~ジェニス王立学園 講堂~
講堂のステージ上では、ジルと衣装に着替えたエステルとクローゼが立っていた。
「うーん、これが舞台衣装か。騎士っていうから鎧でも着るのかと思ってたけど。」
「さすがに甲冑だと演技に支障をきたすからね。現在の王室親衛隊の制服をアレンジする方向で行ったのよ。」
赤を基調とした芝居用の騎士服を着たエステルは自分が着る服のあちこちを見て呟き、ジルが説明した。
「ふーん、そうなんだ。クローゼさんはショートだし、ハマリ役って感じがするけど。」
「ふふ、ありがとうございます。エステルさんもとても良く似合ってますよ。」
「えへへ、そうかな?ところで……なんで色違いになってるの?」
エステルは自分の着ている騎士服が赤を基調とした服、一方クロ―ゼの着る騎士服が蒼を基調とした服である事に気付いて尋ねた。
「私が演じるのは平民の『蒼騎士オスカー』。エステルさんが演じるのは貴族の『紅騎士ユリウス』。それぞれの勢力のイメージカラーなんです。」
「は~、なるほど。それじゃ、ヨシュアは……」
クロ―ゼの説明に納得したエステルが言いかけた所、ハンスの声が上手側の舞台袖からした。
「2人の騎士の身を案ずる王家の『白の姫セシリア』だ。ささ姫、どうぞこちらへ。」
「ちょ、ちょっと待った。……まだ心の準備が……」
ヨシュアは抵抗する言葉を言ったがハンスに無理やりエステル達の前に出された。
「………」
舞台に引き出されたヨシュアは腰まで届くウィッグを被り、白を基調としたドレスを着、頭にはティアラを着け、容姿も合わせて美しい深窓の姫君のように見えた。
「………」
エステル達はヨシュアの姿に言葉を失くした。
「頼むから……頼むから何か言って……このまま放置されるのはちょっとツライものがある……」
言葉を失くし黙っているエステル達にヨシュアは居心地が悪く思い、言った。
「いやぁ、何て言うか……ぜんっぜん違和感ないわね♪」
「むしろ本物の女の子ですよ。羨ましいぐらいです。」
「びっくりしました。はぁ、すっごく綺麗です……」
「何と言うか、断然女子らしいというか。」
「そうだね。一国の姫君と言われても違和感ないね♪」
「うんうん、その恰好に自信持っていいぞ。事情を知らずにあんたを見たら、俺、ナンパしちゃいそうだもん♪」
ヨシュアの姫の姿にエステルとハンスとレイア、ミーシャは褒め称え、クロ―ゼとトワは見惚れていた。
「みんな……正直な感想、ありがとう。全然嬉しくないけど……」
エステル達の褒め称える感想にヨシュアは溜息を吐いた。
「フフ……まさに私の狙い通り……この配役なら、各方面からウケを取れること間違いなしね……」
「レイアさんとトワさんの衣装はもう少しだけ待ってね。今、急いで作らせているから。」
「うん。楽しみにしてるね。」
「ええ、ありがとうございます。」
「それじゃあ、みんな、一致団結して最高の舞台にするわよ~っ!!!」
「「おーっ!」」
「「はいっ!」」
「うーっす!」
「しくしく……」
ジルの場を盛り上げる言葉に、一人悲しんでいるヨシュアを除いてエステル達は拳を空にあげて乗った。
こうして、エステルとレイアとトワ、ヨシュアの学園祭に向けた準備が始まったのであった。
家族以外の同世代の仲間とともに起き、学び舎に行く朝。
午前中は、他の生徒と一緒に授業に参加させてもらい、
昼はランチを共にしながら他愛のないおしゃべりを楽しみ、
そして、放課後は厳しい稽古が夜まで続いた。
気が付けば、学園祭前日を迎えていた。
~学園祭前日 講堂~
とうとう明日に控えた学園祭。講堂ではその仕上げのためのリハーサルが行われていた。
「我が友よ、こうなれば是非もない……我々は、いつか雌雄を決する運命にあったのだ。抜け!互いの背負うもののために!何よりも愛しき姫のために!」
紅騎士ユリウス扮するエステルは、レイピアを抜いて力強くセリフを言った。
「運命とは自らの手で切り拓くもの……背負うべき立場も姫の微笑みも、今は遠い……」
蒼騎士オスカー――クロ―ゼは辛そうな表情でセリフを言い、剣も抜かず立ち尽くした。
「この期に及んで臆したか、オスカー!」
「だが、この身に駆け抜ける狂おしいまでの情熱は何だ?自分もまた、本気になった君と戦いたくて仕方ないらしい……どうやら、自分も騎士という性分には勝てないということのようだ。」
