英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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個人エピソードというよりは、リィンの扉の続きです。


シルフィアの扉 ~パートナーとして~

 

~黒銀の鋼都 ルーレ~

 

リィンらと別れたアスベル、レイア、シルフィアの三人。彼等が向かったのは、この都市で最も目立つ建物………ラインフォルト社の本社ビルであった。中に入った三人を待っていたのは、見覚えのあるメイドであった。

 

「ようこそ、ラインフォルト社の本社ビルに。」

「あ、相変わらず察しがいいね……」

「……流石に、向こうの人間なわけだしね。」

「フフ、お褒めの言葉ありがとうございます。ですが、ヨシュア様ほどではございませんよ。」

「いや、比較対象が間違ってるから……」

ラインフォルト家のメイド、シャロン・クルーガーの出迎えに三人は少し驚きつつも、彼女の案内でエレベーターに乗り込んだ。どうやら、ルーレにいることはそれとなく察していたらしく……そこに『執行者』たる風格は少しも衰えていない様であると感じた。尤も、その力の使い方を間違っているような気がするのはあえて口にしないが……

 

「そういえば、レオンハルト様もそちらの国の騎士になられたそうで……先日お会いになった際には驚かれておりました。ヨシュア様にもお会いしましたが。」

「……『執行者』ってこんな感じだったか?」

「私らも人の事は言えないけれどね……」

『守護騎士』と『執行者』……本質的に一癖あるような面々ばかりなのは、否定できないだけにアスベルとシルフィアは揃って苦笑を浮かべた。エレベーターは23階……会長室に案内された。シャロンに先導される形で中に入ると、三人にしてみれば“意外な光景”が目の前に映っていた。さほど書類は多くなく、今しがた休憩をしているこの会社の会長……イリーナ・ラインフォルトの姿があった。『原作』では仕事に集中する姿であったが……夫が生きていることから、それほどワーカーホリックということでもない様子であった。

 

「あら、シャロン。貴女の休暇は明日までの予定のはずだけれど?」

「その予定だったのですが、意外な来客がありましたので私が応対させていただいたのです。」

イリーナの言葉にシャロンは笑みを零しつつも答えた。どうやら、シャロンは休暇中に応対してくれたようだ。こういったところも自分らの知る知識ではなかったことだ。ただ、シャロンに関しては暇を持て余すぐらいに仕事をこなすだろうと思うので、彼女に至っては過労という言葉などないのだろうが。

 

「成程……リベールでは重鎮とも謳われるS級遊撃士三人が……確か、あの子は鉄鉱山の方に行っているのよね?」

「ええ…お呼び出しいたしますか?」

「もう少しで戻ってくるだろうし、無用よ……シャロン、客人にお茶でも出してあげて。」

「かしこまりました。」

そう言葉を交わした後、イリーナは立ち上がって三人の前に立った。

 

「さて、自己紹介がまだだったわね。ラインフォルト社の会長、イリーナ・ラインフォルトよ。不肖の娘が何かと世話になったみたいね。」

「いえ……アスベル・フォストレイトです。」

「シルフィア・セルナートと言います。」

「レイア・オルランドです。」

そう自己紹介をした後、四人はソファーに座った。シャロンがいつの間に用意していた紅茶と茶菓子を召し上がりつつ、会話をし始めた。

 

「にしても、娘の彼氏がこれほど立派な人間とは……粗相なことはしていないかしら?」

「それほど立派という訳では……まだまだ至らぬことが多いですよ。にしても、もう少し仕事人間という印象が強かったのですが。」

「そう言われても不思議ではないわね。でも、夫が頑張ってくれるおかげで私がしているのは決済の承認程度よ。それに、シャロンが何かと世話を焼いてくれるおかげで不自由していないから。」

副会長であり、イリーナの夫であるバッツ・ラインフォルト……そして、メイドであるシャロンがそれなりに仕事をこなしているため、彼女がしているのは決済の承認程度であり、他にも彼女を慕う部下がその仕事を精力的に行っている。やり手のキャリアウーマンという印象が強く感じられた。そして、厳しい表情ではなく少し柔らかくなったような感じであった。

