人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
135話 神秘主義
神秘主義とは現実と超越的実在世界との特別な接触に由来するといってもいい。
その体験が神話として語られる場合があり、死と再生の神話として残っているのだ。
陶酔とオルギアの神話である。
この二系列の神話は現実法則を超越した出来事を物語として言語化したもの。
古代宗教の中にはそれらの物語に基づいた儀礼を定式化したものもあるようだ。
その定式化した儀礼こそが一神教や密教でも見られる死と再生の儀礼である。
現実世界において時間とは時計によって計られ、決して後戻りはしない。
生そのものである今においては時間を時間として感じることはないのだ。
それは瞬間でもあり永遠。
死と再生の繋がりとは時間という決して戻らない現実法則を超越する。
その意味で時計の針の影が投影されていない生の時間(今=永遠)を思わせた。
……………。
ここは見滝原であり、暁美ほむらが入院していた総合病院の入り口にはアリナの姿が見える。
「ここに国内でも有名な精神科医がいるってネットに書いてたけど…どんな奴なワケ?」
彼女は受付を済ませた後、順番が回るのを彼女は待っている。
時間を持て余す彼女は周囲を見物しているようだ。
「見滝原…初めて来たけど、こんなバカでかいビルのホスピタルがあるなんてね」
今はまだ彼女がスランプを抱えていた時期である。
美術室で真っ白いキャンバスを見つめることしか出来なかった頃の出来事なのだ。
自分だけでは問題を解決出来ないと判断した彼女は病院でカウンセリングを受けることにした。
「アリナ・グレイさん。1番診察室に入って下さい」
看護師に促された彼女が診察室に入室していく。
出迎えた精神科医とはこの病院グループの代表者であった。
「…やぁ、初めまして。私はこの総合病院の院長であり、精神科医でもある者だ」
瘦せ細った体つきと中性的な声をした老人医師が出迎えてくれる。
姿を見せなければ老婆のように映るかもしれない見た目であった。
(なに…コイツ?声や雰囲気がキモイんですケド…)
座るように促された彼女は椅子に座り、院長先生と向かい合う。
「今日はどんな心の病を抱えてきたんだい?」
質問された彼女は心の苦しみを吐き出していく。
魔法少女に生まれ変わっても得られなかったアリナの美。
生涯をかけて完成させたい死と再生のテーマを掲げたアートの道は頓挫してしまった。
それだけでなく、彼女は自分の価値観を理解してくれる友達にさえ恵まれていない。
孤独とスランプが混ざり合い、彼女は精神の袋小路に陥っていたようだ。
魔法少女の事は秘密にしたうえで、それを院長先生に語っていく。
「何かを変えなければいけない。だが、その原因を見定めるための教養と体力が足りてないか」
「アリナはずっと悩んできた…でも、キャンバスを見てるだけじゃ解決出来ないワケ…」
「思考反芻と呼ばれる袋小路の状態だ。鬱病の状態とも言えるね」
「アリナが鬱病?笑えるんですケド」
「行動が活性化出来ない状態の精神病は誰でも起こす。君程のアーティストになろうともね」
「…どうしたら治せるワケ?」
「休養、薬物療法、精神療法・カウンセリングとあるが…君はカウンセリングを選んだわけだ」
「だから今日ここに来たんですケド」
「抗鬱薬では環境要因は解決しない。君が求めているのは…環境を改善したい気持ちだよ」
それは魔法少女になってもアリナの美を見つけられなかった原因に繋がる問題である。
「どうやったら…アリナは今の環境を改善出来るワケ?アリナはね…何も得られなかった」
「何も得られなかった…?」
「アリナは生まれ変わった。でも…生まれ変わったら得られると思ってたモノはなかった…」
「それはさっき語ってくれたアーティストとして追い求めた作品テーマ…
彼女は静かに頷いてくれる。
俯いてしまう彼女を見守っていたが院長先生は椅子を回転させて後ろの壁に視線を向けていく。
そこに飾られていた絵画とは、ホルスの目とも呼ばれるプロヴィデンスの目。
