人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

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120話 パニッシャー

裁判が終わった時、裁判長を務めたやちよは倒れた。

 

連日の過酷な状況の中、眠ることさえ出来ずに裁判に挑んだ末のあの末路だから無理もない。

 

「やちよーっ!!しっかりしてよ!!!」

 

「誰か!!救急車を!!!」

 

「待て!今の病院は被災者だらけで受け入れてくれるか分からないぞ!!」

 

「悠長なこと言ってる場合じゃないだろ!アタシ達は魔法少女だ!!」

 

「みんなで回復魔法をかけるわよ!レナだって…出来るんだから!!」

 

「や、やちよさん…お願いだから死なないでぇ!!」

 

周囲の魔法少女が彼女に回復魔法をかけていく。

 

どうにか持ち直したやちよを抱えたみふゆ達は今、みかづき荘にいた。

 

時間も過ぎていき日も沈んだ夜。

 

「……やっちゃん」

 

自室のベットに寝かされたやちよの姿を心配そうに見つめるのはみふゆである。

 

眠っているが彼女は悪夢に苦しむかのような表情を繰り返す。

 

「十七夜の為に残しておいたグリーフキューブだけど…やちよにも必要になるなんて…」

 

机の上に置かれたやちよのソウルジェムとグリーフキューブが光を発している。

 

彼女のソウルジェムは穢れを繰り返していたようだ。

 

「無理もないですね…。不眠不休のまま化粧で顔のクマをごまかした裁判の末のあの末路です」

 

「疲れとショックに耐えきれなかったんだね。やちよだって年長者だけど…繊細なんだよ」

 

重い沈黙を繰り返すみふゆと鶴乃。

 

仲間であり西の長でもあるやちよが倒れ、残された正義の魔法少女達の動揺の事を考えていた。

 

「…私達、間違っていたのかな?」

 

鶴乃の質問に対し、みふゆは俯いていた顔を上げる。

 

「……いいえ。私達は間違っていません」

 

「どうしてそう言い切れるの?私達…被害者の気持ちを踏み躙る裁判をしたんだよ?」

 

「確かに彼女達や、きっと人間社会の皆さんの気持ちだって…私達は踏み躙る所業をしました」

 

「正義の味方失格かな?」

 

「私達は…魔法少女社会の治世を任された者。なら…魔法少女社会を優先すべきです」

 

「どうして?私達…人間を守る為に魔獣と戦ってきたんだよ?その理屈だと見捨ててるよね」

 

「全てを救える治世など…国政政治家でも不可能です。大勢の利益を優先するしかありません」

 

「その大勢っていうのは…魔法少女社会の少女達しか入らないんだよね?」

 

「これが…魔法少女社会の限界です。これ以上の責任となれば国政の問題となります」

 

「…そうだね。国民の安全保障を守らないのに…どうして私達は国に税金を払ってるんだろうね」

 

「…正体を秘匿してきた責任もありますが、国が本当に魔法少女を把握してないとは思えません」

 

「世界規模の内戦状態になったら困ると政治判断したから…私達を野放しにしてたのかな?」

 

「そうでなければ…私達は今頃、国家に隷従する戦争道具にされてたと思います」

 

大きな溜息をつき、顔を俯けたまま鶴乃は口を開く。

 

「…今回の件でさ、私は魔法少女の存在がね……怖くなってきたよ」

 

「魔法少女は夢と希望を叶える者。そう信じてきましたが…()()()()()()()()()()()()()()

 

「テロを行った魔法少女達の夢と希望は…あのテロによって差別を無くし…平等社会を作ること」

 

「綺麗な言葉を深く考えもせず…私達は魔法少女を続けてきたのだと突きつけられましたね…」

 

今まで信じてきた正義の魔法少女の行動理念が崩壊することとなった2人。

 

これから先を考えれば考える程恐ろしくなっていく。

 

(私たち魔法少女って…何なんだろうね?もう…私には分からないよ…やちよ…それにメル…)

 

鶴乃が眠っているやちよに視線を向ける。

 

悪夢に苛まれた顔つきのまま小さな寝言を呟いている。

 

「…ごめ……さ…い…。ゆる…し…て…」

 

「やっちゃん!?」

 

みふゆが眠るやちよの顔を覗き込む。

 

辛い現実に打ちのめされ続けた眠り姫の目からは涙が零れ落ちた。

 

「…夢の中でも被害を受けた魔法少女や人間達に責められてしまうんですか…?」

 

胸が引き裂かれる程の感情が巡る。

 

その心が幼い日の記憶を思い出させた。

 

「…そうでしたね。小さい頃から気丈に振舞ってきても…やっちゃんだって…怖がりでした」

 

ベットに腰掛け両手をやちよの側頭部に置きながら顔を近づけていく。

 

「み…みふゆ……?」

 

彼女はやちよとオデコを合わせて両目を閉じた。

 

鶴乃の声も遠くなっていく程に幼い日の記憶世界に浸っていく。

 

それはまだ小学生時代の七海やちよと梓みふゆの記憶であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あれは七年前。

 

彼女達がまだ魔法少女に成りたての頃だった。

 

「こんな…こんな怖いなんて…聞いてません…!」

 

魔獣結界内で敵に囲まれているのは後ろ髪を伸ばしていた頃の小さな梓みふゆ。

 

隣にはまだ後ろ髪が伸びきっていない小さな七海やちよがいるようだ。

 

「泣いてないで…一緒に戦って欲しいんだけど…」

 

「イヤ…いやぁ!!」

 

魔獣の群れに怯え切ったみふゆは動く事が出来ない。

 

魔獣のレーザー攻撃が迫り、動けないみふゆの手を引っ張ってやちよは逃げる。

 

「くっ!!」

 

走って逃げる2人をレーザーが掠め、勢い余って倒れ込んだ。

 

「…うぅ…痛いよぉ…ぐすっ…うぅ……」

 

「こうなったら…独りでも…!」

 

小学生には不釣り合いな長さの槍を持ち、果敢にも魔獣の群れと戦う。

 

「あぁ!!」

 

魔獣のレーザーを受けた槍が溶け、火傷で武器を手放してしまう。

 

「怖い……おばあちゃん……!!」

 

2人とも今日が初陣。

 

強がってはいるが小学生のやちよも怖気づいてしまう。

 

それでも彼女には目指すべきモデルの世界がある。

 

「…ダメ……自分で何とかするの……!」

 

武器を魔力で生み出し、なおも戦い続ける小学生魔法少女。

 

初戦の戦いを制し、2人は魔獣結界から抜け出せたのだが…。

 

「うっ……うぅ……っ!怖かった……」

 

泣きべそをかいている彼女を見て、魔法少女の世界に引きずり込んだ者を睨む。

 

「魔獣退治が危険なことだって、どうして…教えてくれなかったの?」

 

「…です…」

 

彼女達の足元にいるのは契約の天使であるインキュベーターのようだ。

 

「無理です!あんなのと…もう戦えません!」

 

「あなた…さっきは泣いてるばかりで、何もしなかったじゃない!」

 

