英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第125話 迫りくる軍馬の足音

~グランセル城 謁見の間~

 

『準備』があるというユリアは別行動という形で王都を後にし、その場に先程『執行者』と戦ったシオン、クルル、スコール、リシャールが謁見の間に入ると、そこには女王と王太女の制服に身を包んだクローゼ、そして女王とクローゼの護衛という形でグランセル城にいたジン、サラ、シェラザード、リィンの四人、そしてリアンと合流する形で鉢合わせになった。

 

「あら、シオン達も……って、リシャール大佐!?」

「おや、大佐殿がシオン達と一緒にいるとは……」

「残念ながら大佐ではないのだがね……今では一介の軍人という身分さ。そこの黒髪の少年は初対面だったな。私の名はアラン・リシャール。かつて王国軍大佐を務め、今では一介の軍人となった大罪人さ。」

リシャールの姿を最初に見たシェラザードが声を上げ、続くようにジンが述べると、『大佐』という言葉に苦笑しつつもリシャールは言葉を返しつつ、初対面であるリィンに対して自己紹介をした。

 

「リィン・シュバルツァーといいます。にしても、クーデター事件の首謀者がこうしてここにいるということは……まさか、女王陛下はこの事態をある程度予測しておられたのですか?」

「リィン?」

自己紹介を返しつつ、その様子を傍から見ていたリィンの言葉にサラは首を傾げた。すると、女王陛下は真剣な表情で説明を始めた。

 

「私が……というよりも、カシウス殿が立てたプランであり、彼自身がリシャール中佐の説得……そして、この事態が仮に起きた時の対策を立てていました。」

「私を唆(そそのか)し、クーデターを仕掛けた人物……カシウス殿はその時起きていた帝国での事件との『連動』に対して早々に気づき、帝国での事件を早々に片付けてこちらへと内密に戻ってきていたのだ。」

「成程ね……」

女王の言葉に続くように述べられたリシャールの言葉。それに対してサラはその片方の事件に関わっていただけに、その意味がそれとなく理解できていた。

 

「帝国での事件ね……」

「確か、ギルド支部が止む無く撤退したらしいが……サラ、その辺りも関わっているのか?」

シェラザードはカシウスの乗っていた(途中下車した)飛行船が行方不明になった事件を思い出し、ジンは帝国におけるギルドの撤退の噂を思い返しつつ、その辺りの事情に詳しそうなサラに尋ねた。

 

「アタシから見ても、トヴァルから見ても……今思えば『おかしい』事件だったのよ。確かに猟兵団とはいがみ合い程度のいざこざはあったけれど、まさかカシウスさんを引っ張り出すために大仰な手を打ってくるだなんて……と思ったのには違いないわ。」

後にカシウスから聞いたのだが、その際情報局や鉄道憲兵隊(Train Military Police)も動いていたらしい。ただ、それは猟兵団を探る目的ではなく、カシウスや同じような重要人物の動きをマークするためだったらしい。既に解決した事件ではあるが、それ以降の帝国政府の動き……いや、<鉄血宰相>の一派―――『革新派』の動きは露骨となり、ギルドは相次いで撤退を余儀なくされた。現在残っている帝国のギルド支部はなく、強いて言えば元帝国領現自治州であるアルトハイム、セントアーク、パルム、レグラムの四支部である。

 

さて、ここで各自治州の事について、改めて説明しておく。

 

レグラム自治州は旧アルゼイド子爵領および旧クロイツェン州南部であり、首都は“霧湖の街”レグラム。国境線はレグラムと翡翠の公都バリアハートの中間線辺りに引かれている。鉄道のレグラム支線は未だに開通の目途が立っていないため、運輸や移動は専ら飛行船を用いた空輸という形である。ただ、鉄道再開を望む声が多いため、非公式ではあるが政府間交渉が始まっている。鉄道の路線自体は、リベール側に関しては王国軍によって管理されている。

 

