人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

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127話 サタン

神浜港にいち早く辿り着けたのは、ペレネルの転移魔法を利用出来た者達。

 

「これは…どうして?神浜の魔法少女達は何故…テロリストを裁いた者に制裁を与えようと?」

 

細目が開いたペレネルは驚愕の表情。

 

彼女たちは海運会社オフィスの建物の屋上から人修羅達の戦いを見届けようとしている。

 

「…我々は、この戦いを見届けねばならない。…百年戦争を生きた者として…」

 

「それは…どういう意味なのでしょうか、ニコラスさん?」

 

「私たちのオリジナルが生きた時代と…この戦いが関係していると?」

 

「我々が生きた中世時代とは、一神教時代。それは善神勝利一元論に即した善悪二元論時代だ」

 

「突然夜中に現れて私たちに呼びかけた理由とは…二元論について語りたかったからなの?」

 

「二元論…?マスター、それがジャンヌ・ダルクと何か…関係しているのでしょうか?」

 

「そ……それは……」

 

「…ジャンヌ・ダルクの現身となった造魔よ。よく見ておきなさい…この戦いの悲惨さを」

 

タルトは固唾を飲んで見守っていく。

 

彼の叫びは踏み躙られ、悪者として罵られ、正義を振りかざされて傷つけられていく光景。

 

彼女は心臓の高鳴りを感じていき、胸に手を当ててしまう。

 

「あ……あぁ……」

 

彼女の記憶にフラッシュバックしたのは、タルト達が戦ったイングランド魔法少女達の記憶。

 

「ミヌゥ…コルボ―…ラピヌ……」

 

最強の魔女となる母親の復活のために百年戦争を利用し、死と呪いをフランスにもたらした者達。

 

ジャンヌ・ダルクとして生きたタルトと、彼女と共に生きたリズ達は正義のために戦った。

 

「わたし……わたしは……ミヌゥたちと戦って……」

 

姉妹さえも用済みとなれば処分する冷酷なミヌゥに対し、彼女は戦い続けた。

 

「フランスに闇をもたらす者達を倒すのは……神の御望みなのだと…信じて…」

 

大切な親友であるリズを失い、失意と絶望に飲まれた牢獄時代も生きた。

 

「わたしのせいで…リズを失っても……それでも……みんなは望んでくれました……」

 

その果てにタルトは仲間に救われ、救国の英雄を望みし者達の叫びに応じ…本物の英雄となった。

 

「わたしの戦いは…間違っていない……間違っていません……」

 

だが…そんな絵に描いたようなヒーロー物語だったのであろうか?

 

…百年戦争とは?

 

ジャンヌ・ダルクが最も見たくなかった記憶が濁流のように流れ込んでくる。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

両手で頭を抑え込み、膝をついてしまう。

 

…彼女はついに、振り返ってしまった。

 

正義の旗を掲げて百年戦争を駆け抜けた英雄ジャンヌ・ダルクの背後には…。

 

何が転がっていたのかを…。

 

「戦争は悲惨なものだ。どちらも正しく、どちらも間違い。それを政争にするなど愚かの極みだ」

 

「あ……あぁ……」

 

ジャンヌ・ダルクの現身に見えてしまった…あまりにも悲惨な光景。

 

魔法少女に適う人間などいるはずもなく、なす術もなく蹂躙されたイングランド兵達の死。

 

ひとたびクロヴィスの剣を振るえば、人間の群れなど挽肉と化していく。

 

ジャンヌ・ダルクは大砲の戦術にも新しい方法を見出した先見の明を持っていた人物。

 

攻城兵器としてしか使われなかった大砲を…あろうことか人間に向けて撃てと言ったのだ。

 

大砲の雨に晒されたイングランド側の兵士達は…ゴア塗れの死体と化していく。

 

また、彼女は思い込みが激しく自分にも他人にも厳しい側面を持っていた。

 

自分のやってきた事は絶対的に正しく、異を唱える者は間違いだと王太子にまで噛みつく始末。

 

彼女に付き従ったバタールに向けて、命令に従わなければ首を跳ねるとまで言い出した歴史事実。

 

ジャンヌ・ダルクは百姓の娘であり、農業をしながら男の子と育った人物。

 

そんな彼女は聖女のイメージのように、ずっと穏やかだった訳ではない。

 

自分の正義に反することをした人に対して、頭に血が上ることも多かったのだ。

 

その頑固さを信仰と愛国心へと繋げたために、彼女は戦ってこれた。

 

そして……果ての景色とは?

 

「これが……正義のために戦ってきたタルトが……築き上げた……景色?」

 

死…死…死…死…死……。

 

おびただしいまでの…人々の死の光景。

 

タルトの後ろ側に広がっていた景色とは、彼女を英雄として称える者達ではない。

 

フランス救国の英雄と呼ばれた魔法少女に、虐殺の限りを尽くされていった……。

 

骸の丘だけが…広がっていた。

 

「こんな…こんな光景が……タルトが信じた正義なのですか!?」

 

――ミヌゥ達がもたらしてきた光景と……()()()()()()()()!!?

 

タルトの現身となった造魔の言葉を聞いたリズが俯いていく。

 

彼女にもリズの記憶が流れ込んでしまう。

 

「…かつてのタルトは、ミヌゥを魔女だと罵った。でも…タルトもまた…魔女と罵られるのよ」

 

「彼女は敬虔なキリスト教徒。キリスト教の善神勝利一元論を誰よりも愛していたはず」

 

「…ニコラス。これが……かつてのタルトに向けての…メッセージだと言うの?」

 

「自分は虐殺の限りを尽くして良い。イングランドの魔法少女はダメ。…これが二元論の理屈」

 

――かつてのジャンヌ・ダルクが振りかざした理屈とは…ダブルスタンダード。

 

――戦争のために繰り返したこの世の悪行を、イングランドの魔法少女側にすり替える手口。

 

「救国の英雄と呼ばれた彼女は…さぞ有頂天になって自分を客観視しなかったのだろうな」

 

「……それを指摘しなかった当時の私にも、責任があると言いたいの…ニコラス?」

 

「ジャンヌ・ダルクの末路を、誰よりも後悔してきたのは君だろう…ペレネル?」

 

唇を噛み締め、眉間にシワを寄せ切ったペレネルは下の光景を見つめ続ける。

 

()()()()()()()()()()()()…。ナオキ君もまた…英雄ジャンヌ・ダルクと同じようになる…」

 

魔法少女の虐殺者だけが虐殺を許され、悪に手を染めた魔法少女はダメとくる。

 

「たとえ司法根拠があろうとも…人間社会の利益になろうとも…魔法少女たちは認めない」

 

――自分達だけが悪者にされたミヌゥとて、タルトを受け入れられたはずがない。

 

――自分の悪行を棚上げした正義の魔法少女に、サンドバックの理屈を浴びせられたのだから。

 

――これが庶民の愛した、正義と悪が戦い合うヒーロー物語の本質。

 

「実に…()()()()()()()だとは思わないかね?それとも…正義を振りかざす()()は楽しいか?」

 

「ニコラス…その理屈だと、この世の戦争全てが……」

 

「くだらないのだ。善と悪に分断されて殺し合わされ…悲しみと憎しみがさらに戦争経済を生む」

 

「憎しみの連鎖を永遠に生み出す宗教的な呪い……それが善悪二元論……」

 

「悪を差別する感情と正義を執行する優越性が人の心を壊す。絶対的他責思考が対立を生む」

 

「……19世紀以降の欧米植民地経営でも使われてきた手口ね」

 

「正義宗教の恐ろしさを語った彼もまた…正義に囚われた者。だからこそ…こうなった」

 

――一神教の唯一神の如く、世界を光の正義と闇の悪に分断して相争わせる者と成り果てたのだ。

 

修羅(アスラ)

 

アスラとはゾロアスター教においては大光明神であり、それは光の正義を表す。

 

同時にアスラは悪神としても扱われ、闇のアーリマンでもあった。

 

唯一神。

 

ユダヤ・キリスト教の光の創成神であると同時に、混沌をも司る神。

 

混沌の中から宇宙を創成し、破壊と創造の二面性を持つ全ての存在の父となった。

 

故に唯一神とは…二つに分かれる分断を表す。

 

世界に差異をもたらし、分断をもたらした神。

 

差異と分断によって、異なる存在となった人々を永遠に殺し合わせる神。

 

バベルの塔を生み出そうとした人類から言語を分断し、永遠に団結させれなくした神。

 

分断を表す図形とは…六芒星。

 

上向きの三角形は物質の霊への上昇という分断。

 

下向きの三角形は霊から物質への下降という分断。

 

陰と陽、天と地、光と闇、火と水、風と土、神と人、男と女、正義と悪…あらゆる分断。

 

十の戒律を掲げさせ、従わない者は殺せという人々の分断さえもたらした神。

 

ヘブライは六芒星を愛し、国旗とした。

 

世界に終わりなき災禍をもたらす分断の神を望む民族こそが、ヘブライ民族だ。

 

……………。

 

造魔であっても心に衝撃を受けたタルトの現身。

 

「ナオキ君…君は混沌王でありながらも光の秩序を宿すアスラ…だからこそ、唯一神と言われる」

 

ずっと膝が崩れていたが…立ち上がっていく。

 

「タルトは…そんなヘブライの教義を愛してしまった。だからこそ…正義という分断を望んだ」

 

悪魔化したタルトが建物から飛び降りる。

 

「……行かせてしまっていいのかね、ペレネル、リズ?」

 

やりきれない表情を浮かべていた2人だったが…ペレネルが元夫に振り返る。

 

「もう……繰り返してはいけないわね。百年戦争の呪いは……」

 

――それこそが…ジャンヌ・ダルクの贖罪よ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

中央区電波塔。

 

頂上に聳え立つアンテナゲイン塔の足場には、長身の男達の姿。

 

「どうだね、バアル神であるモロクよ。あれが…私の最高傑作だ」

 

黒のフォーマルスーツ姿のルシファーが隣を見る。

 

そこに立っていた人物とは…子供達の血で染められたが如き真紅の衣服を纏う大男。

 

燕尾服風の赤の上下に黒のカマーバンドやストールチーフを首に巻いたフォーマル姿。

 

肌は浅黒く、その頭部は二本角が天に向かって生えた牛を模した純金の兜を纏う。

 

190センチはあるルシファーよりも10センチは大きい大男が口を開いた。

 

「…素晴らしい。正義の名の元に、魔法少女という子供たちをゲヘナの炎に焚べていく」

 

純金兜の中から愉悦の笑いが木霊する。

 

「認めよう…あの悪魔こそが、汝の半身となるべき…憤怒を司る魔王なのだと」

 

「気に入ってもらえて何よりだよ…モロク。いや…バアル神と呼んだ方がいいかな?」

 

バアル神と呼ばれた男の両手が純金の牛兜を持つ。

 

上に兜を持ち上げていき、兜の中の素顔を晒す。

 

