今は『懐かしい』記憶の一ページ……
『……えと、あなたは?』
『僕はシュトレオン・フォン・アウスレーゼ。長いからシオンでいいよ。みんな、そう呼んでるし。』
『わたし、アルフィン!アルフィン・ライゼ・アルノールっていうの!!』
始まりは…出会いは偶然だったのかもしれない。けれども、この出会いを否定することはしない。これも、一つの『事実』なのだから。
~クロイツェン本線 列車内~
七耀歴1199年……エレボニア帝国内の主要鉄道であるクロイツェン本線。その線路を走る帝都ヘイムダルへの列車。その列車の車両の一角……そこに、栗色混じりの黒髪と蒼い瞳の少年――シオン・シュバルツが頬を手で支えるような格好で窓の外に映る景色を見ていた。その恰好は動きやすさを重視しており、傍らには自らの得物であるレイピアが置かれていた。
そのしぐさを見ていたもう一人の少年……暗めの栗色の髪と空色の瞳を持つ少年――アスベル・フォストレイトが声をかけた。
「どうした、シオン?」
「いや、ちょっと感慨深いと思って、さ。」
「成程ね。」
シオンの言葉にアスベルは少し真剣な表情を浮かべた。
無理もない。彼は帝国に両親を“奪われた”。そして、自らも“一度死んだ”……今までの生き方そのものを全て奪われたに等しい。その彼があの時と同じようにこうして帝国の列車に乗っている。それがいかなる因果なのか……そればかりは本人のみぞが知ることだ。
「ま、今回は観光が目的だ。二人も向こうで合流する予定だし。」
シルフィアとレイアに関しては、向こうで合流して帝都で行われる『夏至祭』を見物する予定だ。宿に関しては本当に予約を取るのが一苦労だった。
「そうだな………」
そう言って、シオンは窓の外を見つめた。
あの時は、本当に……死を覚悟した。
五年前、俺は両親に連れられて、祭りの見物と皇族……ユーゲントⅢ世への謁見を賜った。その後、クロスベルへ観光のために列車に乗った。談笑する両親と俺だったが、俺はお手洗いのために席を立ち……その直後、列車は爆破された。爆破場所は俺の両親が座っていた座席の隣のボックス席……爆破の衝撃で、俺は隣の車両に吹き飛ばされていた。
『大丈夫!?しっかりするのよ!!』
そう言って助けてくれたのは、偶然乗り合わせていた赤い髪の遊撃士……A級正遊撃士“紫電”サラ・バレスタインだった。彼女は大方の事情を察し、俺は遊撃士協会に保護されることとなった。そして、レグラム経由でリベールに帰還する運びとなった。今思えば、遊撃士として活動するようになったのは彼女の影響かもしれない。
アリシア女王やユリ姉は心配そうな表情で、クローゼに至っては泣きっぱなしで俺の傍を離れようとしなかった。
その後、帝国政府からは『国粋派のテロリストによる計画的犯行』との通達が来たらしい。そのとき既に俺の中では『疑念』が浮かんでいた。身分を隠し、帝国を旅行したこと……これを知るのは、皇室とエレボニア帝国政府のみだったはずだ。つまり……そのどちらか、あるいは両方に『内通者』がいるという推測が浮上する。
恨みたくはないが、俺の家族を奪った奴に対しての『怒り』は燻っていた。いつか、その対価を支払ってもらうために今はその怒りを封じた。
~帝都ヘイムダル 遊撃士協会帝都東支部~
「ふむ……これほどの依頼、どうしたものかな。」
「アタシも受けようとは思ったけれど、名指しじゃあねえ……」
「ちわーす、貴方の隣に這い寄る混沌でーす。」
「お前、変わったな……」
アスベルとシオンが中に入ると、受付のジャン、そして報告しに来ていたと思しきサラの姿を見つける。二人は何やら依頼について話していたようだ。
「その挨拶はアスベルだね。いや~、ちょうどいいところに来てくれたね。」
「いや~……そういや、ジャンさんはルーアン支部に異動になるんですよね?まだ引継ぎが終わってないんですか?」
「引継ぎは大方終わったよ。今は残りの仕事を捌いているんだ。」
「アタシとしては気軽に話せる相手がいなくなることに残念だわ。」
ジャンは帝都東支部の受付として働いているが、夏至祭の終了と共に地元であるルーアン支部の受付としての異動が決まっていた。これにはサラも残念そうな口調で呟いた。
「そうだ。君らに頼みたい依頼があるんだ。というよりも、君ら指定なんだけれど」
「S級の俺やA級のシオンに?」
「それと、シルフィアとレイアもなのよ。」
「はぁ……」
高ランク指定の依頼票……二人はジャンから見せてもらった書類に目を通す。
『捜索依頼』
私めの一人娘が行方知れずになりました。
詳しくはバルフレイム宮のユーゲントまで。
………………はい?
