英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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リースの扉 ~守護騎士~

 

~アルテリア大聖堂~

 

リベールの事変解決後より四か月後……アルテリア法国にて、一人の女性が祈りを捧げていた……シスター服に身を包んだ女性―――彼女の名前はリース・アルジェント。ルフィナ・アルジェントの妹であり、ルフィナやケビンとは幼馴染の関係に当たる。

 

それをみていたパールグレイの髪の少女―――エリィ・マクダエルが声をかけた。

 

「おはようございます、リースさん。」

「おや……おはようございます、エリィさん。少々お早いのでは?」

リースがそう言いながら時計を見やると、時間は5時半を差していた。施設にいた時からこの時間に起きるのが当たり前となっていた自分とは違い、留学に来ている彼女にとっては少し早い時間だと述べると、エリィは笑みを零しつつ言葉を返した。

 

「そうかもしれませんが……私もたまにこの時間に起きることがありまして……その癖で今日は早かっただけですので。」

「成程。折角ですので、掃除のお手伝いをお願いできますか?」

「ええ。構いません。」

その言葉を聞いてリースは箒を手渡し、エリィはそれを受け取った。二人が手早く掃除を進めていると、そこに一人の女性―――リースにとっては師匠的存在であり、自分の姉の親友とも言える女性の姿が目に入り、リースは手を止めて挨拶をする。

 

「これはセルナート卿、おはようございます。」

「ああ、おはよう。おや、マクダエルさんにも手伝ってもらっているのか。」

「私も早く起きてしまったので……おはようございます、アインさん。」

「おはよう……私はおとなしくしているから、早く掃除を済ませてくれ。」

リースの武術の師匠―――星杯騎士団『守護騎士』第一位“紅耀石”アイン・セルナートの姿に二人は手を止めて挨拶をかわし、挨拶を返しつつもアインは近くの椅子に腰かけ、二人の様子を見守る。彼女が“大人しくする”という言葉に違和感を抱きつつも、リースは掃除を再開し、エリィもリースの動きを見て掃除を再開した。

 

その後、リースとエリィはアインの案内で大聖堂近くにある大衆食堂に案内され、朝食をとることになる。その店は主食系お代わり自由なので、人一倍というか人三倍食べるリースにとっては凄く重宝しているお店の一つであり、今や常連となっていた。

 

「あ、相変わらずですね、リースさんは……」

「いつみても変わらないな……ルフィナやケビンはさぞかし苦労しただろうな。」

「お、大きなお世話です!」

 

エリィにしてみれば、そのカロリーのどこに消費する要因があるのか不思議でならなかった。サラダも主食もおかずもデザートも普通の女性どころか男性ですら引くぐらいの容量を食べきっているのだ。アルテリア法国内に大盛りチャレンジ系の店がないのは、彼女の存在があるからだと噂されるほど、リースの存在は他の従騎士に比べて浮いた存在であった。ただでさえルフィナ・アルジェントの妹という存在と、師匠が星杯騎士団の総長という有名税的なものがあるだけに、その動向は注目されていた。

 

朝食を食べ終えると、アインはリースを連れ出す形でエリィと別れ、とある場所に来ていた。その場所に並ぶは墓石……墓地である。それも、星杯騎士の墓地。ここにある墓石の半分近くはその下に遺体がない……そして、リースの姉の墓石もその一つである。

 

『―――Rufina=Argent(ルフィナ・アルジェント)

 

その場所に来た二人は静かに祈る。尤も、リースはともかくアインは本気で祈っているわけではなく、あくまでも“フリ”である。祈りを終えると、アインはリースに真剣な表情を向ける。

 

「さて、私から教えることは殆ど教えた……だが、お前にしてみれば『肝心な事』を聞いていない……そんな表情だな。」

「はい……姉様はどうして死んだのか……そして、あの事件以降連絡が取れないケビンのことも……」

解らなかった……星杯騎士となった姉と、同じく星杯騎士となった自分の幼馴染のような存在……その二人の事を私は何も知らなかった。幸いにも才能があったため、姉の親友であったアインの教えを乞うことができたが……彼女も口をつぐんだままであった。その言葉を聞いたアインは懐から一枚のメモを取りだし、リースの手に握らせた。

 

「これは……」

「私の幼馴染……そして、ルフィナの婚約者であった存在がいる場所のメモ……奇しくも、私と同じ立場という男だよ。」

「え……」

その言葉にリースは反応しつつも、言葉が見つからなかった。自分の姉に婚約者がいたことも……そして、その相手は“守護騎士”だということも……驚きという他なかった。困惑するリースを見つつも、アインは煙草を吹かしながらも踵を返した。

