う?」!?」

銀の言葉はある意味本当の事だとは思いつつ……シルフィアは本気で法剣を振るい、銀は間一髪でそれをかわすが……

 

―――ピシッ……コトッ

 

「え………」

仮面を割られた銀……その仮面の奥から見せた顔は少女の顔であった。

 

「やっぱりか……リーシャ・マオ。」

「っ!?」

「あ~はいはい、ストップ」

「あうっ!!」

顔を見られたことにすぐさま自殺を試みようとしたが、シルフィアにツッコミのチョップを入れられ、その場に蹲った。そして、シルフィアはため息を吐いてリーシャに話しかけた。

 

「事情はあえて聞かない。けれども……取引しよっか?」

「取引、ですか?」

「うん。」

シルフィアが提案したのは……『自分の身内と相対することになった際、出来る限り争いを避ける』……その取引さえ守ればリーシャの正体を明かすことはしないと約束した。それに同意したリーシャは姿を隠すようにその場を退いた。

その前……リーシャはその礼に一つ情報を提供した。

 

『今回の作戦、私達はおろか『赤い星座』や『北の猟兵』は囮。本命はブライト家にあり、とのことです。』

 

「……まぁ、心配はしてないかな。」

そう言い切って剣を納めるシルフィア。だが、念のためにシルフィアは後片付けをした後、ブライト家へと向かうこととした。

 

 

~ブライト家~

 

「はぁ~……面倒なことをさせないでほしいわね。」

「今回ばかりは貴女に同感ですよ。」

そのブライト家の周囲に転がるのは猟兵や人形兵器の残骸……そして、それを面倒そうに見ながら呟いたのはヴィータ・クロチルダとアリアンロードの二人であった。要するに、この二人が猟兵らを殲滅したのだ。

 

「…え…こ、これは……」

「あ、レナさん。」

「大丈夫ですか?」

「ええ……その、ありがとうございます。」

「フフ、“先生”には世話になっているし、これぐらいはさせてほしいです。」

「ええ、幸いにも心得はありますので。」

静まり返った外の様子を見に来たレナにヴィータとアリアンロードは笑みを零してそう答えた。『結社』の『使徒』が同じ『結社』の猟兵を滅する……一時的とはいえ、これには苦笑を浮かべたのは言うまでもない。

 

「ともあれ、疲れたでしょう。飲み物を用意してありますから。」

「その、済みません。」

「では、お言葉に甘えまして……」

そう言って家の中に入る三人の姿があった……

 

 

結果、“白面”の立てたこの作戦は完全に失敗し……街中にいた猟兵らも『翡翠の刃』や『西風の旅団』らによって殲滅され、殆どの住民はその戦いの事や顛末を知ることなどなく、静かな一夜を過ごした。

 

 

~遊撃士協会 ボース支部~

 

「ふむ………お、来たようじゃの。」

「おはよう、ルグラン爺さん。」

「おはようございます。」

受付にて何かの書面に目を通していたルグランは、入ってきたエステルらの姿が目に入り、挨拶を交わした。

ボース方面に関しては、飛行船の運航停止による経済活動の多少の混乱はあったものの、今のところ物流に関しては代替案となる陸路での物流によって問題なく商いが行われている……これもアスベルらの案の一つであった。

 

更に、もう一つの案として活用しているのはヴァレリア湖を往来する船を用いた運送。幸いにもボース・ルーアン・グランセル・ツァイスの四地域は湖岸に接しているので、その部分に港を造設し、船舶による運送を行っていた。とりわけ戦車や装甲車などといった重い積載物の運搬にも一役買っているため、その重要性が近年になって再確認させられる形となり、ルーアン市の財政もノーマン市長に変わってから大幅に改善された。

 

「って爺さん、何かあったのか?」

「……お前さん達なら知っておいて問題は無かろう。昨晩、ロレントが襲撃されたらしいのじゃ。」

「あ、あんですってー!?」

アガットはルグランの表情に気付いて尋ね、ルグランが話した内容にエステルは驚きの声を上げた。

 