「すみません、これどこからツッコミ入れたらいいですか?」
「ていうか、色々おかしいだろが!!これ、サラが受けた方が早かったんじゃないか!?」
「あ~、それは思ったんだけれど、補足を見て?」
「補足?」
アスベルがため息をつき、シオンが声を荒げると、サラはその言葉に納得しつつも依頼票の補足を見るよう促し、二人は目を通す。
補足:S級正遊撃士の対応求む。
「………皇帝に腹パンしてきていいですか?」
「「やめて!!」」
笑顔なのに威圧MAXのアスベルが放った一言に、ジャンとサラが止めに入った。
「『国家不干渉』なのに、国家が関与してるんですから不干渉の枷は外れますし、遠慮なく……」
「本当にヤメテ!!」
「アンタが腹パンしたら貫通しかねないわよ!?」
「………(アスベル、いろいろ苦労してるんだな。)」
まぁ、結果として一人娘――アルフィンはあっさり見つかり、バルフレイム宮に連れて行くことにした……アスベルとシルフィアの怒気が半端ないことになってたけれど、俺は見なかったことにした。
~バルフレイム宮 謁見の間~
エレボニア帝国の皇帝と皇妃が座する謁見の間……その部屋にいたのは、
「………」
「………」
笑顔で怒気MAXのアスベルとシルフィアと、
「あはは……」
最早笑みしか出ないレイアと、
「ふふ……」
柔らかい笑みを浮かべつつも威圧感のあるオーラを出しているプリシラ・ライゼ・アルノール皇妃、
「………」
床に正座して三人の威圧に耐えている皇帝ユーゲントⅢ世の姿だった。
事情によると、親馬鹿を発動させてユーゲントが依頼を出したとのことだ。その後、プリシラが謝恩を与え、ユーゲントと個人的に『お話』するためにその場を後にした。その姿を見た三人はエレボニア帝国の最強を垣間見た瞬間であったと語ったらしい。
~バルフレイム宮 私室~
一方、シオンはアルフィンの招きで彼女の私室を訪れていた。何故だかわからずに困惑するシオンだったが、アルフィンは笑みを浮かべていた。
「安心してください。別に貴方をどうこうするつもりはないです………あの、ひとつ聞いていいですか?」
「俺に答えられる範囲であれば、構いません。」
彼女の表情、そして周囲の気配からするに危険はない……シオンはそれを確認し、アルフィンの方を向く。
「その……貴方が知る、シュトレオン殿下のことを聞かせてほしいのです。」
「何故、既に死んだ人間の事を?」
「!?……貴方がその、似ていますから。殿下に……」
アルフィンのその様子からするに、シオンの正体がばれているわけではない……単に、似ているだけだと……半分疑念を持ちつつ、シオンは答えた。
「俺の勝手な意見ですが……王族としては不自由などない人間でした。ただ、精神的には『王』の器などではなかった…憶測でしかないのですが。」
「……」
「喪うことを知らなかった……王たるもの、万事うまくいくことはないと解っていること……その覚悟が足りなかったかも、しれませんね。」
実際、両親を失った時のショックは計り知れなかった。自分の容姿が変わってしまうほどに……そう言った意味では、俺には『覚悟』そのものがなかった。幼い頃からその『覚悟』の片鱗を覗かせていたクローゼとは違っていた。
「……聞きたいことはそれだけですか?」
「貴方は、その、エレボニアを憎んでいるのですか?今の言葉……まるで怒っているように聞こえました……」
フフ…怒っている、か。知らずの内にこのような幼き少女に怒り、か……
「憎む、ですか……恨んでいますよ。『真実』を偽り続ける政府も…そして、『謝罪』すらしなかった皇家にも…」
「!!な、何故…」
