人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

129 / 398
128話 幻の正義

自らが必要悪となり、魔法少女達を試す存在となってしまった人修羅。

 

彼は裁く者サタンとしての役割を背負う事になるだろう。

 

魔法少女とは関係ない第三者として告発人となり、彼女達の罪を問うた悲劇を背負う者となる。

 

魔法少女を迫害するかの如く差別し、傷つけ、多くの魔法少女達を虐殺してしまう。

 

旧約聖書では神の使いとして登場し、人間を試すために唯一神より遣わされた存在とある。

 

人の信仰心と善性を見極める試す者としての役割を果たした男の末路は余りにも悲惨であった。

 

ポツポツと雨が降り出していく早朝頃、神浜の何処かの路地裏では誰かが座り込む。

 

片足を伸ばし、壁に背を向けたまま顔を俯ける尚紀であったようだ。

 

死にかけていた肉体はナオミの召喚魔法のお陰で完治している。

 

しかしボディガードとして彼の世話をするために自分のホテルに連れ込むわけにはいかない。

 

彼はナオミの恋人ではないし、女として守るべきものもあるだろう。

 

尚紀の自宅の場所を知らないナオミはこの場所に置き去りにしていったようだ。

 

人間姿なら魔法少女達から見つからないという計算もあったが、本当の理由は別にある。

 

「…………」

 

顔を俯けたまま絶望に染まった表情を尚紀は続けている。

 

ナオミが彼を放り出した本当の理由とは、かけてやれる言葉がなかったからだろう。

 

ずぶ濡れになっていく彼の汚れた姿はこの世界に流れてきて間もない頃を彷彿とさせた。

 

(無くしたくないモノを…無くしてしまった。もう何も…信じられない…)

 

信じていた理想社会は壊れており、目指した理想とは真逆の存在になってしまう。

 

吐き出した言葉もまた否定した存在達と同じくダブルスタンダードに過ぎない。

 

善悪に社会を分断し、死と混乱を撒き散らすだけの害悪に成り果ててしまう。

 

平等と博愛を掲げた全体主義で社会を正そうとすればするほど、魔法少女達から反発される。

 

建前でも人間を守ろうとしてくれていた人々と深い溝を掘り下げただけの道でしかなかった。

 

その姿は魔法少女社会の長として生きたが追放された和泉十七夜と重なって見えるだろう。

 

「……それでも信じたい」

 

繰り返した非道の戦いが人間達を救う事に繋がってくれていると信じて縋りついてしまう。

 

それさえ否定されてしまったら、今度こそ彼は動く事さえ出来なくなるからだ。

 

「俺の正しさは…他の連中の正しさではない…だからこそ…善悪に分けられてしまう」

 

塞ぎ込み続けていたが、近づいてくる足音が聞こえてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()ワケ」

 

聞いた事がある者の声であるが、彼は俯いたまま顔を向けてはくれない。

 

彼の前に立つ少女とはアリナであり、尚紀は彼女を嫌っているからだろう。

 

「ノーマルな人も、コレクトな人も、この世にいないんですケド?」

 

「……消えろよ」

 

「全てが平均的なヒューマンなんて、この世にいるワケ?ヒューマンはロボット?」

 

「……違う」

 

「人は殺してはダメ。なのにウォーでジェノサイドすればヒーローって呼ばれる」

 

――正しさっていうものは、はっきり言って()()()()()()()()()()()()()ワケ。

 

アリナにそう言われた事でようやく彼は顔を上げてくれる。

 

過去と重なって見えたのか、美しい長髪をしたアリナが過去に愛した人の姿と重なってしまう。

 

「正しい人生が、アナタにとっての正しい人生だとは限らない」

 

「誰かに決められた正しさというものに…押さえつけられて生きる…」

 

周りから求められる最強娘を演じてきたが、苦しんできた鶴乃の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「アナタはアナタの情念を貫けばいい。周りに合わせても社会は変えられないワケ」

 

周りは偽善を並べて保身に走るだけでしかない。

 

自分達の人生設計だけを見ながら生きていきたいだけの連中なのだとアリナは伝えてくれる。

 

「それに付き合わされたら腐るだけ。本当は現実に気が付いてるけど、ぬるま湯が気持ちいい」

 

「……だろうな。気が付いてさえいないなら…猶更救いがない…」

 

「アリナはスクール時代、そういう腐り切った連中を沢山見てきたし…指摘したら虐められた」

 

「……そうか」

 

「出る杭は打たれる、これがジャパン社会。周りに合わさないと不利益しか返ってこないワケ」

 

「日本社会だと…目立ち過ぎると角が立つもんな…」

 

「アリナはそんな腐った社会を捨てた。社会的に死んで…初めてアリナはアリナを確立出来た」

 

「死人は…何者にも流されない…か…」

 

「アリナは迷わず実践する。アナタにはないワケ?実践したい、本気で打ち込める何かが?」

 

「俺が…本気で打ち込める…何か…?」

 

「アリナはアートがあったからアナタみたいにジャスティスマンとして先鋭化しなかったワケ」

 

「俺は……」

 

「原因は自分の過去にある。自分の過去をやり直そうとしている…それが情念を生むワケ」

 

尚紀の記憶の中には悲しみの記憶ばかりであり、だからこそやり直そうとしている。

 

「殆どの場合、過去の痛みを努力で昇華しないまま傷つけた相手の行動だけを変えようとする」

 

守れなかった大切な人々が脳裏を巡る。

 

必死になって助けようとしても、自分の手から零れ落ちていく命の記憶が巡ってしまう。

 

「自分は無力という屈辱を長期間味わっていけば…()()()()()()()()。それが今のアナタ」

 

「……」

 

「屈辱に苛まれてジャスティスマンになれば…強要しかしない。周りを勝手に断罪していく」

 

「……よく俺を観察しているじゃねーか」

 

「アリナはアーティストだけど、これでも鑑定眼を鍛えてるワケ。アートは表面の美じゃない」

 

「なら…そんな正義の暴走野郎の…何に惹かれているんだ…?」

 

「それはね…マルクス主義の()()()()()()()()カラ」

 

共産主義の生みの親の1人であるマルクスはヘーゲル哲学を徹底させた歴史人物。

 

理性の自己運動と実践的な自己実現の弁証法の過程として捉える考え方をする。

 

マルクス主義における革命的実践においてはこうだ。

 

実践によって理論が生み出され、理論によって実践が調整されて組織化される。

 

「理論と実践の統一……」

 

「人はドリームを偉そうに語る癖に実践しようとしない。周りと面白可笑しく腐っていくダケ」

 

「そうさ…俺みたいに社会を変えろと叫ぶより…友達と遊んだり恋人を作る方が楽しい連中さ」

 

「だから腐る。仲良し腐敗の温床にしかならない。だからこそ先ず、実践する」

 

その一歩を踏み出せる強者だけが流されない者になっていくのだとアリナは伝えてくれる。

 

「社会の奴隷はそれが出来ない。自分より他人、出過ぎた事を言えばハブられる村社会化する」

 

「実践する…その一歩を踏み出す…」

 

脳裏に浮かぶのは公民権運動で差別社会が当たり前だった世の中を変えようとしたキング牧師。

 

そして彼の家族になってくれた佐倉牧師もまた古いしきたりに縛られない社会を目指している。

 

勿論、この2人の牧師には悲劇が待っている。

 

佐倉牧師と変わらないぐらいの年齢であったキング牧師は報復の凶弾に倒れて死亡。

 

佐倉牧師は所属教会から破門され、家族共々飢える毎日。

 

社会を変えようとする人々の末路は、こうも社会リンチが待っているのだ。

 

「アリナはスクール時代の連中から浴びた社会リンチに負けなかった。アナタは負けるワケ?」

 

「……負けたくない」

 

「ならそれを本気で打ち込めるモノにすればいいんですケド。()()()()()()()()()()()()()()

 

「修正してでも…勝ち取る…?」

 

「アリナはアリナが納得出来ないアートならブレイクする。そして作り直す…何度でも…」

 

「お…お前……」

 

両目が見開いていき、立ち上がる力が湧いてくれる。

 

「何故…俺を探してまで、そんな言葉を贈るんだ…?」

 

それを言われた事で、何でシドの目を盗んでまで探しに来たのかを思い出してしまう。

 

「…アナタに妥協して欲しくない。だからこそ…アナタが選んだあの自殺行為は…素敵だった」

 

自分の生き方を誰かに間違いだと言われ続けても貫こうとした尚紀の姿を彼女は認めてくれる。

 

「アリナね…胸が凄く…締め付けられちゃったワケ」

 

自分でも何を言っているのか分からなくなり、赤面してきたアリナは去ってしまう。

 

路地裏の入り口付近で立ち止まり、背を向けたまま彼女はこう呟く。

 

「アリナはね…さっきも言ったけど、周りに合わさないから…虐められてきた」

 

「アリナ……」

 

「周りの間違いを指摘しただけで傷つけられるアナタの痛み…アリナは分かってあげられる」

 

そう言い残した後、彼女は走り去っていく。

 

後ろ姿を見つめる尚紀の瞳にはアリナの背中が何処か親友の千晶と重なってしまう。

 

懐かしい気持ちとなった彼の口元は自然と笑みが浮かぶ。

 