自分を叱るエステルに答えるかのように、クロ―ゼはレイピアを抜いて構えた。
「革命という名の猛き嵐が全てを呑み込むその前に……剣をもって、運命を決するべし!」
クロ―ゼがレイピアを構え、それを見たエステルも構えた。
「その信念、その結果は如何にあろうとも、我らが称える女神様は静かに照覧されるであろう……互いに覚悟は決まったようだな………2人とも、用意はいいな!?」
エステルとクロ―ゼの間にいたバージル――蒼と黒を基調とした芝居用の騎士服を着、漆黒のマントを羽織ったレイアがセリフを言いながら、片手を天井に向けて上げ、エステルとクロ―ゼの顔を順番に見た。
「はっ!」
「応!」
「それでは………始めっ!」
「……………」
「……………」
「……………」
そして3人はその場で動かずジッとしていた。
「は~っ……」
「ふう……」
「ほっ………」
しばらくすると3人は一息ついた。
「やった~っ♪ついに一回も間違わずに、ここのシーンを乗り切ったわ!」
「ふふ、迫真の演技でしたよ。」
「これなら明日の本番も大丈夫だね。」
「えへへ、クローゼやレイアにはぜんぜん敵わないけどね。セリフを間違えたこと、ほとんど無かったじゃない?」
自分を称えるクロ―ゼやレイアの言葉にエステルは照れた後、言った。
「エステルさん達とは違って元々この役をやる予定でしたし、ずいぶん前から台本に目を通していましたから。」
「私の場合はエステルやクローゼの役とは違って台詞自体少ないからね。」
「そんな……謙遜する事ないですよ。それより色々と稽古をつけてくれてありがとうございました、レイアさん。お陰でエステルさんの動きに付いていけそうです。」
「そんなことないかな。(ユリアさんやシオンのお蔭だろうけれど)基礎はしっかりできていたからね。ちょっとコツを教えた程度だよ。この分なら、遊撃士にでもなれると思うよ。」
「うんうん!レイアの言うとおりね。あたしから見ても、その気になればいつでも遊撃士資格を取れると思うよ?」
「ふふ、おだてないで下さい。」
レイアとエステルの言葉にクロ―ゼは照れた。そして3人は椅子が並べられた講堂を見渡した。
「いよいよ、明日は本番ですね。テレサ先生とあの子たち、楽しんでくれるでしょうか……」
「ふふ、本当に院長先生たちを大切に思ってるんだ……まるで本当の家族みたい。」
「傍から見てたけれど、まるでテレサさん先生とは本当の親子のように見えたし、子供達の本当の姉にも見えたからね。」
「………」
エステルとレイアの言葉にクロ―ゼは突然黙った。
「あ、ゴメン。変なこと言っちゃった?」
「いえ……。エステルさんとレイアさんの言う通りです。家族というものの大切さは先生たちから教わりました……私、生まれて間もない時に両親を亡くしていますから。」
「え……」
「……………(例の『事件』のことね……)」
クローゼの言葉にエステルは驚き、レイアは真面目な表情に直して黙った。
「裕福な親戚に引き取られて何不自由ない生活でしたが……家族がどういうものなのか私はまったく知りませんでした。10年前のあの日……先生たちに会うまでは。」
「10年前……。まさか『百日戦役』の時?」
「はい」
クローゼはあの時、ちょうどルーアンに来ていて、エレボニア帝国軍から逃れる最中に知っている人ともはぐれてしまい……テレサと、旦那であるジョセフに保護され、数か月という短い期間ではあったものの、本人にしてみれば『貴重な時間』を過ごしたのだ。
「そうだったんだ………」
「戦争が終わって、迎えが来るまでのたった数ヶ月のことでしたけど……テレサ先生とおじさんは本当にとても良くしてくれて……その時、初めて知ったんです。お父さんとお母さんがどういう感じの人たちなのかを。家族が暮らす家というのがどんなに暖かいものなのかを……」
「クローゼ……」
「………………」
昔を懐かしむように語るクロ―ゼにエステルは何も言えず、猟兵団といういわば危険な場所……その中にありながらも、バルデルとシルフェリティアの愛情を一身に受けて育ってきたレイアは黙って耳を傾けていた。
「す、済みません……つまらない話を長々と聞かせてしまって。」