ほむらが悪夢の中で見た絵画と同じものでありイルミナティが掲げるシンボルでもあったのだ。
「死と再生というテーマは君だけが追いかけるものではない。世界の宗教家達も追い求めた」
俯いていた彼女が顔を上げ、後ろに向いたままの院長先生の言葉を静かに聞いてくれる。
「死と再生の神話…それが
「神秘主義…?」
死と再生の神話について院長先生は語ってくれる。
再生が一度限りの出来事であるものと定期的に繰り返されるものとの二種類がある。
女神が男神を甦らせるものと地獄から自らの力で地上に戻るものという2つの流れがあった。
「エジプトのオシリスとイシス、オルフェウスの地獄下り、マリアとキリスト等が代表例だね」
「アリナの美は…宗教がテーマだったワケ?」
「歴史の有名なアーティストとて沢山の宗教画を描いてきたのは君の方が詳しいはずだよ」
「ダ・ヴィンチ…ミケランジェロ…ブリューゲル…確かにそうなんですケド」
「私が今見つめているこの絵画…これも古代エジプトと繋がりがあるホルスの目だ」
「キリスト教の初代教皇の聖ペテロに捧げられたサンピエール礼拝堂でも見た気がするヨネ」
「ヨハネの黙示録の目としても語られるね。瞼のない単眼として」
「古代エジプトの異教の神の目とキリスト教的な目が同一なワケ…?」
「万物を視る神の目としては同じ意味を持つ。キリスト教にとってホルスはイエスを表すのだ」
「ホルスの目…ううん、キリストの目とアリナのデス&リバース…何処が繋がってるワケ?」
「オシリスとイシスの神話は見たことがあるかね?」
「たしか兄弟のセトに裏切られたオシリスが体をバラバラにされて殺された神話だった気が…」
「兄妹であり夫でもあったオシリスの体を集めて蘇らせたのがオシリスの妹のイシスだよ」
「デス&リバースがエジプトの中にもあったのは知ってる。それとホルスの目の関係は?」
「ホルスの目とラーの目。これらが合わさり一対の双眼を表す。ラーは太陽、ホルスは月だ」
「太陽と月がデス&リバース?エジプトのように死後の復活を望む願掛けとしての意味合い?」
「エジプトの墓石には双眼が刻まれる。これはラーとホルスの目と言われる」
「パパから聞いた事がある…エジプトの石棺には双眼が刻まれて死者の目になるって…」
「死後の復活を司る者こそがオシリスであり、ホルスはオシリスの息子。誰と似ている?」
「…イエス・キリスト」
「全ての人間の罪を背負い死んだキリストは蘇った。これは古代エジプトから続く神秘主義だ」
「神秘主義とアリナのアートのテーマであるデス&リバースは…同じ?」
その言葉を聞けて満足そうな顔となった院長先生は椅子を回し、彼女と再び向かい合う。
「シュメール、バビロニア、そしてエジプト。この文明こそがヨーロッパのルーツだ」
「欧州文化の二柱となったのがヘレニズムとヘブライズム…ルーツは中東やエジプト文明?」
「その頃より神秘主義を追い求める秘密結社が存在している…それこそがフリーメイソンだ」
それを聞いたアリナは苦笑いしてしまう。
「アナタ、都市伝説なんて信じてるワケ?どうやらヤブ医者だったみたいなんですケド」
「実在している。彼らの歴史は数千年もの長い間残り続けた…原点は石工組合だ」
「アリナは見えるモノしか信じない。根拠に乏しい理屈なんて…」
「死と再生という見えないモノを追いかけ続ける君らしからぬ台詞だね?」
そう指摘された彼女が困惑してしまう。
リアリストであろうとしたが彼女の求めるモノは現実の生活内にはなかったのだ。
「君は人間達には見えないモノを追いかけて戦い続ける…魔法少女ではなかったのかね?」
それを言われた彼女の表情が変わり、立ち上がって睨みつけてくる。
「…最初から、アリナのことを知ってたワケ?」
「続きを聞く気があるのなら…座りなさい。それか、他の医者を探してくれても構わないよ」
選択を迫られたアリナは舌打ちして座り直し、先ほど語られた秘密結社の事を聞いていく。
「…フリーメイソンって何なワケ?アリナだって都市伝説系の雑誌でしか知らないんだケド…」
「フリーメイソンの歴史を語ると長くなるが…聞いて欲しい」
最も有名な秘密結社として名を残すのがフリーメイソンであり、伝承では創設は三千年以上前。
