英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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番外編です。

※軌跡要素ほぼ皆無です。


アスベルの扉 ~四条輝~

―――これは、アスベル・フォストレイトと呼ばれた人物が“四条輝”という名を名乗っていた時の事。

 

 

~???~

 

夕暮れに染まる都市……だが、その風景……その看板の文字……そのいずれもが、“日本ではない場所”であった。その一角にて、一つの戦いが起きようとしていた。

 

『周囲に影なし………よし、行け。』

『ああ。』

とある建物。そこに人が生活している形跡は確認できず、只の廃墟と言っても差し支えなかった。そこに潜入しているのは銃を持ち、プロテクターや防弾チョッキに身を包んだ男たち。曲がり角にて鏡を取出し、人影がないことを確認すると、合図をして仲間を先行させる。

 

『S1部隊、配置完了』

『S2部隊、こちらも問題ありません。』

『S3部隊、こちらも完了した。』

次々と配置に付いていく兵士とも言うべき人達。指揮官らしき人の合図によって進撃しようとした兵士らであったが、その最後尾にいた兵士の目の前に映った腕……正確には、その手に持っているワイヤーで首を絞められ、気絶させられた。それを確認すると、天井にいた黒髪の青年は飛び降りて床に着地する。この先にいる“彼女”の腕前ならば、後れは取らぬであろうと信じ、青年は次なる場所へと移動する。

 

―――青年の名は高町恭也。古武術『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術』―――“御神流”の師範代であり、暗器を用いる御神不破流の使い手でもある。

 

『ケビンはどうした?……遅いな。』

『まさか、既に……』

一方、その部隊の兵士らは仲間の一人―――ケビンが遅れていることに疑問を感じていた。もしかすると、敵は既に動き出している……そう思っていた矢先に聞こえた甲高い音。兵士らがその音が聞こえた先―――夕焼けの光が漏れる扉の向こう側からのもの。

 

その向こうにいるのは黒の長い髪を一つに編んだ一人の女性。気配を感じ、手に持った鉄パイプを構える。彼女は目を瞑り、扉の向こうにいる兵士の気配を“正確に把握”し……兵士がドアノブを掴んだ瞬間、彼女が目を見開き、鉄パイプが“飛んだ”。

 

「がっ!?」

ドアノブを掴んだ兵士は、突如飛んできた扉に反応できず、壁と扉に押しつぶされる形で叩きつけられた。そして、その部屋にいた女性は持っていた鉄パイプで扉の前にいた兵士を突くと、それを手放して背中から二本の小太刀を抜き、小太刀の峰で相手の後頭部に打撃を与え、気絶させる。それを見たもう一人の兵士がライフルを持ち替えて彼女に格闘戦を挑むが、それを見た女性は反射的に屈み、左手の小太刀の峰で右手を弾き飛ばすと、右手の持ち手を変えて柄で相手の顔面を突き、気絶させた。

 

周囲に敵がいないことを確認し、女性は息を軽く整える。―――彼女の名前は高町美由希。古武術『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術』―――“御神流”の剣士である。

 

(ここはもう大丈夫か……恭ちゃんと輝ちゃんは……心配いらないかな。)

兵士らが動かないことを確認すると、美由希は気を引き締めて次の場所へと向かった。

 

 

『ダメです、S2部隊……応答在りません。』

『カウンターテロ専門の特殊部隊がだと……』

『バカな……相手は銃器を持たないたった三人……しかも、二十歳そこそこが二人に、十代半ばが一人なんだぞ。』

一方、他の部隊の兵士らは混乱していた。近代兵器を一切持たない相手に、一個小隊が簡単に制圧されたという事実には驚愕という他なかった。その無線を別のビル―――指令所のような場所で聞く初老の男性は、窓のそばにいる黒髪の麗しい女性に話しかける。

 

「僅か十二分でもう五人を倒すとは……強いね。」

「まあまあです。」

その兵士の強さを知っているかのように話す男性に対して、女性の評価は至って辛口と称するに値するほどのものであった。それを聞きつつも、男性は言葉を続けた。

 

「しかし、地の利があるとはいえ、銃器と言った近代兵器を持たない戦いには……限界があるのではないのかね?」

男性―――ジェフリー・レイの言うことも尤もである。謂わば近接戦闘の刀に対して、近代兵器は近寄らずとも制圧するための武器。どう足掻いたとしても、普通に考えればそのリーチ差によるハンデは大きいものがあるのだと……それを聞きつつも、女性―――御神美沙斗はそれを肯定しつつも言葉を続ける。

 

「限界はあります―――ですが、“ここではない”のです。まぁ、見ていてください。」

 

そう自信を持って言いきった美沙斗の言葉を図らずも実感するのは、この数分後であるということを。

 

 

(…………“来た”、か………)

目を瞑り、立っている一人の少年。そして、近寄ってくる気配を感じる……数は六人。いずれも連射式ライフルを持つ兵士。兵士はその少年の姿を見つけると、物陰から手榴弾らしきもの―――スタングレネードを投げ込み、眩い光を放つ。その隙を逃すまいと兵士は一気に走り、少年に向かって銃弾を放つ。見るからに当たったと思しき様子に一瞬喜びを感じた兵士たち。