「厳しい態度だったが…俺の崩れそうな心に傘をさしていきやがった。どことなく似ていたよ」

 

立ち上がれた彼が家路に向かう中、懐かしい声が耳の奥に響く。

 

雨も上がっていき、秋の優しい風が彼の体に触れてくれる。

 

「…俺は大丈夫だ、風華。立ち上がれる力を…お前と同じ魔法少女から…貰えたよ」

 

――やっぱり…()()()()()()()()()()()()()()な。

 

 

後日となり、尚紀達は聖探偵事務所に集まって今後の方針を纏める会議を行っている。

 

テロ騒動もあり、探偵事務所としての今後の話し合いがしたいという招集に応じたようだ。

 

「集まってもらえたな。それじゃあ、この事務所の今後について語り合おう」

 

「丈二…家族はどうだった?」

 

「暴動には関わらせないようにしたが…親戚の中にはあの暴動でしょっぴかれた連中もいた」

 

「これからこの街も…荒れていきそうね」

 

「それだけの所業を東はやっちまった。たとえ差別されようが暴力で政治を変えてはいけない」

 

「この禍根は長く続くだろう…。今までの差別は歴史問題が背景だったが…今度は実害だ」

 

「左翼テロが発端となり、神浜は悪の都市として全国から認められた。西側経済も麻痺してる」

 

「神浜に根を下ろしてきた他県の企業は移転を検討中よ。企業に悪いイメージを与えるとね…」

 

「そうなると…神浜住民の雇用者は切り捨てられる。失業問題が深刻化するだろう」

 

「神浜に最初からあった商工業も他県の取引先から切り捨てられている…ビジネスの泣き所ね」

 

「それだけじゃない。観光産業だって大打撃だろうな…人も物も金も神浜から消えていくんだ」

 

「そんな街に引っ越してきてしまって大丈夫なの?もう一度東京に引っ越す?」

 

瑠偉の質問に対し、長く俯いていた丈二であったが顔を上げてくれる。

 

「……いや、俺はこの街で踏ん張ってみる」

 

「大丈夫なの?仕事がなくなったら事務所の看板を下ろさないとならないわよ」

 

「探偵ってのは社会が混乱すればするほど儲けられる。大勢が路頭に迷えば失踪案件も増える」

 

「差別も激化するだろうし、子供社会の虐めも激増する。虐めの調査案件も増えるだろうな」

 

「神浜企業を疑う他県の企業から企業調査も来るかもしれないわ。探偵は不況に強いわね」

 

「探偵はエージェントだ。社会が混乱した方が都合がいい…社会の生き血を吸ってるのさ」

 

「それでも誰かが汚れ仕事をやらなきゃならない。だからこそ…俺達は働いてきたはずだ」

 

「その通りだ、尚紀。俺は独立した時の目的を果たし終えたが…それでも探偵は辞めない」

 

「フッ…刑事としてか?」

 

「俺をそういう風に育てた先輩のためにも…社会を裏側から支える存在として…やっていく」

 

――人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前を見てて…そんな気がしたんだ、尚紀」

 

その言葉は大正時代において、何処かの探偵事務所の所長が語った言葉と同じもの。

 

彼もまた過去の一端とそれから逃げた自省を帝都の守護者であったサマナーに語ったようだ。

 

これからの行動計画会議も終わり、今日の仕事は終わりとなる。

 

二階事務所から降り、車体を修復出来たクリスに乗り込もうとした時に呼び止められる。

 

「ちょっと話をしない?埃臭い事務所ガレージだとアレだし、外で話しましょう」

 

2人は倉庫事務所の外に出て、事務所近くの陸岸から海を見つめる。

 

「革命魔法少女の殺戮は完了出来たのかしら?あの日…途中から行方が分からなくなったけど」

 

それを聞かされた尚紀の顔が俯いていき、沈んだ声でこう返す。

 

「…2人を除いて、皆殺しにした」

 

「その2人というのは…もしかして許してあげたの?」

 

「…分からない。今の俺には…あいつらを裁く資格があるのかどうか…判断出来なくなった」

 

「他の連中は裁いておいて、それはないんじゃない?魔法少女の虐殺者としての立場がないわ」

 

鋭い指摘に対して彼の拳が震えていく反応こそ、葛藤が残っている証拠であろう。

 

「瑠偉…俺の道によくついて来てくれた。これからはもう……俺独りでやらせてくれ」

 

「……それでいいの?」

 

「俺は…彼女達の結果だけを切り取り、全てだと判断した。原因の追究を…棚上げした…」

 

「同情心でも湧いてきたというわけ?それでは…東京で殺された魔法少女達が浮かばれないわ」

 

「死刑を繰り返し、抑止力を期待した。全体主義を振りかざし、恐怖の抑止力を期待した…」

 

「貴方が試した社会政策は…ダメだったのね?」

 

「それでも魔法少女は社会の敵となる…魔法少女という個人だけに目を向けるのは早計だった」

 

「なら…貴方は今後どう動くの?まさか、探偵を辞めて政治家にでもなるつもり?」

 

「道はまだ分からない…それでも今は…あいつらがなぜ社会の敵となったのかを…探りたい」

 

「その原因さえ取り除けば…魔法少女が社会の敵となる理由も消える…それを期待したいの?」

 

「……それさえダメなら、もはや打つ手無しだ」

 

裁き()から知恵()へ…それもまた、混沌を統べる治世の道なのかもしれないわね」

 

「社会学に正解は無い。これもまた間違いかもしれないが…試させてくれ」

 

踵を返した後、瑠偉の元から去ろうとする。

 

彼女は背中を向けたままこんな話を語ってくれる。

 

「……この世の全てが、君の生き様を左右するキッカケになる」

 

去ろうとする尚紀の足が止まる。

 

「君が日常で交わす言葉のひとつひとつも…多様な未来の扉のいずれかを開く鍵となるんだ」

 

まるで男のような口調で喋り出す瑠偉に違和感を感じた事で後ろを振り向く。

 

彼に体を向けている瑠偉は笑顔を向けながらこう聞いてくる。

 

「貴方は…何を選択したい?()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「瑠偉……?」

 

「…フフ♪ごめんなさいね、尚紀。少し…カッコつけ過ぎちゃったわ」

 

彼女は先に歩き去っていく中、瑠偉の後ろ姿を茫然と見つめるだけの彼は何かを感じてしまう。

 

「…やっぱり、あの女からはデジャブを感じる。俺は…あの女と似た奴と何処かで……」

 

考え事を邪魔するようにスマホの電話が鳴り響き、通話に出るとネコマタの声が聞こえてくる

 

「…そうか。静香やななか達は死にかけた俺を探し求めて家にまで押しかけて来たか…」

 

「貴方が無事だと知って安堵してたわ。それと…今後について話し合いもしたいと言ってたの」

 

「お前ら…悪魔の正体を晒してまで、あいつらを受け入れたのか?」

 

「だって…仕方ないじゃない…あんなにも悲痛な言葉を家の外から聞かされたら…」

 

「…全部バレちまったが、仕方がないな。それで…集まる場所は何処なんだ?」

 

「参京区の水徳寺のようだけれど…時間は夕方の17時頃の集合だそうよ」

 

「話し合いの内容は恐らく…これからの神浜魔法少女社会治世についてだろうな…」

 

「早く行って安心させてあげなさい。貴方を嫌う魔法少女は多いけど…慕う子もいるわ」

 

「……分かった」

 

スマホの電源を切った後、ガレージ内のクリスに乗り込む。

 

シャッターを開けて車を発進させる尚紀であったが、いつも使う道ではなく別の道を選ぶ。

 

「あれ?家に向かうには遠回りの道を走行しているわよ、ダーリン?」

 

「少し…考え事をさせてくれ」

 

「そう…あまり思いつめないでね。貴方に死なれたらアタシが困るから…」

 

「ネコマタとケットシーも困るだろうな。俺は…独りぼっちの殺人鬼ではなかったようだ…」

 

「これから…どう生きていくの?まだ…魔法少女の虐殺者として生きる?」

 

「……………」

 

何も言わなくなった彼を察したクリスも黙り込んでくれる。

 

(それに俺は…もう一つの悩みがある。それはきっと…俺だけの力では解決出来ない)

 

答えの無い道を歩き続けるかのようにして、車は当ても無く走行するしかないのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

外回りの仕事をする者以外は人通りをなくしてしまった南凪区。

 

道を歩くのは東の人間だとバレないように私服姿をした八雲みたまであろう。

 

彼女が訪れたのはホテル業魔殿であり、総支配人が出迎えてくれる。

 

「お待ちしておりました」

 

「…ヴィクトル叔父様と会いたいの。構わないかしら?」

 

「どうぞこちらへ」

 

ホテルの中へと入っていく2人であるが、内部を見渡せば観光客の姿は消えている。

 

「このホテルも…これからの経営が大変ですね…」

 

「…それにつきましては、当ホテルのオーナーであるヴィクトル様は手を打っておられます」

 

「大体分かるわ…この神浜からビジネス拠点を移すことぐらい…」

 

地下の業魔殿の入れる秘密扉から地下に降りる階段を進む。

 

「ヴィクトル叔父様が去ったら…ここに居場所を築いてきた私は……」

 

