英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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ユリアの扉 ~仕える心~

 

~グランセル城 正門前~

 

珍しくも休暇を賜る形となったユリア・シュバルツはこれからの行動について思いを馳せていた。

 

(さて、思いがけない休暇となったが、どうしたものか……買い物か、武器の手入れか……部屋に戻って読書でも……いや、休暇はもっと有意義に使わなければ……)

だが、今まで仕事に追われることの多かったユリアにとって休暇の意義を見出すのは難しいものであった。自分以上の職務を負いつつも、遊撃士という仕事をこなすことの多い自分の弟ですら、普通に休暇を取っている……それからすれば、自分の仕事に対する中毒さは目に見えて明らかであった……尤も、当の本人はそういった自覚などまるで皆無なのであるが。

 

「……そうだな。久しぶりにのんびりと周遊道を回ってみるか。あるいは足を伸ばして街道沿いを散策してみるのもいいかもしれないな。」

ともかく、いろいろ歩き回って考えることにしようと思いつつ歩き出そうとしたところ、目の前に映っている騒がしい光景が目に入る。

 

「……様がグランセルに帰ってきてるって本当ですか!?」

「……様はどこっ!?」

(?……何かあったのか?)

聞こえてくるのは女性の声……それも複数。そして、それを抑えこんでいる二人の兵士。クローディアはエルベ離宮にいるので少なくとも関係なさそうであるが……一体何の騒ぎなのかを確かめるべくユリアが近寄り、事情を尋ねることにした。

 

「これは一体、何の騒ぎなのだ?」

「た、大尉……!?こんなタイミングで……!」

「危険です、お下がりください!」

ユリアの姿を見た兵士が彼女に退避を促す。その意味を推し量る前に……その女性陣の一人がユリアに気付いて声を上げる。

 

「あ、ユリア様よっ!」

「キャー、ユリア様ー!!」

「こっち向いて~!!」

その声を皮切りにまるで連鎖反応するかの如く湧き上がる黄色い歓声。そして、そのオーラは周囲を震え上がらせるような圧力を纏わせ、ユリア自身も何が起きたのかを把握する前に、それに対して一歩引き下がるほどであった。二人の兵士が必死に止めようとするも、その女性陣の波は最早二人でも抑えきれないほどに押し迫り、何時なだれ込んでくるかもしれないという危機的状況であった。

 

「くっ……!(お二人とも……済まないっ……!)」

今まで対峙してきた相手よりも遥かに“強敵”という印象を受けたユリアの取った行動は……城に逃げ込むという手段しかなかった。そして、彼女らを必死で抑える二人に内心詫びながらも城の中へ全速力を以て駆け込んだ。

 

何とか城の中へと逃げ込んだユリアは先程の状況から解放された安堵感から疲労を感じ、その場に膝をつく。そして、それを見た隊士が駆け寄ってきた。

 

「ユリア大尉、ご無事ですか!?」

「一旦城門は閉じさせていただきました。お怪我はありませんか?」

「あ、ああ……問題ない。」

隊士の問いかけに息を整えつつ、ユリアは立ち上がった。しかし、休暇を取ろうとした矢先にあのような場面に出くわすとは……しかも、その歓声からしてどうやら自分に対する歓声ということは認識できたのだが……疑問はある。以前ならばこのようなことはなかったはずなのだが……『今になって』……そのことを一人で悩んでも仕方ないので、隊士に事情を尋ねた。

 

「しかし、アレは一体……何か知っているのか?」

「見たところ、ユリア大尉のファンの方たちのようですね。そういえば、今朝方……城の方にも大尉のファンレターが大量に届いていたようですが……何か関係があるのでしょうか?」

「は……ファ、ファンレター……?」

ユリアはその言葉に引き攣った表情を浮かべた。クローディアやシオンから話を聞いているのだが、そういう類の人々は“アイドル”を個人的に応援・尊敬……極論で言えば“崇拝”にまでとも言える存在らしい。しかし、先程の人々が自分のファンだということに加え、大量のファンレター……何かした覚えなどないユリアに、隊士は思い出したように先日城を訪れた人間のことや昨日の事を話す。

 

「昨日、どこかの雑誌社が大尉の特集記事を組んだみたいですよ。それで『浮遊都市』でのご活躍を色々と書き立てたらしく……」

「ああ、それで思い出しました。大尉がお留守の間にリベール通信の記者とか名乗る方々がいらっしゃいまして……『ウチでも特集記事を組むからぜひ取材させてほしい』とか『国民的人気にあやかりたい』とか……」

