英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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外伝 帝国ギルド襲撃事件~未来への布石~

~ヘイムダル郊外~

 

帝都ヘイムダル……その郊外にはとんでもない光景が広がっていた。

 

「いや~、いい運動になったぜ。こりゃ、打ち上げの酒も美味になるぜ。」

「………」

レヴァイスは未だに原型の残る戦車の上に腰掛け、残り火で煙草に火をつけ、一服した。

一方、猟兵団でもこんなことなど『前代未聞』のフィーはその惨状に驚きと不思議が入り混じった表情を浮かべていた。

 

「えと、フィーちゃん?」

「私、夢でも見てるの?」

「俺もこの光景は夢であってほしいものだな……現実なのだろうが。」

「いや、これをやり遂げた貴方達が言えた台詞じゃないんだけれど。」

正直言って、『在り得ない』の言葉……戦車はバラバラに解体されて爆発し、もはや原形など留めているものがある方が珍しい状態だった。帝国兵たちも銃撃や斬撃、打痕がみられた。ただ、全員急所は外してあるほか、念のために処置はしてあるので、命に別状はない。

 

「しかし、帝国軍が我々ごと潰そうとするとはな……」

「私もそれは不思議に思った。」

「まぁ、己の部隊を強化して、遊撃士に変わって治安維持でもする気なのでしょう……やたらカシウスさんを狙っていたような気がしますが。」

「こんなか弱い中年の男を狙い撃ちにするとは……やれやれ、恨みを買った覚えなどないのだが。」

「……ツッコミ入れていい?」

「まぁ、解るがやめておけ。」

ただ、この軍の動きは『不自然過ぎる』…今までなんら動きを見せていなかったのが、掌を返したかのような迅速さ…いや、この不自然過ぎる軍の出動についてもアスベルの描いたシナリオ通りでしかない。

 

「とりあえず、ユミルに戻って今後の対応を話し合いますか。」

「だな。送迎は任せろー」

「テンション高いね、団長。」

「アハハ……それじゃ、お願いしますよ。」

ともかく、やれることは全てやり遂げた。四人はデューレヴェントに乗り込み、その場を後にした。

 

 

その半刻後、水色の髪をした灰色の軍服らしき格好の女性と赤髪でピシッとした赤と黒の制服を着こんだ男性がその現場に来ていた。

 

「こりゃまたハデにやったなぁ……クレア、被害としては?」

「第20師団は壊滅……という表現が正しいかと。」

「おいおい……報告だと、第21、22師団もほぼ壊滅らしい……人的被害はいっさいなしという徹底ぶりだ。」

その惨状に驚嘆したものの、女性――クレア・リーヴェルトに向き直って男性――レクター・アランドールが尋ねると、クレアはため息が出そうな表情で答え、その答えを聞いたレクターも疲れた表情を浮かべた。投入した三個師団の壊滅……いや、物的壊滅と言った方が正しいだろう。

 

「戦車に関しては今のところ150台ほどが消失……導力ライフルや装備品もその多くが消失しています。」

「マジかよ……オッサン、それを聞いたらぶっ倒れるんじゃねえの?」

人的被害なし、ただし装備品がほぼ壊滅……中には消失したものも見られた……最新鋭のものを含めた導力戦車が約150台ほど。それと、配備していた新型の導力ライフルも大部分が消失していた。

 

「『たかが数人』で『一個師団』を潰した。それも三ヶ所同時に……そんなものが知れれば貴族たちの追及はあるでしょうし、帝国軍全体の失墜につながります。情報統制はお願いしますよ、レクター。」

「へいへい。(しっかし、ご丁寧に人だけ助けるとはな……俺ですら知らない何かがあるのか?)」

今回、ジェスター猟兵団はともかくとして、帝国正規軍と領邦軍双方に甚大な『物的被害』を被った……その意図を測りかねていたレクターだった。

 

「ところで、今回の件に関してお前の妹が動いていたそうだぞ?」

「……それは、レクターのところも同じなのでは?」

「“尖兵(ジェネラル)”のことか……オッサン、あの三人を引き戻すために軍を動かしたんじゃねえだろうな?」

「それはないでしょう……後はお願いしますね。」

袂を分かったとはいえ、気にかかる人物の名を出したが、クレアは少し動揺しつつも気を取り直してレクターにお願いをし、その場を後にした。

 

(百日戦役の時、予想外の反撃…大打撃を受けた……そして、今回も関わっている『翡翠の刃』……待てよ、もしこの件に『リベール王国』が関わっているとすれば、オッサンにとってヤバいことになるんじゃねえのか!?)

