晩餐会が終わったその後、エステル達は自分達の部屋に戻った後、一端ジンと別れ、ヒルダが待っている侍女の控室に行く途中、意外な人物達に出くわした。
~グランセル城内 廊下~
「おや、君たちは……」
「あ……!」
「リシャール大佐……」
自分達に近付いて来た人物――リシャールと傍に着き従っているカノーネを見たエステルとヨシュアは表情が強張った。
「フフ……。エステル君とヨシュア君か。こうして面と向かって話すのは初めてではないかな?」
「え……」
「最後に言葉を交わしたのはダルモア市長逮捕の後でしたね。でも、大佐が僕たちのことを覚えているとは思いませんでした。」
リシャールが自分達の事を覚えている事に二人は驚いた。
「交わした言葉は少なかったが君たちは非常に印象的だったからね。気になって調べてみたら驚いたよ。まさか、カシウス大佐のお子さんたちだったとはね……」
「そ、その事も知ってたんだ」
自分がカシウスの子供である事を知っているリシャールにエステルは驚いた。
「はは、伊達に情報部を名乗っているつもりはないよ。……カシウスさんには彼が軍にいた時にお世話になった。それこそ……言葉では言い表せないほどね。」
「………」
エステルはリシャールが言っている事が真実かどうか、見極めようと真剣な表情で見ていた。
「どうだろう、これから少し話に付き合ってくれないだろうか?君たちとは、前から一度、個人的に話をしてみたかったのだ」
「ええっ!?」
「………」
リシャールの申し出にエステルは驚き、ヨシュアは警戒した。
「あ、あの、大佐殿……。これから公爵閣下との打ち合わせがあるのでは?」
また、傍にいたカノーネも驚き、慌てて尋ねた。
「少しくらい遅れても構わんよ。そうだな、話すのだったら奥の談話室を借りるとしようか。アルコール抜きのカクテルでも振舞わせてもらうよ。」
「そ、それでしたら私がお作りしますわ!」
「いや、それには及ばない。君は公爵閣下の所に行って私が遅れる旨を伝えてくれたまえ。」
「りょ、了解しました……」
リシャールの伝言にしぶしぶ納得したカノーネはエステル達を睨んだ。
「………(ギロリ)」
(ゾクッ……)
「……それでは失礼しますわ。」
カノーネに睨まれたエステルは冷や汗をかき、カノーネはどこかに去った。
「さてと、私たちも談話室に向かうとしようか。それでは付いてきたまえ。」
またリシャールも談話室に向かって、歩きはじめた。
「あ……(ね、ねえヨシュア、どうしよう?)」
「(付き合うしかなさそうだね……少し遅れそうだけど夫人の所には後で行こう。)」
そして二人はリシャールに着いて行った。
~グランセル城内 談話室~
エステルとヨシュア、そしてリシャールの会話。その中でカシウスの実績……百日戦役の時、反攻作戦を立案してそれを主導した英雄的存在であり、リベールの守護神とも言うべき存在。更には、アスベルやシルフィア、レイアも現在のリベールを護る“生ける伝説”であることを知り、そのスケールの大きさは身近にいたエステルにはとても想像できるものではなかった。そして、一通り会話を終えるとリシャールは『これで心残りはなくなった』という意味深な言葉を呟いて、二人と別れてその場を後にした。
「えーと……今ここに居たのって本当にリシャール大佐だっけ?」
「あのね……なにを寝ぼけてるのさ。」
リシャールが去った後、自分に尋ねて来たエステルにヨシュアは呆れた。
「だ、だってあんな風に父さんの事を話すなんて。なんていうか、イメージと違ったっていうか。」
「……確かに。ただの悪人ではなさそうだね。でも、それとは別に彼が何かを企んでいるのも確かだ。父さんの事は、この際分けて考えなくちゃいけないと思うよ。」
「うん……それはそうなんだけど……」
ヨシュアの忠告をエステルは腑に落ちない様子で頷いた。
「イヤな言い方をするけど……。僕たちに見せた親しさだって、何かの目的があるのかもしれない。彼みたいな情報将校にとって僕たちみたいな子供を誑かすのは朝飯前だろうからね。」
「さ、さすがにそれは言いすぎなんじゃないの?」
「うん……そうだね。疑うのは僕の役割だ。君は、自分の直感を信じていた方がいいと思う。」
「え……」
ヨシュアの言葉にエステルは驚いた。
「ただ、あらゆる可能性に備えて油断だけはしないで欲しいんだ。そして、見聞を広めて視野を高め、自分の身が置かれた状況を瞬時に判断していく。遊撃士の仕事というのは、多分そういうものだと思うから。」
「………うん、わかった。ちゃんと心に留めておくわ。」
「……ありがとう、エステル。」
「や~ねえ。何でヨシュアが礼を言うのよ。」
「―――おや、エステルさんにヨシュア君。」