 

「そう言えば、貴方達には何かと世話になったわね。よもや『ARCUS』の改良品を持ち帰ってきたときは私ですら面食らってしまったわ。それを見たシュミット博士も『ラッセルめ……』と唸っていたほどだし……あの高速鉄道といい、ZCFの技術力は末恐ろしいわ。」

「あはは……」

同業者に塩を贈られる形となったことに驚きを隠せなかったと呟くイリーナの言葉にレイアが苦笑を浮かべる。戦術オーブメント『ARCUS』……導力飛行艦『カレイジャス』……導力高速鉄道『ZXT』……帝国で見るZCFの技術力には脱帽ものであった。事実、エレボニアの技術者の卵とも言える学生たちはツァイス工科大学への留学希望が後を絶たない状況が続いている。そのため、その対応策の一環としてルーレ工科大学でツァイス工科大学の講義を受けられる『出張講義』……導力ネットの無線ブースターを中継して、ツァイス工科大学での講義を生中継という形で受けられる試みが始まっている。それでも尚ツァイス工科大学への希望者は後を絶たないのが現実であるため、『出張講義』枠の拡充を進めている。

 

ラインフォルト社自体もかなり様変わりしていた……

 

・鉄鋼/大型機械全般を扱う第一製作所

・銃器/戦車/兵器全般を取り扱う第二製作所

・導力列車/導力飛行船を取り扱う第三製作所

・導力通信技術(導力ネット含む)/戦術導力器(戦術オーブメント)を扱う第四開発部

 

その四つに加えられる形で、会長直轄で新たに二つの部署が立ち上がったのだ。その一つが第六開発部……次世代導力機関研究を専門に取り扱う部署。第一~第三製作所の兵器全般や、第四開発部の導力技術のフィードバックおよびそれらの課題解決のための研究を専門に行う部署。そしてもう一つは第七製作所。巡洋艦『カレイジャス』の整備を専門に取り扱う部署であり、そこで得たデータを基に、一部は第三製作所へのフィードバックも行われている。

 

「さて、貴方方がただ娘に会いに来たとも思えないけれど……」

「察しがいいですね……シルフィ。」

「うん……イリーナさん、こちらを。」

シルフィアが取り出したのは企画書……それに目を通すイリーナ……そして、イリーナは目を通し終えると……ため息を吐いた。

 

「……正直、ZCFにしては破格の条件ね。これを本気で?」

「ええ。ラッセル博士からは承認してもらっています。」

その企画書、『Lプロジェクト』という呼称のついた企画書の内容は……リベールで現在試験航行中の次世代型巡洋艦『ファルブラント級』。その七番艦の船体を無償でラインフォルト社に譲り渡すもの……流石に素材に関しては機密事項の部分も多いので船体の骨格部分に留められるが。

そして、その艦の開発はZCF・ラインフォルト社の共同開発、外部参画という形でエプスタイン財団とフュリッセラ技術工房が入ること……それの交換条件として提示したのは、『ARCUS』の後継機にZCFも開発に関わること。ラインフォルト社の導力車関連の技術提供、それと『魔導杖』の開発に関しても共同開発という形で参画すること。

 

「ちなみに、このプロジェクトの主導者はオリヴァルト皇子殿下です。資金に関しては大方問題は無いと思ってください。」

「……成程、『カレイジャス』と同様、皇室専用艦ということね。」

『百日戦役』で得た賠償金の一部、その後の経済発展で得た膨大な貯蓄金……しかも、『ファルブラント級』は開発ノウハウをZCFが持つために、それほど開発資金はかかっていない。そもそも『アルセイユ級』でかなりの実験データを蓄積しているというアドバンテージがここに生きてくるのだ。そしてIBCに頼らなくても自国の経済を成り立たせているリベールだからこそ成せる業であるが……そのことをエレボニアやカルバードは“時代遅れ”と称する人も中にはいる。

 