捨てられるのではないかと彼女は怯えながら階段を下りていく。

 

調整屋として資金援助をしてもらえたがそれもなくなるし、何よりその店そのものがもうない。

 

自分の居場所が足元から崩れる恐怖に怯えながらも彼女は業魔殿内部へと入っていく。

 

「うおぉぉぉぉ!!うぉまえ、来たかぁ!!待ってたぞぉーっ!!」

 

彼女に目掛けて走ってきたのはメイド姿に擬態したイッポンダタラであろう。

 

血相変えた顔つきで走ってきたと思ったら、彼女の前で土下座してくる。

 

「ダタラちゃん!?な、なんなのかしら…急に?」

 

困惑しながら見つめる事しか出来ない彼女の視線が辛いのか、大声で泣き喚いてしまう。

 

「ひょっ!ひょえぇぇぇぇ!?見つめ殺されるぅぅぅぅ!!」

 

土下座状態からゴロンと転がり、地面を転げ回るマッドメイド。

 

「だっ!だめだぁぁぁ!!そんな目で見てもだめだぁぁぁ…穴が!あくあくあくぅぅぅ~!!」

 

「ちょっと落ち着いてったら!どうして私に対してそんな負い目を感じるような態度なの…?」

 

「それいついては…吾輩が語ってあげよう」

 

業魔殿の主の声が聞こえた事でみたまは奥の通路に振り向く。

 

「吾輩に話があって来たのだろう?奥の応接間に来なさい」

 

「分かりました、叔父様。ダタラちゃんは…大丈夫?」

 

「ドォワイジォォブ…ドォワイジォォブ…ずぅえんずぇんなんともないからゲラゲラゲラ…」

 

奥に向かう2人と、みたまに頭が上がらないマッドメイドは地面を這いずりながら進んでいく。

 

会話を続けていた2人であったが、ヴィクトルから伝えられた言葉はみたまに衝撃を与える。

 

「十七夜が悪魔に襲われて…行方不明ですって!?」

 

「…イッポンダタラが守ろうとはしたのだが、クドラクと呼ばれる吸血鬼は強敵だったのだ…」

 

「暴動の責任をとって自決したものだとばかり…生きていてくれてたのね…良かったわ…」

 

「それは分からない。クドラクに襲われたということは…最悪の結末も考えられる」

 

「最悪の…結末?」

 

「君は和泉君とは付き合いが長いのだろう?彼女の周りで浮いた話を聞いた事があるか?」

 

「い、いいえ…十七夜に彼氏が出来ただなんて話は一度も……ま、まさかっ!?」

 

恐れおののく彼女に対し、片目から滝のような涙を流し続けていくマッドメイド。

 

「うぉれぁぁ…傷ついた体のままぁぁ探したぁぁぁ…でもぉぉ見つけられなかったぁぁぁ……」

 

「こいつも殺されかけてな…自力でここまで帰ってくるのが精一杯だったのだ」

 

「嘘でしょ…?魔法少女が…悪魔になれるの…?」

 

「…()()()()()()()()()()()

 

自分の生きてきた人生が全て壊された事で体が倒れそうになったがヴィクトルが支えてくれる。

 

「和泉君に関しては…探し続けるしかない…」

 

「助ける方法は…ないんですか…?」

 

「…悪魔となった者を戻す方法は無い。尚紀君が元に戻れないのと同じくな…」

 

「そんな…あの子は苦しんできたのに…こんなの…理不尽過ぎるわ!!」

 

「夜の世界で生きるしかない人生となるだろう。それは…吾輩とて同じ身の上なのだが…」

 

涙が零しながら泣き続ける事しか出来ない彼女の姿を見せられるしかない者達。

 

ヴィクトルはポケットにある魔石を握り締め、いざという時に備えながら様子を伺う。

 

「……落ち着いたかね」

 

「……はい」

 

彼女が落ち着いたのを見計らい、要件を伺ってくれる。

 

「そうか…調整屋を構えたミレナ座は…尚紀君に燃やされてしまったか」

 

「私は寄る辺を失いました…調整屋としてこれからどう生きていけばいいのか…分かりません」

 

「資金援助をしてきた吾輩だが…この暴動によって…神浜からは去らねばならなくなった…」

 

「やはり…テロが行われたこの街でビジネスを続けるのは…難しいんですね…?」

 

「実はな、暴動が行われるよりも前…吾輩は溜め込んでいた資金を使って夢の品を買ったのだ」

 

「夢…?もしかして…いつか海の旅がしたいから豪華客船を買いたいって言ってた…?」

 

「そうだ。吾輩のこれから先の人生は…海のホテルを経営するオーナーとなり、船長となる!」

 

「……そうですか、よかったですね」

 

夢が叶う喜びをこんな場で語る必要があったのかと反省した彼は真面目な顔つきに戻る。

 

「この業魔殿施設を船に移すための改修工事には5~6年はかかる。それまではここに残るよ」

 

「叔父様は先を見据えて動いていける…でも…私はもう……」

 

「君が望むなら、別のテナントを用意してやってもいいのだが?」

 

親切心を見せてくれる恩師であるが、彼女は首を横に振る。

 

「調整のせいで多くの人々がテロによって死にました…私はその責任を負わなければいけない」

 

真剣な眼差しで覚悟を語るのだが、ヴィクトルは勘違いを続けるみたまに対して落胆する。

 

「…吾輩は以前語ったはず。商売人がそれを考えるなら…店仕舞いとなる」

 

「で、でも…私の調整というサービスがあったから…みんなが死んで……」

 

「物を売る業者には責任が伴う。しかし…()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「全てを想定…?」

 

「たとえば台所用品を取り扱う店に包丁が並ぶのは自然。だが、その包丁で人が殺されれば…」

 

――包丁という道具を扱っていた、店主の責任になってしまうのかね?

 

「そ…それは……」

 

「君の調整サービスとて物売り。物に殺人を問うというのなら道端に落ちてる石にも言えるぞ」

 

「たしかに…大きめの石を拾って後頭部を殴りつけたら、人殺しぐらいは……」

 

「尚紀君はそれぐらいの極論をぶつけてきたのだ。道具を売る業者が…罪に問われるべきか?」

 

「私には…この神浜テロに助力した罪を問われる責任はない…無罪だと言うんですか…?」

 

「だからこそ吾輩はイルミナティとも取引する。道具をどう使うかは…取り扱う人間次第だ」

 

「でも…私の取り扱う商品の力は…あまりにも人間を殺してしまえる…」

 

「それはアメリカの銃乱射事件の影響を受けて銃規制しようとするアメリカと同じ発想だな」

 

「人を簡単に殺せる銃を売るから乱射事件が起きる…だから規制しろ…?」

 

「それが尚紀君の理屈だ。社会の安全保障を振りかざせば、こんなふざけた理屈がまかり通る」

 

全米ライフル協会スローガンをヴィクトルはみたまに語ってくれる。

 

Guns don't kill people,(銃が人を殺すのではない) people kill people.(人が人を殺すのだ)

 

「これは政治家も使う手口。気を付けたまえ…大儀を振りかざす政治家ほど信用してはならん」

 

「安全保障という安堵感を人々に与えて…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…?」

 

「民衆は楽な道しか求めない流される者達。考えること、疑うことを止めてはならん」

 

「ですが…それでも…この街の惨状を見ていると…自責の念に潰されてしまいそうです…」

 

思い悩む若い才能だからこそ、先人として言える言葉がヴィクトルにはある。

 

「…長く生きていると、あの時こうしていればと思う瞬間がないでもない」

 

「ヴィクトル叔父様でも後悔する事があるんですね…?」

 

「吾輩とて元は人間。人の心がそうさせてしまう…君と同じくな」

 

「私は……」

 

「吾輩はこう考える事にした。やり直しがきかぬからこそ人生は面白い…そうは思わんかね?」

 

「私の…人生…?」

 

「…生きなさい、みたま君。後悔する感情があるからこそ、繰り返したくない情念も生まれる」

 

「私…生きて…いいんですか…?」

 

「尚紀君がもう一度君を殺しに訪れるなら、ここに逃げ込みなさい。吾輩が前に立とう」

 

「叔父様……私……私ぃぃぃ……!!」

 

嬉し涙を流していくみたまに対し、ヴィクトルはポケットに仕舞っていたモノから手を離す。

 

そんなやり取りを見ていたイッポンダタラが立ち上がりながら素っ頓狂な叫びを上げてくる。

 

「お前を信じてやるぅぅ!みたま様ぁ!信じてますぅ!!」

 

「アハ…ハハハ♪もう…ダタラちゃんってば、相変わらず意味不明な言葉ばかりなんだから♪」

 

「うぉまえはラッキーだぁぁぁ!!人修羅に謝りに行くなら…うぉれも行くぞぉぉぉ!!」

 

「お前は和泉君を探しに行くとか言ってなかったか?」

 

「そっちもあったぁぁぁっ!?体が足りぬぅぅぅ…朝と夜に押しつぶされるぅぅぅぅ!!」

 

こんなにも自分の事を大切にしてくれる存在達がいる。

 

自分は独りぼっちじゃないという気持ちになれた彼女は決心がついたようだ。

 

