第32話 絆繋がる地へ
その頃、エステル達は西ボース街道、クローネ峠、マリノア間道を抜けて……いや、正確に言えば『正規のルート』を通らずにマリノア村に着いていた。
本来ならば途中で一泊するぐらいの距離なのだが……
「こっち、行けるんじゃない?」
「「「はい?」」」
という、エステルのある意味野生の勘により最短の直線ルートを通る羽目になり……結果的に、大幅な短縮になっていた。本人曰く「海の風を感じた」と言っていたが、そういう勘の鋭さにヨシュアは半分感心し、半ば呆れていたのは言うまでもないが……なお、レイアに関しては『エステル、流石だね』と褒めていた。
『いや、それは感覚としておかしい気がする』
……とヨシュアは率直な感想を内心で呟いた。
~マノリア村~
「白い花があちこちに咲いてるけど……ここって何ていう村だっけ?」
ようやく人の住んでいる場所に着いて、一息ついたエステルは周囲の風景を見て呟いた。
「マノリア村だよ。街道沿いにある宿場村さ。あの白い花は木蓮の一種だね。」
「いい香りね。おそらくあの白い花の香りなのでしょう。」
「何と言うか、のどかですね。」
「キレイよね~。それに潮の香りに混じってかすかに甘い香りがするような………あはは、何だかお腹が空いてきちゃった。」
「ふふ、花の香りで食欲を刺激されるあたりがエステルらしいね。」
ヨシュアの説明を聞いて、エリィとトワは漂ってくる白い花の僅かな香りを楽しんでいたが、エステルはそれよりも食事のことを考えていたらしく、その言葉にレイアは苦笑を浮かべつつエステルの方を見た。とりあえず、五人は宿酒場を探すことにした。
(というか……ボースを出て数時間でここまで来てしまったのは、ある意味凄いことなんだろうけれど……)
(エステルって、人間なの?)
(うん、人間だと思うよ……多分。って、それに付いてこれた君たちが言えた台詞じゃないよ。)
(ヨシュア、君が言えた台詞じゃないと思うな。)
エリィの言葉にトワが続いて疑問を口にし、ヨシュアは半ば確証のない感じで呟いた。半端ない行動力……良くも悪くもカシウスの血を引いていると率直に感じたのは言うまでもない。
~宿酒場 白の木蓮亭~
「ようこそ『白の木蓮亭』へ。ここらでは見かけない顔だけど、マノリアには観光で来たのかい?」
酒場のマスターは入って来た客……村では見かけたことのないエステル達を見て尋ねた。
「ううん、あたし達はルーアン市に向かう途中なの。」
「ボース地方からクローネ峠を越えて来たんです。(本当はかなりのショートカットで峠すら通っていないけれど、本当のことを言うと混乱しそうだからやめておこう……)」
「クローネ峠を越えた!?は~、あんな場所を通る人間が今時いるとは思わなかったな。ひょっとして、山歩きが趣味だとか?」
エステルとヨシュアの答えにマスターは驚いて聞き返した。飛行船のある今では、ボースからルーアンに移動した後マリノアまで徒歩で移動する方が遥かに早い。そう言った意味では、クローネ峠の重要性は低い部類である。なので、峠から来る客自体はかなり珍しい部類に入るのは言うまでもないことだが。
「あはは、そういう訳じゃないんだけど。ところで、歩きっぱなしですっごくお腹が減ってるのよね。」
「何かお勧めはありますか?」
「そうだな……今なら弁当がお勧めだけど。」
「お弁当?」
マスターのおススメの意外な料理にエステルは首を傾げた。店のマスターが言うには、町外れにある風車の前が景色のいい展望台になっていて、昼食時はここで弁当を買ってそこで食べるお客さんが多いということらしい。
「あ、それってナイスかも♪聞いてるだけで美味しそうな感じがするわ。」
「それじゃ、そうしようか。どんな種類の弁当があるんですか。」
マスターの言葉にエステルは楽しそうな表情で頷き、ヨシュアも同意してメニューを聞いた。
「スモークハムのサンドイッチと魚介類のパエリアの2種類だよ。どちらもウチのお勧めさ。」
「うーん、あたしはサンドイッチにしようかな。」
「それじゃ、僕はパエリアを。」
