英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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やりたかったエピソードです。
自重は投げ捨てます(コラッ!)


オリビエの扉 ~鉄血宰相への挑戦状~

―――リベル=アーク崩壊より1ヶ月後

 

グランセル城での祝賀会の後、エステル達を始めとする仲間達がそれぞれ王都を去った頃……帝国大使館にオリビエこと、オリヴァルト・ライゼ・アルノールの姿があった。

 

 

~エレボニア大使館・執務室~

 

「ま、まさか……あなた様がオリヴァルト皇子殿下であらせられたとは………」

執務室でオリビエと対面して座っているエレボニア大使――ダヴィルは驚いた表情でオリビエを見ていた。

 

「そう畏まることもあるまい。宮廷はおろか社交界にすら滅多に顔を出さない人間など、付き合ったところで出世の道が開けるわけでもない……正直言って、何のメリットにもなりはしないからね。」

驚いているダヴィルにオリビエは口元に笑みを浮かべて説明をした後、いつもの陽気な様子で答えた。皇族である手前に、皇族らしからぬ行動をしていたのは事実とでも言わんばかりに述べた。それにはダヴィルも苦笑を浮かべた。

 

「こ、これは……とんだお戯れを……」

「寧ろ、僕の方が大使の方に感謝すべきことが多いのさ。帝国の国民たる心がけを畏れ多くも有り難く頂戴したのだからね。」

「!そ、それはその……!」

笑いながら言ったオリビエの言葉を聞いたダヴィルはオリビエの正体を知らずに忠告していた過去を思い出し、顔を青褪めさせ、焦りながら言い訳を考えていた。焦るのも無理はない。庶子とはいえ、オリビエはれっきとした“皇族”の人間。しかも、ここは治外法権故に帝国の法律が適用される。皇族に対する無礼を働いたとなれば、『不敬罪』に問われてもおかしくない。

 

「……皇子、そのくらいで。大使殿に非は無いでしょう。この場合は素性を隠していた我々の責の問題です。」

ダヴィルの様子を見たオリビエの横に控えていたミュラーはオリビエの言葉を諌め、元々こちらの事情で身分を偽っていたことは大使ですら知らなかったことであり、知らなかった以上はそれを咎める権利などないのである……と静かな口調で言った。

 

「ミュ、ミュラー君……」

「確かに、ミュラー君のいうとおりだね。大使殿にはこの状況下で多岐にわたる仕事を無事こなしてくれた。帝国を与る皇族の一人として、礼を述べなければいけない。本当にご苦労であった、ダヴィル大使。」

「も、もったいないお言葉……殿下こそ、危険極まる視察、本当にお疲れ様でございました。」

「大したことではないのだがね。僕自身、周囲の状況を利用しただけに過ぎない。僕自身がこう言うのもなんだけれど、帝国男子たる気風とは程遠い形になってしまったことには反省すべきかな?」

ダヴィルの賞賛にオリビエは苦笑しながら答えた。ある意味自分のしていることは自分が宣戦布告した“あの御仁”に近しいことであり、今までの帝国人のイメージたる“質実剛健”を崩してしまうことに苦笑しても何ら不思議ではないだろう。

 

「失礼を承知で申し上げればそうかもしれません。ですが、これからの帝国を作り上げるには殿下のような柔軟な発想をお持ちの方が必要となるのかもしれませんな。帝国に改革を続けるかの“鉄血宰相”が執り行っているものとは別の……」

「大使………」

「おや、僕はてっきり大使が“鉄血宰相”の支持者であるとばかり思っていたのだが……貴族たる身として、肩身が狭くなる改革路線には反対なのかな?」

苦笑した後、目を伏せて呟いたダヴィルの言葉を聞いたミュラーはダヴィルから視線を外し、オリビエは意外そうな表情をして尋ねた。エレボニア帝国の大使を任ぜられている以上、帝国政府の信任……ひいては帝国政府代表である“かの人間”の信頼を得ている。貴族という身分からして政策に反対しているのかという問いかけに対してダヴィルは……

 

「私自身貴族とは言っても、しがない男爵位でしかありません。私個人としては宰相閣下の改革路線には賛成しておりますが……この国に私も影響されたのでしょう……閣下の進めている改革に対して時折怖さを感じることがあるのですよ。あのお方はエレボニア帝国という国を言った何処に導こうとしているのかと……」

