ケビンの扉 ~外法狩り~
数年前……正確には、『紫苑の家』事件後……俺はケビンのもとを訪れた。
~アルテリア法国 星杯騎士団本部~
法国にある本部の一室……そこにケビンの姿があった。見るからにやつれている様はこの数日間何も飲まず食わず……それが手に取るようにわかる感じであった。
「失礼する……やれやれ、すっかり痩せちまって………」
「……アスベル。」
その様子からするに、ルフィナのことはただの知り合いなどではなく、ケビンにしてみればある意味特別な存在であるということはアスベルのみならず、誰の目から見て明らかであろう。
「……ルフィナのことは残念だった。だが、不幸な事故というものは往々にして起こるものだ。俺らのような手合いにはな。」
だからこそ、アスベルはひたすら力を磨き続けている。この世界を変えるためには、最終的に『神』を相手にしなければならない……故に到達点はないのだが……人を失う悲しみは、人生すら狂わせる……尤も、目の前に映る御仁は全ての事情を知っているわけではないが……
「……殺して………くれ…………」
「………なに……………」
顔を地面に下に向けたまま呟いたケビンの嘆願を聞いたアスベルは驚いた後、目を細めてケビンを見つめた。
「もう………オレが騎士として………やっていく意味なんてない………それどころか………生きてる………意味すらも………アスベルにやったら………文句はない…………痛みを感じるヒマもなく………一思いに………やってくれそうやし………」
身内殺し……だが、今のケビンの言葉はわがままを言っているようにしか聞こえなかった。
「解った、いいだろう―――なんて、俺が言うと思ったか?痛みを感じる暇もなくひと思いに殺して欲しいだと?笑わせるな。てめえにそんな権利があるとでも思っているのか?その血と肉を七耀の理に、魂を女神に捧げたはずのお前に?しかも、年下の俺にそんなことを頼むとは、とんだ弱虫だな、お前は。」
「…………っ……………」
責めるような口調のアスベルの問いかけにケビンは唇を噛んだ。
「……とまぁ、総長なら皮肉たっぷりにそう言い放つところだろうが……泣き言が言えるんなら、まだ生への渇望位は残っていると見た。今回に関しては俺ですらも躊躇ったからな。お前にしてみれば、処刑よりも辛い処分になるだろうが。」
一方ケビンの様子を見たアスベルは不敵に笑った後、溜息を吐いて答えた。“上”の決定とはいえ、この宣告とも言うべき言葉は今のケビンにとって“罪”を背負う言葉だということに。
「……………どういう………ことや?」
「―――従騎士ケビン・グラハム。法王猊下の命により、本日をもって貴公を“守護騎士(ドミニオン)”第五位に迎える。」
「…………え…………」
アスベルの言葉を聞いたケビンは黙り込んだ後、わずかに顔を上げて信じられない様子で呆けた。まるで『聞き捨てならない言葉を耳にした』かのような言葉に……ケビンはアスベルに困惑の表情を向けるが、アスベルは話を続ける。
「ここ数十年、『第五位』が空位だったのは噂程度には知っているだろうが……お前がその『第五位』だったわけだ。」
「………」
呆然とするケビンではあるが、無理もない話だ。星杯騎士同士で殺し合ったようなもので、それに対する処分……ケビンにしてみれば罰が来るものだと思ったのは違いない。
「これでお前と俺は同格………長らく主のいなかった伍号機もようやく日の目を見るってことだな。」
「………なんや………それ………」
だが、告げられたのは自身の『昇格』……それも、星杯騎士の中で最も特別な存在である十二名の騎士―――『守護騎士(ドミニオン)』の一員として選ばれたことに愕然としている。
「ああ、それと守護騎士は自ら渾名(あだな)を名乗る習いらしい。お前も今の内に適当に考えておくといいだろう。」