「まいどあり。」
エステルとヨシュアはそれぞれお金を払って弁当を受け取った。そして、店の中で食べるメニューを注文したレイアらと別れて、エステルとヨシュアは店の外に出た。レイア達は注文した料理に舌鼓を打っていた。
「うん、これは美味しいね。」
「ええ。こういうのも趣があっていいわね。」
「そうですね……あれ?レイア、メモしてるみたいですけれど……」
食事を楽しんでいた三人……そのうちの一人、レイアが遊撃士手帳に書き込んでいるのを見て、トワが首を傾げて尋ねた。
「あ、これね。ナイアルさんからの頼みで、『噂の遊撃士一押しのお店紹介』の調査……まぁ、自分のイチオシのお店紹介をすることになったの。」
「どれどれ……メモだけでも凄い量ね。どれ位回ったのかしら?」
「ざっと20件ぐらいかな……でも、私はここのお店を紹介するってきめたから。」
そう言って、レイアはざっくりとコメントを書き始め、その後マスターにそのことを伝えるとナイアルから話が伝わっていたようで『宣伝になるならばお代はいいよ。そこのお嬢ちゃんたちの分もおまけにしておくよ』という言葉に感謝を述べた。
その後、三人が出されたハーブティーを飲んでいると……一人のお客が店の中に入ってきた。
その頃、景色を楽しみながら食事をし終えたエステル達はレイア達と合流するために宿酒場に行こうとした所、少女が探していた男の子らしき人物とエステルがぶつかった。その時、男の子に遊撃士の紋章を盗まれたと気付いたヨシュアはエステルにその事を指摘し、男の子を探して村の住民に聞いて廻った結果、近くにあるマーシア孤児院に住む男の子とわかり、遊撃士の紋章を取り返すためにエステルとヨシュアはマノリア村の近くにある孤児院に向かった。
~マーシア孤児院~
エステルとヨシュアが孤児院の土地に入ると、そこにはエステルのバッジを盗んだと思しき男の子を含め3人の子供がいた。
「クラムったらどこに行ってたのよ、もう!クローゼお姉ちゃん、すごく心配してたんだからね!」
「へへ、まあいいじゃんか。おかげでスッゲェものが手に入ったんだからさ。」
「なんなの、クラムちゃん?」
三人の中で唯一女の子のマリィが帽子を被った男の子――クラムを怒っていた。得意げにしているクラムにもう一人の男の子――ダニエルが首を傾げて尋ねた。
「にひひ、見て驚くなよ~。ノンキそうなお姉ちゃんから、まんまと拝借したんだけど……」
「だ~れがノンキですって?」
「へっ……」
ダニエルとマリィに自慢しようとしていたクラムだったが、聞き覚えのある声に驚いて振り向いた。振り向くとそこには遊撃士の紋章の持ち主であるエステルとヨシュアがいた。
「ゲッ、どうしてここに……!」
「ふふん。遊撃士をなめないでよね。あんたみたいな悪ガキがどこに居るのかなんてすーぐに判っちゃうんだから!」
エステルの顔を見てクラムはあせった。
「く、くそー……。捕まってたまるかってんだ!」
「こらっ、待ちなさーい!」
クラムが逃げ出し、エステルが声を上げてクラムを追いかけ回した。
「あのう、お兄さん……。どうなっちゃってるんですか?」
「クラムちゃん、また何かやったの~?」
「ええっと……騒がしくしちゃってゴメンね。」
尋ねられたヨシュアは苦笑して答えた。そして逃げていたクラムがついにエステルに捕まった。
「ちくしょ~!離せっ、離せってば~っ!児童ギャクタイで訴えるぞっ!」
エステルに捕まえられたクラムは悪あがきをするかのように、暴れて叫んだ。
「な~にしゃらくさい事言ってくれちゃってるかなぁ。あたしの紋章、さっさと返しなさいっての!」
「オイラが取ったっていう証拠でもあんのかよ!」
「証拠はないけど……。こうして調べれば判るわよ!」
反論するクラムにエステルはクラムの脇腹をくすぐった。
「ひゃはは……!や、やめろよ!くすぐったいだろ!エッチ!乱暴オンナ!」
「ほれほれ、抵抗はやめて出すもの出しなさいっての……」
少しの間、クラムの脇腹をくすぐっていたエステルだったがその時、少女の声がした。