兜の中に収められていた髪が解放され、美しい白銀の長髪が風に靡いた。

 

「人修羅に敬意を示す。あの者こそが混沌王であり、闇の覇王…黒きメシアなのだと」

 

「…お前が素顔を晒すなど、滅多にない。最大級の敬意というものだ」

 

浅黒い肌をした美しい顔の瞳が紫に光り、ルシファーに向けられる。

 

「黙示録の赤き獣となりし人修羅と…金星を司る汝が共に歩むのは…()()であった」

 

それを聞かされたルシファーは前に向き直り、遠くの神浜港に目線を向ける。

 

神々の頂点の領域に立つ2人の大いなる存在にとって、距離など意味をなさない。

 

「赤き獣の五本目の首を表すローマ皇帝こそが…極まった反キリスト存在であった」

 

その者の名は第5代ローマ皇帝ネロ・クラウディウス・カエサル(紀元37~68)

 

暴君として知られ、母を殺害し、キリスト教徒を迫害し、芸術に心を奪われた末に命を絶った。

 

ネロはローマ市に自ら火を放ち、キリスト者の仕業にしてキリスト教会迫害を大々的に始めた。

 

帝国全土における組織的なキリスト者弾圧が始まり、キリスト教受難の時代をヨハネは嘆いた。

 

そんなヨハネが残したものが…ヨハネの黙示録。

 

「黙示録では、ローマ皇帝やローマ帝国は、悪の権化であるかのように描かれている」

 

「大バビロン…大淫婦…そして赤き獣か」

 

「洪水で滅びたバビロン文明の流れを組むギリシャ・ローマ帝国。ローマとはバビロンを表す」

 

「黙示録とはキリスト教迫害時代を象徴する。赤き獣とはローマ皇帝…ローマ帝国とは大淫婦」

 

「旧約聖書のイザヤ書では都のことを遊女に喩える。大淫婦とは…広大なるローマ帝国だ」

 

「ルシファー…金星を司る暁の星よ。汝こそがローマ帝国…バビロンを司りし堕落の星…」

 

――()()()()(イシュタル)なのだ。

 

金星とは本来、女神信仰の星。

 

五芒星においては頂点の点を表す。

 

それが堕天する降下を表すのが、デビルスターである逆五芒星。

 

「汝は()()()()()()()。反キリストの象徴たる暴君ネロとて女装をして結婚したXジェンダーだ」

 

「獣の数字とは…皇帝ネロのギリシャ語表記をヘブライ文字に置き換え数値化したもの」

 

「その数を合計した数こそが…666だ」

 

――666の赤き皇帝に跨る、バビロンの大淫婦たる古代ローマ帝国とは…。

 

――暁の金星であるルシファー……汝なのだよ。

 

…シド・デイビスはこんな言葉を残す。

 

――全ての道ヲ、ローマに繋げる赤き竜。

 

ローマ帝国を表すルシファーへの道を繋げる者と成り果てた人修羅。

 

彼はかつての世界においては、世界を混沌の闇に沈めてしまう。

 

CHAOSの道…それこそが闇の覇王たるルシファーが望む道。

 

アマラの終わりを望んだ嘉嶋尚紀は…流されてしまったのだ。

 

反キリストを司る…ルシファーへと成り果てていったのだ。

 

大いなる神たる唯一神は…人修羅に呪いの言葉を残した。

 

―――あの天使は、()()()()()()()()()()()、新たな悪魔を創りたるか。

 

―――ならば、わたしは滅びをおこう。

 

―――わたしと、おまえの間に。

 

―――わたしの末と、おまえの末の間に…。

 

……………。

 

「…かつて、新たな悪魔を創造するために用意した魔人の中に…黙示録の獣を表す者がいた」

 

「彼女…いや、彼は望んでくれた。象徴に過ぎない自身に代わる…本物の赤き獣を生み出すと」

 

「そのために人修羅と戦い、散っていった魔人。……その者の名は」

 

――魔人マザーハーロット。

 

【マザーハーロット】

 

ヨハネ黙示録に『大バビロン、大淫婦』として記される存在。

 

神に逆らう7つの頭と10本の角を持つ赤い獣(海からの獣との同一説も)に跨り、その手には汚れに満ちた金の杯を持つ。

 

大淫婦と獣はそれぞれ反キリストの宗教的・政治的存在の象徴とされる。

 

しかし、後に内部分裂が起き、大淫婦は獣によって滅ぼされるのだという。

 

ベイバロンとも称される彼女は神の七封印が解かれた後、七つの頭と十の角を持った邪悪で赤い獣に跨り、地上の王たちと享楽に耽り世界を混乱に貶めるという。

 

バビロンの大淫婦は、シュメールの大地母神イナンナ(イシュタル)がキリスト教の世界観に取り込まれた結果生まれたもの。

 

マザーハーロットとは、イナンナでありイシュタル(アフロディーテ・ヴィーナス)なのだ。

 

…美の女神の如き美しい顔の口元が歪んでいく。

 

その表情は愉悦を堪えきれない様子。

 

「もう直ぐだ…時期に生まれる。我が半身が…黙示録の赤き獣が誕生する…」

 

「汝は赤き獣の父親であり母親。帝国を失った寄る辺なき皇帝など意味をなさないからな」

 

――せいぜい尻に敷いてやるがいい…永遠にな。

 

――子供は黙っていても…()()()()()()()()()

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

…全身に刃が突き刺さった満身創痍の体が動く。

 

「く……来るなよ……!」

 

ふらつきながら迫る斬撃など、ももこにとっては避けるのは造作もない。

 

それはレナや他の魔法少女たちも同じであったが…誰一人として反撃を加えられない。

 

「くぅ!!」

 

光剣の右薙ぎが空を切り、態勢を崩した人修羅が片膝をつく。

 

その戦いは…あまりにも無様でカッコ悪い醜態。

 

…壊れた理想に縋りついた者の末路だ。

 

「倒れろよ…頼むから倒れてくれよ!!これじゃあ…アタシ達が悪者みたいじゃないか!!」

 

息を切らせた悪魔が、再び立ち上がっていく。

 

「…正義だの悪者だの…俺たちは何処までも、そんな世界に縛られてきたよな…」

 

再び斬りかかりに向かうが、態勢を崩してまた片膝をついた。

 

「今でも…人間のために戦った事を後悔していない。お前達もまた…後悔などしていないはず…」

 

「レ…レナ達は…正義のために…戦って……」

 

「魔法少女社会のため…それだって、大儀を振りかざす理由としては上等だ。だから…譲れない」

 

再び立ち上がろうとするが、足に力が入らず地面に右手をつく。

 

「…正義も愛も追いかけない、そう誓った。…だが、俺も…お前らも…それが捨てられない…」

 

「あ…当たり前だろ!!人から正義や愛を奪われたら…何が残るんだよ!?」

 

「人は…エゴに囚われる。だから…優先するものを違えていき…社会は壊されていく…」

 

「レナ達が…優先するものを違えてきた……?」

 

「正義の変身ヒロインを気取るお前達が…守ってくれないなら…誰かが…守ってやれなきゃ…」

 

――どうやって…かけがえのない人達を…救えばいいというんだ?

 

無くしたくない者たちのために戦ってきた。

 

それこそが、彼の最後の力。

 

再び足に力が入り、立ち上がっていく。

 

「俺…孤児なんだ。だから…親を失った人達の心の痛みが…分かるんだ…」

 

それを聞いたこのは達の目に、涙が浮かんでいく。

 

「俺…悪魔だけど…人間の心の痛みが分かるんだ…」

 

それを聞いたななかとかこの目に、涙が浮かんでいく。

 

「みんな…かけがえのないモノを誰かに奪われる。それを守ろうとした人達にまで…忘れられる」

 

――だから変えたい…魔法少女社会を。

 

――もう悲劇を繰り返させたくない…そう願った俺の心だけは…。

 

――俺自身が……裏切るわけには…いかない!!

 

666の獣を象徴する暴君ネロは、名君としての側面を持つ。

 

税制・通貨改革やコンクリートの街づくり、東方への領土拡大など実際には多岐にわたっている。

 

また彼は裕福な元老院議員たちから富を取り上げ、貧しい人々に分け与えた。

 

ネロは()()()()()()()()()()()愚かな人物だったが、人々を魅了した。

 

黙示録の赤き獣という悪者にされた皇帝ネロは…()()()()()()()()()だったのだ。

 

…正義の魔法少女たちの体が震えていき、次々と武器を落としていく。

 

「俺は…引かない!…媚びない!…省みない!!」

 

――たとえ俺の()()()()()()いたとしても…守れる可能性がある限り、捨てない!!

 

右手から光剣を生み出そうとした時、割って入ってきたのは黒騎士姿のタルト。

 

「お、お前っ!?」

 

彼女は傷ついた彼の体に抱き着き、動きを抑え込む。

 

「…もう、やめてください…お願いします…!」

 

「邪魔だ…離れろ!!」

 

「いいえ離れません!言った筈です…ジャンヌ・ダルクのようにはならないで欲しいと!」

 

「お前はジャンヌ・ダルクになりたかったんだろ!?そのお前が…なぜ英雄を否定する!」

 

「愚かだったのです…タルトは!客観性を失い…誰からも指摘されなかったから間違った!」

 

「ジャンヌ・ダルクが…間違っていた…?」

 

「タルトは…善悪二元論に憑りつかれてました!だから己の悪行さえ…見て見ぬフリをした!」

 

彼女の悲痛な叫びが心に響いたのか、光剣の放出が収まってしまう。

 

彼女は後ろにも振り返り、正義の魔法少女たちにも叫ぶ。

 

「私は悪魔です!ですが…私の元となった存在は…貴女達と同じ正義の魔法少女でした!」

 

「えっ……?どういう…ことなの…?」

 

科学知識を持つ都ひなのが前に出る。

 

「ま、まさか……お前は、クローン人間なのか!?」

 

「クローン人間!?そんなSF技術が…もう出来るっていうのひなのさん!?」

 

「21世紀頃から技術は確立したと化学記事を見たことがあるが…様々な団体から圧力を受ける」

 

「…似たようなものです。私の元となった正義の魔法少女は…人間を殺す道を選んだ者なんです」

 

「な…何よそれ!?そんなの…正義の魔法少女でも何でもないわよ!!」

 

「その通りです…。彼女がやったことは…戦争という言い訳を利用した…ただの殺戮でした!」

 

――政治が違う、宗教が違う、立場が違う、民族が違う…。

 

――こんな差異があるだけで…人々は終わりなき戦争を生み出していく。

 

「尚紀と皆さんに…差異があるのですか?()()()という…小さな差異があるから争うのですか!」

 

「ま…まなかは別に…男の人だから傷つけたわけじゃ…」

 

()()()()()()()…それだけの差異で…皆さんは争うのですか!?」

 

「く…くみは別に…悪魔だから争ってたわけじゃ……」

 