「……なるほどね…………………」

その話を聞いたオリビエは真剣な表情で頷いた後、目を閉じて考え込んだ。

 

―――貴族と言えども一枚岩ではない。それを言えば、平民と言えども一枚岩ではない。なればこそ、僕がその隙をつく形での動きをやっていけるだけの『猶予』はまだ残されているようだ。

 

「……殿下?」

オリビエの様子を見たダヴィルは不思議そうな表情で尋ねた。

 

「いや、最後にこのような有意義な話が出来て良かった。大使殿には、今後も諸国の平和のために、尽力してもらえるとありがたい。できればエルザ大使(カルバード)ルーシー大使(レミフェリア)と協力してね。」

「……これは、殿下に一本取られましたな。確かに、不戦条約以降……『ノルド高原問題』や『クロスベル問題』は具体的な進展を見せ始めているようです。提唱したのが今や『三大国』の一角のリベールである以上、自分の役割は想像以上に大きい……そういう事ですな?」

オリビエの話を聞いたダヴィルは苦笑した後、真剣な表情で尋ねた。

 

「フッ、どうやら無用な心配だったようだね。これで心置きなく帝都に戻れるというものだ。」

「どうかお任せ下さい。わたくしも、今後の殿下のご活躍、楽しみにさせていただきますぞ。」

「ありがとう。」

その後オリビエはミュラーと共に退出して、自分が泊まっている部屋に戻った。

 

 

~エレボニア大使館 客室~

 

「しかし、改めて……リベール、恐るべしだね。今やエレボニアやカルバードと比肩するほどの大国にしてこの『力』……まさか、プライド高い帝国貴族からあのような言葉が聞けるとは僕自身も度肝を抜かされたよ。」

「ああ、俺も大使殿はもう少し頑迷な御仁と思ったのだがな。確かに、この空気には人を変える力があるようだ。」

この国の気質……人を変える力には、驚きを隠せない。エレボニアやカルバードと比肩しうる国力を持ちえながらも、そういった気風を保ち続けていることを一番実感しているのは、他でもないオリビエとミュラー自身でもあった。

 

「そういう君こそ、この国に来てから柔らかい表情をすることが多くなったじゃないか。」

「……いささか不本意ではあるがな。俺としては、お前にこの国の気品と節度を身に付けてほしかったのだがな……妙なところを際限なく伸ばしおって……」

「フフ………それも考えたけれど、僕の長所を殺してしまうのは忍びないしね。あの御仁に勝つためにはそれしかなかったというべきかもしれないけれど。」

ミュラーの言い分も解らなくはない。だが、彼がこの先戦おうとしている相手は……一筋縄ではない。

 

「それはさておくとして………段取りに変化は?」

「今の所は全て順調だ。宰相閣下は三日前に東部諸州の視察旅行に出発した。それと入れ違いに、お前は明日『アルセイユ』で帝都に帰還する。各方面への根回しも万全の状態だ。」

「フム……今のところ、妨害要素は何か動きを見せているかい?」

「情報局の四課が多少な。まあ、“放蕩皇子”の取るに足らない見世物だという風に受け取っているのだろう。」

「実際、その通りであるということは否定しようもないのだけれどね……」

ミュラーの説明を聞いて疲れた表情で頷いたオリビエだったが、静かな笑みを浮かべて言った。今までの知名度が低いというツケがここに帰って来たのは手痛いことであるが、それ以上に得たものも大きい。その足掛かりを一歩に“踊る”しかない。たとえ、今は単なる“道化”として見られようとも……ミュラーの答えを聞いたオリビエは頷いた後、窓の外を見て何かに気付いた。

 

「ほう………」

「なんだ、どうした?」

「いやなに……月が出ていただけさ。それも見事な満月だ。」

そして二人は窓から夜空を見上げた。

 

「リベールの月もこれで見納めか………少々惜しい気もするがな。」

「フフ、君にもようやく雅趣のなんたるかがわかってきたようだね。まあ、せいぜい頑張ってまた見に来れるようにしよう。お互い、生きている内にね。」

「フッ、そうだな。」

すると、窓がノックされた。

 

「―――皇子殿下。夜分遅くに失礼いたします。」

「(その声は……)入って来たまえ。」

「失礼します……よっと。」

「おや……」

オリビエはその声に気付いて窓を開け、入ってきたのは、リベール王国軍の制服を身に纏ったシオン・シュバルツだった。

 

