人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
北養区の街明かりも近づく山道の路肩。
ボロボロのクリスをここまで押してきた尚紀はそこに駐車させて小休止中だった。
黒いウィザードコートのポケットからタバコの箱を取り出し、一本口に咥える。
右手の人差し指と中指から小さな火を灯し、紫煙をくゆらせた。
「……………」
今夜は様々な事が起きてしまい、彼の心にも乱れが生じている。
「尚紀のスマホ、また壊れちゃったニャ」
「クリスと一緒に爆発したものねぇ…しょっちゅう壊すわね」
ネコマタとケットシーはクリスの裏側で車体に背を向けて座り込み適当に過ごす。
考え事をしていたらタバコを吸いきり、吸い殻を指で弾き空中で燃やして消し炭とする。
もう一本タバコを咥えて吸っていた時、北養区方面から車の明かりが近づいてきた。
「あの高級セダンの外車を運転している奴は…ニコラスか?」
尚紀たちの路肩に停車し車から降りて近づいてきたのはニコラス・フラメルだ。
「よく俺達がここにいるって分かったな?」
「私には魔石の力があるのを忘れたかね?」
「そういやそうだった。迎えにでも来てくれたのか?」
「その通り。派手にレースバトルをする光景も見えていた」
「有難い。欲を言えば、クリスを牽引出来るSUVで来て欲しかったよ」
「アタシは車体を回復させきったら自力で帰るわ。先に行ってていいわよ」
「悪いがそうさせてもらう」
「ニャ―?この爺さんが、尚紀が言ってた伝説の錬金術師で…」
「もう700歳近い…中世時代の人間なのよね?」
「初めましてかな?尚紀君の可愛らしい仲魔達。私がニコラスだ」
「助かったニャ―。オイラ歩き疲れてヘトヘトだったし」
「伝説の錬金術師と知的な会話が出来る!こんなチャンス生涯に一度あるかないかね」
「悪いが…君達を乗せていくわけにはいかないんだ」
「「えっ!?」」
「どういう意味だ?」
「尚紀君と2人で…内密な話がある。他人に聞かれるのは不味いのだ」
尚紀に視線を向ける2匹の猫悪魔達だが、彼は渋々承諾する。
「ネコマタ達はクリスの車体が回復したら家に連れて行ってもらえ」
「仕方ないニャ―、そうするニャ」
「残念ね…でも、尚紀の友人なら家に遊びに来てね。その時に知的な会話を聞かせて欲しいの」
「そうさせてもらおう。それじゃあ、乗ってくれ尚紀君」
タバコの吸い殻を指で弾き同じように燃やし、彼はニコラスの車に乗り込む。
車をUターンさせ、高級セダンは神浜市を目指していく。
「時刻も深夜の3時半か…もう時期に夜が明ける」
「…この鼻を衝く程の血の臭い。どうやら革命魔法少女は全員極刑とされたようだね」
「…一部を除いてな」
「これで君は彼女達からこう呼ばれる。神浜魔法少女社会を破壊しにきた虐殺者であり…」
「…悪者だとな」
「彼女達は君を呪うだろう…大衆娯楽と化した善悪二元論を振りかざしてな」
「善悪二元論か……」
北養区の街に入った頃、ニコラスが重い口を開く。
「…ゾロアスター教という宗教を知っているかね?」
「いや、詳しくは知らない。それについて語りたいなら、家に寄ってもらえたら聞くが?」
「…車の中で話そう。長い話になるから、君の家には向かわず遠回りをさせてもらう」
「…分かったよ。それで、ゾロアスター教ってのは?」
「ペルシャの地に移住したアーリア人の民族的な信仰を基本とした宗教さ」
【ゾロアスター教】
イランに住んでいたアーリア人は、ミスラやヴァーユなど様々な神を信仰する多神教であった。
後にペルシャとインドに分かれてからはアスラ神族とデーヴァ神族(ヴィシュヌ等)を切り離す。
アスラ神族をアフラ・マズダーとして扱い信仰対象として創設したのがゾロアスター教である。
善の神アフラ・マズダーの他に、悪の神アーリマンという神が教義の中に存在している。
善の神と悪の神の二元論を信仰し、二元論はキリスト教やグノーシス主義などに引き継がれた。
世の中の事象を
「善の神アフラ・マズダー…そして、悪の神……アーリマン……」
アーリマン(またはアンリ・マンユ)。
その名はかつて戦った事があるシジマのコトワリ神の名でありシジマを掲げた氷川を表す。
「光明神アフラ・マズダーは仏教においては阿修羅と呼ばれている者達の王でもある」
「アスラ王…かつての世界で仲魔から聞いた事がある悪魔だ。別名はヴィローチャナだったか」
「東大寺の大仏のモデルとはアスラ王のことだ。真言密教では教主であり本尊…大日如来だ」
彼は自身の悪魔名とも言える人修羅の名を考える。
修羅とは阿修羅(アスラ)を略して表すのだ。
アスラ神族はヒンドゥー教ではアムリタをデーヴァ神族に奪われ不死を得られなかった悪神達。
仏教では帝釈天インドラに須弥山を追われ周囲の大海へ追いやられたとされる。
その後の仏教で彼らは神格化され、アスラ族の王は大日如来として崇められるようになった。
「
「ああ…俺も悪者にされ続けて理解出来たよ」
――彼ら、または彼女達の正しさの概念は独特であり、根拠を必要としない。
「この世には最初から
「自分はその正しさを常に選択していると思い込む傾向にある…根拠もなく、論証もしない」
「正しさ同士がぶつかった場合には…相手の劣等性を指摘する事で自己の正しさの担保とする」
「曲解でも捏造でも、その件と全く関係なくとも…なんでもいいのだ、
「相手の劣等性を指摘した時点で…自身が指摘された問題を
「それがこの街で正義を気取ってきた魔法少女達にされてきたことだったんだね」
――善悪二元論とは、自身のその時の感情的利益を正しさとする余りにも危険な哲学。
――正しさがどう正しいのかではなく、
「自身と異なる意見や反論を無条件に間違いとする。…これが二元論的思考だ」
「ニーチェが一神教宗派の善神勝利一元論に即した善悪二元論を批判した理由も分かってくる」
「この思考に陥ると、必ずダブルスタンダードとなると経験出来たな」
――自分は良くて、お前はダメ。
「自分は正しく、他人は間違っている。それに心理バイアスがかかれば…間違いを棚上げする」
「一方的に相手のみを悪者サンドバックに出来る。自分達は絶対正義だと気取りながらな…」