旧約聖書に登場するソロモン王の第1神殿を築いた大建築家ヒラム・アビフが始祖と言われる。
ヒラムは建築家集団を親方・職人・徒弟に分け、秘密の合言葉や符牒を定めて仕事をさせた者。
だが職人がヒラムの名声を妬み、秘密の合言葉を手に入れるためにヒラムを殺害。
遺体は埋められたがそこに生えたアカシアによって弟子達が発見する。
獅子の爪と呼ばれる特殊な握手法によってヒラムの復活を試みたという。
今日まで続くフリーメイソンの入団儀礼では、この伝説が忠実に再現される。
参入者はヒラムとなり、死と再生を疑似体験する事でフリーメイソンとして生まれ変わるのだ。
「フリーメイソンはデス&リバースを疑似体験する?どういう意味なワケ…?」
「心理学の中では肉体的な死とは違う、
「ハートのデス&リバース…?」
「人々の心が成長していく過程や、パーソナリティが変化していく過程で起こる象徴的な死だ」
心理学では人の心が成長していく過程やパーソナリティが変化していく過程で起こる死を表す。
価値観や考え方が変わる現象のことを心の死と表現しているようだ。
カウンセリングに来たアリナもまた心の死を疑似体験するために訪れたともいえる。
患者のパーソナリティが急激に変容していく際に心理的象徴的な次元で死の体験が生じるのだ。
「カウンセリングにも夢や絵画などのイメージ表現を行う。その中に死を求める者達がいる」
「今のアリナのような連中…?」
「死んで新しく生まれ変わる再生のテーマが登場する。概念世界における象徴的な死と再生だ」
次元が切り替わる。
ある世界から別の世界へと移行していく。
それまでの古い自分が死んで、新しい自分が生まれてくるという体験を精神患者は求めてくる。
それこそが今のアリナが求めている欲求そのもの。
魔法少女になっても何も得られず、芸術家として終わっていく今の自分の死を望みにきたのだ。
「アナタは今のアリナにデスを与えてくれるワケ?アリナを…別の何かに変えてくれるワケ?」
「それを行うのは私ではない。我らの神々が行うだろう」
「……アナタ、何者なワケ?」
不穏な気配を出してくる者の周囲を見れば、周りには看護師の姿は見えなくなっている。
アリナと院長先生2人だけしか診察室には入れてもらえなかったようだ。
何者かを聞かれた院長先生は恐ろしい笑みを浮かべてくる。
「フリーメイソンの話題は軽はずみで言えるものではない。君だからこそ私は伝えた」
「アリナだから伝えてくれた…?フリーメイソンは…今までのアリナを変えてくれる?」
「君は我らの神と会わねばならない。その時こそ、君は我らの門を叩くこととなるだろう」
診察を終えた彼女は見滝原病院を後にしていく。
帰りの電車内で夕日の景色を見つめていたアリナが重い口を開いていくようだ。
「…イギリスの諺の中に、夜明け前が最も暗いってのがあった気がする」
ニュージーランドやニューヘブリデス諸島の日没を眺めると死を挑発するという俗信がある。
宗教学者のエリアーデはそれに着目したようだ。
日没とともに魂を冥界へと連れ立し、朝日と共に帰還する太陽神の性質を研究していく。
霊魂を死の世界へいざなう霊魂導師的な側面。
新生への加入儀礼を行う秘儀祭司という側面。
相反しながらも同時に持つアンビバレントな役割を持っている点を指摘した歴史人物だった。
夕日を見つめ続けるアリナは己の死を再び渇望していく。
「アリナは変わらなきゃならない。こんなままじゃいずれ…フールガールに先を越されていく」
彼女は選択を迫られる。
それは今までの光あふれる優しい世界からの決別を再び行うことになるだろう。
人間としての人生の終わりが魔法少女なら、人間らしい在り方との決別こそが神秘の道。
死と再生を求める秘儀参入儀礼の道であり、それはまさに宗教そのもの。
南津涼子が信じる宗教である密教とて死と再生の道なのだ。
魂の次元上昇により神や仏の領域にシフトアップする死と再生の変化を求める。
即身仏自殺もまたそれを求める苦行の一つ。
イカレてると人々は言うだろうが、宗教家達の定義は教義によって変わるものであった。
