英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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ミュラーの扉 ~“ヴァンダールの剣”~

ヴァンダール侯爵家……現皇帝一族:アルノール家の守護者と呼ばれる武の一族であり、その連なりは『獅子戦役』にまで遡ると言われている。帝国でも指折りの大剣術『ヴァンダール流』……その異質性から一族以外の人間では扱うのが難しい剣術である。

 

帝国建立時よりその剣術の存在は知られていたが、その剣術の名を内外に知らしめたのは『獅子戦役』の時。

 

のちに“獅子心皇帝”と呼ばれるドライケルス皇子に付き従ったビッテンフェルト・ヴァンダール……一族の中でも変わり者と呼ばれ、その苛烈な破壊力を振るう有り様は“殲滅者(エクスキューショナー)のビッテン”と呼ばれるほどであった。そして、相手が皇子であろうとも躊躇いの無い言葉は皇子も感慨深く受け止め……後世の史記には『ビッテンがいたからこそ、私は早まった行動を抑えることが出来た。私にとって得難いもののひとつは、彼の存在である。』と残している。

 

ビッテンフェルトは皇帝となったドライケルスに付き従い、時には臆さぬ物言いで皇帝を諌める役割を買って出るほどであった。尤も、破壊力の方はさらに磨きがかかったのであるが……彼はドライケルス皇子と共闘したリアンヌ・サンドロットが率いた『鉄騎隊』の一人を伴侶とし、彼の子や孫……子孫たちは以後250年もの間……代々アルノール家に迫る敵を討ち払う守護者として名を馳せることになった。

 

その際にサンドロット伯爵家より贈られた大剣『エルンストラーヴェ』……アルゼイド家に伝わる宝剣『ガランシャール』と同様にその詳しい出所は不明であるが、250年もの間ヴァンダール家の当主に受け継がれてきた代物。それを扱うのはミュラーの父親……ヴァンダール家の現当主である。そして、その次の担い手はミュラーかその妹であるセリカ……奇しくも双方共にヴァンダール流に関しては凄まじい実力を持ち、武に詳しい者曰く『武の天才とも謳われたビッテンフェルトの再来』とも言われていた。

 

 

~エレボニア帝国北東部 ゼンダー門~

 

『リベル=アーク』崩壊より五ヶ月後……ノルティア州の北に広がるアイゼンガルド連峰……険しい山々を超えた先にある『辺境』の門。言い方を変えれば、下手すると『最前線』とも言える場所―――ノルド高原の玄関口に相当するこの場所を訪れたのは、この門に配属された第三機甲師団の“身内”の存在であった。その門の執務室にて、隻眼の軍人であり……先日のリベール侵攻の責を負う形で左遷された第三機甲師団の司令官、ゼクス・ヴァンダール。相対しているのは彼の甥と姪にあたり、ヴァンダール流の使い手でもあるミュラー・ヴァンダールとセリカ・ヴァンダール……そして、

 

「ミュラーやセリカはともかく……よもや、皇子殿下が自ら視察なされるとは驚きでしたな。」

「フフ……僕のせいで先生がここに飛ばされたわけだからね。償いは出来ないけれど、こういう形で慰労のための訪問位はできるわけなのさ。」

ゼクスの教え子であり、ミュラーの親友であり、セリカとは悪友のような存在……オリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子であった。彼らは『カレイジャス』での帝国各地の慰労訪問……その手始めに、帝国とは関わりの深いこの場所を選んだのだ。今の帝国のきっかけを作った場所にして、今では共和国との対立の一つでもある『ノルド高原』を訪問するということは彼なりの敬意であり、帝国とは良き友人であるということを内外に知らしめること。

 

「ともあれ、皇子殿下の機転で極刑を免れることは出来ました。ここでの生活も少しばかり不便ですが、ようやく慣れてきました。この土地に住む人々ともよい関係が築けております。」

