~遊撃士協会・ツァイス支部~
結局博士は見つからず通報を受けた王国軍と中央工房にそのことを伝えた後、エステル達はギルドに報告するため一端ギルドに戻った。そこにキリカと一人の青年がいた。
「いい所に戻ってきたわね。」
「えっと、その人は?」
「まずは自己紹介だな。俺はクラトス・アーヴィング。その道じゃちょっと知られた『職人』だな。」
「クラトス……確か、“不屈の匠”と呼ばれた職人でしたね。」
クラトス・アーヴィング……どのようなものも頼まれれば必ず作り上げる“不屈の匠”……普段はツァイスの郊外に家を構えているが、一ヶ月の半分ぐらいは他の地域に足を運ぶことが多い。その武器の精度は最高クラス……というのも、アスベル達が転生前の知識やら“十三工房”の知識、さらには他の地域に伝わる武器の精錬……果ては錬金術に至るまでの知識を彼に教えたからに他ならない。
「って、その容姿……ひょっとして、カシウスさんの家族か?」
「ええ。二人はカシウスさんの娘と息子よ。」
「そっかそっか……っと、与太話してる場合じゃなかったな。」
クラトスはエステルらの容姿が自分の知る人物――カシウスに面影があることを疑問に思い、その疑問にキリカが答えた。その言葉に自分の目は狂っていなかったと感心しつつも、本来の用件を思い出して話し始めた。
「……実はな、ついさっきまで材料集めも兼ねて塔の調査をしてたんだ。」
「塔というと……例の『四輪の塔』の1つですね。」
「この辺りだと平原道の北にある『紅蓮の塔』だな……」
トワが尋ね、アガットはツァイス周辺の地理を思い出して、対象になる塔を声に出した。
「ああ、そしたら軍人が数名、中に入ってきたんだ。最初は王国軍の調査でもあるのかと思ったんだが……陰から様子をうかがっていると誘拐だの、逃走ルートだの、不穏な言葉が出てきたんだ。」
「その軍人たち……どんな軍服を着ていましたか?」
クラトスの説明を聞いて、ヨシュアは気になっている事を尋ねた。
「確か、蒼と白を基調にした華麗な軍服を着ていたな……あれって、確か王室親衛隊の軍服だったはずだな。」
「決まりだな……『紅蓮の塔』に急ぐぞ!」
「うん!」
「わかりました!」
アガットの言葉にエステルとヨシュアは頷いた。そこにティータが遠慮気味に話しかけた。
「あ、あの……お姉ちゃんたち、お願い……わ、わたしも連れていって……!」
「ティータ……」
「それは……」
ティータの懇願にエステル達は悩んだがアガットはすでに返事を決めていたようで言った。
「こら、チビスケ。」
「ふえっ?」
「あのな……連れていけるわけねえだろが。常識で考えろよ、常識で。」
「で、でもでも……!おじいちゃんが攫われたのにわたし……わたし……!」」
アガットの反対にティータは食い下がろうとした。
「時間がねえからハッキリ言っておくぞ……足手まといだ、付いてくんな。」
「……っ!」
アガットの言葉にティータは泣きそうな顔をした。
「ちょ、ちょっと!少しは言い方ってもんが……」
「黙ってろ。てめえだって判ってるはずだ。シロウトの、しかもガキの面倒見てる余裕なんざねえんだよ。」
「そ、それは……」
ティータの様子を見兼ねたエステルがアガットを咎めたが、アガットの言葉に反論が見つからず黙り、ヨシュアに助けを求めた。
「ねえ、ヨシュア、何か言ってよ!」
「残念だけど……僕も反対だ。あの抜け目のない連中が追撃を予想してないわけがない。そんな危険な場所にティータを連れて行くわけにはいかないよ。」
「ヨ、ヨシュアお兄ちゃん……」
「う~っ……」
ヨシュアの答えにティータは泣きそうな表情をし、エステルは唸った。そして申し訳なさそうな表情でティータに謝った。
「……ごめん、ティータ。やっぱ連れていけないみたい……」
「エ、エステルお姉ちゃん……ひどい……ひどいよぉっ……」
最後の頼みの綱であるエステルからも断られティータは泣きながらギルドを出て行った。
「ティータちゃん!」
「あ、トワ!」
ティータを追いかけるトワを追いかけようとしたエステルだったが、ヨシュアに止められた。
「……待った、エステル。今はトワに任せておこう。一刻も早く博士を助けて彼女を安心させてあげるんだ。それにどの道トワはティータと同じ理由で連れて行けないよ。彼女達はそれなりに実力はあると思うけど、あの連中相手にはキツイと思うし。」