「これは、シオン君。こんな夜分にくるとは……君の愛のベーゼならば、僕はいつでもオッケーだよ」

「ふざけるのも大概にしろ……で、どうかされたのですか?」

いつもの調子でしゃべるオリビエにミュラーは青筋を立てて怒りつつ、一息つくとシオンに問いかけた。すると、シオンは一息ついて二人に話した。

 

「ええ。オリヴァルト皇子……彼から『手筈は整った』との言伝を伝えるよう、言われました。」

「確かに承った……でも、それだけならば君自身が『お忍び』でここまで来ることはあるまい。」

「察しがいいな……明日、ギリアス・オズボーンがこちらに……グランセル城に来る。」

シオンは彼――アスベルからの伝言を伝えると、オリビエは静かに頷いた。そして、用事がそれだけではないことを察して問いかけると、シオンはいつもの口調で話した。

 

「なっ!?」

「ふむ……大方僕の宣戦布告をレクター君が伝えたところだろうね……となると、こちらの手の内や動きも彼の『子供達(アイアンブリード)』が掴んでいる、というわけかな。」

「ま、その通りかな。宰相はその後クロスベル入りして共同代表の一人……帝国派のハルトマン議長と非公式の会談をする予定だ。」

シオンから齎された情報に、ミュラーは驚き、オリビエは予測していたとはいえこうまで動きが早いことには驚きを隠せなかった。

 

「………俺らの動きをすべて読んでいたということか。」

「いや、宰相の頭脳だけじゃない。いかなる行動すらも予測できる“頭脳”…“氷の乙女(アイスメイデン)”が彼のバックにいるからね……ただ、こちらも彼女の妹である“水の叡智(アクアノーレッジ)”を味方に付けることができたのは、まさに僥倖という他ない。それに……彼らから『結社』との繋がりの『裏付け』も取れた。」

現在遊撃士であるラグナ、リーゼロッテ、リノアの存在……『鉄血の子供達』であった彼らが齎した情報と、ギルド帝国支部襲撃事件における『結社』の存在……そして、リベールの異変で姿を見せた『ジェスター猟兵団』――レーヴェ(ロランス)の存在。それらの情報はオリビエの決意をより一層固めるものであった。対外的には、レーヴェはエイフェリア島にいる。これは、オズボーンの来訪を予測しての事だ。

 

「あと、ラグナが帝国における火種を調べてくれた……『貴族派』というか『反革新派(テロリスト)』とも言うべき連中だが、早くても一年半……遅くても二年以内に動き出す可能性が高い。クロスベルあたりが動き出したら更に早まる可能性もある。」

「二年……」

「相当緊迫した状況……ということか。帝国そのものを火の海にでもするつもりなのかな、あの御仁は。いや、元帝国領を抱えたリベールも無関係ではない……そのための『アレ』ということらしいからね。」

「何で知ってるんだか……ま、それに関しては秘密にしておいてくれ……てなわけで、オリビエ。ちょっと芝居してもらうから。」

シオンの言葉にミュラーは首を傾げるが……オリビエはその真意を察して不敵な笑みを浮かべた。

 

「芝居……?」

「フフ、成程……君も顔に似合わずエグイ攻め方をするね。僕の見世物の『一人目』は“鉄血宰相”ギリアス・オズボーン、というわけだね。」

 

そして翌朝、オリビエとミュラーはグランセル城にて女王達に見送られようとしていた。そこに突如の来客……オズボーン宰相とレクターの姿であった。その後、オズボーンとオリビエは一対一で話し合い……彼の怪物ぶりをまざまざと見せつけられたオリビエであった。その一方、レクターはというと、ルーシーの手紙の意志を受け取ったクローゼのお仕置きがあったということは……当事者以外知らなかった。

 

 

~グランセル国際空港~

 

オリビエらに礼をし、国際線の定期船に乗り込む宰相とレクター……それを見つめるオリビエらがいた。

 

「……」

「目にしたのは初めてだが……ギリアス・オズボーン、確かに中々食えない人物だな。」

クローゼは複雑そうな表情で、シオンは彼の印象から『只者』ではないと率直に感じていた。あれが、リベールの北を治める『軍馬』の長なのだと……

 