 

「ソイツのもとで二ヶ月ほどの修行だ。所属は追って説明する……幸運を祈る。」

そう言ってその場を後にしたアイン。残されたリースはメモに書かれた場所に目を通しつつも、日光に照らされる自分の姉の名前が刻まれた墓を見つめた。彼という存在に一縷の望みを託しつつ、リースは大聖堂へと戻った。

 

 

翌日、書かれた場所―――都市郊外の森の中の一角に開けた場所。そして、傍らには木造の家屋。更に聞こえるのは……金属がぶつかり合う音であった。その音の方向にリースが歩みを進めようとした瞬間、右の方向から何かが飛んできて、リースは得物である法剣(テンプルソード)を抜き放ち、構えるが……その人物は少年―――しかも、自分にとっては“上司”である人間だった。

 

「え……ヘミスフィア卿!?」

「な……へぇ~、シスター・リースがこんなところに来るとは……もしかして、師匠絡みかな?」

「恐らくは……ヘミスフィア卿は師匠の幼馴染ではないですよね?」

「流石にそれは無いかな……何せ、僕が守護騎士に“なった”時に初めて出会ったわけだしね♪後、流石に歳が離れてるからね。」

第九位“蒼の聖典”ワジ・ヘミスフィアはリースの姿に驚きつつも、リースの問いかけにいつもの軽々しい口調で答えを返した。すると、奥の方から彼の師匠的存在である第二位“翠銀の孤狼”ライナス・レイン・エルディールが姿を見せた。

 

「おや……リースか。大方アインの差し金か……おそらくは二ヶ月ぐらい面倒を見れってことか?」

「……あの、何で解るんですか?」

「君の所属は既に決まっているということさ……『第五位』の所属にね。」

 

ライナスの言葉にリースは表情を険しくした。第五位“外法狩り”……その噂は星杯騎士であるリースも耳にしていた。十二名いる『守護騎士(ドミニオン)』の中で重罪人の処刑を一手に引き受けている人間。その人間への所属が決まっていることにはリースも反対はしない……だが、第五位に関しては色々と噂があるのも事実であった。報告書はまともにあげない……浮ついた行動が目立つ……神父というよりはナンパが趣味の軽い青年という噂が立つほどであった。色々と大丈夫なのだろうかとリースは不安を感じずにはいられなかったが、それを察してかライナスとワジは話を続けた。

 

「『第五位』というと、彼か。『不幸なハーレム騎士』の名誉(?)がついた『第三位』とか、『影の実力者』とか言われる『第七位』に比べるとインパクトが薄い人間であるけれどね。」

「そう言ってやらないの、ワジ。彼等の大本はあのグータラ総長(アイン・セルナート)の仕業だからね……ともあれ、リースが行っても問題は無いと思う。いざとなったらビンタしてでもいい。僕が許すよ。」

「………」

第三位“京紫の瞬光”アスベル・フォストレイト、第七位“銀隼の射手”シルフィア・セルナート……その両名はリースにとっても顔馴染であった。姉の所属は第七位付正騎士であり、その上司であるシルフィアと……アイン自らが見つけたアスベルとは何かと顔を合わせることが多かった。とはいえ、彼等も紫苑の家に関してはその全てを明かすことはしなかった。というか、同じ立場とはいえそのようなことを軽々しく言っていいのかとリースは率直に思った。

 

「ともあれ、その様子だと法剣の扱いはそれなりに出来ているから……基礎体力を徹底的に磨くよ。」

「え………」

「ということは、『アレ』をやるんだね。やれやれ……シスター・リース。覚悟を決めた方がいいよ。」

「???」

ワジの言葉の意味………リースは文字通り知ることになる。基礎体力……それは何と………

 

「(な、何でこんなことに……)」

「(これが師匠流なのさ……)」

断崖を登るロッククライミング……しかも、命綱なしという超危険なものだ。だが、慣れていないリースに関しては一応命綱を付けている。仮に落下したとしてもライナスの法術で助ける+衝撃吸収マットという措置は取っている。だが、落ちようものなら翌日の訓練メニューが二倍に増えるという鬼畜仕様でもある。

 

『星杯騎士の命は失われやすい』……その生存率を上げるには、命の瀬戸際を知ることというライナスの持論に基づく訓練法である。無論、ロッククライミングだけではない……砂地でのシャトルラン・中距離走・反復横跳び……模擬戦や魔獣との実技訓練……基礎を徹底的に固めることで応用の底上げを同時に行うものである。その結果………

 

