英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第145話 まだ見ぬ未来へ(SC編終了)

『リベル=アーク』の崩壊……幸いにも、その落下による被害は微々たるもので済んだ。

 

本来の物理学云々で述べるならば、あれだけの構造物が分割して落下したとはいえ、ヴァレリア湖にすべて落ち切る可能性は低い上、ヴァレリア湖に落下したとしてもその落下による津波による被害は不可避であると考えられた。現実の津波もそれが言えるだろう。水という物体はその速度次第で凶器にもなりうる……仮に50cmの津波が80cm程度の幅、1cmの奥行だとしても、脚に掛かる重みは4kg……奥行きが25cmで1000000立方センチメートル……100リットル……浴槽の半分に満たない量で100kgの負荷に相当するのだ。水に高圧をかけてカッターのように使うことができるように……その恐ろしさは諸刃の刃とも言うべき自然の源である。

 

だが、その破片による被害は2アージュ(2m)程度の津波で済んだのだ。釣り人が津波に巻き込まれたものの、すぐに助け出されて命に別条はなかったようだ。そして、ヴァレリア湖周辺への被害も特に報告されることは無かった。

 

アリシア女王とクローディア王太女は今回の事件を受けて、エレボニア帝国代表として『アルセイユ』に同乗したオリヴァルト皇子並びにアルフィン皇女と公式会談を行うこととなった。

 

『今回は我々に落ち度があったと認めるべきであろう……その誠意として、未だに動かない鉄道網の再開も含め、二国間のあらゆる懸案事項を解決するための手助けをお約束しよう。皇族に連なる僕の……エレボニアとしてのせめてもの償いとさせてほしい。』

『ええ……オリヴァルト皇子のその言葉。これからの行動にて見せていただきます。』

『ふふ……』

『やれやれ、王太女殿下より手厳しいお言葉を頂くとは……だが、これも僕への試練ということでしょう。』

『オリヴァルト皇子。これからのご活躍……期待しておりますよ。』

 

今回の事件に対するエレボニア帝国側の『謝罪』の言葉を述べ、大国である二国間で未だに滞っている経済交流の促進などの懸案を解決することで合意。そのための進言を皇帝並びに帝国政府へ働きかけることを明言したのだ。そして、そのための親書をアルフィン皇女が届けるという大任を任されたのだ。オリヴァルト皇子は事後処理の関係で大使館に残ることを伝えた。

 

導力停止状態はわずか三日で収まり、『封印区画』と『四輪の塔』の装置も自動停止し……まるで何事もなかったかのように平穏を取り戻していた。人々の生活も混乱することなくいつも通りの生活に戻っていた。念のためにエステルらは各都市を回って復興状況の確認や依頼をこなしていった。

 

 

~ツァイス中央工房 大型ドック~

 

新たに建造された大型ドック。そこに佇むのは二隻の超弩級とも言うべき大型艦。一隻は白銀のシルエットに身を包んだ300アージュ(300m)クラスの空母。そして、もう一隻は『深紅の方舟』……そう、『結社』の所有していた超弩級戦艦『グロリアス』である。それは全て計器等に繋がれ、一部は解体され始めている。それを見て唸っているラッセル博士のもとに、彼の知り合いである青年―――アスベル・フォストレイトと男性―――カシウス・ブライトが近づく。

 

「博士、どうですか?」

「『結社』はつくづく化物じゃのう……その技術を知る儂ですら、これには驚きじゃ。」

博士はそう言葉を零して『グロリアス』を見上げる。『グロリアス』を強奪したのはライナス……そして、それをただ解体するよりもデータ分析して利用するという星杯騎士団の意向により、ツァイス中央工房が秘密裏に増設した大型戦艦ドックに収容され、解体が進んでいる。

 

「『導力停止状態』を前提とした駆動システム……現行の技術ですら追い越す物を軽々作り出していますからな。」

「うむ……じゃが、お前さんがああいった事を提案した時は驚いたぞ。」

「あはは……使えるものは埃を被らせるよりも使ったほうがマシですよ。」

そう言ったアスベルが提案したのは……『結社の拠点のデータ解析』であった。幸いにもそのデータの大半が残っていたので、あらかた回収した後に爆破済みである。無論、只爆破するのではなく砲弾の実験も兼ねての発破作業であるが。それを聞いた後、カシウスはアスベルに気になる懸案を尋ねた。