「それは重畳……共和国の方は?一応僕がこの地を訪れることは大使館を通じて知らせているが。」

「目立った動きはありませんな。ですが、皇子殿下……なぜそのようなことを?」

ゼクスの言葉に笑みを零しつつ、オリビエは気になる事象―――『共和国』の事について尋ねると、特にそちらも問題ではないと答えつつ、オリビエにしては珍しく配慮したことに問いかけた。

 

「形はどうあれ、皇族に連なる人間だしね。無断でも良かったのだけれど、そうなると要らぬ波風を立てることになる。その辺りも配慮してのことさ。」

「その気遣いを向こうにいた時も持っていてほしかったのだが。」

「はは………」

このゼンダー門の北に広がるノルド高原は帝国(エレボニア)共和国(カルバード)の係争地……双方が宗主国であるクロスベル自治州と同じく、その領土争いが起きつつある場所でもある。その目当てとも言えるのが、高原の地下に眠る七耀石の鉱脈。不戦条約によってその動きは沈静化したものの、その水面下では未だに火種が燻る状態であった。

 

「して、皇子はこの後集落に向かわれるとのことですが……乗馬で良いのですか?」

「フッ……ドライケルス帝はこの場所を徒歩で歩き、ノルドの民に馬を教わったと聞く。それに倣って僕も馬で向かうつもりさ。幸いにも心強い護衛がいるからね。先生も含め、ヴァンダール家には世話になっているよ。」

「その感謝があるのならば、お前にはもう少し行動を抑えてほしいものだがな。いつもいつも常識外れの行動をしおって……!」

「兄様、それは難しい注文ですよ。」

オリビエの言葉にミュラーは怒気を含めつつ言葉を吐き捨てるように述べ、セリカはそれを聞いて苦笑する他なかった。だが、オリビエのこの行動も意図してのものである。歴代の皇族に連なる人間はこの地を訪れていた……彼がこの場所を訪れることは、エレボニアとノルド高原の関係を内外に知らしめる狙いもあり、カルバードに対しての牽制をも兼ねている。

三人はゼクスの用意した馬に跨り、ゼンダー門を後にして一路北へと向かう。目指すはこの地にすむ先住民のノルド族の集落。

 

「にしても、オリビエさんも馬には慣れているのですね。」

「皇族の嗜みという奴だね。こうしているとシュバルツァー侯爵との狩りを思い出すよ。」

「あのお方か。リィン君の養父ということもあって、中々に気骨のあるお方だったな。」

この一ヶ月前、皇族主催の狩りで見える機会があり、リィンやエリゼ、アルフィンとの繋がりから互いに良き関係を築いていた。<五大名門>において最も皇族の信頼を得ている貴族……いわば大きな“味方”を得たことにオリビエは笑みを零した。

そうして馬を走らせること約半刻……ノルドの民の集落に辿り着いた。

 

「ほう、ここがノルドの集落のようだね。なんとも長閑な場所じゃないか。」

「そのようだな。叔父上からはこの集落の人間と話がついているらしいが……」

三人が郷愁の思いを馳せていると、出迎えたのは長身で褐色の肌を持つ男性の姿であった。その姿に対して興味深そうに見つめる三人にその男性が何かを思い出しつつも話しかけた。

 

「おや……其方たちがゼクス中将の言っていた者たちかな?」

「えと、貴方は……」

「ラカン・ウォーゼルという。三人の来客者と聞いているが……君たちの事かね?」

どうやらゼクスとはかなりの顔見知りであるようだ。事実、ゼクスもこの集落には何度も足を運んでおり、この集落に住んでいる人間に世話になったと言っていた。見る限りでは人の姿は少ないので……この集落の誰かということには違いないだろう。

 

「ええ、相違ないかと……ゼクス叔父上の姪で、帝国軍第七機甲師団の師団長セリカ・ヴァンダールといいます。」

「第七機甲師団所属少佐、ミュラー・ヴァンダールという。叔父上から世話になっているとお聞きしている。」

「ほう……ゼクス殿の縁者とは……してそちらは?」

「自己紹介が遅れたね……現皇帝ユーゲントⅢ世の嫡子にして庶子、オリヴァルト・ライゼ・アルノールと申します。」

「これは、皇族直々の御訪問とは……」

ゼクスの縁者どころか、エレボニア帝国の現皇帝に連なる人間……その訪問には流石のラカンも畏まったような態度を取ったが、それをオリビエは制した。

 