「だって…怖かったんです…!魔獣退治のことなんて…詳しく知らなかったですし…」

 

「それは…私だって……」

 

「ひどいですキュウベぇ!」

 

殺し合いの世界を彼女達に与えた者は表情を変えない。

 

「そう言われても困る。願いを叶える代わりに魔獣と戦ってもらうことは君達に説明した筈だよ」

 

「…でも!危険なことだって…ちゃんと教えてくれていたら…!」

 

「君達はその危険性について、ボクに聞かなかったじゃないか」

 

「そんな……願いを叶えてもらったのは…嬉しかったのに……」

 

「…もう少し、詳しく知りたかった。これじゃ…嘘をつかれたみたいだもの…」

 

これからの事を考えれば考えるほど2人は恐怖に包まれていく。

 

「でも…願いが叶った以上は…戦うしかないんだよね…」

 

「私は…戦うなんて……やっぱり無理です…。弱いし…不器用だし…何をやってもダメだから…」

 

泣いてばかりの同じ新入りにムッとしたのか、やちよが食って掛かる。

 

「言い訳してないで、次は誰かの役に立てるように頑張ったらどう?」

 

「私だって…頑張りたいです!でも……」

 

「でも?だって?私には無理?そうやって都合よく逃げられるなんて羨ましい」

 

「あなたに……何が分かるんですか!?」

 

「あなたみたいな泣き虫のことなんて、分かるわけないでしょ!」

 

言い返せず、また泣きそうな表情を向ける者に溜息をつく。

 

「叶えてもらった願いのために…私は…魔獣と戦うわ…」

 

「……私は…」

 

「そんなに魔法少女がイヤなら!辞めればいいでしょ!」

 

「ま、まってください…!!独りにしないで…!!」

 

彼女を置いてけぼりにして彼女は走り出す。

 

心細いみふゆは後を追いかけ続けていたのだが見失ったみたいである。

 

「何処に…行ったの…?お願い……独りにしないでぇ……」

 

泣きべそをかきそうになっていたが自分以外の泣き声を耳にする。

 

独りで心細いが、それでもみふゆは近づいていくと先程の子供を見つけてしまう。

 

「うっ……グスッ……願いを叶えて貰ったんだから…役目を果たさないと…」

 

そこにいたのは地面に蹲ったまま震えていたやちよの姿。

 

「でも…でも…怖い……魔法少女なんて……辞めたいよぉ……」

 

さっきまで気丈に振舞っていた子供の姿はそこにはいない。

 

みふゆと同じように怖がっているだけのか弱い女の子の姿しか見えない。

 

今はまだ初対面ではあったが子供なりに理解した。

 

やちよという少女は気丈に振舞い回りを心配させまいと努力する癖に本当は泣き虫なのだと。

 

それ以来、2人はなし崩し的な魔法少女コンビを組むこととなる。

 

やちよの祖母も仲良くしてくれたお陰でやちよも意地悪な態度を改めていく。

 

彼女と共に生きるうちにみふゆの中にも彼女の心の強さが宿っていった。

 

半人前同士が互いに支え合い、一人前となっていく道。

 

いつしか彼女達は神浜の西側でもベテランと呼ばれる存在となり、長を継ぐ事となった。

 

……………。

 

「長の役目をやっちゃんにばかり頼って…私も支えようとして…2人とも気疲れしちゃう…」

 

七年も過ぎたのに出会った頃と何も変わっていない自分達の事を思うと自然と笑みが出る。

 

「頼ってばかりじゃ…ダメですね。私と貴女は…半人前同士が揃って一人前なんです」

 

大切な仲間を2人失い、やちよはみふゆ達を遠ざけようとした。

 

それでも2人の絆は七年過ぎても変わらないことが分かって嬉しかったのだ。

 

「魔法少女として生きるのは辛い…それでも生きているから守れる人達が僅かにでもいるなら…」

 

所詮は正義のヒーローごっこだとしても魔法少女達はやる価値があると信じようとした。

 

「たとえ私達が長としては無能で頼りなくても…私達のこの想いは残したいですね」

 

顔を上げ、ベットから離れようとした時に鶴乃と目が合う。

 

「鶴乃さん……?」

 

彼女は目を見開き赤面していた。

 

「え、えっと…その……やちよとは、()()()()()()だったのなら…外に出ていようか?」

 

「えっ……?ええっ!?」

 

何を言っているのかは19歳の彼女になら分かる。

 

お互いに赤面し合い、言い訳を並べていたのだが時計が気になり視線を送る。

 

「あっ……もうこんな時間ですね。私も家族が心配しますので…」

 

「うん、みふゆの家は被災しかけたし…やちよの面倒は泊まり込みで私が見るよ」

 

「すいません…よろしくお願いします」

 

みふゆは足早に一階まで降りていく。

 

「ハァ……やっぱりやちよとみふゆの関係は長年連れ添った夫婦のように分厚いよねぇ」

 

独り何かを納得していた時、突然みふゆが部屋に戻る。

 

「ホエッ!!?な、何か忘れ物でもしたの…?やっぱり…外には私の方が…!!」

 

やましい事を考えていたのか、たじろぐ鶴乃に対して彼女は動揺の表情を浮かべている。

 

「……鶴乃さん、これを郵便受けで見つけました」

 

みふゆが見せてきたのは宛先も差出人も書かれていない封筒。

 

「これって…また同じ嘆願書かな…?」

 

「分かりませんが…もしかして、ななかさんでしょうか?」

 

「どうだろう…?やちよに向かってあれだけの啖呵を切ったし…家には近寄り辛い気も…」

 

「待って下さい。それだとこの嘆願書は…魔法少女が書いた物ではないということに…」

 

「そ、それじゃあ…この嘆願書を書いた人物は本当に人間社会で暮らす人なの?」

 

「…中を見てみましょう」

 

封筒から手紙を取り出す。

 

そこに書かれていた文字を見た2人の顔が恐怖に包まれていく。

 

――お前達は人々の無念の感情を踏み躙った。

 

――あの判決は何だ?あれで人間社会の怒りと悲しみが消えて無くなるとでも思ったか?