「何も知らないのですね……貴女が関与していなくても、百日戦役の開戦を決めたのは他でもない皇帝自身……講和したとはいえ、刃を向けた国をそう簡単に許せるものですか?人は、そう単純にできていないのですよ。」
やむを得ない事情があるとはいえ、帝国が宣戦布告したのは事実だ。そして、その結果として帝国と王国の間にある蟠り……それは、根強く残っているのが現状だ。
誰だって、一度殺されかけた相手に『仲良くしよう』と言われて、馬鹿正直にその言葉を鵜呑みにはできない。それを信じて手を取るのは余程のお人好しか、やむを得ない事情があったか……いずれにせよ、一部の人間ぐらいだ。
「そして、貴女の国は俺の国の次期国王夫妻と幼き命を奪わせる体たらく……それに対して、貴女は何ができるというのですか?アルフィン・ライゼ・アルノール皇女殿下?」
俺の両親……アリシア女王の甥にあたるガウェイン・フォン・アウスレーゼとソフィア夫人を奪った国であるエレボニア……幼き少女にかける言葉でないのは百も承知だ。だが、帝に連なる血筋を引くものとして、どう向き合うか気になった。
その言葉に、アルフィンは瞳を潤ませながら柔らかな笑みを浮かべた。
「…………同じ、ですね。」
「は?」
「あの時も、厳しい言葉をかけつつも優しくしてくれた………やはり、貴方なのですね。シオン・シュバルツ……いいえ、シュトレオン・フォン・アウスレーゼ王子殿下。」
「………」
そこまでやって、シオンは自分のかけた言葉に後悔した。どうやら、感情が昂ると昔の喋り方や感情を込めてしまう癖が抜けきっていなかったのだ。
『………きみは、どうありたいの?皇帝とかじゃなくて、アルフィンとして、さ。』
『わたし、が?』
『そうだよ。アルフィンにしかできないこと……それが、アルフィンのあるべき姿じゃないかな。』
思い返してみると、子どもらしからぬ発言ばっかしてるな、俺。それを言ったらアスベルやシルフィアも同類ではあるが……
「心配しないでください。私はこのことを他の方に話すつもりはありません。例え貴方の存在でこの国が亡ぶことになったとしても……」
「皇女殿下……」
「その代り、と言っては何ですが……」
そう言ってアルフィンは宝石付の指輪をシオンに手渡した。指輪にはめ込まれたサファイアが優しく光り輝いていた。
「これは……」
「私、アルフィン・ライゼ・アルノールは貴方に。シオン・シュバルツ……シュトレオン・フォン・アウスレーゼを生涯の伴侶と約束するための『証』と思ってください。」
「はい?つーか、そんな簡単に……」
「私にとっては叶わないと思っていた『初恋』…責任を取ってくださいね♪」
やられた……というか、意外にも強かだな。十代前半で十歳の婚約者……はぁ。アリシア女王とユリ姉、クローゼに何て説明したものか。そうだ、あと似たような経験があるらしいリアン少佐にお話でも聞いてみるか。
「責任は取ろう……その代り、多大な『代償』は払ってもらうつもりで。」
「……はい。よろしくお願いいたしますね。」
『わたし、あなたのおよめさんになる!』
『そんなことをかんたんに言っていいの?』
『いいの!わたしはそう決めたんだから!!』
歪とも言える二人の約束……この六年後に、それは進展することとなる。
てなわけで、突発的番外編。すんげー突貫工事(自戒)な出来ですみません。
回想描写難しい……
ちなみに、この事実……エレボニア側はアルフィンしか知りません。本人にしてみれば『約束』を叶えるための『手段』ですからw
エレボニアを軽んじているわけではありませんが、シオンに対しての『贖罪』を考えると仮に国が亡びる結果も止むなしでしょう。そうでなくとも、勝手な言いがかりで百日戦役起こして、大敗北していますから。王家の身内が殺されたと知れば、ねぇ……(遠い目)