もう一度裁く者の前に立ち、自分の心を打ち明ける覚悟を示す時がくるのであった。

 

 

参京区の水徳寺に来た改革を望む魔法少女達は寺内に入り、大広間で会議を始めていく。

 

「…なるほど。それが時女一族という、日の本優先の全体主義社会の在り様でしたか」

 

静香から時女一族について深く聞かされるのは神浜の長として認められた常盤ななか。

 

その横にはかこやあきら、それにこのは達姉妹もいるようだ。

 

「時女一族は国家民族を優先する一族。たしかに…自由は少なかったですね」

 

「国家社会の全体利益の範囲内でしか自由が許されない社会…ですが、それが当たり前です」

 

「えっ…?」

 

「日本の公共福祉でも基本的人権は認められますが、基本的憲法秩序を害さないのは当たり前」

 

「それに…他人の権利を害さないことも重要よね」

 

「思想の自由はあっても、それを他人に押し付ける暴力革命など、あってはならない」

 

「自由って…あるように見えて、公共という全体福祉の範囲内しか用意されないのですね」

 

「社会国家的公共福祉もあります。魔法少女と人間という力の格差を是正する必要も大事です」

 

「自由の名の元に持つ者が持たざる者を差別し、搾取する。それも規制する必要があるわ」

 

「幸福って…皆のものだよ。一部の人々のための幸福なんて…あったらダメだよぉ」

 

「弱者保護や社会経済全体の調和ある発展のための規制というわけね」

 

「魔法少女という力の脅威を規制する。それが弱者保護や安心ある自由経済をもたらします」

 

「今まで社会の安全が確保されなかったんだね…魔法少女のせいで…」

 

政治的な話題ばかりが飛び交い、手前の方に座るあやめはグルグル目をしている。

 

「あちし…頭がこんがらがってくる…葉月は分かる?」

 

「う~ん…アタシは嘘や誘導の手口なら得意だけど、政治に関してはねぇ…」

 

「でも、考えなきゃダメなんだよね?だってこれから…あちし達が神浜を治めるんだし!」

 

「あれから正気に戻ってくれた都さんも反省してくれて、改めて認めてくれたしね」

 

「やちよさんも退院出来たみたいだし…これから忙しくなっていくね…」

 

「嬉しい悲鳴だよ、あやめ。もう二度と繰り返させない…つつじの家のような悲劇はね…」

 

「だからこそ!あちし達がビシバシ叱りつけていかないとね!!」

 

「そうね…ぬるま湯社会こそが堕落を生む。その甘さが…つつじの家を燃やしたのよ」

 

「馴れ合い社会ほど怖いものはないって痛感させられたよ…だからこそ優先するものを決める」

 

このは達の視線がななかに集まり、彼女も首を縦に振る。

 

「私は尚紀さんから学んだ全体主義を敷こうと考えます。その社会はきっと…ファシズムです」

 

「戦前の日本社会と同じく全体利益を優先し…個人の自由を弾圧する社会制度ね」

 

「時女一族社会そのものです。日の本を優先するためにしか戦えず、個人の戦いは許されない」

 

「だからこそ強固な一枚岩を築けたと思う。その弊害は…皆の自由を踏み躙る苦しみ…」

 

「内心の自由まで踏み躙ってたよね…私達の時女一族社会って…」

 

「内心の自由があるから魔法少女は簡単に自由主義に腐る…自由主義の弊害なら見たでしょ?」

 

「…そうだね、静香ちゃん。私達はこの街で…見てしまった…」

 

「あんな自由暴力の世界を許すぐらいなら…全体主義の方がマシです」

 

「国を乱すテロを許さない国家社会主義ナチズム…ナチスだってドイツ共産党を滅ぼしたわ」

 

「ナチズム長所とは自由経済と共存出来る点です。民族発展のためなら資本主義も認められる」

 

「…共産主義のように私有財産を没収される事もない?魔法少女の魔法も取り上げられない?」

 

「魔法少女の私有財産的な魔法は国や民族発展のためなら所有出来る。ファシズムは必要です」

 

「問題は…その全体主義という個人の自由を破壊する社会を…他の子達が認めるかだね…」

 

「ボク達の自由は大きく制限される。普段生活もボク達の楽しさより公共の福祉が優先される」

 

「えっと…海に遊びに行ってもパトロールして、クリスマスだって遊ばずにパトロール…?」

 

「そのイメージであってると思うよ、あやめ。個人の幸福を見ず、社会の幸福に重きを置く」

 

「ハードル高そうだねぇ…今までのあちし達…遊んでる時は自分達の事しか考えてなかったし」

 

「でも、ボクはそれでいい。ボクは地域貢献を優先してきた…その時の気持ちは皆の幸福さ」

 

「あきらさんのような義の精神こそが、魔法少女社会には必要だったんですよ」

 

「徹底した個人主義の否定…人間社会を優先する公共心…それこそが次の魔法少女社会の目標」

 

「…アタシには分かるよ…皆はこう言う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って…」

 

「そんなのボクは認めない!ならどうして皆は正義の魔法少女を気取って戦ってきたのさ!?」

 

「そうです!個人の自由だけしか興味がないなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「かこさんとあきらさんに賛成よ。公共の福祉を重んじたから院長先生は孤児を救ってくれた」

 

「孤児の苦しみを背負う辛い児童養護施設長だなんて、義の精神がないと耐えられないよね…」

 

「私達姉妹は義の精神を持っていてくれた院長先生の道を信じたい。けっして譲らないわ」

 

「だからこそ、アタシ達姉妹は何処までもななか達についていく。頼りにしてよね♪」

 

「フフッ♪有り難うございます、葉月さん。交渉が得意な貴女がいてくれて心強いです」

 

「あちしも頼りにしてよーななか~!?」

 

時間を忘れて白熱した議論が交わされていく。

 

出てくる言葉は個人の自由を否定する平等主義と博愛精神、そして絶対的秩序主義。

 

和泉十七夜が目指そうとした徹底した社会全体主義管理体制であり、紛れもない恐怖政治。

 

襖の向こう側の廊下に立ち、聞き耳を立てている人物はそう感じているようだ。

 

「…………」

 

尚紀の脳裏に浮かぶのはナオミが語ってくれた言葉の数々であろう。

 

――そもそも道徳って…他人に押し付けるものなのかしら?

 

(暴力による絶対的秩序主義…その先にあるのは…ななか達の絶対的支配体制だ…)

 

一つのイデオロギーに逆らえる存在などいなくなる。

 

それは時女一族の魔法少女達が神子柴家や時女本家に逆らえなかった状況と同じになるだろう。

 

(正義を振りかざす全体主義政党に逆らえる者はいなくなる…そうなれば…腐敗する)

 

自由の名の元に腐る現実と、秩序の名の元に腐る現実があるのだと尚紀は知った者。

 

秩序も自由も、こんなにも人々は制御する事が出来ない。

 

不完全な存在、それこそが原罪という罪を唯一神に背負わされた人間という生き物。

 

だからこそ永遠に争わされるだろう、それこそが逃れられない神罰なのだから。

 

(自由を選んでも犠牲者だらけ…秩序を選んでも犠牲者だらけ…なら、何が正しいんだ?)

 

――貴方は…何を選択したい?秩序?混沌?…どちらでもない中庸?

 

(俺は……)

 

――七海先輩が間違ってしまった環の輪とは、違う形の輪を作って欲しいです。

 

汗ばんだ手が握り締められながら震えていく。

 

(秩序も自由もダメならば……残された手段は……)

 

考え込んでいたが、お手洗いに行こうとしたちはるが襖を開けた事で尚紀に気が付く。

 

「あれ!?尚紀先輩…いつの間に来てたの?」

 

ちはるの声が聞こえた魔法少女達の視線が彼に集まる。

 

「尚紀さん!?よ、よかった…無事だったのですね?」

 

「悪魔だったネコマタ達から無事を聞かされてたけど…嘉嶋さんの姿を見れて安心しました!」

 

「本当に良かったわ…。私達の理事長がいなくなったら、孤児達が路頭に迷うもの…」

 

周囲の喜びの声を聞かされる男の震えた拳が開き、決断したかのように語ってくれる。

 

「……心配をかけてすまない。だが、聞いて欲しい考えがある」

 

「えっ…?それは一体…なんでしょうか?」

 

「…この政治思想は俺がお前に伝えた政治思想の…()()()()()()()()となる」

 

「中間の政治……?」

 

「それを選ぶか、以前の俺が伝えた社会全体主義を選ぶかは…お前達次第だ」

 

 

日が沈んだ頃、水徳寺から尚紀の姿が現れる。

 

寺の近くにある有料駐車場に停めてあったクリスに乗り込み、駐車場から出発していく。

 

「これで二つの問題には対処出来た。残すは…」

 

「まだ問題ごとを抱えていたわけ?」

 

「これは俺の力だけではどうにもならないだろう。だからこそ錬金術師の力がいる」

 

「だとしたら、ニコラスのところに向かうの?」

 

「あいつの力を当てにはしたいが…もしかしたら、それだけでは足りないかもしれない」

 

車は南凪区に戻りニコラスの店に向かった後、夜も更けて20時頃になっていく。

 

屋敷のバルコニーにいたリズが部屋に戻り、ペレネルの執務室へと入ってくる。

 

