英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第136話 刃と牙

 

~アクシスピラー 屋上~

 

「………」

剣を傍に置き、『執行者』No.Ⅱ“剣帝”レーヴェは柱によしかかる様に座り……静かに目を瞑り、何かを待っているようであった。ふと、彼の脳裏に聞こえる声。

 

『……辛いのか?』

「フッ……まさか。俺自身はそう決めた。無論、ヨシュアの答えを聞いてからではあるがな。」

その声に笑みを零した。あの時、俺はカリンを見捨てた……そして、弱っていくヨシュアに何もできなかった……俺の中に残ったのは、故郷を奪われたことに対する“怒り”“憎しみ”“苦しみ”……それに対する答えは、俺が『結社』に入り、その感情を今まで学んできた剣術に注ぎ込むことぐらいしか出来なかった。そうして得たものは……“修羅”という領域であった。

 

「無理に付き合うこともない……お前は俺の奥底にでもいておけ。」

『……何を言っている。私の事はお前がよく知ってるはずだ。お前は私で、私はお前だ……そうだろう?』

「………」

到達したとき、俺の中に芽生えたもう一つの人格……いや、魂の欠片とでも言うべき存在。『彼女』は、いわば俺の写身という存在ではなく、俺とは別の人間であったという……だが、俺は彼女に頼らなかった。いや、頼ってしまえば……俺は自分という存在意義を失うのだと。しかし……レーヴェの中に居る人格は“笑っていた”。

 

『まさか、私がこのような形で生を受けるとは思っていなかったが……だが、それも悪くはない……そなたの道に、幸運あらんことを』

そう言って、聞こえなくなる声……本人が言うには、限界が近づいていたと言っていた。呼びかけても、帰ってくることの無い声。この代わりに、自分の内に湧き上がる“炎”の鼓動。その置き土産に、レーヴェは笑みを浮かべ……剣を持って立ち上がると、紋章が浮かぶ塔の中央部に歩みを進める。

 

「幸運……か。今の俺には、過ぎたる産物だろう……」

そう自虐的に言葉を零す。その言葉を言い終わるのと同時に上がってくるリフトの声が聞こえ、レーヴェは息を吐き、覚悟を決めた。その覚悟を知ってか知らずか……そこに姿を見せたのは、エステル、ヨシュア、アガット、リィン、サラ、クローゼの六人であった。

 

「……来たか。」

「レーヴェ……」

レーヴェの言葉にヨシュアは表情を険しくする。

 

「……意外と早かったな。俺の見立てではもう少しばかり待たされるかと思っていたが……」

「ま、あたしたちも少しは成長してるってことよ。さすがに、あなたのお仲間にはかなり手こずらせてもらったけど。」

感心しているレーヴェにエステルは口元に笑みを浮かべて答えた。実際のその通りであろう。

“殲滅天使”はともかく、“怪盗紳士”“痩せ狼”“幻惑の鈴”には強力な人形兵器を与えていた。その内の“痩せ狼”に関してはおそらく使わずに一対一の勝負を挑んだことであろうが……それを抜きにしても、彼らを破ったということは相応の成長を遂げたということであろう。

 

「フフ……言うようになったな。だが、この“剣帝”を彼らと同じには考えないことだ。正面からの対決において俺を凌駕する者はそうはいない。たとえS級遊撃士や『蛇の使徒』といえどな。」

エステル達のメンバーを見て静かに答えた。

 

「ケッ……吹いてくれるじゃねえか。」

「やれやれ………天晴れと言わんばかりの自信ね………」

レーヴェの言葉を聞いたアガットはレーヴェを睨み、サラは溜息を吐いた。

 

「……あなたの強さはイヤと言うほど分かっているわ。でも、あたしたちも理由があってこんな所までやってきた。“輝く環”による異変を止めて混乱と戦火を防ぐために……。沢山の人たちに助けられてあたしたちは今、ここにいる。だから……退くつもりはないわ。」

「フ……理由としては悪くない。だが、ヨシュア。お前の理由は違うようだな?」

「え……」

レーヴェの言葉を聞いて驚いたエステルはヨシュアを見た。

 

「お見通し……みたいだね。僕は……自分の弱さと向き合うためにここまで来た。あの時、姉さんの死から逃げるために自分を壊したのも……教授の言いなりになり続けたのも……全部……僕自身の弱さによるものだった。それを真正面から気付かせてくれた人に報いるためにも……大切な人を守るためにも、僕は……正面からレーヴェや教授に向き合わなくちゃいけないんだ。」