「い、いや、もういい……何となく想像はつく……」

それで大方の事情を察したユリアの表情は青褪め、これ以上の事情を聞くのは流石に躊躇った。要するに、雑誌などでの特集記事により、アイドル的存在へとされてしまったということなのだろう。これには流石のユリアでも理解できた。

 

『男性よりも漢らしい』……『男装の麗人』……同性にしてみれば、王家に対する忠義の深さというものが『カッコいい』という風にとらえられたのだろう。後は、本人の冷静な性格や凛々しさなどもそれに拍車をかけている……そういった部分に関して鈍いユリアはこの状況に困惑していた。『何故このような事になってしまったのか』と……

 

(私はただ、殿下をお守りしたいと思っているだけだったのに……ここのところは碌に護衛もしていない……仕方の、無いことなのだろうか……)

女王をはじめとした周りからの高い評価……ファンやファンレター……雑誌での特集……周囲からすると、下手すれば“英雄”のような持ち上げよう……その状況にただただ振り回されている……自分がしたいと思っていることが碌に出来ず……だが、人間とてそこまで万能ではないというのも少しは理解していた。だからこそ、ユリアの悩みは一層深まっていった。

そう考え込む彼女の後ろから近付いて来る人達……その中の一人であるヒルダは休暇のはずのユリアがいることに首を傾げつつ声をかけた。

 

「おや、ユリア大尉。今日は休暇だったと聞いておりますが……」

「あ、いえ……これは大司教、失礼いたしました。」

ユリアはヒルダに何事もないと弁解しつつも、彼女の前にいたカラント大司教に挨拶を交わす。

 

「ユリア君、久しぶりだね。長らく顔を見ないから心配していたのだよ。一応シオン君から話は聞いていたのだがね。」

「申し訳ありません。ここのところミサにも参加しませんで………」

「ああ、君が多忙なのはよく解っておるつもりだ。しかし、どんなに忙しくとも自分を見失ってはいけない。大切なものは、何時も身近にあるものだからね……ところで、休暇のはずの君がどうしてこの場所に?」

「いえ…その……」

大司教の言葉にユリアは申し訳なさそうに言葉を返すも、大司教はそれを諌めつつも先程耳にした言葉を尋ねると、彼女は口籠った。それを見た大司教は事情を察し、こう言った。

 

「そう畏まらなくともよい。これでも世俗に耳を傾けることが多いのでね……私などでよければ一肌脱ごう。」

「え………?」

そう言い放った大司教の言葉にユリアは首を傾げた。

 

先程の城門ではユリアのファンが相変わらず居座っており、さながら『出待ち』の様相を呈していた。その時城門が開き……ファンはユリアの登場を期待していたのだが……出てきたのは大司教と、シスター服に身を包んだ女性であった。その光景に唖然とするも……兵士からは『ユリア大尉は先程グランセル城を発たれた』ということを伝えられ、ファンたちは渋々ながらも街に戻ることとなった。

 

一方、大司教とシスターの女性……いや、シスター服に身を包んだユリアは街区に出ると、ユリアは申し訳なさそうに大司教の方を向いて話し始める。

 

「申し訳ありません。クーデター事件の時に続いて……」

「いや、大したことではないよ……君も大変だね、彼女たちのあの熱狂ぶりでは。とりあえず、ほとぼりが冷めるまで大聖堂にでもどうかね?」

「そうですね……」

二人がそう話していた頃……

 

「(やれやれ、ようやく国に帰れるな……)ん……?」

リベールの北にあるエレボニア帝国正規軍の軍服を纏った人間……オリヴァルト皇子の護衛を務めるミュラー・ヴァンダールはあれこれ考えつつもグランセルの街区を歩いていた。よもやあのお調子者(しんゆう)の事後処理のために再びリベールを訪れることには、内心頭を抱えたが……その処理も大方済み……あとは帰国するだけとなった。そう考えていたミュラーの視線の先にいた人物。その片割れに心当たりがあり、挨拶しておこうと思い二人に歩み寄っていった。

 

「(ミュ、ミュラー少佐!?なぜこのような所に……既にリベールを発ったはずでは!?)」

その姿に気づいたユリアはカラント大司教の背に隠れるようにした。それを見て何かを察したのか、ミュラーが話しかけた。

 

「……これは失礼した。よもや、ユリア大尉がシスターを兼任していたとは。それと大司教殿、お久しぶりです。」

「あ、あ~……いえ、これは、その………」

「おや、ミュラー君ではないか。皇子殿下と帝国の方に帰られたと聞いていたが……」

「事後処理の関係で此方に足を運ぶことになったのです……ユリア殿、いえ……シスター・ユリアとお呼びしたほうがよいだろうか?」

「ミュ、ミュラー少佐……!?」

ミュラーはそう話しつつも大司教に挨拶をし、カラントも挨拶を交わした。一方、平然と話している光景を目の当たりにしたユリアは困惑していた。すると、カラントはユリアの方に向き直り、