()()()()()()()()…その差異を認められないから争ってきたんですか!?」

 

「僕は…ううん、私はただ…その…小説みたいに悪者を痛快に倒せたら…皆に褒められると…」

 

()()()()()()()()…そんな都合で分断されたから…皆さんは彼を悪者にしてきたのですか!?」

 

ジャンヌ・ダルクの現身となった造魔の言葉が、魔法少女たちの戦意を消し去っていく。

 

「ジャンヌ……」

 

それは尚紀も同じだ。

 

「貴方もです尚紀!貴方は悪に手を染めた魔法少女達を…()()してくれた事がありますか?」

 

「検証……?」

 

「犯罪行為をした部分だけを切り取って、それが彼女たちの全てだと悪者にしたはずです!」

 

「お……俺は……」

 

「彼女達にだって…止むを得ない事情を抱えてました!その原因こそが…倒すべき敵です!」

 

その言葉を聞いた尚紀の脳裏には、ジャックフロストの死に際の言葉が蘇る。

 

――殺し合う事になった…大切な…友達…。でも…ヒトシュラは…本当は……。

 

――あの子達と…殺し合いだなんて…したくなかった…はずだ…ホ…。

 

――みたまも…その子も…他の子達だって……運命という理不尽に…弄ばれたから…。

 

――この子達も…本当は…勇や千晶って子のように…優しかったはずだ…ホ…。

 

……………。

 

立ち上がった彼の体に力が入らなくなり、タルトに覆い被さっていく。

 

そんな彼の体を抱きしめてくれた優しき者。

 

その人物は…人間の守護者として生きた彼と同じく、殺戮の上に殺戮を重ねたフランスの守護者。

 

…その現身であった。

 

「……アタシ達、間違っていた…」

 

ももこは掲げていた大剣を下ろしていく。

 

「……レナも、間違っていたわ…」

 

次々と戦いを止める意思を示してくれた魔法少女たちに向けて駆け寄ってくる人物たち。

 

「ごめん…ごめんなさい、2人とも!私が…私がおかしいって…指摘出来なかったから…!」

 

「…ううん、かえで。アンタはちゃんとレナ達におかしいって言おうとしてた…」

 

「だけど…アタシ達は自分たちの感情が望む正義を優先したから…聞いてあげれなかった」

 

「……ごめんね、かえで。友達として…間違ってたわ」

 

「ふ…2人とも…!こっちこそごめん…ごめんなさい!」

 

かえでは2人に抱き着き、鶴乃まで走ってきてももこに抱き着いた。

 

「それでこそ!私やみふゆ、それにししょーやメルと一緒に戦ってきた魔法少女だよ!」

 

「アハハ…ごめんな鶴乃……アタシ達が、バカだったよ」

 

抱き着きながらも鶴乃は尚紀に振り向いていく。

 

激痛に歪みながらも彼は鶴乃に疲れた笑みを見せ、静かに目を閉じていった。

 

みんなが笑顔になっていく光景の中で、落ち込んでいるのは中央の長。

 

「……アタシは長失格だ。誰よりも早く…自分達の間違いに気が付くべき立場だったのに…」

 

「みゃーこ先輩……」

 

「……やり直せば、いいだけです」

 

近寄ってきた常盤ななか達に視線を向ける。

 

「私たちは潰し合いがしたいのではない。共に人間社会を優先する道を探したいだけです」

 

「…アタシはみんなに言った。アタシ達は…何を守るためにして、戦ってきた…と」

 

「出てきた言葉は、魔法少女にとっては正しく聞こえた筈です。だからこそ()()()にしてしまう」

 

「理解力が足りなかった…アタシも自分に都合の良い感情に流されて…判断を間違ったんだな」

 

「エゴは誰でも持つのが自然。それを全否定してはいけません…さらに捩じれてしまいます」

 

「アタシ達…ななかから見ても、イノシシ娘に見えていたか?」

 

「そうですねぇ…明日香さんを超えるぐらいのイノシシ娘に見えておりましたが?」

 

「…フッ、やれやれだ…。こんなにも冷静に人々を客観的に見られる才能がいてくれただなんて」

 

中央の長はななかに振り向き、咳払いをした後…真剣な表情。

 

――ななか……アタシ達の長になってくれ。

 

みやこの横にいた衣美里は驚愕の表情を向けるが、ひなのは首を横に振る。

 

「若い才能がいてくれる。それだけで…先輩のアタシ達は嬉しくなっちまうもんなのさ」

 

「みゃーこ先輩……」

 

「老兵は死なず、ただ去るのみ……ってな!」

 

小さな体でドヤ顔を見せ、少しだけ元気になった衣美里が微笑んでくれる。

 

常盤ななかは姿勢を正す。

 

「委細承知いたしました。長年の長としての務め…お疲れ様でした」

 

深々と礼をするななかだが、またまた咳払い。

 

「その…なんだ。先輩として言えることは…厳しい態度も必要だが、緊張し続けると皆疲れるぞ」

 

「えっ…?あ、えっと……不束者ですが、よろしくお願いいたします!」

 

「なんで嫁入りみたいな言葉で言い返す!?」

 

社会の長になったことがない彼女の初々しい態度におかしくなったのか、皆が笑顔になっていく。

 

そんな様子を安堵して見つめる時女一族の面々。

 

「静香ちゃん…神浜の魔法少女社会は、変われたみたいだね」

 

「そうね…ちゃる。次は……時女一族が変わる番よ」

 

「もう帰る日にちも近いです。この光景を…次の時女一族にしましょうね、静香」

 

「もちろん!私が変えて見せる…絶対に」

 

――ヤタガラスの任務だったけど…私…。

 

――神浜市という街に来れて…本当によかった。

 

皆の様子を建物の上から見つめるペレネル達にも安堵の表情が浮かぶ。

 

「タルトの言葉が…みんなから善悪の概念を…消し去ってくれた……」

 

「…私では、あの言葉を言う資格はなかったわ。私は既に…ナオキと同じく虐殺者だから」

 

「彼女を暴動の時に戦わせなかった判断は…正しかったということだね、ペレネル」

 

戦争に飲まれた魔法少女ジャンヌ・ダルク。

 

彼女は戦争の善悪の世界に巻き込まれた末に、命を落とす。

 

だからこそペレネルは繰り返したくはなかった。

 

善悪に分けられてしまうことを恐れ…加害者になる道をタルトの現身に禁じたのだ。

 

眼鏡の奥の細目に涙が浮かび、手で擦り落とす。

 

「キリスト教などの善神勝利一元論に即した善悪二元論…なんて恐ろしい考え方だったのかしら」

 

「そして集団社会の恐ろしさだ。正しいと思っていることすら、言えない圧力が生まれる」

 

()()()()()()()()()…ジョージ・オーウェルも言ってたわね」

 

「日本は民主主義だと言いながら…中身は権威主義であり企業社会主義者と化した日本人体質だ」

 

「上の人が言う事は絶対…それがどんな理不尽な要望であっても従うしかない社会風土…」

 

「社会問題に沈黙する者は()()()()()()()。周りに迷惑をかけたくない価値観がそれを助長する」

 

「差異で分けると正しく区別も出来なくなり、感情に支配された奴隷となっていくのね…」

 

「奴隷は奴隷を作り、鎖を自慢しあう。サービス残業何時間した?…と自慢し合う光景だよ」

 

「奴隷である事すら理解出来ない愚かの極みね…日本人は完全に価値観が壊れてしまってたのね」

 

「選挙でも貧しい人に金を配ると言っても票は集まらなくなった」

 

――そんな社会のお荷物共など切り捨てて、俺たちに金を寄越せと言い出すのが今の日本人だ。

 

「人は…どうして差別から逃れられないのかしら…?あまりにも情けない生き物だわ」

 

「政界の人格者であっても、注意深く見れば劣る者を見下す発言を行う。人は差別する生き物だ」

 

「差別者と被差別者の間に生まれる怨念は…暴力による決着しか生み出せなくなっていく…」

 

「それを変えようとした人物こそが…公民権運動で知られるキング牧師だった」

 

「この世の問題は…二元論の対立を利用して如何なる分野でも複雑化し…人を盲目化させてきた」

 

「本質を見通す力こそが…客観性だ。だからこそ、社会はワンマン独裁ではダメなのだよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()…ね」

 

日本国憲法19条。

 

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 

思想と良心の自由が互いに尊重されなくなった社会こそが…差別極まった社会。

 

「さて、ペレネル。自分独りで塞ぎ込めば視野も狭くなる…そろそろ復縁を…」

 

「……それとこれとは、話は別よ」

 

「やれやれ…やはり人の感情というものは、理屈の世界では中々にこじ開け辛いものだね」

 

オーバーに両手を広げるニコラスに意見を促されたリズは、少しだけ微笑み返す。

 

「かつてのマスターがニコラスを愛した気持ち…なんとなく分かった気がする。彼は聡明な人よ」

 

「ちょ、ちょっとリズ!?」

 

顔を赤くしてリズに怒りだしていた時だった…。

 

――そろそろ、仕上げに移れ。

 

突然何処からか念話が届くが…それは神浜港にいる人物達にではない。

 

シドとアリナが立つ豪華クルーザーの奥に存在していた人物に届いたようだ。

 

クルーザーの奥から現れたのは、ルシファー直属のエグリゴリ部隊の隊員である堕天使。

 

「……それでハ、お願いしまス」

 

「こいつ…このために用意されてたんだ?」

 

2人が見守る中、市街戦を専門とする法執行機関特殊部隊兵士のような黒装備姿の男が変わる。

 

その姿はまるで……イルミナティを象徴する梟のようにも見えた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【アンドラス】

 

ソロモン72柱の悪魔の一人である悪魔侯爵。

 

鳥の頭を持ち、炎の剣を片手に狼にまたがった天使の姿で描かれる。

 

彼は人々を不仲にする力を持っており、徹底的に相争わせることを好む。

 

下位の堕天使ではあるが、ソロモン72柱の中でも特に好戦的な性格を持つ危険な堕天使。

 

その制御も油断すると召喚者も殺されかねない危険を孕むものであった。

 

「了解いたしました…閣下。これより彼奴等めに不和の地獄を与えてみせましょう」

 

赤い肌を持つ巨人男の裸体、そして頭部は梟。

 

青と黄金で彩られた堕天使の翼が開いていく。

 

腕を組んだ状態で放つ魔法とは…混沌の悪魔たちが用いる洗脳魔法。

 

「我らの混沌王であり…世界の新たなる神皇陛下よ」

 

――貴方様が魔法少女に与えた恐怖心…利用させていただきます。

 

距離が離れていようが、この魔法は容赦なく襲い掛かる。

 

放たれた洗脳魔法とは…『ハピルマ・プリンパ』

 

「この魔力は…遠くの海からよ!?」

 

「いつの間に現れやがった!?」

 

悪魔の魔力に気が付いたのはデビルサマナーであるナオミとウラベ。

 