 

――お前たち魔法少女が革命暴動を裏で操っていた証拠を俺は押さえている。

 

――これは裁判の証拠品としても十分通用する内容だ。

 

――証拠品を警察に突き出せばお前たち魔法少女の存在が白日の下に晒されるだろう。

 

――人間社会はパニックとなり、神浜でテロを起こした存在共は人類の敵だと叫ぶだろう。

 

――そうなればテロに加わらなかった魔法少女も無事では済まない。

 

――この証拠品を確認したければ今日の19時までに水名神社に来い。

 

――間に合わなければ警察に行くだけだ。

 

手紙を持つ手が震えていく。

 

「ど…どうしよう……。この人は…東の魔法少女達を警察に突き出す気だよ!」

 

「そんなことをされたら…私たち魔法少女は…人間社会から迫害されます!」

 

「こんな事を言い出せる人なら…嘆願書を書いたのは魔法少女じゃないよ!」

 

「やはり…私たち魔法少女を把握している人間がいると判断するしかないですね」

 

やちよの部屋の時計を見る。

 

「水名区の水名神社なら…今から走って向かえば間に合いますね」

 

「急ごうみふゆ!何とかこの人を説得しないと!!」

 

うなされたやちよに視線を向ける。

 

「私はもう…泣いて縮こまるばかりの自分は捨てました。だから…七年も貴女と共に生きられた」

 

辛く苦しい道のりであったが、2人は手を取り合い道を切り開いてこれた絆は固い。

 

「やっちゃん…私は貴女が言った環の思想を信じます。だって私達は支え合えたから生きてこれた」

 

みんなと手を取り合い、支え合ってこれたから魔法少女社会を築きあげてこれた。

 

たとえそれが人間社会を守る事には繋がらなかったとしても梓みふゆは否定をしない。

 

「私は…みんなと共に笑顔で生きられた人生を…否定なんてしませんから!」

 

みふゆは決意した。

 

長であるやちよが倒れたのならば自分が長の代行をする。

 

彼女達は互いに半人前、2人揃って一人前。

 

片方だけに苦しみを押し付ける関係ではなかった。

 

玄関を飛び出し、歩道に出る階段の下を見下ろせばキュウベぇがいる。

 

「やぁ、2人とも。やちよの具合はどうだい?」

 

「今は急いでいます。あなたの相手をしている暇はありません」

 

「やちよのソウルジェムも穢れたはずだ。ボクはグリーフキューブの回収に来たんだよ」

 

「こんな忙しい時に…はいっ!さっさと拾ってどっか行ってよね!」

 

鶴乃が地面に置いたグリーフキューブに視線を移した後、彼女達を見上げてくる。

 

「急いで行く場所っていうのは…水名神社かい?」

 

「どうして…分かるのさ?」

 

感情が無い生き物であったが目を背けながらこう呟く。

 

「……行かない方がいい」

 

「どうしてですか?この手紙を書いた人物を知っているのですか?」

 

「あの人物は…魔法少女が関わるべき存在ではないからさ」

 

「魔法少女は人間と関わったらダメって言うの!?そんなの理不尽だよ!」

 

「……警告はしたからね。行きたいというなら止めないよ…君達の命は君達のものだ」

 

「……今は議論している時間はありません。行かせてもらいます」

 

2人はキュウベぇを置き去りにして走り去っていく。

 

転がったグリーフキューブを回収し終えたインキュベーターがこんな話を持ち出してくる。

 

「あの悪魔は…東京だけでなくこの神浜市においても魔法少女の虐殺を行うよ」

 

それに至ることになってしまった原因なら人類を最初から見てきた契約の天使には分かる。

 

「人間関係は友情だの絆だの愛だのといった不確かな言葉を使って表現するから解らなくなる」

 

社会にひとたび出れば、そこに広がるのは赤の他人世界という公共の場。

 

学校、会社、組織、国家と言った人間の集合体を生み出す。

 

そこにあるのは友情だの絆だのの関係ではない。

 

「社会はね、お互いに得をし合える()()()()でしか成り立たないんだ」

 

相互利益とはwin-winの関係。

 

正義の魔法少女達は互いに支え合えることでお互いの利益関係を生み出した。

 

それを友情だの絆だのと言った言葉で表現し、繋がりを深めたと考え込むからこそ見えなくなる。

 

「けど、そこには人間社会の利益は生まれなかった。君達はね、自分達の得しか見なかったんだ」

 

彼女達は都合の悪さに目を背け、人間社会に不利益を与えてしまった事を糾弾される日が来た。

 

「君達は自分達だけ得をして、人間社会に不利益を与えた。なら関係が壊れるのは当たり前さ」

 

友達関係でも相手を傷つけて怒らせる不利益を与えたなら関係は破綻するものだ。

 

これは魔法少女達の行動がもたらした原因と結果。

 

魔法少女は自らが起こした因果から逃れる術はないのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

大破壊を受けた水名区は一週間が過ぎても人通りの影は見えない。

 

警察のパトカーも多く巡回する中、2人は警察官に見つからないよう身を潜めながら移動する。

 

「酷い…まるで東京大空襲を受けた東京を見てるみたい……」

 

「これが…魔法少女達がもたらした大破壊の光景です。私も…もう少しで…」

 

「被災した水名区の人達は…どうなったの?」

 

「避難所に指定された場所での生活を余儀なくされていますが…行政の対応は不十分です」

 

「…水名区の歴史から始まって、西側は追随するようにして東の人達を差別してきた…」

 

「神浜の歴史の上にある水名区もまた……自分達の因果によって…焼かれてしまったんです」

 

「これが…政治を放置してきた結果なんだね。政治の話題は荒れるから…意識的に避けてきた…」

 

「…自業自得だと全国から責められます。毎日やっている神浜テロの特番がそれを煽るんです」

 

「今までは神浜問題なんて同じように放置してきたくせに…都合がいい時だけ叩くんだね…」

 

「それが…情報娯楽だけを求める大衆心理なのかもしれませんね…」

 

隠れながら移動し、水名神社を構えた鳥居の前まで来た2人が石段の上を見上げる。

 

「なんだか…変な感覚。見慣れた鳥居のはずなのに…」

 

「上手く言えませんが…先に入るのは侵してはならない領域に踏み込む程の恐怖を感じますね…」

 

「でも、指定された場所はここだし…迷っている暇はないよ」

 

「行きましょう」

 

2人は石段を登り、息を飲みこんで鳥居を潜った。

 

鳥居とは神の門を表す。

 

ならばその先の神域で待ち構えている恐ろしき存在もまた神や悪魔なのかもしれない。

 

夜の境内を進み、2人は奥にある本殿までたどり着く。

 

「あ…あの人が……人間社会の代理人?」

 

「男の人……?」

 

本殿に上る階段には黒いトレンチコートを纏う男がいるようだ。

 

「……時間通りだな。余程これを人間社会に突き付けられるのが不味いと見える」

 

男の手にはクラフト封筒が持たれている。

 

立ち上がり、薄暗い境内を男は歩き2人に近づいてきた。

 

「えっ……あれ?この人って……夏頃のツーリングの時に見かけた…」

 

「そ、そんな……貴方はたしか、私の財布を拾って届けてくれた人……」

 

その人物とはかつて出会ったことがあった嘉嶋尚紀である。

 

「よぉ……人間の似非守護者でしかなかった魔法少女共。俺の嘆願書を踏み躙ってくれたな」

 

尚紀は2人の前にクラフト封筒を投げ捨てる。

 

「証拠品を確認しろ」

 

2人を睨んだままの彼に促され、戸惑いながらもクラフト封筒の中身を確認していく。

 

「こ……これほどの現場写真を貴方は撮影出来たのですか?あの暴動の時に?」

 

「俺は情報を依頼人に売る探偵をしているが…その職務の中で様々なコネも出来た」

 

「この写真の数々なら…私たち魔法少女が人間社会を扇動したって証拠に出来るよ…」

 