アルトハイム自治州はサザーラント州全域がそのまま自治州化し、北部に造設された軍関連の施設を有する自治州の首都にして人口40万人を有する『アルトハイム』、中央部にある旧サザーラント州の首都であり、人口35万人を有する“静水の白都”『セントアーク』、南部にある人口10万人の“紡ぎの街”『パルム』がある。こちらの自治州もヘイムダルとの鉄道網が完全に復活していないため、現在再開に向けた交渉が進められている。

 

ちなみに……リベール王国の首都であるグランセルの人口はというと、経済規模の拡大により現在ではクロスベル市と同じ50万人にまで増加している。その結果、人口規模はエレボニアやカルバードに及ばないものの……一人当たりの所得は既にエレボニアやカルバードの二倍以上―――クロスベル自治州という特異的な存在を除けば、西ゼムリアにおいて最も豊かな国の一つとなっている。

 

「私も詳しいことを聞いているわけではないが……私の見込みを上回る形でカシウス殿は戻ってきた。その時にきつく説教されてしまってね……そのお蔭で私も目が覚めた。そして、この役を買って出ることとしたのだよ。私自身が犯した『罪』を償う訳ではないがね。」

話を戻すが、カシウスはアスベルらと話し、帝国での事件はカシウスを帝国に縛り付けるための『罠』―――その理由付けとして、各州の領邦軍と帝国正規軍という普段は対立関係にある二つの軍隊が猟兵団殲滅という名の『証拠隠滅』に関わってきたのだ。尤も、それを知っているのはカシウス、アスベル、シルフィア、レイア、レヴァイス、バルデル、シルフェリティア、フィー、ヴィクター、ラグナ、リーゼロッテ、リノア……いずれも組織の『要』に属する者や属していた者らだ。<鉄血宰相>がこれに対して何らかの手を打ってくることは想像に難くないが……彼はその手を逆に『打つことができない』。

 

理由は単純明快。彼の勢力である『革新派』をひっくり返しうる『決定的事実』―――『軍が遊撃士支部襲撃時、何もしなかった』ことだ。これを遊撃士であった人物―――帝都支部の臨時代表を務めていたカシウスが公表すればどうなるか……『百日戦役』の功労者であり、各国にその知名度と信用を持つ彼の言葉は忽(たちま)ち大陸中を駆け巡ることとなる。そうなれば、エレボニアは戦役時を上回る『賠償』を要求される。それだけでなく、カルバードの台頭を許すことにも繋がる。つまり、関係者の暗殺は『百害あって一利なし』だ。

 

その理由をリシャールは知らないものの、カシウスからきつい『説教』を受け、自らの役目を買って出た。傍から見れば『道化』ともいえる役割。この行いによって自らの罪を払拭できるものではないが、国ひいては王家に対する謝罪の一端にはなるかもしれない……そんな淡い期待を抱いていたリシャールだったが、女王からの恩赦は彼の想像をはるかに超えうるものだった。

 

「私は愚かだったと言う他あるまい。女王の施政にばかり固執しすぎて、この国の本当の姿を見ようともしていなかったのだからね。だが、陛下は私を赦した。ならば、今一度私は一介の人間としてこの国に命を賭す覚悟を決めた。」

「リシャールさん……」

「リィン君……君の事はカシウス殿から聞いた。同じ八葉の兄弟子として……私は情けない姿を見せてしまったようだね。」

「いえ……師父も似たようなことを言っていました。『悩むのが人間だ。生まれた時から悩まずに道を進める人間など、この世界にはいない。』……それを言うならば、俺も似たような事情を持っていますので。」

「そうか……お互い、師父には足を向けられないな。」

「ええ。」

リシャールとリィン……立場は異なるが、同じ『八葉』の人間として、“剣仙”と謳われるユンの言葉を思い出しつつ、互いに苦笑を浮かべた。一方、サラはクルルが『執行者』相手に本気を出さなかったことをスコールから聞き、問いかけた。

 

「しかし、アンタが『執行者』相手に手を抜くだなんて……」

「手を抜いたわけじゃないよ。私が言われたのは『追い返す』ことだし、これからのことを考えると余計な労力は使いたくなかったから。」

「し、失礼します!」

クルルはこの先起こりうることを直に感じ取っていた。何と言うか雰囲気のような場の流れというような……そのような“風”を感じ取り、クルルはそれを含めた感じで答えを返した。その意味を察する前に、兵士の一人が謁見の間に姿を見せ、すぐさま報告をした。