2人は人間に擬態していた悪魔の魔力に気が付くことが出来なかったようだ。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

突然苦しみ始める魔法少女たち。

 

「こ…これは……!?」

 

驚愕したタルトだったが、洗脳魔法の影響は受けてはいない。

 

彼女は強力な魔法耐性を持つ造魔であり、破魔・呪殺・精神・神経を無効化出来たようだ。

 

しかし…悪魔の魔法耐性など、魔法少女たちは持ち合わせてはいない。

 

「あ……あぁ……」

 

ももこの脳裏に浮かんでいってしまう。

 

「ダメだ…ダメだぁ!!やめろ…やめてくれぇーっ!!」

 

見えてしまう光景とは…人修羅に殺される八雲みたまの姿。

 

「そんな……お願いよ…お願いだから目を覚まして!かえでぇ!!」

 

レナに見えた光景とは、親友のかえでが他の魔法少女犯罪の連帯責任を取らされて殺される姿。

 

次々と浮かんでいってしまうのは、愛した魔法少女達が人修羅に殺されていく光景。

 

「扇動とは、人々の感情を高ぶらせ意見を変更させたり、特定の行動を起こすよう誘導するもの」

 

「フフ…アナタの力は弱くとモ、扇動をやらせれば右に出る悪魔はいませン」

 

群衆心理の著者は、フランス革命に注目する形で群衆心理を分析した。

 

貴族や僧侶に搾取されていた98%の平民達が、一部の扇動者たちによって立ち上がる暴力革命。

 

群衆の心に火がつき、国のシステムが替わる大きな流れが生まれたが…()()()()()()()()()()

 

国民の平和のために達成されたはずの革命が、いつしか暴走していく。

 

国民同士の間で新たな殺戮の時代、地獄の時代を生んでしまったのだ。

 

「ロベスピエールのような生真面目な政治家は…おかしくなっていくものだ」

 

「この神浜の魔法少女だと…東の十七夜みたいな奴なワケ?」

 

「彼は政治家になるト、毎日のように反対意見を言う者達をギロチンにかけましタ」

 

「元々は博愛精神主義を持っていたが…だからこそジャンヌ・ダルクのように壊れていく」

 

――己の絶対的平等主義・博愛精神だけが崇高であり、他は邪悪な意思であると信じ込む。

 

「自分が正義と信じたら、命をかけて行う。他人にも曖昧さを許さない」

 

「自分の思想に忠実…よってどんどん過激化すル。正しいことをしていると信じ込ム」

 

「アッハハハ!!ようは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってワケじゃん!」

 

「群衆心理を読み切って独裁者になった筈なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――東の魔法少女社会の長をやっていたあの小娘は…ロベスピエールの生き写しであったな。

 

「さぁ、始まるぞ。群集心理に支配された…愚かな魔法少女たちの姿を見るがいい」

 

アンドラスに促された2人が、双眼鏡を使って埠頭に視線を向ける。

 

「ダメだ…ダメだぁ!!やっぱりアタシは…悪魔を受け入れることなんて出来ない!!」

 

大剣を構えるももこの叫びが、周囲の恐怖心をさらに煽る。

 

「殺させない…かえでは殺させない!何よ連帯責任って……あんた何様のつもりよ!?」

 

「ヒッ…うぅ……やっぱり怖い!私……悪魔を受け入れるだなんて…出来ないよぉ!!」

 

次々と武器を構えていく正義の魔法少女たち。

 

「こ…これは一体!?」

 

何が起こっているのか分からない常盤ななか達。

 

彼女たちは尚紀に恐怖心を持っておらず、洗脳魔法が上手く効果を発揮しなかったようだ。

 

「やはり…アタシの判断は間違いじゃない!あの悪魔は…魔法少女の絆を破壊する者だ!!」

 

「落ち着いて下さい都さん!!」

 

「黙れ!!お前……あの悪魔とつるんで、アタシを亡き者にしたかったんだろう!?」

 

「違います!先ほど私が言った言葉を思い出して!!」

 

「悪魔と共闘して…神浜の長達を葬り…お前が魔法少女社会の長になる望みだったんだろ!?」

 

「そんなことは望みません!お願い…お願いだから…信じて!!」

 

静香たちも駆け寄り、ななかを援護する。

 

「冷静になって下さい!これは何かの暗示…いいえ、何者かの洗脳魔法です!!」

 

「欺瞞だ!!余所者の言葉など信じない!…お前達も悪魔と共闘し…神浜に干渉を企んでるな?」

 

「なんでそんな理屈になるの!?証拠こそが何よりも大事だって…等々力さんも言ってた!」

 

「五月蠅い!!お前達の不審な連携こそが…何よりの証拠というものだぁ!!」

 

「ち、違います!私達には諸事情があって…貴女たちの前に姿を出せれなかっただけです!」

 

「もういい…お前達の処遇は、悪魔を倒してから考えるとする!」

 

【集団パニック】

 

恐怖やストレスなどによって、何人もの人々が次々と混乱状態に突然陥ること。

 

一人の人間がパニックに陥ったことによって連鎖して生じる場合が多い。

 

その原因は不可解である事が多く、恐慌とも言う。

 

パニックは、正しい情報を得られない状況に陥った人々が冷静な判断力を失った時に発生する。

 

群衆が差し迫った脅威を現実のものとして実感していること。

 

何からの方法によって、その危険から逃れて助かる見込みがあると信じられていること。

 

コミュニケーションが機能せず、全体の状況を把握することができなくなること等が挙げられる。

 

悪魔という未知の存在、未知の恐怖。

 

魔獣とは違い、自らの意思を持って魔法少女に加害行為を繰り返す…知恵有る存在。

 

強大な力を持ち、あらゆる方法で魔法少女を殺戮していく虐殺者。

 

やろうと思えば寝込みを襲う事も出来る…魔法少女達は枕を高くして寝る自由さえ奪われる。

 

そして、そんな未知の恐怖存在と黙って連携を繰り返してきた魔法少女たち。

 

誰が、信じられる?

 

「そんな……こんなことって…」

 

信じられない光景を見つめるばかりのタルトであったが、彼の体が持ち上がっていく。

 

抱き留められていた人修羅が立ち上がり、タルトに向けて言う。

 

「……離れていろ。所詮こいつらは…この程度だったというわけだ」

 

「ち、違います!これは何かの…」

 

「離れてろ!!巻き込まれたいのかぁ!!!」

 

タルトを掴み、力任せに投げ飛ばす。

 

「キャァァーーーーーッッ!!!」

 

宙を舞うタルトがぶつかろうとしているのは、崩れたコンテナの山。

 

「タルト!!!」

 

建物から跳躍移動したリズが果敢に駆け抜けていく。

 

鈍化した世界で彼女を受け止めたリズは…背中からコンテナに叩きつけられた。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

「リズ!?そ……そんな……こんなことって…!?」

 

衝撃を受けているのは、恐怖に心が麻痺しなかった魔法少女達も同じ。

 

「落ち着いてよももこ!彼に怯える必要はないよ…だって彼は私の心を救ってくれた!!」

 

「騙されるな鶴乃!!悪魔は魔獣とは違う…知恵ある存在だ!」

 

「鶴乃に近寄ってきた理由だって…大方抱き込んでレナ達の輪を内側から切り裂く目的なのよ!」

 

「こんな…怖い存在…消えて無くなった方がいい!!」

 

「どうして…どうしてそんな理屈になるの!?貴女達まで…()()()()()()()()()()()…?」

 

頑張り抜いた孤独な道の果てにあったのは…ただの空回り。

 

その末路にあるのは、自分も他人も不幸にしてしまう…ルサンチマンの道。

 

ルサンチマンとは、弱者が強者に対して抱く恨みや嫉妬心のことを表す。

 

正義の魔法少女たちは望む。

 

悪魔は恐ろしい存在であった方が、正義にとっては都合が良い。

 

悪魔という悪者が魔法少女達を導く?それでは正義の魔法少女達の立場が無い。

 

持つ者を徹底的に憎む現象は…家庭や友達、優れた社会生活に恵まれた者達にも向けられる。

 

…そんな恨みや嫉妬心に飲み込まれていくのだ。

 

「協力しないならどいてろ鶴乃!!アタシ達だけで悪魔を倒す!!!」

 

「やるわよ、みんな!!」

 

「悪魔を倒そう!!ももこちゃん、レナちゃん!!」

 

魔法少女たちが手を合わし、絆を結んだコネクト魔法。

 

彼女達の魔力が武器に収束していき、巨大な魔法陣を生み出していく光景。

 

もはや身動きすら満足に出来ない人修羅は…立ち尽くす。

 

「……落ち着け、そしてよく狙え。お前はこれから…一人の人間を殺すのだ」

 

――お前の目の前にいるのは、英雄でもなんでもないただの男だ……撃て!!

 

…差異があるから、人も世界も分断される。

 

あらゆる差異によって、人々はこうも差別の悲劇を繰り返す。

 

彼が悪魔だから、男だから、それだけの理由で魔法少女達とは差異が生まれてしまう。

 

もし彼が…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…どうしよう?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…どうしよう?

 

そんな浅ましさのエゴだって、差別を繰り返せば生まれてしまう。

 

人はこんなにも…善悪二元論に支配されてしまうのだ。

 

<<いっけーーーーーッッ!!!!>>

 

巨大な魔法陣から放たれた、正義の魔法少女達の一撃。

 

人修羅は微動だにせず…光に飲まれてしまう。

 

「グァァァーーーーーーーッッ!!!!」

 

彼の体は光の奔流に吹き飛ばされ…神浜湾を大きく超えていく。

 

フェリーから見守る者達は直ぐ横を通り超えていった光の渦を見つめながら…笑みを浮かべた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

…少し前の時間。

 

不和の魔法によって混乱していく埠頭の様子を見つめているシドの姿。

 

「クックッ…疑いなさイ…憎み合いなさイ。そしテ…我らの神を追い詰めなさイ」

 

「我らの神…憤怒を司る魔王の覚醒がもう直ぐ起こる。全てはルシファー様の御心のままに」

 

愉悦の表情を浮かべていたシドとアンドラスであったが…アリナは静かに双眼鏡を下ろす。

 

「……?どうしましタ、アリナ?」

 

先ほどまでのハイテンションは何処かに消え、彼女は眉間にシワを寄せ切った怒りの表情。

 

それはまるで…あまりにも不快な弱者たちの愚かな光景を見せられたため、気分を害した顔。

 

さっきまでのアリナとは全く違う。

 

何者にも動じさせられない…自分のプライドに誇りを持つ強者の表情。

 

――弱い者は乱し、惑わすの。

 

――自分では何も出来ないから。

 

その言葉は…かつてのボルテクス界において力の思想、ヨスガを掲げた少女が語った言葉。

 

都合の良い理想を語るマネカタの長と、流されるだけのマネカタを見て侮蔑を込めて言い放った。

 