 

「アスベル、帝国にいる“あの御仁”がここを訪れる可能性は?」

「高いかと。まあ、表向きは国内地域の視察という形でテロ対策を行った上での非公式訪問の可能性が高そうですが。」

ましてや、帝国の皇族の一人が彼に対して“宣戦布告”している以上、それに対して釘を刺す……あるいは皇子の力を試すためにあえて行動する可能性がある……大陸西部でその領土を拡大する大胆不敵な施政者の彼ならば『やらない』という根拠などない。ましてや、彼の忠実な部下がこの国を訪れているということからも窺い知れることだろう。その答えを聞いたカシウスはため息を吐いた。

 

「やれやれ……大方俺に対しても釘を刺すつもりなのだろう……『先日の事件』で俺やお前も目を付けられているはずだからな。」

「でしょうね……まぁ、オリビエには色々頑張ってもらいますよ。」

それに、只でさえカシウスは『先日の事件』で帝国軍や情報局に目を付けられている可能性があるのは間違いない。それを言えば同じような立場であるアスベルやシルフィアも似たようなものではあるが。だが、彼が帝都を離れるというのはある意味好機であり、その側近である“かかし男”もそれに付随するとなれば、こちらの“プラン”も成功確率が高くなる。

 

「………博士、例の四番艦とファルブラント級の進捗状況は?」

「四番艦の方は大方済んでおる。それと……巡洋艦は既に九番艦まで建造は開始しておるが……七番艦のみ船体まででよいのか?」

アスベルの問いかけに博士は笑みを浮かべつつ答えたが、気になることを問いかけ、アスベルは静かに頷いた。

 

「ええ………元々計画では11隻のうち一隻はそうする予定でしたし。」

「今度は何を企んでいるんだ?」

「企むって……そうですね……」

本来の予定よりも繰り上がったアルセイユ級……その後継機となるファルブラント級の一隻が担う護り手は、王国ではない。その翼が舞う場所は、既に決めている。

 

 

『『速き隼』のⅦ番艦……その翼を、帝国を駆ける抑止力に仕立て上げます。ZCF・ラインフォルト社の共同プロジェクトとして……』

 

 

~リベール-エレボニア国境 フレイア門~

 

その頃、リベールとエレボニアを隔てる国境に聳え立つ……フレイア門を通り抜けた二人の人物。銀の髪を持つ男性―――ライナス・レイン・エルディールの隣を歩くのは、サングラスをかけた人物……『執行者』No.Ⅷ“痩せ狼”ヴァルターであった。彼がすんなりここを通り抜けられた理由……それは、彼の身柄を七耀教会―――星杯騎士団が預かる形で拘束したのだ。

 

ライナスが『グロリアス』を占領する際、ヴァルターと一戦交えたが……ほぼ十全の状態とも言えるライナスの前にはヴァルターもあっさりと敗れたのだ。死をも覚悟したヴァルターであったが、ライナスはこう問いかけた。

 

『僕は教授が嫌いだ。だが、君を殺す気にはならない。君は自分の意義に迷っている気がする……』

 

図星を突かれ、ヴァルターは押し黙る他なかった。あっさりと見抜いた自分の事情……それを見たヴァルターは、彼の言葉を聞き、問いかけた。

 

『なあ……俺は強くなれるのか?』

『弱腰だね……武術は気の持ちよう。単純にそういうことだと思うけれど?』

『クックック……ジジイと同じことをぬかしやがるたぁ……だが、負けた身分で反論は出来ねぇなあ……俺をアンタの部下にしてくれ。』

『フフフ………僕は少々荒っぽいよ?』

『望むところだ。『結社』仕込みの力、甘く見るんじゃねえぞ?』

 