「皇室からの依頼ともなれば断る理由はないわね……この計画、賛同させていただくわ。」

「ありがとうございます。」

この帝国を包み込むであろう“焔”……その焔を飲み込み、駆逐するための“波”を起こすための翼。これで、ようやく全てのピースの仕込みが完了した。すると、扉が開き…イリーナと同じ金髪を持つ少女―――アリサの姿があった。

 

「お、アリサ。久しぶりだな。」

「ええ……母様、お邪魔だったかしら?」

アスベルの言葉に答えつつも、テーブルの上に乗っかっている物に気づき、イリーナに問いかけた。

 

「いえ、丁度終わった所よ。シャロン、この後の予定は空いていたかしら?」

「はい。旦那様も夕方には戻られると伺っておりますし……お三方も今日は是非お泊り下さい。」

「う~ん……お言葉に甘えちゃう?」

「まあ、急ぐわけではないし……それでいいかもね。」

「そうだな。」

当初の予定では二、三日以上の粘りを覚悟していただけにある意味拍子抜けではあったが……折角の好意を無碍にするわけにもいかず、三人は頷いた。

 

「ふふ♪ルドガー殿とまではいきませんが、腕によりをかけていただきますわね。」

「……アスベル。ルドガーって、エルモで会った彼?」

「ああ……アイツの料理はある意味『大量破壊兵器』……って、シルフィにレイア。何故俺を睨む。」

「むぅ………」

そんなことがありつつも、バッツが帰ってきたところで夕食と相成った。アリサが言うには、忙しいこともあって家族全員が食事を一緒にするのは週に二回程度であったが……それでも、温かい家族の印象がそれなりに感じられた。

 

『ふむ……アリサの彼氏にしては、中々の面構えだね。アリサのこと、末永く宜しくお願いするよ。色々気難しい子だけれど。』

『それには同意ね。アリサが迷惑をかけないか心配ね。』

『ふふ、アスベル様。アリサお嬢様の事、宜しくお願い致します。』

『父様に母様!!それにシャロン!!気が早いわよ!!』

『『『ははは……』』』

どうあれアリサの両親からはいい返事をすんなりもらえたことにアスベルは苦笑し、レイアとシルフィアも笑みを零した。そして……

 

「どうしてこうなった……」

「大方シャロンのせいね……」

大きめのベッドがアリサの部屋に置かれ、アスベル、アリサ、シルフィア、レイアの四人が寝るという事態にアスベルは理性が持つかどうか……いや、本気で理性を持たせようと心に決めた。翌日、何もなかったことにイリーナ、バッツ、シャロンが三人で『既成事実』云々を話していたことに、アスベルは本気で悪寒を感じた。それはさておくとして……アリサを加えた四人で一路ヘイムダルへ向かうこととなった。目的はショッピング……まぁ、言わずもがな女子の買い物は長い。そして、アスベルを除く三人がランジェリーショップに入ると、そこにいたのは……

 

「?」

「あれ、貴方は……」

「クレア大尉?」

「え……シルフィア・セルナートにレイア・オルランド!?」

私服姿のクレア・リーヴェルトの姿であった。私服姿に伊達眼鏡と帽子……それでも、面識のあるシルフィアとレイアにはすぐに解ったが。そして、彼女が持っていた下着を見てレイアは、

 

「え、それであの親父を誘惑するの?リノアさんと違ってそう言う趣味が……」

「違います。」

「えと、どちら様ですか?」

「クレア・リーヴェルト……鉄道憲兵隊大尉で“氷の乙女(アイスメイデン)”とか言われてる。」

「……見るからに、普通の女性という感じだけれど。」

どうやら、クレアは普通に私用で訪れているということを聞き、納得した。一方、クレアのことを知らないアリサはシルフィアに尋ねつつ、クレアの印象が少なくとも鉄道憲兵隊のイメージにはない感じということを印象付けていた。

 

「ところで、その……アスベル・フォストレイトはこの近くに?」

「ま、いるけれど…何かあった?」

「いえ……その、何と言いますか……」

何とも煮え切らない感じ……それを見たレイアは察し、クレアに問いかけた。

 