「ジーク!」
少女の声がした後、白ハヤブサがエステルの目の前を通り過ぎた。
「わわっ!?なんなの今の!?」
エステルは目の前に通った白ハヤブサに驚いてくすぐる手を止めて、声がした方向を見た。するといつの間にか白ハヤブサを肩に止まらせたマノリア村でぶつかった制服の少女が厳しい表情をエステルに向けていた。
「その子から離れて下さい!それ以上、乱暴をするなら私が相手になりま………あら?」
少女はエステルの顔を見ると目を丸くした。
「あ、さっきの……」
エステルも同じように目を丸くした。
「マノリアでお会いした……」
「ピュイ?」
「って、エステルにヨシュア?こんなところにいたんだ。」
「レイア!?」
肩に乗った白ハヤブサと共に首を傾げている少女――クロ―ゼ、そしてエステルらと行動を共にしているレイアがいた。
それは少し前にさかのぼる……
~宿酒場 白の木蓮亭~
「やっぱりここにもいない……」
「ん?どうかしたの?」
「あ、レイアさん!」
困っていたクローゼに食事を終えてお茶を飲んでいたレイアが声をかけた。
「あの、帽子をかぶった男の子を見ませんでしたか?」
「う~ん、見ていないかな……(というか、さっきエステル達が孤児院の方に向かって行ったけれど、何かあるのかな?)」
「そうですか……」
レイアの言葉にクローゼは心配そうな表情を浮かべていた。それとは対照的に、先程ちらりと見かけた旅の同行者である二人が村の西方向に向かって行ったことに疑問を浮かべていた。ヨシュアがいるから、勝手な行動ではないかな……彼も認めた上での行動……もしかしたら、彼女の探している子絡みかも。
「何だったら、手伝おうか?」
「え、いいのですか?」
「勿論お代は要らないよ。どうやら、身内が厄介ごとに巻き込まれてるみたいだし。」
「???」
事情をある程度先読みしたレイアの言葉に首を傾げるクローゼだった。
「てなわけで、私はちょっと離れるけれど……」
「私も行くわ。マーシア孤児院でしょう?」
「え?エリィ、行ったことがあるの?」
「ちょっとね……それじゃ、行きましょうか。」
「それなら、私も行こうかな。」
てな感じで、クローゼとレイア、エリィ、トワの四人は一緒にマーシア孤児院へと行くことになったのだ。
~マーシア孤児院 今に至る~
「助けて、クローゼお姉ちゃん!オイラ、何もしてないのにこの姉ちゃんがいじめるんだ!」
クラムはクローゼに助けを求めた。先程までの態度からすれば『白々しい』ともいうべき態度とも言えるだろう。
「な、なにが何もしてないよ!あたしの紋章を取ったくせに!」
「へん、だったら証拠を見せてみろよ!あ、くすぐるのは無しだかんな。」
「うぬぬぬ~……」
クラムの言葉に頭に来たエステルはまた捕まえようとしたが、クラムは素早く避けた。そして、クラムの言葉にエステルは悔しそうな表情で彼を見た。
ぶつかった相手に関しては、マリノア村の中だけで言えば宿酒場でぶつかったクローゼ…そして、エステルの目の前にいるクラムの二人。だが、クローゼとぶつかった直後はあったものが、クラムとぶつかった後ではなくなっていた……状況的には彼しかいないのだが、彼が持っているという確証のための手段が打てず、手をこまねいていた。
「やあ、また会ったね。」
「あ、その節はどうも……すみません、私てっきり強盗が入ったのかと思って……あの、それでどういった事情なんでしょう?」
クロ―ゼは事情を知っていそうなヨシュアに困った表情で尋ねた。
「クローゼお姉ちゃん。そんなの決まってるわよ。どーせ、クラムがまた悪さでもしたんでしょ。」
「ねー、おねえちゃん。もうアップルパイできた~?」
そこにマリィが口をはさみ、ダニエルは今の状況とは関係のないことを言った。
「あ、もうちょっと待っててね。焼き上がるまで時間がかかるの。」
ダニエルにクロ―ゼは微笑みながら答えた。
そして……主張が平行線のままエステルとクラムが言い争いを始め、どうするべきか迷っていたヨシュア達のところに女性が孤児院から姿を現した。