「ううん、そんな事ない。明日の劇……頑張って良い物にしようね!」
「事件も解決したし、テレサ先生やあの子たちの為にも絶対に成功させようね。」
「……はい!」
エステルとレイアの心強い言葉にクロ―ゼは微笑んで頷いた。その後、ヒロイン役をするヨシュアの演技の上手さの話に花を咲かせていたエステル達はヨシュアやハンス、トワと合流した後、明日の本番の景気づけにいっしょに夕食をするためにヨシュアとハンス、レイアとトワに席をとっておいてもらうために先に食堂に行かせ、学園長に呼ばれたジルを迎えに行った。
~ジェニス王立学園 学園長室~
「なるほど……それはいいアイデアですよ!さすが学園長、冴えてますねぇ。」
「ははは……おだてても何も出んよ。それでは、リストの方は君に任せても構わないかね?」
会話をしていてある提案をしたコリンズにジルは喜び、それを見たコリンズは尋ねた。
「はい、任せてください!」
ジルとコリンズが会話をちょうど終えた時エステル達が入って来た。
「失礼しま~す。」
「あ、すみません……。まだお話中でしたか?」
「いやいや。ちょうど終わったところだよ。実はなぁ……」
「ああ、学園長!喋っちゃダメですってば!明日の楽しみが減っちゃうじゃないですか!」
エステル達に先ほどの会話の内容を話そうとしたコリンズだったがジルが慌てて口止めをした。
「な、なんなの?あからさまに怪しいわね。」
「ジルったら……また何か企んでいるの?」
ジルの様子を訝しげに思ったエステルとクロ―ゼは首を傾げた。
「ふっふっふ……それは明日のお楽しみよん。それより、どうしたの?ひょっとして私に用?」
「ええ、実は……」
聞き返したジルにクロ―ゼは明日の景気づけを兼ねて食堂で小さなパーティーをする事を言った。
「あら、いいじゃない。それじゃ、明日の学園祭の成功を祈って騒ぐとしますか。パーッとやりましょ、パーッと!」
「ふふ、あまり羽目を外して明日に差し障りがないようにな。」
はしゃいでいるジルにコリンズは苦笑しながら言った。
「はい。」
「それじゃ、ジル。食堂に行こっか。」
「ヨシュアさんやハンスさんも待っていますよ。」
「うん、行きましょ。」
そしてエステル達は食堂に向かい、にぎやかな一時を過ごし……最後に、劇の成功を祈ってソフトドリンクで乾杯した。その後寮に戻ってから明日の学園祭のために、早めに眠りについた。
~レグラム自治州 自治州領事館~
そこから少しさかのぼること数時間前……午後に入ってすぐ位の時間……リベール北部のレグラム自治州にある領事館――アルゼイド侯爵家の執務室では、書類に目を通す一人の男性――自治州を統括する当主、“光の剣匠”ヴィクター・S・アルゼイドがいた。彼は書類をまとめると、傍にいた執事であるクラウスに声をかけた。
「ではクラウス、これを頼む。」
「かしこまりました。しかし、旦那様がこれほどまでの速さで仕事をお片付けになるとは……何かございましたでしょうか?」
「大したことではない。久々に家族水入らずの時間を過ごしたいと思っただけだ。」
「然様でしたか……留守中はお任せください。」
「ああ。」
クラウスに尋ねられた言葉にヴィクターは笑みを浮かべて答え、その答えにクラウスは畏まった口調で述べた。そして、後を任せると、立てかけてあった大きな鞄を持ち、執務室を後にした。
ヴィクターが一階に下りると、そこにはヴィクターと同じ髪の色をした少女――ラウラ・S・アルゼイド、そして少しウェーブがかった金色の髪に青の瞳を持つ女性――アリシア・A・アルゼイドが彼の来訪を待ちわびていた。その姿を見たヴィクターは笑みを浮かべ、二人の下に歩み寄る。
「待たせたようだな、アリシアにラウラ。」
「いえ、そのようなことはありません。」
「大丈夫ですよ、私らも今しがたここに来ましたから。」
「そうか……」
少しばかり約束した時間に遅れてしまい、申し訳なさそうに弁解するが、ラウラはそんなことを気にしてはいない様で、アリシアも笑みを零して二人も今来たのでお互い様であると述べた。
「(ところで、『それ』を持っていくということは……)」
「(ああ……先日『あのようなこと』があったばかりだ。それと、彼には『借り』を作ったままだからな。)」
「(……解りました。気を付けてくださいね?)」