「フフ……なかなかスリルがある相手だよ。それよりもシェラ君。わざわざ見送りだなんて済まなかったね。」

シェラザードの言葉を聞いたオリビエは口もとに笑みを浮かべた後、シェラザードを見た。

 

「ちょうど仕事で王都に用事があったついでよ。……その様子じゃ当分、会えなくなりそうな雰囲気だしね。」

「フッ、ボクの夢はあくまで、シェラ君みたいな美女と一緒に気ままな日々を送る事なんだがねぇ。」

正直、あの御仁を相手にするよりもシェラザード相手の方が楽であると言わんばかりにオリビエは呟いた。

 

「はいはい。それよりも先生、宰相の隣にいた『彼』は?」

「ほう、わかるか。」

「そりゃあ、今までそういったレベルの人たちと対峙してましたし……流石にアスベル達ほどではありませんが、腕は立つみたいですね。」

シェラザードはギリアスの隣に随行していた青年に気付き、カシウスに尋ねる。普通の歩きでも、その尋常ではない立ち振る舞いに気付いた弟子の成長にカシウスは感心し、シェラザードは苦笑して答えた。

 

「ああ、アイツはレクター・アランドール。帝国軍情報局の大尉で、二等書記官。何でも宰相の子飼いである『鉄血の子供達(アイアンブリード)』の一人だ。で、一時期ジェニス王立学園の学生だった。俺やクローゼの先輩だった人間だ。卒業直前に退学したが……」

「……」

「なっ!?」

「彼が学生として、か……流石は『鉄血宰相』の駒というべきかな。」

「つまりは、我々よりも先にリベール入りしていた、ということか。帝国独自の情報網をリベール国内に持つために。」

「成程…な。クーデターの件から『異変』のことを知られていたとしても不思議ではないな。(アイツらが言っていた『軍馬の尾』というのは、おそらくそれのことだろうな。)」

『鉄血の子供達』……要は、鉄血宰相の頭脳となり手となり足となり動く、鉄血宰相に忠誠を誓った忠実な駒……レクターもその『子供達』の一人である。シオンが話した内容にクローゼは苦々しい表情を浮かべ、ユリアは驚きを隠せず、オリビエやミュラーもレクターが学生としてリベールにいたことを知り、驚きを隠せない。カシウスだけは彼の素性を知っていただけにあまり驚いてはいなかった。

 

「………オリヴァルト皇子。先ほど、先輩から殿下への伝言を承りました。『踊り疲れた所を、怪物に呑み込まれないように気を付けろ』と。」

「やれやれ……まったく、宰相の訪問や会談といい、レクター君の事といい……『解っていたこと』とはいえ、ここまで攻められると、何かに目覚めそうな気がするよ。」

クローゼから伝えられたレクターの伝言にオリビエは溜息を吐いた後、酔いしれた表情になった。

 

「おい、オリビエ……」

「けれども……宰相がクロスベルに行ってくれるというなら、尚の事だね。こればかりは<五大名門>どころか“鉄血宰相”も『驚き』を隠せなさそうだ。この案を考えた『彼ら』の期待にぜひ応えないと。」

「何?」

「それってどういう……」

オリビエのある意味冗談めいた言葉にミュラーはため息をついて呟くが、彼から続いて出た言葉はミュラーのみならず周りの人間を驚かせた。

 

「ユリア大尉、出航したら一つお願いしたことがあるのだが、いいかね?」

「ええ。貴方の事でしょうから、大方『宣戦布告』ですね。」

「流石はオリヴァルト皇子ですね……ですが、それだけではありませんよ。」

オリビエの言葉を理解してユリアは頷くが、それに続く言葉が彼らの後ろから聞こえ、一同はそちらを見る。

 

「じょ、女王陛下!?」

「お祖母様!?なぜ、ここに!?それと、リシャール中佐!?」

「正確には“特務中佐”なのだが……それに、普段は一介の軍人だ。」

「お前が“一介”というと、語弊がある言い方でしかないが……」

「全くですよ。」

「“剣帝”に“琥珀の姫騎士”も随行されているとは……」

そこにいたのはアリシア女王とリシャール特務中佐の姿だった。その後ろには女王の護衛であるレーヴェとカリンの姿もあった。そこにいた面々を見て、カシウスは考え込む。国のトップである女王がここにいる意味……

 