「えっ?見かけない車が屋敷に近づいてくるですって?」

 

「あの車…もしかしたら悪魔かもしれないわ」

 

「どうして分かるの?」

 

「アメリカで暮らしてた頃、初代プリムス・フューリーの形をした悪魔の噂を聞いた事がある」

 

「…だとしたら、ニコラスが日本に持ち込んでいた可能性も捨てきれないわね」

 

「マスター?ニコラスさんがまた来てくれたのですか?」

 

「まったく…しつこい男だから私に嫌われるのよ」

 

「でも、満更でもないように見えるわよ。今のマスターの態度は?」

 

「……それも客観性なのかしら?」

 

「客観性のない主観性は成り立たない……でしょ?」

 

気恥ずかしい態度のまま電子制御の門を開けるために動いてくれる。

 

屋敷の大きな庭に入ってきたクリスを出迎えるようにしてペレネル達は入り口前で立つ。

 

「あ、貴方は……嘉嶋尚紀さん?」

 

クリスから降りてきたのはニコラスだけでなく尚紀も一緒のようだ。

 

「ニコラスに対処してもらいたかったが…こいつの力だけでは足りないそうだ」

 

「彼は私達のような錬金術師に用事があるそうだよ、ペレネル」

 

「私達のような錬金術師夫婦に用事がある…?それは、どういう案件なのかしら?」

 

怪訝な表情を浮かべてくるが、彼はペレネルに対して右掌を上に向けながら持ち上げてくる。

 

掌から出現したのは浮遊する力すら失ってしまったマガタマのようだ。

 

「こ……これは!!?これこそが…私が求めた…」

 

「マガタマね…でも、私が奪った時のように生命活動をしているようには見えないわ…」

 

ペレネルが遥々来日してまで求めた魔道の奥義。

 

究極の力を宿したマガタマのマロガレをペレネルに見せる心変わりこそ、彼の決断だろう。

 

「…俺はあの時、不完全なマロガレの力を無理やり引き出した。その結果が…このザマだ」

 

「私が追い求めたこのマガタマを…私とニコラスにどうして欲しいわけ…?」

 

「治してくれ」

 

「えっ……?」

 

ペレネルは細目が開いて目を丸くしてしまう。

 

「俺は魔道の知恵をもってない。禍魂は災厄の中より生まれるが…こいつは傷ついてるだけだ」

 

「マガタマの治癒を目的として…錬金術師の協力を求めに来たというわけ?」

 

「マガタマの研究成果なら、お前がもらっておけ。それが目的で来日したんだろ?」

 

ペレネルの表情が喜びに包まれていき、元夫のニコラスに振り返る。

 

「貴方が…私のために彼を説得してくれたの…?」

 

「それもあるが…彼の心を一番動かしてくれたのは他でもない…彼女だ」

 

ニコラスが視線を向けた先にいた人物とは造魔である。

 

「えっ…?わ、私……ですか?」

 

ペレネルの護衛としてついて来ていたタルトは造魔なりに驚いた顔つきになるだろう。

 

「彼は君の事が気に入ったそうだ。だからこそ、君のためにマガタマを託す気になった」

 

「私を…気に入ってくれているのですか…?」

 

キョトンとした顔を向けてくるタルトに対し、彼は気恥ずかしいのかそっぽ向く。

 

「…前にも言ったが、お前は俺の仲魔に相応しい程の悪魔だ。それに…止めてくれた礼もある」

 

身を挺してまで彼の過ちを止めてくれたジャンヌ・ダルクの現身だからこそ信頼してくれる。

 

「俺はな…お前を見届けたくなったんだよ」

 

「私を…見届ける?」

 

「感情がない造魔という種族を超えて…人の心を取り戻せる日を…見届けてやりたくなった」

 

「尚紀…私を…受け入れてくれるのですか?」

 

「そうじゃなければ、マロガレのためだろうがペレネルの元には来なかったよ」

 

2人のやり取りを見つめるペレネルとニコラスも喜びの表情を浮かべてくれる。

 

尚紀もまたペレネルと同じく、タルトを本物のジャンヌにしたいと言ってくれているのだから。

 

そんな光景を見ていたリズの口元も自然と微笑みが浮かんでいく。

 

「私の望みに応えてくれて…本当に有難う、嘉嶋尚紀さん…」

 

「尚紀でいい。これからはちょくちょく、この屋敷に寄らせてもらうよ」

 

「そうだ、お礼のお金を……」

 

「必要ない」

 

「で、でも…悪いわよ。私の望みをタダで叶えてもらうようなものだし…」

 

「…なら、今夜は付き合え。お前の奢りで飲み明かしてやるさ」

 

「フフッ♪よろしくてよ。マダムの店を貸し切って、朝まで飲み明かしましょう♪」

 

研究服を着替えるためにペレネル達は屋敷の中へと戻っていく。

 

開いていた入り口の明かりに照らされていたのはペレネルの人ならざる影であろう。

 

<……お前か?ペレネルに取り憑いている悪魔は?>

 

悪魔である尚紀がペレネルの影に潜む悪魔に念話を送ると反応が返ってくる。

 

<…初めましてかな?我らの黒きメシアよ。黙示録の赤き獣としての覚醒…まことに喜ばしい>

 

<ほざけ。この女を玩具にしている貴様などに好かれたくはない>

 

<では、我々は殺し合うしかないのかな?できればそれは…避けたいのだが>

 

<…お前をペレネルから引き剝がすのは、俺の役目ではない>

 

<フフッ…その言葉を聞けて安心したよ。いずれ我々は…ハルマゲドンの日に轡を並べる>

 

<その前に…お前には死んでもらいたいものだ。それを行う役目を背負う奴は…俺の隣にいる>

 

<そのご老体に何が出来る?不死身であろうが、いくらでも殺してやれるのだが?>

 

<お前と戦う力を考えるのはニコラスの役目だ。俺は干渉する気はない>

 

<それが聞けて何よりだ。私とて…混沌王を相手にしては分が悪過ぎるのでね>

 

<チッ……気に食わない悪魔だよ、お前>

 

短い念話のやり取りはペレネルが屋敷の中に入って扉を閉める頃には終わったようだ。

 

そして一行は会員制のBARクレティシャスに訪れる。

 

タダ酒が飲めるとナオミとウラベを誘ったら2人もホイホイついてくる。

 

「いや~疑って悪かったよ、ペレネル大先生!流石は俺の命の恩人だ!」

 

「貴方達を呼んだ覚えはないのだけれど…」

 

「まぁまぁ、せっかくの機会だし、貴女の人生でどんな魔道知識を得たのか聞きたいわ」

 

「貴女…この前私の邪魔をしたサマナーでしょ?よくもまぁ図々しく顔を出せたものだわ…」

 

「こいつらには世話になったし、ついでに借りを返そうと思ってな」

 

「私の奢りでね…でも構わないわ。今日は無礼講でいきましょう」

 

飲み明かすつもりで集まった一行だが、自然と今後の話になっていく。

 

「それにしても困ったわ…せっかく東京から神浜に拠点を移したというのに…」

 

「銀子、やはりヴィクトルはこの神浜からビジネス拠点を移す事になりそうか?」

 

「そうなるわ。彼は長年の夢だった豪華客船を購入したから…そちらに業魔殿を移すの」

 

「そうか…あいつも近い将来は船長生活だな…」

 

「業魔殿施設を移すための改修工事に5~6年はかかるから、暫くは神浜に残ってくれるわ」

 

「これから神浜市も大変ね。まぁ、私には関係ない話だけれど」

 

「ナオミ、貴女はこれからも探したい人物を探しながら彼の護衛を務めていくのね?」

 

「そうなるわ、マダム。ナオキが大人しくしてくれるなら、私もそちらに専念出来るけれど」

 

「そう……見つかるといいわね」

 

「俺は今後もマダムの護衛をしながら…イルミナティの行動を把握したいのだが…」

 

「お前は連中に見つかると不味いんじゃないのか?一応死んだ事にされてるんだろ?」

 

「だからな…サマナーとしてのツテを頼りに連中を探ってくれる人物に依頼をしたんだ」

 

「サマナーとしてのツテ?」

 

「俺の家は古い悪魔召喚士一族。葛葉一族とも少しだけ繋がりがあるんだよ」

 

「なんですって?なら、貴方のツテというのは…葛葉一族のレイ・レイホゥではないの?」

 

「違うって、女じゃない。私立探偵事務所を経営してる奴で…葛葉一族に連なる危険人物だ」

 

「葛葉一族に連なる危険人物の男…?」

 

()()()()…宗家の葛葉の名を与えられながらも狂い死ねと名付けられた一族の者さ…」

 

「葛葉キョウジ…」

 

「その男も初代葛葉狂死と同じぐらいの危険人物。目的のためなら手段を厭わない非道な男さ」

 

「そんな危険人物に依頼をして大丈夫なわけ?」

 

「あの男は金に執着心の無い奴だから、俺の持ち金でも依頼出来た。それに命知らずとくる」

 

「そう…でも、その男は興味があるわね。コンタクトをとってみたいわ」

 

「やめとけって。あの男は女だろうが容赦しないタイプだし…タダじゃ済まないぞ」

 