「ヨシュア……」

本当の意味で向き合うためには……彼と向き合うことでもあり……刃を交えること。ヨシュアの目は決意に満ちていた。。

 

「………巣立ちの時か。もうカリンの代わりに心配する必要もなさそうだ。」

ヨシュアの答えを聞いたエステルは笑顔になり、レーヴェは考え込んだ後、剣を構えた。

 

「……これでようやく手加減する必要はなくなった。本気で行かせてもらうぞ。」

「ちょ、ちょっと!どうしてそうなるのよ!?ヨシュアのことを心配しておいてどうして―――」

「いいんだ、エステル。覚悟を決めただけではレーヴェは納得してくれない。その覚悟を貫き通せるだけの力が伴っていないと駄目なんだ。」

レーヴェの言葉を聞いて反論しようとしたエステルをヨシュアは制した。言葉だけならば繕うことなど簡単だ。だが、それでは“覚悟”の証明にはならない。正面と向き合うこと……それは、教授を倒すことであり、目の前にいる兄同然の人物―――“剣帝”を倒さねばいけないということだと。

 

「フフ、そういうことだ。」

ヨシュアの言葉に不敵な笑みを浮かべたレーヴェは獅子のような姿をした人形兵器の強化版――ライアットセイバー・セカンドを呼び寄せた。

 

「―――俺にも俺の覚悟がある。もし、お前たちの覚悟が俺の修羅を上回っているのなら……力をもって証明してみるがいい。『身喰らう蛇』が『執行者』、No.Ⅱ“剣帝”レオンハルト・メルティヴェルス……いくぞ、ヨシュア!そして、その仲間たち!!」

 

「元『執行者』No.ⅩⅢ“漆黒の牙”ヨシュア・アストレイあらためヨシュア・ブライト……僕の決意、貫かせてもらう!」

「遊撃士協会所属、エステル・ブライト。いくわよ、レーヴェ!!」

「八葉一刀流にしてカシウス・ブライトの弟弟子、リィン・シュバルツァー……参ります!」

「遊撃士協会所属、アガット・クロスナー。いくぜ!!」

「やれやれ…遊撃士協会所属、“紫電”サラ・バレスタイン…本気で行かせてもらうわ!!」

「リベール王国王太女、クローディア・フォン・アウスレーゼ。貴方達の企み……その剣を、止めて見せます!」

……かつて、ハーメルという村を襲った悲劇。それによって世の中の不条理を経験した二人が、異なる立場で剣を交える。片方は混乱を齎す物を止めるため、片方はこの世に混乱という形で問いかけるため……互いの譲れない信念が真正面からぶつかり合う。

 

「ヨシュア、あたし達が兵器を抑えるから……レーヴェのところに行って!!」

「でも、それじゃあ……!」

「……ヨシュア、きっちり決着をつけてこい。」

「アガットさん……」

「サポートはします……さぁ、皆、「「いく(ぞ/わよ)!」」」

戦闘開始直後、エステルの口から言われた言葉にヨシュアは驚くが、他の面々は頷くと同時に……エステルとリィンが号令をかけて皆の闘志を高める。

 

「心想う彼らに女神の祝福を……セイクリッド・シャイン!!」

そこに、クローゼが味方全体の防御力を高める新たなSクラフト『セイクリッド・シャイン』を放ち、エステルらの防御力を高める。

 

「そおらっ!!」

「はああっ!!」

「……ありがとう、皆!……ふっ!!」

そこに、先陣を切って飛び込むサラとアガット。同時に放たれた攻撃を見て……ヨシュアは皆の意思を受け取り、踏み込んだ。見る見るうちに加速するヨシュア……その視界の先に映るのは無論……

 

「来たか、ヨシュア!!」

それを待ち構えていたかのように放たれるレーヴェのSクラフト『鬼炎斬』……ヨシュアは飛び上がり、直上からレーヴェに直接攻撃を加える。それを見たレーヴェも瞬時に体勢を立て直し、剣を振りかざし……互いの刃がぶつかり、空気が震える。すると、彼の剣から生み出される炎に気づき、ヨシュアはもう片方の剣で弾き、距離を取る。

 