百日戦役の時にリベールの裏で動いていた『翡翠の刃』……そして、今回の襲撃でリベール領も襲撃している事実。それと『翡翠の刃』の関与……その関連性にレクターは嫌な予感がしたが………

 

 

既に、後の祭りであったことを彼らは知らない。

無論、時代の先を行く『鉄血宰相』ですらも。

 

 

 

~ユミル地方 シュバルツァー男爵領 男爵邸~

 

「………はぁ。」

今回の事件にかかわった人たちは皆シュバルツァー男爵邸に集まっていた。

で、処理の関係で一番最後に来たアスベルらがみたものは……

 

「がっはっはっはっは!!」

「良い飲みっぷりだのう!それ、もう一杯。」

「美味い酒ね、もう一杯!!」

「いや~、このような御仁だとはおみそれしたぜ!」

「にしてもカシウス、おぬしも若いのにいける口じゃのう。」

「いやいや、それほどでもありませんよ。」

バルデル・オルランド、テオ・シュバルツァー、サラ・バレスタイン、レヴァイス・クラウゼル、そしてユン・カーファイにカシウス・ブライト……ある意味酒に関して性質の悪い連中により、既に宴会状態になっていた。

視線を別の方向に移すと、飲まされてダウンしているシルフィア、フィー、クルルの姿があった。

その寝相にある意味グッとくるものはあるのだが、今はそれどころではないと感じていた。

更に別方向ではトヴァルやヴェンツェル、アリオスが完全にダウンしていた。アリオスに至っては『や、やめてくれ、サヤ…そ、それだけは…』と悪夢のようなものを見ているような気がしたが、置いておくことにした。

ヴィクターに関しては妻と娘との約束があるようで、名残惜しそうにレグラムに帰ったとのことだ。

 

「俺も混ぜろー!!」

アルヴィンは酒飲み仲間に突撃し、

 

「あははは……」

「やれやれ……」

リーゼロッテは苦笑し、リノアは疲れた表情でその光景を見ていた。

 

 

「えと、申し訳ない……」

「私と兄様も止めたのですが……お父様ってば。」

「いや、アレを止めたらこっちがヤバい。」

そこから少し離れたところで、アスベルと黒髪の少年、黒髪の少女は食事をしながら会話を楽しんでいた。無論酒は抜きで。

シュバルツァー男爵の子ども……リィンとエリゼの言葉にアスベルは優しく諭した。はっきり言えば、ダイナマイトが爆発寸前のところに手を突っ込むぐらい無謀な行為だ。

 

そんなことに首を突っ込むぐらいなら、別のベクトルで力を使った方がましだ。

 

「にしても、八葉一刀流の筆頭継承者だからどんな人物かと思ってたけれど……」

「兄様と三つしか歳が変わらないって……それでいて、八葉を極められたのは凄いですね。」

「いや、君らにも全てじゃないが継承できるだけの資質はある。ただ、エリゼはともかくとしてリィンは何かを『恐れて』いるようだけれど……」

「!?流石、八葉を極めた人ですね。」

アスベルはリィンの力に違和感があることに気付いていた。『力』を恐れるがあまり、それが『壁』となって『限界』を生み出していることに…異質な力…それも、アスベルの持つ『聖痕』とは異なる力……

 

「(俺の持ってる『聖痕』とは別のベクトルなんだろうけれど……)……『力』は、それ単体では『力』にしかなりえない。後は、使う本人の気持ち次第。」

「気持ち、ですか?」

「武器にしたって同じさ。武器そのものの善悪なんてない。使う人次第で善にも悪にもなりうる……剣術だって同じことだよ。」

物自体に罪はない……それは、古代遺物といえども同じだろう。それを使う人の考え方次第でどうにでもなりうる可能性を秘めている。武術だって、突き詰めれば『活人』と『殺人』の相反する可能性を持つ……最終的にものの見方を決めてしまうのは、他の誰でもない…「力」を持つ人自身の意思次第。

 

「ま、俺もちょっとここに滞在するから、聞きたいことがあれば遠慮なく聞いていいよ。」

「そうですか……俺に、稽古をつけてください。」

「兄様!?」

「……別にいいけれど、やるからには徹底的に克服してもらうよ?」

「ええ、解っています。」

「………兄様」

アスベルの言葉に『何か』を見たのか、リィンはアスベルに稽古を申し出、アスベルもこれを受諾した。一方、兄の様子に少々不安を隠せない様子のエリゼだった。

 

比較的歳が近いアスベルの存在……それは、同じ剣術を学び、同じように己の中に特殊な力を持つリィンにとってプラスになる……ユンはそう感じていた。実際、リィンの使う特殊な能力を見抜き、手合わせと模擬戦で八葉の技を教えつつ、リィンの力のコントロールをおこなうための訓練を行うことにしたのだ。