「問題にならないわ。その男が貴方の元に情報を持って来る時は同席させてもらうわね」

 

「どうなっても知らねーぞ…」

 

左側の2人は葛葉キョウジについての話に没頭し始めたため、右側の2人に視線を向ける。

 

「ナオキ君、私は所用があって少しの間エジプトに行く事になるだろう」

 

「エジプトだと?」

 

「古い友人に頼んでおいたモノが見つかったと連絡がきた。それを回収してから研究に戻る」

 

「私1人でも別に問題はないわよ?」

 

「つれない事を言わないでおくれ…ペレネル。せっかくナオキ君が繋いでくれた縁なのに」

 

「まぁいいわ。先にマガタマの研究を始めておくわね」

 

「また…待たせてしまうね。今度はスペインに勉強に行った時程の時間はかからんよ」

 

「フフッ…貴方を待つ事には慣れてるわ。いってらっしゃい」

 

少しづつだが凍り付いていた夫婦の時間が溶け始めているのを尚紀は感じている。

 

そんな者達の後ろに控えているかのように立つ造魔達にも視線を向けていく。

 

「お前らは飲まないのか?」

 

「えっ…?わ、私はその…マスターの使いで…護衛…を……」

 

「ど、どうした…?」

 

「何ですか…この…酒の…匂い…?我慢が…できましぇん……」

 

酔っぱらったみたいに顔が真っ赤になったタルトは横のリズに抱き着き始める。

 

「この子は見ての通り…酷過ぎる下戸なのよ。私だけで護衛は大丈夫と言ったのだけど…」

 

「ウフフ…リズのオッパイは…抱き枕に最適です…フフフ♪」

 

「こいつ…本当に造魔なのかを…疑いたくなってきた」

 

「そうね…アメリカにいた頃よりも明るくなってる気がするわ。貴方のお陰かもね」

 

「護衛は大丈夫だから、タルトを外に連れていって夜風に当ててあげなさい」

 

「分かったわ、マスター」

 

「フフッ…目の前に天使様が一匹…二匹…三匹…あぁ、まとめて光にしたい……」

 

抱きかかえたタルトを連れたリズは去っていく。

 

店の入り口付近で立ち止まったリズは尚紀の背中に振り向いてくる。

 

(黙示録の赤き獣…レッドドラゴンになった悪魔。それはローマ帝国の皇帝を意味する…)

 

リズの記憶の中にあったのは百年戦争時代で共に生きたローマ帝国の魔法少女であろう。

 

(神聖ローマ帝国の皇帝ジギスムントの娘…エリザ・ツェリスカ…)

 

かつてのタルトの仲間にいたのはレッドドラゴンの如き魔法少女であり皇女である。

 

時代を超え、再びローマ帝国と関わる事になってしまったリズの現身はこう思う。

 

(エリザ…彼を見守ってあげて欲しい。貴方のように…誇り高き存在となって欲しいわ)

 

視線を前に戻したリズはタルトを抱きかかえたまま店を出ていく。

 

元夫婦の間で積もる話もあったのか、話し込み始める元夫婦から視線を外す。

 

「……これからどう生きていくつもりなの?」

 

マダム銀子として生きるニュクスからの質問に対し、グラスの酒を一口飲んでから答える。

 

「俺は…暫くの間は魔法少女の調査を行いたい。連中の身辺周りの環境などをな」

 

「探偵として彼女達を調べたいの?でも、どういう心境の変化なのかしら?」

 

「俺は…人の一面だけを切り取って…全てだと判断してきた。それを変えていきたい…」

 

「忘れもしない今年の1・28事件の時に私が語った言葉を…ようやく受け止めてくれたのね」

 

「人類を悪い面だけで判断しないでくれ…か。その言葉の重みを…ようやく理解出来たよ」

 

「人を一面だけで判断する危険性を私は見てきたわ。信じられない者は加害者に成り果てるの」

 

「勉強不足だったのを痛感させられた…だから、これからは政治をもっと勉強したい」

 

「将来は名探偵から名政治家になったりするかも?」

 

「神として先が観えるんだろ?そうなっていそうか?」

 

「これも前に言ったけど…未来とは作るもの。先の可能性を知って未来を諦めてはいけないわ」

 

「そうだな…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったよ」

 

悪魔であり神という相反する二面性を宿す矛盾存在こそが人修羅のような悪魔達。

 

この世界に召喚されてしまった同じ概念存在達を思う銀子が重い口を開いてこう告げてくる。

 

「尚紀…この世界で悪魔と呼ばれる私達のような神々はね…万能ではないの」

 

「…………」

 

「概念というのは空気と同じ…そこに在っても意識出来ない。でも召喚されれば定義が変わる」

 

「現人神として祀り上げられる天皇だって…ただの人間。俺達も…同じだと言いたいのか?」

 

「所詮私達も自らの意思で選択し、因果を背負うしかない者達。人間や魔法少女と変わらない」

 

「……そうだな」

 

「だからこそ、これだけは忘れないで欲しい」

 

我々は神や悪魔と呼ばれても、全知全能なる存在ではない。

 

どんなに頑張ろうと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と告げてくる。

 

「完璧な理想である神を目指さなくてもいい。貴方のまま…迷いながらでも進んでいきなさい」

 

同じ概念存在である女神から送られた言葉が彼の心に染み入っていく。

 

決意を持った瞳で彼女を見つめながら尚紀は聞いてくる。

 

「俺に…ついて来てくれるか、銀子?いや…ニュクス?」

 

「勿論♪ボルテクス界だけでなく、この世界でも貴方の生き様を見たいわ。ついて行かせてね」

 

ギリシャ神話の夜の女神であるニュクスは笑顔を浮かべながら共に歩むと言ってくれる。

 

イギリスの17世紀の詩人、ジョン・ミルトンの失楽園第二巻では混沌王と共に在るという。

 

混沌王の位階に昇った人修羅と共に在るのも概念に縛られる存在である所以であろう。

 

グラスの酒を一気に飲み干した尚紀は微笑んでくれる。

 

彼には多くの仲間と仲魔、そして心の中で今でも輝く伝説のデビルハンターがいてくれる。

 

だからこそ、狂った秩序の守護者としての道を止めてくれるのだ。

 

心の中は感謝の気持ちでいっぱいになった人修羅はこんな言葉を残してくれる。

 

「俺は楽園から追放されたとばかり思い込んでいた…」

 

――失った楽園だって、皆の力でもう一度築き上げられるんだな。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

数日が過ぎた頃。

 

仕事で外回りをしていた尚紀は南凪区ベイエリアのベンチに座って休憩している。

 

人通りもまばらな通りの景色を見ながら黒いトレンチコートの中に入れていた本を取り出す。

 

それは夏目書房で買った文庫本であるミルトンの失楽園であろう。

 

カバーの無い唐草模様のデザインの文庫本を左手で持ちながら右手でめくっていく。

 

読み耽っていたが、気になる部分が自然と口に出るようだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()である…心というものはそれ自身一つの独自の世界…」

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…か。

 

それは人間の基本的人権にもあたる部分。

 

人間が人間らしい生活をするうえで生まれながらにして持っている権利。

 

基本的人権は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり、侵す事のできない永久の権利。

 

彼はそれを社会全体主義で踏み躙ろうとした独裁者であった者だ。

 

静香が生きた時女一族もまた内心の自由を踏み躙り、常盤ななか達もそれに続こうとしていく。

 

「反発されるわけだ…俺がやろうとした事は…何人も侵してはならない内心を踏み躙ること…」

 

――魔法少女の心という天国を…地獄に変えようとしてきたんだ。

 

「人間社会のためとはいえ…受け入れられるはずがない。死ぬ覚悟で抵抗してくるはずだ…」

 

それを暴力で粉砕し、ワルプルギスの夜の惨劇を生み出した血染めの夜を思い出してしまう。

 

神浜においてもその惨劇をなぞるが如く虐殺の嵐を生み出してしまっている。

 

「地獄への道は…善意で舗装されている。俺もまた…それをなぞってしまったか…」

 

守護者として失格だと痛感した彼は自分自身も罪人でしかなかったのだと痛感する。

 

顔が俯いていた時、知っている魔法少女達の魔力が近づいてきたのを感じた事で顔を上げる。

 

「令…それに…美雨……」

 

彼の前に立つのは観鳥令と純美雨であり、令は笑顔を浮かべるが美雨の顔は静かな怒りを宿す。

 

「一時はどうなるかと思ったけど…生き残ってくれて…観鳥さんは嬉しいよ」

 

心配してくれている令だが、彼は再び俯いてしまう。

 

頭を上げられないのは美雨にとって大切だった蒼海幇の長を殺してしまった自責の念である。

 

「……顔を上げるネ、ナオキ」

 

促された彼は美雨に顔を向けてくれる。

 

「……俺を恨んでいるか?」

 

それを問われた美雨の拳が握り締められながら震えてしまう。

 

目を瞑った表情の眉間にもシワが寄り、堪えきれない何かに耐えている。

 

「……美雨さん」

 

横の彼女を心配そうに見つめる令。

 

すると震えていた拳が開いていき、表情の苦しさも飲み下せたのか消えてくれる。

 

「……私は恨まないネ。()()()()()()()()()()()()()()()()ヨ」

 