 

だが……その喜びなど、束の間の“ぬか喜び”だと知るのは、彼等が目覚めた後であった。

 

なぜならば、その光が完全に収束した瞬間には、地に伏せていたのは兵士たちであり、彼等が通ってきた道の入り口にはその少年が立っていたのだから。何をしたのかと言うと、彼は正面に高速移動し、刀背(みね)打ちで気絶させるというある意味無茶なやり方で彼らを制圧したのだ。人間と言うのは、正面に迫り来る者に対して恐怖を感じてしまう。彼が利用したのは、高速移動の歩法“神速”を用いてその恐怖を強制的に抱かせるものであった。結果としては、上手くいった形となった。

 

すると、響くサイレンの音。この合図は『訓練終了』の音である。どうやら、もう一部隊と指令所の方は兄と姉が押さえたということを認識した。すると、無線の音が鳴り、彼はそれを取る。

 

『恭ちゃん、輝ちゃん。こちらで指令所を制圧。勝ったよ。』

『了解。輝の方は?』

「こちらも一部隊制圧……とはいえ、流石に加減は難しい……」

『ふっ……そうだろうな。』

『はは……いつも本気で鍛練しているからね。』

そうため息をついて話している少年は、四条輝。兄である恭也と同じく、十代にして“御神流”の師範代となり……そして、その流派の中でも御神の一族のごく一部にしか伝わっていない小太刀二刀術“御神理心流”の最後の使い手でもある。

 

その夜、輝、恭也、美由希、美沙斗、ジェフリーの五人はジェフリーの奢りと言う形で中華料理店で夕食を食べることとなり、本場の香港料理を堪能していた。

 

「輝は大分腕を上げたようね。ひょっとすると、同じぐらいの時の恭也や美由希以上かもしれないね。」

「それは俺も感じたな。正直教えることがないくらいだ。」

「むぅ………」

「姉さん、睨まれても困るから……」

美沙斗の言葉に恭也は同意し、その言葉を聞いた美由希は嫉妬の感情を込めたジト目で輝を睨み、睨まれた側の輝はため息をつきながらぼやいた。恭也、美由希、輝の三人の中では美由希が一番物覚えが悪かったのだが……恭也の厳しくも丁寧かつ気の行き届いた鍛錬により剣士として成長していったのだ。その反面、“似たような血筋”の輝が、物覚えがいいことには納得いたしかねるのも無理ない話だ。それで因縁つけられても迷惑この上ないのであるが。そう諌めつつも、料理を小皿にとって恭也と美由希に渡した。

 

そして、話は先程の訓練の話になった。無傷で済んだ者がいないというジェフリーが述べた事実に美由希は申し訳なさそうに謝り、美沙斗は自分の娘を責めるような口調はやめるようにとジェフリーに対して釘を刺した。

 

「ただまぁ、彼等には良い教訓になっただろう……自分たちの近代武術や戦法が全く通じない……そんな相手がいることにね。」

そのような人物など、ある意味一握りではあるが……自分たちの武器を過信しすぎると、ミイラ取りがミイラになってしまうかの如くの結果を生み出すのだと……ジェフリーのその言葉には美由希が苦笑を浮かべた。

 

「香港警防に卓越したサムライソードの使い手がいるとは聞いていたんだが……」

「母さん、有名人?」

「さぁ、どうだろうね……」

(卓越と言う言葉が温く感じるがな……)

(それには同感だよ。)

この女性が“卓越”という言葉で収まるのならば、世の中の達人の意義が捻じ曲がるであろう。そう思いつつ輝と恭也は箸をすすめる。

 

「その弟子たちまでこれほどの腕前とは……」

「いえ、彼等に剣を教えたのは私の兄です。そして、娘の剣術は彼等が教えたものです。」

そう答えた美沙斗の言葉にジェフリーの視線が二人に向けられ、恭也と輝は静かに頷く。

 

「流派は何と言ったか……確か」

「小太刀二刀―――“御神流”です。」

「私は御神流正統、兄と母は御神不破流、弟は御神理心流です。」

小太刀二刀術の“御神流正統”、くない、ワイヤーなどの暗器を用いる“御神不破流”、そして小太刀二刀術を更に洗練させ、太刀二刀術のリーチを体現させるための“御神理心流”。その武術の奥深さにはジェフリーも驚きを隠せなかった。

 

「となると、三人とも香港警防に?」

「俺と姉さんは学生ですし、兄さんは家業の方があるので部隊には所属していないんです。」

「家業と言うと……ヒットマンか?それとも、剣道の師範とか?」

ジェフリーの言葉に四人が笑みを零した。これにはジェフリーも首を傾げた。そして、美由希の……

 

「喫茶店です。」

「……え?」

その言葉にジェフリーが驚くのも……ある意味自然な流れであった。

 

次の日、輝、恭也、美由希の三人は日本にいる皆に土産物を買うためにマーケットへ足を運んでいた。一通り買い物を済ませて、夕食に立ち寄ることとなった。

 