「デスはヒューマンからタブーとされるけど…その先にしか無いモノをアリナは求めたい…」
彼女は奈落の底に堕ちる選択を行う日がくる。
それは誰かに穴の中に引き摺り込まれるのではなく、自ら穴の世界へと入っていく責任の道。
仏になりたい修行僧が穴に入り埋めてもらい、即身仏自殺へと至るように自己責任となるのだ。
「求める以上は…アリナの責任。それは絶対に…背負わなければいけない」
彼女が求める秘儀、そして神々と同じ死と再生を求める神秘主義。
それは密教というよりは、どちらかと言えばユダヤ教や陰陽道の迦波羅(カバラ)になるだろう。
「アリナは逃げない。アリナが掲げたアートのテーマからは…絶対に逃げない」
――それこそがアリナを形作る…掛け替えのない要素なんだカラ。
────────────────────────────────
かりんしかいない放課後の美術室。
彼女はアリナから与えられた課題を黙々とこなすだけだが心配そうな顔を浮かべている。
「アリナ先輩…暫く美術部に来ないだなんて…やっぱりスランプが原因なの?」
白いキャンバスと睨めっこしてても埒が明かないと彼女はかりんに告げている。
今一度自分の原点を振り返るために部活とは違うモノを求める日々に進んだのだ。
「求めるテーマを変えたらいいの…アリナ先輩だって、マジカルきりんが好きになったら…」
かりんは自分の美のテーマしか見ようとしない者。
それが絶対的に正しいと信じ、周りもそうあるべきだと押し付けようとする。
だが、そんなことをすればアリナは激怒するだろう。
内心の自由とは善人も悪人も関係なく、何人たりとも侵してはならない聖域。
国家でさえも侵害することが許されない人間が生まれながらに持つ基本的人権なのだ。
誰かの天国は誰かの地獄、誰かの地獄は誰かの天国なのであった。
……………。
学校からの帰宅道を歩くアリナは直ぐには家に帰らず、当てもなく街を歩き続けている。
気が付けば栄区にある自宅からは外れており、南凪区を歩いていたようだ。
そんな彼女が見た路地裏の光景とは、少女達がクラスメイトに絡んでいる虐め現場だった。
「あたしの実家が仏教寺だからって…なんでそんな言われも無いこと言ってくるのさ!?」
路地裏の奥で声を張り上げた少女はヤタガラスの任務で神浜に訪れていた南津涼子のようだ。
「あんたの家って葬儀屋でしょ?葬式仏教の家じゃん」
「人の死に関わる職業って不潔だよね~不浄そのものじゃん」
「そんな不浄な奴が学校にいるとさぁ、臭うんだよね~~」
「そうそう!死肉臭さっての?それか、死肉に群がるハゲワシのような臭い?」
<<アッハハハハハ!!!>>
この光景は中世の封建時代から続く差別と同じである。
食肉処理、葬儀、処刑、皮革加工や汚物処理など不浄とされた職に従事する者が存在している。
死に関わる仕事に携わる人々が隔離されて住む集落のことを部落民と呼ばれた歴史があった。
「……つまらないことやってるんですケド」
呆れた表情を浮かべながらも死に関わる職業の家に生まれた少女が気になり視線を送り続ける。
涼子は怒りで歯を食いしばりながら怒声を放っているようだ。
「人を差別して恥ずかしくないのか!?お前らを不快にする行動なんてしてないだろ!」
「行動?あんたの実家が不快な行動をしてきたじゃん」
「そうそう。あんたは不快な家の者だからさぁ、存在そのものが不快なんだよね~」
「何かにつけて仏教の理屈を周りに押し付けてさぁ、鬱陶しかったんだよねぇ」
「あたし自身が原因を作りもしないのに…勝手な結果を並べる!因果を無視する邪見だよ!!」
「ほらほら、またつまらない仏教を押し付けてきちゃったよ~こいつ?」
「人の死のお零れで生活してきた不潔なヤツなんてさぁ、早いとこ転校してってよ」
「死に群がるハゲワシなんてさぁ、日本から隔離された場所で暮らして欲しいよね~♪」
この街の西で暮らしてきた差別主義者達は平気な態度で他人をゲラゲラ嘲笑う。
この苦しみは東の者達も味わってきたが、彼女は神浜の地元住民ではない。
だが差別が当たり前の社会が築かれていったために差別をしても構わない環境が整備される。