「………」

「気絶しているね……師匠、初日から飛ばし過ぎじゃない?」

「これぐらいはこなしてもらわないと……アスベル、シルフィア、レイア、トワ、セリカは最後までやりきったからね。」

「いや、あの五人はある意味“常識外”だから…第六位“山吹の神淵”でも、最初の方は気絶していたわけだし…」

空腹だとか言う前に、完全にぐうの音も出ないほどに疲れ切っているリースを見てワジが諌めるが……ライナスの言葉に反論しつつも未だに起き上がらないリースを見つめる。それを見て仕方ないとでも言いたげにライナスは息を吐き、リースを抱えて家屋へと入っていった。それを見つつも、ワジも彼らの後を追う様に家屋の中に入っていった。

 

目を覚ましたリースは用意されていた六人前もあろうかという量の食事を平らげ、一日の疲れを風呂で癒し、本能の赴くままに寝床へと入って眠りに就いた。その光景を呆れ半分笑い半分で見つめたワジは眠ったリースの姿を確認すると、静かに寝室を後にした。

 

「……で、彼女にはいつ話すんだい?第五位……ケビンのことは。」

「訓練が終わるころに話してほしい……総長がそう言っていた。今は訓練に集中してほしいからね。変に気が回って怪我でもされたらたまったものじゃないし。」

「ま、当然そうなるよね……了解。」

彼女はそれを聞きたかったのだろう……だが、ライナスは今の訓練の最中に話すことは己を傷つける結果にしかならない……アインの提案に半ば乗る形ではあるが、それに概ね賛成であった。それを聞いてワジも静かに頷いた。

 

それから二ヶ月……ワジは一足先に自らが潜入している場所に戻り、リースも無事に訓練の課程を終えた。それを見たライナスはリースに告げる。彼女にってはある意味酷とも言える言葉を。

 

「さて、改めて……星杯騎士団総長アイン・セルナートより発令……従騎士リース・アルジェント。ただ今を以て『守護騎士』第五位“外法狩り”ケビン・グラハム付の従騎士に任命する。この命令に拒否権はない。既に先方には連絡がいっている……心してあたる様に。」

「………えっ?エルディール卿、その言葉は事実なのですか!?ケビンが『守護騎士』というのは……」

ライナスの口から告げられた言葉―――その中の名前にリースは驚愕する。自分の幼馴染とも言うべき人間が『守護騎士』であるということには困惑を隠せなかった。思わず、声を荒げてライナスに詰め寄った。その問いかけに、ライナスはケビンのヘタレ加減に呆れつつもリースに対して答えた。

 

「事実だよ……どうやら、何も聞かされていないようだね。僕はケビンに、君にちゃんとそのことを伝えるよう言ったのだけれど……」

「ええ……あと、総長から、エルディール卿が姉様の婚約者であったと聞きましたが……」

「それも本当。あの事件の時、仕事が立て込んでしまってね……彼女の事を聞いたのは、事件の後だった。」

 

後に解ったことではあるが、ライナスにそうなるよう仕向けたのは当事者であったオーウェン神父であった。彼は金の力で枢機院を動かしたのだ……尤も、その当事者は紫苑の家にて既に“外法”として処罰されているため、それに対する恨みはなかったのだが。

ただ、ケビンも正直軽率であったという他ない。それは率直に感じていた……過ぎたことに愚痴を言うつもりなどない。

 

「色々納得できないことや解らないことは多いだろう……でも、ケビンを本当の意味で支えられるのは、リース……君だけだと思う。」

「………正直、彼とは五年も会っていません。彼が私の事を覚えているかどうか……」

 

『それでも、だよ。リースにしかできないこと……それは君自身が一番よく知っているとおもうから。』

 

 

~アルテリア法国 飛行船乗り場~

 

ライナスの言葉を思い返しながら目を瞑るリース。すると、アナウンスが流れる。

 

『―――西回り国際定期船搭乗のお客様は3番ゲートにお進みください。』

 

そのアナウンスを聞くと、リースは静かに目を見開き、鞄を持ってゲートに向かって歩いていく。その姿に気付く少女―――エリィはリースの姿に疑問を浮かべつつも問いかけた。

 

「リースさん?……ひょっとして、クロスベルに?」

「いえ、リベールのほうに用事がありまして……詳しくは言えませんが、仕事の関係です。エリィさんは故郷に帰られるのですか?」

「ええ……その後はレミフェリアのほうに向かう予定ですが。」

「そうですか……お互いに女神(エイドス)の加護あらんことを。」

そう呟きつつも飛行船に搭乗するリースとエリィ……この二人はまだ、これから起こりうることに巻き込まれる運命だということを知らなかった。

 

 


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