「……わかった……確かにそれしかないかも。」
ヨシュアの説明にエステルは頷いた。
「それじゃ、僕らもついて行くとしようかな。」
「ああ。」
「そうですね。」
「待って。あなた達にはほかにやってもらうべき事があるから。」
オリビエの言葉にジンとクローゼは頷いたが、キリカの言葉で留まった。
「ここからエルモ村まで護衛の依頼が来ているの。それもできれば、今すぐがいいそうよ。今、空いている遊撃士がいないからあなた達にやってほしいの。それに、ジンは何か私に話しでもありそうな雰囲気だしね。」
「……はぁ、お前は相変わらず鋭いな。てなわけで、レイアにシオン、それにオリビエとクローゼ。護衛の方は任せた。」
「了解。ごめんね、エステル。本当ならついていきたかったけれど。」
「仕方ないわよ…でも、レイアの分まであいつ等ぶっ飛ばして、博士を救出しないと!!」
キリカの依頼と鋭い指摘にジンは『昔から変わらないな……』と思い起こしつつレイアらに声をかけ、レイアはエステルに援護は出来ないと伝え、エステルは頷いてレイアの分まで頑張ると意気込んだ。
「ったく……余計な時間を取らせやがって。キリカ!軍への連絡は任せたぞ!」
「ええ、そちらも武運を。」
「お前ら、気を付けてな!」
キリカとクラトスの応援の言葉を背に受けたエステル達はギルドを出て、依頼者の元に行くレイア達といったん別れて、紅蓮の塔へ急いだ。
「そう……やはりサングラスの男はヴァルターだったのね。」
ジンの報告を聞いたキリカは特に驚いた様子もなく頷いた。
「ああ―――っておい?やはりってことは予想していたってことか?」
キリカの様子にジンは驚いて尋ねた。
「服装と風体を聞いてひょっとしたらとは思っていたわ。それよりも迂闊だったわね。どうして彼にそのまま例の黒いオーブメント――『ゴスペル』を持ち帰らせたの?それも話によるとヴァルターはレイアとの戦闘でかなり弱っていたみたいね?『結社』の幹部を捕縛できる上、『ゴスペル』も確保できる絶好の機会をどうして見逃したのかしら?彼らと協力すれば、ヴァルターを戦闘不能にまで持ちこめた筈よ。」
「仕方ねえだろ……あのオーブメントがそこまで大層なモンとは思わなかったんだ。それにあの場はエステル達の安全を優先すべきだと思ったんだしよ。第一、そのあたりの事情をロクに説明もしないでエルモに急がせたのはお前だろうが。」
微妙にキリカに責められたジンは言い訳をした。
「ええ、私の判断ミスね。そのくらい説明しなくても察してくれると思ったのだけど。」
「グッ……可愛くねぇやつだな。」
キリカの答えを聞いたジンは呻いた。
~ツァイス市 市内~
エステル達が紅蓮の塔へ、ティータを追いかけたトワはラッセル家のリビングで涙を流して泣いているティータを見つけ、一通り話して……祖父を助けたいというティータの思いにトワも頷き、エステル達を追うように紅蓮の塔に向かった………一方、レイア達はエルモ村までの護衛を依頼した依頼者と待ち合わせをしている場所に向かった。そこには誰かを待っているように、時計を何度も見ている男性がいた。その男性が依頼者だと思い、レイア達は男性に話しかけた。
「すみません、遊撃士協会の者ですが貴方が依頼者という事でよろしいでしょうか?」
「はい!すみません、急な依頼を出してしまって……」
男性は遊撃士の紋章をつけているレイアとシオンを見て、遊撃士と解って表情を明るくした。
「いいえ、気にしないで下さい。それでエルモ村までの護衛を依頼したとの事ですが……」
「はい。私はクロスベルで貿易商を営んでいる者なのですが……」
男性の話では……リベールには家族旅行で来ており、ツァイス市の観光名所の一つとしてエルモ村の温泉に行きたいとのことだった……だが、険しい地形の多いリベールはクロスベルのようにバスがなく、悩んだ結果として遊撃士協会に相談したところ、受付の方が村までの護衛も仕事の一つとして請け負って下さるという事で依頼を出した……ということらしい。
「そうなのですか……家族を大切になされて、家族の方達も幸せですね。」
「ハハ……私には、そんな事を言われる資格なんてないのです。」
クローゼに褒められた男性は苦笑した後、一瞬表情を暗くした。
「え?」
「ふむ……」
男性の言葉にクローゼは首を傾げ、オリビエは考え込んだ。
「おっと!今のは独り言ですから気にしないで下さい。」