「しかし……輝には色々済まないな。トレーニングに付き合わせることになって。」

「まぁ、気にしてないよ。詩穂と沙織にチャイナドレスを買って来いと頼まれて、買ったけれど。」

「あの二人がかぁ……忍さんでも羨む位のスタイルだものね。」

「確かにな……」

平均的な高校生のスタイルと比較すると、二人は“かなり良い”部類に入る。それには輝も同意するが、その目的からすると、輝の心中は穏やかではなかった。どうやら、美由希のほうも頼まれていたようで……最近会っていないフィアッセにも買って送ってやろうかと話していた時、輝の携帯に連絡が入り、電話を取る。

 

「『もしもし』……美沙斗さんですか。ええ……え?フィアッセからですか?………解りました。こちらから連絡してみます。というか、何で俺の携帯なんですか?」

『何と言うか、美由希は今頃食事しているだろうし……フィアッセ絡みなら輝に連絡したほうがいいと思ってね。』

「………あえて何も言いません。それでは、後で。」

ツッコミどころ満載の美沙斗の言葉に輝は何かを諦めたかのように呟き、電話を切る。

 

「どうした?」

「いや……やっぱり美由希姉さんの母親なんだなぁって……」

「???ともあれ、イギリスに行くの?」

「どうだろうな……輝はどうする?」

「付いていくよ………目下の問題は姉さんの飛行機の耐性だけれど。」

「うぅ……恭ちゃん、弟が意地悪だよぉ。」

「諦めておけ。」

「ガクッ……」

そんなやりとりの後、三人は部屋に戻り……イギリス行の準備を始めることとなった。

 

三人はとある事件に巻き込まれることとなるが、その事件の首謀者を鎮圧することに成功し、フィアッセのツアーも滞りなく行われることとなった。その関係で一ヶ月ほど“公欠”扱いとなった輝を待っていたのは、泣きじゃくる幼馴染の少女を慰める仕事であった。

 

あれから、一年……剣士の一人であった輝は、帰らぬ人となってしまった。

剣術とは全く関係のない……不運な事故と言う形で……それから更に一年と言う月日が経った。

 

 

~高町家 武道場~

 

「今日はここまでにしよう。二人とも、しっかり休んでおくといい。」

「ああ……」

「そうだね……」

男性―――高町士郎の言葉に恭也と美由希は頷き、妹であるなのはの用意してくれたタオルとスポーツドリンクを手に取った。タオルで汗をぬぐい、スポーツドリンクで喉を潤すが……二人は未だに拭えない“違和感”に表情を暗くする。

 

「あれから、もう一年か……やっぱり、輝ちゃんの存在は大きかったかな……」

「ああ……フィアッセがそれを聞いて、倒れたと聞いた時は気が気じゃなかったな。」

幼い頃から、二人と士郎が剣を交え、輝が鍛練に加わり、なのはも少しはかじるようになり……その矢先に、輝がこの世からいなくなった。それに一番ショックを受けたのは、彼に対して好意を抱いていた女性―――今や世界的な歌手の一人であるフィアッセ・クリステラだった。暫くは精神的ショックで寝込んでしまったが……恭也や美由希たちの支えで無事に復帰することができた。

 

「こうして鍛練していると、輝がその内顔を出すような気がしてくるんだ……既に死んでいることに、俺も正直認めたくないことへの裏返しなんだろうな。」

剣を交えていると、きっとその内輝が顔を出してくるような気がして……そう思ってしまうほど、高町家における輝の存在は大きかった。二人が今鍛練しているのは、輝が使っていた“御神理心流”を使いこなすため……道半ばでその命を亡くした彼の生きた証を自らの手で継いでいくために。

 

「私もそう思うんだ……模擬戦でボロボロになりながらも……何だかんだ言いつつも、一番早く起きて剣を振っていたのは輝ちゃんだったから。」

彼の両親は、美由希の父―――御神静馬の兄と……不破家にして御神理心流の使い手であった高町士郎の従妹………二人の間に生まれた子供。だが、物心つく前に両親を亡くし、それを聞いた士郎は彼を引き取り……彼の母の旧姓である“四条”を名乗ってもらうことにした。本当の両親の愛情すら知らずに育った彼を支えたのは、剣術への興味であった。奇しくもその才覚は両親譲りであったがため、その成長は早かった。その反動として……あまり友達を積極的に作るような性格ではなかった。中学に入ってからは、彼にも同性・異性の友達ができたようで、一安心していた矢先の出来事であった。

 

片方の親が生きているだけでも幸せなのだと……それには二人揃って苦笑した。そして、日の光が差し込む道場に……輝がいた頃の光景が目に見えるように映し出されていた。すると、彼等の妹であるなのはが顔を出す。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。朝ご飯ができたよ。」

「そっか。美由希、行こうか。」

「そうだね。」

その言葉に二人は頷き、武道場を後にする。

 

“彼”と言うピースを喪いつつも……世界はゆっくりとその時を刻んでいくのであった。

 

 


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