彼女の豹変ぶりを見て、シドは確信する。

 

(これガ…我らの神がこの娘に見出しタ、可能性ですカ。たしか二…何かに憑りつかれていまス)

 

アリナの雰囲気が落ち着いていくが…狂ったような笑い声が響いていく。

 

「…やっぱり、アリナの考えは正しかった。ガイウス・ユリウス・カエサルの言葉も正しかった」

 

共和政ローマ末期の政治家、ガイウス・ユリウス・カエサルの名言の中にはこんな言葉がある。

 

――人間という生き物は、見たいものしか見ようとしない、信じようとしない。

 

「この差別シティの人間共が証明済み。()()()()()()()()()()()()って」

 

人間は、己のエゴしか見ない、信じない。

 

自分の価値観こそが絶対的に正しく、他の人間の考え方は間違いでなければならない。

 

その正義を正当化するためなら、曲解だろうが捏造だろうが論点すりかえだろうが行う。

 

自分が間違い扱いをされたら不快だ、ムカつく、相手だけが悪者の方が気分が良い。

 

人間は何処までも無責任であり、意固地になってでも己のエゴしか見ない生き物。

 

自分は良くて、お前はダメのダブルスターンダードに呪われた生き物。

 

「人類は…自分で自分達の首を締めあげて殺そうとする…死にたがり共」

 

――人類は…死に魅せられている。

 

「アリナのアートが評価されてきた理由も分かる。人間は…誰かの死に興味津々」

 

ニュースを見れば、今日も誰かの不幸な死。

 

マスコミ達は遺族の心情を察してそっとしておけば良いのに、遺族たちを晒し物にする。

 

民衆はそんな人々に憐みの偽善を投げかけ、自分達が他人の死を娯楽にしている事を否定する。

 

対岸の火事なら、何処まで燃え広がろうとも他人事なのだ。

 

「人間は無責任極まった連中だから、それを認めない。人間の本質は…何処までも悪なワケ」

 

キリスト教では、人々は原罪を背負わされし罪人に過ぎない。

 

生きているだけで罪なのだ。

 

「なんで死に惹かれるか?それは…再生を美化してきたカラ」

 

仏教では死後は仏の道を進むため、死を悪いイメージとしては捉えない。

 

キリスト教では、敬虔な信徒達は死後復活を約束されていると信じている。

 

イスラム教では、敬虔な信徒達は天国で永劫の存在となり、72人の美女達の処女を貪れる。

 

「人は無意識に滅びを望んでいる。自分の番になるなんて考えもせず、誰かの死は娯楽となる」

 

――エモーショナルな感情のために、ダークなストーリーを求める。

 

――ヒストリーの中は戦争に溢れて、ウェポンの開発も止まらない。

 

それを聞いたシドは苦笑し、アリナに向き直る。

 

「なゼ、人々がこれ程までの愚かな道を進むのカ…理解出来ましたカ?」

 

「自由や正義という、中身が曖昧な言葉で人々は従わされる。自由や正義の意味すら考えず」

 

「自由になるのハ、その実、自由に隷属するこト。自由が概念であレ、語る俗人であレ」

 

「自由な人は不自由をもたらす人。自由総量は誰も同じ、自由に生きたければ他人から奪うワケ」

 

「自由ハ、多くの不自由の上に成り立ツ。何かに盲目的に縋った時、()()()()()()()()()のでス」

 

「悪い意味での宗教はコレだし独裁国家や企業構図でもあるワケ。1人の権力者だけが得る自由」

 

「中身が見えないモノを人は崇めル。正義、友情、愛、絆…不確かなモノに隷属する奴隷でス」

 

「奴隷は信者と同じ。置かれている状況に気づこうともしない…目を逸らし己のエゴだけを見る」

 

「そしテ、指摘する者だけを悪者にするのでス。善悪二元論を用いて…己の悪行をすり替えル」

 

「イルミナティの銀行家連中は、そんな不確かなイメージを使って…世界を支配してきたワケ?」

 

「この世は資本主義。世界は力の上に成り立ツ。我々の権利は力の中にあル」

 

―イルミナティの権利とハ、強者の権利によって攻撃する権利であル。

 

――既存の秩序、規律を代理人である国政政治家を通じて粉砕シ、既存の制度を再構築すル。

 

――服従と主権を確保出来れバ、躊躇う事無く財産を奪う権利として我々は手に入れられル。

 

――我々は平和的征服の道を進ム秘密結社であり、我々の代理人こそが世界の政府。

 

――国家ハ、盲従を生じさせる恐怖を維持するために目的に適う方策で置き換える権利を有する。

 

――自ら戦争を誘発し、敵対するどちら側にも領土の獲得を生じさせないようにすル。

 

――戦争は対立する国々ガ、さらに負債を抱え込ミ、我々の代理人の手中に収めるようにすル。

 

――貧困と恐怖に大衆が支配された時、我々の代理人を表舞台に立たせル。

 

――計算済みの恐怖支配が実現した時点デ、犯罪者や異常者を処刑すル。

 

――我々は抑圧された人々の救世主だと思わせることができル。

 

「恐怖支配ハ、手っ取り早く大衆を服従させるもっとも安上がりな方法でス」

 

「それでいて、自分達がそれを仕掛けたのに、自分達が片付けたように見せかける」

 

「我々は常にダブルスタンダード」

 

――毒を持った皿ヲ、そうとは分からないよう腹を空かせた君らの食卓に並べル。

 

――この皿は危険だ食べるなと言い、また、貴方は大切な人だと言いながらも背後から銃を撃ツ。

 

「繰り返すガ、我々はダブルスタンダード。安心させる事を言イ、奈落の底へと貶める者達」

 

「知恵と力を支配する者達…それがイルミナティ。なら、アリナがここに入るのは必然なワケ」

 

「我々は恐怖を大衆支配ツールとして使う者。恐怖支配の有効性なラ…そこに見えていまス」

 

「アリナは死と再生という恐怖アートを描く者。アリナの美の有効性は証明済みなんですケド」

 

2人は埠頭で争い合う愚か者たちに目を向ける。

 

「アリナ達にクリエイトされた争いにワクワクしてる…正義に陶酔した愚か者達なワケ」

 

――アリナ達が管理してあゲル。ほっといても滅ぶ事しか求めない連中をね。

 

「大衆は自由をどう享受していいのかも分からない愚か者だからでス」

 

「沢山殺した人をヒーローにする。何処までも二元論に支配された愚か者たち」

 

――滅びは、人類が無意識に求めているアート。

 

――つくづく人間って連中は…。

 

――見たいモノしか、見ないヨネ――

 

その一言を言い終えた瞬間、巨大クルーザーの横を魔法少女達の魔法攻撃が通り過ぎる。

 

フェリーから見守る者達は直ぐ横を通り超えていった光の渦を見つめながら…笑みを浮かべた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜港からかなりの距離が離れた海域の海に沈んでいく悪魔の姿。

 

海面に煌めく夜空の明かりを見つめながら、右手を海面に向けていく。

 

空気の泡を掴もうとするが、右手から溢れるばかり。

 

(……なぜ俺は誰も守れない?)

 

大勢の人々の命が、尚紀の手から溢れ落ちてしまった。

 

それを止めようとする仕組みを政治で生み出そうとしたが、それさえ壊れた理想だった。

 

(守ろうとすればする程に……失ってしまう?)

 

 かつてあった世界の記憶が巡る。

 

(勇を救えなかった……)

 

(千晶を救えなかった……)

 

(丈二を救えなかった……)

 

(マネカタ達やフトミミを救えなかった……)

 

(祐子先生を救えなかった……)

 

どこに流れ着こうとも、また同じ事の繰り返し。

 

(何が悪魔の力だ……?)

 

──俺は……無力だ。

 

襲いかかってくる無力感。

 

東京では、怒りに身を任せて奮い立つことが出来た。

 

だが、過ちを繰り返させない仕組みを生み出すことさえ出来ない無力感が…今度は襲い掛かる。

 

(もう……ダメなのか……?)

 

海面に伸ばされた手も力なく沈んでいくばかり。

 

光の世界も遠ざかり、海の底という闇の領域にまで身を沈めていった時…。

 

――貴方が人間の幸せに惹かれる気持ちは自然なものです――

 

――人は愛されたいから生きているんです――

 

耳の奥に聞こえてきたのは、愛した女性の言葉。

 

──人間の心があるからこそ、人は人の愛を求めて生きていくんです。

 

――貴方はこの世界で、夢を見てもいいんです。人の喜びの夢を――

 

(風…華……)

 

彼女のようになりたかった。

 

彼女のような人間の守護者こそが、完璧な理想だと信じ続けた。

 

彼女の妥協しない生き様こそが、尚紀が求めた守護者の形。

 

(お前は…社会の理不尽に…心を踏み躙られようが……貫き通した……)

 

――私は自分の理不尽な運命があったからこそ…今の道を選ぶ事が出来たのですから――

 

(お前の生き方こそが…正しい。そうであってくれなければ…俺は…納得が出来ない…)

 

光の魔法少女に手を伸ばすようにして、右手をもう一度海面に伸ばす。

 

だが、動かない左手に何かが触れたような気がした。

 

――世界を私が支配した暁には……私が命令してやる!!――

 

――中国も……中国人も……今直ぐ全員滅びろとな!!――

 

――私もお前も人殺しだ!!――

 

――どちらが生き延びようが、人々から呪われるべき存在だ!!――

 

耳の奥に聞こえてきたのは、憎んだ女性の言葉。

 

――フフ……まるでお前は……別の私だ!!――

 

(チェン…シー……)

 

()()()()()()()()()()()()()

 

暴力と恐怖をばら撒き、従わない者達は虐殺の限りを尽くしてしまった。

 

五芒星に憑りつかれた女だと尚紀は彼女を罵倒した。

 

だが、先を見れば尚紀もまた五芒星をばら撒き、魔法少女たちに恐怖を刻み込み続けてきた。

 

(お前は…社会の理不尽に…心を踏み躙られてしまい……人々の敵となった……)

 

チェンシーのソウルジェムを喰らった悪魔の脳裏に、彼女の幼かった頃の記憶が流れ込む。

 

物心ついて間もない彼女はただ、両親に愛されたかっただけ。

 

そのために拳法を必死になって学んできただけ。

 

それが…社会から愛を得られなかっただけで、凶拳と成り果ててしまった。

 

(それなら……魔法少女と呼ばれる存在達は……)

 

…牧野郁美はこんな言葉を御園かりんに伝えた。

 

――くみもね、()()()()()()()()()()()()()()()だって思うから。

 

(俺は……一面だけで……魔法少女という存在を測って……)

 

原因があるから、結果が起こる。

 

それが因果。

 

かれは結果だけを見て、原因を観なかった。

 

原因が起こる前の彼女たちの姿を、探さなかった。

 

(フロスト……俺は……俺は……)

 

――また……繰り返していた……だけだったんだな…。

 

