~遊撃士協会 グランセル支部~
リベル=アーク崩壊より三ヶ月後……共和国の遊撃士協会所属のA級遊撃士―――“不動”の異名を持つジン・ヴァセックは受付のエルナンと会話を交わしていた。
「―――そうですか。もう共和国(カルバード)に帰ってしまわれるのですね。」
「ああ、向こうの仲間に仕事を任せきりだからな。ま、これもA級遊撃士としての社会的責任というやつだ。俺としてはむしろこの国の遊撃士の質を羨ましく思うがな。S級四人にA級が十二人……これも、この国の……女王様の人徳という奴かもしれないな。」
エルナンの言葉にジンは頷いて答えつつも、リベールの遊撃士の陣容を羨ましがるように呟いた。元S級のカシウスに加え、現役S級のアスベル、シルフィア、レイアにヴィクター。A級のエステル、ヨシュア、クルツ、シェラザード、アガット、シオン、サラ、トヴァル、ラグナ、リーゼロッテ、リノア、セシリア……遊撃士協会支部が撤退したエレボニアや、同じく大国であるカルバードでもその陣容には舌を巻くほどであった。
「言われればそうかもしれません………できれば残って頂きたい所ですが、そう言われては仕方ありません。それで、ご帰国はいつです?」
「ふむ、こうなると早いに越したことはないからな。出来れば、明日にでも発とうと思っているんだが………共和国行きのチケットを一枚、手配してもらえるかい?」
「ええ、それは一向に構いませんが………キリカさんには挨拶されていかないんですか?」
ジンに頼まれたエルナンは頷いた後、意外そうな表情で尋ねた。ツァイス支部の受付であるキリカとの関係はエルナンも耳にしていた。同じ共和国出身であり、同じ“泰斗流”の使い手でもある彼女に挨拶もせずそのまま帰るという、義理堅いジンらしからぬ行動に疑問を浮かべるエルナンにジンは怪訝そうな表情を浮かべつつ答えた。
「いや、俺もそのつもりだったんだが………当の本人に釘をさされちまった。『挨拶する暇があるなら、早く共和国に帰れ』だとさ。」
「はは………そうでしたか。そう言われてしまっては是非もありませんね。」
「ま………いいとするさ。別にアイツとはこれっきりというわけじゃないしな。」
その言葉を聞いたエルナンは如何にも彼女らしいと笑みを浮かべ、ジンは気持ちを切り替えてそう述べた。
「まあ、それもそうですね。それに、どうやらお二人には切っても切り離せないご縁があるようですし。」
「はは、ただの腐れ縁と言うがな。」
エルナンの言葉を聞いたジンは豪快に笑って答えた。世の中というのは広いようで狭い……ヴァルターにしろ、キリカにしろ、ルヴィアにしろ……その縁というものは切っても切れないものであるということは、ジン自身もはっきりと解っていた。
「ふふ………さてと、名残惜しいですがそうも言ってられませんね。それでは、早速チケットを手配しましょう。」
そしてエルナンがチケットを手配しようとしたその時、通信器が鳴り、エルナンが応対する。
「おや、通信のようです。………失礼。…………はい、こちら遊撃士協会グランセル支部……ええ、はい。……はい。ええ、ちょうど来ていらっしゃいますが………ジンさん。」
通信器で話していたエルナンはジンを見て呼んだ。
「ん、どうしたんだ?」
「共和国大使館のエルザ大使からのご連絡です。何でも、ジンさんを温泉旅行に誘いたいとか………」
「はァ!?」
エルナンの言葉を聞いたジンは驚いて声を上げた後、通信器でエルザと話した。
「ジン・ヴァセックです。温泉旅行って、どういうことです?」
『フフ……そうね、貴方にも関係のある話と言っておこうかしら。それに、共和国支部所属の遊撃士としてこの事件に寄与した貴方を労う……といったところね。』
「それはありがたい話ですが……珍しいですな。生真面目な大使さんがそのような話をしてくるとは。」
『周りにもそう言われてしまったわ……で、貴方を誘った理由はもう一つあるの。キリカ・ロウラン……彼女も誘ってほしいのよ。』
「えっ……?」
それから二日後―――
~エルモ村~