「匿名性の高いSNSの政治ツイート光景さ。論証しない理屈を相手に押し売りするだけだ」
「持論の説明責任さえ果たさず、従わない者は悪者レッテルを張り付ける印象操作だろう?」
「…人って生き物は、こうも無責任でいたいのかよ。汚職政治家なら叩く癖に自分はダメとくる」
「宗教や哲学等が認識法を生み出し、善悪二元論のような人間社会的な二元論に陥ってしまった」
「こうやって人々は分断されていくんだな…」
――そこまで…人は正義を玩具にしたいのか…。
「涼子…お前の憂いは正しいよ。だからこそ魔法少女社会にはシジマの思想が必要だ」
「酒の席で語ってくれた事があったね。かつての世界において、新しい思想の一つだった…」
「感情否定のコトワリ。それはきっと、仏教主体のガイア教徒だった氷川が望んだ釈迦の捨断だ」
「欲望の捨断…たしかに欲しがる心さえ消えて無くなれば…愚かな善悪二元論など成立しないな」
「正義として認められたいという承認欲求的な欲望こそが、あらゆる至上主義の源だ」
「だからこそ…君は魔法少女社会を変えるんだね?」
「奇跡の如き変革は無理だろうが…少しづつでも変えていきたい」
「まるで君は社会の変革を求める冒険に旅立ち、命を落としたチェ・ゲバラだな」
「冒険家か…。確かにこの世界に流れ着いた俺は冒険家のようにも見えてくるだろうが…」
――俺は、自分の真理を証明するためなら…命も賭ける冒険家でありたい。
「君は魔法少女社会の解放者になるのかい?」
「違う、そんな者は存在しない。人は自らを解放するんだ」
「そのための道を君はこれから用意するんだね」
「ああ…。ところで、いつまで車を走らせるつもりなんだ?」
時刻は既に早朝の4時前であり、時期に空も青くなっていく時間。
ダラダラと神浜の街を走行していたら南凪区にまで来ていた。
「すまないね…会わせたい人物との待ち合わせ時間まで時間を潰す必要があった」
「会わせたい人物だと?」
「私にとっては友人であり、君にとっても大切な人だ」
「南凪区…そして俺にとって大切な人……だとしたら」
「こんな勝手な真似をしたことを許してくれ。それでも私は…彼の最後の願いを果たしたい」
「彼と言ったな?だとしたら…あの爺さんしかいない」
車は南凪路前の駐車場に入り停車する。
「ついてきてくれ。彼の元まで案内しよう」
怪訝な表情を浮かべながらも言われた通りについていく。
後に彼は思い知ることになるだろう。
己の道もまた、善悪二元論に縛られた道に過ぎなかったことを…。
――――――――――――――――――――――――――――――――
南凪路には蒼海幇の長老が経営している武術館がある。
時刻は深夜2時であるが武術館内には明かりがついていた。
明かりのついた館内にいたのはひたすら木人椿(もくじんとう)を叩く長老だった。
素早く、そして正確な動きと共に力加減もコントロールされた突き・蹴り・払い動作。
乾いた音が響き続ける館内に向かって歩いてくる年老いた女性が現れる。
「アンタ、行くんだね」
鍛錬を続けていた音が止まり、彼女の方に振り向く。
現れたのは長老の妻だった。
「……ああ」
「相手はアンタの弟子であっても、勝てる相手じゃないことぐらい分かるんだろ?」
「純粋な魔力勝負を仕掛けられれば手も足も出ないが…彼にはそれが出来ない」
「語ってた通りのお人好し悪魔ってわけかい?その弱点をついて…勝てそうかい?」
「分からん。尚紀君の技量の習熟速度は桁外れじゃ…あれも人修羅と呼ばれる悪魔の力かものぉ」
「…アンタは刺し違えようとしてる…違うかい?」
それを聞いた長老は細目を開き、近づいてくる。
「…長いこと、
「何を今更。悪魔のあんたと共に70年も生きられたんだ…感謝したいのはこっちの方さね」
「初めて会った時は12歳の小娘じゃったのぉ。それからじゃ…共に生きるようになったのは」
「最初はひ孫、次は孫、次は娘で…そして妻」
「ワシは…見た目が変わることはない。それでも一世と二世はワシの正体を秘密にしてくれた」
「何言ってんだい。悪魔のあんたが守りぬいてくれた…蒼海幇の歴史じゃないか」
「それも終わらせようと思う。次の長老は…陳健民に譲ることにしたよ」
「アンタが武術館を開いた時の最初の一番弟子だった人だねぇ。サングラス顔が不気味だけど」
「彼ならば人徳もあり、蒼海幇のまとめ役として十分じゃ。そのためにあの暴動を利用した」
「南凪路に攻めてきた暴徒達への対処をあえてアンタはやらず…陳健民さんにやらせてたね?」
「彼の的確な判断によって暴徒の群れを退けられた。長としての器量は十分じゃ」
「それに老いた体を感じさせない武術の腕前も持つ。アタシも鍛えてたらよかったねぇ」
「お前はワシの小遣い巻きあげて趣味に没頭しておったしのぉ。昔は強かったのに嘆かわしい」
「五月蠅いねぇ今更…。でも、アンタに甘えすぎてたってのは認めるよ」
「やれやれ…身寄りのないお前の世話を続けてきたが、甘やかし過ぎたもんじゃ」
「フフッ、それでも…十分過ぎるくらいの人生を与えてくれた。そしてそれはこれからも続く」
その言葉を聞かされた長老は顔を俯けてしまう。
「…ワシが生きて帰ってこれなかったら、この武術館と内弟子たちの面倒は陳健民に…」
「言うんじゃないよ!縁起でもない!!」
妻の怒声に肩を竦めるが、長老の覚悟は変わらない。
「……美雨が近づいて来ておる」
「分かってるよ。老いて戦う力も無くなったアタシにだって…それぐらいは分かる」
「ワシは彼女に見届け人を頼んだ。ワシの死は…彼女が伝えに来る」
「願わくば…美雨ちゃんとアンタが、一緒に帰ってきてくれることを…願うよ」
武術館の扉を開けて入ってきたのは暗い表情の美雨である。
「……行くぞ、美雨」
「……分かたネ」
俯いたまま彼女は長老の後についていく。
2人を見送る老婆の表情にも恐怖の影が滲んでいる。
「その義侠心は人間のために修羅の道を進む弟子の未来を救うため…。それでも…辛いね」
握り締められる左手には結婚指輪らしき品が見える。
その指輪は
「…己達せんと欲して、人を達せしむ」
老婆が呟いた言葉は孔子が残した言葉だ。
自分が目的を達成しよう思うときは、まず人を助けてその人の目的を遂げさせてやる。
仁者は事を行うのに自他の区別をしないということを表した。