「はぁ………(この容姿……あれ、誰かを思い出させるような……)」
慌てて言い訳をする男性の事をクローゼは不思議に思った。
「それで?家族の人達はどこにいるのですか?」
「はい。今は別の所で待ってもらっていますので連れてきます。それで申し訳ないのですが、エルモ村方面に向かう出口で待っててもらっていいでしょうか?」
レイアの疑問に男性は申し訳なさそうな表情で尋ね返した。
「わかりました。そう言えば自己紹介がまだでしたね。遊撃士のレイアと申します。よろしくお願いします。」
「同じく遊撃士のシオンだ。」
「クローゼ・リンツといいます。」
「不世出の演奏家、オリビエ・レンハイムさ。」
「これはご丁寧に。私はハロルド・ヘイワースという者です。それでは家族を連れてまいりますので、出口で待ってて下さい。」
「はい、わかりました。(ヘイワース?聞き覚えのある名前ですね?……どこで聞いたのでしょう?」
「!!」
男性――ハロルドが名乗るとクローゼは聞き覚えのある名前に心の中で首を傾げ、レイアは声に出さず、驚いた。そしてハロルドはレイア達の元から一端去った。レイアらは街の出口まで行き、ハロルド達を待っていた。そしてしばらくすると、妻らしき女性と息子らしき男の子を連れたハロルドがレイア達の所に来た。
「お待たせしました。こちらが妻のソフィアと息子のコリンです。」
「ソフィアと申します。本日はよろしくお願いします。」
「こんにちは~、お兄ちゃんにお姉ちゃん達。」
女性――ソフィアは軽く会釈をし、男の子――コリンは無邪気な笑顔で挨拶をした。
「ほほう、素敵な美人」
「そぉい!!!」
「べほらぁっ!?」
「……悪は去った。」
「あの、なぜ吹き飛ばしたのですか?」
「その、気にしないでください。ある意味『病』みたいなものですから。」
「?は、はぁ……」
案の定ソフィアに話しかけようとしたオリビエをシオンが顔面にとび膝蹴りを浴びせ、その様子に安堵したレイアにハロルドは疑問を浮かべたが、『そういうもの』であるというクローゼの説明にハロルドはとりあえず納得した。
「よろしくお願いします。じゃあ、早速ですが行きましょうか。」
「はい、よろしくお願いします。」
そしてシオンが歩き出すとハロルド達はシオンについて行った。その様子をレイアは後ろから複雑そうな表情で見ていた。
(レイアさん?どうかされたのですか?)
(……後で訳を話すね。とりあえず、いこっか。)
(解りました。)
クローゼの問いかけにレイアは小声で答え、シオンらの後を追った。
~トラッド平原~
ツァイス市とリベールの名所の一つであるエルモ温泉とカルバード共和国を結ぶ関所、ヴォルフ砦へ行く道がある平原をヘイワーズ親子を連れたレイア達は歩きながら自分達の事情を説明した。
「遊撃士のお仕事を……お若いながら、立派ですね。」
「ええ、それにみなさん女性なのに戦えるなんて、同じ女性として尊敬しますわ。」
レイア達が遊撃士の仕事を手伝っている理由を知ったハロルド達は感心していた。
「でも、最近は女性が戦えても不思議ではない時代だと思いますよ?例えばリベールの王室親衛隊長で名高いユリア中尉も女性ですしね。」
「ハハ……確かに最近の女性は勇ましい方が多いですね。」
レイアの言葉にハロルドは苦笑いしながら答えた。そしてしばらく歩くと魔獣が現れた。魔獣を見てハロルド達は表情が強張った。
「!ハロルドさん達は下がって下さい。」
「はい、お願いします。」
「みなさん、お気をつけて……さあ、コリン。あなたもこっちにいらっしゃい。」
「うん~。」
シオンの言葉に頷き、ハロルド達はレイア達のやや後方に下がった。
「さて、先手は僕が打とう。力無き者を襲う輩に愛の制裁を!」
オリビエは銃を放ち、魔獣らの動きを怯ませた。
「あはは……いきます、ダイアモンドダスト!!」
クローゼは苦笑しつつも、アーツを放って魔獣を確実に追い詰めていく。
「(レイアも確実に強くなってやがるな…負けられねぇな!)一閃必中!スパイラルミラージュ!!」
シオンはレイアのオーラ……その強さが増していることに負けじと、闘気を込めたレイピアから竜巻の如き剣劇を放つクラフト『スパイラルミラージュ』を放ち、魔獣を三体ほど倒した。
「………残りは、確実に片づけるね。クリムゾン……ゲイル!!」
そして、とどめ――レイアのクラフト『クリムゾンゲイル』が残る魔物を一掃、戦闘は終了した。