夕方のエルモ村をジンとキリカが二人並んで歩いていた。
「ふむ、エルモ村か……久しぶりに訪れたが、やはり風情のある場所だな。」
「ふふ、そうね………ここは私達の故郷にも似ているから。」
その光景に郷愁の思いを馳せる二人。それを感じつつジンは大使とのやり取りを思い出していた。
「……ふう、しかし本当に焦ったぜ。最初に話を聞いた時は、よもやエルザ大使と二人きりの旅行かと思ったからな。」
「あら、ジン………残念そうね。何なら、私はここで引き返してもいんだけど?」
「あ、あのな………さしものオレも大使は対象外だ。第一、大使はお前にこそ用があるって話なんだろう?」
キリカの言葉を聞いたジンは驚いた後溜息を吐き、真剣な表情で尋ねた。それを見たキリカはジンの様子に笑みを零した。
「ふふ、この程度の冗談で動揺するなんて相変わらずね。ルヴィアゼリッタのように少しは気の利いた返し方はできないのかしら?」
「うぐ………まったく………相変わらず容赦がないな。リベールの遊撃士連中もよく付いて来れるモンだぜ。」
口元に笑みを浮かべたキリカの言葉を聞いたジンは唸った後、呆れた様子でキリカを見た。この国の遊撃士の面々はよくこの人間についていけているものだと推測を述べたが、キリカは意味深な笑みを浮かべつつジンに向き直った。
「まあ、こんな態度はあなたにしかしてないから………って言われたら嬉しい?」
「ちっとも嬉しくない!」
キリカに尋ねられたジンが呆れた様子で大声を上げたその時、エルザが二人に近づいて来た。
「あら、お二人さん。……ふふ、お待ちしてたわよ。」
「ど、どうも大使さん。」
「お招きいただいて恐縮です。」
エルザに気づいた二人は軽く会釈をした。
「あら、ジンさん。落ち着かない様子だけど何かあったのかしら?」
「え、あ………大使さんの気のせいでは?」
「ふふ、なんといっても美女二人との温泉旅行………落ち着けるわけがないものね。」
エルザに尋ねられたジンは苦笑しながら誤魔化そうとしたが、キリカが茶化した。
「お、おい、キリカ……」
キリカの言葉を聞いたジンは慌てた様子でキリカを見た。
「ふふ、そうね………私ももう少し若かったら、ジンさんのことを放っておかないんだけど。」
「い”っ……………」
さらにエルザの言葉を聞いたジンは顔をひきつらせた。どうにも女性というのは時として逞しいものである……これにはジンもたじたじの御様子であった。
「ふふ、冗談はさておきまずは夕食にしましょうか。今夜はマオ女将みずから包丁を振るってくださるそうよ。堅苦しい話については食後の一服ついでということで。」
「あ、ああ………その考えには賛成だ。」
「では、行きましょう。」
エルザの提案にジンとキリカは頷いた。そしてジン達は夕食を済ませた後、エルザから話を聞き始めた。その内容は……
~紅葉亭~
「ふむ………要するに、共和国に新たな情報機関が出来る訳ですか。」
カルバード共和国に設立する情報機関。それを聞いたジンは驚きを隠せなかった。
「ええ、大統領の主導でまもなく設立される予定よ。通称『ロックスミス機関』――その名の通り、ロックスミス大統領の直属に置かれることとなるわ。」
「ほう………大統領の。」
「………なるほど。つまり、組織運用が議会に左右されないわけですね。」
エルザの話を聞いたジンはまたもや驚いた表情で、キリカは冷静な表情で頷いて言った。
共和国は議会政治制度……一つの政策を決めるだけでも膨大な時間の摺り合わせや野党などの反発を退け、時には妥協する柔軟さ……その繰り返しでは、これから迫りくる突発的事態に対応できない……その結論の一つとしての『ロックスミス機関』ということに相成った。
「その通り………話が早くて助かるわ。決定を先送りにし、組織をフルに活用できない悪癖ともいえる体質………一部の特権者たちによる悪質かつ不透明な組織運用………そんな問題を抱える機会から権限を切り離したことが本組織の一番のポイントね。」