「それよりも、クローゼ。留守中はお願いしますね。大方の事はシオンや“彼ら”に相談するとよいでしょう。」

「え、え?一体何処へ……」

「成程……これが、彼らの立てた『策』ですか。」

アリシアの言葉に戸惑うクローゼ、一方で彼女の発言の意図を理解し、カシウスは呟いた。

 

「流石はカシウス中将。『策』というよりは『プラン』とも言うべきものなのだが……僕は、知っての通り“鉄血宰相”に『宣戦布告』するわけなんだけれど、その土台を彼らは用意してくれたのさ。」

「土台?というか、俺もその話は初耳だぞ?」

「ゴメンね、ミュラー君。彼らに緘口されていたからね。で、アルセイユによる帰還もインパクトが高いけれど、彼らは僕を通してもっと凄いインパクトを彼にぶつけることにした。鉄血宰相には、クロスベルから帰還した後に知ってもらう予定さ。」

時代を一歩も二歩も先に行く“鉄血宰相”……その彼をも追い越して進み続ける“彼ら”は、オリビエにその打破となる『楔』を打ち込んでもらうため、一計を案じた。

かつてエレボニアが受けたリベールへの『代償』を想起させる『楔』……そして、彼らへのささやかな『逆襲』を込めた一撃を。

 

 

「深紅の翼、アルセイユ級Ⅳ番艦『カレイジャス』。以後はエレボニア皇家専用巡洋艦になる艦のお披露目ということさ。」

 

オリビエを乗せた『アルセイユ』はその後、宰相の乗る飛行艇に近付き……バラの花束を銃で撃つという“宣戦布告”……完璧なものなどありはしないということを行動で示したその行いに……宰相は笑った。そして、オリヴァルト皇子の“悪あがき”を楽しみにしているかのように、『アルセイユ』が飛び去った方向を見つめていた。

 

~半刻後 レグラム市 レグラム空港~

 

「お待ちしておりました、オリヴァルト皇子。それと、久しいなミュラー。叔父上は元気か?」

アルセイユが専用の停泊場に止まり、オリビエとミュラーが通路を渡ると一人の男性が出迎えをした。その人物はヴィクター・S・アルゼイド……レグラム州を治める当主にして、元はエレボニアでもヴァンダールの“剛剣”と二分するほどの武門の名家。袂を分かったとはいえ、二人がよく知る人物だ。

 

「ええ。相変わらずの頑固ぶりです。それと、もし会えたら『こちらは元気にやってる』と伝えてほしいと。」

「成程…僻地でもあの性格は変わらずか。それでこそゼクスらしいな。」

ゼンダー門に左遷されたゼクスのことを聞き、ヴィクターは笑みを零した。

 

「これはこれは、当主自ら出迎えとは……もしかして、カレイジャスのかい?」

「はい。女王陛下の要請により、一時的ではありますが『カレイジャス』の艦長を務めさせていただきます。」

「そうか。よろしく頼むよ。」

二人はヴィクターに案内され、カレイジャスに乗り込んだ。

 

「オリヴァルト皇子のこれからのご活躍、元帝国人として応援させていただきます。」

「“神速”に並ぶ“光の剣匠”に応援されたとならば、無下にはできないね。無論、彼らにも。」

 

 

――果たして、『道化』になりうるのはどちらなのかな?“鉄血宰相”ギリアス・オズボーン。

 

 

オリヴァルト皇子の帰還……それも、高速巡洋艦アルセイユ級一番艦『アルセイユ』とⅣ番艦『カレイジャス』……純白と深紅の翼の来航に帝国の国民は驚愕の表情を浮かべた。

 

だが、それだけではなかった。

 

アリシア女王からエレボニア皇室に対して“親交の証”という形で、『カレイジャス』をオリヴァルト皇子――ひいてはエレボニア皇室専用の巡洋艦として無償譲渡することが決まった。

 

更に、リベール王国の主であるアリシア女王の帝国来訪……百日戦役以降、帝国政府が難色を示していたが、リベールの異変の解決の立役者の一人であるオリヴァルト皇子が今回の帰還に合わせて来訪していただくという形で『仲介役』として全面に立ち、今回の来訪を実現させたのだ。

 