「義を見てせざるは勇無きなり…アンタはいつだって、誰かのために命を張ってきた」
――不条理な願いで滅ぶしかないアタシの人生を…救ってくれたんだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
誰もいない中華街の夜道を歩く。
神浜関帝廟の前まで来たニコラスが止まる。
彼の横まで歩いてきた尚紀が離れた場所で立つ2人に目を向けた。
「……マスター、それに美雨か」
彼の前に立っていたのは神浜との繋がりを彼に与えてくれた大切な2人だった。
「ニコラス、こいつらの用事については聞いていないか?」
「それは彼らの口から聞いてくれ。私は離れておくよ」
そう言い残してニコラスは関帝廟の門横まで向かう。
門前の通りに立ち向かい合っていたが、重い口を先に開いたのは美雨である。
「…離れたこの場所まで染みついた血が臭うヨ。一体…どれだけの魔法少女を殺したカ?」
それを聞いた尚紀は察した。
2人は彼の行った所業を糾弾しに来たのだと。
「当然の報いを与えてやった。これには司法根拠もある…俺の身勝手な総意気取りではない」
「司法根拠じゃと?だとしたら、昭和23年の最高裁判決じゃな」
「長老、それは何ネ?」
「日本の死刑制度が社会防衛方法として認められた判決内容じゃ」
「そ…そんなの理不尽ネ!!死刑として国に殺される犯罪者だて…家族や友達はいるヨ!!」
まるで加害者を弁護する人権団体の口ぶりを続けてしまう美雨に対し、長老が細目を開く。
「…令和元年の今年、京都のアニメ制作会社で痛ましい放火殺人事件が起きた」
「7月18日に起きた…あのガソリン放火殺人事件カ?」
「男を含む71人が死傷。社員36人が死亡、33人が重軽傷」
「日本で起きた事件としては、過去に例を見ない大惨事となった。…俺も覚えてる」
「素晴らしいアニメを消費者に提供してくれた企業に対する…余りにも理不尽な所業」
長老が美雨に問おうとしてるのは日本の死刑制度の根幹部分ともいえるもの。
「死刑の判断基準を10倍以上超えている犯人に、家族や友達がいれば…」
――
神浜で起きた革命暴動の死傷者数は数万人規模。
東京で彼が殺戮してきた魔法少女達にだって家族や友達はいた。
もちろん神浜でテロを起こした魔法少女達にだって家族や友達はいた。
死刑を許すべきなのか?
長老の言葉を聞いた美雨は俯いて黙り込む。
「テロには屈さない…日本を含めた世界の判断基準だ。テロを行った魔法少女達は死ぬべきだ」
「そんなの……魔法少女達が可哀相ネ……」
「その感情だよ、美雨」
「私の……感情……?」
「自身のその時の感情的利益を正しさとする。二元論的思考だ」
「……善悪二元論か」
「感情が傾く方にだけ味方をし、違う立場の者を否定する。己の正しさしか認めない」
「正しさ同士がぶつかった場合には…相手の劣等性を指摘する事で自己の正しさの担保とするか」
「相手の劣等性を指摘した時点で…自身が指摘された問題を相手の問題にすり替えられるんだよ」
「ち…違うネ!!私…私は別に…そんなつもりじゃ……」
「お前も俺を悪者にしに来たか?何でもいいぜ…曲解でも捏造でも、好きに俺を悪者にしろ」
そうすれば、魔法少女だけの環の輪を望む連中だけが正義の味方を気取ることが出来ると語る。
「言えよ」
「あ……うぅ……」
「俺を悪者だと罵れ。魔法少女を殺戮する鬼畜の悪魔だと罵倒しろ」
「私……わたし………」
美雨は彼を批判する力もなくなり両膝が崩れてしまった。
これがフィクションなどでも当たり前となってしまった正義執行の光景だ。
片方の悪い部分を切り取り、目立たせることで主人公達がやってきた所業を相手にすり替える。
フィクションの英雄物語。
英雄達は何をやってきたのだろうか?
英雄達の後ろ側には
それを問われるのは人修羅とて同じだ。
「ワシはお前さんの義の殺人は否定をせん。その上で…お前さんに質問がしたい」
「質問だと……?」
「善悪二元論を悪用したいのは…先のお前さんも同じ事になるのではなかろうか?」
「先の俺が…善悪二元論を悪用するだと?」
「美雨と魔法少女チームをしている常盤ななか…お前さんが接触した人物じゃ」
「ああ……ななかがどうした?」
「彼女はある日を境にして社会主義に目覚めた。それは…お前さんが与えた思想かのぉ?」
「その通りだ」
「美雨から聞かされておったが、常盤お嬢ちゃんは常日頃から魔法少女社会に疑問を持ってきた」
「だからこそ俺とななかの思想は一致した。俺はななかを魔法少女社会の長にしたい」
「お前さん…初めから常盤お嬢ちゃんを使って魔法少女社会に仕掛けたかったのでは?」
長老が語ったのはローマ帝国から続く侵略手口である
分割統治とは、ある者が統治を行うにあたり被支配者を分割することで統治を容易にする手法だ。
被支配者同士を争わせ、統治者に矛先が向かうのを避けることができる。
人種、言語、階層、宗教、イデオロギー、地理的、経済的利害に基づく対立、抗争を助長する。
連帯性を弱め、自己の支配に有利な条件を作りだすことを狙いとし植民地経営などに利用された。
ディヴィデ エト インペラ(分断して統治せよ)とはローマ皇帝の支配を意味した。
それを問われた尚紀は黙り込む。
黙示録の赤き獣と呼ばれし悪魔が用いるローマ帝国侵略手口。
黙示録の赤き獣とは7人のローマ皇帝を表すのだ。
「…ななかと出会えたのは偶然だったが、俺にとっては…得難い僥倖だった」
魔法少女の虐殺者は黙したままの長老に向けて己の本音を語りだす。
「神浜魔法少女社会に干渉する気はなかったが…この街の魔法少女には危機感を感じてた」
「善悪二元論に支配され、自分達の道徳精神こそが正しいと東の魔法少女を優遇する姿勢か」
「これでは遠からず大きな災いが起こる。ならば俺が干渉せず、魔法少女の誰かが社会を変える」
「常盤お嬢ちゃんは、お前さんにとっては願ったり叶ったりの存在であったか」
人修羅が干渉せずとも、彼の望む魔法少女社会主義治世を魔法少女達にやらせる結果を生む。
ローマ帝国の侵略手口である分割統治だと言われても否定は出来ないだろう。
「だが見通しが甘かった。ななかは人殺しと差別され、彼女の言葉を聞く者はいなかった…」