大統領直属ということで組織の運用をフルに生かす………無論、そういう形での組織運用にもデメリットは存在しうる。要は組織の使いよう……その点を熟知した上で、決められたものである……とは信じたいが。
「ふむ………それは興味深い話ですな。確かにエレボニアの軍情報局やリベールの旧情報部に比べても従来の組織は見劣りしますからな。」
「ええ……本当に。共和国は何につけても統制のなさがネックだから………そういった意味では、
ジンは話程度に聞いているが、帝国軍情報局の情報網の『一部』をカシウスから聞いたときは度肝を抜かされた。無論、この国の旧情報部も国内外にかなりの情報網を築いているということは噂程度に聞いているが……それと比べると、共和国の組織はどれも“二流”の烙印を押されることに違いないという印象を強く持った。だがそれも、移民という存在を受け入れているカルバード独自の問題でもある。
「ま、そこは移民を受け入れてきた国の性(さが)とも言うべきかもしれませんな。しかし、何より驚いたのはあの大統領が積極的に働きかけているって事ですか。これまでの政策を見る限りてっきり保守派とばかり思っていたんですが………」
サミュエル・ロックスミス大統領……“庶民派”と謳われ、低・中所得層の所得底上げや内政に力を入れる一方、高所得層である人間や企業などにも飴と鞭をぶら下げる巧みな政治的駆け引きをするとともに、領土を争うエレボニアに対しての戦力増強に余念がなかった。革新的な施策も見受けられるが、どちらかといえば保守派よりの思想と政策を中心に執り行ってきた大統領自身が、まるで“心変わり”とも受け取れるような対外的施策を行うことにジンは驚きを隠せなかった。
「ま、それは現在置かれている共和国の情勢を考えるとうなずけるかもしれないわね。今もなお拡大を続けるエレボニア帝国、『百日戦役』でその頭角を見せ…『百日事変』をも独力で乗り切り…名実ともに三大国の一角を担うリベール王国、リベールに追随する導力技術と突出した医療技術を持つレミフェリア公国、それに国内に潜伏する過激派絡みのテロリスト集団………挙句の果てには『結社』などという得体の知れない勢力まで現れた………もはやこうした情勢にただ指をくわえて見てるだけにはいかないでしょうから。」
「クロスベル自治州、ノルド高原……当事者とも言えるエレボニアとカルバードだけでなく、リベールとレミフェリアもその問題に関わる用意がある以上……その対応策は必要ということですか。」
西ゼムリアの状況はただならぬ状況……この状況下となれば、領有権を争っているクロスベル自治州やノルド高原も瞬く間にエレボニアに飲み込まれる……只でさえ『百日戦役』において行動がすばやいエレボニア帝国になす術もなかったのだから、その変わりゆく状況に対応できるだけの情報を把握するための力が必要なのだとエルザは述べた。
「ええ、そうね。なんにせよ、これからの時代はより柔軟な対応が常に求められることは疑いないわ。……と、ここまで話が長くなっちゃったけど。そろそろ話を本題に進めさせてもらうわよ。」
ジンとキリカの言葉に頷いたエルザは二人を見て言った。
「ああ、キリカに話があるって事ですが………」
「―――それで、用意したポストは?」
「へ!?」
ジンは思い出したように言いかけたところ、その先を見透かすようなキリカの言葉にジンは驚愕し、エルザは感心するようにキリカの言葉を受け止めた。
「ふふ………さすがと言うべきかしら。大統領の直属にして国内外の情報収集と分析を一手に引き受ける情報機関――……貴女には是非ともその一員となって共和国のために働いて欲しいの。それにあたって、貴女には室長クラスのポストが用意されることになっている……これは大統領自らのご意向よ。」
「………」
「そ、そういう話か………しかし、どうしてまた大使さんがそんな話を?てっきり大統領直々に選んだスカウト辺りが話す内容かと思ったのですが。」
エルザの説明を聞いたキリカは考え込み、ジンは真剣な表情で尋ねた。本来の筋からすれば大統領自らが選出したスカウト辺りから来る話であると推測したが、エルザはそのジンの疑問に答えるように説明を続けた。