話し込んでいたエステルとヨシュアにかけられた声。二人は声に気付いてそちらの方を見た。
「え……って、フィリオさん。」
「久しぶり、フィリオさん。」
「久しぶりだね……二人とも、少し時間はあるかな?」
「え……えっと……」
「心配しなくても、ヒルダ夫人には僕から説明しているから問題はないよ。」
「………」
フィリオの誘いにエステルは少し悩んだが、その懸念は問題ないという発言にヨシュアは警戒した。なぜ、そこでヒルダ夫人の名前がすんなり出てきたのか……その問いに答えるかのように、フィリオは小声で話す。
「(ヴィクターさんから君たちの依頼の事を聞いている。それに、僕自身もラッセル博士とは親交があってね。君たちと同じ頼みをされていたんだ。僕の先生の頼みは、お世話になった身としてこなしたいと思っていたからね。)」
「(あ、あの博士のお弟子さんって……正直凄いわね)」
「(何と言うか、凄いバイタリティですね。尊敬に値しますよ。)」
フィリオはツァイス工科大学にて、大学の中でも『破天荒』と称され、彼について行ける生徒など皆無……と言われたラッセル博士の一番弟子にして、ラッセル博士が認めた初めての生徒であった。博士の無茶ぶりを一度経験しているエステルもフィリオの芯の強さに感心し、エステルに匹敵するバイタリティにヨシュアも感嘆を浮かべた。
それはともかく、断る理由もない……二人はフィリオの誘いを受ける形で彼の客室に案内され、三人で話し始めた。
~グランセル城 客室~
「さて、最初に君たちが思っている疑問……女王陛下の健康の事だろうけれど、僕は……アレは完全にデマだと解っている。」
「え!?」
「ひょっとして、手紙の遣り取りですか?」
「ええ。」
フィリオと女王陛下の手紙の遣り取り……フィリオの父が女王陛下の子どもであった王子殿下と旧友であったことから、それが始まった……それはフィリオにも引き継がれ、定期的にやり取りを続けていた。だが、ある一時を境にその手紙に妙な変化があった。それは、ボースでの空賊事件がきっかけだった。
「その時点で確証はなかったものの、陛下も軍内部の人間ではないかと疑っていたみたいで……僕との手紙でも、遠回しにそう言った表現で伝えていた。後は、それらを察した身近な人間……といったところかな。心当たりはあるかな?」
「(ヨシュア、どうする?)」
「(言っていいと思うよ。ヴィクターさんが信頼しているなら、問題ないかな。)」
「えっと……実は」
フィリオの問いかけに、エステルはヨシュアと確認をした後、ボースやルーアン以降一緒に旅をしてきたシオン……シュトレオンのことをフィリオに話した。
「成程、王太子の形見が……」
「あ、やっぱりシオンのことを知っているの?」
「ああ。僕も彼は弟みたいなものだからね……僕自身、彼が巻き込まれた事故のことは、十代前半でありながらも疑問に思って独自に調べていたんだ。」
「疑問、ですか?」
「……あの事故、王太子夫妻やシオン――シュトレオン殿下はお忍びで訪れていて、彼らが乗っていた車両は帝国政府の計らいで貸切になっていた。それが決まったのは事件当日……陰謀を感じてしまったのさ。」
何故フィリオがそのことを知っているのか……それは、王太子夫妻とシオンの旅行のサポートを行ったのはアルトハイム家……その旅にはアルトハイム家の執事を一人同行させていた。彼が帝国政府と交渉を行って手はずを整えており、帰りの段取りの調整の関係でアルトハイム家と連絡を取り合っていた。その関係で、彼らの情勢は手に取るように把握していた……その矢先での事故。帝国側は『テロリストによる犯行』と一方的に断定していたが、それを不服に思ったフィリオは独自に調べ始めた。
「その執事にはとてもよくしてもらっていてね……僕にとっては、兄のような存在だった。だからこそ、なのかもしれない。周りには『らしからぬ行動を慎め』とは言われてたし、妹にも言われたけれど……それでも、僕は事実を知りたかった。」
その過程でアスベルらと知り合い……そして、真実を掴み取った。だが、下手すれば帝国との戦争になりかねない事実……いずれ来る日のために、ということでフィリオは納得して黙した。
「話が逸れてしまったね。」
「い、いえ……」
「その、心中お察しします。」
「お気遣い感謝するよ。で、それ以降……当たり障りの手紙しかこなくなった。それでも、ジークが別の手紙を持ってきてくれるから、本当の事は色々知っているけれどね。」
「成程。さっすがジークね。」
「彼はこの上ないほどの適任者だしね。」
単調な手紙の内容……そして、それとは別にジークを通しての遣り取り……このことから、フィリオは女王陛下が何らかの形で身を拘束され、それを誤魔化すための『体調不良』ではないかと推測し、今日に至る……と二人に説明した。