「言い逃れは許さない。お前たち魔法少女共が人間社会を焼き、大勢を死なせたんだ」

 

「ま、待って下さい!この犯行を行ったのは私達ではありません!」

 

「そうだよ!私達は革命暴動を起こした魔法少女を止めようとして戦ったんだよ!」

 

「関係ない。魔法少女という人間を蟻のように踏み潰せる力を持つ社会的強者共のせいだ」

 

「どうしてそうなるの!この写真の中にもルミエール・ソサエティと戦ってる子もいるよ!」

 

「人間ならばそう考える。お前達は人間社会の中に潜み…いつ人間社会を襲うか分からない」

 

「私たち魔法少女がいる限り…人間社会は安心して暮らせないと言うのですね…?」

 

「魔法少女がいる限り安全保障は得られない。そして人間はそれを知る権利さえ奪われた」

 

「私達は!…今まで命がけで魔獣と戦い、人間社会を傷つける魔法少女も取り締まってきたよ…」

 

「正義の味方ごっこか?だが、お前達が魔獣と戦うのはただの生存闘争のはずだ」

 

「ソウルジェムについてもお詳しいようですね。たしかに…私達は戦わなければ生き残れない…」

 

「魔法少女を取り締まってきた?なら何故…魔法少女が不穏な動向を見せた時に対処出来ない?」

 

「わ…私達の社会にはね、西と東の問題があって…西の私達は東の自治に干渉出来ないの…」

 

「魔法少女社会の東西自治問題?それは人間社会の犠牲よりも大事な関係だったようだな」

 

「そ、それは……」

 

「西側が東西協定を踏み躙ってでも東の魔法少女社会を武力鎮圧していたら止められた筈だ」

 

「そ、それは結果論です!私達は出来る限り魔法少女を話し合いで説得を続けようと…」

 

「…日本社会は既に()()()()に入った。やり直しの効く民主主義のやり方は否定されている」

 

「正解主義…?」

 

()()()()()()()()()()()()()。これは間違いながらもやり直す民主主義とは折り合いが悪い」

 

「平成30年の政治不信によって…日本社会の価値観がそれ程までの偏りになってたなんて…」

 

「お前達は人間社会の前に出て、今回の事態の説明責任が果たせるか?」

 

「そ、そんなこと…出来るわけないよ…」

 

「ならばお前達が治世を名乗る資格はない。民主主義治世を掲げる資格さえない」

 

――公共という社会は…お前達魔法少女だけしか存在しないとでも思ったか?

 

――お前達が生活出来てきたのは魔法少女だけでやってこれたとでも思ったか?

 

「己惚れるなよ魔法少女共…お前達はな…人間社会に生かしてもらえてるんだよ」

 

「あっ……うぅ……」

 

「魔法少女の生活を大切に守ってきた人間社会を…お前達は踏み躙る政治判断をした」

 

「…そうかも…しれません。その判断を実行する為の裁判…司法権の乱用だと罵られました…」

 

治世を行うということは国民の利益を最優先にする行政を指す。

 

治世を行う者とは国民の信託の上によって成り立っている。

 

魔法少女社会はこの定義に合致しているのだろうか?

 

「人間は()()()()()()()()()()()。魔法少女は国民の信託を受けた政府に管理されるべきだ」

 

彼の言葉を言い返すことが出来ない2人。

 

徹底した理詰めによる口論を行う尚紀の姿はまるで常盤ななかの姿と重なって見える程だ。

 

「魔法少女の存在を、この証拠品を持って脅威とし、代理人として事実関係の証明とさせて貰う」

 

「やはり…テロを行った魔法少女を警察に突き出し、魔法少女の存在を白日の下に晒すのですね」

 

「…待って…待ってよ…!そんなことされたら…私達…これからどういう扱いをされていくの…」

 

死刑宣告を受けたかのように震えあがっていく魔法少女達。

 

たとえ事実関係の証明として使う証拠品を持ち逃げしようとも写真データがある以上は無意味だ。

 

「恐ろしいか?人間社会に弾圧される未来が?似非守護者め、破壊者め…そう呼ばれるのが?」

 

「お…お願いします…それだけは…勘弁してください!!」

 

震えあがったみふゆに視線を向ける。

 

今にも泣きそうな彼女の表情は幼い頃の彼女の姿を彷彿とさせるほどだ。

 

「…そうか。そんなに嫌なら……俺の嘆願を今すぐ実行してこい」

 

その言葉が意味する行為とは大量処刑。

 

尚紀は言った。

 

フランス革命によって罪人として扱われた人々がギロチンで処刑される光景と同じ事をしろと。

 

「俺は二度…お前達にチャンスを与える。三度目は無い」

 

硬直したまま体どころか口さえ動かせない2人に向けて恐ろしい虐殺者の表情を向けてくる。

 

「やれよ」

 

「あ……あぁ……」

 

「…やれ」

 

もはやこの男には説得など通用しない。

 

この世界で彼が歩んできた道とは魔法少女に殺されていく人間達の骸によって出来ている。

 

人間達の死を嘆き、苦しんできた者として魔法少女という存在を決して許さない者となった。

 

嘉嶋尚紀は()()()()()()()()()()()()()人間の守護者だ。

 

プレッシャーに震えていたが、手を握り締めていく。

 

「………出来ません」

 

みふゆが言い切った。

 

魔法少女の虐殺者に向けて拒絶の意思を示してしまった。

 

彼の表情はこの答えを分かっていたかのように微動だにしない。

 

「私は…やっちゃんの意思を信じたい。魔法少女達は…皆で支えあって生きていくべきです」

 

それが彼女達魔法少女の望み。

 

みんなを環のように繋げ合い共に幸福社会を目指す。

 

それが魔法少女救済の道なのだと言い切ってしまった。

 

彼の拳が握り締められていく。

 

今まで感じたこともない程の殺気が爆発し、2人は腰を抜かしてしまう。

 

「…………貴様、よくぞ言い切った」

 

首を跳ね落とされる程の恐怖に怯え切った2人を見下ろすのは神であり悪魔の憤怒。

 

「自分達だけが可愛い似非守護者共め。貴様らに…()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

怯え切った2人を無視して証拠品も拾わずに去っていく。

 

鳥居の前で立ち止まった彼が背中越しに声を上げる。

 

「人間社会を破壊したテロリスト共を魔法少女が裁かないなら…」

 

――他の誰かが…連中に裁きを与えるだろう。

 

彼の姿が境内から消えたが、2人は怯えたまま動くことが出来なかった。

 

石段を下り終えた彼が見かけた人物が声をかけてくる。

 

「…やっと、その気になってくれたみたいね?」

 

水名神社と彫られた寺標の横には腕を組んだ姿の瑠偉がいたようだ。

 

「瑠偉…俺が神浜で動かなかった間に魔法少女の個人情報を集めておいてくれて感謝する」

 

瑠偉から魔法少女の個人情報を伝えられたお陰で彼はやちよの家に嘆願書を送ることが出来た。

 