そう言う形ではあるが……ライナスの従騎士としてヴァルターは生きていくことにした。人殺しすら厭わないその仕事……ヴァルターにしてみれば、ある意味『結社』と変わらないことに苦笑を浮かべた。そして、ヴァルターという名前は……あの時に死んだ。これから彼が名乗る名前は……

 

「『“破壊者”バルバトス』……これが、これからの俺の名という訳か。」

「そういうことだね………さて、そろそろ迎えに来る頃だろうけれど………」

そう話している二人に近寄るのは漆黒の服に身を包んだ青年。その青年は二人を見つけると笑みを零して話しかける。

 

「これはライナス殿。それに……よもや『結社』の『執行者』を連れてくるとは……総長殿は大笑いしておりましたよ。」

「“黒鍵”フィオーレ殿自らとはね……ともかく、彼の……『“破壊者”バルバトス』の事は一任する。」

「フフ、承知しました……第十位“黒鍵”フィオーレ・ブラックバーンという。その名に恥じぬ働きを期待しよう。」

「言ってくれるじゃねえか……(コイツ、奥底が見えねえぐれえに黒すぎる……)」

“守護騎士”……その第十位の位階を持つフィオーレの持つ雰囲気にヴァルターも思わず一歩下がってしまうほどであった。フィオーレに連れられる形でヴァルターもといバルバトスは去り……それを見届けたライナスはリベールへと戻っていった。

 

 

~東回り定期船『セシリア号』~

 

……ラヴェンヌ村にある共同墓地を訪れていたのは、エステル、ヨシュア、カリン……そして、レーヴェの姿であった。エステルとカリンは慰霊碑の前に花束を添え、四人は静かに目を瞑って祈りを捧げた。そして、祈りが済むと、村を後にし……ボースから定期船でロレントへと向かうこととなった。

 

「それにしても、レーヴェの措置には驚いたわ……」

「そうだね……」

そう言葉を零したエステルとヨシュア。それにはレーヴェも苦笑を浮かべつつ言葉を返した。

 

「それは俺自身も思ったことだ。ヨシュアとは違って表舞台に出ていた俺に“恩赦”が与えられるとは思わなかった……それと、終身までこの国の騎士であることを命ぜられるとは……紛い物であったロランス・ベルガーという役割がこういった形となって俺を手助けするとは思いもよらなかったがな。」

「フフ、そうですね。」

『執行者』としてこの国を混乱に齎しながらも、最後は協力して首謀者の殲滅の功績を七耀教会から打診され、それを受けた女王陛下は無期限でのこの国への奉仕活動とする“恩赦”を与えた。それをスムーズにするために、カリン・アストレイには王室親衛隊中隊長(大尉)の階級を任ぜられ、『天上の隼』の五席に加わることとなった。これにはカリンも笑みを零した。

 

非公式ではあるが……今回の事件によって第一種国際犯罪組織に認定された『身喰らう蛇』、準一種国際犯罪組織として『赤い星座』『北の猟兵』『黒月』が認定されたのだ。非公式としたのは元組織の人間である面々に配慮することでもあるのだが……『不戦条約』絡みにも関わることでもあったのだ。

 

「それ以上に、カシウス・ブライトが提案したことにも驚いたがな……」

「でも、私は賛成ですよ。家族が増えるのですから……レナさんも『私の事はお母さんと呼んで』と言われましたし。」

「はは……カリン・アストレイ・ブライト…レーヴェとカリンさんが結婚するわけだし…レーヴェもいずれ家族になるのよね。」

「そういうことになっちゃうね……」

カリンはカシウスとレナの提案を快く受け入れ、ブライト家に養子として入ることとなった。元々ハーメルの関係で戸籍が完全に鬼籍化していたため、ヨシュアを引き取ったカシウスならば問題ないということで女王陛下自らが許可したのだ。エステルにしてみれば自分の姉と兄のような存在が増えることに喜び半分と困惑半分であったが、ヨシュアの事を考えると諸手を上げて賛成したのだ。

 

「も、もう、エステルさん………」

「あ……家族になるわけだし、カリンさんのこと、お姉さんって呼んでいいかな?あたしのことは呼び捨てでいいわよ、“姉さん”。」

「………そうね、エステル。」

(………)

(どうした、ヨシュア?)