「もしかして、『結社』絡みですか?」

「それだけでなく、『赤い星座』や『北の猟兵』、『黒月』も動いていたようじゃ。」

「って、かなりの規模じゃない。それで被害は?」

ヨシュアが真剣な表情で尋ね、ルグランの説明にその陣容の大きさをそれとなく察しつつも肝心の被害の方を尋ねた。

 

「うむ。それを察していた軍の方で手を打ったのが功を奏したようで、特に被害は出ておらん。」

「そうですか……よかったです。」

ルグランの言葉にティータは安堵の表情を浮かべた。

 

さて、説明をしておくと……『赤い星座』―――中世の騎士の一族が傭兵となり、そして大陸西部最大規模の猟兵団へと成長した猟兵の一団。『北の猟兵』―――元はノーザンブリア自治州の国防軍が前身であり、『塩の杭』異変により国が混乱……その後、自治州となったノーザンブリアが外貨を稼ぐために傭兵化した集団。そして『黒月(ヘイユエ)』―――前者とは異なり、この組織はマフィアであり、共和国の裏社会の覇権争いを行う大規模の組織形態を持つ。猟兵団とマフィア……形が違うとはいえ、『結社』に雇われた以上はかなりの実力者であるということを察するのに時間はかからなかった。

 

「でも……何でこの時期に?」

「考えられるとすると……ひょっとしたら、目的は母さんだったかもしれない。」

「ふえっ!?」

「考えられなくはねえか……オッサンは実質軍のトップ。それを抑えるための“人質”って可能性があったってことか。」

「ええ。“教授”ならそれぐらい考えて仕向けることぐらいは容易いかと。」

アガットの予測にヨシュアは頷く。この状況でレナを人質に取れば、カシウスだけでなくエステルやヨシュアをも抑えられる状況ができる……それを見越した上でワイスマンが仕向けた可能性があることを述べた。

 

「ともかく、大きな混乱は起きておらん。レナの奴もアイナを通じて無事を確認しておる。」

「(ねぇ、ヨシュア。ひょっとして……)」

「(………考えたくないけれど、その可能性しかないか。)」

ルグランの言葉にエステルとヨシュアは小声でブライト家に寝泊まりしている二人の事を思い出し、内心疲れた表情を浮かべた。『結社』の企みから『結社』に助けられる……傍から聞けばシュールな光景であること間違いなしであろう。だが、レナが無事だということからすると、独自に介入したとみるのが道理だろう。それを認めるのは何故だか癪に障るが。

 

 

~グロリアス~

 

「グッ……何故だ!!何故失敗した!!」

報告を聞いたワイスマンは激昂していた。生き残ったものは極少数……その兵らから聞いた報告は『ほぼ全滅』という結果であった。『導力停止状態』という一方的に有利な状況……こちらがアーツをつかえるという状況でありながら、完膚なきまでに叩きのめされたということ。

 

しかも、導力が停止していながらも、市民の生活は混乱していなかった。まぁ、明かりが使えない以上寝静まるのが早いぐらいだ。そして、それがかえって今回の戦闘の秘匿性を高めることに繋がっていた。

 

「フフ……ラッセル博士とカシウス・ブライト……それならば、私も『礼』をしなければなりませんね。“剣帝”、『執行者』たちに王都へ向かわせるよう指示を。こうなれば、あの二人を人質に取らせてもらおう。」

「別に構わないが……俺は?」

「君にはリベル=アークの留守を頼まないといけないのでね。それと、時間稼ぎのための“援軍”も既に近づいている。」

「解った……四人にはそう伝えておこう。」

ワイスマンはひとまず冷静さを取り戻し、レーヴェに他の『執行者』を王都へ向かわせるよう指示し、彼はそれを聞くとワイスマンのもとを離れた。

 

「ククク…いくら“剣聖”とはいえ、『執行者』四人相手には敵うまい……せいぜい悲鳴の合唱を奏でてくれたまえよ?フフフ………ハハハハハハハハ!!!」

そう不敵な笑みを浮かべ、高らかに笑ったワイスマン。

 

その願いが届くかどうかは……誰にも解らなかった。

 

 


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