「忘れたの?私は貴方と二年間も東京で魔法少女を殺していくパートナーをしてきたのよ」

 

「フッ…そうだったな。お前と組んで俺は魔法少女を殺してきたな」

 

「いずれ貴方はこの街でも動くと考えていた。その時の為の準備なら怠らないわ」

 

「行くぞ…瑠偉。今夜から神浜魔法少女狩りを始める」

 

――たとえ便所に隠れていても…息の根を止めてやる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

裁判が終わり、観察処分となった革命魔法少女達は調整屋から解放された。

 

他所から来た魔法少女達はすぐさま神浜から出ていき、残ったのは東の者のみ。

 

今の東はリーダー不在の状態。

 

彼女達を指導出来る立場の魔法少女はいなかった。

 

やりきれない感情のまま彼女達は東の地で路頭に迷う。

 

「ねぇ…これからどうしようか?」

 

20時になった頃。

 

路地裏で座り、相方の魔法少女に相談している魔法少女がいた。

 

「あたしは…納得なんて出来ない。テロは失敗したけど…あたし達は魔法少女だよ」

 

「で、でも…西側連中に拘束されたら変身能力を剥奪されるんだよ?」

 

「知ったことか!あたし達を殺す気概すら見せられない奴らなんて、泣き落としで対処出来るさ」

 

少女は懐からタバコの箱を取り出し、口に一本咥える。

 

「貴女…魔法の力でまたくすねてきたの?」

 

「別にいいでしょ?どうせあたしは高校にも通えない無職女だし…魔法で火を点けてくれる?」

 

<<俺が点けてやる>>

 

恐ろしい声が路地裏に響く。

 

少女達が視線を向ければそこには漆黒の装束を身に纏う男の影。

 

頑丈な黒いエンジニアブーツ、破れにくいバイク用の黒い革パンを纏う下半身。

 

上半身はパーカーフードがついたウィザードローブの黒いジャケットコートを纏う。

 

黒いパーカーを頭部に被る奥には金色の瞳が輝く。

 

「最後だ、一服していけよ」

 

開いた両腕を顔の前で交差して構える姿。

 

パーカーが首裏の角によって跳ね上げられ悪魔の素顔を晒す。

 

「ヒッ……!!」

 

悪魔の口から放たれたのは竜の業火の如きファイアブレスの一撃。

 

「「ギャァァーーーーッッ!!!!」」

 

業火によって焼き尽くされる革命に参加した魔法少女達の燃え上がる断末魔が路地裏を照らす。

 

ソウルジェムは熱破壊され2人は円環のコトワリに導かれていった。

 

周囲の建物の壁が黒く焦げた路地裏から踵を返し、魔法少女の虐殺者は歩き去っていく。

 

「お前達はスマホを常日頃から所持している。安物のandroidを選んでいたのが運の尽きだ」

 

テック企業はデータを引き換えに便利な機能を選択の自由を与えた消費者に提供する。

 

だがユーザーの位置情報を強制的に追跡してしまう問題が浮上しているのだ。

 

androidOSを載せたスマホやタブレットは位置情報追跡設定をオフにしても追跡される。

 

自分の今いる場所から最寄りの基地局の住所が、アメリカ最大規模のIT企業に集積される。

 

IT技術とは実は社会主義独裁にとって極めて相性が良い。

 

国民のプライバシーを侵害し、国民情報を完全に独占して監視・支配が行える。

 

まさにデジタルレーニン主義が為せるハイテクIT企業の闇であった。

 

「瑠偉がアメリカ最大のIT企業と繋がりがあったとはな…。しかし、便利な道具には裏があるな」

 

瑠偉は神浜魔法少女達のスマホにスパイウェアを転送している。

 

攻撃を受けた場合、消費者の意思によらずとも他の会社にデータが送られてしまうのだ。

 

悪人がこれを利用すればユーザーが知らない間に位置情報を発見するために利用されてしまう。

 

「だが今はそれが頼もしい。これだけの個人情報が揃えば…今夜中にカタがつく」

 

悪魔化を解き、路地裏から出てきた尚紀がパーカーを被り直す。

 

人間に擬態した悪魔は魔法少女に魔力を感知させない。

 

それによって可能な行為がある、それは暗殺だ。

 

裁きが生まれる光景は続く。

 

「これから先も西側社会に向けて暴れてやる…西側が差別を繰り返す限り…!」

 

やりきれない怒りの感情を抱えながら魔法少女は歩いていたが何かが飛んでくる。

 

「な、何…?」

 

小石が彼女の前に飛ばされてきたようだ。

 

繰り返し投げてくるのは明かりも点かない路地裏の暗闇の中。

 

「あんた…私を挑発してるの?虫の居所が悪い私に向かって!!」

 

怒りを募らせ路地裏に入り込んだのが運の尽き。

 

暗闇から現れたのは顔に光る刺青を持つ金色の瞳だった。

 

「えっ!?アガァ!!!?」

 

光剣二刀流を腹部に突き刺し、握り手で腹部ごと体を上に押し上げる。

 

「奇遇だな。虫の居所が悪いのは…俺も同じだ」

 

「た…助け……ギャァァーーーーッッ!!!」

 

右手の光剣を引き抜き、複数回の胴体刺し両足を左薙ぎで切断。

 

「た…たた……助けてぇぇぇ~~~ッッ!!!」

 

左腕で持ち上げたまま彼女の頭部に視線を合わす。

 

「嫌だね」

 

切上によって首を跳ね落とした後、地面に捨てて左手のソウルジェムを踏み砕く。

 

円環のコトワリに導かれる光を背に悪魔は次の獲物を求める。

 

裁きが生まれる光景は続く。

 

「やっぱり…諦められない…。でも、変身能力を取り上げられたら…生きてけない…」

 

女子トイレに座り用を足していた魔法少女がいる。

 

誰かが入ってくる気配を感じて独り言を喋る口を閉じていたが、何かの違和感を感じ取る。

 

「な、何の音……?」

 

固い金属が引きずられる音が響いていたが自分のトイレの前で止まったようだ。

 

「ちょ、ちょっと!ここは今わたしが使って……ギャアッッ!!!?」

 

扉が蹴り破られ金具が外れた扉が彼女の上半身を貫く。

 

「悪いが…ここは今から()()工事だ」

 

悪魔の手に持たれているのは建築・土木で木杭を打ち込む時に使う両手持ちハンマーである。

 

彼女の両腕は貫いた扉に挟まれており身動き出来ない。

 

「まま…待ってぇぇーッッ!!!改心するから許してぇーッッ!!!!」

 

「ダメだ」

 

振り上げたハンマーが彼女の頭部を襲う。

 

「あガぱぁッッ!!!」

 

彼女の頭部はスイカ割りのように砕けた。

 

痙攣した体が死を受け入れ円環のコトワリに導かれる光を放つ。

 

悪魔は血濡れたハンマーを窓から投げ捨て次の獲物を探しにいった。

 

裁きが生まれる光景は続く。

 