「…それもまた、正義を気取る神浜魔法少女達の危うさであったな」
「俺の目論見は潰え、その結果が今の惨状だ。だからこそ…この惨状は俺の甘さが生んだ」
「二度とこんな惨状を生み出さない。その為に作る社会とはファシズムのような共同体社会か?」
「…そうだ。失敗してはやり直す民主主義的治世では犠牲者ばかりが乱造されていく」
「全体主義ならば失敗しないとでも言うのか?社会主義独裁国家の歴史を知らんのか?」
それを問われた時、魔法少女の虐殺者の顔に動揺の影が浮かぶ
「俺達の治世が…自分達に都合がいい制度にしかならないと言いたいのか?」
「お前の治世ではない。お前が委任した常盤お嬢ちゃん達の治世となってしまう」
それは事実であり、反論することは出来ない。
「社会全体主義とはのぉ…独裁と腐敗しか起こり得ない不完全な政治なのじゃ」
民衆だけが大儀という道徳で虐げられ、政党に連なる者達にしか自由が与えられない。
それは尚紀も気が付いていた。
それでも彼はそれ以外の社会制度で個人の自由を拘束出来る仕組みを生み出せなかった。
動揺の影が色濃く顔に浮かび、汗ばんだ手を握り締める。
「ならばどうすればいい!?お前は今すぐ魔法少女達に英知を授けられるとでも言うのか!?」
「それこそお前さんのエゴじゃよ。魔法少女達を信じておらん」
「信じられるものかぁ!!あいつらの言動がそれを証明している!!!」
「疑うのは大切じゃ。しかし…信じることも大切なのじゃよ」
「なぜ信じられる!?自分の感情が全てだとでも言いたげな…魔法少女の態度を見せられて!!」
「不信を募らせた末に、社会脅威となりかねん魔法少女を弾圧する。その先には何が起こる…?」
自由を求める抵抗勢力が生まれ、
それを指摘された尚紀の心にまで動揺が広がっていき、冷静ではいられなくなる。
「そ…それは……」
「お前さんの強さなら生き残れるだろうが…常盤お嬢ちゃん達の力で生き残れるかのぉ?」
「う……うぅ……」
「常盤お嬢ちゃん達を、不信の果てに生み出した社会全体主義の生贄にしたいのか?」
嘉嶋尚紀にとって、その程度の価値しかなかったのだろうか?
彼と心を通わせる事が出来た常盤ななか達の尊い命は?
それを問われた尚紀の全身が震えあがっていく。
「お前も一つの正しさに縛られる善悪二元論者じゃ。魔法少女の劣等生を持論の担保とする」
「ち…違う!!俺は…俺は……」
「お前さんが根拠を用意出来たのは義の殺人。全体主義が間違わないという根拠は何処じゃ?」
「だが!!民主主義治世だって…全体主義と同じぐらい間違いを繰り返す!!」
「論点をすり替えるでない。ワシは全体主義が絶対間違わないという根拠を聞いておる」
「ぐっ……うぅ……」
「用意は出来んのじゃろう?政治の歴史が
「俺が望む治世もまた…間違っているというのか……?」
「お前の望む間違いの道。それによって犠牲となってしまう常盤お嬢ちゃん達が哀れじゃのぉ…」
人修羅は魔法少女同士の殺し合いには干渉してこなかった。
自らが望んで殺し合いの世界に来た者達ならいつ死のうが自業自得。
同じく殺し合いしか存在しない悪魔の世界に来てしまった己を含めて自業自得なのだと考えた。
果たしてそれだけなのか?
(俺は…魔法少女達が殺し合おうが関係ない。東京の魔法少女達に向けて…それを繰り返した…)
全ては優先すべき人間社会のために魔法少女を見捨ててきた。
もしも東京の魔法少女達の中にも彼と心を繋ぎ合える少女達がいたとしよう。
彼は同じように見捨ててこれただろうか?
「ななか…かこ…あきら…このは…葉月…あやめ…令……」
人殺しの悪魔であっても慕ってくれた魔法少女達の笑顔が脳裏に焼き付いている。
だからこそ彼は今まで通り魔法少女達を見捨てる事が出来ない。
利己的な愛に傾けば、自分にとって利益がある場合には愛ある態度を示せる。
しかし、自分にとって利益がない場合には、相手に対して愛ある態度は示せなくなるのだ。
これは彼だけでなく、違う可能性宇宙において環をもたらす魔法少女も同じ道を通った。
これが人間の限界。
何かを守るという事は何かを犠牲にする道。
人間は常に一つの道しか歩けない。
環をもたらす魔法少女が人間達を見捨てる裁判をしたとしよう。
ならば悪魔である尚紀は魔法少女達を見捨てるための殺戮を繰り返したのだ。
その光景はもはや
「俺は……俺は……」
両足に力が入らなくなった魔法少女の虐殺者も膝が崩れてしまう。
「人間社会を優先する魔法少女達だけを人間扱い。アパルトヘイト政策でいう
アパルトヘイトとは、南アフリカ共和国における人種隔離政策のことを指す。
かねてから数々の人種差別的立法のあった南アフリカにおいて1948年に法制として確立。
特権階級の白人だけが優遇され、黒人には何一つ権利が与えられなかった時代。
しかし日本国籍を有する者は1961年から経済上の都合から名誉白人扱いとされていた。
都合がいい人種だけを特別扱いする差別極まったレイシズム政策の歴史である。
「ワシの弟子は魔法少女を差別するレイシストとはのぉ。師であるワシの監督不行き届きか?」
蹲ったまま体を震わせるばかりの弟子に向け、師匠は淡々とした客観性を語る。
魔法少女も人修羅も責められる場の空気に耐えられなくなった美雨が叫ぶ。
「もういい…もういいネ!!私達も悪かた…ナオキも悪かた…それでいいヨ!!!」
だが、その叫びが引き金となったかのようにして彼の震えは止まった。
「……俺が悪かっただと?」
尚紀の顔に光る刺青が浮かんでいき、首の後ろからも一本角が伸びていく。
立ち上がった彼の表情は怒りに満ちていた。
「認めない……
「ナオキ!!いい加減にするネ!!私達ともう一度話あて……」
「ふざけるなぁぁーーーッッ!!!!」
怒りの魔力が噴き上がり、周囲に殺意がばら撒かれていく。
「俺は…人間社会を優先する魔法少女の虐殺者!!それでいい…それで構わない!!!」
「ナオキ!!目を覚ますヨ!!!私…こんな戦いはイヤネ!!!!」
虐殺者の耳の奥に木霊するのは愛した人達の言葉のみ。
「俺が命をかけてでも守るべき…かけがえのない人達とは…」
この世界に流れ着き、魔法少女と共に人間の守護者の道を歩んできた原点がある。
尚紀と風華が命をかけて守ってきた人種とは…誰だ?