「ふふ……確かに、本来こういうのは各地に出向いているスカウトの仕事なんだけど……ロックスミス氏とはずいぶん昔からの馴染みでね。キリカさんのことは個人的に頼まれちゃったのよ。」
「なるほど………」
ロックスミス大統領とエルザ大使の関係……信頼関係から来るやり方にジンは感心し、一方のキリカは真剣な表情を浮かべてエルザに問いかけた。
「………私をスカウトする理由は?」
「あら、そんなことをわざわざ私に言わせるつもり?もちろん『泰斗流』の奥義皆伝としての腕前のも理由の一つではあるけど………それ以上に欲しいのは貴女がギルドの受付として示した卓越すべき情報処理と分析能力よ。それは新たな機関において何よりも必要とされる才能だわ。」
「……………………」
「じ、事情はわかったが……現役の遊撃士を目の前にしてギルドの人員を引き抜きとはね。なかなか堂に入ったことをしれくれるじゃないですか。」
エルザの話を聞いたキリカは黙って考え込み、ジンは呆れた表情で話した後、口元に笑みを浮かべてエルザを見た。
「ふふ、貴方ほどの人なら立場に囚われることなく仲立ちをしてくれると思ってね。で、どうかしら………キリカさん。貴女の率直な感想が聞きたいのだけど?」
「そうですね………興味深い話だとは思います。ですが………やはり受ける理由はないかと。」
「でも―――受けない理由もない。そうじゃなくて?」
「そ、それは………」
「………」
エルザに尋ねられたキリカは戸惑い、ジンは静かな表情で黙り込んだ。
「ふふ、さすがの貴女も少し戸惑ってるみたいね。ま、じっくり一晩考えてもらえるかしら。そのためにこの旅館を取ったんだから。返事は明日聞かせてもらうわ。最良の決断を期待してるわよ。」
「………ええ。」
キリカの返事を聞いたエルザは席から立ち上がって退出するためにキリカ達に背を向けて歩き出したが、数歩歩くと立ち止まって考え込み、キリカ達に振り返って言った。
「そうそう、最後にこれだけは言っておくわね。………あなたのその才能は、とてもギルドの受付に収まるものじゃないわよ。」
「………………………」
「それじゃ、また明日ね。」
そしてエルザは退出した。
「…………………………………」
キリカは一人旅館と温泉を繋ぐ通路で中庭を見つめて複雑そうな表情で考え込んでいた………すると、ジンが温泉のある建物からやって来た。
「早いわね、もう上がったの?」
「おいおい、これが早いって?たっぷり1時間は浸かってたと思うんだが……珍しく考え込んでるみたいだな。」
ジンはキリカに近づいた。いつもは見せることの無い彼女の表情を見つめつつ、キリカの言葉を待った。
「ええ………あと一押しがなくてね。」
「そうか………」
キリカの答えを聞いたジンは重々しく頷いた後、キリカのように中庭を見つめ、そして口を開いた。
「リュウガ師父が亡くなってもう六年か……ずいぶん旅をしたらしいな?」
「ええ、あちこちね……でも、旅だなんてそんな格好のいいものじゃないわ。ただ、大陸中を流れ流れてその片隅に引っかかっただけ……川を行く落ち葉がいいとこよ。」
師父が亡くなり……ジンは知り合いの伝手で遊撃士となり、ヴァルターは『結社』に……そして、師父の娘であったキリカは自分の中に燻る『問いかけ』の答えを探すために、各地を渡り歩いた。そして六年という月日を経て、この国で三人が出会うというのは世間の狭さを知らされるきっかけともなった。
「……………それで、前に言ってた答えとやらは見つかったのか?」
キリカの話を聞いて頷いたジンは尋ねた。
「ふふ、答えなんてものは今も見つからないわ。あえて言うなら、そうね……結論のようなものは見出せたのかもしれない。」
「結論………」
「ねえ、ジン………どうして私が直接戦う事のないギルドの受付になったと思う?」
「そうだな……俺やヴァルターのような阿呆共と同じ道を歩きたくなかった。案外、そんな所じゃないか?」