「ひょっとして、好きなの?」

「そういうわけではありません。彼には色々世話になっていますので……その、好みなどを……」

この場所で“好み”とか聞いている時点で、どう考えても好いているという感じが否めない……そのあたりをこの人物(クレア)は解っていっているのだろうか……そのやり取りを見て、シルフィアとアリサは揃ってため息を吐いた。

 

「はぁ……でも、アスベルって無意識的に口説かないわよね?」

「それはそうだね……そこら辺は気を付けているし。まぁ、その子の悩みを親身に聞くことが多かったし……その辺りが好意になってることが多いけれど。」

転生前でも、アスベル(輝)は恋愛相談を持ち掛けられることが多く、その悩みを聞くうちにアスベルに対して好意が向けられることが多く……シルフィア(詩穂)がそれに対して焼きもちを焼くことが多かったのも事実であった。

 

「まぁ、あの身なりで親身に相談されたら……私が言えた台詞じゃないけれど。」

「はは……お互いに苦労しそうだね。」

とはいえ、転生後は流石に自重しているのでそう言った機会が少なくなったことには安堵したものの……よもや、“氷の乙女”がその『被害』を受けたことには焼きもちを焼きたくなったシルフィアであった。その一方、レイアのセクハラ(?)を受けることになったクレアに店の中に居た一同は引き攣った表情を浮かべたのは言うまでもない。

 

「お、ようやく……って、クレア大尉まで……レイア、おしおき。」

「はうっ!?」

そして、店を出た四人を察してアスベルがレイアにチョップをかますという事態になったということも付け加えておく。とりあえず、そのお詫びも兼ねて五人で昼食を食べることとなり、ヴァンクール大通りの一角にある帝国風レストランに入った。男性一人に女性四人……不釣り合いな人数構成の一行には、周りの視線が集まるのも無理はない。それ以上に……遊撃士(星杯騎士/軍人)三、平民(ラインフォルト社の一族)一、軍人(『鉄血の子供達』)一……事情が知れるとヤバい面子しかいない。

 

「それで、クレア大尉は何でここに?」

「……レクターが、またおちょくったのですよ。」

「レクター?……ああ、あのお調子者ね。」

話を聞くに、レクターが『彼氏もいないなんて、余程の仕事バカだな。もう少し人生を楽しめよ。』と言ったらしく、それに腹が立って、休暇を出して今日一日は買い物で時間を潰そうとしていた時にシルフィアらと出会ったという。

 

「全く、余計なお世話ですよ……」

「(ねえ、ルーシーさん呼ぶ?)」

「(呼んだら飛んできそうで怖いんだが……)」

そう話していた時……外から聞こえてきた声。シルフィアがそれに気づいて窓の外を向くと……その姿と声は……

 

『げ、げえっ、ルーシー!?何でお前がここに!?』

『何でもいいじゃない……さて、レクター。少し……O☆HA☆NA☆SHIしましょうか?』

『待て、何でお前がそれを知ってやがるんだ!?』

『いいじゃないですか……優しくしますから。』

『いや、その言葉は………………アッー!!』

 

「………そっとしておこうかな。」

それを目撃したシルフィアは見なかったことにして、四人との会話に再び加わった。その中で、クレアのアスベルを見る目は……自身がアスベルを見る目にそっくりであったことを見抜き、苦笑を零しつつも……

 

「クレアさん、よかったら仲良くしましょう。これから先、一緒に行動することもあるかもしれませんし。」

「……そうですね。こちらも、宜しくお願いします。」

少なからずクレアはアスベルに対して好意を持っている……アスベルの一番のパートナーとして、というのもあるが……彼女自身の本心もあった。そうやって楽しい会話をし……クレアと別れて四人はルーレへの帰途についていた。すっかり疲れて眠っているアリサとレイアを見つつも、アスベルとシルフィアは互いに見つめ合って笑みを零した。

 

「アスベル……私は、何があってもアスベルの味方だからね。」

「ああ……俺もだよ。」

そうやって自然に重なる二人の唇……彼等の絆をささやかながら祝福するかのように、夕焼けの光が車窓に差し込んでいた。

 

 


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