「
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睨み合う両雄。
長老は細目を開いたまま微動だにせず、人修羅の殺気を受け止める。
「俺が求めるのは結束主義を超えた共同体主義。世界の魔法少女達は人間に忠を尽くすべきだ」
「社会主義を超えたコミュニズムか…。運命共同体を望み、世界市民思想を掲げて押し付ける」
「俺は絶対的な平等主義を掲げる。我々の魔力は力なき人間たちのために共有されるべきだ」
「私有財産制の廃止を魔なる者達の魔法という財産所有に当て嵌めた解釈か」
「生産と消費の両方の社会化…我々が生み出す魔法という生産と、使用という消費を社会化する」
「行き過ぎた平等主義が何をもたらした?お前はこの暴動で東の連中が何をしたか見たのか?」
「俺のやり方は連中と変わらない。そしてこれからも変わらない…」
――全ての魔法少女社会を思想統一し、魔法の力を人間のためにのみ尽くさせる社会制度を生む。
「俺は資本主義と共産主義の中間である社会主義を超える…。我々は世界と一つになるべきだ」
「徹底した個人主義の否定…そこには利己主義も利他主義も存在しない…世界への帰結か」
「俺はシジマのコトワリを敷く者。それは人類全てが世界を照らす信号台へと変わること」
「無機質極まりないのぉ…それでは魔法少女がインキュベーターと変わらなくなるぞ」
「あいつの感情に流されない合理主義は魔法少女に必要だ。感情があるからエゴイストになる」
「二度と過ちを繰り返させない…魔法少女社会に向けての絶対的秩序主義か」
堕天使が好む
それこそがシジマのコトワリなのだと人修羅の師匠は見抜いたようだ。
「それは認めん。その世界で自由になれる存在は…シジマの者達だけじゃ」
シジマに与した欲深き堕天使もそれが欲しかっただけの
それを聞いた人修羅は師匠の正体に気が付いた。
ボルテクス界の事を詳しく知る存在など人修羅側である魔なる存在でしかない。
「どうやらあんたを疑ったのは正しかったようだ。お前…悪魔なんだろ?」
「あく…ま……?」
動揺した美雨が振り向くが、長老は静かに首を縦に振る。
「すまなかったのぉ、美雨。お前たち3世世代は知らんだろうが…古い世代は皆知ってた」
「そんな…それじゃあ、長老はずっと昔から生きて…」
「戦後の闇市から発展し、蒼海幇をワシが組織した頃から…ワシの姿はこのままなのじゃよ」
「みんな…みんな知てたのカ?悪魔の存在や…魔法少女の存在を…?」
「美雨…下がっておれ。ここから先は…悪魔同士の戦場じゃ」
長老の足元から濃霧が生まれていく。
濃霧が周囲を覆いつくし、霧が晴れる頃には周囲は悪魔結界である異界化する。
霧で姿が隠れていた長老が再び現れた時、美雨は凍り付く。
「あ……あぁ……あぁぁ……」
彼女は中国の旧正月である春節や關帝誕が好きで南凪路のイベントには毎年参加した。
その時はいつも関帝廟のイベントにも参加して地域貢献してきた。
だからこそ美雨は見てきた。
三国志の英雄であり、蜀の猛将として名を馳せた義の武神の御姿を。
<<我は英雄!!関聖帝君なり!!!>>
【関聖帝君】
道教の財神であり武神でもある存在。
後漢時代の有名な武将、関羽(関雲長)が神格化されたものである。
義侠心に富み、その忠節を称えられた関羽は中国の歴代王朝からも篤い尊崇を受けた。
三界伏魔大帝神威遠震天尊関聖帝君を略し、関聖帝君として慕われてきた武神。
冥界に通じ、死者の無念を晴らす老爺とも呼ばれる。
また理財に精通し、金銭に囚われない潔癖性から財神としても信仰されてきた存在。
財神という性格から、各国で華僑が集う中華街では大抵関羽を祀る関帝廟が見受けられた。
「まさか…俺のマスターが…」
赤き肌を持つ雄々しき武神の姿を顕現させた師の姿を前にした人修羅の顔に冷や汗が伝う。
「あの三国志で有名な…関羽だったとはな…」
「私に稽古をつけてくれたり…蒼海幇を組織してみんなを導いたのが…関羽だたなんて…」
道教の神が目の前に現れたと理解した時、美雨の脳裏には尚紀と共に関帝廟に行った記憶が巡る。
「これがナオキ達の世界なのカ…?これじゃまるで…円環のコトワリと同じ…概念存在!?」
驚愕する美雨だが関帝廟門の柱の横に立つニコラスは知っていたかのような表情を浮かべる。
不意に彼は後ろからの気配を感じ取り、振り向かずに口を開く。
「…君が来ることも分かっていた」
ニコラスの隣に歩いてきたのはナオミである。
「これはどういう事なわけ?私に人修羅護衛の依頼をしておきながら…自分達で始末する気?」
「彼を始末することになるかどうかは…これから分かる」
「先を知っているような素振りだけど、彼が死なないと分かっているのなら…アナタ」
――自分の友人を、見捨てる気なのではなくて?
その言葉を聞かされたニコラスの手が握りこまれ、震えていく。
「…私とて辛い。こんな勝負は止めて欲しいが…それでもこの戦いは…ナオキ君に必要なのだ」
彼も苦渋の決断であったと察したナオミは黙り込む。
「美雨……あの子も辛い立場よね」
震え続ける彼女の元まで向かい、ナオミに気が付いた美雨は駆け寄ってきて抱き着いた。
「ナオミ姉さん!お願いだから…この戦いを止めて欲しいヨ!!」
「美雨…この戦いは…止めるわけにはいかないの」
「どうして…!?」
「これは武術家同士が納得した決闘。ならば…礼を見ていたら答えが分かるわ…」
人修羅と関聖帝君である関羽の両手が持ち上げられていく。
行うのは抱拳礼(ボウチェンリィ)だ。
中国武術の作法として右手は武、左手は文(文化、争わない心)を表す。
右手の武力を文化的平和の左手で包み込むことこそが本来望ましい状態である。
ならば逆を行えばどういう意味となるのか?