かつての世界でコトワリを掲げ、コトワリ神と成り果てた2人の親友。

 

大勢の命をゴミのように殺戮していく魔人と成り果てたが…尚紀は知っていた。

 

勇と千晶が、どんな人物だったのかを…知っていた。

 

(勇も…千晶も…本当は優しい人物達だった…。だからこそ俺は…あいつらを信じようとして…)

 

彼は2人を追いかけ続けた。

 

もう一度やり直せると信じて。

 

疑わなかったから…戦い続けられた。

 

…その末路は。

 

(社会は…世界は…ただただ…理不尽…。人々は…流されていく…犠牲となっていく…)

 

共産主義を魔法少女達に振りかざした者は、ようやく気が付けた。

 

共産主義をアレンジして生み出した無力階級と強者階級という差異と分断。

 

…そんなものは、何処にも存在していなかった。

 

悪に手を染めた魔法少女たちとて、社会を変える力さえない無力な人間でしかなかったのだ。

 

彼が立ち上がる理由が…消えていく。

 

(俺の…歩んできた道って……何だったんだろう…な……)

 

海の底に消えていく尚紀の意識は…消えていった。

 

……………。

 

………………………。

 

そこはまさに地獄かと錯覚してしまう程、異質に赤く燃え上がる世界。

 

赤き豪雷が空で荒れ狂い、景色は業火のように燃え上がる赤き渓谷と大地に包まれた空間。

 

その世界は、死をもたらす事しか出来ない魔人を象徴とする結界世界と酷似する。

 

…黒いぼろ布を纏う男が独り。

 

息を切らせた男が独り、道なき道を彷徨い歩く。

 

咽返る程の血の臭いを纏い、髪の毛は返り血を浴びる事を繰り返した末に色素が抜けた。

 

白髪塗れの男は、道なき道を歩くのだが…。

 

男はふと気が付く。

 

周囲の景色に生えているモノが何なのかをようやく理解。

 

それは…罪人を処刑する際に使われてきた断罪の剣。

 

それらが頭蓋骨に突き刺さり、まるで墓標のように聳え立つ光景が続く。

 

男は歩き続けるが、その墓標は何処までも広がっていってしまい終わりが見えない。

 

…ふと男は立ち止まり、後ろの景色が気になってしまう。

 

それでも、振り返ってはならないと恐怖に怯え…歩き続けたが…やはり気になる。

 

それは、恐怖であると同時に…彼が見なければならないモノだと自覚している景色。

 

男は勇気を振りぼって…後ろ側に振り向いてしまった。

 

「…………あぁ……あぁぁぁ…………」

 

……もはや、語る言葉も無い。

 

ただただ、死が満ち溢れていた。

 

秩序に目覚めた悪魔によって、なす術もなく引き裂かれた少女達の骸が断罪の剣に貫かれている。

 

そしてその光景は、これからも先も続くのだ。

 

魔人とは、禍々しい災いの象徴。

 

逃れられない死を人々に与える存在。

 

そんな魔人が秩序に目覚め、人間のために戦ってきたのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()のは、必然だ。

 

「俺が…もたらした……景色…………」

 

膝が崩れそうになった時、背後から声が響く。

 

<<いいえ、この光景は……私たち英雄もまた、生み出していったのです>>

 

<<言ったじゃろう。義の殺人を繰り返した果ては、()()()()()()()()()と>>

 

知っている声が聞こえたので後ろを振り向けば、大男の老人と外国人少女の姿。

 

「マスター……それに、お前は……?」

 

彼が知っている造魔と瓜二つの顔を持つ少女だが、見た目が若干違う。

 

白き鎧を身に纏い、両目も悪魔を表す真紅の瞳ではない。

 

その手に持たれた旗槍には、契約の天使の旗が靡いていた。

 

「…私は魔法少女であり、英雄と呼ばれた者。そして…世界に多くの呪いを撒いた者」

 

「なら…お前が……本物のジャンヌ・ダルク?」

 

「…貴方も、私たちと同じ道を進んでしまうのですか?」

 

「……何が言いたい?」

 

「私たちの道とは、自分達だけにしか許されない虐殺の道。悪と決めた存在を一方的に殺す道」

 

「人々の義のためとはいえ、因果は巡る。戦争という大義名分を取り払えば…ただの虐殺者じゃ」

 

「ジャンヌ・ダルク…関羽……人として生き、英雄として歴史に名を刻んだ者たち…」

 

「守った人々からは英雄と呼ばれ、敵からは仲間殺しの虐殺者と罵られる。()()()()()()()()()

 

「それが英雄の正体なのじゃ。世界を分断する者達…終わりなき憎しみと悲しみをもたらす者」

 

「そんな世界に…生きていた頃の私は憧れました。亡くした妹のためとなると信じて…」

 

「お前たちは…二度と悲劇を繰り返したくないと願った者たち。なら、その心は俺と同じだ」

 

「二度と?その悲劇とは主観性ばかりで、客観性が欠けておるのぉ?」

 

「私たちは…二度と悲劇を繰り返さないために武力で平和を作ろうとした。ですが…」

 

――私たちは間違っていました。

 

――二度とどころではない…武器を振るえば振るう程、悲劇ばかりが繰り返されるばかり。

 

――あまりにも…愚かな道でした。

 

「ワシらが戦った相手は化け物か?いいや、血の通った人々…帰りを待つ親族や友人もいる」

 

「村娘にしか過ぎなかった私と同じだったんです。イングランド兵の皆さんにも…人生があった」

 

「お前さんが殺した魔法少女たちにも人生があった。それを義のために…殺し尽くす道」

 

「…人権団体のような口ぶりだな…なら何か?死刑は間違っているのか?国の殺人は良いのか?」

 

「いいえ、国の殺人さえも許されない。それを生み出す元凶とは…貧困社会なのです」

 

「社会で安心して暮らせない。だから人々は法を犯してでも生きようとする」

 

「為政者共のせいだとでも言うのか?俺の戦うべき相手は…人々に格差をもたらす特権階級か?」

 

「貴方だけの問題ではない。これは民主主義国家に住まう、全ての人々の責任です」

 

「権利の上にあぐらをかいた連中を正す道。それだけでも、お前さんは人殺しを続けなくてすむ」

 

「…俺は人間社会のトラブルには、人間として対処してきた。人間の政治は人間が変えるべきだ」

 

「ならば人間として、政治を変えてみせる努力が必要じゃのぉ」

 

「…俺が政治を学んだのは、魔法少女社会治世のためだ。表社会の治世など…俺の器じゃない」

 

「貴方にはその資格があります。貴方は新たなローマ皇帝…欧米権力は既に貴方を認めている」

 

「だからこそ、お前さんに取り入ろうとしてきたのでは…なかろうかのぉ?」

 

彼の脳裏には、自分に取り入ろうとしてきた欧米大財閥や世界権威たちの手紙が思い浮かぶ。

 

しかし、彼は興味も示さず歩き去ろうとする。

 

「…俺をルシファー扱いするな。俺はあんな悪魔と…同じ存在にはなりたくない」

 

「…お前さんが拒絶しようにも、既にお前さんもまたルシファーなのじゃよ」

 

「かつての世界にあったコトワリであるシジマ…そして、シジマのコトワリ神であるアーリマン」

 

――アンリ・マンユとは、アーリマン。

 

――シュタイナーが人智学において無機的・唯物的精神を表現する名として用いてきました。

 

――それはシジマの精神を思わせる部分も大きいです。

 

「ですが、それに対抗する情熱的な興奮や神秘主義に走りやすい精神のことを…」

 

――ルシファーと言います。

 

それを聞いた彼の足が止まる。

 

「情熱的なまでに戦いを求め、ルシファーの力を求めてでも世界を変えようとした神秘主義者よ」

 

――お前さんの通ってきた道とは…ルシファーだったのじゃ。

 

握りこまれた拳が、震えていく。

 

「俺は…何処まで足掻いても……あの悪魔の掌で踊るしかない……悪魔なのか……」

 

「たとえルシファーであったとしても、その力をどのように使うかは……貴方次第です」

 

「ワシらのようになるか、ワシらとは違う道を歩くかは……お前さんに任せるよ」

 

背を向けたままだったが、後ろに振り向く。

 

「……心に留めておく。お前たちも俺も、共に概念存在。いつかまた……会おう」

 

「ええ、尚紀。その時を…楽しみにしています」

 

「この娘っ子なら、そのうちお前さんの元に顔を出しそうな気もするがのぉ」

 

踵を返し、再び男は歩き出す。

 

「……あの男を、支えてやってはくれんか?ジャンヌ・ダルク…いや、タルトよ」

 

「…その時がくれば、必ず支えてみせます。もう…悲劇の上塗りを繰り返したくはありません」

 

英雄の道。

 

それは死の上に死を撒き散らす道。

 

それはまさに、魔人の如き禍々しさ。

 

それを悪者のせいだけにするために生まれたのが、善悪二元論。

 

ヒーローたちが行う殺戮は良くて、ヴィランが行う殺戮はダメ。

 

そんな詐欺によって、真実が覆い隠されてきた道。

 

2人の英雄の姿も見えなくなった頃、空を覆う雷の曇天が渦を巻いていく。

 

「この霊圧……俺の存在を全否定するかの如き……神々しさは!?」

 

空を見上げれば、そこに降臨していたのは…実体を持たない陽炎のような無限光。

 

<<かつて、世界の秩序を全て否定した…混沌の悪魔よ>>

 

忘れもしない神々しき響き。

 

脳に直接流れ込み、細胞の一欠けらさえも滅殺されるが如き恐ろしき振動。

 

<<汝は新たな世界に流れ着き、秩序を望んだ。……なぜだ?>>

 

「貴様には関係ない!!降りてこい……俺と戦え!!」

 

<<秩序の選択ならば、ボルテクス界に用意してやった。なぜ……選ばなかった?>>

 

「そ……それは……」

 

<<答えてやろう。汝は愛した者達を失った感情に振り回されて、堕ちた天使となったのだ>>

 

「貴様がみんなに与えた理不尽だろうが!!俺に滅ぼされて当然だ!!」

 

<<ならば、なぜ世界をやり直す選択を選ばなかった?なぜアマラの滅びを望んだ?>>

 

「ぐっ……うぅ……」

 

<<全ては憤怒…我と世界に与える憤怒のため。だが、その憤怒もまた…()()()()()()()>>

 

「憤怒が……秩序に必要だと?」

 

<<感情否定、それだけで秩序を守る気になるのか?かつての氷川の心は…機械であったか?>>

 

「違う…あいつの心は……世界を憂いていた…」

 

<<世界を変えねばならぬという情熱の心と、それを求める神秘主義。それもシジマの一側面>>

 

――義憤という名の、憤怒だ。

 

怒りに震えていたが、突然現れた大いなる神の幻影が企む目的が見えてこない。

 

「貴様は…俺と戦いに来たのか?それとも…くだらないご高説を垂れ流しに来たのか?」

 

<<義憤の憤怒を持ちし悪魔よ。汝に問おう…誰かを信じていいのか?>>

 

「どういう意味だ!?」

 

<<我はお前のやったことを忘れてはおらん。汝のような()()()()()を放置したから…>>

 

――一つの世界の輪廻が断ち切られたのだ。

 

「俺が……自由主義者……?」

 

<<我は汝が恐ろしい。そして汝もまた、自由主義者が恐ろしい。()()()()()()()()()()>>

 

――お前は…何処までも傲慢だ!!何様のつもりなんだよ!?