善悪の概念を飲み下し、長老の死は必然だったのだと割り切った彼女に質問してくる。

 

「……それでいいのか?愛した人を殺されたなら…俺のように暴れてもいいんだぞ?」

 

「お前という悪い見本のお陰ネ。反面教師として…学ばせてもらえたヨ」

 

「……そうか。お前の方が…俺よりも大人なのかもな」

 

「泣き寝入りだとは思わないネ。悔しいという感情が…物事を観えなくする…」

 

「俺も…大勢を守れず…長年の屈辱に苛まれた。だからこそ…繰り返したくはなかったが…」

 

「切実な情念…その感情が自分を傷つけた相手の行動を変えさせたいという…歪な形を取るネ」

 

「いわゆる()()()()()()()()()()になっていくというわけだね…観鳥さんにも経験があるよ」

 

「他人の心という聖域さえも、自分の正しさをぶつけて踏み躙る…それが…俺のしたことだ」

 

「嘉嶋さんだけじゃない。ワンマン経営のブラック企業や独裁国家だって同じことをするよ」

 

「感情否定のコトワリを掲げたが…それも内心の聖域を踏み躙る行為。()()()()()()()()()()

 

「釈迦のように煩悩から解脱したいと願う人だけが進むネ。他人を巻き込む良くないヨ」

 

個人が考えていたよりも世界は多様な価値観があり、それによって見え方も変わってくる。

 

だからこそ制御しようとすればする程、争いしか生まれない。

 

シジマのコトワリ勢力に自由と暴力を司る堕天使が集まったのは必然であろう。

 

内心の自由を踏み躙られたなら、人は命を懸けてでも争おうとする。

 

そんな人々を殺戮し、恐怖支配でなければシジマの静寂が達成出来ないのなら()()()()()

 

だからこそ氷川と人修羅達は()()()()()()()になってしまったのだ。

 

「あの頃の俺は…世間知らずのガキで…もっと真剣にお前のコトワリを考えていたら…」

 

「なんの話なのかな…ソレ?」

 

「……なんでもない。それより聞きたい…今後の蒼海幇はどうなるんだ?」

 

「長老は死ぬ前に次の長老を決めてたヨ。陳健民さんが次の長老になり、武術館も引き継ぐネ」

 

「…蒼海幇の人達は俺を恨むだろう。長年に渡って街を守ってきた大黒柱を…殺したんだ」

 

「それについては黙秘しろと長老に言われたし…私だて…皆には喋らないネ…」

 

「…本当にそれでいいのか?」

 

「くどいヨ、しつこい男は嫌われるだけネ」

 

「嫌ってくれても…いいんだぞ?それだけの事をした罪人なんだ…」

 

「罪人だからて善悪の差別はしないヨ。善悪の差別をするから…犯罪者が社会復帰出来ないネ」

 

「民衆は建前では否定するが…ようはスケープゴートのサンドバックが欲しかっただけかもな」

 

「そんな差別を受けてきたのが…人を殺してしまった常盤ちゃんやこのはさん達なのかもね…」

 

「ななか虐めた差別連中にはなりたくないネ。だからこそ、お前とは今まで通り付き合うヨ」

 

「…フッ、やっぱりお前の方が強い。俺の完敗だよ…美雨」

 

「これで勝利したつもりは無いヨ。拳法の勝負に関してはまだ続いているネ」

 

「そうか…手強過ぎるライバルを持っちまったもんだぜ…」

 

2人のわだかまりが解けた光景が嬉しかったのか、令の表情にも笑顔が溢れてくれる。

 

「心配してついてきたけど、大丈夫だったね。だからこそ…彼女達にも向き合って欲しい」

 

「えっ……?」

 

遠くで隠れてた人物達に来るように促し、近づいてきた者達に彼は視線を向ける。

 

「お…お前ら……」

 

やってきた人物達とは八雲姉妹、天音姉妹、そして御園かりんであったようだ。

 

みかげと月夜は警戒したまま厳しい表情を崩さない。

 

彼女達は未だに彼のやった虐殺行為を恐れ、愛する家族が殺される恐怖を感じている。

 

先に口を開いたのはかりんだったようだ。

 

「…この人達はね、貴方に襲われる危険があったから…わたしの家で匿ってたの」

 

「…何の用事で来た?俺に殺されにでも来たというのか?」

 

それを聞いたみかげと月夜が罪人達の前に立ち、怒りの感情を浴びせてくる。

 

「ね…姉ちゃは殺させない!!姉ちゃから聞いたよ…貴方がフロスト君を殺したって!」

 

「…お前、ジャックフロストの何なんだ?」

 

「友達だよ!同世代の友達がいないってミィが相談したら…友達になってくれたの!」

 

「…そうか。ならば俺を恨め、憎め…そして殺せ。俺もそうして生きてきた」

 

「わ…悪びれないの!?こんな酷い人が…フロスト君の仲魔だったなんて!!」

 

「言い訳を並べるつもりはない、フロストは俺が殺した。()()()()()()()()()()()()()

 

「許せない…許せないよコイツ!!ミィがやっつけて……」

 

怒りに任せて変身しようとする妹の肩を掴んだのは姉のみたまである。

 

「……彼を責めないであげて」

 

「どうして!?だってこの悪魔が…フロスト君を…自分の仲魔を…!!」

 

「怒りに囚われてはダメ。結果という一面だけに囚われてはいけないわ…」

 

「分からない…分からないよそんな理屈…だってそれじゃあ…泣き寝入りだよ!」

 

「印象操作で自分の思考停止をごまかさないで、ミィ。原因があるから…結果があるの」

 

「原因…?この悪魔が…フロスト君を殺してしまった…原因って…?」

 

「…それに意識を向けられないとね、ミィまで…この恐ろしい人と同じ存在になるの」

 

「そんなのミィ……ヤダよ」

 

姉に言われた理屈は気分屋の小学生のため理解出来てはいないが、それでも矛を収める。

 

「…貴方もよ。たとえ結果がそうであっても、自分に不利になる言葉を選んではダメ」

 

「そ、そうなの!()()()()()()()()()()()()()の!アリナ先輩だって…それで虐められたの!」

 

「……俺は人間の守護者失格だ。結局俺が繰り返した殺戮の道は…逆効果だった」

 

「あ、当たり前です!月咲ちゃんや皆の気持ちを踏み躙るように…殺戮したくせに!!」

 

「裁きは必要だが…それでは一時しのぎにしかならない。恐怖に屈しない者達には効かない」

 

「だから…ウチらの魔法少女社会を暴力統制しようと…」

 

「…それさえも通じなかった。内心の自由という聖域を踏み躙られたら…命懸けで戦う」

 

「…貴方が選んだ裁きの殺戮も…恐怖政治も…社会効果が見込めなかったのね」

 

「お前達を裁いていいのは被害を受けた人間達のみだ。だが、人間は知る権利さえ奪われた…」

 

「ウチらだけの…逃げ得…?」

 

「…卑劣な逃げ得になんてしたくないからこそ…私達は貴方の元に訪れたの」

 

みたまが彼の前まで歩いてきて目の前に立つ。

 

息を吸い込んだ後、決意の表情を浮かべながらこう告げる。

 

「私を……裁いて欲しい」

 

姉の覚悟を聞かされた妹が駆け寄ろうとしたが、片手で来るなと静止させてくる。

 

「本当は…愛する人達と生きたい。でも…罪から目を背けてまで…生きたくないわ」

 

「お前……」

 

「社会効果云々の政治の話じゃない、司法の話なの。()()()()()()()…そうでしょう?」

 

「…俺も自分のしてきた事を裁かれたい。お前も…同じなんだな?」

 

「ええ…だからこそ、今の貴方になら…私の心の全てを語れるの」

 

「…同じ罪人として聞いてやる」

 

「…これからの神浜は今まで以上に荒れる。西の差別は極まって…私は再び憎しみに囚われる」

 

「姉ちゃ……」

 

「…俺はお前が恐ろしい。恐ろしいから…殺してでも隔離したい。それが民衆の望む感情だ」

 

「それが刑務所であり、死刑制度ね…」

 

「ジャンヌ・ダルクのような英雄も同じ気持ちだった。敵が恐ろしい…殺してでも遠ざけたい」

 

「今でも私が恐ろしいというのなら…裁きを与えて欲しいわ」

 

真剣な眼差しから目を逸らす事が出来ない尚紀は武を司る右手を握り締めていく。

 

「…俺は師匠とも言える人から言われた。疑う事も大事だが…信じる事も大事だとな…」

 

「ナオキ……」

 

彼がみたまを襲おうものなら飛びかかろうとした美雨であるが踏み留まってくれる。

 

「誰も信じられず、自分だけの正しさや道徳を周りに押し付ける政治を行えば歴史を繰り返す」

 

それを言われたみたまは唇を噛み締めてしまう。

 

もっと早くに十七夜の政治を止めていればと後悔に苛まれているようだ。

 

「加害者にしかなりえない政治だ。それが正しいと信じても…効果が無いと実感させられた」

 

「フランス革命のロベスピエールの独裁だって同じさ。誰からも理解されなくなり悪にされた」

 

「令はジャーナリストとして政治の歴史に詳しいネ。連れてきて正解だたヨ…」

 