弱い立場の人々ならば、誰でも差別していい社会空気にまで神浜の西側は腐っていたのだ。
「お前ら…よくもあたしの家を…仏教を……そこまで馬鹿にしてくれたなぁ!!」
頭に血が上りやすい性格の涼子は声を荒げながら拳を振り上げる。
しかし、その手を掴む人物が乱入してきたのだ。
「ウェイト。こんな雑魚共、ほっとけばいい」
「お、お前さんは……?」
涼子の右手を掴んだのはアリナ・グレイである。
「これが連中の手口。アナタを挑発して暴力に導き、犯罪者にしてスクールから蹴り出すワケ」
アリナに手口を見破られた差別主義者達が舌打ちしていく。
「弱い奴は弱い奴しか叩けない。弱い奴は弱い奴を虐めることでしか自信が持てないんだカラ」
「な、なによアンタ!?横からいきなり出てきて…私達に喧嘩売ってるわけ!?」
「あんた…栄総合学園のアリナでしょ!?外国人みたいな見た目だから直ぐ分かった!」
「文句があるならかかってきなさいよ!あんたの気性の荒さは他の学校でも有名だからね~」
「貴女もたしか、死と再生とかいう不浄な芸術品を作るんでしょ?不浄は不浄を呼ぶってね~」
「私達にケガさせたらさぁ~、あんたも学校にチクってやるんだから♪」
アリナまで挑発し始めたが、振り返るアリナの瞳を見て凍り付く。
「アリナさぁ…他人どころかアリナにさえムカつきが収まらないワケ。アナタ達が望むなら…」
――誰にも見つからない場所に、死ぬまで放り込んであげてもいいんですケド?
それはアリナの固有魔法である結界世界を表すもの。
彼女達は魔法少女の魔法など知らないが、尋常ならざる迫力を見せるアリナに尻ごみしていく。
「…行きましょう。死を纏う連中になんて関わってたら体に腐敗臭がつくし」
2人に睨みつけられながらも差別主義者達は尻尾を撒いて逃げていったようだ。
「あたし…こんな街に来るんじゃなかった…。最低の街だよ…」
自分の家や宗教を馬鹿にされた涼子は悔しさで涙が滲む表情を浮かべている。
今の彼女はまだヤタガラス任務に不満を抱えていた頃。
青葉ちか共々、本意ではないのに神浜での生活を余儀なくされている状況であった。
「アナタの気持ち…アリナは分かる。だから…アリナらしくもないことしちゃったんですケド」
本来のアリナは弱者になど目もくれず、自分の高みを目指すことしか行わない性格をしている。
しかし今の彼女は弱い立場になってしまったために弱者達の苦しみが見えたようだ。
今の彼女の一面こそが、後輩の御園かりんが慕うアリナの姿なのだろう。
「助けてくれて有難うな…もう少しで連中の手口に乗せられるところだったよ」
悔し涙を袖で拭き、気丈な笑顔を見せる涼子。
用も済んだから踵を返して帰ろうとしたアリナであるが、立ち止まって涼子に振り返る。
「ねぇ、アナタは仏教寺の人なワケ?」
「うん…それで連中にからかわれたんだ。それがどうかしたのかい?」
片手を口に当てながら考え込むが、振り返るアリナが相談を持ち掛けてくる。
「アリナね、デス&リバースを求めるアーティストなワケ。仏教にも興味があるんですケド」
「お前さんには救われたからねぇ。修行中の身だけど、教えられる範囲でなら喜んで教えるよ」
路地裏から場所を変えが2人が公園の席に座って向かい合う。
仏教の世界観においての死と再生についてアリナは内容を真剣に聞いていくのだ。
自分自身の美のテーマをもう一度掘り下げようとしているのだろう。
「仏教の死生観とは生命あるものは死後に先祖のいる世界に行き、仏となるんだ」
「ジャパニーズの死生観のテンプレなんですケド」
「仏教以前は宇宙があり、そこに神や仏、人々、衆生が存在していると考えたんだよ」
命ある全ての生物はこの世とあの世を行き来する。
あの世には天国も地獄も、死後の審判もない。
この世で最期を迎えたら誰でも肉体を離れてあの世に行き、神になり祖先の霊と一緒になる。
「悪事を犯したら直ぐにはあの世に行けない。遺族が供養する事であの世に行くことができる」
「あの世で暮らしたソウルはいつかこの世に戻り…永遠にデス&リバースを繰り返す?」
「故人をあの世に送り出す葬式は魂がこの世に戻ってくる重要な意味があるとの教えだね」