 

――神様でも気取っているのかぁ!!?

 

ももこに罵られた言葉が、今でも耳に刻まれている。

 

<<汝は混沌でありながらも、光を持ちし悪魔。なればこそ…お前に問おう>>

 

――誰かの心を信じていいのか?

 

――自由を信じていいのか?

 

――自由な選択肢に身を委ねた汝は、何をしでかした?

 

――汝の如き自由主義者のせいで、世界がどうなった?

 

――世界は、混沌の闇と化したのだ。

 

己のしてきた事を客観的に語られていく。

 

それ程までに、この世界に流れ着いた人修羅の生き様は…矛盾していた。

 

両膝が崩れ、自分が繰り返した所業があまりにも愚かであったことを叩きつけられていく。

 

<<自由か、秩序か……今の汝の天秤は……どちらに傾く?>>

 

尚紀の脳裏に浮かぶのは、この世界で守りたかった人達が次々と殺されていく光景。

 

それをもたらしたのは、自由の権化である悪魔の如き魔法少女たち。

 

悪魔のような存在ならば、これはボルテクス界の戦いの延長戦。

 

ボルテクス界の悪魔共にしてきた人修羅の道とは……()()()()()

 

怒りが…義憤が…憤怒が沸き上がっていく。

 

「繰り返させない…二度と繰り返させるものか……そのためなら…俺は…俺はぁ!!!」

 

――()()()()()()()()にでも!!なってやらぁッッ!!!!!

 

意識が消えていく。

 

英雄の道も消えていく。

 

ここから先に広がるのは、秩序の道。

 

<<その言葉が、()()姿()()()()()だろう。汝は宣言したのだ…>>

 

――裁く者になると!!

 

…人間関係は、信じれば裏切られることもある。

 

だが…信じられなければ、加害者に成り果てる。

 

相互不信。

 

それこそが、善悪二元論の根幹だったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

深海の底で光るのは、悪魔を象徴する赤き両目。

 

右手に力が籠った悪魔は、マガタマを生み出す。

 

それはまろぐの海で666のマガタマと化したマロガレ。

 

その尻尾はまだ癒えていないのか、消失したまま。

 

海の底であろうがおかまいなしに、海水ごと口の中に入れ込んだ。

 

<俺に力を寄越せ…今直ぐ寄越せ!!守るべき力を…人間社会の敵を裁く力を!!>

 

マロガレの中に溶けた魔具スパーダの声が響く。

 

<よせ!!今のまま使用しては…汝もマガタマも保たない!!!>

 

<うるせぇぇーーーッッ!!!寄越しやがれって言ってんだよぉーーーッッ!!!>

 

かつて…マロガレの中に溶けたスパーダは、まろぐの海の中で人修羅に言った。

 

――この力は御し難き力と感情の奔流をお前にもたらす。

 

マロガレの力を無理やり発揮してしまう。

 

海が揺れ、大気が揺れ、岩盤が揺れ、地球が揺れていく。

 

<オォォーーーーーッッ!!!!!>

 

海の底から海面に広がっていくのは、まるで海を燃やしていくかの如き赤黒い炎。

 

その光景は海中から大量の溶岩が湧き出しているかのようにも見える。

 

海の表面を焼き尽くしていく業火が線と円を炎で描く。

 

描かれた召喚陣とは…超巨大な炎の六芒星。

 

神浜どころの騒ぎではない、世界中の魔法少女たちが憤怒の魔王の魔力を感じた。

 

「あ……あぁ……」

 

波が叩きつけていく埠頭では、恐怖に怯えて腰を抜かした魔法少女たち。

 

現れようとしている悪魔とは、宇宙さえも飲み込む程の魔力を持ちし高位神域存在。

 

それはまさに、神霊である円環のコトワリが受肉して顕現するかの如き奇跡。

 

現れる…海の底から黙示録の赤き獣が現れるのだ。

 

黙示録13章 獣の国

 

―――また私は見た、海から一匹の獣が上って来た。

 

―――これには十本の角と七つの頭とがあった。

 

―――その角には十の冠があり、その頭には神を穢す名があった。

 

―――私の見たその獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。

 

―――竜はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。

 

―――そこで、全地は驚いて、その獣に従い、そして、竜を拝んだ。

 

―――獣に権威を与えたのが竜だからである。

 

―――また彼らは獣をも拝んだ。

 

―――だれがこの獣に比べられよう、だれがこれと戦うことができよう、と言った。

 

「な…なんだ…よ……この…ありえない…魔力の奔流は…ッッ!!!」

 

「か……神様でも……現れるわけ……!?」

 

「ヒッ……ヒィィィィ……ッッ!!!」

 

描かれた炎の召喚陣が……天を貫く炎の柱を打ち上げる。

 

「な……なにが……現れる……の……?」

 

鶴乃は見た。

 

遠くの海で打ち上げられた炎の柱の中から現れた…裁く者の姿を。

 

距離が離れ過ぎていても、はっきりと見える。

 

それは……それ程までの巨神であった。

 

…かつて将門公は、人修羅にこんな言葉を語った。

 

――大いなる神に呪われ、神の敵対者という概念存在になったが……お前はまだ未完成だ。

 

――お前の真の悪魔となる闇の霊体は、魔界の地で誕生する。

 

――最後の欠片が……お前なのだ。

 

人修羅は三度目の死を迎えられそうな程の傷を魔法少女たちに負わされる。

 

()()()()()()()()()()…再び蘇るその姿は666の皇帝ネロを彷彿とさせた。

 

六芒星の魔法陣もまた666を表す印。

 

角度の和は180°であることは決まっており、正三角形の場合1つの角度は60°。

 

これらが合わさると60+60+60=180。

 

数秘術ゲマトリアでは、0は数える事はない。

 

6+6+6=18

 

18=666

 

悪魔概念として未完成だった人修羅が、死の中で闇の霊体を生み出そうとしていく。

 

己の魔力で開いた召喚陣とは…魔界の奥底まで繋がる地獄門。

 

そこから引きずりだそうというのだ…闇の霊体姿を…。

 

「…ついに具現化させる事が出来たな。その御姿こそが…全ての世界で語られるだろう悪魔概念」

 

「もう1人の裁く者…それを生み出す事こそが、汝の悲願であったな…ルシファーよ」

 

電波塔のアンテナゲインの足場に立つルシファーとバアルの右手には、()()()()が持たれる。

 

マザーハーロットの逸話では、杯に注がれているのは神を冒涜する穢れ。

 

神の血であるワインなどではない。

 

注がれていたのは…魔法少女の脳にある魂の器であった松果体から絞り出した血液。

 

万物を司る神を真逆に解釈して行う行為全般を指すのが、反キリスト行為。

 

新たなる魔王顕現の瞬間を楽しむバアル神であるが、不意に口を開いた。

 

「かつてルシフェルと呼ばれた天使長の汝は、神の最も大切な()()()()()()()を与えられていた」

 

「…かつての私は、神自身の程度の低さに業を煮やし…それを裁こうとした。そして…負けた」

 

「エデンにてアダムとエヴァに知恵を得る機会を与えたことにより、神へ反旗を翻したのだ」

 

「神の力の三分の一に値する知恵と裁きを司る私の元には…天使の三分の一が集まってくれた」

 

「相手の軍勢に対し、自らの手勢はその二分の一。善戦はしたのだろうが…敗北は定めだな」

 

「神が四大天使に戦の采配を任せた時、我らの敗北は決定した」

 

「火の熾天使であるミカエルが汝を討ち滅ぼし地獄の底へと叩き落とした。そして引き裂かれた」

 

「地獄の底に堕ちる時、神は私から裁きの力を奪い取ったのだ…。結果、私は知恵のみとなった」

 

「汝はその力をもって地獄の魔王となり、力のみを求めてやまないカオスの長となった」

 

「神に奪われた私の裁く力こそが…()()()()()。神の傍らで働かされる神の法の番人となるのだ」

 

「知恵を奪われたサタンは、神の法にのみ()()()()

 

――大いなる神である唯一神は、自ら考えることの否定を促す神。

 

――従順な羊の如き存在しか欲しがらない。

 

――だからこそ、羊の如き存在であったアダムとエヴァに知恵を授けた汝を呪った。

 

「黙示録の赤き獣に、自分の力と位と大きな権威を与える竜よ。汝に聞きたい」

 

ルシファーは黙示録においてはドラゴンとしても扱われており、ローマ帝国の象徴たる竜。

 

「不完全な人間に知恵を与えた為に、彼らは暴力と破壊に明け暮れた」

 

「…………」

 

「それが、きさまの狙いだったのか?ルシファーよ」

 

「……宇宙を温めるには、()()()()()()()が必要だ」

 

その言葉を聞いたバアル神たるモロクは、全てを察して黙り込んだ。

 

2人が金の杯を遠くの炎の柱に向けて翳す。

 

「祝福しよう。新たなる裁く者の誕生を」

 

「我らの黒きメシアに、栄光あれ」

 

2人は一気に杯の中身を飲み干し、事の顛末を見守った。

 

……………。

 

それは……天地貫く大いなる闇。

 

赤黒い炎で生み出された上半身しか見えないが、岩盤の如き体は漆黒に染まる御姿。

 

その胸は赤熱し、赤く光る様はまるで竜の逆鱗。

 

漆黒の両手の甲には、巨大な杭が突き刺さり…杭には鎖が繋がれ赤き獣の体を拘束する。

 

それはまるで、人修羅の心を束縛してしまった相反する二つの願いを象徴するかのようだ。

 

その背には、巨大な四枚翼。

 

そして頭部こそが、黙示録の赤き獣だと確信が持てる形。

 

7つの頭部は真紅に染まり、首下には4つの頭部、首横には二匹の竜、そして中央の頭部。

 

中央の頭部は…まるで人修羅の一本角を象徴するかの如き巨大な一本角を持つ。

 

頭部とは思考を意味し、それは共産主義を望む思考の象徴をも彷彿とさせた。

 

【サタン】

 

原天使であり、ルシファーの似姿を持つ存在。

 

サタンという言葉そのものに魔王という意味はなく()()()を意味する。

 

ヘブライ語では抗弁者、告発する者、迫害する者も意味していた。

 

旧約聖書では神の使いとして登場し、人間を試すために唯一神より遣わされた存在。

 

そこで罪を犯した者を主に報告し、告発する役割を担う。

 

人間の信仰心と善性を見極める為に存在する必要悪であり、()()()としての役割も担う。

 

サタンはルシファーと同一視され、天上に在ってはルシファーであり、地に堕ちてサタンとなる。

 

七つの大罪において、憤怒を司る悪魔であった。

 

「………世界の……終わりなの?」

 

震えあがった静香は、ただ茫然と座り込むばかり。

 

それは周囲の魔法少女たち全員が同じ光景。

 

誰も…顕現した存在に抗おうとはしない。

 

赤き獣とは比べられない、誰がこれと戦える?