彼らが行った抱拳礼は武を司る右手で平和を司る左手の拳を包み込む形だった。
「あなたは私の敵である。死闘をもって…あなたの命を奪うよ」
「そ…そんな……やめるネ!!ナオキ!!長老!!!」
共に武を学び合った大切な人々が殺し合いをする。
まるでナオミの家族であった老師と親友だった者との死闘を再現する光景に見えてしまう。
「レイ……どうして……」
やりきれない表情を浮かべる女性達。
だが、男達は死を賭して拳法を構えた。
「…武器を抜かないのか?あんた自慢の青龍偃月刀が泣くぜ?」
「フフッ、ならば抜かせてみるがいい」
空気が歪むほどの圧迫感を互いが放つ。
「…最後に一つ、問答に付き合え」
「…言ってみろよ」
「人間とは何ぞや?悪魔とは何ぞや?そなたが行ってきた事それすなわち殺生なり」
――そのこと、ゆめゆめ忘れなさるな。
問われるのは相手を倒し、殺めるのはあくまでそうしてまで生かしたい者があるからという自覚。
問われた人修羅の口元には不敵な笑みが浮かんだ。
「…無論、永遠に続くさ。俺の
それを聞いた関羽は武神としてではなく彼と共に生きた老爺として口を開く。
「まるでお前さんは…人間として生きていた頃のワシ…そっくりじゃ」
だからこそ弟子の道を止める。
師匠は弟子の望む道を先に見てきた者。
義の殺人を繰り返した果てにあったのは
問答を終えた瞬間、互いが風となる。
開いた手を先に固めて仕掛けたのは人修羅だ。
「ハァァーーーッッ!!!」
高速で突き出される縦拳・手刀打ち・裏拳に対し、手首・腕を高速に動かして捌く。
止められた突きを開き、貫手を仕掛けるが捌かれる。
互いにワンインチ距離。
互いが激しい肘の打ち合いを行う。
「がっ!?」
身を捩じって避けた回転を利用した左肘打ちが人修羅の左側頭部に決まる。
後ろに下がった彼が構えなおし、再び仕掛けていく。
互いの乱打を巧みに腕や手首を用いて制し、斧刃脚を互いに蹴り足で止めていく。
既に手を伸ばせば届くワンインチ距離で繰り返されるあまりにも早い攻防。
手刀打ちを受けた人修羅の右腕を掴み、同時に片足を刈り取る。
「チッ!!」
態勢を崩され転がされそうになるが片足跳躍を人修羅は行う。
身を空中回転させて堪えきり、振り向いて構え直す。
連続した蹴り足を足裏で、膝で、腕で止め、なおも果敢に人修羅の攻めを捌く武神。
「なんて鉄壁の守りなの…。流石は武神として祭り上げられた関羽ね…」
「私…もしもの時は……割て入るヨ」
「それだけはダメ。割って入ろうものなら…2人は貴女でも容赦はしないわ」
「だ、だて!!こんな勝負…辛いだけネ!!」
「それでも、譲れない勝負がある。貴女も武道家なら…見届けてあげなさい」
(そして私も…レイと出会った時には……彼らのように覚悟を決めるわ)
「くっ!!!」
関羽の前蹴りが決まり、店のシャッターに背中を強打してしまう。
なおも怯まず関羽を迎え打つ。
右手で関羽の連続突きを捌き、開いた脇腹に縦拳打ちを決める。
「ぐっ!?」
後方に弾かれた関羽に向けて押し蹴りを打つ。
避けられるが直ぐ様地面に足をつき、両手の攻防が繰り返されていく。
手刀打ち・裏拳・肘打ちが高速で繰り返される攻防の中、関羽の右腕を両手で掴みとる。
関節技を狙おうとしたが、左足で半円を描く里合腿が両腕に絡みつく。
足を返し、人修羅の左側頭部を蹴り飛ばすが彼も弾かれる際に蹴りを放つ。
「「ぐぅッ!!!」」
互いが蹴り飛ばされるが立ち上がり、2人の戦意は揺るがない。
「どうした小僧。悪魔界隈において音に聞こえた混沌王の実力は…その程度か?」
「ぬかせッ!!!」
互いの突き・裏拳・肘を捌き、互いの乱打をトラッピング。
片腕を止めると同時に関羽に目掛けて顔面突き。
首運動で避けるが脇腹に突きを喰らう。
伸びた関羽の左腕を掴み、返すと同時に右手刀打ち。
右手で捌かれ、右肘打ちで相手を突き飛ばす。
「デヤァーッ!!」
サイドステップキックを仕掛けるが左奥に回り込まれ、軸足に蹴りを喰らう。
「うっ!?」
背中から地面に叩きつけられた彼が倒れながら構えるが、師は構えたまま動かない。
「なめやがって!!」
起き上がりの蹴りを捌かれ、立つと同時に突きの応酬。
顔面に迫る関羽の右縦拳を左手で掴み、右手刀を腕に沿わせて顔面に放った時だった。
「がぁッッ!!!?」
後ずさる関羽の顔からは血が流れ落ちていく。
右手刀打ちは貫手となり、関羽の右目を薬指で抉っていた。
「長老ッッ!!!」
勝機と見るや人修羅の体が揺れる。
鈍化した世界。
潰れた右目の死角となった右側に向けて放たれる縦拳。
刹那、関羽が動く。
右肘を上に向けて放ち、縦拳を弾くと同時に右手で押す。
人修羅が一歩下がったその距離ならば放てる。
みぞおちには既に右手が伸ばされていた。
「ゴハッッ!!!?」
師から学んだ時に受けたワンインチパンチが再び弟子を襲う。
胸骨が砕かれ大きく突き飛ばされた弟子が倒れ込み、胸を押さえて悶え苦しむ。
「夏候惇ではないが、片目を潰された程度で戦意が怯む武将ではないぞ」