「永遠を繰り返すデス&リバース…それがヒューマンのソウル…」
「古来の日本人は仏教以前から輪廻転生論を信じていたということになるな」
仏教の死後の世界は仏教においてこのように表現されている。
故人は最期を迎えてから6日目まで暗闇で険しい長い道のりである死出の山に登る。
そして花畑があり、賽(さい)の河原に到着した先に三途の川が見える。
死後7日目に十王審査が始まり、閻魔大王を含む十王に審査された後に六道地獄に落ちる。
六道地獄を抜け出せた者は極楽浄土に行ける者になり、一切の苦しみから抜け出せるのだ。
「魔法少女にとっては円環のコトワリに導かれるようなモノってワケね」
「日本人の死生観はこの世の業を重視する。だからよりよく生きる必要があるんだ」
「アリナに人生のエンディングノートでも書けってワケ?年寄りが書けばいいんですケド」
「若者だって書いてもいいよ。自分の人生の道筋を確認することで襟が正せるんだよ」
説法が始まるのかとめんどくさそうな顔になるが、アリナは別の事を考えてしまう。
それは神と仏の違いについてだ。
「難しい事を聞くんだね?あたしが育ての親の住職から聞いた話だと…こう聞かされたね」
神とは大きく分けて2通りの意味がある。
キリスト教やイスラム教、ユダヤ教などの一神教の神。
自然現象などの信仰、日本神話で言われる八百万(やおよろず)の神。
世界の宗教の殆どを占める神のイメージこそが天地創造を行った唯一神であろう。
では仏とは何か?
それは悟りの名であった。
「仏教の悟りはね、低い悟りから高い悟りまで52の位があり、悟りの52位と言われるんだ」
悟りの高みに上る程、大宇宙の真理に到達する。
最高の悟りを得た存在こそがゴーダマ・シッダールタの名を持つ釈迦であったのだ。
「あたし達仏教徒とは…生涯をかけて悟りの山を登り続ける者達なのさ」
色々と聞かされて得心がいったのか、アリナは席を立ち上がる。
「サンキュー。興味深い話が聞けただけ、らしくもないことをした甲斐もあったワケ」
「あたしの名は南津涼子。同じ魔法少女なんだし、名前ぐらい教えてよ」
「…アリナ・グレイ。アナタ、神浜では見ない魔法少女だけど…」
「そ、そこは秘密にしてくれると助かる。あたしだって…好き好んで神浜に来たわけじゃない」
「事情があるようだけど、その部分はアリナは興味ないし。それじゃあね」
後ろ手で右手を振りながら別れを告げるアリナの後ろ姿が遠ざかっていく。
家路に向かいながらも彼女の表情は確信に満ちているのだ。
「やっぱり…ヒューマンは
キリスト教のような一神教、それに仏教も変わらず死後を美化する。
そのために常世の今をより良く飾り、死後の美しさに備えようとするのだ。
「そのデスの果てに在るリバースを求める感情こそが…アリナの美の表現テーマなんだカラ」
人は神や仏になりたがる生き物。
魂の次元上昇により神や仏の領域にシフトアップすることを目指す思想こそが神秘主義。
まどかやほむら、人修羅や天使となった者が辿り着いた次元シフトであるアセンションなのだ。
それはまさに我々人間から見れば概念の領域に在る存在そのもの。
それらは神や仏だけで表現されるモノではなく、悪魔もまた概念存在になるのだ。
「アリナは描きたい…デス&リバースワールドに在る存在達の姿を…」
死と再生に取り憑かれた彼女は描くことになるだろう。
悪魔と呼ばれる概念存在のアートを望むその気持ちこそ、死と再生に焦がれる感情だった。
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死後の世界を美化しない宗教がある。
それは同じ一神教であるユダヤ教なのだ。
人は神が塵で作ったモノとユダヤは考え、死後は土に帰り魂は最後の審判の時に蘇ると考える。
だからこそユダヤ人は唯物主義者ともいえるだろう。
だがユダヤ教と言えど派閥があり、モーセの五書であり律法のトーラーが全てではないと説く。
それこそがユダヤ神秘主義とも言えるカバラなのだ。
唯一神の声であるトーラーに反対してでも追い求めたカバラとは何なのであろうか?