 

結果として、ユンやアリオスですら躊躇っていたリィンの『力』の処置……とはいっても、本人がその力と向き合う程度のものだが……それがようやく出来たようで、それに合わせて八葉の技も叩き込んだのだ。

 

そして、全拠点制圧が終わった三日後……

 

 

~ユミル郊外~

 

「そうか……もう行くのか。」

「ま、暇じゃないってことだよ……にしても、わずか二日で一の型“烈火”と四の型“空蝉”皆伝、二の型“疾風”中伝……ユン師匠による鍛練の賜物だろうけれど。」

「はは……エリゼも三の型“流水”皆伝までいくとは思わなかったよ……」

「フフ、ひとえにアスベル様のおかげでしょうね。」

二人は着実にその力を伸ばしていた。特に、リィンに関しては『壁』を超えた影響もあって、その成長は目を見張るものが感じられた。

 

「アハハ……この先、どうなるかはわからない。そのために、出来ることは力を尽くせ。俺から言えるのは、それぐらいかな。」

「ああ。」

「はい。」

(やれやれ……この分だとエステルらも近いうちに俺すら超えていくことになるのか……)

(フ……こやつら、わしの想像をはるかに超える輩に育ってくれるやもしれぬ……それも、一興じゃのう)

カシウスは三人……特にアスベルを見て、彼らの影響を強く受けている自分の娘が近い将来自分すら想像もつかぬ強さを手にしていくことにため息をついた。、

若くして八葉の皆伝者となった三人を見つめ、ユンは将来が明るく感じたと同時に、八葉の後継者の姿を見て安堵した表情を浮かべていた。

 

アスベル、シルフィア、ラグナ、リーゼロッテ、リノア、そしてカシウスはデューレヴェントに乗り込み、レヴァイス、フィーと共にユミルを飛び立ち、一路リベールへと向かったのであった。

 

 

~ヘイムダル郊外~

 

人里はずれた郊外に立っている二人の人物。一人は少年、一人は女性。だが、その身に纏っているオーラは『普通』ではない。『身喰らう蛇』執行者No.0“道化師”カンパネルラ、そして使徒第二柱“蒼の深淵”ヴィータ・クロチルダの姿だった。

 

「ひどいなぁ、ヴィータは。今回何もしてくれないなんて。」

「仕方ないでしょ。周りに人がいるときに動けば怪しまれるわよ。」

ヴィータはそう言ってカンパネルラに対し釈明した。それを聞いた彼は苦笑して言葉をつづけた。

 

「それもそうだね。で、彼の方はどうだい?」

「順調よ。動くとするなら、二年ぐらい後かしら。」

「了解したよ。“教授”には計画を早く進めるようお願いすることにするよ。」

彼女の法の懸案事項を聞いた後、カンパネルラは“教授”に対して『計画』を前倒し実施するよう働きかけるような発言をした。それにはさしものヴィータでも疑問に感じた。

 

「あら?貴方にしては急かすのね。」

「大人の事情って奴かな。それじゃ、僕は失礼させてもらうよ。」

そう言って、カンパネルラはどこかへと転移した。それを見送ったヴィータもどこかへと転移していった。

 

 

 

結果として、ジェスター猟兵団は完全に壊滅……この事件の後、遊撃士協会帝国支部は鉄血宰相と四大名門の圧力により帝国内の支部はユミル支部のみとなり、その活動を大幅に縮小されることとなる。しかし、この事件に関わった遊撃士と猟兵たちに関してはユーゲントⅢ世自らの非公式声明により『功労者』という形で不問とされ、今回の正規軍および領邦軍の動きに関しても不問とすることで事態の収束を図った。

 

エレボニア国内でのカシウスの危険度は最大のLv5とされた……しかし、同じS級のアスベルとシルフィアはアルテリア法国から秘密裏の打診があり、危険度リストから『永久除外』……カシウスに関しても同様の措置が取られた。

そして、帝国政府や四大名門が行った『非道』に対し、そのことの公表を危惧した皇帝はアスベルらと会談……話し合いの結果、『遊撃士(ひいては星杯騎士)の行動に対しての妨害および不当な拘束行為の禁止』を条件付きで認めることとなったのだ……帝国軍鉄道憲兵隊や情報局は、彼らに対して効果的な策を打てない状況下に置かれることとなる。

 

 

そして、消失した大量の武器や戦車……これに関しては情報局が徹底的に捜索したものの、決定的な証拠は何一つ得られなかった。この消失……このことが、将来の大きな『損失』に繋がるものだとは、誰しもが思わなかったことであった。

 

 


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