テロによって人通りを失った踏切前。

 

「町から逃げよう…何処に行ったって、魔法を使って人間共から略奪すれば生きていけるし…」

 

踏切警報機が鳴り響き、電車が近づいてくる。

 

彼女の元まで電車が近づいてきた時、後ろには悪魔の姿が現れている。

 

「なら、この電車に乗って逃げろよ」

 

「えっ?」

 

振り向いた瞬間、踏み込み蹴りを浴びる。

 

「がはぁッッ!!!?」

 

彼女の体は蹴り飛ばされ…。

 

「なんだとぉ!!?」

 

運転士が叫んだ時には彼女の体は電車に跳ね飛ばされている。

 

慌てて非常ブレーキを使うが跳ね飛ばされてレールに転がる彼女の体は無慈悲に巻き込まれた。

 

体が切断され円環のコトワリに導かれる光を放つ。

 

乗客達が慌てた声を上げ外に目を向ける頃には悪魔の姿は消えていた。

 

裁きが生まれる光景は続く。

 

「ガボガボガボガボッッ!!!!」

 

大東団地街の公園には頭部を掴まれたまま噴水に顔を入水させられた状態の魔法少女がいる。

 

「火事に飲み込まれた被害者達も、息が出来ずに苦しんだ」

 

暴れていた体が痙攣して動かなくなっていく。

 

溺死した彼女の体は円環のコトワリに導かれる光を放ち消えていった。

 

裁きが生まれる光景は続く。

 

「た”す”け”て”え”ぇ”~~~ッッ!!!!」

 

四肢を蹴り砕かれた魔法少女は今、投げ捨てられた古い大型プレス機の下にいる。

 

彼は無慈悲にプレス機のボタンを押す。

 

プレス機が下降を始め魔法少女は泣き叫びながら助けを求めるが慈悲無き悪魔は吐き捨てる。

 

「火事に飲み込まれた被害者達も、天井に潰される苦しみを味わった」

 

「許しべげぇッッ!!!!」

 

まるで蟻を踏み潰すかのようにして魔法少女は体ごとプレスされた。

 

円環のコトワリに導かれる光を背に工匠区の工場から悪魔は姿を消す。

 

裁きが生まれる光景は続く…続く…何処までも続いていく。

 

10人…20人…30人…。

 

革命に加わった魔法少女達が次々と殺されていく。

 

彼女達は一万人を超える規模の大虐殺扇動を行った。

 

日本の死刑判決の基準ともいえる永山基準を遥かに超える大破壊を実行した。

 

死刑とされるのは当たり前。

 

魔法少女社会を環の輪にしたい人物達は未来ある子供だからという理由だけで否定したのだ。

 

未来なら被害者達にもあったのだ。

 

……………。

 

彼女達の位置情報は人がスマホを携帯する習慣によって完全に把握されている。

 

だが流石に東の魔法少女達も異変に気が付き始めたようだ。

 

「ど、どうしたの時雨ちゃん…こんな遅くに電話をかけてきて?」

 

時刻は既に23時頃。

 

その日のうちに変身能力を剥奪されたはぐむは家に戻り、これからを考えていた時だった。

 

「ぼくと一緒に逃げるんだ、はぐむん!!何処か遠くに…神浜じゃない何処かへ!!」

 

「い、いきなり過ぎるよ…。神浜に居場所は無くなったけど…他の街も同じだよ」

 

「違うんだ!!革命に参加した魔法少女達との連絡がつかないんだよ!」

 

「えっ…?どういう…ことなの…?」

 

「分からない…もしかしたら、観察処分なんて嘘で…闇に紛れて殺しているのかも!」

 

「そ……そんな…やちよさんは倒れたはずでしょ!?」

 

「西側の魔法少女達が独断で行っているのかも…常盤ななか達のことを思い出して!」

 

事態を把握したはぐむの顔が恐怖に引きつり、全身が震えていく。

 

「ど…何処に逃げるの…?行く当てなんて思いつかないよぉ!私達…もうただの人間だよ!!」

 

「だったらこうしよう!ぼく達を殺そうとする者から守ってくれるよう…西の長に頼むんだ!」

 

「やちよさんは倒れてる!守ってなんてくれない…お終いだよぉ!!」

 

「それでも…やちよさんと考えを同じくするみふゆさん達がいる!急いで家から出て!!」

 

恐怖に引き攣った顔のまま急いで準備を始める。

 

「財布とスマホ…下着とか…ああ…考えが纏まらないよぉ!!着の身着のままでいい!!」

 

財布とスマホだけを持ち彼女は急いで自宅から飛び出して新西区に向けて走り続ける。

 

そんな彼女の前方の道路から走行してきた車の存在に気が付いてしまう。

 

「えっ……なに…あの古いアメ車……?」

 

彼女から離れた場所で停車した不気味な車に恐怖を感じる。

 

「う…嘘……あの車……人が乗ってない!?」

 

突然車のヘッドライトがハイビームとなり、はぐむは眩しさを手で覆う。

 

<<ハァイ♪この国の魔法少女さん>>

 

変身能力は失っているが魔法少女は悪魔の声が聞こえる存在。

 

「な…なんなの……この女性の声?ま、まさか……あの車が喋ったの!?」

 

「ダーリンのお手伝いに来ました~♪」

 

後輪が回転し、急発進してはぐむに迫る悪魔とは人修羅の仲魔のクリスだった。

 

「いや……来ないでぇ!!!」

 

魔法少女に変身出来ない彼女は戦う術もなくガムシャラに逃げるのみ。

 

「助けてぇ!!誰か助けてぇ!!!」

 

人間達に助けを求めるがテロが起きた為に外出は自粛されている。

 

自分達が招いた光景だ。

 

「ヒィ!!」

 

歩道に入った彼女をひき殺そうとガードレールに体当たりを仕掛けてくる。

 

「怖い……怖いッッ!!助けて時雨ちゃん!!!」

 

Uターンしてきたクリスがなおも追撃。

 

狭い路地裏に入り込み、必死になって向こう側の道路まで逃げる。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!!」

 

周囲を見回していたが向こう側からクリスが回り込んでくる。

 

「逃げなさい逃げなさい♪あぁ…久しぶりの人殺しは…堪らなく興奮するわ!!」

 

「来ないでぇ!!」

 

狩りを楽しむかのように彼女を追い続ける妖車。

 

この光景こそかつてアメリカを震撼させたクリスの姿だった。

 

工匠区まで入り込んだ彼女は見つけた工場のフェンスをよじ登る。

 

「キャァ!!」

 

勢い余って上半身が回転し、背中から地面に叩きつけられたが痛みを気にしている暇は無い。

 

立ち上がって走り続ける彼女に向けてフェンスを突き破って走行してきたクリスが猛追。

 

狭い工場の一本道を走る彼女を容赦なくクリスが追いかけてくる。

 

クリスは体を壁に擦り付けながらも追撃の手を緩めない。

 

「こんな目に合うなんて…!!やっぱり藍家さんになんて…関わらなければよかった!!」

 