キリカに尋ねられたジンは考え込んだ後、自分なりに出した推論をキリカに尋ねた。
「ふふ……あなたたちが阿呆というのは確かに否定はしないけど。」
「おい、そこは一応否定してくれよ!」
キリカの表裏の無い言葉にジンは思わず反論するが、キリカはそれを無視するように言葉を零し始めた。
「………私はね、確かめたかったの。父が説いてくれた活人拳の意味を。『戦いを通して互いに高め合う』という、その理念を。確かに………その理念は理想に近いのかもしれない。……でも、そもそも戦いが前提なのはどうかと思ってしまった。」
「ふむ………」
拳を交えることで己の力を、相手の力を高める……確かに、人間というものは自ら傷ついて成長していく生き物だ。だが、キリカにとってはそれが疑問だった。“活人拳”というものの意味……そもそも、戦いでしか“活人拳”は見いだせないのか……誰よりも聡明であったからこそ、キリカにしてみれば疑問以外の何物でもなかった。
「武人として、生を全うすることの意義はわかる。その上で死が訪れても後悔がないのも理解できる。その考え自体は私だって今も変わらないわ。でも………父が亡くなって、ヴァルターが居なくなったときにふと思ったのよ。戦いを通さない“活人”の道……そんなのがあってもいいんじゃないかって。」
「………」
戦わずして人を活かす道……“不戦の活人”……それを思い立ったというキリカの話を聞いたジンは驚いた表情で黙っていた。
「その答えを求めて大陸中を巡り歩いたわ。そして、旅の途中で幾つもの争いや暴力を見ては自分の無力さを痛感した………そんな時に駆け込んだのがこのリベールのギルドだった。どんな時も『民間人の安全』を第一に行動するという組織理念………その理念の下で働いていれば答えが見つかる気がした。だけど……結局は戦いから逃れることができなかった。」
「………『人が人である以上、どこまでも闘争はつきまとう。なら、その戦いを通してどう争いを収めるか―――その“現実”を見据えた上で“理想”を謳う。』……それが師父の言葉だったな。」
“闘争”というのはいわば人間の……ひいては生きとし生けるもの全てに付きまとう代物。戦わずして“活人”を貫くというのは極限の理想論……だが、キリカが直面した現実は“戦い”という抗いようのない現実を目の前に突き付けられる形となったのだ。それを聞いたジンはかつて師父が諭した言葉を思い返すように呟いた。
「ええ……そして、その考えからすると……私は現実から目を逸らしたことになるわ。」
「おいおい……だからと言って、そうじゃないことはお前だってわかってるだろう。師父の言う“現実”は何も戦いだけを指しているわけじゃないんだからな。」
キリカの言葉を聞いたジンは呆れた後、真剣な表情で言った。自分の視界に映るもの全てが“現実”ではないのだと……だが、ジンの言葉にキリカは否定した。
「……いいえ、それとこれとは別問題なの。この数年間……私はけっして自分の足で歩こうとしなかった。新たな活人の道……それを探すと言い訳しながら私は放棄していたのよ。……ギルドの居心地の良さに甘えながら、ね。」
ジンの言葉を聞いたキリカは答えた後、苦笑した。
「………」
「その意味で私は……父の弟子の中では一番の落ちこぼれかもしれないわね。その在り方の是非はともかく………あなたにしても、ヴァルターにしても……そして、
そうため息混じりに放たれたキリカの言葉にジンは考え込んだ。確かに俺やヴァルター、ルヴィアは各々の生き方で各々の答えを出した。だが、キリカは彼女なりに……
「…………いや、お前はちゃんと歩いてたさ。お前はお前なりに“現実”と向き合い、師父の説いた活人拳と向き合っていた。」
「え?」
考え込んでいたジンが呟いた言葉を聞き、キリカは驚いてジンを見た。
「ただ……それは、俺やアイツらのように自分の為の道でなく……他人のための道だったというだけだ。ギルドにいたお前は他人が進む道を踏みならすためにひたすら歩いた……それこそ、まさに“活人”の道だったと思うぞ。」