「よし、終わりですね。ハロルドさん、もう大丈夫ですよ。」
あたりを見回して、魔獣達の全滅を確認したレイアはハロルド達を呼んだ。
「……驚きました。あれだけいた魔獣をこんなに早く撃退できるなんて。」
「お姉ちゃん達、凄く強いね~。」
ハロルドは驚きの表情をしながらソフィアやコリンを連れてレイア達に近付いた。また、コリンは無邪気に言った。
「いえいえ、まだまだ修行中の身ですよ。」
「だな……俺が知っている強者は、世界を相手に戦えるとも言われてるからな。」
「ハハ、途方もない話ですね………でも、私達に貴女達の100分の1の強さでもいいから、あの時あればあの子はあんな事には………いや………そんな事は関係ありませんね………」
「………」
レイアとシオンの言葉にハロルドは苦笑いした後、小さい声で呟き、その呟きが聞こえたソフィアも暗い表情をした。そしてレイア達はハロルド達をエルモ村まで無事護衛した。
~エルモ村 入口~
「着きました。ここがエルモ村です。」
「おお、ここが……どことなくアルモリカ村の雰囲気に似ていますね。」
ハロルドはのどかな風景のエルモ村を見て、呟いた。
「アルモリカ村?聞いた事がない村ですが、クロスベルの村ですか?」
「ええ。養蜜を主としたのどかな村でいつも御贔屓にしてもらっている村です。もしクロスベルに来る事があれば、お土産の一つとして蜂蜜がいいですよ。アルモリカ村の蜂蜜は絶品ですから。」
「貴方、そろそろ……」
「おっと、そうだな。それではみなさん、本日はどうもありがとうございました。」
「ありがとうございました。ほら、コリンも。」
「うん~。ありがとう~、お兄ちゃん達にお姉ちゃん達。」
ソフィアに促されたハロルドは礼儀正しくレイア達に頭を下げ、ソフィアもコリンにお礼を言うよう促した後頭を下げた。
「フム、仲の良いいい親子じゃないか……それで、レイア。君は何を思ったのかな?」
「相変わらず勘が鋭いね、オリビエは……クローゼ、昨日会った子の事、覚えてる?」
「昨日……レンさんのこと……あ」
彼らの仲睦まじい光景に笑顔を浮かべたオリビエだったが、レイアに向き直って尋ね、その鋭さに呆れつつもクローゼに問いかけ、クローゼは昨日会った子――レンとハロルドの髪の色が同じであることに気づき、ソフィアの面影がレンと似ていたことに驚きの声を上げた。
「レン・ヘイワース……それが、彼女の名前ってことか。」
「そういうこと……シオンは一度面識があったっけ?」
「こっそりカルバードに行った時にな……話を聞いてまさか、とは思ったが。」
「えと、どういうことなのですか?」
「フム、何やら訳アリとみた。」
名前を聞いて確証に至ったシオンとレイア。その一方、事情が分からず疑問に思うクローゼとオリビエ。その疑問に答える形でレイアが話し始めた。
「……今から約五、六年前。相次いで起きた子供の誘拐事件。レンはその被害者の一人。」
「え……」
「確か、事件を主導したのは女神ではなく悪魔を崇拝していた宗教組織……との噂があったね。」
その事件の解決に関与していたレイアは、彼女との面識があった。そして、制圧に参加していたアスベルらから話を聞いていたシオンも彼女の事は聞いており、ルドガーからもその辺の話を聞いていた。その時の事をあまりよく知らないクローゼは不思議そうな表情で声をあげ、オリビエは当時の噂や親友の叔父から聞いた話を思い出して呟いた。
「クローゼ君の言葉…家族を大切にしていることに『そのような資格などない』……要するに、彼らには他に『家族』がいた。そして、彼とご夫人、レン君の容姿が似通っていた……これはもう、確定だと思うよ。」
「……レンさんは、寂しくないのでしょうか?」
「うーん……こればかりはなぁ……」
「少なくとも寂しさは感じなかったね。(大方ルドガーの影響だと思うけれど……)」
ハロルドたちはレンが生きていることを知らない。レンはそのことを知っているのかもしれないが、そこら辺についてはルドガーという『保護者』がついているので、そこまでは深刻に考えていないのかもしれないのだが……
「依頼も終わったしギルドに戻ろっか?エステル達が戻って来てるかもしれないし。」
そしてレイア達はエルモ村を去った…………
にしても……ヘイワース一家を護衛する王族(シオン・クローゼ)と皇族(オリビエ)……ヘイワース一家はすごい幸せ者だなぁw