工場内に入り込む彼女を追い、クリスは中で停車。

 

見れば彼女は荷物を搬出するシャッターを開けられずに立ち往生しているようだ。

 

エンジンが噴き上がる音が響く。

 

「来ないで…来ないでよぉ……許して…許して下さい……!!」

 

「そうねぇ?でも…被災して助けを乞う人間達に対して…魔法少女至上主義者は()()()()()()()

 

車体が急発進する。

 

狭い搬出口の横壁に車体がぶつかるが強引に車体をねじ込み続ける。

 

「イヤァァーーーッッ!!!助けて時雨ちゃーーーんッッ!!!!」

 

白煙を撒き散らしながらも強引にねじ込まれた車体が彼女に体当たりを仕掛けてくる。

 

「アァッッ!!!!」

 

彼女の下半身は壁に挟まれ車体のフロントに押し潰された。

 

ボンネットに上半身を叩きつけられた彼女が悲鳴を上げていく。

 

「痛い…痛いよぉ……助けて…お母さん……お母さんッッ!!!!」

 

「体を潰されたのは…火事に飲まれた人間も同じ。それをもたらした因果を…アンタも味わいな」

 

車の四輪から雷がほとばしり、小規模ながら全体に雷の一撃を放つマハジオが放たれる。

 

「アァァァーーーーーッッ!!!!!」

 

彼女の全身は関電していき、皮膚や髪が燃え上っていく。

 

搬出口から出る頃には黒焦げとなった遺体が円環のコトワリに導かれていく光景だけが残った。

 

「あぁ…最高の夜ね!ダーリンについて行けば…まだまだ美味しい思いが出来るかも♪」

 

彼女の車体はみるみるうちに回復していき、車体が元通りになった頃には再び狩りに向かった。

 

……………。

 

工匠区と栄区の境にある公園には宮尾時雨が不安な表情をしたまま佇んでいる。

 

ここで安積はぐむを待ち、合流したら西側に逃走しようと計画しているようだ。

 

「みふゆさんには連絡して事情を説明した…。もう少しでここに来てくれる…」

 

みふゆの家は水名区でも有名な呉服屋であり、スマホで検索すれば電話番号も分かる。

 

「なのに…はぐむんとは連絡がつかない…。ま、まさか…そんなこと…ないよね?」

 

嫌な予感が巡っていき彼女の体は震えていく。

 

「こんな事なら…魔法少女は人間よりも優れているだなんて…考えなければ…」

 

<<魔法少女になって、人間よりも優れた存在になれたなら、劣る存在を殺してもいいか?>>

 

心臓を鷲掴みされる程の恐怖を感じさせる男の声が響く。

 

「あっ……あぁ……」

 

近づいてくるのはみふゆではなく魔法少女の虐殺者だった。

 

「リベラル優生学か?遺伝子編集が可能となった今、人為的優生人種も産み出せるようになった」

 

「は…はぐむんじゃない…彼女は何処なの…?」

 

「各人は自分の生き方を選択する権利があるというリベラル本質もあるが、魔法少女は逆だな」

 

「何の話をしているの…?彼女は何処なの…?」

 

「親が我が子に押し付ける優生学ではなく、子供が親たち人間に押し付ける優生学。反吐が出る」

 

「そんな話は聞いてない!!はぐむんは何処かって聞いてるの!!」

 

「テロの主犯格である安積はぐむか?そいつならクリスに任せておいた」

 

「えっ……?」

 

「あいつは人殺しに飢えていたからなぁ、意気揚々と出かけていったよ」

 

その言葉を聞いた時雨は、はぐむが先に円環のコトワリに導かれた事実を理解した。

 

「そんな…ぼくのせいだ…。ぼくがひめなの理屈に賛同したから…はぐむんまで巻き込んで…」

 

「ナチスは優生思想の政策を施行した。その中でも有名なのが…障害者を間引くT4作戦だ」

 

「T4…作戦…?」

 

社会ダーウィニズムに基づく優生学思想によって劣等分子は断種されるべきだと説かれた。

 

これにより治療不可能な患者は安楽死させるべきだとしたのがT4作戦。

 

生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁。

 

民族の血を純粋に保つというナチズム思想により殺された人間の数は公式資料で7万273人。

 

まさに優れた人種だけを優先する傲慢な悪魔の所業。

 

「そんなにも弱い連中が嫌いか?気に入らない弱い連中など死ねばいいと言うか?」

 

――弱肉強食を貴ぶ…選民思想の魔法少女至上主義者め。

 

「く…来るな……来るなぁ!!!!」

 

今の彼女はあれほど軽蔑していた弱い人間と変わらない姿をしている。

 

弱い人間は強者である魔法少女によって命を含めた人生を管理される。

 

彼女たち魔法少女至上主義者が信じた思想だ。

 

背を向けて逃げようとする彼女だが突然倒れ込む。

 

「ウアァァァーーーーーッッ!!!!」

 

彼女の両足は魔力調節で刀身を伸ばした光剣によって切断されていた。

 

「強者が弱者を管理する思想を信じた強者なら俺に命を管理されるのも認めるよな?」

 

「嫌だ……嫌だぁぁ……死にたくない……助けて…助けて…」

 

「自分は良くて他人はダメ?何処までも腐ったダブルスタンダードだな…魔法少女至上主義者?」

 

悪魔の右手が持ち上げられていく。

 

「誰か…助けてぇぇーーーーーッッ!!!!!」

 

「都合のいい時だけ弱者と差別した人間に助けを求める。貴様の腐りきった因果…俺が焼き滅ぼす」

 

指が鳴らされた瞬間、時雨の体が業火に包まれる。

 

<<アァァァーーーーーッッ!!!!!>>

 

燃え尽きていき、円環のコトワリに導かれる魔法少女至上主義者の最後を人修羅は見届けた。

 

「…現人神を気取ろうとした魔法少女も劣る存在と差別した人間のように燃え尽きていく」

 

――所詮貴様ら魔法少女は、俺たち悪魔にとっては劣る者なのさ。

 

踵を返し、次の獲物のもとに向かう為に歩き去る。

 

「主犯格の宮尾時雨と安積はぐむを始末したのならルミエール・ソサエティの残りの主犯格は…」

 

その人物とは天音月夜の妹である天音月咲。

 

彼女の竹細工工房の住所なら把握している彼は次の獲物を狩る為に動くのだが…。

 

<<なんてことをしてくれたんですかッッ!!!!>>

 

公園の出口には2人の魔法少女が立ちはだかる。

 

「……貴様らか」

 

その人物とは先ほど水名神社で出会ったみふゆと鶴乃。

 

彼女達は変身した姿のまま魔法武器を構えている。

 

「…その姿が貴方の正体だったのですね」

 

「何者かは知らない…でも!!時雨を理不尽に殺した貴方を…私は絶対に許さない!!」

 

怒りをぶつけてくる者達に対して彼は悪魔の姿を隠さない。

 

「俺が何者かなら教えてやる。俺は悪魔であり…東京の魔法少女達からはこう呼ばれた」

 