「………ふふ……もしかしてそれで慰めているつもり?」
「ぐっ……悪かったな、口下手で。と、とにかく俺が言いたいのはだな……お前はあまりにも強すぎてあまりにも生真面目すぎるんだ。そして、その強さと真面目さがお前自身を縛っているように見える。」
それはジン自身が痛感したことだった。ルヴィアゼリッタとライナスという二人の言葉があったからこそ、俺は自分なりに“活人”の意義を見出すことができ、ヴァルターを少しでも上回れた。そしてそれは、目の前にいる彼女にも同じことが言えた。
「あ………」
「だから……キリカ。少しは肩の力を抜けよ。少し……ほんの少しでいい。そうすりゃ、お前なら色々と見えてくるはずだぜ。」
「………」
強すぎるが故に肩に力が入りすぎている…生真面目すぎるが故に道が狭まっている…『ほんの少し力を抜け』というジンのアドバイスを聞き終えたキリカはジンに背を向けて黙って考え込み、そして口を開いた。
「………ねえ、ジン。私が国に戻ったら嬉しい?」
「な、なんだ、いきなり。」
キリカの唐突な問いにジンは戸惑った。だが、有無を言わせぬ感じで問いかけに答えるようキリカは促した。
「いいから答えて。」
「う、うむ………そりゃあ。どちらかと言われれば嬉しいに決まってるだろ。そ、それがどうした?」
「いえ……大統領の誘い、受けることにするわ。」
「お、おい!?そりゃ一体どういう……」
キリカの結論を聞いたジンは驚いてキリカを見た。
「勘違いしないで。ただ、旅を終わらせるきっかけが欲しかっただけよ。それと、『自分の力をより活かせる場所』をね……」
キリカが結論を出した翌日の朝、エルザを加えたキリカ達は紅葉亭を後にした。
「はあ~、久々にぐっすり眠れたわ。お2人とも、楽しんでもらえたかしら。」
「ええ、そりゃあもう。」
「おかげで英気を養えました。少なくとも、新しい環境に挑戦してみようと思うくらいには。」
エルザに尋ねられたジンは頷き、キリカも頷いた後口元に笑みを浮かべてエルザを見つめた。
「そ、それじゃあ………」
「……謹んでお受けします。ただし、条件が一つ。」
「なに、聞かせて?」
その言葉を聞いて笑みを浮かべたエルザであったが、続けて放たれたキリカの言葉にエルザも緩んだ表情を引き締めた。
「私はあくまでも自分の信念に基づいて組織に身を置くつもりです。もしも組織の運用に少しでも疑問を感じたときは………組織そのものの在り方を容赦なく正していくつもりです。それでもよければ、大統領閣下によろしくお伝え下さい。」
見出した“結論”……そして、自分の在り様を組織に左右されることなく貫く。ジンやヴァルター、ルヴィアゼリッタのように……自らの戦いをするというキリカの言葉にエルザは笑みを零した。
「ふふ、勿論よ。遊撃士協会というある意味、危ういバランスで成り立っている組織にいた人間。それをスカウトするという事は正にそういった役割も大統領は期待していると思うわ。」
「(……コイツの相手を毎日することになる人間は、さぞかし胃を痛めそうだな……)」
キリカの話を聞いたエルザは口元に笑みを浮かべて頷き、ジンは内心でこれから彼女を相手にする人間がストレスで倒れかねないか心配していた。
「ふふ、どうでしょうか。それと仕事の引き継ぎもあるので帰国は二、三ヶ月後になります。その点もご了承ください。」
「まったく問題ないわ。共和国で会えるのを楽しみにしてるわよ。」
「ええ、こちらこそ。」
そしてエルザは一足早くエルモ村を出て、ジンとキリカは二人並んで話しながらエルモ村を出ようとした。
「ふむ………」
「何か考えごと?」
ジンの様子に気付いたキリカは立ち止まってジンを見て尋ねた。
「いや、さっきの話さ。引継ぎが済むまで二、三ヶ月って言っただろ?」
「ええ、そうだけど………それがどうかしたの?」
「向こう(カルバード)も忙しいだろうが、そこまで緊急の仕事が待っているわけでもなさそうだ。それなら俺も、まだしばらくリベールに居ようかと思ってな。」