「(解っている。お前やラウラを残していく方が私にとっての『罪』なのだからな。)」
「(はい。)」
アリシアはヴィクターの持っている鞄……その『中身』を察してヴィクターに問いかけ、ヴィクターも答えを返した。これからの事を為すために必要な物……そして、自分の存在は大きいものだと分かっているからこそ、強い口調でアリシアに告げた。
そして、仲の良い光景を見て苦笑を浮かべる屈強な男性――『翡翠の刃』団長、マリク・スヴェンドが三人の前に現れた。
「やれやれ……相変わらず仲の良いことですね。」
「マリク殿。今回の申し出、感謝する。」
「いいんですよ。リベールには借りがありますし……では」
マリクは深々とお辞儀をし、三人に告げた。
「マリク・スヴェンド、高速巡洋艦アルセイユ級五番艦『クラウディア』にて貴殿らをお送りいたします。」
そう言って姿を現したのは、黒と灰色を基調とした『灰色のアルセイユ』……翡翠の刃が所持するアルセイユ級五番艦『クラウディア』。リベールの『翼』はヴィクターとアリシア、ラウラの三人を乗せ、ルーアンに向かって飛翔した。
一方、その頃……帝都ヘイムダル……バルフレイム宮でも動きがあった。
~バルフレイム宮 応接室~
深紅の城であるバルフレイム宮に、『この場には似つかわしくない』人が一人……『西風の旅団』団長、レヴァイス・クラウゼル……エレボニア帝国の現皇帝であるユーゲントⅢ世……そして、皇妃であるプリシラの二人がレヴァイスを見つめていた。
「今回の訪問は秘密裏……彼が知れば、護衛を付けるなどと言い出すだろう。その間の護衛を貴殿にお願いする。」
「承りました。幸いにも、向こうには知り合いもおりますゆえ、その辺は抜かりないかと。念のため、“光の剣匠”にもその話はしております。」
「そうか……ならば安心だな。」
「ええ……いろいろ振り回されるかと思いますが、宜しくお願いします。」
そう話すユーゲントとプリシラ……その言葉はまるで、我が子を心配するかのような口調。それもそのはず、今回訪問するのは皇帝ではなく……
「ふふ、リベール王国は初めてですので、色々案内してくださいね♪」
彼らの娘、アルフィン・ライゼ・アルノール皇女であり、
「はぁ……(何で私なんかが……)」
そして、彼女のお付きとして抜擢されたエリゼ・シュバルツァーだった。
事のいきさつは、招待状を見たアルフィンがリベールを訪れたいと言い出したことから始まった。だが、国の皇族ともあろうお方を一人で行かせるのはあまりにも軽率。そこで、ユーゲントが先日の件で知り合うこととなったレヴァイスに依頼として打診し、これを受諾。
更にレヴァイスは、彼女と歳が近く、剣術も嗜んでいる護衛としてエリゼを抜擢したのだ。“浮浪児”を拾った『うつけ者』呼ばわりのシュバルツァー男爵家からの抜擢ではあったが……ユーゲントやプリシラはアルフィンと歳が近いエリゼとの交流はプラスになると考え、これを認めた。
これが露見した後は貴族の連中が色々と非難してくることが予想されるが、これに対してのカウンターすら想定した上での行動であることに<四大名門>をはじめとした貴族連中は気付いていない。
「これから長い付き合いになると思いますので、よろしくね、エリゼ。」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。皇女殿下。」
「う~ん……私に公的な場以外での敬語は禁止とします。あと、私の事はアルフィンと呼んでくれないと困りますわ。」
「え!?で、ですが……」
「皇女としての命令です。いいですわね?」
「……はぁ、解りました。努力はします。」
なんというか、彼女の『兄』である『あの皇子』譲りのところを髣髴とさせるような言動にエリゼはため息をつき、渋々認めた。
「やれやれ……アイツの影響を強く受けたようだな。」
「いいではないですか。仲が良いことは。」
「あははは……」
ユーゲントはため息をつきたそうな表情をし、プリシラは笑みを浮かべて我が子の成長と兄弟仲の良いことを褒め、事情を知るレヴァイスは乾いた笑みを浮かべたのであった。
てなわけで、ヨシュア公開処刑(精神的な意味で)の巻w
本来ならあり得ない組み合わせが学園祭に来訪して色々やらかします。
しかも、ねぇw(意味深な笑み)