「そ、そんなこと………聞いてるんやない………な、なんでオレが………そんな………姉さんを………ルフィナ姉さんを………守れんかったオレが………」
「『―――確かに、その件に関しては悲しい出来事だ。されど、“第五位”の顕現は非常に喜ばしいことでもある。だが、今は『悲しみ』よりも彼女を喪った『損失』……彼女に匹敵しうる行動を“第五位”には切に願う―――』―――法王猊下直々のお言葉だよ。」
ケビンの言葉に答えるようにアスベルは淡々とした口調で答えた。法王とて今回の事件は悲しいと表現していた。だが……今は改革の最中。ここで歩みを止めるわけにもいかない。そのことは、法王のことを知っているアスベルにも痛いほど理解していた。
「………クク………ハハハ…………なんやそれ………なんなんやそれ………ひゃははははッ!!」
アスベルの言葉を聞いたケビンは声を低くして笑って呟いた後、やがて顔を上げて大声で笑った。
「………」
ケビンの様子をアスベルは黙って見つめていた。
「クク………オレが!?ルフィナ姉さんを守りたくて騎士になったこのオレがっ!?その姉さんを喰いものにして守護騎士に選ばれるやと………!?あはは、傑作や!傑作すぎて笑い死んでまうわ!ひゃー――っははははははッ!!」
「…………」
確かに、その当事者からすれば、『そう捉えた』としても何ら不思議ではない。とりわけ、裏で力を持つということはそれ相応のリスクが伴うということだ……かつての俺自身がそれの被害者なだけに、ケビンの気持ちも分からなくはないが……アスベルの眼前に映る彼は『優しすぎる』……それは、率直に思っていたことだ。
「………クク………ハハハ………ふふ………はは…………」
笑い終えたケビンはやがて声を落とした後、黙り込んだ。
「――――さて。どうするんだ?ケビン・グラハム。お前にはこの要請を辞退する権利がある。もっとも騎士団千年の歴史で守護騎士に選ばれながら辞退した者はただの一人もいないという話だがな。」
「フフ、そうやろな………」
アスベルの問いかけにケビンは嘲笑した後、やがて顔を上げ、凶悪な笑みを浮かべ、さらに目をどす黒く濁らせ、アスベルを見上げて答えた。
「―――“守護騎士(ドミニオン)”第五位、謹んで拝命させてもらいます。さっそく今日からでも仕事を回してくれて結構ですわ。」
「………了解した。総長には俺から伝えておこう。」
ケビンの疑問にアスベルは重々しく頷いて答えた。
「ああ、回すんならなるべくハードなのを頼むで。おっと………それから渾名やったか?うーん、そやな………“外法狩り”―――そんな感じで行くとするわ。」
自分がこれから名乗る渾名――“外法狩り”を口にした。
「解った。とりあえず、腹を満たしておけ。肝心な時に動けなかったら、その渾名も泣いちまうぞ。」
「容赦ないな、アスベルは。ま、守護騎士としては先輩やしな……素直に従っておくわ。」
そう言って、アスベルは踵を返すと……部屋を後にした。部屋を出ると、其処にいたのは同じ守護騎士の人物であり、その容姿は二十歳前後の青年であるが、本人曰く『30歳』だという御仁であった。
「ライナスさん。」
「ご苦労だね、アスベル。僕だとケビンを殴り殺していたかもしれなかったからね……そう言った意味じゃ、君には苦労を掛けてしまったね。」
「シルフィほどじゃないですよ。俺なんかまだまだ……」
守護騎士第二位“翠銀の孤狼”ライナス・レイン・エルディール。特徴的なのはその銀髪。それに対して翡翠の特殊なコートに黒のシャツとズボンという出で立ちをしている。騎士団の中では副長的存在であり、アインやシルフィアのことをよく知る人物であり、ルフィナとは婚約者の関係であった。
何でも、ルフィナとは来月結婚式を挙げる予定だったらしく、紫苑の家に帰った際にはそのことを打ち明ける予定だったという。その矢先の出来事………ちなみに、ルフィナの生存の事はライナスに伝えているが、やはり今回の一件は許せるものではないというのは、彼の放っている威圧からして明らかであった。