「あらあら。何ですか、この騒ぎは……」
「テレサ先生!」
姿を現した女性は孤児院を経営するテレサ院長だった。
「詳しい事情は判りませんが……どうやら、またクラムが何かしでかしたみたいですね。」
「し、失礼だなぁ。オイラ、何もやってないよ。この乱暴な姉ちゃんが言いがかりをつけてきたんだ。」
「だ、誰が乱暴な姉ちゃんよ!」
テレサに自分の事を言われたクラムは言い訳をしたが、エステルがクラムの言い方に青筋を立てて怒鳴った。
「あらあら、困りましたね。クラム……本当にやっていないのですか?」
「うん、あたりまえじゃん!」
「女神様にも誓えますか?」
「ち、誓えるよっ!」
「そう……さっき、バッジみたいな物が子供部屋に落ちていたけど……あなたの物じゃありませんね?」
「え、だってオイラ、ズボンのポケットに入れて……はっ!」
テレサの言葉にクラムは無意識に答え、その直後彼女に誘導された事に気付いて、気不味そうな表情をした。
「や、やっぱり~!」
「まあ……」
「見事な誘導ですね……」
バッジを盗んだ事を口にしたクラムにエステルは声を上げ、クロ―ゼとヨシュアはテレサを感心した。
「クラム……もう言い逃れはできませんよ。取ってしまった物をそちらの方にお返ししなさい。」
「うう……わかったよ!返せばいいんだろ、返せば!」
クラムは悔しそうな表情でバッジをポケットから出して、エステルに放り投げた。
「わっと……」
「フンだ、あばよっ!」
エステルにバッジを放り投げたクラムはその場から走り去った……しかし、
「どこに行くのかな、クラム君?」
誰が見ても笑顔にしか見えない表情を浮かべたトワに捕まったクラムだった。
「は、速い……」
「フフ、流石ですね。」
「あーあ、トワお姉ちゃんを怒らせちゃった。クラムったら、お姉ちゃんからは逃げられないのに。」
その身のこなしにヨシュアは驚愕し、テレサは笑みを浮かべ、マリィはクラムのしたことが自業自得だと皮肉っぽい感じで呟いた。
「ト、トワお姉ちゃん!?何でここにいるの!?」
「フフ、それよりも……クラム君?人に迷惑をかけたり、人のものを盗んじゃいけないって約束したよね?」
「そ、そんなことはしていないよ!オイラはただ拝借しただけで……」
笑顔なのに、その威圧感は彼女の容姿と裏腹に大きく……まるで彼女の背後に巨人が顕現でもしそうな位の怒気を感じた。それにクラムは足がすくみ、完全にたじろいだ。
「相手の同意を得ない拝借なんて『盗み』…『犯罪』だよ?それに……」
「え、あ、あの……」
「自分の非を認めないで逃げるだなんて、男の子として最低だよ?ちょっと、『お話し』しようか……」
笑顔なのに怒りMAXのトワは、クラムを連れて孤児院の裏に移動した。それを見送る形となった一同はトワの『恐ろしさ』を感じていた。
「……あたし、トワの事を少し勘違いしていたのかもしれない。」
「僕もだよ……彼女は怒らせないようにしないと。」
「ええ、そうね。それがいいでしょう……」
「それには賛成かな…(立場的には上だからね……)」
「ピューイ……」
「あははは…はぁ。」
その後、『お話』されたクラムはエステルにちゃんと謝って、その一件はとりあえず落ち着くことになった……ここにいる面々の中ではレイアしか知らないこと……星杯騎士団<守護騎士>第四位“那由多”……その渾名は伊達ではないという一端を垣間見た出来事だった。
『トワを怒らせると怖い』……そのことを十分知る羽目になった一件だった。
第二章突入ですが、アガットの出番カットしましたw
まぁ、彼には別の意味で出番があります。原作とはかけ離れた『彼』の一面を書こうかと思いますwそうでなくとも、アガットには第三章でいろいろ出張ってもらいますのでw
あと、この章……事件に関しては、凄まじい勢いで解決します。下手するとレイヴンのメンバー出ないかもしれません(オイッ!)だって、そういった気配に長けた人と金融・経済関連に詳しい幼馴染がいる人がいますので(ニヤリ)
時系列調整大変だー!(自業自得)