ユダヤ教にはトーラーという神話と行動規範(法:LAW)があるだけではない。
その背後には哲学と秘伝思想であるカバラがあると考えられてきたのだ。
アブラハムがメルキゼデクから伝授された天界の秘密。
あるいはモーセがトーラーに記し切れなかった部分を口伝として後世に伝えたもの。
カバラを記した書物の中にはセーフェル・イェツィラー(形成の書)がある。
この世界がどのようにして形成されたかが語られているのだ。
神の思考(アイン)神の言葉(アイン・ソフ)神の行為(アイン・ソフ・オウル)。
そして流出という出来事が10回起こり、生命の木であるセフィロトが形成される。
セフィロトと他のセフィロトは線で結ばれている。
この線は全部で22本あり、10のセフィロトと合わせて32の神秘の英知を表す。
このカバラ書の中に現れる大天使こそがメタトロンと呼ばれる存在。
唯一神に認められてエリヤと共にアセンションし、概念存在である天使となった者なのだ。
神の神秘を追い求める神秘主義者にとって、メタトロンは憧れの存在。
天界の秘儀を解き明かし、天使を目指そうとする思想もまた神秘主義である。
仏になろうと目指す密教とも思想は通じており、カバラは密教と混同される事も多い。
神秘主義とは神仏という最高実在、宇宙の究極的根拠などとされる存在を求める道。
絶対性のままに人間が自己の内面で直接に体験しようとする、哲学ないし宗教上の思想だった。
……………。
「今のアリナは自己という枠を突破したい。それはある意味、
午後の授業が終わった休憩時間においてアリナは廊下の窓を見ながら黄昏ている。
そんな彼女に近寄ってきたのは後輩の御園かりんであった。
「アリナ先輩…今日も部活には来ないの?」
伝えるべき課題は与えたのに彼女はアリナを必要とする。
重荷のように感じた彼女は不快な顔を浮かべながら手に持っていたイチゴジュースを奪う。
「あっ……」
チューズゾゾゾ…という音が響くぐらい乱暴に飲み干してしまったようだ。
「今のアリナはね、あの場所に求めるものなんて無いんですケド」
「だって…アリナ先輩が来てくれないと私……」
「課題なら伝えたワケ。あとは自力でデッサンを磨けばいい」
彼女から視線を外して外の景色を再び見つめる中、後輩はまだ横に残っている。
「…まだ帰らないワケ?」
俯いたまま寂しそうな表情を浮かべるかりん。
デッサンの練習も大事ではあるが、かりんが求めているのはアリナとの付き合い。
求めるモノが違うためすれ違いしか起こり得ないのだが、アリナがこんな話を持ち出すのだ。
「ねぇ、フールガール……少しだけ質問してもいい?」
アリナが自分に質問したいと言い出したこともあり、驚いた表情を浮かべてしまう。
「たしかアナタって、マジカルきりんが大好きで崇拝してる…で、いいワケ?」
「崇拝って…大げさなモノじゃないと思うけど、私はマジカルきりんが大好きなの」
「
「そうなの!私は…マジカルきりんみたいになりたいから、魔法少女を頑張ってるの」
それを聞いたアリナはかりんに振り向く。
「そうなりたいって思った気持ちはどんなモノ?今の自分を変えたい、脱自したい気持ち?」
質問の意味がよく分からず、かりんはキョトンとしてしまう。
「脱自?意味は分からないけど…私はマジカルきりんが大好きだから…ああなりたいの…」
「好きだからなりたい。それはフールガールの中での
フィクションキャラとは偶像であり、偶像を崇める行為は実に宗教的にも思えてくる。
推しの作品の布教や商品購入をお布施と表現するオタクの光景こそ実に宗教的に見えるだろう。
「私の中での…絶対者……」
「それはゴッドと同じぐらい価値がある。人は見たいモノしか見ない存在だから求めたいワケ」