「ぐっ……がっ……ゴハッッ!!!」
師の一撃は心臓にまで達しており、彼の心臓は破裂している。
大きく吐血する弟子が倒れ込みながらも強敵として立ち塞がる師に目を向けた。
「じゃが、ワシに深手を負わせる程の功夫を練り上げていたのじゃ。油断は出来ん」
関羽の左手に持たれているのは関羽を象徴する青龍偃月刀である。
「立て。冥土の土産に我が刃を受け、悪魔共に語り継ぐがいい」
苦しみながらも立ち上がる人修羅もまた両手に光剣を放出。
朴歩の形を行い、両腕を交差するようにした構えを見せてくる。
関羽は魔力を偃月刀に纏わせて迎え撃つ。
「いくぞッ!!!」
下から切り上げる左右斬りを偃月刀の柄で受け止めていく。
纏わせた魔力が光剣の熱を受け止め、溶断することが出来ない。
身を翻して袈裟斬りを避けると同時に青龍偃月刀の回転左薙ぎを放つ。
人修羅は後方に身を捩じりながら跳躍し、左薙ぎを避け切った。
互いの斬撃の応酬が続き、交差した光剣を柄で受け止めながら弾く。
左切り上げ、右薙ぎと続く偃月刀を避け、逆袈裟を両手の光剣で受け止める。
右足が払い蹴りを受けるが人修羅は片足跳躍。
前宙を加えた両手唐竹割りを仕掛けるが偃月刀の柄で受け止められてしまう。
足を刈り取る払い切りに対し後方側宙飛びで避け、構え直す。
「ヨシヨシ…それでこそワシの弟子じゃ。歴史に名を遺した三国武将達を思い出す」
「ハァ!ハァ!ハァ!!」
彼の心臓は破壊されており、体に血液が循環しない。
放っておけば手足の末端から腐っていくだろう。
「本来の魔力を解放しておればワシなど敵ではなかろうに。その甘さ…戦場では命取りよ」
「くっ…まだ俺は……倒れちゃいない!!」
互いが摺り足を行い、間合いを図り合う。
「これが最後の警告じゃ。もう殺戮の日々を止め、魔法少女社会と関わるのをやめるのは?」
「言った筈!!俺の悪即斬は止まらない…魔法少女が魔法少女を死刑にしないなら…俺が斬る!」
「ならばその凶刃…ワシが断たねばならぬ。弟子の凶行は師の責任よ」
「俺は…間違ってなどいない!!!」
間合いに入るや否や、向けられた偃月刀を左の光剣で下から払い斬り。
右手の光剣を逆手に向けて放出し、左薙ぎを仕掛けるが柄で止められる。
左光剣の右薙ぎを避けると同時に身を捩じり、一回転して柄の一撃を行う。
「うぅ!!」
一回転を加えた柄に両足を刈り取られ、人修羅が倒れ込む。
振り下ろされる偃月刀の唐竹割りを左の光剣で受け止めると同時に右手を地面につく。
穿弓腿の蹴りは柄で受け止められるが、空中できりもみしながら右横蹴りを放つ。
しかしそれさえ柄で受け止められ、腕力で突き飛ばされた。
体を横倒しにして回転を加える着地をしたが、前方からは偃月刀の突きが迫る。
両手の光剣を用いて交差しながら弾くが、態勢が押し出された。
後ずさる人修羅の目の前からは石突を地面について跳躍した関羽の蹴り足が迫っていた。
「ガハッ!!!」
深手の胸部に飛び蹴りが決まり、大きく蹴り飛ばされながら建物を砕いていったようだ。
「も…もういいネ!!お願いだから老師…もうやめて欲しいヨ!!」
「…彼は最後の警告を蹴った。これからも尚紀君は…魔法少女を殺し続けるだろう」
「そんな…まさか…まさかナオキを……!」
「彼がもたらす全体主義によっても大勢が弾圧されて死ぬ。死を振りまく事しか出来ん」
かつて関羽は美雨にこう語っている。
大儀だの戦争だのという言い訳がなくなれば、そこには何が残る?
それは自分達の理想の為に人を大量に殺してきた大量虐殺者が生まれただけだと。
「魏と呉の計略に殺されたワシとて、死後数百年に渡って恨みを持った魂として彷徨った」
「義に生きた長老も…人々に害しかもたらさない悪霊になてしまたのカ…?」
「普静大師はこう言った。それなら、お前に殺された大勢の人々はどうなる…と」
「長老は…その人のお陰でやり直せたのか?」
「誰かのお陰でワシも悟りを得て救われた。ワシとの戦いもまた…彼に悟りをもたらす道!」
偃月刀の刃を地面に突き刺し、魔力を最大まで解放する。
魔力の柱が天を貫き、柱の中から現れたのは赤兎馬に跨る関羽である。
「この一撃をもって!!我が意思を汝に刻む!!!」
大きく蹴り飛ばされた人修羅は瓦礫に塗れた路地裏で倒れ込む姿をしている。
「ぐ…つ、強い……流石は…俺のマスターだ…」
意識が掠れていく彼の耳に聞こえてくるのは馬の蹄の足音だ。
よろけながらも立ち上がり、空を見上げる。
異界の夜空には大きく跳躍した赤兎馬の上で青龍偃月刀を振りかざす関羽がいた。
<<さぁ、人修羅よ!!汝の意思を我に示せーーッッ!!!>>
鈍化した世界。
人修羅は居合の構えを行い、光剣に魔力を収束させていく。
(マスター…俺の師よ。あんたが俺を導いてくれたからこそ…今の俺は生きている)
空から赤兎馬が迫り、関羽の刃が振り下ろされようとしている。
「だからこそ、俺はあんたを超える!!たとえ俺の道が間違っていたとしても…」
――師を超えることこそが!!弟子の恩返しだぁ!!!