「レーヴェ……その炎は。」

「そうだな……その答えは、お前が勝ったら聞かせてやろう!!」

「そう言うと、思ったよっ!!」

レーヴェは闘気の炎の刃をヨシュアに向けて放つ。今までにないレーヴェの戦術にヨシュアはある意味攻めあぐねていた。だが、怯むわけにはいかない……ヨシュアはさらに踏み込んで、レーヴェの背後を取るべく動くが、それは彼の炎の刃に遮られる。それを叩き落とすようにヨシュアは刃を振りかざすが、その間にレーヴェは体勢を立て直してヨシュアに剣を振るう。

 

「フフ……やるな。……ならばこちらも全開で行かせてもらうぞ。」

「!!!」

そしてレーヴェは周囲の空気を震わせるほどのすざましい闘気を纏った。そして、一気に間合いをつめてヨシュアに一閃を喰らわせた。そこからの攻防はレーヴェが圧倒的でヨシュアは防御するのに精一杯だった。圧倒的剣術の“剣帝”と隠密・暗殺に特化した“漆黒の牙”……タイプが違うとはいえ、その実力差は肌で感じ取れるほどであった。

 

「くっ……!」

レーヴェの攻撃を双剣で受け止めたヨシュアは鍔迫り合いの状態で呻いた。

 

「どうした、ヨシュア!唯一勝るスピードを活かさずにどうやって勝機を掴むつもりだ!?」

「…………ねえ、レーヴェ。1つだけ答えて欲しいんだ。どうして教授に協力してこんなことをしているのか……」

レーヴェの言葉に対し、ヨシュアは静かに問いかけた。

 

「!!」

ヨシュアの問いかけに対し、レーヴェは顔色を変えた。

 

「前に……カリン姉さんの復讐が目的じゃないって言ったよね。『この世に問いかけるため』……それは一体……どういう意味なの?」

「………………大したことじゃない。人という存在の可能性を試してみたくなっただけだ。」

「人の可能性……」

レーヴェの言葉を聞いたヨシュアは訳がわからない様子で呟いた。

 

「時代の流れ、国家の論理、価値観と倫理観の変化……。とにかく人という存在は大きなものに翻弄されがちだ。そして時に、その狭間に落ちて身動きの取れぬまま消えていく……。俺たちのハーメル村のように。」

「!!」

戦争、革命、クーデター……文化、宗教、経済、政治……人の生み出したものによって人は翻弄され続け、その渦中にあるのは常に何も罪なき人間。時代の変遷は何も綺麗ごとばかりではない。国家の一存で容易く切り捨てられる国民……大本は同じ宗教でありながらも、その解釈の違いで起こりうる対立……持つ者と持たざる者の諍いによる争い……得をする者もいれば、損をする人間がいる。100%Win-Winの関係など、起こりえないのが世の常だ。

 

「この都市に関しても同じことだ。かつて人は、こうした天上都市で満ち足りた日々を送っていたという。だが、“大崩壊”と時を同じくして人は楽園を捨て地上へと落ち延びた。そして都市は封印され……人々はその存在を忘れてしまった。まるで都合が悪いものを忘れ去ろうとするかのようにな……」

「………」

自分たちが犯した罪に目を背けたくなったのかもしれない……だが、人々は……現にかつてリベル=アークにいた人々は“輝く環”を封印し、地上に降り立った。そこにいかなる事情があったのかは知る由もない。自らの得てきた幸せを……利便さを敢えて捨てなければならなかった理由も。

 

「真実というものは容易く隠蔽され、人は信じたい現実のみを受け入れる。それが人の弱さであり、限界だ。だが“輝く環”はその圧倒的な力と存在感をもって人に真実を突きつけるだろう。国家という後ろ盾を失った時、自分たちがいかに無力であるか……自分たちの便利な生活がどれだけ脆弱なものであったか……。そう……自己欺瞞によって見えなくされていた全てをな。」

その言葉……ある意味的を得ているのは事実である。でも……

 

「それを……それを皆に思い知らせるのがレーヴェの目的ってこと……?」

「そうだ。欺瞞を抱える限り、人は同じことを繰り返すだろう。第2、第3のハーメルの悲劇がこれからも起こり続けるだろう。何人ものカリンが死ぬだろう。俺は―――それを防ぐために『身喰らう蛇』に身を投じた。そのためには……修羅と化しても悔いはない。」