 

「知り合いであれば問題はなさそうだな……私はミサの準備があるので、失礼させてもらうよ……ミュラー君、皇子殿下によろしく言っておいてくれたまえ。」

「ええ、そう伝えておきます。」

「え、あ、あの……!?(先程の……ど、どうすれば……)」

慌てふためくユリアを他所に、カラントはミュラーにユリアのことを任せるような形でその場を後にした。どうにも困り果てているユリアであったが、そこに先ほど城門にいたであろう女性陣がこちらに来ることに気づき、万事休す……そのような状況を見て助け舟を出したのは、他でもないミュラーであった。

 

「事情は分からぬが、その恰好をせねばならない事態とお見受けする……大尉、よければ自分がカモフラージュになろう。」

 

「え?」

「この場合、却って堂々とした方がバレにくいものだからな。どこか安全なところまでお送りしよう。」

「………お願いします。」

彼がその提案を出したことには驚くが、今はその彼の提案に乗ることしか突破口となる道はないようで……ユリアは頷き、落ち着ける場所へ移動するため、ミュラーが先導する形でユリアも彼に付いていった。道中で女性陣とすれ違うものの、何とかやり過ごすことが出来……東街区の休憩所で一息つくことにした。幸いにも周囲に人はおらず、それを確認したミュラーはユリアにそう話すと、頭に被っていたものを取り、ベンチに腰掛けた。

 

「申し訳ありません。お見苦しいところをお見せして……」

「いや……俺も隠れて逃げ回るのには慣れているからな……大抵はあのお調子者(オリビエ)の起こしたトラブルの所為だが。」

「はは、そうでしたか……しかし、実際情けない限りです。あの程度の騒ぎで休日の外出もままならない。彼女達を収めることも出来ず、このような格好で外に出ることになってしまった……」

ユリアは情けないと言いたげに言葉を零した。少なくとも大尉自身の失態ではないと感じ、ミュラーは率直な言葉を述べる。

 

「大尉に落ち度はないと思われるが……噂程度に耳にしているが、レイアもそういったことがあったと……」

「彼女の場合は『彼氏がいるのでそういうのは……』ということをはっきりと言い切り、雑誌にも“英雄扱い”すると実力行使に及ぶと……」

「……俺の妹も似たようなものだ。どうやら、そういった人間はどこにでもいるものなのだな。尤も、団結した女性陣程怖いものはないが。」

女性らしく在りつつも、一軍人であり、遊撃士として活躍するレイアも女性たちにとってはあこがれの的とも言える存在であった。とはいえ、彼女の場合は“生まれ”の関係もあり、特集記事を組もうとするのならば実力行使すると釘を刺されていたのだ。それに対して燻っていた記者たちが飛びついたのがユリアであったのは、ある意味自然な流れであった。どうやら、セリカも同じような経験があったようで、ミュラーが答えつつも、難しい表情を浮かべる。

 

「はは…少佐もそう言ったご経験が……?」

「俺とその同期絡みでな。なので、大尉の気持ちは少し解らなくもない。あのお調子者には散々煽られたが。」

ミュラーと……その同期であり帝国軍の若きエースであるナイトハルト少佐。その実力と帝国男子らしいカッコよさに非公式ではあるがファンクラブができていて……それ絡みで一度被害に遭ったことがあるのだ。中にはミュラーとナイトハルトの本を非公式で出しているらしいのだが……それはともかく、ユリアの気持ちは解らなくもない……そう述べた。

 

その時にオリビエが散々からかってきたので、簀巻きにしてバルフレイム宮のバルコニーから吊り下げて一晩放置したこともあったらしい……それを聞きつつも、ユリアの表情は晴れやかではなかった。

 

「………私は、親衛隊隊士として……本当に務めていけているのか……正直不安なのです。」

ユリアがそう零した理由……彼女が守りたいと思っているクローディアの傍に仕えることのできない自分が、果たして本当に親衛隊としての責務を果たせているのかどうか……クーデターの時は、旧情報部に追われ……事変の時は『アルセイユ』を担う者として………そのいずれの時も、彼女を守ってきたのは自分の上司であり、弟のような存在であり、本来ならば守る存在のはずのシオンがいつも、クローディアの傍にいた。事の顛末を知ったのは、その殆どが通信や報告によるものであった。

 

「……少なくとも、自分の目から見たとしても、大尉は十二分とも言える働きをしていると思われるが。力の及ぶ限りで職務を全うする……人間は、誰しもが万能ではないのでな。」