「何を言うかと思ったら………私に付き合う必要はないわ。あなたはとっとと帰りなさい。この国はカルバードとは人材の規模が違って、優秀な人材が多いのだから。」
ジンの提案を聞いたキリカは呆れた後、ジンを見て言った。
「ふう………まったく冷たいヤツだな。」
「ふふ、いいじゃない。どうせこれからは嫌でも顔を合わせる事になるのだから。」
「あ………」
キリカの言葉を聞いたジンは呆け、それを見たキリカは歩き出した。
「………はは、そうだな。何も焦る事はない……か。」
「ジン………何をぼうっとしてるの?」
「ハッ!?お、おう………スマン。ってお前も一人でとっとと行こうとするなよ!」
そしてジンはキリカと共にエルモ村を出た。
……気配を完全に消し、その光景を陰から見ていた人物……静かにその場を後にした。その人物が向かった先は……
~レイストン要塞 司令室~
「失礼するぜ、カシウスのおっさん。」
「おう、ラグナか。済まないな、このような真似ごとをさせてしまって。」
「気にすんな……アンタには恩がたくさんあるからな。で、これが頼まれてた分だな。」
その人物―――ラグナ・シルベスティーレが訪ねたのはレイストン要塞にいる軍のトップ―――カシウス・ブライト“中将”である。カシウスは先日の導力停止状態における適切な指揮が評価され、昇格したのだ。これにより名実ともに軍のトップとなったことにカシウスは頭を抱えたくなった……
閑話休題。
カシウスは元『
「アスベル・フォストレイト、シルフィア・セルナート、セシリア・フォストレイト、スコール・S・アルゼイド、リーゼロッテ・ハーティリー、リノア・リーヴェルト…それにヨシュアやカリンもリストアップされていたとはな……」
「いずれも一線級揃いの面々……まぁ、流石に猟兵団絡みの人間はリストアップされてませんでしたが。俺が入っていないということはそういうことなんでしょう。」
この陣容にロックスミス大統領の本気さを窺い知るカシウス。だが、奇しくも彼等はリベールにある意味忠誠を誓っている面々。その切り崩しを狙っての行動ということにカシウスも表情を険しくした。しばらく考え込み、彼は通信器を取った。
「ああ、俺だ……そうか。なら、すぐ司令室に来てくれ。」
短めの会話をしてカシウスが通信器を置くと、入ってきたのはこの国の重鎮とも言える少年の姿―――シオン・シュバルツであった。
「失礼する……って、ラグナ?」
「おう、お邪魔してるぜ。」
「来てくれたか……“殿下”、どうやら相手は相当本気のようです。こちらがリストです。」
襟を正すようにそう言い放ったカシウスの言葉に、手渡されたリストを覗き込みつつシオンは考え込んだ。
「やっぱり、というべきか。ま、エレボニアの情報局の陣容……“
「アイツは曲者だからな……全員に聞いたところ、ハッキリと断ったそうですが……」
「対策はしてある。もし、彼等や身近な人間を人質に取るようなら……俺自ら大統領府に乗り込んで病院送りにする用意があるとな。」
「「………」」
乗り込んで大統領らを問答無用の病院送りにするどころか、大統領府を破壊し尽くすまでやりかねない……満面の笑顔のカシウスを見て、シオンとラグナは揃って押し黙る他なかった。
後日……念のため、カルバード側が強攻策をとった場合の措置をエルザ大使に伝えたところ、彼女の表情が青ざめたことも付け加えておく。そして、それを聞いたロックスミス大統領が後日、非公式でリベールを訪れ……カシウスに謝罪する事態にまで発展することとなる。カシウスは数年前の教団ロッジ制圧作戦の責任者。いわば共和国にとっても“英雄”とも言える彼を敵に回すのは拙いと判断した上での結果であった。
それを聞いたアリシア女王は笑みを浮かべ、クローディア王太女は苦笑し、ユリアは引き攣った表情で冷や汗をかき、モルガンも思わずため息を吐いたという……あと、それを見たルヴィアゼリッタは自分の父親絡みだというのに腹を抱えて本気で笑ったらしい……
ジンのエピソードなのに、カシウスのインパクトが強いと感じた……何故だろう……