 

「………それこそ……欺瞞じゃないか。」

「…………なに?」

不敵な笑みを浮かべて言ったレーヴェだったが、ヨシュアが呟いた言葉を聞き、目を細めた。

 

「僕も弱い人間だから……レーヴェの言葉は胸に痛いよ。でも……人は大きなものの前で無力であるだけの存在じゃない。10年前のあの日……僕を救ってくれた姉さんのように。」

そうだ……人間はたしかに、一人ではちっぽけな存在だろう。かつて泣き虫であった僕も、その意味はよく解る。だが、人の心は……その力に屈することない大きな意志を持つことだってある。

 

「…………ッ……………」

「そのことにレーヴェが気付いていないはずがないんだ。あんなにも姉さんを大切に想っていたレーヴェが。だったら……やっぱりそれは欺瞞だと思う。」

「…………クッ………………」

ヨシュアの言葉を聞いたレーヴェは顔を歪めた後、鍔迫り合いの状態でヨシュアを後ろに押し返して、自分も一端後退した。

 

「カリンは特別だ!あんな人間がそう簡単にいてたまるものか!だからこそ―――人は試されなくてはならない!弱さと欺瞞という罪を贖(あがな)うことができるのかを!カリンの犠牲に値するのかを!」

 

「だったら―――それは僕が証明してみせる!姉さんを犠牲にして生き延びた弱くて、嘘つきなこの僕が……。エステルたちと出会うことで自分の進むべき道を見つけられた!レーヴェのいるここまで辿り着くことができた!人は―――人の間にある限りただ無力なだけの存在じゃない!」

 

レーヴェの叫びに対し、ヨシュアも叫んだ。人一人で出来ることなんてたかが知れている。たとえ一騎当千並みの武力を持っていようとも、全てを覆すだけの叡智を持っていても……その範囲は限定的だ。だが、人と人が手を取り合い、多くの人を巻き込めたとき……それは大きな意志となり、信念となり、力となる。一人悩んでいたって何も解決しない……ただ、そう思っているだけに過ぎない。ならば、僕は今こそ……“絆”という力を以て、その欺瞞を打ち砕く!

 

そう決意したヨシュアの両手に握られた剣の刃が光に包まれる……それを知ることなく、ヨシュアは踏み込んで、レーヴェの視界から完全に消えた。それを察したレーヴェが気付いたときには、自分の手から剣が弾き飛ばされていた。

 

「………なっ!?」

「はあっ……はあっ…………はあっ……はあっ……」

ヨシュアの言葉にレーヴェは驚いたその時、ヨシュアは一気に間合いを詰めて、連続で突きの攻撃をした後、最後にすざましい一撃でレーヴェの剣を弾き飛ばしたのだ。だが、それは単純にヨシュアのトップスピードだけではない。彼の兄のような存在であるアスベル……彼から教わった歩法“神速”。その歩法をこの土壇場で初めて成功させることができたのだ。

 

「俺に生じた一点の隙に全ての力を叩きこんだか……まったく、呆れたヤツだ。」

「はあ……はあ………ダメ……かな……?」

レーヴェの言葉を聞いていたヨシュアは何度も息を切らせながら尋ねた。

 

「フッ……。“剣帝”が剣を落とされたのではどんな言い訳も通用しないだろう。素直に負けを認めるしかなさそうだ。」

「………あ………」

「それに、向こうもどうやら決着がついたようだ。」

そう言葉を零したレーヴェの向こうでは……煙を上げて動かなくなっているライアットセイバー・セカンドの姿があった。

 

「よし、うまくいったわ!」

「じゃねえだろ!いきなり雷落とすだなんて吃驚したじゃねえか!!」

「あはは……ゴメンゴメン。向こうがアガットに向けてビーム撃とうとしたから、つい反射的に……」

「反射的に雷落とせるエステルが怖いんだが……」

「雷を扱うアタシも吃驚よ……」

「ははは……あ、向こうも終わったようですね。」

事情を聞く限り、アガットが攻撃されようとした瞬間にエステルが反射的に雷の魔法を使ったようで、これには周囲にいたリィン、サラ、クローゼの三人も苦笑を浮かべざるを得なかった。すると、五人はヨシュアとレーヴェの姿が目に入り、決着がついたのだと察して近寄っていった。

 

 


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