収束した魔力を纏った光剣が関羽の一撃よりも先に振り抜かれる。
放たれた一撃とは巨大なエネルギー刃を放つ死亡遊戯だった。
「ガッ……ッッ!!!!」
赤兎馬の首は真一文字に両断され、関羽の胴体も切断していく。
放たれた居合のエネルギー波は異界の空へと消えていった。
人修羅の後ろ側に倒れ込むのは首を無くした赤兎馬と関羽の上半身。
弟子の目からは…涙が伝っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「……マスター」
倒れ込んだ関羽の上半身を抱き起す。
「ゴハッッ!!!…気にするで…ない。ワシも人殺し…お前さんも人殺し…」
「罪人同士の殺し合いなら構わないと言うのか…?弟子が師を殺しても!!?」
「それが戦の世では常…。じゃが、今は戦の世では……ぐっ!!」
「回復道具ならある!!頼む…頼むよ!!フロストの二の舞にだけはなるんじゃねぇ!!」
左手にソーマを出現させたが長老は首を横に振る。
「ワシはな…孫文らが起こした中国革命によって…母国が全体主義国家になるのを憂いていた」
「あんたは…19世紀の革命時代から世界にい続けた悪魔だったんだな…」
「ワシをこの地に召喚したサマナーとは…中国人。じゃが彼も…全体主義の恐怖に怯えていた」
「共産主義は宗教を弾圧する…。だから悪魔を使役するサマナーもまた…弾圧される」
「ワシは主と共に逃げ、中国生まれの日本人達と共に…日本に流れ着いたのじゃ…」
「そこでアンタは…サマナーと一緒に神浜に根差したんだな…」
「…いや、ワシの主は日本に来た頃に流行り病で死んだ。召喚されたワシを残してな…」
「どうやって生き延びたんだ?先祖が悪魔という者達なら受肉していられるが…」
「感情エネルギーを媒体にして生まれた悪魔は…同じものがいる。術者がいなければ…枯渇する」
「まさか…あんたは人間達を集めて蒼海幇を組織したのは…」
「違う…。たしかに人を襲えば感情エネルギーを啜れるが…それを選ぶぐらいなら死を選ぶ…」
「なら…あんたはどうやって生き残れてきたというんだ?」
関羽は懐から一枚の古びた写真を取り出す。
「モノクローム写真…年代物だな。ここに写っているのはあんたと…この少女は?」
「…魔法少女じゃ」
「なんだと!?それじゃあ…あんたは魔法少女から…?」
「魔法少女は…魔力を使えば使う程、負の感情エネルギーを蓄積出来る。ワシら悪魔は…」
――それを
それを聞いた人修羅の脳裏にはかつての世界の記憶が蘇っていく。
「勇の感情エネルギーを…マントラ軍のトールが吸い出した場面に出くわしたことがある」
「マグネタイト、あるいはマガツヒと呼ばれる感情エネルギーは…悪魔の食事…」
「人と同じように食事をしなければ悪魔も生きられない。だから悪魔は…拷問してでも取り出す」
「苦しめれば苦しめるだけ上質なマガツヒを味わえるが…ワシはせん。肉体を維持出来れば十分…」
「それじゃあ、あんたは魔法少女のソウルジェムを利用して…
「彼女を…魔法少女を…人間に戻したかった。それが…ワシを助けてくれた魔法少女への…恩義」
――
――命をかけてでも…共に生きたいと願った…魔法少女…は…?
関羽の体から形を構成していた感情エネルギーが放出されていく。
目に涙を溜め込んだまま弟子は師匠に最後の言葉を叫んでくれる。
「いた……俺にもいたよ!!だから頼む…これを使って回復してくれぇ!!!」
「思い…出せ……。お前…の……かけ…がえの…ない……存在……は……」
――本当に…人間……だけだった……の……か……?
それを聞いた瞬間だった。
彼の脳裏を駆け巡ったのはこの世界の原点。
雨が降りしきる何処かの街の路地裏に人修羅は流れ着く。
世界への理不尽に怒り、全てを呪っていた時に手を差し伸べてくれた存在がいた。
「あ……あぁ……」
彼を最初に救ってくれた存在。
それは人間ではなかった。
「俺は……俺は……」
全てを呪う悪魔に手を差し伸べてくれた存在。
それは…人修羅が殺戮の限りを尽くした
「やっと……思い出せた……か。なら…ば……ワシの……死も…報われ……る」
――尚紀君に……悟りを……与えられ……た……。
――ワシと……同じ道ではない…と……気づいてくれ…。
――やり……直………せ……。
……………。
感情エネルギーが空に向けて放出されていく。
蒼海幇の歴史を作った長老の最後だった。
茫然とした表情を空に向けていたが、悲鳴の如き叫び声を上げる者に振り向く。
<<これが!!これが
両膝が崩れて泣き喚くのは、走ってここまで来ていた美雨だ。
彼女は死に際の長老の最後を見届けてしまったようである。
後ろからは遅れてナオミとニコラスも近づいてきた。
「私が…人殺しはダメだて言い続けたのは…こんな末路にいつかなるて…分かてたから!!」
泣きじゃくる彼女を見ても尚紀は思考も心も定まらない。
「どうして…どうして
度し難いぐらいにお人好しで義に熱い心優しい悪魔なら別の出会い方もあった。
神浜の魔法少女達も喜んで受け入れてくれていた筈だと涙ながらに訴えてくれる。
そんな美雨の肩を掴み、ナオミは首を横に振る。
既に尚紀の心はここにあらず、周囲の雑音も聞こえてはいない。
「ヒッ…ア……アァ……アァァァァ……」
周囲の異界結界も解け、朝日の光が彼らを照らす。
何処かの路地裏に戻った瞬間…尚紀は発狂した。
「あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ーーーーッッ!!!!!」
悲鳴にも似た叫び声を上げ、頭を抱え込みながら走って逃げだす。
彼は悟ってしまった。
交わした約束の内容だけではなかったのだ。
かけがえのない者達を守る力になれ。
それは人間だけではなく、人生をかけてでも守りたい人のためにもあった。
魔法少女を守る。
魔法少女を呪われた運命から解放したい。
それこそが、彼がこの世界に流れ着いた頃に目指そうとした原点。
ならば彼が人間の守護者として生きた道とはなんだったのか?
魔法少女を守るどころか魔法少女を殺戮していくだけの道。
呪われた運命から解放するどころか死と恐怖という呪いをばらまいていった道。
それにようやく、魔法少女の虐殺者となった人修羅は気が付いてしまった。
彼の歩く道は既に定まらない。
逃げ出した先とて誰にも分からなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「……そうかい。あの人が…死んだんだね」
長老の武術館には泣き続ける美雨が立っている。
彼女は言葉にならない声で必死に長老の最後を語ってくれた。
「…ありがとう、美雨。あの人の最後を……見届けてくれて」
優しく頭を撫でてくれた長老の妻は彼女を見送ってくれる。
大きな溜息を出した後、武術館の中に戻っていく老婆の顔には決断が浮かんでいた。
「思い出すね…。悪魔と一緒にこの武術館を開いて、蒼海幇を組織した日の事を…」
武術館に置かれた机の元にまできて、左手の指輪を外す。
左手の指輪は形を変え、ソウルジェムとなってしまう。
彼女はそれを机の上に置き、机に予めおいてあったハンマーを持ち上げていく。
「魔法少女なのに…十分過ぎるぐらい長生き出来たよ。悪魔と一緒に人生を生きれたから…」
――アタシは……
まるで飛び降り自殺でもするかのような表情を浮かべながら、彼女はハンマーを振り下ろす。
ソウルジェムが砕けると同時に彼女は横に向けて倒れていく。
抜け殻となってしまった遺体が光を放ち始め、円環のコトワリへと導かれて逝ってしまう。
ここに魔法少女の可能性がいてくれた。
魔法少女を辞め、人間として生きられる可能性。
それを残した者こそが、人修羅と同じ悪魔であった。
読んで頂き、有難うございます。