「しかし、典礼省のオーウェン神父か……例の破戒僧のことといい、内部がどうにもきな臭い。」
「ええ……まぁ、シルフィが鞭打って総長を動かしてましたので、どうにかなるかと。」
「………その言葉だけを聞くと、シルフィアがトップに聞こえそうだね。」
それにはアスベルも苦笑を浮かべた。とりあえず、一息ついてライナスに真剣な表情を向ける。
「例の破戒僧、やはり『結社』に?」
「その可能性が高いね。僕の見立てじゃ五年以内……枢機院の改革のお蔭で、少しは楽になったけれど、あのグータラはまた難題を言ってきそうだ。」
「解っている分性質が悪いのですがね……」
三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。たとえ変わる素振りが見えても、その人の本質そのものが変わるわけではないだけに、アスベルとライナスは揃ってため息をついた。すると、そこに一人の男性……漆黒の神父服に身を包んだ青年が姿を見せ、アスベルとライナスは表情を強張らせる。
「フィオーレ・ブラックバーン……守護騎士でもきっての“処刑人”がこんな場所に来るとは、珍しいこともあったものだ。」
「これはこれは、“翠銀の孤狼”殿に“京紫の瞬光”殿。何、私がここに来たのは彼―――『第五位』の後見を枢機院に頼まれたからですよ。」
「何?」
真剣な表情を崩すことなく言ったライナスの言葉を意にも介さず、フィオーレと呼ばれた人物はこの場所に来た理由を述べ、アスベルは目を細めた。
「ご心配なく。私は個人的に“翠銀の孤狼”殿や“京紫の瞬光”殿を気に入っております故、反故になるようなことは致しませんよ。その点は女神に誓っても構いません。」
「(ケビンの事を考えれば、ある意味適任者なのには違いないが……)解った。枢機院のことはともかく、第五位“外法狩り”ケビン・グラハムのことは“黒鍵(こっけん)”殿に一任する。」
「これは物騒な渾名を名乗るのですね……畏まりました。ケビン・グラハムに関しては私が責任を持って預からせていただきましょう。それでは、枢機卿へのご挨拶がありますので、これにて……」
フィオーレの言葉には些か腑に落ちないが、それでも守護騎士であることを反故にしない人物であるが故に、アスベルは一息ついた後、ケビンの後見を認め、その言葉を聞いたフィオーレは軽く会釈をして、その場を後にした。
「いいのかい?」
「いいも何も……ケビンが望んでいる『ハードな奴』ですと、後見にはそれを専門に引き受けている人間の方がいいでしょう……男に気に入られているというのは寒気しかしませんが。」
「その気持ちには同情するよ……僕としては怖気が走るぐらいだよ。」
守護騎士第十位“黒鍵”フィオーレ・ブラックバーン……守護騎士の中でもハードな任務……とりわけ、アーティファクトによる重罪人の処刑を中心に取り扱ってきた人間。見るからに極悪そうな笑みを浮かべることがあるが、それでもアインに対して絶対の服従を誓っているらしい。本人曰く
『彼女は主、私は下僕。そういうことなのですよ。』
ということらしい。その意味に関しては大方の察しがついてしまうので聞かなかったことにしておきたいが……あと、ライナスやアスベルのことも個人的に気に入っているらしいが、彼らにしてみれば恐怖の対象でしかない。男が男に惚れられる……そう言う趣向が好きな人には歓喜ものであるが、ライナスとアスベルは普通の嗜好であるということを付け加えておく。
「後は、ケビン君次第ということかな。」
「……ですね。」
―――第五位“外法狩り”ケビン・グラハム……後に大任を得ることになる彼のはじまりであった。
ケビンはフィオーレのもとでその技術を磨き、<聖痕>の扱いや『アーティファクト』のコントロールもこなせるようになっていった。そして、この四年後……