「そう畏まらなくてもいい。僕の祖先……ドライケルス帝とノルドの戦士は“戦友”―――いわば“親友”ということだ。ならば、僕の肩書もここでは仲の良い友人の出身である以上、立場は対等ということになる……おかしい物言いであったかな?」

「いや……一杯食わされたな。よろしくお願いする、オリヴァルト皇子。」

「こちらこそよろしく頼むよ、ラカン殿。それと、僕の事は“オリビエ”で構わない。」

そう言って互いに交わされる握手。それを見つめるミュラーとセリカは互いに顔を見合わせた。

 

「やれやれ……」

「ま、いいじゃないですか。正確には、ここは帝国ではありませんからね。無論、共和国側の場所もですが。」

「……ああ。」

帝国ではないが、帝国と無関係ではない……カルバードという存在がこの地を危ぶませているのは事実。尤も、向こうにしてみれば強大な帝国が共和国の存在を脅かしているという言い分に取って代わられるのは言うまでもない事実である。

 

ラカンの用意した宿で一泊した後、三人は帝国の監視塔へと足を運んだ。すると、兵士らの鍛錬が行われており、それを静かに見つめる一人の男性の姿。彼は三人の中に居るセリカとミュラーの姿を見つけ、声をかけた。

 

「おや、ミュラーにセリカ。」

「父上!?」

「どうしてこんなところに!?」

「ふふっ、気まぐれというものだよ。」

ミュラーとセリカの父親、リューノレンス・ヴァンダール。“ヴァンダール流”筆頭伝承者およびヴァンダール家現当主にして、大剣『エルンストラーヴェ』の現在の持ち主。見るからに温和そうで戦いなど無縁と思えるような出で立ちであるが、一度剣を握ればアルノール家の前に立ちふさがる敵を殲滅する守護者たらん剣術を惜しげもなく披露する。

 

「そして、オリヴァルト殿下……ご活躍はかねがねお聞きしております。」

「貴方ほどではないのだがね…前第三機甲師団の師団長、“神速”の名と地位を譲ったその実力は未だに衰えていないようだ。」

「当主の地位は何かと融通が利きますので。」

異名と地位を自分の娘であるセリカに譲り渡したとはいえ、“帝国最強”の肩書は未だに健在。その隙の無い佇まいはヴァンダール流を詳しく知らないオリビエですらはっきりと認識できるほどであった。

 

「とはいえ……折角、こうして会えたんだ。どれぐらい強くなったのか、見せてもらうよ。」

そう言うと、リューノレンスは眼鏡を取り……『エルンストラーヴェ』を構え、その闘気を解放する。その闘気は“アルゼイド流”のヴィクター、“剣聖”とも謳われるカシウスに近いものをミュラーやセリカは感じ取っていた。彼の実力は『帝国最強』……叔父であるゼクスですら恐れるその実力を前に、二人は剣を構えて闘気を解放する。

 

「“ヴァンダール流”筆頭伝承者、リューノレンス・ヴァンダール。いざ参る。」

「ミュラー・ヴァンダール……参る。今日こそは勝たせてもらうぞ、父上!」

「“神速”セリカ・ヴァンダール……参ります!!」

震えあがる空気……三人は刃を構え、刃を交わす。その結果は……

 

「くっ……」

「ううっ……」

「二人とも、一年という期間で見違えるほどに成長したね。これは、僕の引退も近いかな?」

「少しも息が上がっていない父上が言えた言葉ですか……俺らの動きについてきながらも分け身で二人を相手にする……常識外れにも程があります。」

「まったくだよ……」

息を整えて剣を納めるリューノレンスに対し、膝をつき剣を支えにして何とかこらえるミュラーとセリカの姿があった。この光景を傍から見ることになった兵士らも彼の強さに呆然とするばかりであった。これにはオリビエも面食らった形であるが……リューノレンスは向き直り、オリビエに頭を下げた。