 

「報告いたします!ハーケン門北に帝国軍が姿を見せました!!それと、どうやら見慣れないタイプの戦車を有しているようです!!」

「えっ!?」

「これは……」

「カシウス殿の予測通りか……相手の部隊の詳細は?」

兵士の報告にクローゼは驚き、女王は険しい表情を浮かべ、リシャールは自ら得た情報とカシウスの推測が合致したことに真剣な表情を浮かべつつ、他に情報がないか探ることとした。

 

「見る限りでは帝国正規軍第三機甲師団……“隻眼”の部隊かと思われます!」

「“隻眼のゼクス”ね……」

「ゼクス・ヴァンダール。帝国では五指に入るほどの実力者ですね。」

兵士の報告にその異名を知るサラとリィンが呟いた。部隊の司令官はゼクス・ヴァンダール―――“隻眼”の異名を持ち、帝国では五指に入るほどの実力者。そして、ミュラー・ヴァンダールの叔父にあたる。王国で彼と面識があるのは、カシウス、アスベル、シルフィア、レイア、ヴィクター、シオンの六人。

 

「ああ、あの御仁の部隊か……となると、本人も来ている可能性があるな。」

「……御祖母様、私がハーケン門まで出向きます。」

「解りました。非常時ではありますが、頼みましたよ。」

シオンの言葉を聞き、クローゼは意を決めて女王に話し、その決意を見た女王はクローゼに事態の収拾役を任せることとした。それを聞いたジンが考え込んでいたが、リアンがジンらに向き直って声をかけた。

 

「ふむ……となると、俺らはここに残った方がいいのかもしれないな。」

「いや、ここは私とリシャール中佐が受け持とう。君らには王太女殿下の護衛をお願いしたい。『結社』が再び王都を襲撃する可能性が残っているからね。」

「既にこちらの『切り札』を一枚切った以上、それが妥当だろう。心配することはあるまい……いざという時は強力な助っ人がいるからね。」

恐らく、『結社』―――ワイスマンはリシャールの存在にも気づいていただろう。そのために王都襲撃を行った可能性がある。彼らがどこまで読んでいるのかわからないが、執拗に攻撃を加えずに帝国軍を近づけさせたことも彼らなりの『意図』があり、『楔』を打ち込んだのだろう。尤も、その『楔』がそれに見合う役割を持っているのか甚だ疑問ではあるが。

 

「ジンさん、シェラザードさん、サラさん、リィンさん……宜しくお願いします。そして、シュトレオンにクローディア、気を付けるのですよ。」

女王は頭を下げ、彼等にこの事態の収拾を任せることとした。この場にモルガンがいたら『一国の元首が頭を下げるなどとは』と思うであろうが、この事態を若い人たちに託してしまうことに女王として心苦しいものがあったのだろう。それを静かに察し、ジンたちは決意を新たにして、謁見の間を去った。

 

 

~ハーケン門~

 

一方その頃、門の屋上部には一人の男性がいた。ハーケン門の向こう側に見える軍勢―――そして、双眼鏡を通して見慣れないタイプの戦車の姿を確認し、王国軍の制服に身を包んだ男性―――モルガンは双眼鏡を下ろすと苦い表情をしながら視界の先に映る帝国軍を睨んでいた。すると、その副官であるクロノ・アマルティアが近付き、敬礼をした後報告をした。

 

「将軍、配置完了しました。『フェンリル』『ヴァルガード』も既に戦闘準備は整っております。」

「そうか……クロノ、わしはあの光景とあそこにいるであろう御仁―――“隻眼”の存在を見ると、嫌でも十年前を思い出してしまう。」

「『百日戦役』……ですか。」

「うむ。」

そう言ってモルガンは帝国軍の光景を見やる。長いことこの地を任されてきたモルガンにとって、十年前の襲撃は自らの力不足を見せつけられた苦い思い出があった。

 