(いや……女性って強いね。)

(そうだな……)

考えて見ると……リベールの英雄であるカシウス、『蛇の使徒』ですら家事の前では敵わないレナ、レイア仕込みの膂力と父親譲りの武術の才能と母親譲りの性格を持つエステル、『守護騎士』であるカリン……そこに、元『執行者』であるヨシュアとレーヴェ……ブライト家の存在が他よりも完全に浮き出た存在になっていることにヨシュアは頭を抱えたくなった。

 

「あ、そういえば……レーヴェ、第二柱“蒼の深淵”と第七柱“鋼の聖女”って知ってる?」

「なに……会ったのか?」

「あ、うん。うちのお母さんに家事を習っていたみたいだけれど……心当たりあるかしら?」

「………第一柱“神羅”。恐らくは彼絡みだろうな。」

「…………ヨシュア、本当なの?」

「うん………僕もエステルも信じたくなかったけどね………そうだ、姉さん。これ、返しておくね。」

エステルの口から出た事柄に、元身内とも言うべきレーヴェは唖然とした表情を浮かべた。これにはカリンやヨシュアも複雑な表情をしていた。すると、ヨシュアが思い出したように懐から楽器―――ハーモニカを取出し、カリンに差し出した。それを見たカリンも目を見開いた。

 

「これは………」

「そのハーモニカは………」

「あ……それってヨシュアの………ううん、カリンさんの………」

カリンは手渡されたハーモニカを見つめて呆けた声を出し、ハーモニカを見たレーヴェは驚き、エステルは驚いた表情で呟いた。彼女がずっと持ち、ヨシュアに手渡され、そしてエステルに渡されたハーモニカ……ここにいる四人を繋いだ大切なものは、十年という月日を経て元の持ち主である彼女の手へと戻った。

 

「姉さんがあの時、手渡したハーモニカ………ずっとそれを姉さんの代わりとして持っていたけど、姉さんが生きている以上それは僕が持つ物じゃないよ………それにやっぱりそのハーモニカは姉さんが持つべき物だもの。」

「ヨシュア…………ありがとう…………」

ヨシュアの話を聞いたカリンは優しい微笑みを見せて、ハーモニカを両手で大事そうに包み込んだ。

 

「……そうだ!ねえねえ、姉さん。せっかくだし、ここで一曲吹いたら?そうね……“星の在り処”で。」

「フフ、そうね…………わかりました。ちなみに確認しておくけど、“星の在り処”でいいですか、エステル。他の曲もたくさん吹けますが………」

「うん!他の曲なんていらないわ!」

「だって姉さんには………」

「俺達が好きなあの曲………“星の在り処”が一番似合っているからな。」

カリンに確認されたエステルは力強く頷き、ヨシュアが言いかけた所を口元に笑みを浮かべたレーヴェが続けた。

 

「…………もうっ……………」

三人の答えを聞いたカリンは恥ずかしそうに笑った後、ハーモニカで優しい微笑みを浮かべながら“星の在り処”を吹き始めた。その心地よいメロディーは定期船に乗るすべての人々に響き渡る様に……これからの四人を祝福するかのように包み込んでいったのであった。

 

 

 

―――『リベール百日事変』……崩れ落ちる浮遊都市……そこからこぼれ落ちた光の欠片。

 

 

 

―――それから半年後……その欠片が齎すは、様々な人との出会い。

 

 

 

―――そして“転生者”は各々の闇に向き合う。今まで彼らが負ってきた“業”に。

 

 

 

―――出身も身分も異なる彼らが、一人の人間と関わったことによって起こる事件。

 

 

 

―――世界と時間を超えた“軌跡”……空の軌跡最終楽章―――『The 3rd』。

 

 

 

―――………彼らの因縁は、まだ終わらない。

 

 

 




ということで、おおよそ三ヶ月でSC編終了です。次は3rd編です。

進め方としては、各キャラエピソード→キャラ設定→3rd本編の流れの予定です。
少なくとも各キャラ1エピソードぐらいは用意してあげたいです。

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