 

「皇子殿下……これからも愚息と仲良くして頂きたい。それと、セリカとも。いかなる脅威であろうとも、皇族に刃を向ける者を討ち払う刃として……このリューノレンス・ヴァンダール、改めてアルノール家への忠誠を誓わせていただく。」

「このオリヴァルト・ライゼ・アルノール……エレボニアの皇族たる者として、貴殿の言葉今ここで確かに承った。」

オリビエの言葉を聞き終えると、リューノレンスは改めてお辞儀をしてその場を去った。

 

三人は再びノルドの集落に戻ると、集落の長老と話す機会に恵まれ……また、ゼクスの窮地を救ったラカンの長男であるガイウス・ウォーゼル、彼の弟であるトーマや妹のシーダとリリ、ラカンの妻であるファトマと夕食を共にし、親交を深めた。そして、ノルドで泊まることになった三人。既に就寝したオリビエを残し、軽装姿のミュラーは自分の得物である剣を携え、テントの外に出た。

 

あたりを包み込むのは自然溢れるノルドの姿。帝都ではお目に掛かれない数多の星煌く姿が夜の空一面に広がる。その星空のもとで、ミュラーは剣を構え、振るった。

 

「………ふっ!」

自分の父であるリューノレンスとの実力差……『結社』との戦いを経て強くなったミュラーであっても、彼我の差は明らかであった。帝国ではかなりの実力を持ちうる者として扱われるが、当の本人はまだ道半ばであると感じていた。自分の実力など、まだまだ未熟である。そう考え込んでいると、不意に聞こえてくる声があった。

 

「やるねぇ。流石はわが親友。」

「……オリビエ。起きていたのか?」

「セリカ君は熟睡していたけれどね……昼間の事かい?」

「……ああ。」

護るべき対象であり、親友とも言える間柄のオリビエの姿を見てミュラーは少し驚きつつも彼の問いかけに答えた。非常識な行動が目立つが、本質を見抜く力や機転がきく柔軟な発想力はミュラーも認めていた。そんな彼は自分の悩んでいたことをすぐさま見抜いた。

 

「『帝国最強』……その道は遠い。それに」

「ミュラー君の父親がその最大の『壁』だからねぇ。」

見えているのか見えていないのか……ミュラーは見えない『壁』にぶつかっていたのも事実であった。この先起こりうる出来事を考えた時、自分は果たしてこの任を全うできるのかと……同じように悩んでいた彼女は自分なりに答えを出した。今度は自分の番なのだが、その壁の高さが解らない……どれぐらい強くなれば親友を守れるのか、と。それの答えは偶然にもオリビエの言葉にあった。

 

「でも、焦ることは無い。セリカ君だって才能があったとはいえそこまで至ることが出来たのは努力の結果だ。僕だって色々なことを学ばなければ、このように出来ていなかったし。ようは、出来ることはやっていくってことなのかもしれないよ。」

「………」

その言葉に、ミュラーは妙に納得できた。そして、今まで悩んでいたものの本質がようやく見えた。いや……その壁が余りにも大きいものに錯覚していたのかもしれない。

 

「おや……珍しく笑顔じゃないか。いいことでもあったのかな?」

「フッ……否定はしない。」

結局のところ、立ち止まるよりも進むこと……今よりも強く……父の様とはいかないまでも……自分なりの、“ミュラー・ヴァンダール”としての人の在り様を追い求める。そのために、ミュラーは視界に映る親友を守り抜く。命を捨てるのではなく、手に届く範囲のものを守りきるために。ただ、この親友に真面目な事を言っても弄られそうなのであえて口にはしない。自分なりの姿勢で彼を守り、支えていくのだと。

 

 




オリ設定結構含まれています。

あとは、リィン、オリビエ、ティータ、ヨシュア、シルフィアの扉の後、3rd本編に突入します。

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