~特殊作戦艇『メルカバ』伍号機 ブリッジ~
『―――ということだ。』
「エラい気の入れようですな……いや、そこまでせえへんとヤツは倒せへんちゅうことですか?」
停泊中のメルカバのブリッジにて、ケビンは通信でモニターに映る自分の上司的存在―――総長であるアイン・セルナートと話していた。彼女の口から述べられたこの艦の『任務』を聞き、ケビンが尋ね返すと、アインは珍しくも真剣な表情を浮かべた。
『過去に戦った経験から、とでも言っておこう。ともあれ、予定通りに動いてくれ。』
「解りました………はぁ」
そういうやり取りがあってモニターが収納されると、ケビンはため息を吐いた。いつものことながら
「お疲れ様です、グラハム卿」
「いつもお疲れ様ですね。」
「あ~……その言葉が今は胸に染みるわ……グランセルの近くで降ろしてくれへんか。ほんで、そちらは予定通り本国へ戻って『アレ』の運搬を頼むで。」
「了解しました。」
そう言ったやり取りの後、ケビンはグランセル近郊に降り立ち、メルカバは重要な任務のために飛び立っていった。
~王都グランセル~
(さて……まずは大聖堂に挨拶とグランセル城に足を運ぶとしよか。というか、流石に雨を浴び続けるのは嫌やし……ん?)
色々あるが、まずは当初の予定を片付けようと足早に大聖堂へと向かおうとしたケビンであったが、ふと気になる者が過ったことにケビンがそちらを見やると、ツインテールの少女が走って空港に向かって行ったのを目撃した。単純に雨を避けるために急いでいるという風にも見えたが……どうにも気がかりを感じてケビンは少し考え込む。
(……追っかけてみるか。たまには自分の直感を信じてみるのも悪うない。)
少し段取りは狂うが、今回の任務にもしかしたら関係あるかもしれないという彼女の存在に何かを感じたケビンは急いで彼女の後を追うことにした。
その結果、ケビンは上手く任務をこなすことができた。“教授”の抹殺は秘密裏とされ、その表舞台から完全に消されることとなった。それから半年……ケビンはエレボニア帝国東部の都市、“翡翠の公都”バリアハートの飛行場にいた。
~バリアハート 飛行船乗り場~
ケビンの周囲にいるのは、上流階級や軍人、平民と様々であった。その中でも一際目立つ格好のケビンは自分の目の前に映る飛行船を見つつ、ため息を吐いた。
「豪華客船『ルシタニア号』……はぁ、仕事やなかったらバカンスを楽しむところなんやけれど。」
今回の仕事は『古代遺物の回収』ならびに『所有者の逮捕』。本来ならば第二位がその仕事を請け負う予定であったが、他の仕事との兼ね合いのため、ケビンにそのお鉢が回ってきたのだ。ケビンはリベールにいる第三位、第六位、第七位にその仕事を請け負うよう総長に進言したものの、
『―――その三名は今リベールにいない。第三位はレマン自治州、第六位はレミフェリア、第七位はカルバードに赴いている。』
との返答にケビンは何も言い返せなかった。やむなくその仕事を引き受けたのはいいものの、処罰ではなく逮捕ということにはケビンも面倒な任務になるであろうと思っていた。ともあれ、『蛇』絡みの可能性があるため、気を引き締めて事に当たる必要があると感じた。
「ま、パーティーには一応参加できることやし……おもいっきり楽しんどこうか。」
そう言って他の乗客に紛れ込むように乗り込んだケビン………その彼を艦の上で見つめる一人の人物。その表情を仮面で覆い隠す人物は、静かに笑みを零すような声をあげた。
『フフフ……ようやく会えたね。ケビン・グラハム……』
そう言って姿を消す……
乗客を乗せた『ルシタニア号』は静かに上昇していく………その夜、宴の序章が幕を上げる。
暫くはインターミッション的な扱いです。
話のナンバリングは本編に入ってからとなります。