「アリナ先輩は…自分が大好きだと思う存在になりたいって思わないの?」
「アリナもね…大好きだと思う存在に……なってみたい」
「だったら!アリナ先輩も大好きな漫画を見つけて読むの!」
「コミックでなくてもいい…宗教の教義でさえ構わない…アリナはアリナを変えたい…」
アリナが大好きになれる存在のような姿になってみたい。
求めるテーマを誰に憚られる事もなく追いかけられる存在になりたい。
神秘主義の根本的な特質は神秘的合一であり、絶対者と自己との合一体験にある。
「行うことがヒューマンを超えた絶対者との合一となる…だからこそ、アリナも求めたい…」
通常の自己からすれば絶対的に他なる者との合一であるからこそ、自己からの脱却となる。
マジカルきりんが大好きな御園かりんがマジカルかりんである自分に脱我を求めるのも同じ。
神秘主義者というのは脱我(エクスタシー)を求める者達であるとも言えよう。
「アリナはアリナを超えたい…絶対者のマネをする事でアリナは吸収されて…違う存在になる」
同時に絶対者は対象ではなくなり、それが真の自己の根拠になる。
自己の徹底的な死と復活と言える脱我的合一こそ、神秘体験の核心となっていくのだ。
「アリナ先輩……」
彼女はアリナが伝えたい言葉の意味を読み取る事は出来ないだろう。
それを知るための知恵を彼女は求めないのだから。
「アリナ先輩、スランプに苦しんでるなら神社にお参りに行くの!」
「ワッツ……?」
突然の提案に対して困惑するアリナであるが、後輩はまくし立ててくる。
「神様ならアリナ先輩の苦しみの助けになってくれるの!帰りに水名神社に行くの!」
「ちょ、ちょっと…フールガール?」
「校門で待ってて欲しいの!私も学校が終わったら直ぐに合流するの!」
強引な約束を取り付けた後輩は手を振りながら自分のクラスに帰っていく。
そんな彼女の姿を茫然とした表情で見つめていたアリナであるが満更でもなさそうだ。
「ゴッドなら苦しみを救ってくれる?ならいっそのこと…
その言葉を言った瞬間、彼女の脳裏には路地裏で出会った占い師の夢の内容が思い出される。
占い師が語った言葉とはアリナの醜悪美によって社会から追われる者になるという警告なのだ。
「何も生み出せないアリナから生まれ変わることが出来るのなら…望むところなんですケド」
神秘主義における神秘的合一とは、あくまで自己自身の内面を通して体験される。
自己の内奥における出来事でしかなく、だからこそ神秘主義では魂や霊が強調されるのだ。
夢の世界に現れた占い師と梟はアリナの魂をエメラルドだと表現している。
エメラルドを表すルシファーと同じ魂の輝きを持つと言われた者こそがアリナ・グレイ。
外側に引っ張り出された彼女の魂は何になろうと求めていくのであろうか?
自己の内奥において、自己が破られる体験に何を求めるのだろうか?
そこにおいては無限の深さが開かれることになるだろうが、彼女は迷わず飛び降りる。
そこにアリナの美があるのなら、魔法少女契約を行った時のようにして自殺が出来る者なのだ。
魂の内奥が自己という枠を超え、神の秘奥であるような内面性を体験する道こそが神秘主義。
その先にこそ彼女が求める死と再生の生まれ変わりがあるのだとアリナは信じる者となる。
そんな彼女を導く者達こそ、死と再生の象徴的存在である悪魔達なのであった。
離れるのが長くなると書く気力がヤバくなるので第5章始めていきます。
第5章は第3章に続き魔法少女編となります。
アリナ・織莉子・静香の3構成となっていく予定です。
枠の余裕が無い駆け足展開なのでシリアス&鬱展開にしかならない予定です(汗)