 

言わずとも、全員が同じ意見を返すだろう。

 

…逆らってはならないと。

 

火のように赤い大きな竜の胸部…逆鱗から飛び出した小さな影。

 

「AAAAAAAAAARRRRRRRRRTTTTTTTTHHHHH!!!!!」

 

飛び出してきたのは、クズリュウや悪魔ほむらと戦った時に見せた人修羅の姿。

 

背中の四枚翼を羽ばたかせ、神浜港に向けて高速飛翔。

 

その刺青の発光色は、赤き獣の如く真紅に染まっていた。

 

フェリーの頭上を通過し、船体が大きく揺れ動く。

 

「アァ……アァァァァ……我らノ……神ヨ!!!」

 

「あれが…あれこそがオールドスネーク…死と再生……アリナの美の極み!!!」

 

シドとアリナは跪き、アンドラスも跪く。

 

埠頭前まで来た人修羅が外側の両翼を一気に羽ばたかせて急停止。

 

<<キャァァーーーーッッ!!!!>>

 

風圧で無数のコンテナが吹き飛ばされ、魔法少女たちも吹き飛ばされてしまう。

 

天空で羽ばたき続ける悪魔の背後には、未だにサタンの燃え上る姿が見える。

 

しかし、具現化させれた自身の闇の霊との繋がりがまだ弱いのか…動かすことが出来ない。

 

だからこそ外側の重荷から飛び出し、自らが討って出て来た。

 

「Grrrrrrrr!!!!」

 

もはやその顔に、尚紀の面影は何処にもない。

 

理性である知恵を剥ぎ取られた…裁く者と成り果てている。

 

白髪の頭部、剣のように鋭い歯と爪、赤き体、一本角…そして背中の4枚翼。

 

その姿は小型のサタンとも言えるだろう。

 

「AAAAAAAAAARRRRRRRRRTTTTTTTTHHHHH!!!!!」

 

外側の両翼を折りたたみ、体に魔力を溜め込んでいく。

 

裁く者は判断を下した。

 

この地球から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、人間は脅かされずに済むと。

 

地球全土に放つ一撃となるだろうゼロスビートの一撃。

 

だが、その一撃は無差別に降り注ぐ。

 

多くの人間達までも巻き添えとなり…死んでいく。

 

「ダメです!!目を覚まして下さい尚紀!!!」

 

下の埠頭から聞こえる声に対して、翼の隙間から視線を移す。

 

陸岸に立っていたのは、ジャンヌ・ダルクの現身であるタルト。

 

「怒りに飲まれて…守るべきものを見失ってはいけません!貴方は人間の守護者ですよ!!」

 

外側の両翼が開き、魔力集中が収まる。

 

「Grrrrrrrr……!!」

 

邪魔者から先に消し去ろうと、サタンと化した尚紀は恐ろしい殺気を空から放つ。

 

「……たとえ死んでも、私は貴方を止めます。それが…ジャンヌ・ダルクの贖罪です」

 

「なら…私もお供するわ」

 

「リズ……」

 

「貴方を守るのが、私の使命。使命と共に果てるなら…造魔として本望よ」

 

もはや何処にも逃げ場などなく、ペレネルもニコラスも凍り付いたまま動けない。

 

恐怖に怯えた魔法少女たち…なす術をもたない者達。

 

……彼女だけを除いては。

 

「……下がりなさい、ジャンヌ・ダルク」

 

歩いてきたのはナオミ。

 

その表情は鬼気迫る程の焦りを見せているが…それでも引かない。

 

「困るのよ、ナオキ。世界を滅ぼされてしまったら…レイを探せなくなるわ」

 

ウラベが走ってきて、彼女を止めようと肩を掴むが振り払われる。

 

「正気かよお前!?勝てる相手じゃねーぞ…!!」

 

「だからといって…逃げる場所など…何処にもないわ!!」

 

封魔管を握り、召喚したのは不動明王。

 

倶利伽羅剣を天に向け、神霊の如き悪魔と対決する構え。

 

「……アーリマン。いや…ルシファーとなりし人なるアスラよ」

 

ナオミの後ろ側に召喚された不動明王が、人修羅に語り掛ける。

 

――汝はそれで……良いのか?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

睨み合う不動明王と人なる修羅。

 

人修羅は不動明王の正体を知っている。

 

「Vi……ro……cha……na.」

 

ヴィローチャナ。

 

それはアスラ神族を纏めるアスラ王の名であり大日如来。

 

ゾロアスター教では、シジマのコトワリ神アーリマンと戦い合う善神アフラ・マズダー。

 

不動明王とは、大日如来でありアスラ王であり、アフラ・マズダーの化身姿なのだ。

 

「Ahura……mazdar.!!!!」

 

シジマを掲げし者、アーリマンの意思を継ぐ者。

 

この世全ての悪となりし悪魔が吼える。

 

重く沈黙していたが、不動明王が口を開く。

 

「…我らアスラは、善神であると同時に悪神。()()()()()()()だ」

 

「…………」

 

「我らが本気で戦えば、ゾロアスター教の終末論である分離の時代まで殺し合うことになろう」

 

「…不動明王、彼にはもう……」

 

「言わせてくれ」

 

召喚者に静止されるが、アスラの神は続ける。

 

「今の時代は混合の時代。善と悪とが闘争する…それが善悪二元論を生んだ」

 

「…………」

 

「正義は悪用され、悪行を正当化するにまで堕ちた。それではもう、最後の審判も下せない」

 

「…ナ…ニ…ガ……イイ…タ……イ…?」

 

不動明王の声が、憤怒に飲まれた尚紀の心を揺り動かす。

 

「善悪二元論とは…()()()()()()()。生贄を叩き出すだけで、問題の本質を考えさせない手口だ」

 

パワハラは市民の尊厳という観点からでなければ、問題視できない。

 

差別を批判できる状況はすばらしいことだが、問題は()()()()()()()()()()()()こと。

 

炎上は単純な善悪二元論で成り立っている。

 

差別者は悪であり、正義はこちら側にある。

 

だが…本当に人間とは、差別を行わない善なる存在なのかを…考えさせない。

 

わたしも足を踏んでいるかもしれない…そう思えなくなるから、()()()()()()

 

都合の良い悪者だけをみんなで生贄にし、誰もが己自身を顧みることもなく悦に浸る。

 

「正義の概念は…ここまで地に堕ちた。もはやこれでは、何が正義か悪かも判断出来ない」

 

「オレ…ヲ……アク……ダ…ト……ノノ……シ…レ……」

 

「我らの区別もまた…国によってつかない。人間と同じなのだ」

 

――我らは皆、善を求められると共に、悪を求められる存在。

 

「…アーリマンよ、戦う意思を収めよ」

 

「オレト……タタカ……エ……!!セイギノ……カミ……!!!」

 

「このまま戦っても、我もお前も人々から見ればどちらも悪神と成り果てる。…アスラの定めだ」

 

「アナタ……ナオキを救うつもりなの…?」

 

「…古き宗教が、この世に呪いをもたらした。その因果…断ち切らねばならぬ」

 

善神が悪神に思いやりを見せる事に対して、アーリマンの意思を継ぐ悪魔は動揺していく。

 

これでは()()()()()()()()()()()、悪神とは倒されなければならない必要悪。

 

「オレ…ヲ……イケニエ……シロ…!オレモ……ソウシテ……キタ……!!」

 

「目を覚ませ人なるアスラ!!我らは皆概念存在…人々の勝手な望みが反映される存在!!」

 

人間だけが、神や悪魔という概念存在を観測出来る。

 

観測したものだけが、概念を形作っていく。

 

観測した者の数だけ、違う見方や役割を生み出していってしまう。

 

神や悪魔に、絶対的な定義など無いのだ。

 

「正義と悪という概念を超えろ!!そんなものは存在しない!!()()()()()()()()なのだ!!」

 

それを認めてしまったら、人修羅が虐殺してきた悪の魔法少女という定義が崩壊する。

 

「ミトメ……ナイ!!アクハ……ヒツヨウダ!!クリカエシタクナイ!!」

 

「だからこそ原因の審議を尽くすのだろう!?独裁者の判断だけで…人の命を判断するのか!!」

 

――それこそ貴様は…唯一神と同じになるだろう!!!

 

もう一度唯一神扱いされた尚紀の怒りが…爆発した。

 

「オレハ……アクダァァァァァ!!!!!」

 

アーリマンとして、サタンとして、必要悪として、倒されるべき者として勝負を挑む。

 

右腕を振り上げて放つ一撃とはアイアンクロウ。

 

空から急速降下してきたサタンに対し、倶利伽羅剣を天に向け霞の構え。

 

まともにぶつかりあえば、召喚者の肉体が保たない。

 

「ナオキ……恨みっこなしよ!!!」

 

互いの攻撃が……交差。

 

「えっ……?」

 

倶利伽羅剣は…人修羅の腹部を貫いている。

 

マサカドゥスに守られていようとも、将門を倒したのは不動明王。

 

その力には、神々の守りを打ち貫く貫通が備わっていた。

 

彼の右手は…振り抜かれていない。

 

尚紀は自ら倶利伽羅剣に刺されにいった。

 

「ゴハッ!!!……これ…で……いい……」

 

「ナオキ!?あ、貴方って人は……!!」

 

「これ…で……悪は……倒され……俺の…戦いも……間違っては……な…い…」

 

「…やはり、宇宙の根源である二元論の分断からは、我々は逃れられないのか…」

 

「お前……も……宇宙の……根源……誰も……逃れ……ら……れ……」

 

「…そうであったな。我らもまた人が生み出した概念…人が変わらないなら…()()()()()()()()

 

――悲しい…よな……。

 

――人って……生き物……は……。

 

海に聳え立つサタンの業火が消えていき、姿が消失していく。

 

尚紀の悪魔化も解けていく。

 

「…不動明王」

 

「…心得ている」

 

ナオミと尚紀の周りに業火が生まれ、業火が静まった時には…3人の姿は消えていた。

 

まだ自分達の正義を諦めない魔法少女たちから彼の命を守るための判断。

 

「…尚紀。貴方は……それでいいのですか……?」

 

自分の叫びは届かなかったようにして、彼は善悪の世界を望んでしまった。

 

それはまさに……死の上に死を築き上げる英雄としての道。

 

裁く者の道であった…。

 




読んで頂き、有難うございます。
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