リベール王国女王アリシアⅡ世とエレボニア帝国皇帝ユーゲントⅢ世の『会談』……『百日戦役』以降、初めて実現した“三大国”……二国間の首脳会談をリベールの異変における立役者の一人であるオリヴァルト皇子仲介のもと実現させるという一大ニュースが帝国中はおろか西ゼムリア地方全体を駆け巡った。

 

だが、それだけではなかった。

 

会談の中で、互いにこれからの綿密な協力が不可欠であるという認識に達し、お互いの要請に全面承認する形で話は進んでいった。そのスピード承認の裏にはアスベル達が積極的に関わり、情報局や諜報機関をかわしつつ綿密なセッティングをしていたからに他ならない。それを可能としたのはシオンもといシュトレオンの存在所以だ。そして、アルフィン皇女に持たせた親書も一役買っていたのだ。ただ、導力技術に関しては一方的なものだとカルバード側が反発することも想定し、カレイジャスの無償譲渡および艦船の整備技術提供のみにとどめた。

 

リベール側から

『百日戦役後萎縮していた帝国領・元帝国領(サザーラント州・クロイツェン州南部)間での経済交流全面解禁』

『帝国鉄道網のレグラム・セントアーク方面行き復活(国際線化)、それに伴う経営や警備ノウハウの情報提供要請』

『元帝国領現自治州のリベール完全帰属』

『飛行船公社によるリベール=エレボニア直通定期便就航』

 

エレボニア側から

『貿易関税に関わる自由枠(0%枠)の設定』

『ツァイス工科大学の出張講義枠の拡充』

『リベール王国からトールズ士官学校、聖アストライア女学院、ルーレ工科大学含めその他教育機関への留学生呼び込みの協力』

『カレイジャスの皇家譲渡、整備などの技術をラインフォルト社に譲渡要請』

 

が要請され、その場で相互承認・即日調印を執り行った。これにより、レグラム自治州ならびにアルトハイム自治州はエレボニアがリベール王国領であるということを承認というお墨付きをもらい、リベール王国への完全併合を果たした。

その後の合同記者会見で『百日戦役の時と同様、リベールに領土的野心があるのでは』と聞いた帝国時報の記者に対し、皇帝自ら『百日戦役の時、リベールに領土的野心はなく、我々からの脅威を取り除くために反撃したに過ぎない。』とし、今回の要請もそれを示すものであるとした。さらに、皇帝と女王両陛下は、今回の会談が行われこのような実りのあるものにできたのは、ひとえに『事変』解決に対して積極的に動いたオリヴァルト皇子の尽力の賜物であると称賛した。

 

 

「オリビエ、『土台』とは聞いていたが……流石の俺でもこれは想定外だぞ。」

「……僕ですら驚いているよ。ここまで盛大にやってくれるとはね……でも、ここまでお膳立てしてもらったのならば、それを生かすのが僕の腕ってことさ。“放蕩皇子”……その初陣としてね。」

唖然としつつ呟くミュラーに、オリビエは苦笑しつつも不敵な笑みを浮かべ、自らが信じる道のための一歩を踏み出したのである。

 

 

オリヴァルト皇子はこれ以降、帝国内でも大々的な知名度と支持を得る形となり、とりわけ“庶子”という出自……それが功を奏する形で貴族と平民両方からの支持を集めることに成功する。その一環としてトールズ士官学校の『理事長』―――今までのようにお飾りではなく、皇家としての『実績』に裏打ちされた発言力を持つ『理事長』として、大胆な改革案を打ち出していくことになる。その中には、特科クラス<Ⅶ組>の設立、常任理事四名の選出、教育課程の抜本的見直し、そしてリベールからの留学生受け入れを積極的に推し進めていくこととなる。

 

一方、カルバード共和国はこの一報を聞き、翌年の女王生誕祭一か月前にロックスミス大統領自らが出向いて、アリシア女王との首脳会談を行う運びとなった。“三大国”であるリベールとエレボニアの首脳会談は、カルバードにとっても危機感を抱いていた。下手をすればクロスベルやノルド高原などの領有権をエレボニアと争う立場が危うくなる可能性すらあったためだ。

 

この動きもアスベルらの『予想の範疇』だった。飛び抜けた導力技術と圧倒的な航空戦力、さらには強化されてきた地上戦力を持ちうるリベールの動きは西ゼムリアにおいて無視できるものではないためだ。だが、これすらも彼らにとっては『序曲』でしかないことにエレボニアもカルバードも気付いていなかった……

 

 


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