「それでも今の俺には…お前や天音月咲が今後、人間社会を襲わないという…根拠が見えない」

 

「…そうね。根拠がない理屈なんて、私の脳内にある勝手な妄想と区別がつかないわよね…」

 

「お前は論証出来るか?絶対に人間社会を襲わないという…根拠とも言える証拠が出せるか?」

 

「出せないわ…さっきも言ったけど、神浜の差別は地獄になる…私はきっと憎しみに囚われる」

 

「ウチも…保障なんて出来ない。これからの差別が地獄になったら…ウチだって…また憎むよ」

 

「月咲ちゃん……」

 

「だから貴方に…私をずっと監視してもらいたいの…」

 

尚紀にとっては想像すらしなかった言葉が飛び出してきた事で目が見開いていく。

 

「ずっと……私を見ていてもらいたいの」

 

「……正気か?俺がいつ、お前を殺すか分からない生活になるんだぞ?」

 

「ね…姉ちゃ!?そんな生活…ミィだって耐えられないよ!!」

 

「私が人間社会を絶対に襲わないだなんて理屈を証明するには…それしか…方法がないのよ…」

 

「他の魔法少女にやらせたらどうなんだ?」

 

「ももこやミィ、それに他の皆に頼んだって…私を説得するだけ。でもそれは…一時しのぎよ」

 

「…差別の激化は止まらないし、向こう百年は続くだろう。何度だって…人間を憎むか?」

 

「彼女達は優しいもの…だから私に裁きなんて…与えられない」

 

「…皆と生きたいくせに、自責の念だけは拭えないか?」

 

「商売人としての私に責任を問われないとしても…無関係ですだなんて平然と言えるほど…」

 

――私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()の。

 

「……無責任の方が楽で楽しいのに、お前は自分で自分の首を締め上げたいのか?」

 

「尚紀さん…私を過ちから遠ざける脅威で居続けて欲しい…ずっと私の傍にいて」

 

――私が憎しみに取り憑かれてしまうなら…私を殺して。

 

心の内を全て出し切ったみたまに対して場は静まり返り、誰も口を開こうとしない。

 

彼女の覚悟の内容を考え込んでいたが、彼は結論を出してくれる。

 

「それしか…お前がこれから先…人間社会を絶対に傷つけられないという用意にはならないか」

 

「ももこ達だって魔法少女…いずれは戦えない年齢になる。でも、悪魔は違うでしょ?」

 

「生涯の脅威になれだなんて狂った理屈をよく言えたものだな…」

 

「だって…それしか……」

 

彼は立ち上がった後、みたまと向き合う。

 

「…俺は魔法少女の虐殺者として生きた者。その時が来たなら…容赦なくお前を殺す」

 

――お前の人生を共に見届けてやるから…俺にその日を用意させないよう努めることだな。

 

その言葉が聞けた魔法少女達はみたまはこれからも生きていいのだと理解する。

 

安心したのか、みかげが姉に抱き着きながらこう叫んでくる。

 

「姉ちゃはそんな事にならないもん!だって…ミィが説得し続けるもん!」

 

「俺はお前も監視しているのを忘れるなよ、小娘。みたまだけが脅威ではない」

 

「うぅ…ミィだって…ど…努力はするもん。でも…正直言って…この街の先が怖過ぎるよね…」

 

2人のやり取りを見ていた月夜が近づいてくる。

 

「わたくしも…生涯をかけて…月咲ちゃんを監視します」

 

「月夜ちゃん……」

 

「月咲ちゃんはもう変身出来ない…それでも社会に危害を加える方法はある。それを止めます」

 

「ウチ……」

 

「こんな事態になって…街から出ていける余裕が出来るかどうかも分からなくなりましたし…」

 

「月夜ちゃん、本当にごめんね…ウチ…本当に迷惑ばかりかけてるよね……」

 

「…()()()()()()()()()()()()()()()と、インドの哲学では考えます」

 

「インド哲学?迷惑をかけない人間なんていない?迷惑をかけちゃいけない日本とは違うね…」

 

「すいませんと謝るのが日本人。でも他人に迷惑をかけない人生なんて…()()()()()()()です」

 

「人に迷惑をかけてもいい、その代わり迷惑をかけられたら助ける。そういう考え方だったな」

 

「インド人は世話好きですが日本人は迷惑をかける連中なんてほっとけと言う…()()()()()()

 

「インドだと喧嘩が始まれば皆が仲裁に入る。その哲学が子供の頃から教育されたお陰かもな」

 

「迷惑をかけられる人は()()()()()()。不快な他人を何処まで許せるかの…利他的な愛を…」

 

「自分に都合のいい愛じゃない…自分をとことん不快にする存在に何処まで愛を示せるか…?」

 

「それが本物の愛だと…わたくしは信じます。どんどん迷惑をかけていいんだよ、月咲ちゃん」

 

「月夜…ちゃん…!!」

 

感極まった月咲が姉の胸に飛びついて泣き喚く。

 

月夜は尚紀に向き直り、彼も首を縦に振って姉妹の絆を見送ったようだ。

 

「…利他的な愛か。利己的な愛ならエゴによって正当化される…だが利他的な愛は辛いだけだ」

 

「だからこそ、人間の器が試されるヨ。ナオキは何処まで…魔法少女を受け入れられる器ネ?」

 

「俺もまた…器を試されるんだな…」

 

みたまに向き直った尚紀は片手を差し伸べてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()、人には力量があるから自分の出来る範囲で努力し続けろ」

 

「尚紀さん……」

 

「しっかり生きれば大丈夫だから、頑張るなよ……いいな?」

 

彼の思いやりが胸を貫き、涙を浮かべながら差し伸べられた手を両手で握り返す。

 

「ありがとう…ヒック…ありがとう…っ!!尚紀さん…アァ…なおき…さん…っ!!」

 

泣きじゃくって言葉にもならなくなった八雲みたま。

 

自分の罪を責め立ててきた者に赦してもらうというのは、こんなにも嬉しい事なのだろう。

 

2人の光景を見て貰い泣きしてしまった美雨にそっとハンカチを差し出す令。

 

「頑張ってる人に頑張れ!…は逆効果。溜め込み過ぎて暴発するのが…日本人の悪癖だからね」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ネ。誰かの正しさは誤りだと和解しないのが原因ヨ」

 

「真理は虚偽を追い出そうとする。()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ」

 

観鳥令は青い空を見上げながらこう呟いてしまう。

 

「正義なんて概念……最初からこの世界にあったのかな?」

 

美雨も空を見上げながらこう呟いてくれる。

 

「この世に悪があるとするなら……()()()()()()ネ」

 

尚紀も青く澄んだ空を見上げながらこう呟くだろう。

 

「探偵事務所に就職した頃、丈二から最初に言われた言葉を忘れていたよ…」

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

感動の場面であったが、台無しにするかのようにして尚紀の腹が鳴る。

 

「忘れてた…今日は朝飯もめんどくさくて食べずに昼まで働いてたんだった…」

 

妹のみかげのハンカチで涙を拭いた後、気分が落ち着いたみたまが提案をしてくる。

 

「ねぇ…尚紀さん。お昼ご飯がまだなら、私が作ってあげましょうか?」

 

その一言が、魔法少女達の体に電流の如き衝撃を生む。

 

「料理が出来るのか?女子力高そうな雰囲気は感じてたが…」

 

「もちろん♪調整屋さんは~女子力Maxなイケイケガールよ~♪」

 

元気になれたのか、元の彼女らしさのトークが溢れるせいで魔法少女達の不安をさらに煽る。

 

「どうせなら、尚紀さんの職場の人にも~ご飯を作ってあげられるわよ~?」

 

「そうか?ここからなら倉庫事務所も近いし、事務所にキッチンは用意してある」

 

「なら善は急げね~♪ルンルンルン~~♪今日の締めくくりは~楽しいお料理時間よ~♪」

 

「食材は経費で買っていいかどうか、事務所の奥で働いてる丈二に聞いておくか」

 

2人は歩き去っていくのだが、私もお供したいという言葉を言うものは誰もいない。

 

「……ナオキ、無知は罪ネ」

 

「あ~あ…観鳥さんも知らないよ…」

 

「姉ちゃの料理…地獄だよ…」

 

「わ、わたし達も早く帰るの!わたし達の分も用意するって言われる前に急ぐの!!」

 

蜘蛛の子を散らすようにして魔法少女達が逃げてから暫く立った頃、悲劇が訪れる。

 

「「ゴハッッ!!!!」」

 

吐瀉物を撒き散らしながら倒れ込むのは虹色の顔をした聖探偵事務所の職員達。

 

「あら~?ちょっと調味料を加える量が多過ぎたかしら~?」

 

間食しちゃったから遠慮すると言って口にしなかった瑠偉がキッチンに入ってくる。

 

「な…なに…コレ?絵の具…?それに…包丁がなんで天井に突き刺さってるわけ…?」

 

これこそが魔法少女達が逃げ出した明確な理由。

 

彼女の料理もまた静海このは飯や常盤ななかドリンクと同じ類の天災なのであった。

 

「なんで……俺の周りには……」

 

――メシマズ女共しか…近寄って…こないんだ……グフッ。

 




読んで頂き、有難うございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。