――魔法少女の虐殺を行う者…人修羅とな。

 

その名を聞いたみふゆは東京観光をしていた時に襲ってきた魔法少女達の言葉を思い出す。

 

「貴方が…東京の魔法少女達が言っていた…」

 

「悪魔であり…魔法少女の虐殺者……人修羅なんだね…」

 

彼女達は戦慄する。

 

東京の魔法少女が震えあがり、従うしか選択が与えられない程の恐怖存在が神浜に潜伏していた。

 

今目の前にいるのは魔法少女に社会全体主義を敷く恐怖政治を行う者。

 

魔法少女社会に向けて革新的暴力革命を行う共産主義者であり独裁者であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜でもトップクラスの魔法少女達を相手にしても微動だにせず隙もない。

 

仕掛けようにも悪魔の力がどれ程のものか分からない彼女達は動く事が出来ないようだ。

 

「悪魔なんて…いたんだね。キュウベぇはどうして…教えてくれなかったのかな?」

 

「…私達が聞かなかったからです。あの存在は…昔からずっとそうでした」

 

「ねぇ…悪魔の貴方に聞きたいんだけど。もしかして…悪魔は魔獣みたいにいっぱいいるの?」

 

「…それを聞いてどうする?魔獣狩りのついでに俺たち悪魔も狩りたいか?」

 

「俺達と言いましたね?だとしたら…やはり悪魔は何体もいると考えるべきです」

 

「……想像したくない光景だね」

 

「そこをどくか、俺と今直ぐ殺し合うか…選ぶがいい」

 

悪魔の殺気はあの時見せた時以上に2人の体を強く叩きつけていく。

 

2人だけで敵う相手ではないと悟り、相手の出方を伺う為の悪魔会話に移ったようだ。

 

「私達がルミエール・ソサエティの魔法少女を死刑にしなかったから…貴方が行うわけですか?」

 

「俺は言ったはずだ。誰かがあいつらに裁きを与えるとな」

 

「何様のつもりなの!国家権力でもないのに、司法暴力を振りかざす権利があるって言うの!」

 

「国家権力でもない魔法少女が治世を行い、司法の真似事をしているお前達がそれを言うか?」

 

「うっ……それは、そうだけど…」

 

「国家なら司法暴力を振りかざしていい?なら独裁国家がやった虐殺歴史は肯定されるべきだ」

 

「個人にしても国家にしても…人を裁くなら皆の為となる明確な根拠が必要だと言いたいの?」

 

「司法は行政に奉仕する為に生まれた。行政とは国民の利益を最優先にする為に存在している」

 

「だから国は国民の利益を最優先にする為に…司法暴力を振りかざすんだね…」

 

「…日本では民衆が望む応報刑ではなく、社会秩序の為の抑止力としてしか機能しないがな」

 

「国が民に代わり…仇を討つ。それが旧刑法の理屈でしたが…民衆は政府に裏切られたのですね」

 

「国は魔法少女に対して何をしてくれた?」

 

「……それは」

 

「何もしてくれていない。それどころか魔法少女の存在さえ国民に伝えてなどくれない」

 

「だから貴方は…民の利益を最優先にしなくなった国家に代わり魔法少女を裁くのですね」

 

「そうだ。国が民衆脅威を野放しにするのなら俺が魔法少女を管理する。命も含めてな」

 

「そんなの…傲慢だよ…」

 

「国に代わり治世の真似事を勝手にやってきた傲慢なお前達が…それを言うのか?」

 

自分達に都合が悪い部分を悪魔に見抜かれてしまうため鶴乃は黙り込んでしまう。

 

「自分は良くて、他人はダメ。どいつもこいつも腐りきったダブスタ共ばかりで反吐が出る」

 

「どうあっても…私たち魔法少女社会に向けて社会全体主義を敷きたいのですね」

 

「東京と同じくな。だが、この神浜にそれを敷く役目は俺ではない」

 

「ま、まさか…!貴方は…ななかさん達とも繋がりがあるのですか!?」

 

「もしかして…ななかに人間社会主義思想を伝えたのは…」

 

「…俺はななか達の為に神浜魔法少女社会に向けて人間社会主義の道を切り開く」

 

彼は指の関節を鳴らしていく。

 

「俺に情けを期待するなよ…魔法少女共」

 

「どうしてなの…?貴方だって人間の為に戦ってるのに!どうして時雨達を殺すのさ!」

 

「身内だけが可愛いく、人間の苦しみを観ようとしない貴様らと俺を一緒にするな…ムカつくぜ」

 

悪魔会話は決裂したも同然の空気。

 

しかし果敢にもみふゆが彼の前に出てくる。

 

「……ここをどけば貴方はまたテロに参加した魔法少女達を殺しに行くのですか?」

 

「次の獲物は決めてある。このテロを起こした主犯格だけは…一秒たりとも呼吸をさせたくない」

 

「そうはいきません!私は…魔法少女達が手を取り合える未来を…やっちゃんと共に信じます!」

 

「お前が俺に立ち向かうか?…体が震えているくせに」

 

悪魔化した人修羅の圧倒的魔力を彼女達は感じている。

 

まるで小学生時代に戻ったかのように彼女の体は震えており涙が目に浮かんでいく。

 

それでも彼女はもう決めてある。

 

「私は…今でも半人前です!それでも…私とやっちゃんは!2人揃って一人前!!」

 

――やっちゃんだけに…痛みと苦しみを与えさせはしません!!

 

――私だって背負います!!

 

戦う覚悟を決めたみふゆに続くようにして鶴乃も武器を構える。

 

「……さっき俺が言った言葉を理解していないようだな」

 

悪魔の金色の瞳が瞬膜となる。

 

「えっ……?」

 

五感を狂わされる幻惑魔法である原色の舞踏が行使されたようだ。

 

2人の目の前には既に悪魔の姿は消えてなくなっていた。

 

幻聴が聞こえるかのようにして人修羅の声が耳に響いてくる。

 

<<主犯格の命を早く消し去りたいなら…お前達の相手をする時間など秒も無いということだ>>

 

それだけを言い残し、彼の姿は魔法少女狩人として突き動かされていった。

 

「幻惑魔法…だよね?悪魔は…魔法少女と同じような魔法が使えるってこと…?」

 

「大変…月咲さんが危ない!!私は月咲さんに連絡を入れます!」

 

「私はみんなに連絡するよ!あの悪魔が相手じゃ…私たち全員で戦う以外に勝ち目なんてない!」

 

2人も突き動かされるかのようにして対応に追われた。

 

この世界の神浜市には環をもたらす魔法少女は遂に現れてはくれなかった。

 

代わりに現れたのは魔法少女達を分断し、虐殺する者。

 

その者の姿は環をもたらす魔法少女の姿である白とピンクのフード姿などしていない。

 

魔法少女の返り血の赤を漆黒に染める邪悪な衣服を纏う者。

 

彼の者の名は人修羅。

 

魔法少女の虐殺者にして、断罪者。

 




読んで頂き、有難うございます。

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