「それも解ってはいるのです……いえ、納得や理解はしているのです。」

人に持ち上げられるのは構わない。褒章や昇進も喜ばしいことではある。だが……昇進すればするほど、その責務と職務の大きさは増えていき……自分が本来あるべき姿として描いていた“クローディアの護衛”という立場から遠ざかっていくことが彼女を悩ませていた。

 

そのようなことなど今まで誰かに言ったことの無いこと……同じような立場にいるミュラーにだからこそなのかもしれないが……そのこともお構いなしにユリアはその悩みを打ち明けた。

 

それを聞いたミュラーは……自分がそのようなことを言うのは烏滸がましいことかもしれないと断りつつも……

 

『―――それは、幸せな事なのではないか?』

 

と述べた。それに対して彼女の表情を険しくしてしまったのかと思いつつも、ミュラーは話を続けた。

 

「いや、気に障ったのならば謝罪するが……俺は“生まれた時から”あのお調子者の御守り役を義務付けられたも同然だからな。少々、大尉の忠節が羨ましいと思ったまでだ。」

課せられた義務ではなく、自らの意思で忠節を誓っていることが羨ましい……そう述べたミュラーの“家”……その事情を思い出すようにユリアが呟く。

 

「オリヴァルト皇子の……そういえば、ミュラー少佐のヴァンダール家は……」

「皇族の護り手とも言うべき武の一門だ。形式上は“貴族”を賜っているが……まったく、あのような家に生まれたことが運の尽きというヤツだな。」

帝国の武の一門であり、かつては元帝国の武門であったアルゼイド家と並んで双璧とも謳われる一族。その殆どは正規軍に属し、自分や自分の叔父……更には自分の妹も軍人であり……妹は皇帝の懐刀ともいうべき大任を務めている。そして……

 

「成程。ましてや、その相手がオリヴァルト皇子ともなれば……」

「然り。御想像の通りだ。」

幼少期に出会い、親友のような間柄であり……しかも、非常識の塊とも言えるお調子者の相手を長い間にわたって続けてきた。だが、それでもミュラーがオリヴァルト皇子の護衛を続けていられるのも……オリヴァルト皇子がミュラーを護衛としているのも……長年の信頼関係……“絆”がある。

 

「大尉、自分の大切な人に仕え、尽くすことが出来るのは幸せな事なのではないか?尤も、これは主(あるじ)に苦労させられている俺の勝手な意見だがな。」

「……確かに、こうして悩んでいることも贅沢な事なのでしょう………」

ミュラーの言い分も解らなくはない。だが、この手で守れていない現状に悩み続けるユリアにミュラーは一つの提案をした。

 

 

「―――大尉に一つ、良い気晴らしの方法をお教えしよう。」

 

 

その提案……それは、手合わせであった。

ユリアとミュラー……得物も戦法も異なる二人の戦い……その結果を知るのは彼等だけであるが……その戦いの後、ミュラーはこうアドバイスした。

 

『自分がいなくなった世界を想像してみるといい。その上で気がかりなことが残っているのならば……それが、貴女の心を決めるものだ。』

 

その言葉を聞いてユリアは……自分の中に一つの決断をする。

 

王室親衛隊大隊長……自分の弟が背負ってきたものを、今度は私自身が背負う番なのだと。どこかしらで、甘えていた部分があったのだと……だが、もう決めた。自分の決意は揺るがない。自らの意思で……私なりのやり方で殿下を守るのだと。そう心に決めたユリアは女王宮に向かっていたところ、その前に備えてあったテーブルと椅子に人影があった。

クローディアとシオンにジーク、そして彼等の世話を積極的にしているフィリップの姿であった。

 

その光景に驚きつつも笑みを零し、ユリアは三人(+一羽)に決意を述べた。傍で仕えることが出来なくとも、クローディアを支えていく……それを聞いたクローディアは静かに頷き、先程女王から『ユリアに似てきた』と言われたことを伝えると、ユリアはきょとんとした表情を浮かべた。それにはシオンやフィリップも笑みを零した。

 

「………折角だ。シオン、一勝負といこうか。」

「……えと、ユリ姉。ひょっとして怒ってるのか?」

「何のことかな?」

「あはは……」

「ピュ、ピュイ……」

「やれやれ……殿下も苦労が耐えませんな……」

 

王室親衛隊大隊長ユリア・シュバルツ准佐……後に、白隼の護り手として……“紅氷の隼”に劣らぬ強さやその麗しさから“隼の麗姫”と呼ばれることとなる。

 

 




次、だれにしましょうか……ネタはあるんだけれど、整理がつきません(汗)

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