あの襲撃の時……遊びに来ていた娘が危うく命を落としかけた時、それを救ったのは遊撃士。後にその遊撃士は娘の夫となり、仕事の関係で娘は夫に付き添う形で外国にいる。孫娘のリアンヌの名前の由来は『リアンヌ・サンドロットのような凛々しい心を持って欲しい』という二人の気持ちから名付けたそうだ。ただ、軍人であるモルガンからすればその心境は複雑であり、元々敵愾心のようなものを持っていた遊撃士嫌いに拍車をかけ、更にはカシウスの遊撃士転向もそれに拍車をかける形となった。

 

そう言った心境の部分もそうだが、王国の軍人として……長いことハーケン門を守ってきた指揮官として……この場所を守れなかったことはモルガンにとって今でも苦い思い出以外の何物でもなかった。だからこそ、他の者たちよりも人一倍ハーケン門に対して思い入れが強い。今度こそ、絶対に守るのだと。

 

「年寄りの意地みたいなものだが……だが、一人の軍人として死守できなかったことは、わしの“失態”という他あるまい。」

「将軍……いつもなら、年寄り扱いするなとかいう将軍がそれをおっしゃいますか。」

「フ……否定はせぬよ。わしとて押し寄せる年波には勝てぬ。カシウス、リシャール、リアン……次代は既に任せたのだからな。後の人生はこの場所を守りきることに人生を『駆ける』つもりだ。それは、お前も同じだぞクロノ。」

「ええ……散々聞かされましたから。それよりも、帝国軍を見て将軍が飛び出していかなかったことに驚きなのですが。」

いつもならば聞くことの無いモルガンの言葉を聞きつつ、クロノは一番のききたいことである疑問を投げかけると、モルガンは引き攣った笑みを浮かべた。

 

「……否定出来ないのが痛いがな。わしが待機しておるのは一つ疑問があってな。」

「疑問ですか?」

「うむ。十年前ならいざ知らず、旧サザーラント州……アルトハイム自治州は我が国の領土。それを土足で踏み込むようなもの……いわば『侵略行為』。それを向こうはそれを承知でやっているのかとな。プライド高き帝国軍ならば宣戦布告と同時に攻撃という『百日戦役』と同じようなことも考えたが、それすらも見せておらん。」

その疑問も尤もであり……現に、帝国側から何の通告もない状況だ。これには流石のモルガンも頭を抱えた。確かに、ヴァレリア湖上空に姿を見せた巨大構造物を見れば、下手すれば『大国のリベールの最新導力兵器か』と疑われてもおかしくはないのだ。ましてや、現状では軍・ギルド以外の通信機能がマヒしている以上、そういった“デマ”を流される可能性もあるだけに事態は切迫している。

 

「だが、入ってくる情報から整理すると、今のところこちらに向かってくるだけで被害は出ておらん。それが尚不気味さを感じさせるのだ。」

「侵攻とは言いづらい……ですが、事前通告なしの無断越境・領土侵入……言われれば、確かにそうですね。それに、『不戦条約』の手前もあります。」

「あのようなものが現れたら、『リベールに侵略の意図在り』……帝国がそう捉えたのならば腹立たしいが、まずは交渉せねばなるまい。とはいえ、わしでは頭が固いし、お前は身内の事もある……王都にもこのことは伝えられているはずだから、交渉役は来るだろう。そやつに任せる他あるまい。」

「ですね。待つしかありませんか……」

ともかく、交渉役に相応しい人間が来ることは違いなく、モルガンとクロノは自分らの置かれた状況に揃ってため息を吐いた。

 

 




今回で行けるかなと思ったのですが……前準備的な感じになりました。

モルガン将軍のあたりはオリ設定いれてます。単純にカシウスが抜けたから遊撃士嫌いになったのでは理由が薄いと思ったためです。
あと、ちょっと自制するようになったモルガンです……何気に優遇したいキャラですね(何)

あと、活動報告にて3rd編に関するアンケート(+α)を引き続き行っていますので、良ければご協力ください。

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