「ふふ、それにしても……流石カシウスさんの子どもたち、とでも言うべきかな。大胆さはエステルさんが、冷静さはヨシュア君が受け継いだみたいだね。」
「えと……父さんって、そんなに大胆不敵だったの?」
「……いい機会だから、話しておこうか。今から十七年前……エステルさんが生まれる一年前の話だよ。」
そう言って、フィリオは昔話を始めた。
昔は帝国領サザーラント州の一貴族であったアルトハイム家。だが、行動自体は特に制限されていなかった。ある時、両親と一つ下の妹の四人でリベール旅行に行った時の事だった。
『笑止!笑止千万!!』
『ぐあっ!!』
『がっ!!』
『………遅い遅い遅い!!!』
『ぎゃあああああああっ!!!』
『……あう……』
『メアリー!?』
『ふむ、メアリーには目に毒だったか……』
『呑気に言わないでください、父上…』
王国軍主催の観覧会……公開訓練の場で、大多数の兵士を相手に一人で戦う男性―――この時は二十代後半だったカシウスは怖いもの知らずの血気盛んな性格で、レナとは結婚したばかりだったらしく、その剣捌きは結婚する前以上だった。噴水の如く上がる血しぶき、あっさりと砕け散って飛び交う鎧の破片、吹き飛ばされた兵たちによって地面に形成される人型のクレーター……更には、響き渡る兵たちの悲痛な叫び……阿鼻叫喚の絵図にメアリーは気絶し、慌てて体を支える母、そして呑気に話す父に呆れつつも呟く。
『カシウス!また貴様か!!』
『モルガン将軍か!引導を大人しく渡して、いい加減隠居しておけ!!』
『若造が戯言を!今日こそ、天狗鼻を叩き折ってその減らず口を塞いでくれるわ!!』
『あの、お二人とも……とりあえず落ち着いて……』
『『新兵風情は黙ってろ!!!』』
『…………ハイ』
その状況に怒号を響かせるモルガン、彼を見つけると容赦なく斬りかかるカシウス、止めようとしたが二人の言葉に頷くことしかできなかった青年時代のリシャールがいた。
『フフ……王国軍の未来は明るいですね。』
『……ユーディス』
『何も言わないでください、ガウェイン兄様。私も頭が痛いです……』
静かに笑みを零すアリシア女王、その光景に頭を抱えるユーディス王子と、後の王太子であるガウェイン王子は二人そろって頭を抱えた。その後、レナが体調を崩して倒れたと聞き、カシウスはほっぽりだしてロレントに帰ったらしく、モルガンはかなりの激昂を露わにしたという……
「え、えと……あの父さんが?」
「大胆不敵というよりも唯我独尊って感じよね……あたしがいつも言ってた『不良中年』なんて生温いぐらいに……」
カシウスの昔の姿……今からすれば見る影すらない姿にヨシュアは引き攣った笑みを浮かべ、エステルもため息を吐いて正直な感想を述べた。
「まぁ、二人がそう思うのも無理はないけれど、事実なんだよね……ちなみに、これはカシウスさんから聞いた話だけれど、エステルさん……君の名前は誰が付けたか知っているかい?」
「え?ううん……」
「君の名前を名付けたのはユーディス王子……つまりは、クローディア姫のお父上ということになるね。」
「そうなんですか?」
「カシウスさんはああ見えて結構面倒くさがりでね……丁度クローディア姫が生まれるということで色々考えていたユーディス王子に任せたんだ。」
「王子様……クローゼのお父さんがあたしの名前を……というか、自分で考えなかったの?あの親父は……」
そのことは、カシウス曰く……『ま、結果オーライだし、別にいいじゃないか。』と笑ってごまかしていたが……それが王子の置き土産になってしまったのは、因果な事であろう。
「まぁ、レナさんには色々説教されたらしいけれどね。」
「あはは……」
「流石母さんだね……」
レナに怒られるその光景が目に浮かび、エステルとヨシュアは揃って苦笑した。
「……さて、僕の話はこんなところだ。引き留めてしまって済まないね。」
「そんなことは……」
「僕らもありがとうございます。」
「その言葉は素直に受け取っておくよ。それじゃ……僕の代わりに女王陛下に会ってきてほしい。ヒルダ夫人ならばその手段も考えているだろうしね。」
「あ、はい。」
「失礼します。」
エステルとヨシュアは礼をして部屋を後にした。そして、フィリオはそれを見届けた後、窓に映る星空を眺めた。
「………やれやれ、これは大変なことになりそうだね。」
口元に笑みを浮かべてそう呟いたフィリオの言葉……その意味は本人以外知る由もなかった………
次回、ヨシュア受難編再び
言い忘れていましたが猟兵王の名前……オリジナル設定です(凄く遅いorz)